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Summertime Blues by Eddie Cochran その2
タイトル
Summertime Blues
アーティスト
Eddie Cochran
ライター
Eddie Cochran, Jerry Capehart
収録アルバム
The Eddie Cochran Box Set
リリース年
1958年
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他のヴァージョン
live version of the same artist, The Beach Boys, Bobby Vee, the Who x 3 version (Live at the Monterey International Pop Festival, Live at the Woodstoc Festival, Live at Leeds) Blue Cheer, the Ventures


◆ エヴァーグリーンなオリジナル ◆◆
われわれの世代の大多数がこの曲を最初に認識したのは、1968年のブルー・チアのカヴァー・ヒットのときでしょう。ブルー・チアからさかのぼって、エディー・コクランのオリジナルにたどり着いた場合、コクラン盤のロカビリー的な軽さにギョッとすることになります。

ビートルズのTwist and Shoutからアイズリー・ブラザーズ盤へ、あるいは、デイヴ・クラーク5のDo You Love Meからコントゥアーズ盤にたどり着いたときの印象によく似ています。異なるのは、わたしの場合、Twist and ShoutとDo You Love Meは、いまでもビートルズ盤、DC5盤のほうがオリジナルよりはるかによいと考えているのに対し、Summertime Bluesについては、ブルー・チア盤より、コクラン盤のほうがずっとよいと思うようになったことです。

この差はなにかというと、抽象的な言い方になってしまいますが、制作姿勢のちがいだろうと考えます。アイズリーズのTwist and Shoutも、コントゥアーズのDo You Love Meも、その時代の常識にもたれかかっただけの安易なサウンド、たんなるクリシェにすぎなかったと感じます。要するに、流れ作業でつくっただけのものという印象で、楽曲のもつポテンシャル以外には、どこにも聴きどころがありません。

f0147840_23481539.jpgコクランのSummertime Bluesはまったくちがいます。わかりやすい言い方をするなら、元気いっぱい、やる気が前面に出て、はつらつたるグルーヴが形づくられているのです。スタジオ・ワークおよびアレンジの経験と知識が積み重なり、あるレベルに達したときに、これはいける、という手ごたえのある楽曲を書くことができ、おおいなる希望をもってこの曲をレコーディングしたにちがいない、と想像できるような音になっているのです。

◆ 先鋭的なベースのアレンジ ◆◆
ボックスに付属するセッショノグラフィーによると、この曲は1958年5月にハリウッドのゴールドスター・スタジオで、以下のメンバーによって録音されました。

エディー・コクラン: ギター、ヴォーカル、ギター(オーヴァーダブ)
コンラッド(コニー)・“ガイボー”・スミス: エレクトリック・ベース
アール・パーマー: ドラムズ
(おそらくは)シャロン・シーリーおよびジェリー・ケイプハート: ハンドクラッピング

コクランはアコースティック・リズムとエレクトリック・リズムの両方を弾いています。コニー・スミスのフェンダー・ベースは、いまではなんの違和感もないでしょうが、この時期はまだアップライトが主流ですから、フェンダー・ベースを使った例は多くありません。レイ・ポールマンだって、まだギタリスト一本槍だったのではないでしょうか。

f0147840_23504360.jpgいや、そんなことはおいておくにしても、シンプルながら、各要素が注意深く配置され、どれひとつといっていらないものはなく、ハンド・クラッピングにいたるまで、すべてが重要なのですが、そのなかでも、ベースは決定的に重要な役割を果たしています。ベースにハマリング・オンをさせるというのは、「発明」とすらいってよいと思います。

アール・パーマーはコクランのセッションのレギュラーで、ほかにもたくさんやっています。この曲では軽くやっていますが、安定感はさすがです。

◆ 「オリジナル・ゴールドスター・ギャング」のエディーに敬意を表して寄り道 ◆◆

ゴールドスターはフィル・スペクターのホームグラウンドとして知られていますが、そもそも、あのスタジオにたむろって、未来の音をつくりだそうとした異常なほど若いプロデューサーという意味では、エディー・コクランのほうが先輩です。

フィル・スペクターのおかげで、ゴールドスター・スタジオは、4連のEMI製プレート・エコーによるハイパー・ウェットなサウンドでその名を馳せましたが、共同オーナーのスタン・ロスによると、初期のゴールドスターは、むしろ、ナッシュヴィルに近いクリスピーなサウンドで知られ、コンボの録音に適した、狭いスタジオBのほうがよく利用されたとのことです(スペクターの一連のヒット曲は、エコーが接続された広いスタジオAで録音された)。ゴールドスターのスタジオBで録音された、クリスピーなサウンドの曲としては、Summertime Bluesとほぼ同時期の(そして、やはりアール・パーマーがドラム・ストゥールに坐った)リッチー・ヴァレンズのLa Bambaが有名です。

