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そして写真だけが残る(ことになるだろう) その1 トム・リーミー『サンディエゴ・ライトフット・スー』

相変わらずまとまった時間がとれず、つぎになにを取り上げるかも決められない状態です。たぶん、改めて見るまでもない、よく知っている映画を取り上げることになるでしょう。

それまでのつなぎとして、前回の枕でちょっとふれた古書の話を少々。

◆ 残るもの、去るもの ◆◆
年をとると困ったこともたくさん起きますが、それを相殺するように、いいこともたくさん起きます。なによりも、生涯ずっと悩まされてつづけてきた、書物や盤に対する執着心がほとんどなくなったことが、わたしにとっては大いなる福音です。

値の付きそうなものはオークションに出して身軽になろうと思い、盤や本を選り分けているのですが、盤はほとんどすべて不要、本の大部分も不要だということがわかり、驚きました。オークションに出す以前に、つげ義春、林静一などの漫画、澁澤龍彦、SFマガジン、ガロは、古書店に売り払ってしまいました。

盤についてはぜひ残したいというものはありませんが、書物はそうもいかないようです。音楽関係の原書の半分ほど(100冊ぐらいか)、久生十蘭すべて、半村良すべて、山田風太郎すべて、江戸資料の一部、江戸川乱歩の一部、などは残すつもりです。理由は単純、つねに読み返しているからです。

われながら変われば変わるものだと思いますが、中井英夫も稲垣足穂も全部いらないと見切ってしまいました。ながらく大切にとっておいた、塔晶夫名義の『虚無への供物』初版、カバー帯アリ、木々高太郎宛献呈署名入りもオークションに出すつもりです。といっても、これはかなり相場が高いので、右から左に売れることはなく、しばらくは手元に置くことになるでしょう。

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執着心が薄れるのは気持のいいことではあるのですが、反面、あまりにもとっかかりがなく、そろそろ年貢の納め時か、という気もしてきます。まあ、年をとるというのは、そういうものなのでしょう。

◆ いまだ煩悩去らず ◆◆
というしだいで、処分するもの、残しておくものの選別はじつに簡単なのですが、ほんの数冊、売るべきか、残すべきか、決めかねているものがあります。

その代表がこれ。

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トム・リーミーといっても、ご存知の方は多くはないでしょう。著作としては、わずかにこの『サンディエゴ・ライトフット・スー』という短編集と、『沈黙の声』という長編があるだけです。急逝したときですら、熱心なSFファンしか知らない作家でしたし、いまではほとんど忘却の彼方だろうと思います。

しかし、1976年だったか翌年だったか、SFマガジン恒例のヒューゴー・ネビュラ賞受賞作特集で読んだ「サンディエゴ・ライトフット・スー」は、じつにすばらしい中編でした。この年だったか、トム・リーミーはもっとも将来を嘱望される作家に授与されるジョン・キャンベル賞を得ています。文字どおり「期待の新星」だったのです。それが77年11月、タイプライターに突っ伏して死んでいるのを発見されました。心臓発作だったそうです。

作家の死にこれほどがっかりしたことはありません。まだ「サンディエゴ・ライトフット・スー」一篇しか読んだことがなかったのだから、あんまりじゃないか、と腹が立ちました。広瀬正の急逝も残念でなりませんが、わたしがこの作家を読むようになったのは没後のことなので、トム・リーミーのようなショックはありませんでした。なんというか、ちょっと大げさですが、ビートルズの「抱きしめたい」を聴いて、すごい、と思ったら、翌月には解散していた、といったような感じでした。

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◆ 目を剥く価格 ◆◆
トム・リーミーの二冊の著作は、日本ではサンリオから出版されました。古書の世界に多少とも通じている方ならご存知のように、サンリオSF文庫は、休刊後、一部の本が値上がりしました。そこまではよく記憶しています。わたし自身、長いあいだ、サンリオSF文庫を安く見かければ、読む読まないは別として買っていたほどです。

しかし、この十数年、古本屋歩きから遠ざかり、ビブリオマニアだったのはいまや大昔のこと、本が増えることを嫌い、最低限必要なものしか買わなくなったので、古書の相場の知識はゼロに逆戻りです。わたしよりは最近のことを知っている友人に仕分けを手伝ってもらったのですが、そのとき、サンリオはもっていないかといわれ、押し入れの奥から引きずり出して並べてみました。

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その後、友人がリストを元に計算したところ、オークションに出すまでもなく、古書店の買い取り価格リストで見ても、わが家にあるサンリオ文庫をすべて売れば四万前後になることがわかりました。ただし、どこかにいって見あたらなかった『サンディエゴ・ライトフット・スー』はこのなかに入っていませんでした。

それが数日前に、書棚を整理していて、文庫の山から出てきたのです。カバー帯アリ、天地小口シミ微少といったところで、まずまずの状態です。では、というので、古書価を検索してみました。

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友人から、トム・リーミーは高い、早く見つけろ、とはいわれていたのですが、ここまで高いとは。いくら一部に熱狂的ファンがいるとはいえ、所詮、文庫本です。昔なら、文庫だというだけでプレミアも抑制されたものです。それが、安くても4000円、高いと1万円だというのだから、呆れます。

われながら、どこまでいっても俗物だと思います。これがどこを見ても200円なんていう値段だったら、あっさり売らずにおきます。でも、これだけ高いと、売るべきだろうというほうに気持は傾きました。所詮、骨になってからも読めるわけではなし、しかもコツになるのもそう遠くないかもしれないですからね!

◆ 決着は持ち越し ◆◆
情けなくも逡巡し、では、読み直してから決めよう、と考えました。表題作の「サンディエゴ・ライトフット・スー」の価値はわかっています。もし、ほかになければこれ一作でとっておくことに決めますが、幸か不幸か、この中編が掲載されたSFマガジンはまだ売らずにとってあるのです。そもそも、とってなくても、必要ならまだ安価に入手できるでしょう。

したがって、問題は残りの作品です。昨日は「トウィラ」、今日は「ハリウッドの看板の下で」を読みました。

うーん、なんたることか、まだ判断できません。「サンディエゴ・ライトフット・スー」ほどの秀作ではないにしても、「トウィラ」は捨てがたい味のある一篇でした。

しかたない、今夜は初読のときは気に入った「デトワイラー・ボーイ」を読み直してみるとしましょう。ついに俺も執着心から解放され、悟りを開いたか、と思ったのも束の間、書痴の泥沼に舞い戻りかねない瀬戸際に立たされたようです。
by songsf4s | 2010-03-14 23:57 | 書物