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成瀬巳喜男監督『めし』(東宝映画、1951年) その3

大阪、大阪、と地名を云うだけで、『めし』では大阪でどういう話があって、どういうショットが映るかなどということはほとんど書かずにすませてしまいました。

関西だから無視したなどと思われるとまずいので、弁解しておきます。「『めし』その1」のときは、サウンドトラックの切り出しで失敗を繰り返して時間を空費し、そのうえ、更新の時間にちょっと用事ができてしまい、ロケのショットを大量に並べて構成するわけにはいかなくなってしまったのです。

いまのつもりでは、最後までいったところで、補遺として大阪ロケを見る予定です。わたしにわかる場所は多くないのですが、大阪をご存知の方なら、ほほうと思うショットがあるだろうと思います。そのときに、早坂文雄のスコアからまたサンプルをつくるつもりです。

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◆ 三界に家なし ◆◆
映画のなかで妻たちが「実家に帰らせていただきます」といったとき、われわれは、「帰った」という事実のみを認識し、ブラックボックス化して、その内容をあまり気にしないのではないでしょうか。

成瀬巳喜男の手にかかると、「里に帰った」妻たちは、小津安二郎の『秋日和』(いや、『秋刀魚の味』だったか。後日確認する)の娘のように、ノホホンとしてはいられないのです。まさしく「女三界に家なし」です。お待ちあれ! これは最終的には「男も三界に家なし」へとつながっていきます。性差別的な意味でいったわけではないので、誤解なきように。

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『めし』の原節子も、実家に身を寄せているのに、日々、なにをしても、露出した歯の神経を刺激するようなことにばかり出合います。

大阪には原節子の親戚があり、独身の従兄弟(二本柳寛)がいます。二本柳寛は東京の銀行に勤めていて、大阪でも顔を合わせるのですが、東京に向かう車中でまた二人は出会います。

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その後、東京でも、美術館にでもいっしょに行ったのか、食事をともにします(『めし』と同じ昭和26年に製作された小津安二郎『麦秋』の組み合わせである。『麦秋』で二本柳寛の母を演じた杉村春子は『めし』では原節子の母)。

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二本柳寛と原節子。一瞬、また絵画館か、と思ったが、ちがった。いったいどこの建物なのやら。さっぱり記憶にない。

原節子が、昔、塔ノ沢に行った話をすると、二本柳寛は「いまから行こうか」と誘います。原節子の返答。

「ダメ。あたし奥さんよ、まだ」

この微妙さ。「まだ」が最後に付け加えられるのです。

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しかし、二本柳寛に「不幸な結婚」といわれると、原節子は憐れまれるのは惨めだ、と反撥します。いやはや、なんとも細やかな映画です。夫の元を離れて、実家に戻るというのは、こういう、かならずしも当事者にはうれしくないパースペクティヴをあたえることになるなんていうのは、いかにもありそうなことですが、男の多くは気づいていないのではないでしょうか。

波立つ心を鎮めるように、原節子が立ち上がり、窓外を見ると、屋根の上に仔猫(大阪で飼っていた猫の一匹二役? 大阪の仔猫の二カ月後ぐらいの大きさ)がいて、猫好きならそうするであろうように「チッチ、チッチ」と気を引いてみます。

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成瀬演出はほんとうに細かい。猫のせいで大阪の亭主のことを思いだしたにちがいありません。

その夜のことでしょうか、原節子は手紙を書きます。

「あなたのそばを離れるということは、どんなに不安に身をおくことか、やっとわかったようです」

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そこへ杉村春子がきて、手紙を書くより、早く帰りなさい、あたしがあちらのお母さんなら、あんな嫁、さっさと離縁しなさい、といっているかもしれないよ、などといいます。バランス感覚のすぐれた、いい母親だと思いますが、実家に戻っている娘にはキツい一言でしょう。

