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ラロ・シフリン・フィルモグラフィー2 ヘンリー・レヴィン監督『サイレンサー殺人部隊』中篇
 
リプリーズ・レコード時代のディーン・マーティンのボックスを聴いて思ったのは、なんだよ、このハル・ブレインだらけは、ということです。かのEverybody Loves Somebody以降、ディノのあらゆるレコーディングで、ハルがストゥールに坐ったのではないかと思うほどです。

ディーン・マーティン Everybody Loves Somebody(リメイク45ヴァージョン ハル・ブレイン・オン・ドラムズ)


以前、書肆の求めに応じてハリウッド音楽史を書いたのですが、先様の都合でお蔵入りしてしまいました。いま、そのときにきちんと調べて書いたディノの大復活劇を参照して、三段落ぐらいにまとめようと思ったのです。しかし、そういっては手前味噌がすぎますが(いつものこと!)、入念に練り上げた(呵呵)パラグラフなので、当人にもいまさら切り刻むのは困難、そのまま貼り付けることにしました。

ジミー・ボーウェンが友人の紹介でリプリーズ・レコードに入社することになった顛末(フランク・シナトラ・リプリーズ・レコード会長がじきじきに電話してきた!)から、以下の段落へとつながります。縦組を想定した文字遣いなので、あしからず。

 ボーウェンには、リプリーズで仕事をするなら、ぜひ自分の手でレコーディングしたいと思っていたシンガーがいた。ディーン・マーティンである。希望叶って、彼は六三年の《ディーン・“テックス”・マーティン・ライズ・アゲイン》Dean "Tex" Martin Rides Againから、ディノのプロデュースを引き継いだ。前作が久しぶりにチャートインしたことを受け、同じ路線を行ったカントリーの企画盤だった。しかし、ヒットはしなかった。
 ボーウェンにとっては二枚目のディノのアルバム、六四年の《ドリーム・ウィズ・ディーン》Dream with Deanは、ラス・ヴェガスのショウのあと、いつもラウンジに場所を移して歌っていた曲を、その雰囲気のまま録音するというディノ自身が望んだ企画で、いかにも彼らしい、リラックスしたムードの好ましいアルバムだ。バーニー・ケッセル、レッド・ミッチェル、アーヴ・コトラーというウェスト・コースト・ジャズ生き残り組もすばらしいプレイをしている。だが、このメンバーからわかるとおり、シングル・カットに向くものはないし、ビートルズの嵐が吹き荒れた年には、古めかしく聞こえただろう。

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《ドリーム・ウィズ・ディーン》の録音では一曲足りなくなり、ピアノのケン・レインが、自分が昔、シナトラのために書いた曲をやってみてはどうかと提案し、その曲を録音して仕事は終わった。この埋め草の曲はあとで意味をもつが、LP自体はチャートインしなかった。
 二枚つづけて失敗したボーウェンは、つぎはヒットさせなければ、と覚悟したのではないだろうか。それまでの二枚の保守路線を捨て、ドラスティックな転換を図った。ビートルズ旋風の真っ最中だったことも、この決断に影響を与えただろうし、ディノ自身や会社上層部の同意も得やすかっただろう。
 選ばれた曲は、前作で埋め草として録音され、思わぬ好評を得たケン・レインの曲、〈エヴリバディー・ラヴズ・サムバディー〉Everybody Loves Somebodyだった。最初のジャズ・コンボ・ヴァージョンは、片手がグラスにいっている姿が彷彿とする、いかにもディノらしいインティミットな雰囲気があり、ケッセルのプレイと合わせて、なかなか楽しめる。しかし、これをシングル・カットしようと考えるプロデューサーはひとりもいないだろう。ここからが手腕を問われるところだ。
 ボーウェンは先行するヴァージョンを参照したという。わたしが聴いたことがあるのは、シナトラ、エディー・ヘイウッド、ダイナ・ワシントンの三種だが、ボーウェンはワシントンの名をあげている[*注1]。ボーウェンの構想とアーニー・フリーマンのアレンジへの影響を考えるなら、シナトラ盤よりスピードアップしたヘイウッド盤のミディアム・テンポ、ワシントン盤のストリングスがヒントになったのかもしれないが、いずれも微妙で、直接的な影響は観察できない。
 ボーウェンとフリーマンは、先行ヴァージョンには見られなかった華麗な衣装をつくりあげた。まず、ボーウェンが好んだハル・ブレインをドラムに据え、メインストリーム・シンガーの盤にしては強めのバックビートを叩かせた。ここにアップライト・ベースのみならず、ダノを加えるというスナッフ・ギャレットやフィル・スペクターの手法を適用し(ただし、完全なユニゾンではなく、アップライトと付いたり離れたりする)、エレクトリック・ギターには2&4のカッティング、ピアノには四分三連のコードを弾かせた。そして、左チャンネルには女声コーラス、右チャンネルにはストリングスとティンパニーを載せた。

