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How High the Moon by Les Paul with Mary Ford
タイトル
How High the Moon
アーティスト
Les Paul with Mary Ford
ライター
lyrics by Nancy Hamilton, music by Morgan Lewis
収録アルバム
The Best of the Capitol Masters
リリース年
1951年
他のヴァージョン
Chris Montez, Joe Pass, Mary Lou Williams, Dave Brubeck Quartet, Harry James, June Christy, Marvin Gaye, MJQ, Ray Anthony, Stan Kenton, Carlie Parker, Chet Baker, Art Tatum, Sara Vaughn, Gloria Gaynor, 3 Na Bossa
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月の歌をとりあげる以上、これは外せないだろうという曲がいくつかありますが、今夜のHow High the Moonも、It's Only a Paper Moonと同等に、あるいはそれ以上に重要な曲でしょう。

なんでこんなにたくさん、と思うほどヴァージョンがありますが、今回はまったく迷いなく、レス・ポール&メアリー・フォード盤が看板と決めました。いや、このヴァージョンがなければ、この曲はオミットしたでしょう。一生に何度か、聴いた瞬間にひっくり返ってしまったトラックというのがありますが、その意味で、このレス・ポールのHow High the Moonは、三本指に入る驚愕の音楽でした。あとの有象無象ヴァージョンは付け足りですが、できるだけ多くに言及するつもりでいます。

◆ 月がなければ闇夜、動詞がなければ無意味 ◆◆
これから歌詞を見ていきますが、はじめにお断りしておきます。

まず、古い曲なので、例によってさまざまなヴァリエーションがあり、エラ・フィッツジェラルドのように、適当な歌詞をその場でつくって歌っている人までいます。ここでは、いうまでもなく、看板に立てたレス・ポール&メアリー・フォード盤にしたがいます。

つぎに、わたしはこの歌詞がさっぱり理解できません。レス・ポールのプレイはじつによくわかりますが、歌詞はおかしなところがあって、明快に意味をとることができません。歌詞は音として聴いているだけで、意味は気にしてもしかたないと、ずいぶん前から投げています。

Somewhere there's music
How faint the tune
Somewhere there's heaven
How high the moon
There is no moon above
When love is far away too
Till it comes true
That you love me as I love you

How High the Moon by Les Paul with Mary Ford_f0147840_3415423.jpgそもそも、動詞が抜けているから、解釈のしようがなく、また、動詞を補うにしても、どこに補うかで意味が変わるのだから、じつにもって始末が悪いのです。つまり、「How high is the moon?」なのか「How high the moon is」なのか、ということです。だれのヴァージョンだったか、「How high is the moon?」と、isを補って、疑問文にしているものがありました。わたしもそちらにくみしますが、それが正しいという保証はありません。

「どこかで音楽が鳴っている、なんてかすかな音だろう、どこかに天国がある、月はどこまで昇っただろうか、愛する人が遠くにいれば月も見えない、それが実現するまでは、わたしがあなたを愛しているように、あなたもわたしを愛している」

最後の2行は、読んでいるみなさん同様、書いているわたしも、なんのこっちゃ、と呆れています。学校で英語を勉強したふつうの日本人としては、「このthatはいったいどこから出てきたんだ、説明しろ」といいたくなります。複文の2つの部分が、無意味に接続されているのです。ぜんぜんわからないから、「知ったことか!」と大声で叫んでおき、このヴァースは投げます。

◆ 生きているのやら、死んでいるのやら ◆◆

Somewhere there's music
How near, how far
Somewhere there's heaven
It's where you are
The darkest night would shine
If you would come to me soon
Until you will, how still my heart
How high the moon

「どこかで音楽が鳴っている、近いのやら、遠いのやら、どこかに天国がある、そこはあなたがいる場所、あなたがすぐにやってきてくれれば、漆黒の夜も明るく輝くだろう、それまでは、わたしの心は沈黙する、月はどれほど昇っただろう」

How High the Moon by Les Paul with Mary Ford_f0147840_3433697.jpgといったあたりでしょうか。わからないのは、まず、天国があなたのいる場所だ、というところです。死者に語りかけているというようにも受け取れます。それとも、「あなた」というのは「月」のことなのでしょうか。

ついでに、heartがstillだというのは、心臓が止まっている、と解釈することも可能ですが、それではまるでボビー・“ボリス”・ピケット&ザ・クリプト・キッカーズのお笑い怪奇ソングになってしまいますねえ。

