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石井輝男監督『セクシー地帯〔セクシー・ライン〕』(1961年、新東宝) その2
 
かつて日活で活躍した女優にして深作欣二監督の未亡人、中原早苗さんの訃報を読みました。

当家で過去にとりあげた映画では『乳母車』に出演していますが、この映画では、芦川いづみの同級生として、冒頭のプールのシーンに登場するだけにすぎず、記事では言及しませんでした。

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田坂具隆監督『乳母車』の中原早苗。右は青山恭二。

いますぐにというわけにはいきませんが、できれば、近日中に彼女が活躍した映画をなにか取り上げようと思います。『あじさいの歌』の島村のり子役も印象深いものでしたが、おそらく、鈴木清順監督の『関東無宿』になるでしょう。

◆ 赤、青、黒、白、黄、線といっても色色ありまして ◆◆
石井輝男が新東宝時代に数本とった「地帯〔ライン〕シリーズ」というのは、おそらく「赤線区域」略して「赤線」から来ているのだろうと思います。

赤線というのは「売春を目的とした特殊飲食店街の別称。警察がこの地域を地図に赤線で囲って示したところから」(ニッポニカ)だそうで、江戸時代にはじまって1945年の敗戦まであった公娼制度と、進駐軍のアメリカ式公娼否定の考え方が出合って、無理につくられた私生児のような制度といっていいでしょう。

また、青線というものもあって、「飲食店の営業許可だけで酌婦がひそかに売春をしたり、あるいは旅館を装って街娼を出入りさせる裏口売春街は、フランスの例に倣って特別地区として地図に青線で囲った」(同上)のだそうです。

石井輝男は、赤線も青線もつくっていませんが、『白線秘密地帯』(1958)『黄線地帯』(1960)『黒線地帯』(1960)という、いずれも売春組織をあつかった映画を撮っていて、この一連の(ただし、プロットも登場人物も相互に連絡はない)ものを「ライン・シリーズ」といっています。

憶測するなら、赤線でも青線でもない、社会の表にはあらわれない売春という意味で、白線だの黒線だのといった名前をつけたのでしょう。最初の『白線秘密地帯』は、赤線が廃止された年につくられています。今回取り上げる『セクシー地帯』は、色名を使っていませんが、このシリーズにつらなる最後の映画です。

◆ スケッチ・クラブ! ◆◆
貿易会社に勤める吉岡博司(吉田輝男)は、ある夜、尾張町交叉点で、見知らぬ女・真弓(三原葉子)に突然、腕をとられ、地下鉄出入口へと引っ張り込まれます。

あなた、いい男ね、などとしなだれかかかったと思ったら、女は、じゃあまたね、と、あっというまに去り、直後に、吉岡は二人の男にとらえられ、署まで来てもらおうといわれます。女は掏摸とった札入れを吉岡のポケットに落とし、同時に、吉岡がもっていた紙入れをすっていたのでした。

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翌日になって容疑がはれ、吉岡は会社に行きますが、上司から、しばらく大阪支社にいっていろと命じられます。吉岡が女にすられた紙入れはこの上司から預かったものだったのです(なぜそんな妙な預かりものをしたかの説明はない!)。

ひそかに売春をしていた吉岡の恋人、滝川玲子(三条魔子)は、吉岡の転勤の話を聞き、わたしが部長に話しておくので、もう一度部長に会って、左遷命令を撤回してもらえと説得します。

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吉田輝男と三条魔子のデート・シーン。背後に見える「東京松竹劇場」とは東劇のことか。たぶん三十間堀なのだろう。銀座でボート遊びとはまた!

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玲子はすぐに客ないしは情人である部長を呼び出し、吉岡の左遷を撤回させ、ついでに手切れ金をせしめます。

彼女がその足で向かったのが「クロッキー・クラブ」という、まるで美術学校のように、ヌードの女性を男たちがスケッチするクラブ。ここで女性を観察して、指名してどこぞへと連れ出すという仕組みの売春組織の本拠とわかります。

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玲子は、この組織のボスに、自分はもうこの仕事が嫌になったので、やめさせてほしいといいますが、ボスのほうは、当然ながら、そんな勝手は許さないといい、玲子のほうは、それなら組織のことを暴露すると開き直ります。なんと愚かな言動かと思いますが、このあたり、脚本は説明も弁解もなしに、強引に押し通ります。呵々。

いっぽう吉岡は、部長のマンションに訪れたものの、部長には会えず(玲子と会っていたのだから当然!)、玲子のアパートに行きますが、やはり会えません。ふたたび部長のマンションの受付に行き、ラジオのニュースで玲子が自分のアパートで絞殺死体となっていたことを知ります。