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在りし日のゴールドスター・スタジオ。1956年ごろ撮影。

スタジオそのものは売却ののち、火災で焼失し、10年ほど前にきいた話では、コンビニの駐車場になってしまったそうですが、それでも魂は死なず、ウェブ上でオフィシャル・サイトとして余生を送っています。2、3年前に見たときからほとんど更新されていないようですが、バッファロー・スプリングフィールドのFor What It's Worthの録音が難航した話などは、非常に興味深く読みました。ドラムがタコだから録音がスムーズにいかんのだ、といいたいようです。

スタン・ロス、デイヴ・ゴールドという共同経営者のどちらかが、スペクターの最初のセッションでやってきたサンディー・ネルソンはひどいドラマーだったと証言していて(インサイダーの評価は正直というか、無情というか)、ネルソンのインスト盤で叩いたのはネルソン自身ではなく、アール・パーマーであるというわが年来の説を裏づけてくれたことには、いまでも感謝しています。

f0147840_155267.jpgドラマーだといっている人間が自分の盤で叩いていないのだから、ツアー用ヴェンチャーズがスタジオに入れてもらえなかったり、ハーブ・アルパート&ザ・ティファナ・ブラスの盤で、アルパートがトランペットをプレイしていなかったりしても、べつに驚くには当たらないことになります。TJBのトランペットがお好きな方は、オリー・ミッチェルをお聴きになればよいわけで、なんなら、ハワイに行けば、引退したミッチェルの週末の趣味のバンドをライヴで聴くこともできます。

ビリー・ストレンジは、オリー(オリヴァー)・ミッチェルを評して「世界一のトランペッター」といっています。多少割り引いて受け取るにしても、ビリー・ザ・ボスがいっしょにやったプレイヤーのなかでは、ナンバーワンだということになります。しばしば管が大きくフィーチャーされているビリー・ストレンジのアルバムでトランペットをプレイしたのは、つねにミッチェルだったそうです(ビリー・ストレンジもまた好みをハッキリいう人で、ドラマーのナンバーワンはハル・ブレイン、ベースはキャロル・ケイと断言し、自分のセッションにはつねにこの二人を呼んでいた)。ということは、ビリーがアレンジとコンダクトをしたナンシー・シナトラの盤でも、しばしばミッチェルがプレイしたと考えてよいことになります。ちなみに、テンプテーションズのMy Girlでも、ミッチェルはプレイしたとキャロル・ケイはいっています。

◆ 最後のツアーでの録音 ◆◆
今日は片づけなければいけない盤が山ほどあるのに、本領発揮で(自分でいってりゃ世話がない)道草を食ってしまいました。

エディー・コクランのSummertime Bluesには、もうひとつ、ライヴ・ヴァージョンがあります。なかなかよいパフォーマンスですし、時期を考慮に入れるなら、録音も悪くありません。バックビートも安定していて、ちょっとしたものなのですが、だれなのかよくわかりません。このボックスをお持ちの方ならよくおわかりでしょうが、セッショノグラフィーと、トラック・リスティングが別個になっていて、自分でセッショノグラフィーを読み解き、トラック・リスティングにはめ込んでいかなければならないという、非常に親切なつくりになっているのですね、これが。

f0147840_2355151.jpg細かい文字をなんとか読んでみた結果、このセッショノグラフィーに出てくるSummertime Bluesのライヴ録音は、どうやら、死の旅となった最後のイギリス・ツアーでのテレビ出演時のものだけらしいとわかりました。このツアーに関しては、アンディー・ホワイト(ビートルズのLove Me Doで叩いたことが知られているが、セッション・プレイヤーなので、当然、多数のレコーディングがある)とブライアン・ベネット(のちにシャドウズ)と、さらにひとりのドラマーの名前がありますが、ホワイト、ベネットのどちらも安定したプレイヤーなので、この二人のどちらかなのではないでしょうか。

