人気ブログランキング |
和風ハロウィーン怪談特集1 溝口健二監督『雨月物語』(大映、1953年) その3

◆ この師にしてこの弟子 ◆◆
『雨月物語』の音楽監督は早坂文雄、「音楽補佐」として斉藤一郎もクレジットされています。一部の曲を書いたという意味でしょう。また、もうひとり、早坂文雄の弟子の佐藤勝もこの映画ではおおいに働いたそうですが、そのことはひとまず措きます。

f0147840_2145314.jpg
伊藤喜朔は木村威夫の師匠で舞台美術の大家

映画がすごいのは初見のときからわかっていることで、今回の再見で感銘を受けたのは音楽です。しかし、困ったことに、いいところをハイライトにするというぐあいにはいかないのです。そこが『雨月物語』の早坂文雄スコアのすごさを端的に示しているといえそうです。

『雨月物語』のゆったりとした、しかし、淀むことのない流麗なリズムをつくっているのは、宮川一夫のキャメラ・ワークと編集ですが、そのリズムとピッタリ寄り添うように、静かに、やわらかく、なくなったときにはじめて、いままで流れていたことに気づくほど、音楽が自然に絵に溶けこんでいるのです。

f0147840_21545341.jpg
早坂文雄

こういうスコアはほかに記憶がありません。しいていうと、いやホントに遠い遠い縁者にすぎませんが、モーリス・ジャールが書いた『史上最大の作戦』のスコアが、やはり存在を強く感じさせないものでした。

『雨月物語』と『史上最大の作戦』との類似点はもうひとつあります。パーカッションが中心だということです。あちらはスネア・ドラムひとつによる、マーチング・ドラムの断片を随所に使っていますが、『雨月物語』は、ゆるいテンポの大太鼓のステディー・ビートや小鼓のアクセントが中心です。

大映の時代劇は京都・太秦の撮影所でつくられていました。溝口健二は当然、京都に住んで、太秦に通っていました。同じ浅草生まれ(わが家の菩提寺の近所で育ったという。観音様にも吉原にも近い)の竹馬の友にして、撮影所長の川口松太郎も京都にいて、二人で遊んだり働いたりした容子が川口松太郎の小説に描かれています。とくに嵯峨野でのロケを描いた短編は忘れがたいのですが、どの本に入っていたのだったか。『古都憂愁』?

いや、音楽の話です。早坂文雄は東京に住んでいて、病弱で、とても京都と往復を繰り返すなどということはできませんでした。撮影の進捗に合わせて、細かく溝口健二と打ち合わせをするのは無理だったのです。

チーフ助監督の田中徳三によると、ここで佐藤勝の登場となります。京都の「オヤジ」と東京の師匠が動けないので、片や田中徳三、片や佐藤勝という二人の弟子に加えて、録音エンジニアの大谷巌の三人が集まり、音楽をどうするかというロードマップをつくっていったのだそうです。

f0147840_21563063.jpg
早坂文雄(左)と佐藤勝

ということで、早坂文雄か佐藤勝か(はたまた補佐した斉藤一郎か)、ピンポイントの狙いはつけられなくなりましたが、この師弟はすごいなあ、と今回も呆れました。さらに、「非公式の弟子」である武満徹もいるわけで、いやはやです。

どこか一カ所を取り出して、ここがすばらしい、などといえるようなタイプではなく、全体のムードとして「いい音楽だ」と感じるスコアなので、まだ考えがまとまらず、サンプルは棚上げにします。次回に。

◆ 地獄と天国はリヴァーシブル ◆◆
撮影初日は朽木屋敷の場面で、前回、スクリーン・ショットを掲げておいた、ひと気のない屋敷に、どこからともなく侍女たちがあらわれ、灯りをつけていくところだったようです。

f0147840_2375028.jpg

f0147840_2375829.jpg

ここは美しいと同時にちょっと怖い場面で、ほう、と思うのですが、溝口健二は、不機嫌に黙り込んでいたそうです。田中徳三助監督に「きみぃ、これが朽木屋敷にみえるかね?」といったという話で、セット・デザインが気に入らなかったようです。

どうしろと指示はしない人だから、どのようなイメージを描いていたかはわかりません。デザイン的にはよくできているので、物語のなかでの位置づけの問題でしょう。

たとえば、ディズニーの『眠れる森の美女』の枯れ木の森が、エンディングで、さあーっと緑の森に変化するようなことが、あの時代に実写で実現できたなら、そういう処理もひとつの考えではないかと思います。あばら屋が人(いや霊なのだが)の出現とともに息を吹き返していくのです。侍女たちが灯りをつけるのは、そういう効果を小規模に実現したものなのだと思います。

