- タイトル
- In the Good Old Summertime
- アーティスト
- Les Paul with Mary Ford
- ライター
- Ren Shields, George Evans
- 収録アルバム
- The Best of the Capitol Masters
- リリース年
- 1950年
- 他のヴァージョン
- Nat 'King' Cole
(「In the Good Old Summertime
by Les Paul with Mary Ford その1」よりつづく)
◆ 発明家的サウンド・メーカー ◆◆
現代のアマチュア・ギタリストの多くは、レス・ポールというと、人物ではなく、ギブソンのギターを思い浮かべるでしょう。こんなギターです。
それでもかまわないのですが、このギターを開発した人がどういうキャリアをもつかを知ると、ギブソン・レス・ポール・モデルというギターがなにを目標にして開発されたかもわかってきます。ここではくわしくふれる余裕はないので、興味がある方は、この記事などをご覧になってみてください。
ウェブは信用できない、という方には、こういう本もあります。
これは「A History of Record Production」という副題にあるとおり、レコーディング技術の歴史を説いた本で、ほかに類書を知りません。そういう本の第1章がレス・ポールに当てられているところに、このギタリストのべつの側面が明瞭にあらわれています。そのべつの側面をすべて省略するわけにもいかないので、できるだけ手短に。
1947年、レス・ポールはラッカー盤(1回だけ録音可能なディスク)を使って30回におよぶ多重録音をおこない、Loverという曲を生み出しました。たんに複数のギター、ベース、ドラムを重ねただけでなく、みずから開発した可変速のカッティング・レイズ(ディスク・カッター)を使ってギターをスピードアップしたり、やはり自分で開発したディレイ・マシンで、ギターにイフェクトをかけたりしました。ギターのイフェクトというのも、レス・ポールの発明のひとつです。そのあたりのことは、上記ページや、上述のMark Cunningham著「Good Vibrations」という本にくわしく書かれています。
これがパティー・ペイジ、または彼女のプロデューサーかマネージメントを刺激し、ビル・パトナムの力を借りた、多重録音によるWith My Eyes Wide Open I'm Dreamingの録音となり、その直後にTennessee Waltzの大ヒットが生まれる、という順序です。
◆ 先進的ギター・プレイ ◆◆
パティー・ペイジのTennessee Waltzと同じ年にリリースされた、このレス・ポールとメアリー・フォードのIn the Good Old Summertimeは、これ以前のHow High the MoonやThe World Is Waiting for the Sunriseのような、この夫婦デュオの大ヒット曲に準じるアレンジで、多重録音どうこうということはうしろに引っ込み、レス・ポールのプレイに引き込まれます。
とにかく、古さを感じないことに驚きましたし、いま聴き直してもやはり、すごいなあ、と思います。後年、ロック・ギタリストが使うイディオムのいくつかは、すでにこの時代にレス・ポールがやっています。ギター・リックに著作権があれば、レス・ポールは60年代に巨万の富を築いたはずです。たとえば、ジェイムズ・バートンのトレードマーク「チッキン・ピッキン」の原型もレス・ポールが示しています。もっと一般的なベンディング(チョーキング)にしても、太い弦の時代なのに、けっこう繰り出しています。痛いだろうなあ、と怖気をふるいますが!
聴く前は、レス・ポールというのはジャズ・ギターの人と思いこんでいたのですが、とうていそんな狭い枠組みには収まりません。ふつうのジャズ・ギタリストとレス・ポールが決定的にちがうのは、明るさ、派手さ、です。チッキン・ピッキンなんて、ジャズ・ギタリストは低俗なものと忌避するでしょうし、ベンドや強いヴィブラートやスライド・ダウンも同じでしょう。とりわけ、ディレイなどのイフェクトをかけた音色は、昔のジャズ・ギタリストには我慢ならなかったでしょう。レス・ポールは「格調」などという幻想にはまったく拘泥していません。派手に「弾き倒し」ています。ロック・ギターの発明者がいるとしたら、わたしはレス・ポールだと思います。
リズムは2ビート系だったり、ワルツ・タイムだったり、ものすごく速い4ビートだったりで、けっして「ストレート8フィール」など出てきませんが、フレージング、イントネーションのニュアンスは、あと一歩でロック・ギターです。チャーリー・クリスチャンやタル・ファーローには懐かなかった親近感を、わたしはレス・ポールに懐きます。1960年代の子どもがジミ・ヘンドリクスを聴いたときに感じたショックと同種のものを、1940年代の子どもはレス・ポールのプレイに感じただろうと想像します。
◆ 史上初の「夏の歌」? ◆◆
ここからは付け足りの背景情報です。トリヴィア趣味なので、お急ぎの方はこのへんで切り上げてください。
この曲のことを調べていて、面白いウェブ・サイトの興味深いページにぶつかりました。
このページのIn the Good Old Summertimeの解説の冒頭は、「歌と季節との結びつきを確立した曲があるとしたら、この1902年の傑作はそれを決定的にした」となっています。そんな歴史的重要性をもつとは知らず、歌詞を簡単に片づけてしまい、失礼しました! 1902年といえば、日本では明治末、手一杯に店を広げているつもりですが、とてもそこまでは手も心も届かないと弁解しておきます。
ここに掲載されている、当時のものと思われる譜面の表紙には面白いことが書かれています。
ちょっと読みにくいでしょうが、タイトルの下に小さく「Waltz Song」とあるのです。元々はワルツ・タイムだったことがわかります。レス・ポールはワルツではやっていません。
◆ レス・ポール盤のアレンジ ◆◆
わたしがもっているレス・ポールとメアリー・フォードのThe Best of the Capitol Mastersには、レス・ポールの自作解説がついていて、このIn the Good Old Summertimeについて、録音にいたった経緯を語っています。
シャーマン・フェアチャイルドという人物(フェアチャイルド・セミコンダクター社の設立者で、発明家、投資家、企業家のあのフェアチャイルドのことでしょう。レス・ポールも発明家でしたから)の招待で、メアリー・フォードといっしょにリーナ・ホーンを見るために、「ダウンタウン・ソサエティ」というクラブに入っていくと、3人組の黒人ヴォーカル・グループが、この曲をものすごくアップテンポにして(really rockin' it upといっています)歌っていたのだそうです。
レス・ポールはメアリーに、すぐにもどる、といって、タクシーを拾って家に帰り、車を待たせておいたまま、エピフォンか「ザ・ログ」(レス・ポールの自作ギター)でこの曲をテープに録音し、急いでまたクラブにもどりました。夫は洗面所にでもいっているのだと思っていたメアリーは「ずいぶん長いトイレだったわね!」といったとか。
すべての楽器を自分でオーヴァーダブする人ですから(エミット・ローズやトッド・ラングレンやアンドルー・ゴールドの先祖でもあったことになります)、タクシーを待たせたまま録音したものが、そのまま盤になったとは思えず、ダウンタウン・ソサエティの黒人ヴォーカル・グループに触発された、アップテンポのアレンジを忘れないようにするためのデモだったと思いますが、この人の才気を示すエピソードではあります。
わたしのような後世の人間は知らなかったのですが、In the Good Old Summertimeは、当時の人はだれでも知っているような曲で、昔の曲だからひどくのどかなものとみなされていたのだと想像します。それをレス・ポールは意外なアレンジにして提示したのではないでしょうか。マーセルズのむちゃくちゃに速いBlue Moonみたいなものなのだと想像します。