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 前作にくらべると装飾過多といえるほどだが、ディノという「一昔前のスター」をよみがえらせたのは、ハルのタムにティンパニーを重ねることまでやってみせた、この厚いサウンドにほかならない。〈エヴリバディー・ラヴズ・サムバディー〉は、ビートルズの〈ア・ハード・デイズ・ナイト〉A Hard Day's Nightに替わって、六四年八月一五日付でビルボード・チャートのトップに立った。
 この大ヒットでディノは復活したどころか、キャリアのピークを迎えた。それまでのヒット枯渇が一転してヒット連発となり、秋にはフォロウ・アップの〈ザ・ドア・イズ・スティル・オープン〉The Door Is Still Openがまたしてもトップテンに入った。もちろん、スタッフは変わらず、この曲でもハル・ブレインがストゥールに坐った。そして翌年には、新たな「商品価値」を得たディノをホストにして「ディーン・マーティン・ショウ」がはじまり、九シーズンつづくヒットとなる。
 ディノという大スターが、後半生も「現役のスター」でありつづけることができたのは、〈エヴリバディー・ラヴズ・サムバディー〉というモンスター・ヒットのおかげだった。ジミー・ボーウェンという嵐の時代に適応できる二十代のプロデューサー、いまやアレンジャーとしてヴェテランになりつつあったアーニー・フリーマン、時代を背負う位置に立ったハル・ブレインの力に負うところ大だ。このスタッフはやがて、もうひとりの低迷する大スターも復活させることになる。
 しかし、大きく見れば、ディノがこのように新しい時代のメインストリーマーのあり方を示すことができたのは、ビートルズが「ルールを破壊した」結果だったと考えるべきだろう。

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左からサミー・デイヴィス・ジュニア、ハル・ブレイン、レイ・ポールマン、そしてジミー・ボーウェン。

Dream with Dean収録のオリジナル・レコーディングのクリップはありませんでしたが、ピアノ一台という点が異なるものの、以下のクリップのようなムードです。このクリップでピアノを弾いているのがケン・レインではないでしょうか。

ディーン・マーティン Everybody Loves Somebody(テレビ・ライヴ)


この話を持ち出したのは、ひとつには、「マット・ヘルム」シリーズも、ディノの大復活の延長線上でつくられたといいたかったからです。Everybody Loves Somebodyのヒットによるチャートへのカムバックがなければ、テレビのレギュラー番組も、本編のシリーズも、彼のところには持ち込まれなかったでしょう。

そして、もうひとつはハル・ブレインです。ジミー・ボーウェンはハル・ブレインとアーニー・フリーマンという彼の「手駒」に固執しました。ディノの復活によって、フランク・シナトラをプロデュースするチャンスが巡ってきたとき、ボーウェンはアレンジャーからプレイヤー、さらにはエンジニアにいたるまで、シナトラの従来のスタッフを退け、彼のスタッフである、アーニー・フリーマン、ハル・ブレイン。エディー・ブラケットを配置し、同じようにフランクもビルボード・チャート・トップに返り咲かせます。

いわゆる「シナトラ一家」(アメリカでは「ラットパック」と呼んでいる)はみな義理堅かったように見えます。しかし、その義理堅さは異なった形をとって顕れたように思います。

