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黒澤明監督『椿三十郎』(1962年、東宝=黒澤プロ) その2

前回の枕で、バディー・エモンズというペダル・スティール・プレイヤーのBluemmonsという曲をサンプルにしたのですが、さきほどbox.netを見たら、アクセス0でした。

やっぱりペダル・スティールはダメか、どカントリーじゃなくて、4ビートですごく面白い曲なのだが、と思ってから、いままで、一日たってもアクセス0だったものは、すべてリンクの間違いだったことを思いだし、確認しました。空リンクではないのですが、OSTフォルダー全体に対するリンクになっていて、目的の曲にはたどり着けませんでした。平伏陳謝。

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すぐに修正したので、昨日、お試しになって聴けなかったという方は、以下のリンクをご利用になってみてください。なんとも表現しようのない、ジャンルに収まらない不思議なサウンドで、久しぶりに発見の興奮を味わいました。

サンプル Buddy Emmons "Bluemmons"

おっと。いま、もっとひどい間違いに気づきました。Blue Moonの5回目では、ポール・スミスのBlue Moonをアップしたはずなのに、box.netのファイルはBlue Roomとなっていて、おいおい、またファイル名をまちがえたか、と思ったら、そんな段ではなく、あらぬ曲をアップしていました。すでに多くの方がまちがった曲をお聴きになったようで、どうも失礼いたしました。平伏。いまアップし直しましたので、まだご興味がおありなら、こちらをどうぞ。これもすばらしい出来なのに、ファイルをまちがえては話がわやです。

サンプル Paul Smith "Blue Moon"

いやはや、いろいろな間違いをするものです。冷汗三斗でした。

◆ 耳から指突っ込んで奥歯ガタガタいわしたるで ◆◆
半分は偶然、半分はわたしの嗜好の偏りのしからしむる必然ですが、『椿三十郎』のスコアもまた佐藤勝によるものです。そもそも佐藤勝が多作だから当たりやすいのですが、それにしても、このところ、しじゅう佐藤勝作品です。

しかし、『椿三十郎』のフルスコアはもっていなくて、あわててわが友「三河の師匠」に救援を仰ぎ、無事、アウトテイクまで聴くことができました。三河の侍大将の支えがないと立ちゆかないブログなのです。

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だれでもすぐにわかることですが、『椿三十郎』のスコアの特徴は、パーカッションの多用と、同じことの裏返しですが、メロディーとハーモニーの不在、といってはいいすぎ、「微少さ」といっておきましょう。

いや、「パーカッションの多用」だけでは、やはり佐藤勝が書いた『用心棒』のスコアと同じになってしまいます。『用心棒』と『椿三十郎』のスコアのあいだには、厳としたちがいがあります。キハーダ(quijada)の有無です。

サウンドと奏法のわかりやすいものというと、これしか見つけられなかったのですが、よろしかったら、メキシコのキハーダという打楽器をご覧ください。全部見ることはありません。冒頭の2、3小節で十分です。



この楽器は、牛や馬などの頭部をよく干し、骨と歯だけを残してつくるのだそうです。ま、早い話が、楽器というより、馬のシャレコウベ。考えてみると、あまりプレイしたくなるような代物でもありません!

キーポイントは歯肉を落とすことで、その結果、骨と歯のあいだに隙間ができ、叩くと両者がふれあうカラカラという音が生じます。このクリップでわかることは、ヘラのようなものでこすってギロのような音を出すのと、拳で叩いてrattling、つまりカラカラという音を出す、二種類の奏法があるということです。

つぎは『椿三十郎』の冒頭、東宝ロゴからタイトルにかけて流れるトラックです。

サンプル 佐藤勝「タイトル・バック」(『椿三十郎』より)

以上、キハーダがフィーチャーされていることがおわかりでしょう。

◆ デファクト・スタンダードの創造 ◆◆
歌舞伎の鳴物に、拍子木で板を強く叩く派手な効果音がありますが、あれに似た、この椿三十郎の「タイトル・バック」のような、キハーダの時代劇スコアへの応用というのはクリシェだと思っていました(さらにいえば、イタロ・ウェスタンにまで利用された)。

