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(仮)キャバレー・ブルー・クイーン by 飯田信夫(新東宝映画『暁の追跡』より その3)
タイトル
キャバレー・ブルー・クイーン
アーティスト
飯田信夫
ライター
飯田信夫
収録アルバム
N/A(『暁の追跡』OST)
リリース年
1950年
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このところFC2のブログはまったく更新できず、当家も匍匐前進になってしまったにはいろいろいな理由があるのですが、とりわけ古書をオークションに出す準備に時間をとられています。

うちにあるのはほとんどすべてが昭和以降のものなので、「古書」とは呼べず、たんなる「セコハン」にすぎません。一握りしかない大正以前の本で、ややめずらしい一冊がこれ。

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この本は、ちょっとした成り行きから、自分で値をつけて買ってきたものです。いや、正確には、懇意な古書店で数冊の古書の値踏みをした報酬として安価に譲ってもらったのです。四半世紀前のことで、もういくら払ったかは忘れてしまいましたが、当然ながら、現今の相場よりはるかに安い価格にしました。なんたって買い手はわたし自身なのだから、ふっかけたりはしません!

そんな若いときに古書価がわかっていたのかといわれそうですが、すくなくとも現在よりはよく知っていました。この矢野目源一訳の『吸血鬼』元版は、はじめて見るものでしたが、これはそれなりの値打ちがあると考え、一冊抜いていいといわれたその権利を、この本に適用することにしたくらいですから、最低限の知識は持っていました。

そのときの値踏みでも、書店主に損をさせてはいけないという思いと、あまり高すぎて売れなくても意味がないという配慮がせめぎ合って、呻吟してしまいましたが、オークションも似たところがあります。あまり安く売りたくはないけれど、高すぎて売れなくては意味がありません。

いやまあ、高いから売れない、安いから売れる、というものではなく、ウソみたいに高くつけているところがそれなりに売れていたりするから、無茶苦茶というか、世の中は面白いというか、わけがわからないのですが。

◆ ハリウッドの先を越しそこなう! ◆◆
古書の話は次回にでもゆっくりすることにして、今日は『暁の追跡』を最後まで見ることにします。

前々回にも書きましたが、『暁の追跡』という映画は、池部良と水島道太郎という二人の巡査の対立が、あまりにも観念的、図式的で、ドラマとしてはちょっときびしいものがあります。個人や集団の対立はドラマのエンジンになりうるのですが、この映画では、利害の対立でもなければ、魂のせめぎ合いでもなく、観念の対立にすぎないので、見ていて恥ずかしさに赤面してしまいます。

その中間にいる伊藤雄之助は、警察官であることに自嘲的で、ちょっといい加減なところがあり、交番で銃を暴発させ、同僚に軽いケガをさせて免職になってしまいます。銃の扱いがあまりにも粗雑で、こんな警官がいるはずがあるかよ、と思ういっぽう、現代の警官にもとんでもない事件を起こす不心得者がときおりあらわれることに思い至り、こんなものかもな、という妙な気分になります。

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ここからの展開がまたちょっと不思議なのです。寮の部屋で荷物をまとめながら、伊藤雄之助がトランペットをもてあそんで、「こんなことなら、もうちょっとこいつを練習しておけばよかったよ。あいつは雇ってくれるかな」などというのです。

まあ、プレイヤーもピンキリで、ずいぶんいい加減なのがいたようなので、「こんな設定はありえない」などとはいわずにおきます。その他大勢として突っ立ち、よくわからないときは音を出さないようにしていれば、お情けで給料をもらえるかもしれません。しかし、あの時代のビッグバンドでは、譜面を読めないと無理のような気もやはりするのですが……。

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そして、池部良が雨の日に警邏していると、「ブルー・クイーン」というキャバレーの裏口から伊藤雄之助が声をかけ、いまはここにつとめている、ちょっと寄っていけと誘います。このキャバレーのバンドが演奏している「現実音」として2曲が流れます。つづけて出てくるので、ファイルを切らず、2曲をまとめてあります。また、例によって、タイトルはわたしが恣意的につけたものにすぎません。

