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蔵原惟繕監督、佐藤勝音楽監督『俺は待ってるぜ』(日活) その6
 
お客さん方にはあまり意味のないことですが、これは、当家の999本目の記事です。

体調不良でしばらく休みます、といったお知らせまで含めた本数ですが、5本の10本のといったオーダーならいざ知らず、ここまでくれば、そういったものまで含めてしまっても、かまわないでしょう。

よくまあ、飽きもせずに(いや、じっさいには何度も飽きて投げ出しそうになったのだが)、999本も書いたものです。あたくしという人間は、ちょっとどこかが足りないか、あまっているかするのでしょう。

「シェヘラザードも楽ではなかっただろうなあ」なんて大束なことをいえる資格を得たような気分なのですが、1000本目になにか特別企画を用意しているわけではありません。1000本記念総額一千万円大懸賞なんていうのはないので、期待しないでください。

◆ 日活キャバレー創生期 ◆◆
かつて、日活だけを他のスタジオと区別して特別扱いしたのは、大映、東映、東宝、松竹がスクェアだったのに対し、日活だけは、今風にいえばkewlだったからです。

その特異性は、むろん、人物設定、世界、プロットに表現されるのですが、当然ながら、ロケーション、セット・デザイン、衣裳といった視覚的な面でも、音楽や効果音といった聴覚的な面でも表現されました。

人物設定やストーリーから意味を読みとって、映画を云々するのがオーソドクシーなのでしょうが、根がオーソドクスではないもので、当家の映画記事はつねに、視覚的ディテールや音楽へと傾斜していきます。映画というのは、意味である以前に、テクスチャーなのだと考えているからです。

とまあ、よけいなゴタクを書きましたが、今回はまだふれていないセットのデザインを見ます。敵役である柴田(二谷英明)が経営し、ヒロイン・早枝子がつとめるキャバレー「地中海」のデザインです。

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「地中海」という店なので、アルジェだチュニスだといった文字が見える。

というぐあいで、のちの日活アクションの酒場、たとえば、木村威夫デザインの二つのナイトクラブ(『霧笛が俺を呼んでいる』『東京流れ者』)にくらべると、だいぶスケールが小さいのですが、しかし、ディテールには日活らしさがすでに濃厚にあらわれています。

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ステージの背後にのぞき窓があり、フロアを見渡せるようになっている。

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のぞき窓の向こうは事務所で、マンサード屋根の片側であるかのように壁面が斜めになっている。このような設定とデザインもいい。

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昼間、同じ場所でのショット。

このように事務所からクラブのフロアを見えるようにする構造は、日活アクションではおなじみで、たとえば、前述の『霧笛が俺を呼んでいる』ではさらに凝った構造で登場しますし、鈴木清順の『野獣の青春』では、『霧笛』のミクロコスモス化とは反対方向へとスケールアップしています。

このような視覚の多重化については、一度まじめに考えなければいけないとは思っているのですが、そういう理論化はじつにもって不得手というか、生来ものぐさなので、いつか、いい思案が浮かんだときにやろう、と先送りにしています。清順映画の解読には不可欠の道具なのですが。

◆ 家伝の対位法 ◆◆
今回で『俺は待ってるぜ』はおしまいなので、残った音楽の棚浚えをします。

まず、柴田が経営するクラブ「地中海」で、早枝子が歌う曲と、そのあとの4ビートのインストゥルメンタル曲を切らずにつづけていきます。北原三枝のスタンドインで歌っているのはマーサ三宅であると、佐藤勝作品集のライナーにあります。

サンプル 佐藤勝「地中海」(唄・マーサ三宅)

このマーサ三宅が歌う曲だけは佐藤勝作品集にも収録されているのですが、とくにタイトルはつけられていません。むろん、その後の4ビートの曲も同じで、「地中海」というのはわたしがつけた仮題です。

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いや、それにしても、当時の流行だったとはいえ、しっかりウェスト・コースト・ジャズしているところに、改めて感心しました。同時代性というのは恐ろしいものです。いや、それらしくになっているというだけでなく、ハイ・レベルでいいプレイなのです。

あまり話の底を割りたくないので、ちょっと人物関係を曖昧にします。つぎの曲は、いかさま博打でもめて、殺人に発展する無言劇で流れるものです。

サンプル 佐藤勝「Beat to Death」

佐藤勝の師匠、早坂文雄と黒澤明は対位法のことを繰り返しいっています。この曲もまさに対位法の実践で、陰鬱な殺人の場面に、明るく軽快なラテン・スタイルのサウンドをはめ込んでいます。

『俺は待ってるぜ』を収録した『佐藤勝作品集 第8集』のライナーには、蔵原惟繕の佐藤勝回想が収録されています。そこから引用します。ちょっとまわりくどい文章ですが、短いので。文中、「27歳」といっているのは、『俺は待ってるぜ』製作時の年齢です。

「勝さんの音楽的深みは27歳と云う若さを越えたものであったことに驚いた事を今鮮明に憶い出す。多分、それは、映画音楽の師、早坂文雄氏の晩年の仕事ぶりを間近に共にしていた事が大きかったのではなかろうかと思う。喀血しながら作曲を続けた師の後ろで、血の始末や、汚れを取り替え、写符を続けながら学んだことにある様な気がする」

早坂文雄が結核だったことは知っていましたが、その現実というのは考えてみたことがありませんでした。いや、弟子としてどう働いたとか、そのような「修行」がどうだといったことを思うわけではありません。たんに、佐藤勝というのは「そういう人物」だったと理解しただけです。そのキャラクターは彼がつくった音楽の力強い雑食性にそのまま反映されていると思います。

最後の一曲は、日活映画恒例、主役が歌うエンディング・テーマです。その直前のスコアからつなげてあります。

サンプル 佐藤勝「End Title」(唄・石原裕次郎)

◆ 日活的世界 ◆◆
『俺は待ってるぜ』がつくられたのは、石原裕次郎の人気が爆発しようとしていたときであり、『嵐を呼ぶ男』と『陽のあたる坂道』で地位が確立される直前のことです。

したがって、まだ「日活無国籍アクション」はパターン化していません。しかし、港町、エキゾティズム、流れ者(ないしは根無し草)のヒーロー、その「自己回復」の物語、暗黒街の住人たちといった主要な要素は、この映画でほぼ出揃い、のちのパターン化の準備が整えられています。

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日活は製作再開から数年に及ぶ苦闘の時期を脱し、石原裕次郎によっておおいに潤う時代を迎えるのですが、それと同時に、こうすれば客が入る、というヒット・レシピを見つけたことも、裕次郎と同様に重要だったでしょう。

自我の挫折とその回復、ないしは、個の確立といった渡辺武信のいうような、物語にこめられたものにも、もちろん相応の重要性がありましたが、わたしにとっては、視覚的、聴覚的な非日本性のほうがつねにプライオリティーが高く、その意味で『俺は待ってるぜ』はおおいなる愉楽をあたえてくれる映画であり、いま見ても、日活映画の頂点にある作品のひとつと感じます。


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by songsf4s | 2011-09-22 23:54 | 映画