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小林正樹監督の『怪談』は、今回の怪談特集で、唯一、公開のときに劇場で見た映画です。
子どもがよくこんな映画を見に行ったものだと思いますが、大作とプログラム・ピクチャーなどといった区別をしていなかったので、「いつもの東宝映画」のつもりだったのだろうと思います。つまり、「怖い話」という意味で、『マタンゴ』や『ガス人間第一号』の同類と思っていたにちがいありません!
小林正樹監督の『怪談』は、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の短編四編を選んで映像化したオムニバスです。三時間の大作ですが、なかでも「耳無し芳一の話」はいちばん長く、ほとんどふつうの映画と同じほどの長さがあります。
◆ 滅亡のノスタルジア ◆◆
耳無し芳一の話というのは、どなたもご存知と仮定していいのだろうと思うのですが、記憶を新たにするという意味で、映画版を元に、できるだけ簡単にシノプシスを書いてみます。
平家が滅んだ壇ノ浦の近くの赤間が原(原作では赤間ヶ関)の、平家の人びとを弔うために建立された阿弥陀寺(現在の赤間神宮)に、芳一という盲目の琵琶法師が住んでいました。映画では説明されませんが、ハーンの原作では、芳一の琵琶と語りの才能はすばらしかったとされています。
ある夜、和尚たちが通夜で寺を留守にしているとき、芳一は未知の侍のおとないを受け、近くの館で、わが殿のために琵琶を弾じてほしいといわれて出かけていきます。
目の見えない芳一は、そこは貴人の屋敷だと思い、心を込めて平家の話を語ります。翌る晩もまた迎えが来て、芳一はまた壇ノ浦のくだりを弾じ、語ります。
芳一のふるまいをいぶかしく思った和尚は、寺男たちに芳一のあとをつけさせ、安徳天皇や平家の武者を祀った墓所で、芳一がひとりで琵琶を弾いているのを見つけます。
これは平家の亡霊たちに魅入られたのだ、このままでは芳一は取り殺されてしまう、と危ぶんだ和尚は、芳一の全身に護符(いや、原作をたしかめたら、「般若心経」の一節となっていた)を書き、また今夜、迎えが来ても、ぜったいに返事をしてはいけないし、身動きしてもいけない、と固く言い渡して、弔いに出かけていきます。
これであとはクライマクスになるので、とりあえず、このあたりでシノプシスは切り上げます。
◆ 土間の西瓜 ◆◆
雪女をはじめ、ほかのエピソードは忘れてしまったのですが、小学生のわたしは、「耳無し芳一の話」が怖くて、忘れかねました。
再見してみてまず思ったのは、アクションものでもないのに、小学生がよくこれほど長い映画を最後まで見たものだ、ということです。異様なムードの画面に圧倒されたか、こういう話柄に興を覚えたか、あるいはオムニバス形式なので、ひとつひとつの話は短いおかげか、そんなあたりでしょうか。
怪談だから当然でしょうが、小林正樹監督、宮島義勇撮影監督、戸田重昌美術監督、青松明照明監督は、リアリズムとは手を切ったところで、なんとも不思議な画面をつくっています。
耳無し芳一のエピソードは、壇ノ浦の海の実写からはじまり、壇ノ浦の合戦のさまを様式的に描いたシークェンスが長々とつづきます。おおいに金をかけた豪華な場面なのですが、正直いって、ちょっと飛ばしたくなります。
絵としては面白いのですが、映画というより日本舞踊でも見ているようで、わたしのように雑駁な人間は、早く物語に入って欲しいと落ち着かなくなります。
平家が滅び、安徳天皇をはじめ、多くの人がここで入水したことがナレーション(仲代達矢)で説明されると、阿弥陀寺の景がはじまります。ここでいきなり出てくる西瓜にギョッとします。
西瓜の色も、照明も、手間をかけて工夫したのでしょう。とくに象徴性があるとは感じませんが(つまり殺戮の予感といったような意味合い)、強い絵なので、長い壇ノ浦のシークェンスでダレきっていたわたしは、ここで目が覚め、画面に引き入れられました。
◆ 魔物にいざなわれて ◆◆
初見のときとはちがって、いまではストーリーを知っているので、興味はいかにそれを表現するかという点に尽きます。じっさい、色彩も、空間表現も、独特のもので、文字でどうこう言ってもはじまらないような魅力があります。
舞台劇を連想させる表現ではあるのですが、もちろん、舞台ではこのように自在に場を移動することはできません。頓狂な連想ですが、ふと『バンド・ワゴン』を思いだしました。
あの映画の終盤、舞台のショウ・ナンバーをつないでいくシークェンスがありますが、あれは、舞台の演技を捉えたショットではあるものの、現実には、あのような舞台は組めるはずがありません。背景がどんどん変化してしまうのです。テンポはずっと遅いものの、『怪談』にも、『バンド・ワゴン』のような、「現実には不可能な舞台劇の表現」の味があります。
砧のステージはずいぶん広かったのだなあ、なんて感心してしまったのですが、じつは撮影所ではなく、飛行機の格納庫にセットを組んだのだそうです。それならこの広さはわかります。
和尚(志村喬)たちが通夜に出かけた夜、芳一(中村嘉葎雄)は突然、高飛車な声に呼びかけられます。
甲冑の武士(丹波哲郎)は、わが殿は壇ノ浦の古戦場を訪れ、おまえの上手であることを知って、ぜひにとおっしゃる、館へ来いといいます。かくして芳一は亡霊の群に引き寄せられるのですが、そのくだりは次回に。祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり……。
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和風ハロウィーン怪談特集3
小林正樹監督『怪談』より「耳無し芳一の話」(東宝、1964年)
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