Titoli (『荒野の用心棒』挿入曲。多くの人が勘違いしているが、この曲はテーマではない。テーマは別にある。鞭の効果音はキハーダではないのかもしれないが、受ける印象は同じなので、佐藤勝に影響を受けた可能性はあると考える)


しかし、佐藤勝ですからね。しかも、黒澤映画のスコアです。クリシェを提出する状況でもなければ、クリシェにOKを出す監督でもありません。

わたしには日本映画音楽史の知識などありませんが、状況から想定できることは、佐藤勝はキハーダを歌舞伎の鳴物的に時代劇に利用する手法を『椿三十郎』で創始し、後続の作曲家たちがこのアイディアを遠慮なく頂戴した結果、「時代劇にはキハーダ」というのがクリシェに「なってしまった」、ということです。

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「三河の師匠」はほんとうに親切な方で、いつもわたしの救援要請に即座に答えてくださるばかりでなく、ブログに書くときの参考にと、ライナーや録音データの完全なスキャンをつけてくださいます。それによると、やはり、後年、こうしたキハーダの使い方はテレビ時代劇で大々的に利用されることになったそうです。そうか、そうだよな、佐藤勝と黒澤明だもの、工夫をしたに決まっているじゃないか、でした。

続篇としての連続性を維持するために、『椿三十郎』では『用心棒』のモティーフも使っているので、念のために、そちらのほうのサントラもざっと聴きました。太鼓や拍子木(ないしは西洋のウッドブロック)などのパーカッションを柱にしたサウンドであることは同じですが、まだキハーダは登場していません。『用心棒』で拍子木を多用した結果として、その延長線上にキハーダの利用を思いついたのではないでしょうか。

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佐藤勝が『椿三十郎』でオリジネートした「太鼓とキハーダを特徴とする、いかにも時代劇らしい勇壮なサウンド」は、その後、この分野の事実上の標準となり、無数にコピーされた、ということを確認させていただきました。耳慣れた音楽に聞こえるとしたら、そういう事情によるのであって、佐藤勝がクリシェにもたれかかって仕事をしたわけではありません。

◆ ニアミス ◆◆
いま、とんでもないミスをしたときに感じる、腹のなかで出合ってはいけないものが出合って、不快な化学反応を起こしたような感覚がありました。時代劇におけるキハーダの利用を佐藤勝の創始と断じるだけの十分な材料を、おまえはもっていないだろうが、という声が聞こえたのです。

ほら、あの曲があっただろ、あれはいつのものだ、いますぐ調べろ、とわが内なる声が叫んだので、あわててプレイヤーにファイルをドラッグしました。



このクリップ、冒頭のティンパニーが聞こえません。印象的な入り方なので、音だけのサンプルもあげておきます。

サンプル 芥川也寸志「赤穂浪士」

この大河ドラマのテーマは子どものころ大好きで、いま聴いてもいい曲だと思います。いや、問題はこれがいつのものかということです。1964年正月から放送がはじまったとありました。『椿三十郎』は1962年1月1日に封切りだそうですから、2年早かったことになります。

そもそも、こちらの曲に使われているパーカッションは、キハーダではなく、拍子木かスラップスティックか、なにかそういうものかもしれません。ただ、『椿三十郎』に印象の似たパーカッションの使い方ではあります。

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それにしても、『赤穂浪士』の配役を見ると、すごいものです。当時、本編ではこれだけの配役ができる大作はなかったでしょう。もうひとつ、『花の生涯』も見てみましたが、これも仰天のハイパー豪華キャスト。オールスター映画5本分ぐらいの豪華さです。ヒットするはずですよ。やがてわたしは大河ドラマというのが大嫌いになりますが、『花の生涯』と『赤穂浪士』だけは、じつに熱心に見ました。キャストを見れば、それも当然です。尾上松緑(『花の生涯』)と宇野重吉(『赤穂浪士』)は深く印象に残りました。

