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黒澤明監督『椿三十郎』(1962年、東宝=黒澤プロ) その4

いま、この記事をアップロードしようとして、ニュース・フィードを見ました。

タバコ盗難の被害が急増 「値上がりする前に…」

落語「千両みかん」的に計算すると、値上がりする前に盗むより、値上がりしたあとで盗むほうが価値が高くなります。「値上がりする前に」盗むのはまったく論理的ではありません。

そもそも、どうせ盗むのなら、金を盗んだほうがいいでしょう。単位重量およびサイズあたりの価値は煙草より紙幣のほうがずっと高く、煙草泥棒諸君は知らなかったのかもしれませんが、紙幣貨幣は煙草と交換できます。その意味ではパチンコ玉も同じですが、こちらは単位重量あたりの価値が低いのは三歳児にもわかります。

まったく、泥棒ですら盗むべきものがわからなくなるようでは世も末の末、情けないったらありません。白痴が増殖しているのでしょう。

最近、「しんせい」だの「わかば」だのが自動販売機に復活しているようですが、値上げ後は「ゴールデンバット」を自動販売機におくようにしたらどうですか。そうじゃなければ、20本入りをやめて、10本入りにする、ですね。

昔、そういう商売があったと聞きますが、どなたか、煙草のばら売りというのをおやりになってみては如何? 20本入り400円をばらして、1本20円ではもうからないから、25円ぐらいで売るわけです。煙草会社は認めないでしょうが、蛇の道は蛇、裏でこっそりなんて、たかが煙草でスリルが楽しめるようになっていいんじゃないでしょうか。

煙草は吸わないから、なんていっていると、いろんなものが増税されますぜ。こんどは「値上がりする前に」ビールを盗むとかいう、別種の低脳泥棒があらわれるかもしれません。

◆ 「まあ、きれい!」 ◆◆
行きがかりなので、『椿三十郎』のストーリーをもうすこし追います。

大目付一派に拉致された城代家老を奪回したい、それにはどこに囚われているのかを知る必要がある、という大前提があって、三船用心棒と九人の若侍はそのために動きまわり、トラブルに巻き込まれています。

どうやら、彼らがアジトにしている平田昭彦の家の隣、通称「椿屋敷」に城代家老は監禁されているようだということがわかって、彼らはさっそくたすきがけなどして、乗り込んでいくつもりになります。

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城代家老の奥方と娘が庭で隣から流れてきた椿の花を見て、「まあ、きれい!」などと喜んだとたん、その流れに紙切れが沈んでいるのを見つける。これが若侍たちの血判状で、前日、城代が加山雄三から受け取って引きちぎり、袂に入れたものだった。城代は隣に監禁されていて、この血判状を見られないように、隙を見て流れに捨てたのだと彼らは結論づける。

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もちろん、三船用心棒は、おまえらの馬鹿にはほとほと愛想が尽きる、向こうは待ちかまえているんだぞ、と嗤います。平田昭彦が隣家との境までいって、塀の上からのぞくと、ちょっとした軍勢が警備していることがわかります。

「こうなると、敵がこちらを買いかぶっているだけに始末が悪い」と加山雄三がつぶやくと、三船浪人は「それだ!」と叫びます。うじゃうじゃ人数が集まっているのを見たと注進してやろう、そうすれば奴らは軍勢をくりだし、邸の警備は手薄になる、というのです。

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三船用心棒が乗り込んで、警護の兵が出払って大丈夫と判断したら合図をする、ということになり、合図は、そうだな、邸に火をつける、というと、また城代の奥方に「いけませんよ、そんな乱暴な」と叱られます。

娘が、隣からこちらの庭に通じている流れに、お隣の椿の花を投げ込めばいいじゃないですか、といい、三船用心棒は、わかったわかった、そうすると、辟易しながらいいます。

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合図には椿の花を使うのがいい、という話から、奥方と娘は、椿の花はどちらが好きか、わたしは赤がいいと思う、いえ、やっぱり白いほうがきれいですよ、などと、いかにも女らしく、当面の問題から遊離した話になっていき、三船用心棒はうんざりしてしまう。

三船用心棒は、どこか離れた場所の寺はないか、と若侍たちにきき、光明寺がいい、というので、そこの山門の二階で寝ていて見たということにしよう、といって出かけます。

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◆ お呼びでない? お呼びである? ◆◆
三船用心棒が出かけた直後に、こんどは断りなしに、いきなり押し入れが開き、小林桂樹が飛び出してきます。

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「光明寺の山門はただの藁屋根の門です! 二階なんかありません。山門の上で寝ていたなんて話はすぐ底が割れますよ」

なんてんで、すっかり若侍の一味徒党の気分になっているのですが、本人も、周囲も、そんなことは意識していないところが愉快なシーンです。

ともあれ、とりあえずどうにもできないので、敵もそこに気づかないほうに賭け、見張りを送り出します。しばらくすると、その物見が戻って、目論見通り、大人数が隣の邸から出て行ったと報告します。

