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岡本喜八監督『日本のいちばん長い日』 その2

前回の『日本のいちばん長い日』その1で、この映画の英訳題がJapan's Longest Dayというのは不都合だと書いたところ、いつも当ブログを裏から支えてくださっている三河のOさんから私信をいただきました。

『日本のいちばん長い日』のスコアは佐藤勝が書いたのですが、Oさんによると、その佐藤勝のCDなどでは「The Emperor and a General」という英語題名が使われているそうです。この単数形の「将軍」は、当然、阿南惟幾大将を指しているのでしょう。Japan's Longest Dayではあんまりなので、こちらの英訳題を使ってほしいものです。

◆ 日本男子の半分 ◆◆
さて、前回に引きつづき、今日も思考停止して、『日本のいちばん長い日』のキャストを登場順に見ていこうと思います。

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中丸忠雄(椎崎二郎陸軍中佐)

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加藤武(迫水久常内閣書記官長)

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川辺久造(木原通雄内閣嘱託)

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玉川伊佐男(荒尾興功陸軍大佐)

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井上孝雄(竹下正彦陸軍中佐)

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二本柳寛(大西瀧治郎海軍中将、軍令部次長)

ここらで一休み。ただ写真に人名と役職をつけているだけですが、これが案外神経を使うもので、もう疲れつつあります。いやはや。

迫水〔さこみず〕久常内閣書記官長は加藤武が演じています。昔、この人の『大日本帝国最後の四か月』という本を読みましたが、行文から受けた印象は、加藤武のようなタイプではありませんでした。いかにも帝大出の切れ者という雰囲気で、無骨なところは感じられませんでした。

最近は知りませんが、昔は大西瀧治郎中将は、多くの人が知っていた軍人で、「特攻隊の生みの親」といわれていました。じっさいには特攻隊の発案者ではないそうですが、その後、特攻隊の強力な推進者になったという点については、歴史的に疑義はないと思います。『日本のいちばん長い日』では、大西中将はかの「二千万特攻論」をふりかざして東郷外相に迫ります。

「外相、もうあと二千万、二千万の特攻を出せば、日本は、かならず、かならず勝てます!」
「大西さん、勝つか負けるかはもう問題ではないのです。日本の国民を生かすか殺すか、ふたつにひとつの――」
「いや、もうあと二千万、日本の男子の半分を特攻に出す覚悟で戦えば――」


ふーむ。これだけでは狂人にしか思えませんが、人間というのはそう単純なものではなく、大西瀧治郎は真珠湾攻撃計画の立案者でもあり、すぐれた知性の持ち主であったことを推測させる業績もあります。

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小林旭の「ダイナマイトが百五十屯」も非現実的な数字ですが、二千万人の特攻隊、日本の男子の半分というのも、植木等ですら歌わないだろうという、呆れかえった数字ですな。いま首都圏の人口はどれくらいでしたっけ。東京、神奈川の老若男女をすべて合わせるとそれくらいの数字ですか。冗談じゃありません。

1945年3月10日の東京大空襲の死者が約10万と推計されています。広島や長崎の死者もその前後の数ですし、ドレスデン空襲もやはり10万前後の死者といわれています(日本人は東京大空襲や長崎広島のことは大騒ぎするくせに、同じ時期に、やはりアメリカの爆撃によってドレスデンが瓦礫の山になったことを知らなすぎる。自分の苦しみだけ騒ぎ立て、他者の苦しみに無神経というのは、個人だったら鼻つまみものだ。なお、捕虜としてドレスデン空襲を経験したカート・ヴォネガットは『屠殺場5号 あるいは子供十字軍』を書き、ジョージ・ロイ・ヒルによって映画化された)。それを見れば、二千万人の特攻という数字がいかに馬鹿馬鹿しいか一目瞭然です。

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そもそも、その特攻隊員を乗せる戦闘機をどうするのでしょうか。二千万機の戦闘機と搭載する爆弾をつくれる生産力が日本にあれば、戦争に負けるはずがなく、特攻隊だなんていう、窮鼠猫を噛む破れかぶれの戦法など、洟も引っかけられなかったでしょう。

ふーむ。やはり、戦争中のどこかの時点で、まともな判断のできない状態になってしまったのだと思います。大西中将は当初、金と時間をかけて訓練したパイロットを、一回の飛行で貴重な機体もろとも死なせてしまう特攻隊は愚劣な計画だといったそうなので、そのあたりまではきちんとした判断力があったことになります。その後、その無意味な作戦に指揮官として従事し、つぎつぎと自殺飛行に送り出していくあいだに、情緒破綻に陥ったのではないでしょうか。

日活アクション・ファンにとっては、二本柳寛はいつもクールなギャングのボスです。当家で過去に扱った映画でいえば、『霧笛が俺を呼んでいる』『拳銃無頼帖 抜き射ちの竜』のボスが二本柳寛でした。