サード・ヴァースもありますが、これまでの2つのヴァリエーションにすぎず、独立したヴァースではないので、解釈はしません。

Somewhere there's music
How faint the tune
Somewhere there's heaven
How high the moon
The darkest night would shine
If you would come to me soon
Until you will, how still my heart
How high the moon


◆ 驚愕の先進性 ◆◆
歌詞はなんだかよくわかりませんが、レス・ポールのギター・プレイは、大昔の人がやろうとしたことが、こんなに隅々までよくわかっていいものだろうか、というくらいに明瞭です。あまりにもよくわかりすぎて、はじめて聴いたときはビックリ仰天しました。あと半歩でロック・ギターです。軽く15年は先取りしていた勘定になります。

How High the Moon by Les Paul with Mary Ford_f0147840_3454791.jpgそもそも、歌のあいだに長くて派手なギター・ソロを挟む、という考え方がこの時代にあったのでしょうか。わたしの知るかぎり、そんなものはありません。仮定の話ですが、たとえレス・ポールが下手だったとしても、こういう構成をとったことだけで、きわめて先進的で、60年代後半のロック・バンドがやったことを、すでに50年代はじめにやっていたことになります。

レス・ポールは歌わないので、ヴォーカルとギターという変則的なデュオだから、両方にスポットを当てなければならないという、このデュオの特殊事情から導きだされたにすぎないスタイルなのでしょうが、背後の事情がどうであれ、形式として、未来を先取りしていたことに変わりはありません。

How High the Moon by Les Paul with Mary Ford_f0147840_3472243.jpgそしてまた、ギターのサウンドといい、スタイルといい、とても1951年録音のものとは思えません。60年代後半に、いわゆる「ギター・ヒーロー」たちが多用するイディオムが、すでに使われているのです。

ギターのサウンドそのものも、ストレートなトーンではありません。彼自身が開発したディレイ・マシンが使われているのです。アタッチメントの多用という60年代後半のトレンドがここでもまた先取りされています。太陽の下、新しいものなどないのだ、すべては焼き直しなのだ、というペシミズムに賛成したくなるほどの、じつにもって、なんともけしからんレスターおじさんの先進性です。

この時代にはおそらく弦はレギュラー・ゲージです。そんなもん、見たこともさわったこともないだろうが>メタル小僧ども。無茶苦茶な太さと張力で、Fを押さえただけでも息切れがしちゃうのですよ。わたしらオールド・タイマーは、子どものときにちゃんとそういう太い弦を経験しているのでわかりますが、そういうもので、そして、あのアップ・テンポのアレンジで、速いパッセージを弾きまくり、あろうことか、ベンドまで連発しているレス・ポールはとんでもない人です。ジミヘンがアコースティック12弦でダブル・チョークをやったのを見たときもひっくり返りましたが、レス・ポールもたいした腕力です。風が吹いただけでも音が鳴ってしまうような、いまどきのフニャフニャ弦を弾いている小僧どもにはぜったいにわからない、超絶プレイです。

ちなみに、ソロに使ったギターは、レス・ポール自身が細工した改造エピフォンだそうです。まだ、ギブソン・レス・ポールはできていなかったのです。

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たいした知識はないのですが、たとえば、チャーリー・クリスチャンとか、タル・ファーロウといった、いくぶん時代が近い人たちのプレイを思い浮かべても、レス・ポールはまったくのエイリアンです。クリスチャンもファーロウも、われわれが「昔のジャズ・ギター」といったときにイメージするプレイ・スタイルのスペクトルに、ちんまり収まっています。でも、レス・ポールはひとり一ジャンル、まったく桁外れです。クリスチャン、ファーロウは、「歴史のお勉強」という感じで、ふむふむ、なるほど、昔はそういう風にやっていたのね、という感じで収まりかえって聴きましたが、レス・ポールは椅子から飛び上がり、ベッドから転げ落ち、「ウッソー! そんなのありかよ!」と叫んじゃいました。

◆ 元祖ハード・ドライヴィング・グルーヴ ◆◆
いや、音楽なのだからして、トータルとしてのサウンドも重要です。ここがまたレス・ポールのすごいところで、サウンド的にも「明日の音を今日に」(フィル・スペクターの会社のキャッチフレーズ)の人です。

How High the Moon by Les Paul with Mary Ford_f0147840_3521892.jpgレス・ポールがこの曲をリリースしようとしたとき、キャピトルの担当者は反対したそうです。すでに75種類ものヴァージョンがあり、どれもヒットしなかった、そもそも歌詞が意味を成していない(それはそのとおり! 会社の人間もたまには正しいことをいう)といったのだそうです。しかし、レス・ポールはいつもの調子で、そんなくだらないことは忘れろ、俺のはイントロからもうヒット間違いなし、靴のなかでタップしたくなり、曲が終わる前に疲れ果てるほどのリズムなんだ、と主張したそうです。

