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成瀬巳喜男監督『娘・妻・母』(東宝映画、1961年) その4

『娘・妻・母』は、結末がわかっていてもそれほど困る映画ではありませんが、とにかく、今回はエンディングを事細かに書きますので、ご注意ください。

◆ 養老院と老人ホーム ◆◆
前回、草笛光子が原節子に20万の借金を頼んだところまで書きました。これは、現今云うところのマンションの頭金で、姑の家に同居するのをやめ、夫婦だけの暮らしをしたいというのです。

しかし、あの母親がそんなことを承知するはずがなく、そういう出て行けがしのことをいうなら、そうしてやると老人ホーム(ここでも言葉の変わり目で、杉村春子と三益愛子は「養老院」ではなく「老人ホーム」となったことについて話す)にいってしまいます。

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夫婦は困って三益愛子に助けを求め、三益愛子は娘夫婦と一緒に、老人ホームまで杉村春子を迎えに行きます。杉村春子は笑って、ちょっとおどかしてやろうと思っただけだと、すぐに家に帰ることに同意して一件落着、アパート暮らしはなかったことになってしまいます。

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杉村春子は息子夫婦への抗議として「ちょっと見学に」来ただけだし、三益愛子はその杉村春子を迎えに来ただけなのだが、この老人は二人に歓迎の挨拶をする。「しばらくはお寂しいかも知れませんが、すぐに馴れますよ」。いかにも成瀬巳喜男映画らしい、云っている人間はそれと意識していない皮肉。

このくだりは、原節子の財産を減らすために仕組んだものかと思ったのですが、それだけでなく、杉村春子と息子夫婦の関係を使って、三益愛子と子どもたちとの関係を照らし出すための手段でもあったようです。

その同じ日、中北千枝子が坂西家を訪問し、原節子、三益愛子、高峰秀子も同席しているところで、京都のお茶の宗家の上原謙から、正式に原節子への結婚の申し込みがあったことを伝えます。しかし、原節子は結婚生活に対して懐疑的で、色よい返事はしません。

◆ 破 局 ◆◆
ある日、森雅之が加東大介のところに電話すると、おかしなことになっていたため、あわてて駈けつけると、工場は人手に渡って、改装していました。観客は、粉石鹸の行商をやるようでは、工場はもうダメだとわかっていたのですが、当然ながら、森雅之は真っ青になります。

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かくして、『娘・妻・母』はクライマクスの家族会議を迎えます。これは事細かに書くと、うんざりしそうなので、できるだけ端折ってみます。

問題は、いま森雅之夫婦たちが住んでいる家は、抵当に入っていて、加東大介が夜逃げをした結果、これを売って借金を返すしか方法がないということです。

むろん、映画の前半で家族が集まったときに土地の値段や、兄弟の取り分がいくらになるなどといった話をしたのは、このための伏線でした。森雅之の云うとおりにするなら、取り分もなにもあったものではないのです。

次男、二女、三女は自分たちの取り分が消えたことにおおいに不満で、借金を返して残った金まで、長兄が新しい家に移る費用として使うことに納得がいきません。強く反対された森雅之は、話し合いの余地がないならしかたない、勝手にすればいい、そのかわり、お母さんの面倒もおまえたちが見てくれ、と開き直ります。

こういうことが母親の面前で話し合われるのだから、ときおり「あなたたち!」とたしなめる原節子と同じように、観客もいたたまれない思いをします。森雅之が、お母さんの面倒はおまえたちが見ろ、といったときの三益愛子の表情に、わたしは目を覆いたくなりました。

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次男は「俺んところ、アパートだからな」といい、次女は「うちはダメね、お姑さんがいるから」と、ともに拒否し、三女は「早苗姉さん(原節子)といっしょにアパートでも借りれば」と自分を局外においてしまいます。母はいたたまれず、孫をあやすようにして中座します。そりゃそうでしょう。

しかし、この映画のほんとうにきついところは、自分の取り分がなくなったことに文句を云い、母親を引き取るのを嫌がる彼らを責められる人はそう多くないということです。遺産を欲しくない人、老いた親の世話をしたい人、どちらもそこら中にいる、というものではないでしょう。彼らのようにハッキリと口に出しはしないだけのことです。

まあ、少子化で、これからは選択肢が少なくなり、自宅で世話をするか、親たちだけで暮らしてもらうか、施設に入ってもらうかの三択にすぎず、兄弟の確執は一般的ではなくなっていくのでしょうけれど。

◆ 母の心中 ◆◆
成瀬巳喜男という人は、救いのない映画をつくるときもありますが、『娘・妻・母』はそんなことはありません。原節子は中座した母のところに来て、二人で一緒に暮らしましょう、といいますが、母親は、おまえが働けるはずがない、お嫁に行きなさいといいます。

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また、高峰秀子も、夫・森雅之に、お母さんはわたしたちと暮らしてもらうのがいい、といいます。寝る前に夫と二人きりになってからも、夫にきかれ、その考えに変わりはないことを云います。お母さんは他人なのだとはっきりと認めれば、いままでよりうまくやれそうな気がする、やり直してみたいのだと説明します。

