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Louisiana 1927 by Randy Newman
タイトル
Louisiana 1927
アーティスト
Randy Newman
ライター
Randy Newman
収録アルバム
Good Old Boys
リリース年
1974年
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歌における「嵐」、stormという言葉は、おおむね比喩として使われます。どの曲のことだったか忘れましたが、バッドフィンガーの曲の邦題に「嵐の恋」(No Matter What You Are?)というのがありましたよね。だいたい、そのたぐいのことをいっているものが多いのです。

当ブログの嵐の歌特集は、すぐにネタ切れになることは見えているので、嵐の恋といったたぐいの、こじつけ特集のこじつけ記事もいずれ書くことになりますが、まずは、大まじめに、ホンモノの災害を扱った曲を取り上げることにします。昨夜も書いたとおり、台風がきて被害が出たら、この曲は持ち出しにくくなるので、さっさとやっちゃいます。いま、日本の四囲の気象は平穏に見えますが、竜巻が起きて被害が出るなんてことだってありうるわけで、急ぐにしくはないのです。

どうであれ、ずっとやりたかったランディー・ニューマンの曲、それも、若いころに感銘を受けたアルバムの、そのなかでもとくにすぐれた曲、多くの人がニューマンの代表作と考える曲をとりあげられるのは、わたしの喜びとするところです。

◆ 奴らは俺たちを押し流そうとしている ◆◆
では、ファースト・ヴァース。

What has happened down here
Is the wind have changed?
Clouds roll in from the north
And it started to rain
Rained real hard
And rained for a real long time
Six feet of water in the streets of Evangeline

「いったいここでなにがあったのだ、風が変わったのか、北から雲が流れこみ、雨が降りはじめた、ほんとうにひどい雨だった、そして、とてつもなく長いあいだ降りつづけた、イヴァンジェラインの通りは6フィートの水に埋まった」

意味としてはとくに問題がないでしょう。英語として、音として聴いたときに、詩的響き、それも、叙情詩ではなく、叙事詩の響きをもつ歌です。

セカンド・ヴァース。

The river rose all day
The river rose all night
Some people got lost in the flood
Some people got away alright
The river have busted through
Cleared down to Plaquemines
Six feet of water in the streets of Evangelne

「河は一日中かさを増しつづけ、一晩中それはつづいた、洪水に命を落とした人もいれば、無事に逃げのびた人もいた、河はあらゆるものを押し流し、プラケマインまで一面水で埋めてしまった、イヴァンジェラインの通りは6フィートの水に埋まった」

この歌は、洪水一般のことではなく、1927年のルイジアナの大洪水を歌っているので、「河」には固有名詞があります。ミシシピー河です。この洪水については、後段で調べたことを書きます。イヴァンジェラインやプラケマインについても同じく。ここは文脈から考えて、とてつもなく広範囲の土地が水没したのだと受け取っておけばいいだけです。

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つぎはコーラス。

Louisiana, Louisiana
They're tyrin' to wash us away
They're tryin' to wash us away
Louisiana, Louisiana
They're tryin' to wash us away
They're tryin' to wash us away

ここは訳すまでもなくて、「奴らは俺たちを押し流そうとしている」と繰り返しているだけです。「奴ら」は当然、洪水ですね。

◆ じつにけしからんじゃないか ◆◆
サードにして最後のヴァース。

President Coolidge came down in a railroad train
With a little fat man with a note-pad in his hand
The President say
"Little fat man isn't it a shame
What the river has done to this poor crackers land"

「クーリッジ大統領は、ノートを手にした太った小男といっしょに、鉄道でやってきた、彼はいった、『なあ、チビデブよ、この哀れな貧乏白人の土地に河がやったことは、じつにけしからんじゃないか』」

Louisiana 1927 by Randy Newman_f0147840_10788.jpgカルヴィン・クーリッジは第30代大統領、共和党、1923年から29年まで大統領の座にあった、と辞書はいっています。前任者ハーディングの急死による副大統領からの昇格ですが、二期目をつとめています。little fat manは不明です。たんなる秘書官か、補佐官か、あるいは国務長官か。クーリッジのつぎの大統領になる、この当時の商務長官、ハーバート・フーヴァーのことではないか、といっているサイトもありますが、わたしには判断できません。

Louisiana 1927 by Randy Newman_f0147840_105472.jpg鉄道でやってくるのは、ほかに適当な手段がないのだろうからしかたありませんが、ランディー・ニューマンはそれをうまく利用して、いかにもお気楽な「視察」の印象をあたえるのに成功しています。わが国でも、災害というと、首相や大臣がかならず「顔見せ」をするのを見慣れているから、そう感じるのかもしれませんが。

