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岡本喜八監督『江分利満氏の優雅な生活』(1963年、東宝映画) その2

1973年の今日、アメリカでは十九日、日本では二十日、グラム・パーソンズは、セカンド・アルバムの仕上げを終わり、あとはエミールー・ハリスと一緒にカヴァーの撮影をするだけ、というところで骨休めにいった、デス・ヴァリーのジョシュア・トゥリーのモーテルで急死しました。

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このアルバムはのちにGrievous Angelとしてリリースされますが、それは彼の死後一年たってからのことでした。なんの予備知識もなく、米軍基地のPXでこの盤を見たときは、もう遺作がリリースされる時期ではなかったので、ガラクタの寄せ集めだろうと思ったほどです。

もちろん、ガラクタの寄せ集めどころか、死の直前にやっとグラムが、「俺の音楽」と呼べるものを完成させていたことがわかるのですが、それはここでは関係ありません。肝心なのは、リプリーズ・レコードが、グラムの死を商売に利用しなかったことです。遺作と騒ぎ立てて稼ぐのは品がないと考え、リリースを延期したのです。

いや、グラム・パーソンズはまだ有名ではなかったから(彼の名声が確立されたのは近年のこと)、騒いでもたいした売上げになるわけではないという判断もあったのでしょうが、それでもやはり、かけたコストはできるだけ短時間で回収したいというのはビジネスマンの本能です。その点を考えれば、よくぞ自制心を働かせたと思います。

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ライノのグラム・パーソンズ・アンソロジー。ジョシュア・トゥリーで撮影された写真をカヴァーに使った。

人が死んだからといって、それを騒ぎ立てるのは、一面で礼儀なのかもしれませんが、一面で、品のないハゲタカ的な所行ともいえるでしょう。当家では何度も追悼記事を書いてきましたが、毎度、そのことを意識します。騒ぎ立てたいのなら、生前にやっておけよ、と自分の不調法にいつも頭の片隅で恥じ入っています。

◆ カルピスは恥ずかしい ◆◆
映画の後半、江分利満氏は、バーでカルピスを飲む同じ部の女子社員を見て、「カルピスというのは恥ずかしいな。なぜだろう。『初恋の味』というのが恥ずかしいのかもしれない」といいます。

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ここも原作で印象に残った箇所です。『江分利満氏の優雅な生活』という本は、こういう「断定」を櫂にして、日々の生活を漕いでいく物語だったという記憶があります。その後、こういうことはだれでもいうようになって、それこそ江分利満氏がいうように「面白くない、断じて面白くない」のですが(だいたい、このブログからしてそうなのだが!)、あの時代には、こういう「生活と意見」は新鮮に感じられました。

いっぽうで、後年、長編『血族』として掘り下げられることになる、山口/江分利家の過去についても語られます。母(英百合子。『妻よ薔薇のように』は忘れがたい)の死に際して、家に金がなく、大晦日に借金をしてまわる場面から、父(東野英治郎)の人物と過去へと江分利満氏の述懐は向かうのですが、この父親の人生にはなんともいえない感懐を覚えます。

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江分利満氏の父親は、事業を興して大金を儲けては、失敗して債権者に追われるという、極端なアップス&ダウンズを繰り返す、家族に対する責任観念の乏しい、やや奇矯な人物だったようで、江分利満氏の肩に父の借金が重くのしかかっています。

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しかし、借金のことは、じつは、まだしも、なのです。母の遺品を整理していて、遺書が出てきます。それを読んでいるうちに、江分利満氏は母の胸中を思いやって号泣してしまいます。遺書に書いてあったことが問題ではないのです。江分利満氏は、母がある時点で「自分の人生は失敗だったとあきらめをつけた」ことに思いを馳せ、その胸中があまりにも憐れで耐えられなくなった、というのです。

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こういう難所があるので、わたしはシリアスな映画はあまり見ないようにしています。わが母のことを思ったわけではないのです。でも、人は生きていると、いや、年をとると、このような、いまさらどうにもならぬことで無益な洞察に到達し、うちひしがれる瞬間があるものです。

だから、おおいに共感はするのですが、あまり好調ではないときには、こういうくだりには接したくないものです。つい、ドンパチだのチャンバラだのを見てしまう所以であります。まだしも、血が飛び散る映画のほうが、精神の安定に寄与するのではないでしょうか。

◆ 戦争の御利益 ◆◆
江分利満氏は、戦争中、父の事業が順調で、わが家には金がある、これで戦争がなければどんなに幸せだろうかと思ったのだそうです。なんぞ知らん、父の事業が順調だったのは戦争のおかげであり、敗戦とともに一文なしの借金生活になってしまいます。

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作者のサントリー宣伝部での同僚、柳原良平の絵を元にしたアニメーションが挿入される。