大人になってから小津安二郎の『麦秋』で、北鎌倉のプラットフォームのシーンの二本柳寛を見て、「ウッソー」と思いましたが、『日本のいちばん長い日』の大西中将役も、日活アクションのときとはまったく異なった演技をしています。『日本のいちばん長い日』で、まず最初に「おや?」と居ずまいをただしたのが、この大西=二本柳登場シーンでした。わたしは二本柳寛が好きなのですが、残念ながら、出番はこのシーンのみ。さても、オールスター映画は忙しないことですわ。

◆ われわれは勝手に戦う ◆◆
さらにキャスト一覧をつづけます。

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八世松本幸四郎(昭和天皇)

さすがに昭和天皇は、「天皇」などと字幕は出ません! キャメラは幸四郎の顔を正面からアップで捉えることはなく、ミドルショット、しかも手前の人物の頭で顔を半分隠したり、背後から撮ったり、手袋をし、椅子の肘掛けを握る手を捉えたりと、間接的に描いています。

こういう顔すらろくに映らない役を松本幸四郎のような役者が演じるのだから、そりゃもう豪儀なものですぜ。ま、天皇だから、「役不足」なんてことはぜったいにありませんがね!

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高橋悦史(井田正孝陸軍中佐)

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三井弘次(新聞記者)

三井弘次は役名なしの新聞記者として登場します。市井の人物を演ずることの多かった俳優ですが、なぜか新聞記者の役も、わたしが知るかぎり三回やっています。あとの二本はいずれも黒澤明作品で、『天国と地獄』と『悪い奴ほどよく眠る』です。『日本のいちばん長い日』のキャスティング・ダイレクター(というクレジットが日本映画にはないのはなぜ?)は、黒澤映画での三井弘次の役どころを意識していたにちがいありません。

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島田正吾(森赳〔たけし〕陸軍中将、近衛第1師団長)

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土屋嘉男(不破博陸軍大佐)

この映画の島田正吾はけっこうでした。こういう人が脇にいると映画に重みと厚みが加わります。近年の時代劇がつまらないのは、こういう、画面に登場しただけで年輪を感じさせる年配の役者が払底したからだと思います。出番は多くないものの、非常に重い役どころに新国劇の重鎮が坐る――いやあ、いまになると、なんとも贅沢だなあ、と溜息が出ます。

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近衛師団司令部の建物は、現在、東京国立近代美術館工芸館となっていて、だれでも内部を見ることができます。さすがは「王城の警衛」、陸軍省とはだいぶ趣のちがう、優雅な煉瓦造のネオゴシック風建築です。十年ほど前、なかに入ったときは、ここで森師団長が殺害されたことは、すっかり失念していました!

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田崎潤(小園安名海軍大佐、海軍航空隊厚木基地司令官)

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平田昭彦(菅原英雄海軍中佐、厚木基地副長)

これは以前、「横浜映画」という記事で書きましたが、この田崎潤と平田昭彦の厚木基地首脳コンビは、『ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘』の秘密組織の親玉と腹心の組み合わせで、東宝特撮ファンは思わず頬がゆるんでしまいます。

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『日本のいちばん長い日』厚木基地の幹部、田崎潤(手前)と平田昭彦。

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『ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘』〈赤イ竹〉のボスと幹部。左から平田昭彦、田崎潤、天本英世。

しかし、この小園安名大佐は、終戦のときにもっとも頑強な抵抗をした人で、笑ってばかりもいられません。この『日本のいちばん長い日』が終わっても、まだ数日のあいだ、厚木基地の航空戦力を一手に握って、徹底抗戦を主張しつづけ、政府と海軍首脳を懊悩させることになるのです。終戦の詔勅をきいて、兵士を集め、本日をもって帝国海軍は消滅した、以後、われわれは勝手に戦う、と訓示したというのだから、すごいものです。

しかし、あれだけの戦力を掌握しながら、結局、戦闘機一機出撃させなかったのはなぜなのか、さっぱりわかりません。ただ一回の戦闘に全戦力を投入する覚悟があれば、すぐそこ(いや、つまり房総沖)まで来ていたアメリカ太平洋艦隊の空母を沈めるくらいのことはできたでしょうに。マラリアによる高熱で、ただ朦朧としていただけ?

いやはや、ただスクリーン・キャプチャーを並べ、名前を書いているだけなのですが、時間はあっという間に過ぎ去り、そのくせ映画はまだはじまったばかりで、さっぱり進まず、さらに2、3回は『日本のいちばん長い日』をつづけることになりそうです。ほかの戦争映画も用意しているので、簡単に駆け抜けようと思ったのですが、なかなかどうして、いちばん長い日というだけのことはあります。


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by songsf4s | 2010-08-06 23:47 | 映画