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『雨月物語』と『祇園囃子』──川口松太郎による溝口健二映画の原作小説二種 中篇
 
溝口健二の『雨月物語』の記憶を反芻するとき、どの場面を思い浮かべるかというと、なによりも湖水を渡る舟のシークェンス、そして、森雅之が家に帰り、妻の名を呼びつつぐるっとまわって戻ると、ちゃんと囲炉裏に火が入って、田中絹代が夫を迎える場面です。

先年の再見では、侍女たちが廊下に灯を点して、(溝口健二がデザインを嫌ったという)朽木屋敷がほんのりと明るくなる場面と、岩風呂のショットからキャメラが移動で地面を見せ、すっと湖面を見渡す草地にたどり着き、森雅之と京マチ子が戯れている、というシーンにも感銘を受けました。

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映画と小説はまったくべつのものだな、と改めて思いました。以上の四つの場面のうち三つは、小説ではとくにポイントでもなく、強調されてもいないのです。

朽木屋敷の廊下の場面は小説にはありませんし、湖水を見晴るかす草地の戯れもありません。当然でしょう。どちらもきわめて視覚的で、映画ならではの場面です。

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危険な陸路を避けて、舟で湖水を渡る場面も、その途中、海賊に襲われた犠牲者に出会って、船幽霊と勘違いする場面も原作にあります。しかし、これまた当然ながら、映画だけに可能な幽玄の美の表出であって、文字であのようなものを表現するのはきわめて困難です。

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故郷に帰りついた森雅之が、土間を通って家をぐるっと回って田中絹代を見つけるところも、小説にはありません。あれは宮川一夫がいうように、映画だからこその場面でした。

小説ではどうなっているか? 戦いの決着がつき、秀吉の軍勢が引き上げてしずかになった故郷に源十郎がたどりつく描写から入って──

 (略)丁度、日の暮れ合いで灰色の炊煙がうっすりとたゆたい、戦火を免れ得た幸福が四辺〔あたり〕を包んでいる。胸を躍らせて戸を引きあけると、ほの暗い土間の片隅に、宮木が釜を燃やしていた。
「無事だったか」
 土間へ駆け込みざまにいった。いいながら躰を抱いて炉端へ上った。宮木の面に血の気がなく、少しやつれて青く見える。


このとき、息子は眠っているのですが、源十郎もやがて旅の疲れで寝入ってしまいます。目が覚めると、息子が泣いていて、お母ちゃんはどうした、ときくと、死んじゃったと答えます。

視覚的な側面はさておき、話の持って行き方についても、小説はストレートすぎると感じます。映画では、翌朝、庄屋がやってきて、源十郎に、おまえの子どもをあずかっていたが、昨夜いなくなってしまい、驚いて探していた、ここにいたのか、と安堵し、そのときに源十郎に宮木の死を告げます。このほうが印象的な話の運びです。

このような、ワン・クッション入れる処理というのは考え出すのに時間がかかるものなので、雑誌掲載の締め切りに追われているときは、ストレートな持って行き方に流れやすいのだろうと想像します。依田義賢と川口松太郎による脚本は、原作の瑕を修正したものになっています。

映画は、源十郎、藤兵衛、お浜、そして宮木の亡霊が、焼き物に汗を流すところで終わっています。しかし、原作ではそのさらに先、後日談が語られています。

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源十郎は、若狭が褒めちぎったように、ほんとうに才能のある陶工だったようで、その道で名を成します。

(略)が、二人とも、もう二度目の妻は求めなかった。宮木を埋めた石の下の土を掘って素地を作り、薬をかけて窯で焼いた。鰥男がせっせと働き、美しい信楽焼を、無数に作って諸国にさばいた。宮木の性格に似てつつましやかな壺もあれば、阿浜に似て強く気丈な大皿も出来た。青薬を華やかに散りばめた平鉢が焼けると、市へは出さずに愛蔵し『若狭』という銘をうってその発色を楽しんだ。

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そして、源十郎は、後水尾天皇の即位にあたって、調度の一部を焼くことになります。これを届けに京に上る途次、大溝で泊まった源十郎は、平鉢『若狭』をもって、朽木屋敷の跡におもむきます。