しかし、日本そのものがそうであったように、昭和24年に起きた朝鮮戦争の「特需」のおかげで父は再び成功し、そしてまた失敗します。江分利満氏は、父と同じように、また戦争が起きないかと期待している人間をたくさん知っている、でも、もう勘弁してくれ、自分の息子を戦争にやるくらいなら死んだほうがマシだ、と断言します。

ここもまた、なるほどと思ったくだりでした。あれだけの惨禍を生むのに、なぜ戦争が絶えないかといえば、ひとつには人間の欲望のせいなのであり、そういうことは、論文ではなく、このような日常的な事柄を書いた本や映画でいってこそ意味をもちます。

「だれも戦争など望んではいない」などという偽善では、歴史は説明できません(こういうことをいう人の多くは女性であり、女性なら当然のことだが、「自分はこう思う」といわずに「だれだってこう思う」と、まったく自覚なしに、平然とすり替えてしまう)。「多くの人間が戦争を望む」からこそ起きるのです。この点を肝に銘じておかないかぎり、戦争を防ぐことなどできるはずがありません。

◆ 陰鬱なるVaya con Dios ◆◆
『江分利満氏の優雅な生活』が直木賞を受賞し、会社の仲間が内輪の祝賀をするところがこの映画のクライマクス、というとちょっとちがうかもしれませんが、エンディングとなります。

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直木賞受賞の記者会見を酒場でやるところが可笑しい!

二次会、三次会と飲み歩き、江分利満氏は酔いがまわるにつれて舌もまわりだし、滔々と昔話を弁じたて、しだいに会社の仲間たちはすがたを消していきます。わたしが勤め人をしていたら、こうなったのだろうなあ、と意気阻喪する場面です!

そのなかで昔のヒット曲にもふれるのですが、これがVaya Con DiosとChanging Partnersなので、へえ、と思いました。

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最後に小川正三(左)と二瓶正也(右)が割を食って、朝まで江分利満氏につきあうハメになる。

江分利満氏は、「Vaya con Diosの女声コーラスを聴くと、なんかこう、陰鬱な気分になる」、だから流行ったのはたぶん昭和29年のはじめのことだろう、あのころ、勤めていた会社がつぶれて、移った会社がまたつぶれたんだ、同じころにChanging Partnersも流行った、と述懐します。

アメリカでは、Vaya Con Diosはレス・ポール&メアリー・フォードのヴァージョンが1953年に大ヒットしています。



日本のローカル盤はだれのものがヒットしたのか知りません。陳謝。江利チエミの録音があるそうですし、当家ではナンシー梅木のヴァージョンをとりあげました。ナンシー梅木のVaya con Diosは昭和29年はじめにリリースされているので、江分利満氏の記憶とぴったり符合しますが、江利チエミ盤やその他のものも同時期にリリースされた可能性が高いでしょう。

江分利満氏は、あるいは江利チエミの録音のことを思い起こしているのかもしれませんが、手元にあるローカル盤はナンシー梅木のものだけなので、あの時代の日本のローカル・カヴァーのムードを知っていただくという意味で、いちおうサンプルにしました。

サンプル ナンシー梅木"Vaya con Dios"

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わがHDDを検索してみて、意外だったのは、トニー・オーランド&ドーンのヴァージョンがあったことです。ちょっとStand by Meを意識したアレンジで、テンポが速めなこともあり、あまりVaya con Diosを聴いている気分にならないヴァージョンです!



もう一曲のChangin Partnersは、アメリカではパティー・ペイジが1953(昭和28)年に大ヒットさせています。



日本のローカル盤はどなたのものがあったのかこれまた知らず、不調法、まことに相済みません。

◆ 前回の訂正 ◆◆
なにか小林桂樹の演技について書き、まとめのようなことをしようかと思ったのですが、その任ではないし、利いた風な口をきくのも今日はもう十分だから、やめておきます。

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江分利家の下宿人役でジェリー伊藤が出演している。原作者山口瞳の妹はジェリー伊藤夫人で、二人は義理の兄弟なのだとか。

『江分利満氏の優雅な生活』の項は今回でおしまいですが、いずれにしても、もう一、二本、小林桂樹出演作品を取り上げるつもりなので、まだまとめるのは早すぎるのです。

いま思いだしたので、ひとつ、前回の訂正をしておきます。テレビのほうはわからないが、小林桂樹の本編のほうの遺作は2007年の『転校生』らしい、と書きました。これはわたしの参照したものがまずかったようで、Moviewalkerでは、2009年の『星の国から孫ふたり』となっていました。

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映画
江分利満氏の優雅な生活 [DVD]
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原作
江分利満氏の優雅な生活 (ちくま文庫)
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by songsf4s | 2010-09-20 23:55 | 映画