「えー、四万六千日、お暑い盛りでございます」
と、八世桂文楽が「船徳」のなかでいっています。
近ごろは新暦とやらで、季節感がめちゃくちゃですが、ほんとうなら今日八月九日が旧暦の七月十日、すなわち四万六千日だそうです。当の浅草の観音様自体が、新暦で四万六千日をやるものだから、わけがわからなくなってしまいました。間違った日にお参りしても、四万六千日分の御利益なんか、あるはずがないと思いますが。
七月のはじめなんかでは、お江戸は「お暑い盛り」ではありません。どうしたって四万六千日は八月でないといけないのに、そのころには「立秋」だなどと奇怪なことをいっているのだから、助かりません。仙台や平塚の七夕だけは据わりがよくて助かります。
当地では昨日今日と、たいへんな暑さで、変則的ながら、やっとほんとうの夏が来たと感じます。こういう日に船に乗るのは、涼しいか涼しくないかはさておき、気分はいいでしょう。
子どものころ、「船徳」の主人公、徳さんというのは、ろくに舟も操れないマヌケな三枚目、というイメージをもっていました。
しかし、この噺の源である「お初徳三郎」までたどると、たいへんな色男で、柳橋の芸者衆の予約引きも切らず、まるで60年代中期のハル・ブレイン、来月まで予定がびっしり(だったのはハル・ブレインだが)というぐらいの売れっ子として描かれています。
桂文楽の描く徳さんは、竿も櫓も半人前、でもカッコだけは一人前の色男が匂い立つようです。あの「へい、ちょいと顔をあたってまいりました」の演出のすごいこと。
近々、できるだけユーチューブにあるクリップを使って、番組を組んでみようと思い、まずは「船徳」を検索してみたので、予告編として貼りつけてみた次第です。予告編だけでおわっちゃう恐れもたぶんにありますが。
◆ クール、クール・ギターズ ◆◆
暑いときは鍋にかぎる、という論法で、今日はホットなホットなR&Bだ、まずはオーティス・レディングのI Can't Turn You Looseから、なんて嫌がらせをやってみようかと思ったのですが、わたしのほうが先に辟易して、やめにしました。
暑いときには、わたしの場合、歌というのがそもそもあまり聴きたくありません。インスト、それもギターなんかは、非常にけっこうな消夏サウンドを提供してくれると思います。
いや、ギターといってもいろいろあるのでありまして、やはりイフェクターなどは使わない、ストレートな澄んだ音のほうが夏向きでしょう。となると、4ビート方面に偏ることになりそうです。
加えて、ギター以外の楽器の選択というのも、涼しさを左右しそうです。まずはヴァイブラフォーンを相方にしたものから。
Red Norvo Trio - Strike Up the Band
ヴァイブはもちろんレッド・ノーヴォ、ギターはジミー・レイニー、ベースはレッド・ミッチェルだそうです。
中学3年から高校1年にかけてのごく短いあいだ、ジャズに関心を持ち、十数枚のLPを買いましたが、そのなかの一枚がジミー・レイニーのものでした。しかし、みごとに記憶が消去されて、アルバム・タイトルがでてきません。あのときに買ったものは全部、あげたか、トレードに出してしまいました。ジム・ホールとズート・シムズっていうのもあったと思うのですが。
もう一曲、ギターとヴァイブラフォーンの組み合わせをいってみます。ちょっと音が小さいのですが。
The Gary Burton Quartet - General Mojo's Well Laid Plan
この時期のゲーリー・バートンは中学の終わりから高校にかけて、徹底的に聴きました。スーパーインポーズのタイトルは間違いで、正しくはGeneral Mojo's Well Laid Planです。ゲーリー・バートン・カルテットにはじめてラリー・コリエルが加わったアルバム、Dusterからの曲です。
メンバーも書いてありませんが、ヴァイブ=バートン、ギター=コリエル、ベース=スティーヴ・スワロウ、ドラムズ=ボビー・モージーズです。この曲のスタジオ録音のドラマーはロイ・ヘインズでしたが、その後のツアーや録音では、かつてコリエルとロック・バンドをやっていたモージーズに交代しています。ヘインズは録音のときだけだったのではないでしょうか。
この曲では、モージーズは、右手はブラシ、左手はマレットという、ヘンチクリンな組み合わせで叩いています。右足は下駄、左足はカウボーイ・ブーツなんて組み合わせで歩くようなもので、気色悪いだろうと想像するのですが!
