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池部良主演、本多猪四郎監督『妖星ゴラス』(東宝映画、1962年) その3

訂正というほどでもないのですが、舌足らずだったところを補っておきます。前回、『サブウェイ・パニック』の邦題のつけ方について書きましたが、内容を批判したわけではありません。

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いや、じっさいのところ、映画も面白かったし(ウォルター・マソーよろし)、原作は映画以上に感心しました。ひどい邦題なので、「ケッ、『ポセイドン・アドベンチャー』の焼き直しか」なんて思い、危うく見逃しそうになりました。

成瀬巳喜男は、映画というのは映画館にかかっているその数週間だけの命のものだ、といったそうですが、現代のように「資産」とされる時代になると、その場かぎりの使い捨てタイトルでいい、という考え方は時代遅れです。人目を引く努力も必要ですが、とことん恥知らずなインチキをすると、あとで嗤いものになるだけでなく、「資産」の価値を減ずることにもなります。

『サブウェイ・パニック』はディザースター映画ではなく、典型的な泥棒もの、すぐれたアイディアとキレのいいひねりのある、上々のケイパー・ストーリーでした。泥棒ものが好きな映画ファンにも届くタイトルを付けるべきだったでしょう。

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地下鉄に勤めるウォルター・マソーは日本の鉄道会社の視察団の案内をさせられる。

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緊急事態が起きたことを察した日本人たちは、お邪魔でしょうからわれわれは引き上げます。どうもありがとうございましたと礼をいう。

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こいつら、ぜんぜん英語がわかっていない、というので、さんざん失礼なことを云ったウォルター・マソーは、完璧な英語の辞去の挨拶をきき、苦い顔をする。ひょっとしたら、シナリオ・ライターは、日本の鉄道運行ノウハウは世界に冠たるものだということを知っていたのかもしれない。よそがたいしたことないのをたしかめるためだけに視察団を送り込んだ、と。

以前、どれかの記事に書きましたが、『結婚しない女』なんて映画は、邦題に気をとられ、原題をたしかめもしなければ、レヴューも読まなかったので見逃してしまい、テレビで見ることになりました。

An Unmarried Womanすなわち「離婚した女」(字句通りには「未婚の女」の意もあるが、映画のヒロインは離婚されてしまう設定)が、一所懸命に再婚しようとする映画に「結婚しない女」のタイトルは無理の三乗でしょう。いまからでも遅くない、『やっぱり結婚したい女』と改題しましょう。「コンカツ」とかいう、狐をカツレツにしちゃうのかと思うようなブームにぴったり、二度のお務めが果たせるでしょう。

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◆ 「国際社会」のなかの「国際的日本人」コンプレクス ◆◆
まさか『妖星ゴラス』を三回もやるとは思いませんでした。そもそもディザースター映画とは、なんてよけいなゴタクを書くから、こういうことになってしまうのですが、『妖星ゴラス』は、ブーム以前の先駆的ディザースター映画ですから、どうしても、そういう文脈に置いて考えざるをえなかったというしだいです。

おかげで池部良を放り出してしまったのは本末転倒でした。池部良は、科学者(たぶん物理学者)の役で、上原謙扮する大物学者をかついで、ゴラス対策の中心人物をつとめます。この二人は見た目がいいので、政治家を説得するのに最適のムードをもっています。

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『ゴジラ』と同じように、志村喬が学者の役で出演しているにもかかわらず、池部良のみならず上原謙までキャストし、「近鉄バファローズのベンチ」みたいな雰囲気(わかる人は少ない喩えか!)をつくったのには、意味があると思います。

当時はべつになにも思いませんでしたが、国連が中心になって地球を危機から救うプロジェクトが繰り広げられ、日本人がその推進者のひとりになる、というのは、あの時代の日本人の願望を表現したものだったのでしょう。「国際社会への復帰」です。

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国連会議場

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中央、立ち上がっているのが上原謙、左端は池部良

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同じシーンのつづきで、南極にロケットを据えつけることで地球の軌道を変えられるということを説明する池部良。数式は「本物」だそうな!

東宝特撮映画にはしばしば外国人俳優が必要になり、主人公たちが、外国人と対等に渡り合うシーンが撮られたのは、たぶん、プロレスで外人レスラーが必要だったのと似たような意味なのでしょう。いえ、否定的に云っているわけではなく、時代の気分は映画に色濃く反映されるものだというだけです。

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劇中では「カプセル」と呼んでいるが(当時、NASAも、宇宙船の、地球に帰ってくる先端部分をそう呼んでいた)、後年いうところの小型探査艇を搭載していて、ゴラスに接近して観測する。この探査艇のノーズのデザインは、ジェミニ宇宙船に範をとったのだろうが、古めかしさがなく、スター・ウォーズにも使えなくはない。ただし、全体のデザインはそれほどシャープではない。

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◆ ただの「大勢の人びと」 ◆◆
ディザースター映画でも、怪獣映画でも、同じことですが、一般映画と決定的に異なるのは、個々の人間の重みです。いや、主要人物があっさり死んだりはしませんし、命を軽く扱ったりはしません。