わがままで口うるさい監督は気に入らなかったのかもしれませんが、朽木屋敷のシーンはすばらしい出来だと感じます。このシークェンスの出来が悪かったら、『雨月物語』は意味を失ってしまうでしょう。

溝口健二は、映画は絵巻物なのだといったそうで、その考えがもっともストレートにあらわれたのが『雨月物語』です。宮川一夫は、ある場面からある場面への移動を、クレーンの動かし方で絵巻物をすべらせるように表現しています。

森雅之が目覚めると、侍女が、二人で湯浴みをなさいとお節介を焼きます。キャメラは右から左のクレーンの横移動で庭の立木をたどって露天の岩風呂を見せます。

f0147840_22193424.jpg

f0147840_22194166.jpg

f0147840_2219501.jpg
つなぎのクレーンによる移動撮影が挿まれる。

f0147840_22195658.jpg

f0147840_2220478.jpg
「わたしのことを魔性の者とお疑いでしょう」

f0147840_22201191.jpg
「たとえあなたさまが、物の怪、魔性の者でもかまわない、もうあなたさまを離しませぬ」

f0147840_22201824.jpg

f0147840_22202943.jpg

京マチ子が帯をとき、動く影と水音で彼女も湯船に入ったことを暗示すると、またキャメラは右から左に移動し、岩や地面を見せ、すっと水辺の草地が出現します。

f0147840_2221463.jpg

f0147840_2221104.jpg

f0147840_22211972.jpg

f0147840_22212575.jpg

f0147840_22213591.jpg

f0147840_22214295.jpg

f0147840_22214811.jpg

f0147840_22215643.jpg

f0147840_2222631.jpg

よくまあ、こんな絵がつくれたものだと思います。これほど陶然とするような風景は、映画のなかでもそうしょっちゅうはお目にかかれないでしょう。

いったいどこでロケをしたのやら、早朝だったのかもしれませんが、広々とした水面に舟一艘見えず、手前の草地(これはもちろんつくったにちがいないが)ときれいに照応しています。この男と女が天国にいることは、台詞や動きがなくとも、この風景だけで即座に了解されるわけで、映画だけに可能な表現です。

◆ 食い物はないか ◆◆
大溝に行った三人は、運命の糸かなにか得体の知れないものに引っ張られて、それぞれの地獄に落ちこみましたが、子どもとともに北近江に残った田中絹代も平穏無事ではすみません。

夫が魔性の女を抱いて「天国だ」といったつぎのショットでは、女房は子どもを抱いて、野武士かなにかの荒っぽい連中に襲われた村のなかを逃げまどっています。

田中絹代は、親切な老女に握り飯をもらい、村の外に逃げようとしますが、運悪く雑兵に見つかってしまい、食べ物を奪われます。そこに敵方の侍があらわれ、混乱のなかで田中絹代は子を負ぶったまま槍で突かれてしまいます。

f0147840_22403323.jpg

f0147840_22404527.jpg

f0147840_22405272.jpg

f0147840_22405847.jpg

二度出てくる戦の側杖のようなシーンでは、雑兵たちはつねに食べ物を探しています。日中戦争のときの日本陸軍もそうだったといいますが、戦国時代も食料の現地調達はごくふつうのことだったようです。

極論でしょうが、わたしは、戦国時代というのは天候不順による食糧難の時代の、食料ぶんどり合戦だったと理解しています。秋になると戦が始まることが多いのです。田んぼを挟んで、城方と攻め手が対峙すると、攻め手の側から少人数の部隊が出て行って、敵の目前で稲刈りをする、などということがよく書かれています。

はじめのうちは、なるほど、そういう挑発は有効だろうな、と読み過ごしていましたが、考えてみると、稲刈りができる季節はかぎられています。狙ってその時期に行かなければ、稲刈りで挑発するなどということはできません。それなら、考え方を逆にするべきではないでしょうか。米が戦の目的だと考えれば、話は明快です。

f0147840_22411529.jpg

f0147840_22412230.jpg

f0147840_22413120.jpg

f0147840_22413930.jpg

f0147840_22415084.jpg

f0147840_2242326.jpg

そして、そういう前提ならば、『雨月物語』の雑兵たちが、食い物はないかと、一軒一軒しらみつぶしに見ていくのも、田中絹代がたかが握り飯を奪われまいと、雑兵に抵抗するのも、すっきりと納得がいきます。握り飯には命をかける価値があったのです。「切り取り強盗は武士のならい」とは、つまり、食い物のことでしょう。

『雨月物語』はさらにつづきます。


metalsideをフォローしましょう


雨月物語 [DVD]
雨月物語 [DVD]


by songsf4s | 2010-10-24 19:46 | 映画