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One Monkey Don't Stop No Show その5
 
おはようございます。

3月24日、今日はスタートが遅れました。液晶の不調がはなはだしく、そろそろ見切り時、新しいものを買うしかない雰囲気ですが、それも時間がかかるし、今日は停電も予定されていて、更新は滞りがちか、または完全にストップするかもしれません。

とりあえず、一曲いってみます。ジム・ケルトナー・オン・ドラムズ、ライ・クーダー、Get Rhythm, when you get the blues, you better get rhythm!



やはり液晶はなかなか静まってくれず、四苦八苦です。買物に行くにしても、もう少し雨の可能性が下がってくれないと困るような空で、思案投げ首。

さっき、はたと、四半世紀前に福島県二本松市に取材に行ったことを思い出しました。まだ雑誌編集をやっていたころのことです。二本松に、核シェルターをつくって、普段からそこで生活している人がいるということで、それで4ページぐらいで構成しろと指示されたのです。

正直いって気が進みませんでした。気持はわかるような気もしたし、いっぽうで、そういう、大多数の人から見れば奇妙な行動をする人に話をうかがい、それを記事にするというのは、心理的手続きが面倒なことになりそうでした。

福島日帰りというのも、車だと早朝出発、深夜帰京、たぶん自宅には帰れず、編集部で寝ることになるので、それも憂鬱でした。あのころは編集部にちゃんとソファベッドがあったのですがね。

でまあ、とにかくカメラマン、そのアシスタント、そして私という三人組は、早朝に東京を発って、昼下がりにそのお宅につきました。うー、どうも思い出すのも気が重く、そもそもほとんどなにも覚えていないようで、あらら~、です。

ジム・ケルトナーのドラミングをもうひとつ、Gabor Szabo, Bacchanal



そのお宅は、というか、核シェルターですが、田畑と家がまだらになった、平らな土地に、道路から少し引っ込んで建っていました。敷地のなかに核シェルターがあるのではなく、核シェルター化した住宅を建て、日常、そのなかで暮らしていらしたのです。

その家のご主人は、なんというか、これといって特徴のない、いかにも農村地帯に生まれ育ったという朴訥な感じの人で、三十代半ばぐらいだったでしょうか、奥さんとお子さんのたしか三人暮らし、ひょっとしたらお子さんは二人だったかもしれません。

当然ながら、なぜこのようなものをおつくりになったのか、核戦争の可能性は強いとお感じになるか、といった気持のことと、どの程度の強度があるのか、空気汚染に対する備えは、何日ぐらいなら閉じこもっていられるか、などといったスペックをうかがったはずですが、そのあたりの細かいことはなにも記憶していません。ご主人は、自分の資力でできるものはかぎられている、ずいぶん妥協した、といったことをおっしゃっていたとだけ記憶しています。

陽が傾きかけたころ、われわれは辞去し、帰路につきました。こういう適切な距離のとり方が判断しにくい題材はいやだなあ、と憂鬱な気分でした。「面白い!」なんていえるようなものではなかったし、かといって「ばっかじゃないの」と笑い飛ばすこともできず、どういう方向から記事を書けばいいのか、さっぱりわかりませんでした。このシェルターをどう感じているのか、自分の気持がわからないのだから、それも当たり前です。

アラン・プライス、House That Jack Built



いや、この話には結論はありません。その後、どういう風に記事にしたかはほとんど記憶がないのです。きまじめなご主人を傷つけるような記事は書かなかったと思います。たぶん、これが意味のある行為なのかどうかは判断できない、意味があると信じてこういうことをした人を批判することは自分にはできない、意味がなかったと証明されることを祈る、といった、ニュートラルなところに落とし込んだのではないでしょうか。そういう性分ですから。

地図で見ると、二本松市は海岸から30キロ以上離れているので、津波の被害はなく、地震の被害だけですんだでしょう。あの厚いコンクリートの箱は平屋だったので、激震にも耐えたのではないでしょうか。

耐えたとなると、あのご一家はどうなさっていることやら。シェルターの有効性が証明されたのか、それとも、役に立たなかったのか、あるいは技術的には有効だったけれど、食糧の備蓄がないとか、保守を怠って密閉性が低下したとか、なにかトラブルに見舞われたのか。

そもそも、あのときまだ幼かったお子さんはすでに成人しているはず。こういうことをいうのはなんですが、それだけの年月のあいだ、家族が安定しているという保証もありません。経済的な苦難に見舞われ、あの土地を手離し、すでにシェルターは存在しない可能性もあります。

音楽ではなく、日本の原子力発電がどのような論理と仕組みでおこなわれてきたか、という解説。裏づけとなる知識、データをわたしはもちあわせませんが、人の話の論理は追えるので、この方のお話は納得がいきました。



上記クリップが消えた場合は、いちおう以下をチェックなさってください。

原子力保安院の大ウソ暴露!(関東エリア未放送)

もうひとつ、原発関係のリンクを。もううんざり、明日の役に立たない、という方もいらっしゃるでしょうが、その場合は無視されればいいだけですから。

鶴岡憲一「東電と経産省が増幅した原発災害」

わたしと同姓ですが、血縁などまったくありません。読売の記者だった時代は、同姓だったせいで、署名を見ると記事を読んでいました。上記は、告発というより、起きたことの客観的な俯瞰なので、この非常事態が収まったあとで、有権者としてどう行動するべきかを考えるときに、思い出されればいいのではないかと思います。

ツイッター経由で得た情報で、有用と思えるものをもうすこしつづけます。

RTでまわってきたもので、ツイートされた方のことは判断できませんが、

「ボトル水の衛生基準は水道水より低く…ということを流したら、風評被害テロリスト扱いされそうな昨今」

というのを見かけ、思い出しました。愚兄はずっと水処理プラントの仕事をしてきたのですが、つねに、売られている水より水道水のほうがずっと安全だ、あんなものを買うのは馬鹿だ、なにが入っているかわかったものではない、といいつづけています。とくに、自分の住む横須賀市の上水道について、よそより安全、といっています。

上記のツイートを見た瞬間、兄の話を思い出しました。どう考えるかはあなたしだいです。わたしは、ボトル詰めの水というものに疑いをもっています。

エリス・レジーナ&トム・ジョビン、Waters of March、すまん、またそのまんまだった。



もうひとつツイッター情報。以前書きましたが、原発危機以来、team_nakagawa (東大病院放射線治療チーム)をフォローしています。そのごく最近のツイートを引用します。

ある方にお願いして、煮沸によるヨウ素の濃度変化を検証する実験を、水道水中に含まれるI-131を対象に行いました。その結果、水道水を煮沸すればするほど水蒸気だけが飛んで、I-131が濃縮されました。もし、煮沸しようとされている方がいれば、直ちにやめるようお伝え願います。

海水を煮詰めると塩ができてしまうのと同じで、水道水を煮立てても、ヨウ素131は飛ばず、濃度が高まるだけだ、ということです。ご注意を。

アール・パーパー、Percolator Twist


by songsf4s | 2011-03-24 09:46