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It Might As Well Rain Until September by Carol King
タイトル
It Might As Well Rain Until September
アーティスト
Carol King
ライター
Gerry Goffin, Carol King
収録アルバム
The Colpix Dimension Story, The Dimension Dolls
リリース年
1962年
他のヴァージョン
Bobby Vee
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◆ ソングライターは透明人間か ◆◆
See You in Septemberにつづき、もう一曲、夏の歌なのに、タイトルには「九月」とあるものを取り上げます。

キャロル・キングは、1971年のシングルIt's Too Lateと、それをフィーチャーしたアルバムTapestryのメガ・ヒット(それまでの「ゴールド・ディスク」の尺度では収まらなくなり、RIAAは、このときに「プラチナ・ディスク」をつくったということを読んだ記憶があります)によって、一躍スターダムにのぼりますが、It Might As Well Rain Until Septemberがヒットした1962年には、あくまでもソングライターが仕事であり、歌は余技にすぎず(じっさい、余技以外のなにものでもない歌唱力!)、この曲が初ヒットでした。

夫で作詞家のジェリー・ゴーフィンは1939年2月生まれ(土地はブルックリン)なので、このとき二十三歳、夫の歌詞にメロディーをつけていたキングは1942年2月の生まれなので、ちょうど二十歳という勘定になります。まだ非常に若かったのですが、ソングライター・チームとしてすでに大活躍していて、62年には注文が殺到する状態だったのはご承知のとおりです(1955年以降、ビルボード・チャートに楽曲を送りこんだ回数で比較すると、ずば抜けたナンバーワンであるレノン=マッカトニーについで、ゴーフィン=キングは2位につけているそうです)。いずれにしても、これくらいの年齢でなんらかの実績があって当たり前の業界なのですが。

よけいなことですが、書籍でジェリー・ゴーフィンのことを調べようとすると、「キャロル・キングを見よ」などと書いてある無礼千万なもの(腹が立つので、名指しします。ローリング・ストーンの『Encyclopedia of Rock』。なんたる不見識!)にぶつかり、ウェブで「gerry goffin bio」というキーワードで検索すると、キャロル・キングのバイオにばかりぶつかってしまい、ムッとなります。

いや、ジェンダーとは無関係に腹を立てているので、誤解なきよう。キャロル・キングはパフォーマーとして有名になったから立項されているのであり、ジェリー・ゴーフィンは、2枚のアルバムをリリースしただけで、パフォーマーとしては無名も同然だから、不見識で無礼なローリング・ストーンの辞典は、この大作詞家を、パフォーマーである元夫人のたんなる付録にしてしまったのです。ここで腹を立てなければ、わたしもローリング・ストーンなみの不見識な愚者ということになってしまいます。

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キャロル・キングとジェリー・ゴーフィン

そもそも、歌詞サイトはソングライターのおかげで成り立っているくせに、どこでも、ソングライターではなく、パフォーマーで曲を分類していて、ここでも青筋を立てています。Hound DogやJailhouse Rockを歌ったのはエルヴィス・プレスリーだということはだれでも知っていますが、作者がジェリー・リーバーとマイク・ストーラーだということは、ほとんどのリスナーは知らないわけで、そういうことが、こうした歌詞サイトの構成の仕方に反映されているのでしょう。

たとえ世界中がソングライターを相手にしなくても、わたしだけはがんばるぞ、このアンフェアな世界をほんのすこしでもフェアにしよう、なんてんで、肩に力が入ってしまいます。

◆ 雨よ降れ、九月までずっと ◆◆
閑話休題。いや、重要話題休題。この曲は、冒頭に短い前付けの独唱部(これも「ヴァース」といいますが、ポピュラー・ソングで通常いう「ヴァース」=「連」のことではありません)があり、彼女はボーイフレンドに手紙を書いていることがわかります。したがって、ファースト・ヴァース以下の本体も、その手紙の内容になっています。以下はその独唱部とファースト・ヴァース。

What should I write?
What can I say?
How can I tell you how much I miss you?

