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藤田敏八監督『八月の濡れた砂』(日活映画)その2

『八月の濡れた砂』は、生起する出来事を中心にした形で、一貫した流れのあるシノプシスを書きにくい映画です。その点こそが、この映画の本質だからです。

いえ、出来事は起きます。起きはするものの、完全にデッドな、残響のない場所で音を鳴らしたように、起きた瞬間に消えてしまい、なにも残らないのです。

◆ 強奪と監禁とリンチ ◆◆
清が浜にいるときに、早苗がやってきて、あれを見ろ、といいます。そこには車があり、そのそばでは、以前、彼女をなぶりものにした大学生たちが麻雀をしています。清は義憤に駆られ、四人の大学生たちにケンカを売るものの、劣勢になり、そこへ村野武範も加わって乱戦になったところ、早苗が彼らの車を奪い、もうひとりの友だちも含め、四人は早苗の別荘に行きます。

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早苗の別荘(木骨構造の疑似チューダー様式!)に着くと、空き巣狙いがいて、彼らはこの男(山谷初男)を捕らえます。しかし、警察は呼ばず、縛りあげてなぶりものにします。健一郎が男の髪の毛を剪ると、早苗が面白がって自分でやるのを見て、健一郎はイヤな顔をし、この「遊び」に興味を失います。早苗がこの男を犬のかわりに飼うなどといっているところに、姉の真紀が帰ってきて、男を解放し、この遊びは終わります。

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健一郎たちは奪った車を海にもっていき、沈めてしまいます。これでこの一件はおしまい、だれもなにか重大なことがあったとはみなさず、車のことも、こそ泥のことも、あとかたもなく消えてゆきます。

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早苗の家から帰る車中の三人は、不機嫌な表情で黙りこくっている。いろいろやって遊んでみたが、べつに面白くもなかったのだ。

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健一郎は、元の同級生・修司(剛たつひと)が、和子(隅田和代)とプラトニックな付き合いをしているのが気に入らず、早くやっちまえ、もたもたしていると俺がやっちゃうぞ、とけしかけます。

ある夜、修司は浜辺で和子に襲いかかり、健一郎と清はその様子を目撃します。翌日、和子が自殺したことがわかり、その場では、さすがに健一郎も心が動いたような表情を見せます。

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清は同級生二人のひめごとを見るのを嫌がるが、健一郎は「実況中継」で様子を伝え、しまいには髪の毛をつかんで無理矢理直視させる。

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でも、葬儀のあと、健一郎と清は海に行き、「死にたいな」といって断崖から飛び込みますが、二人とも浮かんでしまい、「そう簡単には死ねないものですね」と笑う。これで和子の死はおしまい。なにも残さずに忘れられます。

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なにかを死に値するほど重大に受け取る和子の世界と、死にたいな、といって気軽に断崖から飛び込み、死ねないものだと笑う健一郎と清の世界は、ここでするどい対比を成します。彼らのまわりでは、日々、なにかの出来事があったり、自分たちで事件を起こしたりしているのですが、それはみな、なんの痕跡も残さずに消えていってしまうのです。

◆ 大人は忘れない ◆◆
唯一、尾を引くのは、健一郎と母親の愛人とのあいだの確執です。

ある日、健一郎が町を歩いていると、いきなり三人のヤクザ者が襲いかかり、さんざんに健一郎をぶちのめします。

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家で療養しているところに、母親の愛人がやってきて、あれこれ話しているうちに、「三人のヤクザを相手に暴れたか」といいます。健一郎はだれにも相手の人数をいっていませんでした。これで、以前、バーで健一郎にからかわれた腹いせに、この男がヤクザたちを雇ったことが知れます。

傷が癒えると、健一郎は清の家に行き、海に行っているといわれ、浜辺にやってきます。ここで彼は、向こうから歩いてきた女の子の肩にいきなり腕をまわし、強引にシャワー室のほうに連れて行きます。飲み物ならつきあうといったのだと女の子はあらがいますが、健一郎はおかまいなしに一儀におよびます。

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ここでも、健一郎の行為はなんの波紋も残しません。ことが終わると彼女は黙って去っていき、健一郎もなにごともなかったかのようにシャワー室から出、清を探しに行きます(話の順序としては、このあとに前述の、修司が和子を襲い、和子が自殺するエピソードがおかれている)。

◆ 「俺はこだわってるんだ」 ◆◆
話はちょっと前後しますが、清は早苗と泳いでいるときにたずねます。

「なあ、やられたときのこと、いまでも思いだすか?」
「忘れたわ」
「そんなことないだろ、忘れるなんて」
「忘れたわ」
「俺はこだわってるんだ。なあ、正直にいえよ、好きなんだぜ、俺」

