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田坂具隆監督『陽のあたる坂道』(1958年、日活、美術・木村威夫、音楽・佐藤勝) その3
 
以前、山崎徳次郎監督『霧笛が俺を呼んでいる』をとりあげたときに、「木村威夫タッチのナイトクラブ」という記事を書きました。これに加えて、鈴木清順監督『東京流れ者』のクラブ〈アルル〉のデザインをご存知だと、木村威夫が1958年の『陽のあたる坂道』で、どういうクラブをデザインしたかを見る興趣はいや増すことになります。

◆ ジャズとウェスタン・スウィングのはざまで ◆◆
倉本たか子(北原三枝)は田代くみ子(芦川いづみ)が大好きだというジミー小池というシンガーのステージを見に行くことになります。目的地は銀座裏の〈オクラホマ〉という店です(原作も店の名は同じ。オクラホマなんて農業地帯じゃないか、ヒルビリーは盛んだったかもしれないが、音楽的な土地とはいえんだろうとあたくしは思うけれど、当時はこれで十分に「ヒップ」に感じられたのだろう)。

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先に申し上げておきますが、わたしは、この種の「ジャズ喫茶」には行ったことがありません。「この種」とはどういう種かというと、ライヴを主たるアトラクションとし、三桁の収容人員があり、50年代終わりから60年代にかけて、モダン・ジャズではなく、「ロカビリー」を売り物にした店、というタイプです。

わたしが知っている「ジャズ喫茶」は、いまでも残っているであろうタイプの、名曲喫茶が横にずれて、クラシックではなく、モダン・ジャズの盤をかけるようになった、ロックンロール・キッドには辛気くさくてかなわない店だけです。新宿に有名な店があり、いくつか行ったことがあります。

ロック系ですが、渋谷のブラックホークなんかも、静かに聴け、という教室みたいに馬鹿馬鹿しい雰囲気でした。あれを思いだすと、日本は音楽を楽しむ国ではないな、と腹が立ってきます。

ジャズ喫茶がどうしてロカビリーのライヴ・ジョイントに化けてしまったのか知りませんが、銀座のACB(あしべ)が、ノーマルなジャズ喫茶(つまり名曲喫茶のジャズ版および4ビートのライヴ)として出発しながら、途中で経営方針を変え、ロカビリー歌手を出演させて、大当たりをとったことから、名前と実態が乖離していったようです。

『陽のあたる坂道』の〈オクラホマ〉のシークェンスは、以上のような「ジャズ喫茶」の振れ幅の右と左を音楽的に表現しています。意図したものか、偶然の結果か、そこのところはわからないのですが。

まず、北原三枝と芦川いづみが店に入っていくときにプレイされている音楽を聴いてみます。

サンプル 佐藤勝「クレイジー・パーティー・ブギー」

いつもは恣意的にタイトルをつけていますが、これはGo Cinemania Reel 2という編集盤に収録されたときのタイトルです。佐藤勝と書きましたが、演奏しているのは、クレジットもされている平野快次とドン・ファイブだろうと思います。リーダーの平野快次はベース・プレイヤーだそうです。

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この曲、大人になって『陽のあたる坂道』をテレビで再見したときも、ちょっとしたもんだな、と思いましたが、年をとって聴くと、もう一段ランク・アップして、かなりのもんだね、と思います。やはり、ビーバップの影響なのでしょう。

ウォーデル・グレイとデクスター・ゴードンのMove (Jazz on Sunset)を連想しましたが、ウェスト・コースト・ジャズの震源であった、このコンボの曲も脳裏をよぎりました。ドラムはシェリー・マン、トランペットはショーティー・ロジャーズ。ちょっと音が悪くて相済みませぬ。手元のやつはもっとずっといい音で、もっとずっとホットなのですが。

Howard Rumsey's Lighthouse All Stars - Swing Shift


こういう、元々はダンス・チューンであったはずなのに、やっているうちにうっかりダンスの向こうに突き抜けてしまった、てな調子の音楽は、モダン・ジャズのうっとうしさとは対極にあって、じつに好ましい音に感じます。

平野快次とドン・ファイブの「クレイジー・パーティー・サウンド」に話を戻します。

ロカビリー歌手が出演しそうな雰囲気の「ジャズ喫茶」ですが、この音楽はロカビリーではなく、ストレートなジャズです。ドラムはミス・ショットもあるし、タイムもきわめて精確とは云いかねますが、やりたいことはよくわかりますし、ホットなところは好ましく感じます。ロックンロールとは異なり、ジャズではグルーヴの主役はベースなので、結果として、おおいに乗れるグルーヴになっています。

平野快次とドン・ファイブのプレイが終わると、MCがジミー小池、すなわち、くみ子が熱を上げているシンガーを紹介します。映像なし、音だけのクリップですが。

ジミー小池(川地民夫)「セヴン・オクロック」


歌詞の意味は映画の後半でわかるので、それまでは判断保留としてください。

川地民夫は、石原裕次郎の家の近所に住んでいたとかで(だから地元の逗子開成に通った。谷啓も逗子開成)、裕次郎がスタジオに連れてきて、日活が採用したという話が伝わっています。この映画が最初の仕事で、役名のファーストネームを芸名にしました。

歌は下手ですし、英語の発音も「うわあ」ですが、なんというか、役者の歌はこれでいいというか、肝が据わっている点はおおいに買えますし、まったく照れていないところも立派で、十分に楽しめる「音楽」になっています。素人にしては上々の出来。

そういっては失礼ですが、川地民夫、いい加減そうに見えて、さすがにこのときはロカビリー・シンガーのステージやエルヴィスの映画を研究したのじゃないでしょうか。歌手としての動きはそれらしくやっていて、その点もこのシーンを楽しくするのに貢献しています。スター・シンガーの雰囲気をしっかり醸し出しているのは、新人俳優としてはおおいに賞賛に値します。