The weather here has been as nice as it can be
Although it doesn't really matter much to me
For all the fun I'll have while you're so far away
It might as well rain until September

こっちの天気は最高だけど、そんなのカンケーない、だって、あなたがいないんだもん、いっそ、九月までずっと雨が降ればいいのに、というぐあいで、彼女、かなり荒れています。九月までというのはいいとして、何月からという起点が書かれていませんが、わたしのように枝葉末節、重箱の隅が気になる人間のために、ジェリー・ゴーフィンはセカンド・ヴァースのあとのブリッジで、以下の描写を加えています。

My friends look forward to their picnics on the beach
Yes everybody loves the summertime
But you know darling while your arms are out of reach
The summer isn't any friend of mine

友だちはみんなビーチへのピクニックを楽しみにしている、でも、夏なんか大ッキライと、すねまくっています。ここから読み取れることは、まだ盛夏ではないということです。みんなが盛り上がるのはまだ先のことだからです(ただし、この曲のビルボード・チャート初登場は8月25日付です。このように、歌詞が設定した季節とリリースないしはヒットの時期がズレるのもまれなことではありません)。九月になれば解決するらしいので、See You in Septemberと同じく、二人は学生で、夏休みが障碍になっている、と見ていいようです。

できあがったものだけを見るとわからないことというのはいっぱいありますが、この4行を眺めると、ゴーフィンはいくつかの障碍をうまくクリアしたのだろうと想像します。「夏なんか大ッキライ」という意味のことをいうにしても、歌ではシラブル数が問題になります。I hate the summerではシラブルが足りず、(あの時代の)若い女性が口にするには強すぎます。The summer isn't any friend of mine=夏なんて友だちでもなんでもない、という風にやわらかい表現にし、シラブルも合わせる、これがソングライターの仕事というものです。

2行目の末尾summertimeと、4行目の末尾mineというのは、ジミー・ウェブの本に出てくる、false rhyme(=「疑似韻」?)というものかもしれないと思うのですが、この点はまだ泥縄の勉強中なので、ジミー・ウェブの曲をとりあげるころにはなにか書ける程度の知識を仕込んでおくことにして、ここでは口をつぐみます。

つづくサード・ヴァースの冒頭は、

It doesn't matter whether skies are grey or blue
It's raining in my heart 'cause I can't be with you

「空が曇っていても晴れていても関係ない、あなたがいないんだから、わたしの心のなかはいつも雨」となって、また、「九月までずっと雨が降ればいいのに」と締めくくられます。

f0147840_2175240.jpgディメンションのガール・シンガー/グループを集めたこのような編集盤もある。キャロル・キングがディメンションからリリースした曲はわずかで、オリジナル・アルバムは存在しないため、アルバムとしてはこのような編集盤しかない。

アイディアの核はひとつだけで、恋人に会えないのなら、夏なんか楽しくない、いっそ雨が降ったほうがいいくらい、というものです。あとは、この設定から考えられる派生的ことがらを、いつものジェリー・ゴーフィンらしく、ていねいに展開しているだけです。この「ていねいに展開」できるか否かが、トップ・レベルのソングライターになれるかどうかの分かれ目です。この曲は、彼の代表作とはいえないかもしれませんが、スムーズな展開はいつものゴーフィンで、間然とするところがありません。

◆ デモ盤のリリース?  ◆◆
たんなる譜面より、音になっているほうが、楽曲の買い手としてもイメージをつかみやすいものです。楽曲出版社は、デモ・テープまたはデモ盤をつくって、顧客に曲を売り込みました(もちろん、日本でよくあるように、顧客のほうからオーダーがくることもありました)。ゴーフィン=キングの場合、しばしばキングの歌とピアノでデモをつくっていたようです。このIt Might As Well Rain Until Septemberもそのようにつくられた、ボビー・ヴィー向けのデモだったそうです。

