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石井輝男監督『セクシー地帯〔セクシー・ライン〕』(1961年、新東宝) その3
 
石井プロダクションの運営になる石井輝男監督のオフィシャル・サイトがあります。

上映情報が2009年のもので、つくったはいいけれど、更新には手がまわらなくなってしまったという雰囲気が濃厚だったため、怠惰にもクレジットを参照するだけでしたが、ほかのページも読んでみたら、「しまった!」でした。

「石井輝男を語る」というセクションは、まだひとつしか記事がないのですが、その唯一の記事が青野暉〔あきら〕監督による『セクシー地帯』の撮影に関するものでした。そいつはありがたい(いや、見当はずれを書いていた可能性もあり、ちょっとありがた迷惑でもあったが!)と読んでみました。

「冒頭、夜の銀座街頭を行く主人公の撮影は『盗み撮り』でやろうと言うことになった」とあり、明示的にはいっていませんが、やはり、いちいち撮影許可などとらなかったのではないかと思われます。

そもそも1961年にはすでに、銀座での撮影はできなくなっていたのではないでしょうか。『セクシー地帯』の冒頭やエンディングのように、銀座のど真ん中、尾張町交叉点の服部の前なんて、論外でしょう。

手持ちとなると、ふつうならアリフレックスなのだと先達に教わりましたが、まだ輸入台数が少なく、レンタル料金が高くてアリフレックスは使えず(あのとき、新東宝は倒産直前だった)、ミッチェルに黒布をかぶせて撮影助手が担ぎ、撮影監督は黒布に頭をつっこんで歩いたのだそうです。

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ミッチェル(上)とアリフレックス

ミッチェルといってもいくつかモデルがありますが(「蟹」といわれる低い特製三脚に載せた小津組のミッチェルの写真がおなじみだろう)、大型で重いことになっています。撮影助手は体がガタガタになったのではないでしょうか。映画撮影は体力勝負。

◆ 乱歩的猟奇の果て ◆◆
それでは前回のつづき。

吉岡(吉田輝男)の目論見通り、「クロッキー・クラブ」のプレートがなくなったことに気づいた「ル・フランセス」の支配人は、秋子(池内淳子)になにかいいつけ、彼女は外出します。

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手持ちなので、当然ながら水平が出ず、しばしば画角が傾くのだが、それがダイナミズムの源泉のひとつになっている。憶測だが、ちょっと傾くよりは、いっそ、それが意図だとわかるように大きく傾けたショットも多いのではないだろうか。

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こういう動きを待っていた吉岡は尾行をはじめますが、まもなく秋子はタクシーに乗ってしまい、吉岡はあきらめて「ル・フランセス」の外で待つことにします。秋子がもどると、支配人は扉口に出てきて、新しい「クロッキー・クラブ」のプレートをつけます。ここで吉岡は客のふりをして電話で秋子を呼び出します。

以下、秋子が有楽町駅で吉岡を待つところから、浅草へというシークェンスを。

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映画のなかに映画館の外部や内部、あるいは映画の場面そのものが登場するのはめずらしいことではありませんが、その場合、たいていは自社の直営館や作品です。

『セクシー地帯』に登場する映画館や映画は、たぶん新東宝関係はゼロ、すべて他社のものでしょう。前回見た、おそらく三十間堀で撮影されたと思われるシークェンスに登場したのは、「東京松竹劇場」でした。

この有楽町駅前のショットで、「蛇伝」とだけ部分的に見える映画タイトルは、東映動画初期の秀作『白蛇伝』ではないでしょうか。

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『白蛇伝』は1958年公開なので、『セクシー地帯』の撮影時期とは合致しませんが、再映があっても不思議はありません(ただし、撮影場所は東宝経営の日劇ビルの裏に思われ、ちょっと奇妙ではある。あるいは映画ではなく、『白蛇伝』と題するレヴューなどの実演かもしれない)。

クラブにバレないように客をとるなら「エンコ」がいいと秋子はいいます。浅草のことです(浅草公園→公園→エンコ)。そして夜の浅草六区が映ります。ここでもまた映画館が見えます。

しかし、夜ではあるし、1960年代の浅草はよく知らないので、撮影現場の同定には困難を感じます。

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左の「日活」が富士館なら、ここは六区の通りであり、キャメラは広小路方向を背に、ひさご通り方向にレンズを向けていることになる。

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「日活」や「大草原の渡り鳥」といった文字ばかりでなく、キャストまで写している。映画にはふつう、無意識に撮影されたものなどないので、石井輝男監督はこの映画館とタイトルとキャストを意識して見せているにちがいない。なんのため、かはわからないが。

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左下に「晴れ」という文字が見える。この翌々週に公開された『あした晴れるか』だろう。画面右側には、東映ロゴのネオンサインが見える。