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この会話は、清の古めかしい女性観を示すものとも、あるいは、女を知らない彼の幼さを示すものと受け取ることもできます。むろん、そういう意味も込められているでしょう。しかし、この映画全体の文脈においてみると、わたしには、これが「起きた出来事の実在性の証明」を希求する心をあらわしているように思われます。

清の身に起きたことは、みな痕跡をとどめずに消えていきます。彼は、消えないもの、この現実が確固たるものである証明がほしいのです。だから、せめて心惹かれる少女には、集団レイプという異常な体験に深く傷ついて「ほしい」のです。それは清にとって、この現実の実在性を証明するものだから、彼はあえて彼女の気分を害することも辞さないのです。

◆ 遊びだよ、たんなる、なんにも起こりゃしない ◆◆
母親の愛人(ないしは未来の義理の父)の亀井が、ヨットを新しくした、一度乗らないかと誘い、健一郎は承知します。その日、健一郎は清を誘い、清は早苗を誘い、早苗を監視するために姉の真紀もついてきます。

いざ出発という段になって、健一郎は猟銃を亀井につきつけ、母とともに桟橋に置き去りにします。

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船上では、つねに見えない緊張はあるものの、しばらくは目立った出来事はありません。食事のあとで、健一郎が赤ペンキの缶を引っ繰り返し、ペンキがこぼれだしたところから、緊張関係がおもてに表れはじめます。

真紀をのぞく三人は、面白がってキャビン全体を赤く塗ってしまいます。これはいわば「血祭」であり、さらなる行動へのスプリングボードとなります。

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健一郎は、言葉を使わずに目とボディーランゲージだけで、清に、いまこそ童貞にサヨナラするときだ、と言い聞かせます。

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清は目の前の早苗に視線を向けますが、健一郎は「ちがう、外のが先だ」と、デッキにいる真紀をやれといいます。清は一瞬ためらい、早苗は「ダメ」と止めますが、意を決して、キャビンをあとにします。

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健一郎は真紀に襲いかかりますが、清は依然としてためらい、健一郎に叱咤されます。

「おまえが先だ」と清を促し、健一郎がどくと、するどい悲鳴が聞こえ、二人が振り返ると、早苗が銃を構えて立っています。

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しかし、清は一瞬、躊躇するものの、ふたたび真紀のほうに向き直り、健一郎は清を守るように、早苗が向ける銃口に相対します。

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このときの村野武範の表情がじつにすばらしく、それがこのシーンを生彩のあるものにしています。むくつけにいえばたんなるレイプ・シーン、それなのに、この涙が出るようなリリシズムはいったいなんなんだ、と思います。つまりは、「撃てよ、俺は死んでもいいんだ」という、ギリギリの突っ張り方に、われわれは感銘を受けるのだと思います。

◆ 思い出さえも残しはしない ◆◆
いっぽうで、早苗の向こう側にあるものは複雑で、簡単には引っ張り出せません。まず、目に見えるものをいえば、銃はいうまでもなくファリック・シンボル、男そのものです。そのファリック・シンボルをもって、少女がレイプの現場にあらわれるとは、どういうことか? ひとつの解釈は、この男たちの祭、通過儀礼への擬似的な参加です。

早苗自身が集団暴行を受けた過去があることを考えれば、この銃は復讐であり、同時に哀しみの象徴でしょう。愛しているとまではいえないにせよ、好ましくは思っていた男が、彼女の敵と同じふるまいをしているのです。

結局、早苗は引き金をひけないまま、清はことを終わり、早苗を見、羞恥と悔恨の表情を浮かべます。早苗は唇を噛み、キャビンに戻ります。

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清と交代した健一郎もことを終わると、銃声が聞こえます。キャビンの側壁に穴が開き、海水が吹き込み、早苗はもう一発、側壁に発射します。

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デッキでは、横たわったままの真紀に背を向け、健一郎と清が索漠とした表情で海を眺めています。

清は童貞を失い、健一郎は死ぬか生きるかの瞬間を通り抜けた直後なのに、その波紋はたちどころに消え去り、またこれまでと同じぬるい時間が二人を包みます。

ヨットハーバーを出発するとき、健一郎が銃で亀井を脅したことを気にしているだろうと、清は真紀と早苗を安心させます。

「遊びだよ、たんなる、なんにも起きやしない」

そして、たんなる遊びをやってみたら、やっぱり、なんにも起きやしなかったのです。

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もう一回、『八月の濡れた砂』を延長し、音楽の効果とロケ地について書くつもりです。

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by songsf4s | 2010-05-12 23:57 | 映画