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藤田敏八監督『八月の濡れた砂』(日活映画)その4

視覚的ディテールに表現されたことを、ひとつの意図に添って並べられた一連の有意味なものとして解釈、再構成するのは、ずいぶんエネルギーのいることで、こんなことを日常的にやっている映画評論家というのは、エラいものだと嘆息が出ます。

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ダイニチ映配のロゴなど記憶になかった。冒頭、いきなりこれが出てくるのだから、ああ落日、とため息が出る。

『八月の濡れた砂』を再見して、ほんとうによかったと思います。見れば見るほど味わいの深まっていく、素晴らしい映画だと再認識しました。しかし、それを言語化するのはまたべつの話で、すっかりくたびれてしまいました。それは、お読みになっているお客さんも同じではないかと思います。

でも、今回はゲーム、ただのお遊びのロケ地話なので、気楽に書きます。みなさんも肩の力を抜いてください。

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NKロゴも微妙に変化してしまった。ゴールドだぜ、ってクレジットカードじゃないのだから、なにもいいことはない!

ところで、『八月の濡れた砂』には関係ないのですが、前回の記事のためにクリップを探していて、たまたま見かけたものを貼りつけます。

あじさいの歌


とくに世評の高い映画ではありませんが、わたしは十回以上再見しています。作品の出来からいえば『陽のあたる坂道』のほうが上でしょうが、たんに好みでいえば、『あじさいの歌』は、石坂洋次郎原作のものとしてはもっともいい映画だと思っています。芦川いづみもこの映画のときがいちばん好きです!

◆ 「大木果実店」と「濱勇商店」 ◆◆
すでに書いたように、『八月の濡れた砂』を再見しようと思いたったのは、「『狂った果実』その3」のロケ地散歩で取り上げた、鎌倉の御成通りと由比ヶ浜通りの交叉点にある果物屋(わたしが知っている時期にはすでに営業形態は八百屋だった)が、『八月の濡れた砂』にも登場するのではないか、というご意見をいただいたからです。

まず、『狂った果実』の該当のショットと、昨年、わたしが撮影したそのロケ地の現況の写真をご覧いただきましょう。

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両側の店は『狂った果実』から半世紀以上たった現在も営業中。ただし、果物屋のほうは経営がかわったのか、「大木果実店」ではなく「浜勇」となった。この新しい店名には撮影のときに気がついたので、比較的最近の変化ではないだろうか。

つづいて、『八月の濡れた砂』の果物屋のショット。これは清が食料品店の二階にある自室から外を見る「見た目」ショットで、なにげなく下を見たら、同級生の和子が通りかかったので、声をかけるというシーンです。

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たしかに、果物屋ないしは八百屋の店名は「濱勇」と読めます。しかし、問題があります。鎌倉由比ヶ浜の八百屋のほうは、1970年代はじめには、「濱勇」ないしは「浜勇」という店名ではなかったような気がするのです。『狂った果実』のときと同じ「大木果実店」であったかどうかまでは記憶がありませんが、「濱勇」ではなかっただろうと感じます。

また、濱勇という店は湘南から三浦にかけて何軒かあり、わたしは他にすくなくとも二店舗あることを知っています。とりあえず、ここまでのところ、『八月の濡れた砂』に登場する「濱勇商店」が、『狂った果実』に登場する大木果実店(撮影当時)と同一の店かどうかは判断できず、ほかの手がかりから考えることにしました。

◆ 田越川と逗子マリーナ ◆◆
そもそも、わたしはロケ地を気にするほうだと思うのですが、『八月の濡れた砂』に鎌倉が出てきたという記憶がなかったのです。まあ、記憶なんて頼りにならないものですが、でも、鎌倉だとはっきりわかるショットがあれば、ちゃんと記憶に刻み込んだはずです。

開巻からずっとここまで、ロケ地を特定できたかといえば、否です。ずっと気にして見ていても、どこだかわからなかったのです。海岸線も鎌倉のものではありません。やっと見覚えのある場所が出てくるのは、上述の果物屋のショットの直後、健一郎が和子と橋ですれちがうシーンでのことです。

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これは逗子の田越川(たごえがわ)ではないか、と思ったのですが、百パーセントの確信はもてないうちにショットが切り替わってしまいました。スクリーン・キャプチャーで見れば、ちゃんと書いてあるのがわかるのですがね!