そしてクーリッジのセリフ、「this poor crackers land」と、ひとごとのようにいうところが、この曲のポイントでしょう。ランディー・ニューマンは、じつにひどいことを平然という人間で、いつもの彼の文脈では、cracker=貧乏白人という言葉は、まあ、ノーマルなのですが、クーリッジにいわせたことで、けしからんのは、洪水より、おまえのほうだ、という印象をリスナーにあたえています。

あとはコーラスを繰り返してエンディングとなります。

◆ 肥沃な土地の代価 ◆◆
ランディー・ニューマンについて書くまえに、この「南北戦争以来最大の国家的惨禍」について、できるだけ手短に。

Louisiana 1927 by Randy Newman_f0147840_121917.jpgこのミシシピーの氾濫は27年4月に、長期にわたる大雨(14インチ=約350ミリの降水量を記録した日があった)で起きたもので、ハリケーンによって短時間で起きたものではないようです。しかし、結果は似たようなもので、水没地域はルイジアナを中心に7州におよび、数百人が死亡、500万人以上が避難したそうです。

ここで重要なのは、この水害が大きな理由になって、南部の黒人が盛んに北部へ移住するようになったという点です。これがアーバン・ブルース、ひいてはロックンロールの誕生につながります。ニューオーリンズからの道路の関係で、多くはシカゴへいくのですが、ルートいくつか忘れてしまいました。51でしたっけ? 現在の道路とはちょっとちがうので、昔調べたメモをなくすと、往生しちゃいます。

こういう大災害があれば、かならず政治社会的問題が起きます。移住に関係のあることとしては、白人農場主が、黒人の農場労働者たちが土地を捨てるのを恐れて、避難所に監禁し、赤十字が無料で配ろうとした支援物資を有料にして、借金で縛りつけた、などという記述がありました。昔の支配者にとって、もっとも恐ろしいことは、農民の「逃散」だということは、日本中世史を読んでいてもわかることです。逃げて苦しい目に遭うよりいくぶんマシ、と思える租税をかけないと、農地を放棄されてしまうわけで、ここに中世の領主(戦国大名などですね)の苦心があったようです。

Louisiana 1927 by Randy Newman_f0147840_131687.jpgまた、ラテン・クォーターが2フィートの水に覆われたニューオーリンズ市が、このままではどうにもならないというので、市の南部の堤防を30トンのダイナマイトで破壊し、市におよぶ被害を食い止めようとしたため、他の地域に大きな被害が及んだといわれています。これと、2005年のニューオーリンズの大きな被害はなにか関係があるのでしょうか。1927年の洪水のあとで、flood control actという法律が制定されたということが見つかっただけで、それ以上のことはわかりませんが。

洪水が起きる土地というのは、高校の世界史で教わったことによれば、文明が生まれる肥沃な土地です。天の恵みはタダではない、ということでしょうかね。

◆ ニコチン酸への寄り道 ◆◆
Louisiana 1927 by Randy Newman_f0147840_1182844.jpgランディー・ニューマンのボックス「Guilty: 30 Years」(懲役30年の有罪!)には、一問一答が収録されています。この曲について、ニューマンは「この洪水について読んだんだ。ペラグラ(ニコチン酸欠乏症)の治療法が発見されたのは、この洪水のおかげだった。なんにでも理由はあるものさ」といっています。韜晦のようにも読めますが、本心のよくわからない人なので、ほうっておきましょう。

気になる方もいらっしゃるでしょうから、ニコチン酸とペラグラについて、百科事典で調べたことをいちおう書いておきます。そんなことは気にならない方は、この節は飛ばして、つぎの小見出しまで飛んでください。

ニコチン酸とは、「ビタミンB群に属する水溶性ビタミンの一種」で、「補酵素、NAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)、および NADP(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸)の成分として、酸化還元反応の水素の受容体として作用している」そうです。わたしにはなんのことか、まったくのグリーク、ヘブライ、マンボ・ジャンボですが。

ペラグラとは、「ビタミンB群、とくにニコチン酸アミド欠乏による全身性疾患。皮膚では顔面、手足の背面、上胸部などの露出部に紅斑、水疱、潰瘍を生じ、やがて色素沈着と萎縮を残す。このほか消化器症状、神経症状を伴い、重症の場合は死亡する」という病気だそうです。

ここで、平凡社世界大百科と小学館ニッポニカの意見が対立します。ニッポニカは「トウモロコシを主食とする人たちにおこり、アメリカの南部で多数発生した」と記述しています。これでランディー・ニューマンの歌につながりましたよね。洪水後、ペラグラの患者が増えて、治療法の発見につながった、というあたりでしょう。

ところが、世界大百科は、ここで、チッチッチ、と舌打ちしています。「ペラグラは、動物性タンパク質の摂取が少なく、トウモロコシを多食している地方に、地方病としてみられる。(略)米のトリプトファンやニコチン酸の含量は、トウモロコシのそれとほとんど変わらないが、米を主食とする地方ではペラグラはみられない。それゆえ、ペラグラの発症要因は、ニコチン酸やトリプトファンの欠乏によるのではなく、他の要因によるとも考えられている」のだそうです。

わたしにはよくわからないので、医学界ではまだ決着がついていない問題なのだろうとしておきます。なんにだって、対立意見はあるものさ!