死体発見の直前にアパートを訪ねた若い男がいたこと、また玲子の上司の部長が、玲子の婚約者が仕事上の失敗で悩んでいたと証言したとも報じられ、自分が容疑者となったことがわかって、吉岡は夜の町にさまよい出ます。

吉岡は先夜の掏摸の女・真弓にばったり出会い、女を責めますが、女のほうは平気の平左で、逆に吉岡が警官を避けたのを不審に思い、逃げる吉岡を捕まえて事情を聞き出します。そのあたりで流れる音楽をサンプルにしました。

サンプル 平岡精二「ラジオ・ニュース」

真弓は「バッカス」というバーに入り、吉岡から掏摸とった紙入れを返しますが、それはなにかのクラブの会員証のようなものが入っているだけで、部長からあずかっただけの吉岡もそれを見て、自分はこれしきのものを盗まれただけで左遷されるのかと、首をかしげます。

そこへボーイが飲み物をもってきて、吉岡のもつ会員証を見て態度を改め、場所と時間のご希望は、と尋ねます。なんだかわからずに戸惑う吉岡を尻目に、真弓はすかさずホテルの名前と時刻を告げます。

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かくして、女掏摸とその被害者がタッグを組んで、殺人事件の謎を解き、売春組織を相手に冒険をするというのが『セクシー地帯』のストーリーです。

昔の映画ではあるし、新東宝は財政的に苦しかったこともあって、いや、石井輝男の考え方もおおいに関係あるのでしょうが、以上のプロットをご覧になっただけでも、脚本は穴だらけであることは一目瞭然でしょう。強引な偶然が多すぎますし、時間的順序にも無理があったりします。

しかし、この映画の魅力はそういうところにはない、というか、論理性を重要なポイントと考えてしまうと、とうてい最後まで見られなくなってしまいます。

『セクシー地帯』が魅惑的なのは、ろくに撮影許可もとらなかったのではないかと思わせる、荒っぽい、しかし、生彩ある、ほとんどが手持ちで撮影された、1960年代初めの東京の、いや、銀座、築地、新橋、有楽町、浅草の肖像です。

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やれヌーヴェル・バーグの、やれシネマ・ヴェリテのといった流行りごとを石井輝男が意識していたかどうかは知りませんが、ゴダールがなんぼのものじゃ、というほど自由な、そしてインプロヴィゼーショナルなショットが積み重ねられ、われわれは吉田輝男や三原葉子や池内淳子(コールガール役!)とともに、東京アンダーワールドを彷徨う愉しみをたっぷり味わうことになります。

手持ちを多用し、その場の光だけで撮影したショットばかりなのは、たぶん、シネマ・ヴェリテの線を狙うといったアーティスティックな意図があったわけではなく、コストの関係で早撮りに徹した(石井輝男は助監督として渡辺邦男につき、早撮りの技を学んだという。「本家の血筋」なのだ!)結果なのでしょう。

しかし、そのおかげで、同時期の邦画、たとえば日活アクションとはまったく異なった味が生まれ、独特のスピード感とリアリティーが形作られています。

平岡精二(子どものころ、昼のワイドショウにレギュラーとして出演し、毎日、にこやかにプレイしていた姿が目に浮かぶ)のスコアは、すべて彼のクインテット(ドラム、ベース、ピアノ、ギター、平岡自身がプレイするヴァイブラフォンという、管なし、リズム・セクションのみの編成で、非常に好ましい)による演奏のみで、これまたコストの要求したものでしょうが、よけいなものがなく、結果的に成功しています。暑苦しい金管も木管も完全に排除、という涼やかなサウンドも成功の一因でしょう。

またサンプルを。吉岡は「クロッキー・クラブ」というプレートを貼った店を求めて銀座裏(?)を歩きまわり、「ル・フランセス」という喫茶店を見つけます。開店前にこの店のプレートをはぎ取り、その結果、店がどう動くかを見て、手がかりを得ようとします。

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吉岡が店に入って注意していると、支配人が秋子という女(池内淳子!)になにか指示し、秋子は店を出ます。吉岡はその行き先を突き止めようと秋子を追って銀座裏を歩きはじめます。そのシークェンスに流れる曲を。

サンプル 平岡精二「女を尾行けろ」

アンプがよくないだけかもしれませんが、澄んだトーンではなく、微妙に歪んだギターの音がじつに好ましく、また、モダーンに響きます。もはや50年代ではない、というタッチ。

ゆったりとした4ビートの音楽と、手持ちキャメラによる都市の肖像、というのが『セクシー地帯』の魅惑です。物語はさておき、次回もまた、吉田輝男や三原葉子や池内淳子とともに、平岡精二のサウンドに乗って東京を彷徨する予定です。


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by songsf4s | 2012-05-18 23:52 | 映画