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成瀬巳喜男監督『娘・妻・母』(東宝映画、1961年) その3

前回の枕で、当家で取り上げた池部良主演映画は『暁の追跡』だけだと申し上げました。

しかし、あとから考えたら、「横浜映画」と題した記事で、篠田正浩監督『乾いた花』にふれていて、これも池部良主演でした。他の映画と入れ込みで取り上げたので、失念してしまったしだいです。

池部良をしのんで映画を見るとなると、たとえば『青い山脈』以外にはない、という方もいらっしゃると思います。それもたしかにそうだろうとは思うのですが、いっぽうで、代表作のひとつ『乾いた花』に、切れ味するどい変化球として『暁の追跡』を組み合わせた二本立てというのも、かなりいいのではないでしょうか。

◆ 石鹸売り! ◆◆
成瀬巳喜男の『娘・妻・母』、今回は中盤から後半へというあたりです。

原節子はまた妹に引っ張り出されて、弟夫妻や妹の同僚たちと甲府に遊びに行き、仲代達矢に再会します。仲代達矢は原節子に、つぎに上京したときにまた会ってくださいと、はっきり胸の内を明かします。原節子のほうは煮えきりませんが、これは昔の女性のたしなみというもので、ノーだけでなく、イエスもハッキリ云わないだけです>現代のお嬢さん方。

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この甲府でのハイキングのシーンに流れる音楽をサンプルにしてみました。小津安二郎の『秋日和』だったか、やはり若い連中が山登りをする場面があり、そこでも似たようなスタイルの音楽が流れました。オールドタイマーなら、うん、昔の映画はこうだったね、とうなずくであろうサウンドです。

サンプル 斉藤一郎「ハイキング」

原節子と団令子が甲府に出かけている日曜に、草笛光子と小泉博の夫妻が実家を訪れ、森雅之に借金を申し込みます。家を出て夫婦だけでアパート暮らしをしたいというのです。あの杉村春子のグチと小言は、このための伏線だったのです。ゆくゆくは買い取れるのだから、というので、ここでいっているアパートはマンションのことです(そのままアパートといっておけばよかったのに、どこかの開発業者がつけたインチキな名称が定着してしまった)。

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もちろん観客は、森雅之にそんな金がないことを知っています。加東大介に貸してしまったのですから。その加東大介は、草笛・小泉夫妻の留守のあいだに、杉村春子のところを訪れています。これが親類の訪問ではなく、粉石鹸を売りに行ったのだから、われわれは愕然とすることになります。工場はどうなったのだ?

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◆ もうひとりの男 ◆◆
原節子は中北千枝子に呼び出されて、銀座にお茶を飲みに行きます。用はないんだけど、といわれて、原節子は、いいの、母の還暦のお祝いだから、ちょうど銀座に来たかった、と答えます。

また噂話だな、と思ったのですが、中北千枝子は、原節子に出戻り娘の生活ぶりを話させる役割のようです。原節子は、家のことはあまりいわず、甲府旅行が楽しかったといいます。中北千枝子は、実家だってやっぱり気詰まりだろうから(高峰秀子のことは「きつそうだけれど、悪い人じゃないわね」と断じる)出かけたくもなるわね、と受け取りますが、観客は、それだけでなく、原節子も仲代達矢のことをまんざらでもなく思っているのだな、と確認します。

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起きる出来事はみな小さなことばかりで、出来事とすら呼びにくいようなものですが、それがきれいに、整然と、有機的に結びついていくのも成瀬映画の特徴です。この『娘・妻・母』も、日常の小さなことが積み上げられて、話を断崖絶壁に追い込んでいくところは、これぞ映画的快楽といいたくなります。この快感があるから、どんなにひどい話でも最後まで見てしまうのでしょう。

脚本家は異なっても、どの映画も同じように本がていねいにつくってあり、ちょっとした会話や小さな出来事が伏線とわからぬように、さりげなく、繊細にちりばめられています。ということは、成瀬巳喜男も、溝口健二のように、執筆の段階でうるさく注文を出していたのかもしれません。

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三益愛子が孫を連れて公園に行く。なんでもないショットで、伏線だということを見逃しそうになる。すれちがう老人は笠智衆。

二人がお茶を飲みながら話していると、中北千枝子の知人が来合わせ、挨拶し、原節子に紹介されます。この知人を演じているのが上原謙ですし、映画のなかでは、いや、とりわけ成瀬映画のなかでは、無駄な人間が無駄に台詞をしゃべったりはしないので、ははあ、上原謙はなにか重要な役割を負って登場したな、とだれしも思うところです。

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◆ 楽あれば…… ◆◆
二男三女で夫婦者も多いのに、不思議に子どもの少ない家ですが(成瀬巳喜男は、猫は好きだけれど、子どもは好きではなかった?)、ともかく、家族がみな集まって、母親三益愛子の還暦を祝います。こういう祝い事のあとは、現実でも気をつけなければいけないのですが、映画のなかではなおさらです。

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原節子は、上京した仲代達矢と会います。こんどこそ二人きり、正真正銘のデートで、上野の美術館などに行ったりします。西洋美術館のロダンの像の前にたまたま上原謙がいて挨拶するのですが、しばらくたってから、原節子は笑いだし、いぶかしがる仲代達矢に説明します。このあいだ、知らぬ間に見合いをさせられたことにいま気づいた、というのです。

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わたしもボンヤリ者なので、原節子にいわれて、そうか、あの銀座のカフェで紹介されたのは見合いだったのか、とやっとわかりました。見合いではなく、偶然の出会いで、あとで仲代達矢と原節子をめぐって争うのかと思っていたのです。

この夜、原節子と仲代達矢は、ほんの軽いもので、あいまいに描かれるのですが、キスをします。へえ、原節子もこういうシーンをやったことがあるのかと、妙にドキドキしました。

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原節子としてもじつにめずらしいラヴ・シーンだが、当家でもはじめてこういうシーンをキャプチャーした。しかし、これはキス・シーンといえるのかどうか。たんに二人の人物の顔が重なっただけのショット、という言い方もできるような……。

家に帰る道で、原節子は妹・草笛光子に出くわします。彼女はずっと姉の帰りを待っていたところで、近くの店に入って用件を話します。例のアパートの一件で、森雅之が貸し渋るので、こんどは姉に借金を頼んだのです。いやはや、まったく罪な百万円です。

今日はスピードアップするぞ、と思ったのですが、相変わらずのスロウペースでした。成瀬巳喜男のペースにはまったようです。次回でなんとか『娘・妻・母』をまとめたいと思っています。


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by songsf4s | 2010-10-12 23:57 | 映画