◆ オリジナルに忠実なオマージュ ◆◆
タイムラインとしては、わが家にあるものでつぎにくるのは、1961年のボビー・ヴィー盤で、アレンジはコクラン盤を踏襲したというか、ドラムもコクラン盤と同じアール・パーマーですし(彼のプレイそのものは、こちらのほうがニューオーリンズ・フィール横溢の楽しいものになっている)、ほとんどコピーみたいなカヴァーですが、今回、久しぶりに聴き直して、なかなか悪くないと感じました。

f0147840_23565871.jpg古い環境で録音されたものを、新しい機材でアップデイトしようと意図したのではないか、なんて思います。「原作に忠実な翻案」といった趣きです。ボビー・ヴィーのプロデューサー、スナッフ・ギャレットは、コクランと同じリバティーに所属し、年齢も近かったことから(ここにもまた早熟の才能がいたのです)、コクランをプロデュースしたこともあり、彼がイギリス・ツアーから無事に帰国していれば、すぐに二人でスタジオに入っていたはずです。そんなことから、コクランの死の翌年に録音されたこの曲は、ギャレットとヴィーがコクランに捧げたオマージュだったと想像がつきます。

ボビー・ヴィーは、ハードコアな音楽ファンからはナメられがちなシンガーですが、スナッフ・ギャレットのプロデューシングは力が入っていますし、アール・パーマー、ハル・ブレイン、レッド・カレンダー(超大物!)、アーニー・フリーマン(多くの曲のアレンジとコンダクトもやった)、ハワード・ロバーツといった人たちのすぐれたプレイと、ユナイティッド・ウェスタン・スタジオの音響特性と(当時の)最新の機材による、すぐれた録音を楽しむことができます。

エディー・コクランのSummertime Bluesを、なんとかステレオで聴けないものだろうか、なんて無い物ねだりをしている方がいらしたら、かわりにボビー・ヴィー盤を聴くといいと思います。非常に出来のよいストレート・カヴァーです。

つぎは1962年のビーチボーイズ盤です。これはデビューLP、Surfin' Safariのアルバム・トラックで、トラックのアレンジはコクラン盤を忠実になぞっています。ビーチボーイズだからといって、この曲に4パートのハーモニーがついちゃったりするわけではありません(うしろでは「アー」というハーモニーをやっていますが)。

f0147840_00072.jpgドラムはアール・パーマーではなく、ハル・ブレインでしょう。ハル・ブレインの参加は、Surfin' U.S.A.からだと思いこんでいるビーチボーイズ・ファンがいらっしゃるようですし、そのように書いているソースもあるようですが、安定したタイムに着目すれば、デニス・ウィルソンではなく、プロフェッショナルであることは一目瞭然です。仮にハルでなかったとしても、だれかスタジオ・プレイヤーにちがいありません。あの時代のキャピトルは、素人をスタジオでプレイさせるほど甘い会社ではありませんでした。

ここまでは、いわば「コクラン時代」のカヴァーで、以後、この曲はドラスティックな変貌を遂げます。

◆ クラシック:作者から切り離されたもの ◆◆
上述のように、われわれの世代は、この曲をブルー・チアのヴァージョンで知りました。しかし、最近まで気づいていなかったのですが、それ以前に重要なカヴァーがあり、これこそ、Summertime Bluesが、作者やパフォーマーから切り離され、独り立ちした楽曲、すなわち「クラシック」へと成長するきっかけとなりました。

それが、ザ・フーのモンタレー・インターナショナル・ポップ・フェスティヴァルでのライヴ・ヴァージョンです。これは67年6月のものですから、ブルー・チア盤より1年早いのです。そして、このヴァージョンがなければ、ブルー・チアは、あのアレンジを思いつかなかったにちがいありません。

f0147840_02247.jpg複数のヴァージョンが錯綜してしまいましたが、時間順にしたがって、まずザ・フーの67年ヴァージョンについて。この日のキース・ムーンは好調とはいえず(いや、もともとタイムは不安定なところがあるのですが)、ピート・タウンジェンドも後半疲れたのか、お呼びでないコードを弾いちゃったりして、とくに出来のよいヴァージョンとはいえません。しかし、この曲をこういう風にハード&ヘヴィーにアレンジして、大きな注目を浴びたイヴェントでやったこと自体が、この後のSummertime Bluesという曲の運命を決定したわけで、オリジナルのつぎに重要なヴァージョンです。

ザ・フーというのは、ふつうの曲を「ストレートに」カヴァーしても、こういう音になってしまうところがあると思います。マーサ&ザ・ヴァンデラーズの軽快なチャールストン・チューン、Heat Waveのハード&ヘヴィーなザ・フーのカヴァーは昔から大好きなのですが、あれは、「こういう風にアレンジしよう」と意識的にやったというより、自分たちでもできるようにしたら、なんとなく、ああなってしまっただけ、というように聞こえます。

エディー・コクランは、他のロカビリー出身のシンガー同様、イギリスでおおいなる人気を博したのですが、ザ・フーのだれか、おそらくはピート・タウンジェンドが、まだガキのころに、コクランのヴァージョンに強い感銘を受け、このカヴァーにつながったのだろうと思います。バディー・ホリー・フォロワーだったジョン・レノンのことを思いだしたりするわけです。