ひと目で、これは逗子だ、と思ったのは、セーリングに出発するときのショットです。

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これは逗子マリーナでしょう。これで、すくなくとも1ショットは逗子で撮影されたことがわかりました。

◆ 商店街 ◆◆
逗子マリーナでロケをしたのだから、ほかのシーンも逗子で撮影した可能性があるという前提に立って、清の家も逗子でのロケだと仮定してみましょう。商店街は文字であふれているものです。なにか手がかりがあるはずです。

わたし自身が見覚えているのがいちばんいいのですが、残念ながら、逗子はわたしにとってはエアポケット、むしろJR東逗子駅周辺のほうが、友だちが住んでいたせいでよく知っているほどで、逗子を遊び場にしたことはかつて一度もなく、通り一遍のことしか知りません。

冒頭、早苗をいったん無人の海の家に入れ、清は家に帰って彼女のために着るものをもっていこうとします。

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この風景を見ても、店の名前を見ても、これがどこだかは判断できませんでした。でも、店名さえあれば、いまはウェブの時代、検索することができます。こういう場合、有効なのはありふれていない名前の店です。

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傷が癒えてから、健一郎が清の家を訪れるシークェンスもある。

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あちこちのロケをつぎはぎにしたのではなく、現場を忠実に生かしたと仮定して、前述の「濱勇」が鎌倉由比ヶ浜にあるとすると、このショットではすぐ向こう側に江ノ電の踏切が見えなければいけないはずだが……。

ヴィデオはありがたいもので、映画館だったら見落としてしまうであろうディテールをたしかめることができます。清が住んでいるものとして撮影された家の隣に、変わった名前の理髪店があったのです。検索したところ、ありがたいことに、この店はまだ営業していました。

バーバーショップ ヘンケル

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これで住所がわかったので、こんどは地図検索です。

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上(北)にJR横須賀線と逗子駅、目的の場所は真ん中下の「花里生花店」のあたり。

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上の地図を拡大。

なんのことはない、JR逗子駅から真っ直ぐ延びている目抜き通りでした。いまは庇があって印象がまったく変わってしまっただけです。清の家として撮影された食料品店もまだありますが、ただし店名は異なります。いや、映画では店名を変えたのかもしれませんが。

映画のなかでは「富士」とだけ読めた店は、地図によれば「富士トーイ」といい、玩具店のようですが、つい最近、閉店したと書いているブログがありました。

そして肝心の「浜勇」、これもちゃんと映画のなかに出てくる位置にありました。映画のなかでその隣に見えていた花里生花店も営業中。40年以上、同じ場所で同じ商売をしているのだから、商店というのはたいしたものだと思います。おかげでロケ地を特定できました。

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ということで、『狂った果実』に登場した店が『八月の濡れた砂』にも登場したのか、という設問の答えは、残念ながらネガティヴでした。たぶん、鎌倉由比ヶ浜の店は、1971年の時点でもまだ、「大木果実店」の名前で営業していたのではないかと思います。

残念ながら、『狂った果実』に出てきた店が「最後の日活映画」である『八月の濡れた砂』にも登場した、という面白い仮定は成立しませんでした。しかし、DEEPさんがそのような疑問を呈されたおかげで、この映画を再見することができてよかったと心から思います。どうもありがとうございました>DEEPさん。

忘れてはいけないのは、資料を提供してくださった〈三河の侍大将〉Oさん。今回もおんぶにだっこで記事を書かせていただきました。お世話になりっぱなしで恐縮です。

◆ 警察、海、断崖 ◆◆
さて、わたしに解決できたのはここまでです。つまり、逗子マリーナ、田越川(のたぶん下流、京急新逗子駅に近いあたり)、逗子銀座商店街の三カ所のみで、あとはよくわかりません。地元の方ならすぐにわかるところも多いのではないかと思うので、コメント欄でご教示いただけたらと願っています。

とりわけ引っかかるのは警察署です。

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警察署。右側の立て看板の文字の最初は「逗子」のように見える。

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キャメラが切り返すと、背後に架線が見える。車輌が見えればJR(あの時代にはまだ国鉄だったが)か京急か判断できたのだが。でも、なんとなく京急のような気がする。

逗子警察の位置はよく知っています。これは昔から変わっていません。映画のなかの警察はそれとはべつの建物で、すぐ近くに線路が見えます。当てずっぽうをいうと、京急新逗子駅近くに、分署のようなものがあったのではないでしょうか。逗子署は駅からちょっと離れていますから。

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ロケ地の判明しなかったショットを並べてみた。

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思ったより書くことの多かった『八月の濡れた砂』はこれで完了です。こういう強いエモーションの共鳴を引き起こす映画を見たあとというのはむずかしいもので、つぎの映画をどうするか悩みます。とりあえず、音楽ものをはさんで、そのあいだに考えることにします。

それにしても、昨日今日のお客さんの多さはどういうことでしょうか。やはりツイッターのせいなのか、それとも関係ないのか……。


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by songsf4s | 2010-05-14 23:53 | 映画