三十年前をしのぶよすがは見あたらず、わずかに残っていた鞍馬石(「京都市鞍馬山に産する閃緑岩の石材名。通常鉄さび色をした自然石のまま庭石に用いられる」と辞書にある)の上に、『若狭』をおき、なみなみと酒をそそぎます。

「三十年の歳月が過ぎて私も老いた。どれほど老いても去らないのはおまえと過した十日の暮らしだ。みじめな私の生涯に一点の灯を点じた美しい花だ」

と若狭の霊に語りかけ、細く閉じていた目を開けると、平鉢にそそいだ酒はなくなっていて、源十郎は、飲みほしてくれたか、と喜びます。

これは、溝口健二版『雨月物語』とは正反対の結末といえるでしょう。映画のほうは、源十郎は宮木の墓を守って後半生を生きることになる、と印象づけて終わっています。源十郎にとってどちらの女性が重要だったか、という決定的なポイントで、小説と映画はまったく異なっているのです。

『雨月物語』をふくむ「和風ハロウィーン怪談特集」というシリーズを書いていて、『牡丹灯籠』と『雨月物語』は対照的だと感じました。どちらも、女としての歓びを知らぬままに死んだ若い娘の亡霊が、これは、と見込んだ男に取り憑く話ですが、片や『雨月物語』では、男は亡霊に取り殺される前に逃れ、片や『牡丹灯籠』では、使用人の裏切りのために、男は亡霊に取り殺されます。

しかし、その記事にも書きましたが、三遊亭圓朝の原作とは異なり、山本薩夫の映画『牡丹灯籠』では、萩原新三郎は、穏やかな、幸せそうな顔で死んでいるのです。

映画版『雨月物語』では、亡霊の若狭は疎まれ、源十郎は妻の宮木(こちらも亡霊になっているのだが)のもとに帰って幸せに暮らしたような印象を与えるエンディングになっています。

しかし小説版『雨月物語』のエンディングは、山本薩夫版『牡丹灯籠』(脚本は『雨月物語』と同じ依田義賢)のほうに近いニュアンスです。亡霊に取り憑かれることを、かならずしも否定的にはとらえていないのです。

同じシリーズの「小林正樹監督『怪談』より「耳無し芳一の話」その2」という記事で、亡霊に取り憑かれた経験というのは、一種の「愛の記憶」なのだということを、稲垣足穂の『懐かしの七月――別名「世は山本五郎左衛門と名乗る」』や『耳無し抱一の話』や山本薩夫版『牡丹灯籠』を例にして書きましたが、川口松太郎の『雨月物語』もまた、亡霊を肯定的にとらえるエンディングになっていたのです。

『人情馬鹿物語』なんていう小説を書いたせいで、「人情作家」などといわれるようになったため、川口松太郎は「人情」ということについて、何度か書いています。『雨月物語』は、川口松太郎という作家の深いところから出てきたものではなく、職業作家の「業務」として書かれたものでしょうが、最後に、「人の情け」を語る作家らしく、源十郎の若狭への慕情を噴出させたな、と感じます。そして、川口松太郎版『雨月物語』の最大の美点は、このエンディングにあります。

では、溝口健二はなぜこの結末をとらず、宮木のあたたかい愛情を強く印象づけるエンディングにしたのでしょうか。

作品の解釈に作者の私生活を持ち込むのは邪道ではありますが、わたしに思いつくのは、溝口健二の夫人が精神疾患で長い病院生活を送っていたことぐらいです。いや、げすの勘ぐりを許していただくなら、宮木を演じた田中絹代への愛、ということも関係があったのかもしれません。

どこの家庭とも同じように、いや、それ以上かもしれませんが、川口松太郎の家庭にもさまざまな波乱があったようですが、彼には愛妻があり、四人の子女に恵まれました。それに対して溝口健二は、波乱を起こす家族すらない生活でした(戦前、妻ではない同居女性に刺されるなんていうことはあったが!)。

いや、つまらない解釈で恐縮です。わたしに思いつくのは、二人の家庭生活の落差ぐらいしかなかっただけです。ものを作る人間としての、二人の資質の違いというのを見なければいけないのに!

タイトルにあげているにもかかわらず、いっかな『祇園囃子』にたどり着けませんが、次回はまちがいなく!


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by songsf4s | 2012-05-25 23:46 | 映画