翌日、原節子はこの手紙を出しにポストの前までいきますが、結局、投函はしません。こういう描写も、うん、そういう気分だろうなあ、といちいちうなずいてしまいます。

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◆ ささやかな妻の不在 ◆◆
それからすぐのことでしょう。夜、小林桂樹が杉村春子に「光子はどうしました?」とききます。「いまお風呂だよ」といわれると、小林桂樹は「あれの風呂は長いからな」とつぶやきます。

杉村春子(原節子に)「ちょっと光子がいなくなると、すぐこれなんだよ」
小林桂樹「聞こえてますよ」
杉村春子「おやそうかい、あたしは三千代にいっていたんだよ」

と、一見、平和な家庭のなんでもない会話が描かれます。しかし、原節子も、そして観客も「いつまでも亭主をほったらかしにしておくべきではない」という意味だと受け取ります。ひとつひとつはなんでもないのですが、こういう小さな描写を積み上げていくのが成瀬巳喜男映画なのです。

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杉葉子が銭湯から戻る(杉村春子が「いまお風呂だよ」といったとき、まっすぐ湯屋を連想するのはどのへんの年代までだろうか? 昔の商店で内湯があるところは多くなかった)ときにはひどい風で、裏木戸がバタバタ音を立て、表の七五三縄や提灯(祭が近い)が揺れています。

成瀬巳喜男(にかぎらないが)がしばしば使った、心理を気象として「外」に出して具体化する手法です。『めし』の嵐は『山の音』ほどストレートな心理の具象化ではありませんが、この嵐は原節子の背中を押すことになります。

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女房が戻ると、小林桂樹は帳面つけに取りかかり、杉葉子に算盤を入れさせます。昔は当たり前だった、なんでもない商家の夜の風景ですが、成瀬巳喜男が無意味なショットを挿入したりはしません。これは二人でなければできない作業です。小さな商売を男と女が協力して成り立たせているのです。原節子は「自分の人生はこれだけなのか」という思いを募らせたのですが、この夫婦は「これだけ」で満足しているように見えます。

◆ 嵐といふらむ ◆◆
夜も更けて風がいっそう強まったころ、姪の島崎雪子がやってきて、映画を見ていて遅くなってしまったので、泊めてほしいといいます。

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こっちに来るより、世田谷の家に帰るほうが早いではないか、と原節子に叱責され、島崎雪子は、だってお父さんと喧嘩したから、今日は家には帰りたくないのだとふくれてしまいます。女が四人集まって話している容子を隣の座敷から見ていた小林桂樹が、島崎雪子の甘えた態度が癇に障り、強い言葉で戒めます。

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寝支度にかかり、杉村春子が押し入れのところに行くと、お母さんにそんなことをさせることはないじゃないか、女の人たちがそろって布団もおろせないというのか、とこんどは娘たちをまとめて叱責し、原節子があわてて押し入れに歩みます。

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こういう小さな役になぜ小林桂樹が出ているかと云えば、このシーンのためでしょう。穏やかな性格の婿養子で、実直な商人なのですが、そこは男、筋の通らないことには、はっきりと異議を唱えます。原節子は、自分自身を叱責したのだと受け取ったはずです。

さらに、島崎雪子は原節子に、二本柳寛と遊びに行ったことを話し、すごく金遣いのきれいなところが気に入った、あの人と結婚しようかしら、などといいます。これまた、原節子には気持のいい話ではなく、自分の将来をあるパースペクティヴのなかにおいて見る、いまひとつの契機になります。

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そして嵐がおさまった翌日、無沙汰の挨拶の意味もあるのでしょう、原節子は島崎雪子とともに夫の実家に行きます。その帰り、線路際で中北千枝子が新聞を売っているのを見ますが、とても声をかけることができません。戦争で夫を失った級友が必死で生きるすがたに、またしても、と胸を突かれてしまったのでしょう。

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けっして「たたみかける」という強さではないのですが、こういう小さな出来事を、成瀬巳喜男は倦まず弛まず積み上げて、ヒロインを取り囲み、必然的な結果を導いていきます。

ここまでくればあと一歩、次回で『めし』を完結できるでしょう。


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by songsf4s | 2010-10-05 23:55 | 映画