しかし、彼らの楽曲出版社オールドン・ミュージックの社長であるドン・カーシュナーは、このデモがひどく気に入り、ボビー・ヴィーのレコーディングを待たずに、レーベルを設立してこの曲をリリースしたのだそうです。結局、ボビー・ヴィーのほうは、アルバム・トラックとしてこの曲をリリースしただけで、シングル・カットはせず、キャロル・キング盤がヒットしただけで終わりました。

The Colpix-Dimension Storyのライナーにそう書いてあるから、いちおう真に受けて、デモだと考えておきますが、そうかなあ、という気もします。デモをそのままリリースしたために、どの盤でもこの曲の音質は劣悪である、なんてことを書いているサイトがありますが、簡単にそういっていいかどうか。

音質はよくもありませんが、とくに悪くもありません。デモだからといって、とくに音質が悪くなる理由は技術的には存在しません。金をかけずに、3リズム程度のシンプルなバッキングで、安いプレイヤーを使い、短時間で録音するのはデモの常識ですが、ちゃんとしたスタジオを使うことも多いので、デモであることと劣悪な音質とは一直線ではつながらないのです。

できあがったものを聴いて感じることは以下の三点。キャロル・キングのピッチの悪さをごまかすためか、ダブル・トラッキングどころか、最低でもトリプルでヴォーカルが重ねられていること(カーペンターズが機械的にやったことを「マニュアルで」やっている)、ストリングスや女声コーラスも入っていること、ドラムが安定していて、プレイヤーは二流ではないこと(ゲーリー・チェスターではないでしょうか)です。

デモにこんな大金をかけるようなお人好しは、音楽業界ではぜったいに成功しません。まして勧進元はやり手で有名なドン・カーシュナーです。こんな「デモ」をつくるようなことは考えられません。正規リリース盤としての要件を満たした編成なんですからね。

音質の最大の敵はオーヴァーダビングです。ヴォーカルを三回重ねれば音質は劣化します。これはひとつのチャンネルに集中することも可能なので、バックトラックは「隔離」できなくもありません。しかし、ベーシック・リズムのみを先に録音し、あとからストリングスをオーヴァーダブするという方法が当時は広くおこなわれていました。これはベーシック、とくにドラムのプレゼンスを劣化させます。

以上から導き出されるシナリオ。ほんとうにデモだったとしても、ベーシック・リズムとヴォーカルのみの1~3トラックのテープのはずです。これをリリースしようと考えた段階で、大々的なオーヴァーダビングが必要になったはずで、3トラックだとしても、いわゆる「ピンポン」を何度も繰り返す必要が生じ、それが音質をいくぶん劣化させたのだと思います。おそらくはドン・カーシュナーがリリースのときにしゃべっただけに過ぎないであろう、デモがあまりにもすばらしいのでリリースすることにした、などという話は、あまり真に受ける気にはなれませんが、デモではないという証拠があるわけでもないので、以上のような結論にしておきます。

でも、ご用心。音楽業界は「ハイプ」の巣です。とりわけ、ドン・カーシュナーのようなやり手の商売人のいうことは、すべてが自分の利益を考慮したうえでの発言ですから、われわれもつねに懐疑的でなければいけません。自分の耳で聴き、自分の頭で考えないと、商売人の思う壺にはまります。

◆ ボビー・ヴィー盤  ◆◆
さて、ボビー・ヴィー盤を聴くと、あっはっは、たしかに、こっちはステレオだし、録音もいいや、と笑ってしまいます。いや、そのことはあとまわしにしましょう。

歌詞を考えると、ヴィーがこの曲をシングルにしなかったのも無理はないと感じます。若い女性がこの曲を歌えば、夏に恋人に会えないことで、すねて、だだをこね、八つ当たりするのも、可愛げがありますが、男が同じことをいっても、しっくりきません。