いや、じっさい、たいしたロッキン・ビートです。たんに8ビートを使っていないだけで、ベニー・グッドマンのいくつかのトラックのように、ものすごいドライヴのしかたをするグルーヴで、その点でもベッドから転げ落ちました。

How High the Moon by Les Paul with Mary Ford_f0147840_354683.jpgさらにレス・ポールがすごいのは、トラックはすべて自分でオーヴァーダブしたということです。ギタリストだけがエイリアンで、ひとりで未来にぶっ飛んでしまい、まわりが1951年にへばりついていると、非常にまずい事態になりかねないのですが、「まわり」も自分でやっているのだから、安心です。じっさい、うまくはないのですが、ベース・ラインの作り方はやはり先進的です。プロデューサーが目指しているものを百パーセント理解したプレイです。

というわけで、エミット・ローズ、トッド・ラングレン、アンドルー・ゴールドたちは、あ、それからポール・マッカトニーも、それとわからないほど時間がたってから、無自覚にレス・ポールの後塵を拝してしまったわけです。ほんとうにエイリアンだったのだと思います。ふつう、これほど全部まとめてなにもかも未来の先取り、なんてことはできるもんじゃありません。

レス・ポール盤How High the Moon(ホラ吹きおじさんレス・ポールのいうところの「76番目のヴァージョン」)は、9週間にわたってビルボード・チャートのナンバーワンの座を維持したそうですが、それくらいのことは当然でしょう。実験的、未来的サウンドが、同時に非常にポップなものになり、おおいに売れる結果になったということでは、ビートルズのStrawberry Fields Foreverや、ブライアン・ウィルソンのGood Vibrationsの先祖でもあったのです。

◆ ロイド・デイヴィスの右手 ◆◆
これだけぶっ飛んだ盤のまえでは、どんな名演名唱も、地べたを這う虫にすぎません。がしかし、まあ、せっかく集めたのだから、ちょっとつきあってみましょう。数だけはうんざりするほどあるんです。

有象無象のなかでは、デイヴ・ブルーベック盤が気に入りました。いや、デイヴ・ブルーベックにも、ポール・デズモンドにも、わたしは興味がないし、じっさい、この曲の二人のインプロヴも、ただただ長ったらしくて退屈なだけですが、お立ち会い、ドラムがいいのです。ライド・シンバルの刻みを聴いているだけで、9分間があっという間に終わりました。

How High the Moon by Les Paul with Mary Ford_f0147840_355630.jpgこのドラマー、ロイド・デイヴィスという人ですが、ぜんぜん有名じゃないですねえ。これだけ素晴らしいライドの刻みができるドラマーが絶賛されなかったのだとしたら、ジャズ・プレイヤーとジャズ・ファンのタイム感に問題がある、または、より穏当な言い方をすると、彼らはわたしのような老いたるロック小僧とは異なる時間、勝手な解釈の時間を生きているのでしょう。

マックス・ローチをはじめて聴いたとき、ひっでえタイムだな、チャーリー・ワッツかよ、と思いましたが、ジャズというのは、タイムの正確性、グルーヴのよさなど気にしないのでしょう。ロック小僧的感覚でいうと、このロイド・デイヴィスの右手はジム・ゴードンのつぎのつぎのつぎのつぎぐらいにはうまいと感じます。これがものすごい絶賛だということが、ジャズ・ファンには理解できないでしょうけれどね。

もちろん、ジム・ゴードンのほうが素晴らしい右手をしているし、絶好調時の彼は左手も正確で美しいビートを連打します。ロイド・デイヴィスも、サイドスティックはなかなかきれいで、これもジム・ゴードンのつぎのつぎぐらいのうまさだと感じました。そもそも、うまい人は、サイドスティックのサウンド自体がきれいな響きになるものでして、ロイド・デイヴィスはジム・ゴードンのようにきれいな響きをつくっています。なかなか快感のグルーヴ。

◆ パス、ケントン、アンソニー、ジェイムズ、MJQ ◆◆
How High the Moon by Les Paul with Mary Ford_f0147840_356049.jpgつぎは、一転して、アンプラグドしたジョー・パスのソロ・プレイ。エレクトリックで何枚か聴いていますが、今回、はじめてアコースティックのプレイを聴いて、この人はアンプラグドしたほうがずっといいと感じました。やっぱり、無茶苦茶にうまいですねえ。