ここで全員が手を取り合って飛び跳ね、大喜びするのですが、この仲間に小林桂樹も加わって、万歳、万歳とやってしまうのです。

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ふっと騒ぎが収まったとき、「シャボン玉ホリデー」の植木等の「お呼びでない」ギャグとまったく同じように、こりゃまたどうも、という感じで、小林桂樹は自分で押し入れに帰っていきます。

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黒澤明は「シャボン玉ホリデー」を見ていたか? わたしは見ていたのではないかと思います。黒澤映画にはコメディアンがたくさん出演しているわけで(古くはエノケン、横尾泥海男、並木一路、内海突破、渡辺篤、伴淳三郎、三波伸介、後年になると植木等その人、いかりや長介、所ジョージなどなど)、監督自身、あの世界に関するある程度の知識がなければ、長年のキャスティングの傾向がああなったとは思えません。他人の推薦だけを頼りにして、こういうキャスティングのリストができるとは思えないのです。

したがって、この小林桂樹の最後のシーンも、「お呼び」ギャグを意識していた可能性ゼロとはしません。もっとも、「シャボン玉ホリデー」の放送開始は1961年で、『椿三十郎』製作の時点で、もうあのギャグが誕生していたかどうか定かではありませんが。

◆ 小さいけれど重要な役 ◆◆
小林桂樹が登場するのは、城代家老の邸の廊下(襲撃、救出シーン、台詞なし、殺陣あり)、同じく邸のまぐさ小屋(拷問のあとの奥方との対面シーン)、そして、押し入れから出てくるのが3回、最後はひとつながりのものを、シーンを割って撮っているので、計6シーン。たったこれだけにすぎません。しかし、これがあるとないでは大違いです。

三船敏郎も、さすがにギャグの受けはうまいものですが、その面であまり能動的、積極的にに動くわけにはいかず、動くのは入江たか子と小林桂樹です。『椿三十郎』が『用心棒』より決定的にすぐれているのは、ユーモアです。順序を逆にして見ると、『用心棒』はひどく暗く、陰惨な映画に感じられます。

わたしは明朗な映画のほうが好きなので、このシリーズの二篇で比較するなら、『椿三十郎』のほうが数段いい映画だと思っています。そして、そう感じる理由の大きな部分は、小林桂樹、入江たか子の演技と、さらにいえば三船敏郎の受けの演技(よけいなことだが、クリント・イーストウッドもギャグの受けはすごくうまい)です。

オリジナルの『日日平安』の段階とは、大きく構想が変わったのに、当初、主役に予定していた小林桂樹を小さな役に縮小しながらも残した黒澤明も、そのオファーを受け入れた小林桂樹も、最終的にはその判断が正しかったことを証明したと思います。

◆ 黒澤明唯一の成功したコメディー ◆◆
以上で小林桂樹追悼として『椿三十郎』を取り上げた目的は果たしたので、これ以上、プロットを深追いはしません。もちろん、万事めでたしになるタイプの映画です。

ラストの有名な殺陣は、有名だから書くまでもないでしょう。当時は評判になったシーンですし、わたしも初見のときはビックリしましたが、あれは一度見ればいいショットで、この映画の価値を左右するほど重要なものではありません。また、人を斬ったときの効果音も、大々的に使われたのは『椿三十郎』が嚆矢のようですが、そういう歴史的価値というのは、後年楽しむ場合には大きな意味はもちません。

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初見のとき、「椿屋敷」の椿の咲き方がタダゴトではなく、つくったな、と思いましたが、実体は想像を絶する作り方で、日本でああいうことをするのは黒澤明だけでしょう。15000の花を作ったそうです。葉も、椿の葉は曲がっていて萎れたように見えるので、榊で代用したのだとか。榊は椿より色が薄いので、全部塗ったという話です。いやはや。

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シナリオのつくりがていねいで、小さなつなぎ目をきちんとつくってあるのがなによりも気持がいいですし、黒澤明のタイムは抜群で、小津安二郎と双璧を成す「ドラマーにもみまごう映画作家」であると納得のいく仕上がりです。

ただし、黒澤明は、これほど楽しく、気分の明るくなる映画はほかにつくっていないと思いますし、いいドラマーのプレイを聴いているようなグッド・フィーリンがある映画も、ほかにはないようです。

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黒澤明は、『椿三十郎』できわめてすぐれたコメディーのタイミングをもっていることを証明したのに、なぜほかにこういう映画がないのか、不思議きわまりありません。やはり野村芳太郎のいうように、橋本忍と出会わなければ、もっとべつの映画人生があったのかもしれない、と思ってしまうのでした。

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原作
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映画音楽 佐藤勝作品集 第13集 : 黒澤明監督作品篇
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by songsf4s | 2010-09-27 23:57 | 映画