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岡本喜八監督『日本のいちばん長い日』 その5

とりたててきっかけなどないのですが、なんだか妙にゴジラ映画が見たくなりました。考えてみると、夏になるとかならず見ていたのは東宝戦争映画ばかりでなく、東宝特撮映画も公開されていたはずです。戦争もの、特撮もの、若大将シリーズ、駅前シリーズ、このあたりはみな夏休み中にやっていたと思います。

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炎上する東京。1954年の『ゴジラ』第一作より。

そんな1960年代前半の記憶が、なんとなくゴジラを思いだした原因でしょうが、もうひとつの道筋もあります。「戦争映画」の連想です。オリジナルの『ゴジラ』二作目の『ゴジラの逆襲』の記事で書いたように、初期のゴジラ映画は、戦争、とりわけ太平洋戦争のメタファーがちりばめられていました。ゴジラがひどく擬人化して、フレンドリーになってからは、戦争のメタファーなどどこかにすっ飛んでしまったのですが、後年のゴジラでは、また戦争が意識されるようになっていくわけで、そういう側面からもう一度ゴジラを見直してみるのも一興かもしれません。

◆ 「聖杯」の出現 ◆◆
『日本のいちばん長い日』も今回で5回目、猛暑のなか、自転車で市ヶ谷台、北の丸、お濠端と走りまわる畑中少佐のように、必死で更新しているのですが、映画のなかの時計を見ると午後九時、15日正午と決まった天皇の放送まで、まだ15時間もあります。ここからは風雲急を告げるので、まじめにメモをとりながら見ました。

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14日午後9時過ぎ、蹶起の際の動員計画を作成していた畑中少佐、椎崎中佐、古賀中佐、石原少佐は、ラジオで、明日正午、重大放送があるという予告をきき、もはや猶予なしとまなじりを決します。

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午後10時前後、首相官邸で鈴木総理大臣以下、閣僚が詔書への副署をしているころ、畑中少佐や椎崎中佐は、近衛連隊に宮城を占拠させる工作にとりかかります。

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詔書への副署が終わり、待機していた松本外務次官に連絡が行き、ポツダム宣言受諾の外交電報が打たれることになります。

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同時に、詔書ができあがったので、宮内省では、天皇の録音がはじまります。戦争中のことですから、当然、ラッカー盤のダイレクト・カッティングです。

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ここでも天皇の顔は見えない。画面奥、マイクの前で読み上げる原稿を受け取っている。

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右上の白いものはブラシ。

なんでブラシが必要かといえば、ダイレクト・カットというのは原盤作成と同じだから、まだ表面の滑らかなブランク・ディスクに、強い針圧をかけて盤を削っていくため、カンナっくずのように、削りカスが出るので、それが録音をさまたげないように、掃除しているのです。

戦争中、アメリカでは針金をメディアに利用した軍用の磁気録音(たしか潜水艦の乗組員の訓練用だったと思う。スクリュー音を録音したのだったような……)がすでにおこなわれていたし、ドイツにいたっては、戦後、アメリカに持ち込まれ、アンペクスの最初の民生用テープ・マシンの原型となる、テープ(紙ベースに磁気塗料をぬったものだったと記憶している)による磁気録音がすでに実用化されていました。日本が技術開発で後れをとったのはレーダーばかりではなかったのです。

とにかく録音は無事に終わり(これほど緊張する録音はなかったにちがいない)、正副2枚の録音盤を15日正午の放送まで宮内省に保管することになり、小林桂樹扮する徳川侍従があずかります。

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かくしてマルタの鷹、こけ猿の壺、忍法秘伝書、柳生武芸帖、なんだっていいのですが、とにかく守護するべき、あるいは敵対者から見れば奪取すべき聖杯が誕生し、物語に導入され、サスペンスを生むことになります。時計の針は午前1時をまわり、運命の8月15日に一歩踏み出しました。

◆ 叛乱 ◆◆
宮城に入れず、賊軍となった二・二六の叛乱将校の失敗に鑑みれば、クーデターを成功させるには宮城(つまりは天皇ということだが)を押さえなければなりません。それにはまず近衛師団を掌握しなければならないというので、畑中少佐たちは、芳賀近衛第二連隊長(警護のために夕刻から宮城内に入っていた)の説得に向かい、同時に、井田中佐に森近衛師団長(北の丸の師団司令部にいた)の説得を依頼します。

井田中佐(高橋悦史)は椎崎中佐をともなって近衛師団本部に森師団長を訪れ、近衛師団の蹶起を訴えます。森師団長は、話はよくわかった、率直にいって感銘を受けた、わたしはこれから明治神宮に参拝する、といいます。

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関係者から明確な証言がとれなかったらしく、このあたりはあいまいで、「明治神宮に参拝する」が本心からの言葉なのか、時間稼ぎにいったことなのか、どちらとも判断がつかないような描き方になっています。ふつうに考えると、いくら迷ったからといって、夜中に明治天皇の霊にお伺いをたてに行くというのは、やや不自然に感じます。

午前1時過ぎ、井田中佐が水谷参謀長と話そうと師団長室を出てきたところに、畑中少佐が黒田大尉(原作では、畑中少佐、窪田少佐、上原大尉の三人となっている。黒田大尉は架空の人物。窪田少佐は戦後も存命だったので、殺害犯をあいまいにしたのだと推測される)という士官をともなってやってきます。井田中佐と入れ替わりに畑中少佐は黒田大尉とともに師団長室に入ります。