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やはり先行きが不安なのでしょう、母親が寝つけずに輾転反側しているところに、また原節子がやってきます。じつは、結婚を申し込んできた上原謙が、よければお母さんも一緒に暮らそうといってくれている、でも、それではお母さんは気詰まりだろうし、兄たちに気兼ねしたこともあって、さっきはいいだせなかった、といいます。

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原節子は仲代達矢に会い、結婚することを告げます。それならぼくと結婚すればいい、という仲代達矢に、原節子は、もっと若い娘を見つけなさい、と拒絶します。夜遅く帰ると、母親は、おまえの気持はうれしいけれど、やっぱり、京都の婚家にはひとりでいきなさいといいます。

では、長男夫婦と一緒に暮らすつもりなのか? ある日、高峰秀子は、老人ホームから義母に封書が届いているのを見ます。迷った末、彼女はそれをエプロンのポケットにしまい、母親には見せないことにします。

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台所に行くと、原節子がいたので、やっぱり、お母さんはわたしたちと暮らすのがいい、それがいちばん自然だと思うといいますが、原節子も、お母さんはわたしといっしょに京都に行きます、と譲りません。

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◆ あなたみたいなおばあさんは喜ばれるけれど ◆◆
この成り行きがどうなるかはわからないまま、キャメラは買い物に出た母親が公園のベンチで休んでいるところに切り替えられます。そこにまた、乳母車を押して笠智衆が通りかかり、挨拶を交わすのですが、この二人の会話も、あらら、です。

三益「お孫さんですか?」
笠「いえ、内職に近所の子どもあずかってるんですよ。一日70円で。年寄りも、あなたみたいなおばあさんは喜ばれるけれど、おじいさんはいけませんなあ。今朝も、洗濯ひとつできないって、息子の嫁に怒鳴られました。はははあ」


この話を聞いたおばあさんの気持を想像すると胸ふさがれます。公園でよく会い、秘かに好意を寄せていたおじいさんが、けっして幸せな境遇ではないことを明かしただけでなく、例によって成瀬得意の「無意識の言葉」まで使って(「あなたのようなおばあさんは喜ばれますが」)、彼女の心をえぐっているのですから。

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三益愛子は、落ち着き先がどこになるにせよ、もう一度、笠智衆の顔が見たかったのでしょう。それがこんな結果になって、肩を落として公園を去ろうとします。そのとき、赤ん坊の泣き声がして、三益愛子は振り返ります。

しばらくためらってから、彼女は小走りに笠智衆のほうに駆け寄り、赤ん坊を受け取り、あやします。かくして、溶暗、「終」の文字。年寄り二人にも、ささやかな未来が待っているのかもしれません。

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◆ 巳喜ちゃんはうめえな ◆◆
成瀬巳喜男は、似たような題材を扱ったせいで、しばしば小津安二郎と比較されます。わたし自身は、それほど似ているとは思いませんが、ただし、『娘・妻・母』は小津作品との近縁性があると感じます。じっさい、成瀬巳喜男は、そのことを意識していたのではないでしょうか(『娘・妻・母』が製作された1961年、小津はまだ元気だった)。

プロットから考えていくと、『娘・妻・母』は小津安二郎の『麦秋』(1951年)および『東京物語』(1953年)に似ています。

『麦秋』の終盤、父・菅井一郎が散歩するシーンで、踏切の遮断機が下りてきて、力尽きたように縁石に坐り込んでしまう有名なシーンを、成瀬巳喜男は『娘・妻・母』の最後で、三益愛子を公園のベンチに坐らせることで再現したような気がして仕方ありません。

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以上三葉はいずれも小津安二郎『麦秋』より。人物は菅井一郎。

家族会議で、次男、二女、三女が母親をはっきりと邪魔者扱いするところは、『東京物語』そのものでしょう。家族会議のあと、高峰秀子が、お母さんのことを他人なのだと思えば、もっとうまくやれそうな気がする、というのは、『東京物語』で、上京してきた両親を邪魔者扱いしなかったのは、血のつながりのない他人である、戦争で死んだ次男の嫁、原節子だけだったことを連想させます。

母親を引き取りたくて、原節子は上原謙との結婚を決意したのに、そのあとで三益愛子が、おまえと京都にいくのはよしておくよ、といい、原節子が、わたしを騙したのね、といいます。これは、『晩春』で原節子を結婚させるために、父親の笠智衆が、再婚するようなふりをするのに似ています。むろん、『晩春』のリメイクのような『秋日和』で、司葉子を結婚させるために、母・原節子が再婚するようなふりをするのも同断です。

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小津安二郎と成瀬巳喜男では、表現の質がまったく異なっているので、成瀬巳喜男は小津と比較されることを気に病んだりはしなかったでしょうが、小津が「巳喜ちゃんはうめえな」といったと伝えられているように、お互いの力量は認め合っていたことでしょう。成瀬巳喜男は『娘・妻・母』で、小津にウィンクしたような気がわたしにはします。

終盤の展開のうまさに感銘を受け、また、登場人物たちのふるまいに、おおいに感ずるところがあって、そういったことも書くつもりだったのですが、エンディングまで来てみれば、自分がどう受け取ったかなどというのは、どうでもいいことに思えてきました。

『娘・妻・母』は、とくにすぐれた作品とはみなされていないようですが、しっかりとした手応えのある、立派な作物でした。

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by songsf4s | 2010-10-13 23:57