◆ 古いパンツを漂白した強力洗剤 ◆◆
f0147840_072433.jpgつぎにくるのが、1968年、オリジナルからちょうど10年後、ふたたびビルボード・チャートにこの曲を登場させたブルー・チアのカヴァーです。かつて某所で、フリジド・ピンクのThe House of the Rising Sunのことを書くときに、ブルー・チアのSummertime Bluesと並ぶ「有名曲ファズ化ヒット」とくだらないことをいったのですが、最近、海外のブログで、「60's Fuzz Rock」というキャッチフレーズでブルー・チアを紹介しているところに出くわし、だれでも思うことはいっしょか、と笑いました。「ファズ・ロック」なんてジャンルはないでしょうに。

しかし、改めて聴くと、これはファズ・ボックスを通した音ではないですね。だから、くだらないことはいわないほうがいいっていうのに>俺。おそらくはマーシャルに過負荷をかけて、「自然に」(過負荷が自然かよ、と突っ込まれそうなので、カギ括弧に入れて「保護」してみました)歪みをつくりだしたのでしょう。ハウリング寸前の音に聞こえるので、安全圏を通りすぎて、ヴォリュームをあげたのでしょう。ファズとディストーションは似たようなものですが、あえてどちらかに分類するとしたら、これはファズではなく、ディストーションです。ジミヘンの「ナチュラルな」音に近いと感じます。

f0147840_0395878.jpg念のために、Vincebus Eruptum(ラテン語でしょうか、意味はさっぱりわかりません)というアルバム全体をひととおり聴いてみましたが、やはりファズは使っていないようです。また、Summertime Bluesを聴くかぎりでは、ドラムのタイムが悪くないように思えたので、その点にも注意をしてみましたが、それほどほめたものではないにしても、めだったもたつきや突っ込みがあるわけではなく、ガレージ・バンドのレベルを超えていると感じました。ジョン・グェランなんかよりマシなタイムです(そんなこっちゃまずいんだぜ、わかってるのかよ>グェラン)。デッドのビル・クルーズマンも非常にタイムのよい人でしたが、ベイ・エイリアのバンドは、サンセット・ストリップの連中などより、ずっとレベルが上だったように思います。やっぱり、ハリウッドから遠く離れていると、自助努力するしかないのだろうな、なんてくだらないことを考えたりして。

◆ Instant Jimi Hendrix Kit ◆◆
ブルー・チア盤がヒットした当時、わたしは中学3年で、急速にテイストが大人になりつつあり、すでに、こういうサウンドを子どもっぽいと感じるようになっていましたし、ジミヘンのコピー・バンドのように聞こえて(じっさい、聴き直しても、この印象は変わりません)、あまり感心しませんでした。

しかし、今回、聴き直してみて、これが当時の子どもたちのイマジネーションを捉え、ビルボード・チャートを駆け上がっただけでなく、日本のアマチュア・バンドもこぞってコピーしたのは、無理もないと思いました。お座敷芸みたいなワン・アイディアですが、そのかぎりにおいては、時代の気分をうまくすくいあげ、いいところを衝いています。

つまり、こういうことです。この曲は「あなたにもできるドゥー・イット・ユアセルフ一夜漬け簡単ジミヘン・サウンド・キット」なのです。ジェイムズ・ヘンドリクスというのは、かなり複雑なキャラクターで、それは彼が生前にリリースした3枚のスタジオ・アルバムに濃厚にあらわれています。たとえ彼のギター・プレイをコピーできたとしても(でもねえ、弦の張り方が異常なので、かなり困難なのです)、あのムードをつくりだしている枝葉までは再現することはできません。それは、熱烈なジミヘン・フォロワーだったロビン・トロワーの脳天気なサウンドを聴けばわかります。

こういうもののレプリカ、といってわるければ、「あんな感じの音」をつくるには、おおいなる簡略化をしなければならないわけで、その出来のよいサンプルないしは方法論を示したのがブルー・チアのSummertime Bluesだったのでしょう。

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奥様、いかが? これが新製品、ブルー・チアですのよ。ご主人の煮染めたようなパンツも、あっというまに新品同様に真っ白くなります。一度おためしあれ。でも、難聴になる恐れがあるので、使いすぎにはくれぐれもご注意! 一度で十分ですのよ。

ブルー・チアというのは、なんだかパンツが白くなる洗剤みたいな名前ですし、じっさいにそういう商品名の洗剤があったそうです。何枚目だったか、彼らのアルバムに、洗剤の箱みたいなデザインのものがありました(若い方は、昔の洗濯石鹸はみな粒状で、同じようなサイズの箱に入っていた、なんてことは想像できないでしょうけれど)。