シナトラは、ボーウェン=フリーマン=ブレイン=ブラケットで世紀のカムバックを成し遂げたあとも、このヒット・レシピには固執しませんでした。ハル・ブレインは2曲のチャートトッパーをはじめ、彼にいくつもヒットをもたらしたのに、ついに「シナトラのドラマー」にはなりませんでした。フランク・シナトラは古い付き合いを途絶えさせることなく、その後も、ネルソン・リドル、ビリー・メイといった昔馴染みのアレンジャーを起用しました。これも彼の義理堅さゆえのことなのでしょう。

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「シナトラ会」の会合 集合したかつてのシナトラのアレンジャーたち。左から、ビリー・メイ、ドン・コスタ、会長その人、そしてゴードン・ジェンキンズ。まるで「生きているアメリカ音楽史」たちの記念写真。

いっぽう、ディーン・マーティンは、彼に再び栄光をもたらしたスタッフを大事にしつづけたように見えます。だから、以後、可能なかぎりハル・ブレインが彼のセッションのストゥールに坐るように気を配ったのではないでしょうか。まあ、なかば成田山のお札みたいな験かつぎだったのかもしれませんが。

ハル・ブレインはポップ・フィールドではキングでしたが、映画の世界はべつです。彼が音楽映画以外でスコアもプレイした例は、それほど多くないでしょう。AIPのビーチ・ムーヴィーなどは、ハル・ブレインだらけのスコアがあったりしますが、一般映画ではそれほどプレイしていないと思います。

それなのに、マット・ヘルム・シリーズでは、ハルのプレイがそこらじゅうにばら撒かれているのはなぜか、と考えると、むろん、映画スコアにも8ビートが求められる時代になったからという側面もあるでしょうが、同時に、ディノの希望もあったのではないか、という気がしてきます。カムバック以後のディノは、ハル・ブレインをヒットのお守りのように思っていたのではないでしょうか。いや、まったくの憶測ですが。

◆ ラウンジ・タイム ◆◆
今回で『サイレンサー殺人部隊』は完了のつもりだったのですが、なぜこの映画はハル・ブレインだらけなのか、と考えているうちに、脇筋に入り込んでしまったので、今日はちょっとだけ聴いて、次回完結ということにします。

『サイレンサー殺人部隊』よりカー・チェイス・シークェンス


ここはちょっと笑いました。マット・ヘルムが「フランス警察に告ぐ。この車にはinnocentな(=無辜の)女性が乗っている」と表示する(!)のですが、それでも警察は撃ってきます(音声認識して文字に変換する技術もすごいがw)。それでディノがつぶやきます。

「フランスの男らしいぜ。この世にinnocentな(=清純な)女の子がいるなんてことは、てんから信じていないとくる」

まあ、フランスだとかイタリアだとかいった国に対して持っているイメージは、わたしの場合もマット・ヘルムと似たようなものです!

いったん、追跡者を振り切ったところで、ハープシコードをあしらったけっこうなラウンジ・ミュージックが流れるのですが、あまりよく聞こえないし、すぐに終わってしまうので、サンプルにしました。

サンプル Lalo Schifrin "Suzie's Themre"

一難去ってまた一難、警察のつぎは悪漢に追跡されますが、こんどは「この文字が読めるとしたら、車間距離を詰めすぎです」とテールに表示されるので、また笑いました。この手のジョークは豊富な映画で、それでうかうかと最後まで見てしまったのでありました。

もう一曲、ラウンジ系のものをサンプルにしました。

サンプル Lalo Schifrin "I'm Not the Marrying Kind"

この曲は、最後にディノのヴォーカル・ヴァージョンも出てきますが、サブ・テーマという感じで、二種のインスト・ヴァージョンも使われます。おおむねノーマルなラウンジ・ミュージックなのですが、途中で入ってくるギターがベラボーにうまいところが、いかにもこの時代のハリウッドらしいところです。ハワード・ロバーツなのかトミー・テデスコなのか、はたまたクレジットされていないギタリストなのか、そのへんはわかりませんが。

ベースはアップライトなので、当然、キャロル・ケイではなく、未詳のプレイヤーによるものです。このセットのときは、ドラムもハル・ブレインではなく、アール・パーマーだろうと推測できます。


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ディーン・マーティン
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by songsf4s | 2011-07-09 22:58 | 映画・TV音楽