浅草の日活は、時期によって場所が異なりますが、1960年ごろには、昔の富士館の建物が使われていたようです。だとすると、六区の通りで撮影されたと考えられます。

しかし、その日活とは通りを挟んだ向かいの建物の上のほうに東映のロゴらしきものが見え、ここで混迷に陥ってしまいます。浅草の東映は浅草十二階、凌雲閣の跡地にあったので、右手に東映があるのだとしたら、六区の通りではなく、国際劇場のあった表通りと花屋敷をむすぶ道で撮影されたことになります。

どちらとも判断をつけにくいのですが、たいした根拠なく、山勘をいってしまうと、たぶん六区の通りで撮影したのだと思います。東映のロゴをかかげた劇場は、浅草東映ではなく、邦画二番館で東映作品もかけていたのではないでしょうか。

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日活の入場料は「特別奉仕料金」の170円。ということは、この時期の封切館の通常料金はもうすこし高かったのだろう。

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右側に見えている映画のタイトルは『大菩薩峠』と『新夫婦読本』と読める。前者は多数の映画化があるが、これは大映のもので、三隅研次監督、市川雷蔵主演。『新夫婦読本』はシリーズだが、1960年10月に公開されたのは『時の氏神 新夫婦読本』、枝川弘監督、叶順子、川崎敬三、船越英二出演。

日活でかかっている映画は『大草原の渡り鳥』、この映画は1960年10月12日に公開されたそうなので、これで『セクシー地帯』の撮影時期が特定できます。近日公開らしき映画は『あした晴れるか』(中平康監督、石原裕次郎、芦川いづみ主演)で、この映画の公開は1960年10月26日と記録されています。

以下に「鈴木清順監督『花と怒涛』その1」という記事に付した、昭和十年ごろの浅草六区の映画館配置図を再掲します。1960年ごろには、日活はこの図の富士館の位置にあり、東映はかつての凌雲閣すなわちこの図の昭和座の位置にありました。

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北は上ではなく、左になっていることにご注意。すでに十二階はないが、左端にその位置を示した(赤く囲った昭和座という劇場)。


今回で『セクシー地帯』は完了しようと思っていたのですが、ここまで書いたところで、それは無理と判断し、あせらず、端折らず、のろのろ書こうと腹をくくりました。

石井輝男は後年、江戸川乱歩の『孤島の鬼』などの諸作にゆるやかにもとづいた『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』や『盲獣VS一寸法師』といった映画を撮っています。

吉田輝男と池内淳子の会話に、しきりに「猟奇」という言葉が出てきますが、江戸川乱歩や横溝正史の昭和初年の諸作にも「猟奇」(curiocity hunting)という言葉がしばしば登場するのはご存知のとおり。乱歩には『猟奇の果て』という長編小説もあります。

石井輝男が「猟奇」という言葉を使ったのもまた、乱歩から来ているのでしょう。じっさい、ここで話はじつに乱歩的な、あるいは猟奇的な浅草アンダーワールドへと入り込んでいきます。

吉田輝男が池内淳子を呼び出した目的は、彼女の客になることではなく、情報を得ることだったので、吉田輝男は、しきりに猟奇趣味をいいつのり、では、変わったものを見せてあげようと、池内淳子は某所に彼を案内します。

浅草の裏通りの旅館らしきところに案内された吉田輝男は、田舎から家出してきたような若い女性をだまして連れ込んだとおぼしき男が、なかば無理矢理にことをいたす場面を見せられます。

サンプル 平岡精二「ピープ・ショウ」

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吉田輝男は、大変だ、警察に知らせなくては、と騒ぎ立てますが、池内淳子は、自分たちの覗きのことはどう釈明するのだといい、旅館をあとにして、近くの喫茶店に入ります。

彼らが席に着くとまもなく、さきほどの男女も旅館から出てきて、にこやかに腕を組んで立ち去り、吉田輝男は呆気にとられてそれを見送ります。池内淳子は、あなたひとりのためにやったショウだと種明かしをし、料金を取り立てます。

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右側の旅館の名前は「ひさご」なので、ひさご通り裏でのロケとわかる。

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ここで流れる音楽をサンプルにしました。これまた、ちょっとだけ歪んだトーンのギターが好みです。

サンプル 平岡精二「ショウのあとで」

種村季弘編「東京百話」だったか、平凡社の「モダン都市文学全集」だったか、あるいは三一書房の「近代庶民生活誌」だったかに収録された昭和初期の探訪記にも、同じような話柄がありました(このてのものは目方で量るくらい大量に読んだので、記憶がごっちゃになっている)。

じっさい、浅草ひさご通りの裏手あたり(かつての「十二階下の銘酒屋街」であり、鈴木清順監督『花と怒濤』の舞台)では、そのようなことがおこなわれていたふしがあります。そして、これまた記憶がおぼろですが、乱歩自身の小説にも、そのような見せ物が出てきたと思います。

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喫茶店におかれていた新聞に、吉岡の殺された恋人(三条魔子)に関する記事があり、秋子は、彼女は仕事上の知り合いだった、なにかまずいことをして組織に殺されたのだろう、彼女のようにはなりたくない、といいます。

かくして、舞台はクロッキー・クラブへと移ります。


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by songsf4s | 2012-05-21 19:11 | 映画