しかし、60年代のサンフランシスコ・ベイ・エイリアのバンドなのだから、そんな呑気な話であるわけがありません(彼らのマネージャーはヘルズ・エンジェルズ出身だったとか!)。じっさいには最高級のLSDを指す隠語からとられたのだそうです。

◆ 江戸の敵を長崎で討つ ◆◆
f0147840_0355424.jpg上記の一覧のように、ザ・フーのSummertime Bluesは、ふつうに聴けるものだけでも3種類あります。1969年のウッドストック・フェスティヴァルでのプレイは、記憶にはなかったったのですが(当時の正規盤サントラに収録されていたかどうかも記憶になし)、今回、聴き直して、モンタレーから2年たっているので、バンドのアンサンブルに成長が見られ、出来はよくなっています。

いや、ザ・フーのようなバンドの場合、「成長」はかならずしもポジティヴにばかりは捉えられないのですが、このときの演奏はモンタレーのときよりまとまっています。キース・ムーンもこちらのほうが好調で、得意技の、ほとんどロールに近い超高速パラディドルもキメています。これをミスると、キース・ムーンを聴く楽しみがないわけでして。

f0147840_0375140.jpgそして、やっと翌1970年、ライヴ盤Live at Leedsに収録されたヴァージョンがシングル・カットされ、ザ・フーのヴァージョンもめでたくチャートインすることになります。ここへくるまで、彼らとしてはずっと、チャートではブルー・チアに先を越されたことが不快だったでしょう。

歴史的意義をとっぱらって、単純にどのヴァージョンがいいかというと、もっとも疾走感のあるウッドストック・ヴァージョンが、わたしには好ましく感じられます。Leedsのほうが録音もよくなって、まとまっていますが、キース・ムーンの出来がいまひとつと感じます。

◆ 恐るべき時代錯誤 ◆◆
やっと終わった、と思ったら、まだ残っていました。ヴェンチャーズ盤です。忘れていい出来なので、忘れそうになりました。ヴェンチャーズにかぎらず、インスト・バンドというのは、オリジナル・ヒットがないわけではありませんが、おおむね、過去および同時代のヒット曲を焼き直すことで稼いでいます。ヴェンチャーズの代表作であるWalk Don't RunとSlaughter on 10th Avenueが、ともに大昔の曲のカヴァーだったことを思いだしてください。

f0147840_0432942.jpgしかし、サイケデリックの時代を通過すると、インスト・バンドは非常に苦しくなっていきます。大昔の曲の焼き直しを持ち出す雰囲気ではなくなるいっぽうで、同時代のヒット曲はインストにしにくいものが増えてくるし、そもそも、ギターインスト・バンドという存在自体の有効期限が切れてしまったような時代になるわけで、ヴェンチャーズはこの三重苦を背負うハメになります。テレビドラマのヒットに便乗したHawaii 5-Oの幸運な大ヒットがなければ、あの苦しい時期を乗り切れたかどうか微妙だとすら思えます。

いずれにしても、インスト・バンドがほんのかすかにでもアクチュアリティーをもつ時代は完全に終わり、ヴェンチャーズは以後、音楽的に意義のあるものをつくれなくなっていきます。シャドウズについても同じことがいえます。

ヴェンチャーズのSummertime Bluesは、大昔の曲の焼き直しではなく、同時代の曲の焼き直しのパターンです。つまり、依拠したのはエディー・コクラン盤ではなく、ブルー・チア盤なのです。アルバム全体がひどい出来で、カラス避けに菜園にでもぶら下げたほうが、聴くよりはマシな使い道でしょう。とりわけSummertime Bluesは目も当てられないひどさです。時代に合わせようとしたことが裏目に出て、かえってものすごく古くさい音になっています。そもそも、ブルー・チアはファズではなく、過負荷によるディストーションだっていうのに、ヴェンチャーズはファズ・トーンでチープにやっているのです。もう退場のときがきたということでしょう。ゾンビとなってまだ彷徨っていますが、知ったこっちゃありません。彼らは1965年ごろにその役割をまっとうして死にました。

これにて、正真正銘、わが家にあるSummertime Bluesの棚卸しを完了です。ハード&ヘヴィーには十代なかばでさよならをいったのに、なんだっていまごろ、こんなものを聴いているのか、これを年寄りの冷や水といわずになんという、です。こういうヘヴィーなヴァージョンの連打なんて、もう二度とないように願っています。あー、疲れた。
by songsf4s | 2007-08-28 23:57 | 夏の歌