サンプル 「キャバレー・ブルー・クイーン」

ほんの少ししか聴けない最初の曲はなかなかホットで、飯田信夫音楽監督は、ちょっとばかり尖鋭なセンスをもっていたのかもしれません。ブルース・コード進行になりそうでならないところが、面白いような、肩すかしのような、妙な気分になります。服部良一の影響があったのかもしれませんが、この曲でのスタイルはずっとハードで、思わず「ムムッ」と身構えてしまいました。昔の音楽をなめてかかると、ときおり、尖鋭な時代性にもろに突き刺されてしまうことがあります。

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この最初の曲のようにハードなものを、「現実音」としてではなく、純粋なスコアとして、東京アンダーワールドの風景と重ね合わせることができたら、『暁の追跡』は日本映画史のターニング・ポイントのひとつに勘定されたにちがいありません。市川崑監督、飯田信夫音楽監督、ともに大魚を逸しましたな。

いや、ハリウッドだって、クラブの場面などでの現実音ではなく、スコアとして4ビートが使われるようになるのは1950年代後半のこと。それに数年も先立って、日本がジャズ・スコアの映画なんかつくってしまっては秩序破壊かもしれません。いや、「時間線擾乱罪」で「タイム・パトロール」に摘発される恐れなきにしもあらず。呵々。

◆ 廃墟の美 ◆◆
『暁の追跡』は「視覚の愉楽」、eye-candyに充ち満ちた映画で、ストーリーラインを追わずに、画面だけ見ているぶんにはまったく退屈しません。

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『暁の追跡』はクライム・ストーリーではあっても、ディテクティヴ・ストーリーではないので、謎解きの興味はまったくのゼロ、事件の首謀者はあっさり割れてしまいます。じっさい、どういう手がかりから首謀者と本拠が判明したのか、よくわからないうちに、いつのまにか払暁の大捕物へ向かって動きだすものだから、観客は面食らってしまいます。

とはいえ、清洲橋を渡った川向こうでの捕物劇は、舞台がすばらしくて、おおいに楽しめました。こういう場合は、百万言を費やすより、キャプチャーを見ていただいたほうがいいでしょう。

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まだ空襲で破壊された廃墟がそれなりに残っている時期だったのでしょうが、それにしても、よくまあ、これほど魅惑的な舞台がみつかったものだと思います。映画はロケーション・ハンティングで決まる、とまでいう人がいますが、『暁の追跡』の場合は、まさにその通りだという気がします。

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どんなことでも人の噂は当てにならないもので、自分の目と耳でたしかめないかぎりは、作物の善し悪しなどいえるものではありません。

たしかに、「映画としての評価」などと正面を切った物言いでは、『暁の追跡』はとくにいい作品とはいえないでしょう。でも、そういう表向きのことはうっちゃって、ただたんに見ていて楽しいか楽しくないかというレベルでいうなら、これはもうすばらしい視覚的愉悦で、こんなに楽しいロケーション・ショットが連続する映画はほかに思いつかないほどです。そういう映画の重要性を伝える文章をいままで目にしたことがなかったというのは、ちょっと考えこんでしまいます。

いや、『暁の追跡』のロケーション・ショットにおおいなる美をみいだすのは、多くの人と共有できることではないかもしれません。ふつうはストーリー・テリングを重視するもので、その面では『暁の追跡』は不出来です。

それでもなお、世の中には、他人の意見だの「定説」などにはまったく興味を持たず、自分の感覚しか信じない論者というのがいるものです。変な音楽や変な小説や変な映画のことが、葡萄のツルを伝わってくるのはよくあることなのに、『暁の追跡』のように、そういうネットワークからこぼれてしまうものがあるのは、じつにもったいないと思います。

この映画の視覚的卓越性、都市を捉える目の鋭さをいままで知らなかったとは、まったくもって不覚でした。いや、こういうことがあるから、定評のない映画を見てみようという気になるのですが。

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暁の追跡 [DVD]
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by songsf4s | 2010-03-12 23:56 | 映画・TV音楽