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成瀬巳喜男監督『娘・妻・母』(東宝映画、1961年) その2

よるべない、たよりない、やるせない、成瀬映画はこの「三無」です。かつてだれか口の悪い映画人が「成瀬巳喜男じゃなくて、やるせなきおだ」といったそうですが、ほんとうに、つらい映画ばかりよくつくったものです。

先日『めし』をとりあげたせいだと思うのですが、仔猫を手の中に収めた夢を見ました。目が覚めた瞬間、『めし』に猫が出てきた意味が直感的にわかったような気がしました。ひとつは壊れてしまいそうな頼りなさ、ひとつはこのか弱い生き物を保護しなければならないという意識、ひとつははかなさです。

『めし』の原節子は、仔猫のなかに自分を見、夫を見、そしてこの宇宙とこの人生を観照したのでしょう。

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◆ 「おまえたち夫婦の女中はごめんだよ」 ◆◆
外道なことを云うようですが、成瀬巳喜男の映画は音だけにして聴くと、おそるべきものです。怖い台詞が山ほど詰め込まれていて、うへえ、ムヒョー、ドヒャーの三種ぐらいではとても追いつきません。

たとえば、小泉博と草笛光子の夫婦が帰宅すると、杉村春子の小言がはじまります。

「いつもいつも二人で待ち合わせて帰ることはないじゃないか。近所の人がなんて云っているか知ってんの。英隆、聞いてんのかい? あたしももう六十すぎたんだからね、いつまでもおまえたち夫婦の女中はごめんだよ。だいたい薫さんだって、結婚したら幼稚園やめるって約束じゃなかったの。子どもができるまで、できるまでって、あんたたち子どもつくらないつもりじゃないのかい?(後略)」

いやはや、これを杉村春子が絶妙のタイミング・コントロールでいうんですからね、もうへこたれるなんてもんじゃありません。なんでこんな映画を見てるんだろうと首をひねっちゃいます。それでも最後まで見せるのが成瀬巳喜男のすごいところです。

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アメリカ映画なら、プレヴューで観客がみな不快だと文句を云い、プロデューサーがこの台詞のカットを監督に命じるに決まっています。成瀬巳喜男の海外での評価が上がっていったのは、人生のこの精細にしてリアルなスケッチが、世界的に見てきわめて稀な映画要素だったからでしょう。

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◆ 他人の鏡 ◆◆
ふと、『娘・妻・母』を「噂話映画」と名づけたくなりました。家族や知人たちが、そこにいない人物の噂をするシーンが山ほど出てくるのです。

原節子が墓参りに出かけた留守に(いや、これも母親がそういうだけで、墓地のシーンなどは一切ない)、彼女の友人の中北千枝子が坂西家を訪れ、母親と話していて、原節子の再婚の可能性を問います。

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いっぽう、原節子は弟・宝田明のスタジオで写真を撮られています。再婚話のあとだから、だれしも見合い写真を思うところですが、訪ねてきた三女の団令子に、宝田明は、フィルムがあまっただけ、と云います。

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このあたりから、みなで夕食に行こうと一決し、原節子が家に電話をかけるところまでをサンプルにしました。ほとんどは台詞がかぶっていますが、それはそれで面白いのではないかと思います。

サンプル 斉藤一郎「スタジオ・モンド」

こういう音楽はどのあたりに分類するのか、まあ、ラウンジなのでしょうが、昔の日本ではこういう、あまり強烈ではないブロウ・テナーをリードにしたムード音楽が流行ったことを思いだします。サム・テイラーとかね!

さて、団令子はここで、次姉の草笛光子にアパート探しを頼まれたことを長姉と次兄に告げます。しかし、宝田明は、あのはっきりしない男が母親に別居するなどと云えるものか、と懐疑的で、妻の淡路恵子も、ホントにおとなしい方ね、と夫に同意します。団令子も同意しつつ、でも、あれで勤評闘争なんかになるとすごく張りきっちゃうんだって、といいます。

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昔の映画を見ていると、ときおり耳から入っただけでは意味のわからない言葉が出てきます。「きんぴょう」ってなんだ、でした。小泉博は中学の先生という設定なので、なにか教師の労働運動に関わる言葉だろうと思いましたが、知らないのはわたしだけのようで、ATOKはあっさり変換しました! いつも、おまえは古い言葉を知らないね、と馬鹿にしていたATOKにやられてムッとなりましたぜ。いや、古い言葉ではなく、まだ生きている言葉だから変換したのでしょう。「勤務評定闘争」の略だそうです。

あっちで噂話、こっちで噂話、『娘・妻・母』では、噂話で人物像が形成されていくのです。そういう映画というのはめずらしいのではないでしょうか。

団令子は酒造会社の宣伝部に勤めていて、そのポスターなどのためにカメラマンの次兄のところをしばしば訪れているのですが、この日は、あとから来た同僚の太刀川寛が、もうひとりの男・仲代達矢を伴ってきて、初対面の原節子に、甲府工場の醸造技師と紹介します。

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当然ながらわれわれは、原節子と仲代達矢のあいだにロマンスが生まれるという展開を予想します。じっさい、その夜、一同うちそろって食事に出かけ、そのあとでいったナイトクラブでは、踊れないという原節子と仲代達矢だけがテーブルに取り残され、観客は、やっぱりな、と思うことになります。

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◆ 家族という債権者 ◆◆
楽しい時間を過ごし、土産にイチゴのショートケーキを買って妹とともに帰ると、原節子は兄に呼ばれます。

高峰秀子の伯父・加東大介の新たな借金の申し込みはいったん断ったのですが、森雅之の留守中に、加東大介は家にまで押しかけて、いかに苦しいかを姪に訴えます。ここで、以前貸した金は、家族にはいわずに家を抵当に入れて借りたものだということが、高峰秀子のグチのようにして明らかにされます。

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もう森雅之に貸す金はないのですが、そこに百万円をもった妹が転がり込んできたため、兄は無考えにも、妹に金を貸すように勧めます。全額ではおまえも不安だろうから、五十万でどうだ、それなら毎月の利子は五千円、生活費がそっくり出る、いまどき銀行にあずけたってろくな利子は付かない、俺が間に入っているのだから、元金は補償する、おまえに迷惑をかけるようなことはしない、などといいます。

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観客はみな、家を抵当に入れて金を借りた人間が「元金は俺が補償する」もないものだ、まずいなあ、と顔を覆ってしまうのですが、成瀬映画では、登場人物は、毅然と拒否したりはできません。

いや、この状況では、現実の話だったとしても、やっぱり、拒否はむずかしいでしょう。兄の家にやっかいになっている身なのに、現金をたくさんもっているという妙な立場にあるところに、金をくれというのではなく、貸して利子を取れという話ですからね。イヤだと思っても、返答を先延ばしにするぐらいしかできることはないでしょう。あとは、この家を出て行くかです。

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「兄さんの話、なんだったの?」「ううん、なんでもないの」

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かくして、『めし』に引きつづき、『娘・妻・母』でも、原節子は「三界に五尺の身の置きどころなし」であることを痛感します。


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by songsf4s | 2010-10-10 23:56 | 映画