How High the Moon by Les Paul with Mary Ford_f0147840_3564094.jpgスタン・ケントンはアンサンブルで聴かせる人なので、わたしのようなジャズ嫌いのポップ・ファンも楽しめる、襟を正したアレンジになっています。ジャズ・プレイヤーの強制猥褻陰部露出ではなく、華麗な衣装をまとった美しい「サウンド」です。彼のHow High the Moonはヒットしたそうですが、当然でしょう。でも、あんまりHow High the Moonっぽくないメロディー・ラインです。

How High the Moon by Les Paul with Mary Ford_f0147840_3575739.jpgレイ・アンソニーも、さすがに人気者、楽しいサウンドになっています。ドラムも悪くないグルーヴですし、レイ・アンソニーのソロも、ピッチがいいので(といっても、アル・ハートのような、「超」がつくほどの正確なピッチではないですが。どうして、ジャズ・トランペッターというのはピッチの悪い人が多いのでしょうか。高音部でフラットしないプレイヤーはめったにいないという印象です)不愉快になりません。なによりも短いのがいい! 基本的にはダンス・バンドなのでしょうね。それも一流の。

How High the Moon by Les Paul with Mary Ford_f0147840_3585659.jpgつぎはハリー・ジェイムズでしょうか。ビッグ・バンドですから、モダン・ジャズのコンボのように、長ったらしいソロ廻しで退屈することはありません。他のヴァージョンよりテンポが遅く、なかなかムードがあって、伊達男ハリー・ジェイムズにふさわしいと感じます。ヴォーカルの名前がわかりませんが、なかなかけっこうな歌いっぷりです。

How High the Moon by Les Paul with Mary Ford_f0147840_3595818.jpgMJQは今回集めたもののなかでもっともスロウにはじまります。これじゃあ眠るなあと思っていたら、ちゃんと後半はテンポを速くしています。ムードはあります。でも、6分は長すぎ。

ピアノはわからないので、若きアート・テイタムのプレイは、いいんだか悪いんだかよくわかりませんでした。うまいのでしょうけれど、So what?でした。手が素早く動いていますねえ、目にもとまらぬ早業、一着でゴール。だから、なんだよ? 一着でゴールすることが音楽の目的か?

◆ ヴォーカルもの ◆◆
ジューン・クリスティーは、声がいいので、それだけでそこそこ聴けますが、バックの管のアレンジもなかなかゴージャスで、楽しめます。ドラムはスネアのチューニングが低すぎるし、フィルインでときおり突っ込みますが、昔の人としてはまずまずのタイムでしょう。ただし、ベースとズレています。たぶん、責任はベースのほうにあるのでしょう。

サラ・ヴォーン、エラ・フィッツジェラルドは、基本的に歌および音楽を勘違いしていると思います。不快以外のなにものでもありませんでした。

How High the Moon by Les Paul with Mary Ford_f0147840_421268.jpgこれにくらべたら、フワフワととらえどころのないクリス・モンテイズの歌のほうがずっと楽しめます。モンテイズはもともとガチガチのロックンローラーだったのが、A&Mなどという会社に入ったばかりに、生まれもつかぬオカマ声のオカマ・スタイルで歌わされるハメになったわけですが、それがポップの世界、お客さんが喜びそうな方向にねじ曲げちゃうのです。それだけでも、サラ・ヴォーンやエラ・フィッツジェラルドなんかより、ずっと上等な音楽だということがわかります。ドラムは例によってハル・ブレイン。

How High the Moon by Les Paul with Mary Ford_f0147840_475043.jpgマーヴィン・ゲイ盤は、声の若さというのは格別だなあ、と思わせるものです。まだ歌がうまくないぶん、声のよさが際だっています。これだけの美声があったから、後年の成功があったのでしょう。長生きしたら、またこういう方面に回帰したかもしれません。年をとったマーヴィン・ゲイのスタンダード・アルバムなんて、ちょっと聴いてみたかったな、と思います。

まだ、いくつかヴァージョンが残っていますが、もういいでしょう。残る人生のあいだ、How High the Moonはもう二度と聴かなくていい、という気分になりました。

◆ またブロードウェイ ◆◆
この曲もまた、まったくもー、いやになるほどまた、ブロードウェイ起源だそうですが、その手のことを調べるのはゲップが出るほどやったので、今回は省略させていただきます。レス・ポール盤のすごさのまえでは、楽曲なんかどうだっていいや、です。わけのわからない歌詞を解釈するハメになったので、作詞家の顔を見てやりたいような気もしなくはありませんが、もう疲労困憊、限界です。
by songsf4s | 2007-09-27 23:56 | Harvest Moonの歌