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このあとなにが起きたかは類推のようですが、映画では、畑中少佐らの不遜な態度に森師団長が不快感を示し、それに反応して、畑中少佐は「明治神宮に参拝するなどというのはウソだ!」と激昂し、森師団長の脇に控えていた白石中佐が危険を感じて抜刀しかかったところに、黒田大尉が斬りつけ、二太刀目で中佐の首を飛ばします。

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子どものときもこのショットは驚きましたが、大人になって見ても、やはりギョッとします。チャンバラ映画ではないのだから、人死に対する心の準備ができていないところに、いきなり首がゴロンですからね。ギョッとしますよ。ただし、原作には首を斬ったとは書いてありません。いや、原作のほうは、そういうことは不必要だからと、あいまいにしただけで、事実、首を飛ばしたのかもしれませんが。

つづいて畑中少佐が拳銃で師団長を撃ち、黒田大尉が袈裟懸けに斬ってとどめを刺します。銃声に驚いた井田中佐と水谷参謀長が駈けつけたときにはすべては終わっていました。

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このあと、黒田大尉が、自分の硬直した手から刀をもぎとろうと、柄を机に叩きつけるところは非常に印象的です。時代劇でも、こういうリアリズムを採用したものを見てみたいと、つねづね思っているのですが。

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黒田大尉は自分の手を思いきり壁に叩きつけるが、硬直は解けず、刀は落ちない。

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黒田大尉を演じるのは中谷一郎。同じく岡本喜八監督の『戦国野郎』のコミカルな演技もけっこうだし、石原裕次郎の兄貴分で、浅丘ルリ子を情婦にしているというヤクザを演じた『夕陽の丘』も忘れがたい。しかし、ふつうは「水戸黄門」のほうで有名らしいが。

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こんどは柄の尻を机に思いきり叩きつける。

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やっと黒田大尉の手から離れて机の上に倒れた刀と、それを呆然と見つめる椎崎中佐(中丸忠雄)。

上官を殺害したのだから、これはもう明らかに叛乱であり、引き返しようがありません。はじめから強い信念で動いている畑中少佐や椎崎中佐ばかりでなく、ペシミスティックな井田中佐も、どちらとも旗色のハッキリしなかった水谷参謀長も、否応なく叛乱に加わって走りはじめることになります。

◆ 師団奪取 ◆◆
宮内省では、徳川侍従があずかった録音盤の保管場所をさがしています。結局、手提げ金庫に入れて戸棚の奥にしまい、その上に書類などを載せておくことにします。

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畑中少佐らは、森師団長と白石中佐の遺体の脇で、師団長印を使って偽の命令書を作成します。宮城を占拠し、通信を遮断せよ、という師団長命令です。

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これを受けて近衛第二連隊の芳賀大佐は宮城を確保せよと兵に命じます。二・二六事件もそうだったようですが、兵というのはやはり、一見、理不尽とも思えるものでも、上官の命令とあれば、迷わずに遂行するのだなあ、と溜息が出ます。天皇を警護する近衛師団の兵が、天皇に侍する人たちを捕らえて監禁し、宮城を武力制圧してしまうのですからねえ。

いくら「敵の謀略」を打ち砕くためと名目をいわれても、一歩引いて考えると、ひどく矛盾していることに気づくだろうと思うのですが、反論すれば抗命罪に問われるので、その場ではとりあえず命令通りに動いてしまうものなのでしょう。

自分が下士官かなにかで、その場にいたらどうだろう、と想像してみましたが、おかしいと感じても、上官に異議をとなえる勇気はないだろうと思います。まあ、このまずい状況から安全に脱出する方法はないかと、ない知恵を振り絞るでしょうけれどね。だって、二・二六のときに、上官の命令通りに動いて叛乱に加わった兵は、あとでみな危険な前線に送られたわけで、いくら上官の命令だからといっても、ことがすんでから、おおいにまずいことになる恐れがあると考えるのが自然でしょう。

のちに「宮城事件」と呼ばれることになる、この叛乱に加わった兵士にとっては幸いなことに、この先にはもう、帝国陸軍の軍事法廷もなければ、死ねとばかりに送り込まれる危険な前線もなくなるのですが。

◆ 宮城乱入 ◆◆
ここから先は事態は緊迫し、ショットのつなぎも早くなっていきます。

佐々木大尉率いる横浜警備隊の軍人と民間人(学生?)はトラックに分乗して、東京を目指し、子安の警備隊を出発します。べつに畑中少佐らと打ち合わせができているわけではなく、こちらはこちらで単独で動いているのです(そのほうが天本英世が演じるにふさわしい。なにかが乗り移ってしまったようなこの大尉のふるまいはなかなか怖い。いや、怖いように演じているのだが)。

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宮城に乱入した近衛連隊の兵は、まず宮城の各門を確保すると、皇宮警察の警察官を拘引して武装解除し、交換機を破壊し、電話線を切断することで、外部と通信できないようにします。

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録音に立ち会ったのち、宮内省内で休憩していた下村情報局総裁は、川本秘書官とともに車で首相官邸の閣議にもどろうとして、坂下門の立哨に捕まり、拘束されてしまいます。近衛師団長を殺害し、天皇を手元に押さえようとするほどの連中だから、閣僚の拘束などなんでもないのでしょう。

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近衛師団を偽命令で動かしているあいだに、東部軍にも呼応、蹶起してもらわねばどこにも行き着かないというのが、青年将校たちの一致した考えで、ここでもまた井田中佐を説得役に担ぎ出します。

畑中少佐たちの懇請もだしがたく、やむをえず井田中佐は東部軍管区司令部のある第一生命館へと向かいます。はたして東部軍は起つのか? 紙芝居じみてきましたが、このつづきは次回のお楽しみ。


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by songsf4s | 2010-08-11 23:56 | 映画