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音楽。ロカビリーといっていいのでしょうが、そのまま平野快次とドン・ファイブがプレイしていることもあり、また8ビートではなく、速めのシャッフルでもあり(いや、ストレートな4ビートに近いか)、非常に折衷的な音に聞こえます。きわめてジャズ的なシャーシに、ポップな気分と楽曲とスタイルというボディーを載せた、といったあたり。

しかし、佐藤勝という人も、ほんとうにヴァーサタイルで、映画音楽のプロはこうでなくてはつとまらんのだろうと思いつつも、えれえオッサンだな、と呆れます。

クリップが削除された場合に備えて、映画から切り出したサンプルも念のために置いておきます。この曲も、「クレイジー・パーティー・ブギー」同様、Go Cinemania Reel 2に収録されています。この盤はもっていたように思うのですが、HDDには見あたらず、以下は映画から切り出したものです。

サンプル 川地民夫「セヴン・オクロック」

◆ 縦の視線 ◆◆
ここまで、田代家や倉本たか子のアパートのように、重要なセットが出てきても、あとでまとめて検討することにして、立ち止まりませんでしたが、〈オクラホマ〉のデザインについては、先送りせずにここで見てみます。

北原三枝と芦川いづみは、店内に入ると、直径の小さい螺旋階段を上って二階に行き、階下のステージに正面から向き合うあたりに席を取ります。これは演出しやすいようにデザインした結果、最適の場所はここと決まったのでしょう。

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ジミー小池=川地民夫がステージに上がると、この席の意味がはっきりします。倉本たか子は、くみ子が好きだというのはどんな歌手なのかという興味でこの店に来たのですが、彼が登場してみたら、同じアパートの「民夫さん」だったのでビックリ。その近所の坊主に向かってくみ子が「ジミー!!!」と叫ぶのでまたビックリ。

そのジミー小池は近所の「お姉ちゃん」が席にいるのを見つけて合図をし、たか子も小さく手を振り、それを見てこんどはくみ子のほうがビックリ、というのが、このシーンの無言劇です。

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キャメラは、二階席よりすこし高いところに置かれ、たか子とくみ子の背中とジミー小池の上半身を同じフレームに収めます。

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こういうすっきりしたショットが撮れたのは、やはり、二階席と、少し高めのステージという、セット・デザインのおかげです。一階席でステージを見上げるのでは、ほかの客が邪魔でしょうし、三人をきれいにフレームに収めるには、苦労することになったでしょう。映画美術とは、たんなる視覚的デザインではない、ということがここにはっきりあらわれています。

それはそれとして、たんなる視覚的なデザインとして見ると、このセットはどうでしょうか。まだ後年ほど木村威夫的特徴は出ていませんが、ストレートな、あるいはシンメトリカルなプランはせず、不規則にでこぼこさせるあたりは、いかにも木村威夫らしく感じます。

ステージもすこし高めにし、二階席を造って、縦に多重化することも、木村威夫的といえるでしょう。総じて、好ましいデザインなのですが、ご本人は、出来に納得がいかない様子です。

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「アイデアが多すぎるんじゃないかな。アイデアが。今ならもっと単純に考えるんじゃないかな。その当時は、あれもこれもという頭があったからね。でも白黒映画というのは、相当入り組んだことをしてもおかしくないんですよ。落ちついちゃうんだ。このままカラーで撮ったら見ちゃいられないですよ。色が氾濫しちゃって」

要素の詰め込みすぎという、よくある過ちを犯したというわけです。たしかに、ディテールの飾り付けの多くはないほうがいいかもしれませんが、あまり簡素にすると、大人のナイトクラブのようになってしまうでしょう。多すぎる要素はジャズ喫茶らしさを演出する一助になっているので、ちょっとうるさめの装飾も、悪いとばかりはいえないと思います。

とはいえ、白黒映画というのは落ち着いちゃうというのは、ほんとうにそうだなあ、です。前回ふれたスクリーン・プロセスも、白黒ならごまかしのきく場合があります。

二階席のジャズ喫茶というのは、ほかでも見たような気がします。調べがつかなかったのですが、銀座ACBからしてそうだったようですし、銀座の〈タクト〉という店も二階席があり、ステージは「中二階」と書いている人もいます。そのブログでは、渋谷プリンスという店は、ステージが二階と三階のあいだを上下に動いたと書かれています。ステージが回転して周囲の客に公平に顔を見せたところもあったとか。まるでワシントン・コロシアムのビートルズ!

木村威夫は、「遊んでいたころ」なので、多くの店を見たと回想していますが、やはり、そうした現実のジャズ喫茶をベースにして、このセットはデザインされたのでしょう。

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初見のときの感覚を思いだすのはむずかしいものです。しかし、三時間半というとんでもない長さの『陽のあたる坂道』が、それほど長く感じなかったのは、たとえば、この〈オクラホマ〉のシークェンスのように、出来のよい異質なものがうまくチェンジアップとして組み込まれているからではないでしょうか。

伊佐山三郎撮影監督も、この立体的なセットを生かそうと、そして、川地民夫の初々しさ、若々しさ、ワイルドなサウンドに絵を添わせようと、クレーンを大きく動かす撮影をしていて、この対話の多い映画に、異質な精彩を与えています。

そこまでは云わないほうがいいかな、とためらいつつ云います。この〈オクラホマ〉のシークェンスは、田坂具隆文芸大作映画に紛れ込んだ、日活アクション場面なのである、なんて……。


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by songsf4s | 2012-06-09 23:48 | 映画