◆ 転向者 ◆◆
『椿三十郎』のストーリーを追うつもりはなかったのですが、小林桂樹の登場場面を説明しようとすると、やはりそうなってしまうようです。

冒頭の神社のシークェンスで三船浪人の腕に感銘を受けた室戸半兵衛(仲代達矢)は、仕官したいのなら、俺のところに来いと言い残します。三船用心棒は、あとでそのことを思いだし、ちょっと菊井のところに行ってくる、といってアジトを出て行きます。

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椿三十郎が室戸半兵衛に会おうと大目付の邸の門前に立つきわめて印象的なシークェンス。通用口を叩いて門番を呼び出し、室戸に会いたいというと、いまはそれどころではないといわれてしまう。

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なんだというのかと思うと、門が開いて、「出陣」の騒ぎがはじまる。

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あおり気味に撮りはじめて、しだいにティルト・ダウンして、ものものしさを強調している。ただし、現実にこのように馬前を横切ったりしたら、即座に首を飛ばされる。

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観客には、これは相手の懐に入りこんで容子を探るためとわかりますが、残された若侍たちは、三船浪人を信じる一派と、あいつは金欲しさに裏切ったのだという一派に分かれて議論になります。

議論が白熱したところで、ちょっと失礼します、という声が聞こえ、全員が押し入れのほうを見ます。

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すると、小林桂樹見張り侍が押し入れから出てきて、わたしもあの浪人を信用します、城代の邸から逃げるときに、奥方の踏み台になったじゃないですか、あれは奥方の人柄にうたれたからです、それだけとっても、あの人がいい人間だということがわかります、と、いうだけいうと、また自分で押し入れに戻っていきます。

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ここで小林桂樹登場はこの映画のなかのルーティンになるわけで、ギャグというもののあらまほしき姿を体現しています。

◆ ハル・ブレイン的役割 ◆◆
小林桂樹はインタヴューでこういっています。

「監督さんはわりあいに、ほっといてくれたというか、わたしが調子を出して一所懸命やると、黙って、よく笑って見ていてくれていましたからね」

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黒澤明は俳優のアドリブなどめったに許す監督ではありません。『日日平安』の段階では主役だった小林桂樹の役は、『椿三十郎』では、なくても話の運びには影響しない軽い役に縮小されたのですが、それでも削除しなかった、あるいは、それでも小林桂樹に振ったのは、いい判断だったと思います(もちろん、黒澤映画だから、小林桂樹も承知したのだろうが)。

小津安二郎の映画で、自主的に演技することを望まれていたのは杉村春子だったそうです。この女優も、小林桂樹と同じようなことを、たとえば『晩春』について回想しています。

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フィル・スペクターは、小津安二郎のようにガチガチに固めていくタイプのプロデューサーでしたが、好き勝手にやっていいとカルト・ブランシュを渡していたプレイヤーが一人だけいました。ドラムのハル・ブレインです。

自分の世界ができあがっている巨匠というのは、だれか、自分にはない要素をもった、すぐれたパフォーマーを必要としたのではないでしょうか。隅々までみずからの意思を浸透させ、作品を堅牢につくりたいという衝動があるいっぽうで、そこに意想外のもの、異質な要素が入ってきて、硬直を防いで欲しいとも願っていたのだろうと思います。

黒澤明は、成瀬巳喜男の演出についてこういっています。演技が気に入らないと、成瀬さんは、ただ「そうじゃない」というだけで、それ以上の説明をしたり、指導をしたりすることはなかった、俳優は自分で考えなければいけなかったのだ、ひるがって、自分は黙っていることができず、こうやるんだと指示を与えてしまう、溝さん、小津さん、成瀬さんに鍛えられた俳優たちは力があって、自分で演技を考えることができた、と。

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右から山村聡、成瀬巳喜男、原節子

小林桂樹に自由に演技をさせたとき、黒澤明は先達のことを思っていたのかもしれません。

『椿三十郎』は二回で十分だろうと思ったのですが、黒澤明と佐藤勝が相手ではそうは問屋が卸さないようで、もう一回延長することにさせていただきます。


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原作
日日平安 (新潮文庫)
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by songsf4s | 2010-09-24 23:55 | 映画