いまになるとわからないかもしれませんが、当時はジャズの臭みのないサウンドに感じました。わたしが日常聴いている盤のあいだにはさまっても違和感がなく、あの時代、そんな4ビート音楽はわたしが知るかぎりゲーリー・バートン・カルテットだけでした。
昔のジャズ・ギタリストは、ベンドをかけたりなんかしませんでした。いまならふつうに聞こえるコリエルのプレイも、当時はひどく不作法に思えたのではないでしょうか。
もうひとつ、ラリー・コリエルのプレイを。こんどはちがう組み合わせで。
Herbie Mann - Memphis Underground
ギター・ソロは歪んだサウンドで、あまり涼しくありませんが、フルートというのも、やはりヴァイブと並んで涼しい音がでるなあ、と再認識しました。
しかし、この曲で印象的なのは、やはりジーン・クリスマンのドラミングです。子どものときはわけもわからず、なんだか妙にカッコいい音だと思っただけですが、改めて聴くと、ハードヒットしているわけでもないのに、バックビートに独特の重さがある(ロジャー・ホーキンズに似ている)ところが、最大の魅力だと感じます。
当家で過去に取り上げた曲としては、ボビー・ウォマックのFly Me to the Moonが、アメリカン・サウンド・スタジオで、ジーン・クリスマンがストゥールに坐って録音されたものです。メンバーは記憶していませんが、エルヴィス・プレスリーのIn the GhettoやSuspicious Mindもここで録音されました。
Bobby Womack - Fly Me to the Moon
こういう文脈においてみると、これはこれでなかなか涼しげな音に感じます。
さらに寄り道ですが、先日、エレクトリック・シタールの曲としてCry Like a Babyをとりあげたボックス・トップスもやはりここで録音していました。それで、はたと膝を叩きました。
あのとき、ドラムはセッション・プレイヤーに聞こえる、ロジャー・ホーキンズが候補だと書きましたが、クリスマンのバックビートはホーキンズに似ていると自分で書いて、そうか、ボックス・トップスのドラマーはジーン・クリスマンだったのか、と納得がいきました。
これ、確度98パーセントぐらいの自信があります。もう一回貼りつけちゃいましょう。このドラマーは、Memphis Undergroundのプレイヤーと同一人物にちがいありません。
The Box Tops - Cry Like a Baby
クラッシュ・シンバルを軽めにヒットするところなんざあ、この人のスタイルなのね、です。キックのタイムもけっこうなものです。Memphis UndergroundもCry Like a Babyも同じころによく聴いていたのですが、さすがに、これは似ているぞ、なんて思いませんでしたねえ。やっぱり年はとっているみるものです。
閑話休題。つい、8ビートに傾斜した時代へとのめっていきますが、そんなことはまだ夢にも思っていなかった時代の、オーソドクスなジャズ・ギターを。
Wes Montgomery - Round Midnight
ウェス・モンゴメリーのRound Midnightはいくつかクリップがあがっていましたが、わたしはこの1959年録音のDynamic New Sound収録のヴァージョンがいちばんいいと思います。相方はピアノより、オルガンのほうがずっと合っていると感じます。
ウェス・モンゴメリーを聴こうとすると、ジミー・スミスと同じで、しばしばグレイディー・テイトのドラムを聴かされるのが悩みの種なのですが、初期ならその心配はありません。それに、まだオクターヴ奏法一辺倒になっていないのも助かります。いくら上手くても、それだけで盤を聴くのは苦痛です。
もはや時間切れですが、ポップ・プロパーを一曲だけ押し込んでおきます。涼しいギター・インストといえばやっぱりこの人たちがナンバー1のような気がします。
The Shadows - Atlantis
シャドウズといっしょに弾くのなら、この曲やWonderful Landなどの系統が気持いいと思います。
シャドウズを出してヴェンチャーズなしというのもなんなので、一曲だけ。
The Ventures - Gemini
わたしは、64年あたりからのヴェンチャーズのメンバーの聞き分けを不得手としています。ギターはビリー・ストレンジ御大とは思えないプレイヤーばかりになり、ドラムはメル・テイラーのように思えるトラックが多くなります。でも、この曲は大丈夫でしょう。テンポは速いにもかかわらず懐が深く、タイムが寸詰まっている人はいません。ツアー用ではなく、ほんもののプロフェッショナルの仕事でしょう。
寄り道がひどくて、用意していた曲がいくつか残ってしまったので、次回か、そのつぎあたりか、続編をやるつもりです。
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八代目桂文楽
昭和の名人~古典落語名演集 八代目桂文楽 二
ハービー・マン
Memphis Underground
ボビー・ウォマック
Fly Me to the Moon / My Prescription
ボックス・トップス
Soul Deep: the Best of..
ウェス・モンゴメリー
Wes Montgomery Trio
シャドウズ
Complete A's & B's