◆ ハリウッド音楽工場訪問記 ◆◆
ランディー・ニューマンの「家」という背景については、Moon of Manakooraの記事に書きましたので、そちらをご参照くだされば幸いです。

そういう一族の一員として生まれた彼は、好きか嫌いかは知らず、一族のビジネスである音楽界に入ります。ソングライターとして名を成す以前、徒弟奉公時代の彼について、ジョージ・マーティンが書き記しています。

Louisiana 1927 by Randy Newman_f0147840_115499.jpgマーティンはブライアン・エプスティーンとともにハリウッドを訪れ(というのだから、エプスティーンが死んだ1967年以前)、当時、20世紀フォックスの音楽部長だった、旧知のライオネル・ニューマンに会いました。ランディーの曲をシラ・ブラックで録音したことがあったので、マーティンはそのことをいうと、ランディーは「アレンジ・写譜課」にいると教えられ、そこへいってみました。

そこは「とてつもなく広いタイピスト室」のようなところで、おおぜいの男たちが机に向かって曲を書いていた、とマーティンは呆れたように書いています。そのなかに目指すランディーがいたわけです。マーティンは、ランディーのような才能のある人間が、なんだってこんな工場みたいなところにいるのだろうと不思議に思いながら部屋を見渡して、旧知のイギリス人作曲家を見つけ、また驚いたといっています。

ハリウッドの映画音楽は、こういう「生産ライン」でつくられているのだ、ときには、彼らはどういう映画かということすら知らず、何秒間のカー・チェイス・シーンといった指定だけで仕事をするのだ、とマーティンはいっています。

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ランディー・ニューマンのキャリアはそういう匿名的音楽を書くことからスタートしているというのは、覚えておいてもいいことかもしれません。いや、忘れちゃってもいいことでしょうが、こういうちょっとした背景情報というのは、わたしには非常に興味深く感じられるのです。

◆ 無敵のソングライター ◆◆
ランディーの音楽について、数時間でまとめるなんてはじめから不可能な話で、この記事もそろそろ投げ出さなければならない時刻が迫っています。

Louisiana 1927 by Randy Newman_f0147840_120785.jpgわたしは、「幻の名盤」などぜったいにほめない人間で、あんなものは、それだけの十分な理由があってまったく売れなかった盤を、もう一度売り込もうという、さもしい会社の詐欺言辞にすぎないと断言しているのは、このブログでそれなりの期間、お付き合いしていただいた方はおわかりでしょう。ほめ言葉のインフレ(というか、見方によってはデフレ)を手助けするつもりは毛頭ありません。

Louisiana 1927 by Randy Newman_f0147840_1215117.jpgしかし、Louisiana 1923が収録された、ランディー・ニューマンのアルバム、Good Old Boysは傑作です。70年代に聴いた盤のなかでもっとも重要なものの一枚です。いま聴いても、Redneck、Birminghamなど、ほかの曲も素晴らしいと思います。

怖い叔父さんたちのいいつけか、子どものころにきびしく鍛えられたことがうかがえるピアノのみごとなプレイ、一族の血であり肉である卓越したオーケストレーション、怖いもの知らずの大胆な、しかし、ウィットとユーモアに満ちた歌詞、印象深いメロディーを書く能力、これだけの多彩な才能を持ち合わせた音楽家など、そういるものではありません。

Louisiana 1927 by Randy Newman_f0147840_1232054.jpgこれで声がよかったら、すくなくとも一般に美声といわれるような声をもっていたら、とんでもないことになっていたでしょう。しかし、そこはよくしたもので、ふつうには美声とはいわれない声だったおかげで、彼の曲にも歌にも、独特の陰影が加わったのだと思います。ランディー・ニューマンから皮肉をとってしまったら、たんに美しいバラッドを書く作曲家しか残らないですからね。

イヴァンジェラインとプラケマインにたどり着けませんでしたが、気になる方はウェブで検索なさってみてください。プラケマインは、洪水がどれほどの広範囲に渡ったかを示そうとした地名にちがいありません。

あ、そうだ、ランディー・ニューマンがニューオーリンズ生まれだということを書き忘れていました。まあ、忘れても、nk24mdwstさんがちゃんと突っ込みを入れてくれたはずですけれど!

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by songsf4s | 2007-10-02 23:57 | 嵐の歌