ドン・カーシュナーが、キャロル・キングの「デモ」を自分の手でリリースしようと決めたのも慧眼だと思いますし、ボビー・ヴィーがこの曲をシングルにしなかったのもまた、いかにも彼らしい選曲眼だと思います。ヴィーではなく、彼のプロデューサーだったスナッフ・ギャレットの選曲眼だろうという意見もあるでしょうが、わたしは、ヴィー自身、かなりいい耳をしていたと考えています。

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ボビー・ヴィーのIt Might As Well Rain Until Septemberを収録した編集盤、The Essential and the Collectable

さて、音質というか、トラックの件。ヴィーのレギュラー・アレンジャーは、フランク・シナトラのStrangers in the Nightのアレンジで知られるアーニー・フリーマンです。ピアノとストリングスの連携の仕方にフリーマンらしさを感じるので、クレジットはありませんが、わたしはフリーマンであろうと考えています。いいストリング・アレンジです。

スタジオとエンジニアは主としてユナイティッド・ウェスタン、主としてボーンズ・ハウだったそうです。この曲もこの組み合わせではないでしょうか。わたしの好きなスタジオと贔屓のエンジニアです。いや、ジャン&ディーンのジャン・ベリーをはじめ、この組み合わせが好きだった人は山ほどいたのですが。

プレイヤーはいろいろですが、ドラムはアール・パーマー、ハル・ブレイン、ジェリー・アリソンの名前があがっています。この曲はアール・パーマーのプレイに聞こえます。時期的にも、ハル・ブレインがアール・パーマーからストゥールを奪うのは、もうすこしあとになります。

ギターについてはハワード・ロバーツ、ベースについてはレッド・カレンダー(超大物!)の名前があがっていますが、このトラックについてはなんともいえません。そもそも、右チャンネルのアップライト・ベースだけでなく、左チャンネルからはダノ(ダンエレクトロ6弦ベース)らしきクリック音が聞こえてきます。当時、ダノを弾いたので知られる人は、ビル・ピットマン、ルネ・ホール、すこし時期が下るかもしれませんが、キャロル・ケイなどです。また、フリーマンがアレンジしたときは、彼がピアノを弾きながらオーケストラをコンダクトしたそうです(バート・バカラックも同じやり方だったとか)。

当時のハリウッドではめずらしいことではないのですが、頭のてっぺんから尻尾の先まであんこがぎっしり詰まったすごいスタッフで、これでは、ダメなトラックをつくるのはきわめて困難で、たとえプロデューサーが居眠りしていても、けっこうなトラックができてしまうはずです。いい音です。

◆ 蛇足: 却下されるであろうお節介な対案 ◆◆
ふと、わたしのなかの素人ソングライターが鎌首をもたげました。この曲は、たんに恋人が遠くにいて、いっしょに夏を過ごせない、というだけの設定ですが、もっとずっときびしい設定に変えてみたらどうでしょう? これから二人で楽しい夏を、と思っていた矢先に、ふられてしまった、という設定です。

そういう設定でも、この歌詞はほぼそのまま流用できます。たんに、響きがより切実になるだけです。元の恋人が、新しい相手と夏を楽しんでいると思うと、いても立ってもいられなくなり、九月までずっと雨が降って、二人が夏を楽しめなくなればいいのに、と呪ってしまうわけです。

悪くないように思うのですが、当時の中庸をよしとするチャートから考えると、ややはみ出した設定かもしれません。ジェリー・ゴーフィン自身、ほぼ同じ時期に、フィル・スペクターとクリスタルズのために、He Hit Meというはみ出した曲を書いて大失敗をしています。やはり、わたしがあの場にいて、「いっそ失恋の歌にしたら?」などとアイディアを出しても、却下されたでしょう。
by songsf4s | 2007-07-05 21:23 | 夏の歌