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上原謙扮する科学者は池部良に向かってつくづく述懐する。「徒然草だったかな、蟻のごとく集い、東西に急ぎ、南北に走る。人間はいつの時代も、ただ目先のことに追われて生きていくようにできているらしいね」。東宝特撮はつねにこういう視点でつくられていた。「思いきりキャメラを引いた人類の絵」である。

でも、だれかの悪意や作為ではなく、巨大な災害で多くの人が死んでいくのがディザースター映画というものです。われわれは否応なく視点と考え方の基準を変更せざるをえなくなります。ひとりの人間の生き死にと、全市民、全国民、全世界の人びとの比較、世界を救うために犠牲になるヒーロー、というのは、この種の映画ではルーティンです。

大災害で人びとが死んでいくのを見ながらなにを考えるかは人それぞれでしょうが、子どものわたしは「自己の価値の相対的低さ」を感じとったようです。ゴジラを相手に素手で戦うことはできないのだから、所詮、人間ひとりの価値など多寡が知れています。

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南極の工事現場で落盤が起きる。

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掘削現場から避難する人びと。

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「地底探検」映画に化けてしまいそうな、とんでもない空洞ができてしまった。子どものころ、こういうはめ込み合成が大好きだった。左上の赤と黄色の点が人物のはめ込み。

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いや、それよりも、大勢の人が避難しているシーンがあり、そのシーンにおいて、個々の人物は認識できず、「大勢の人」でしかないことのほうが、ずっと重要だったかもしれません。自分や友だちや親兄弟ではなく、「人類」という、べつの価値体系で計るべきなにものかの存在を教えてくれたと、でもいいましょうか。

ときおり、ディザースター映画や怪獣映画を見て、圧倒的な力に追われて逃げまどう人びとのなかに身を置いてみるのは、夜郎自大になるのをふせぎ、精神のバランスをとるのに有効だろうと思います。

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久保明は探査艇に乗ってゴラスに接近するが……。

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ゴラスの表面。子どものころは気味悪く感じた。

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ゴラスを観察しているうちに久保明の容子がおかしくなる。奇妙なことに、このあたりは『2001年宇宙の旅』でフランク・ボーマンがスペース・コリダーに突入するところに酷似している。スタンリー・キューブリックは参考に東宝特撮映画を見た?

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かろうじて帰投した久保明を助けに、母船から仲間が向かう。

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結局、久保明は記憶喪失になってしまう。このエピソードは全体のプロットにほとんど影響を与えないのだが、子どものときは、どういうわけか、このあたりがひどく怖かった。なにかのきっかけで精神に異常を来すことに対する強い恐怖心をもっていたらしい。

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こういう絵柄だけ捉えれば、後年のフルスケールの宇宙ものにそれほどひけをとるわけではない。モーション・コントロールという発想があれば、と惜しまれる。

◆ 滅びよ、と悪魔は云った ◆◆
そういうことと表裏一体なのですが、人間が営々と築いてきたものが、瞬時にして破壊されていくのは、爽快な眺めです。ディザースター映画が好まれるのは、ひとつにはそれが理由だと確信しています。

たとえば大地震などで現実に大規模な破壊が起きればやっかいなことだし、起きて欲しくはないのですが、なにかを大事に守るというのは、一面で重荷でもあるので、都市が消えたら、いっそ、せいせいするかもしれないと、われわれは心のどこかで思っているのでしょう。

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東京暮色。白川由美と水野久美が疎開の支度をしている。外の風景はもちろんセットだが、なんだか妙に好ましい絵柄に感じる。

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フィアンセを失ってメランコリックになった水野久美は「いっそのことゴラスが地球にぶつかって、みんな死んじまったほうが幸せなのかもしれないわ」という。そのためのこの夕景デザインか。

『妖星ゴラス』は、他の天体衝突ものディザースター映画とは異なり、ほとんど無傷で地球を救ってしまうため、破壊シーンは数えるほどです。南極の掘削現場での落盤事故、南極の氷の下に眠っていたオットセイ風モンスター(この映画には怪獣はいらないのに、やっぱり出てきた)が施設を破壊するところ、最後にゴラスとすれちがうときに高潮や山崩れが起きるぐらいで、いたって穏やかなものです。

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空、月、ゴラスはマット・ペインティング、そして地上は模型またはマットだろうが、それがSF映画にふさわしいかどうかはさておき、やはり広重、清親の伝統が生きていることを感じる。

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それでも、エンディングの高潮が引いていくシーンなんか、じつに子ども心をそそる出来で、おお、と思います。予算が僅少だったのでしょうが、もうすこし破壊シーンがあったら、子どもはさらに盛り上がったことでしょう。

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この場面で流れる叙情的な曲をサンプルにしました。

サンプル 石井歓「エンディング」

大昔のSF映画ですから、いろいろな不満はありますが、いま振り返れば、(予算が少ないことの反映でもあったのだろうが)後年のディザースター映画のような「ケレン倒れ」に陥らない、生真面目な映画に見えます(まあ、オットセイの怪獣だけはよけいだったが!)。そして、わたしにとっては、後年のディザースター映画好きの原因となる映画でもあり、再見して懐かしく感じました。

結局、いちばん好きなディザースター映画はどれだ、なんてことも考えてみたのですが、また話が長くなるので、そのあたりは次回に。

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by songsf4s | 2010-10-18 23:45 | 映画・TV音楽