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夜来香(日本語ヴァージョン) by 李香蘭(新東宝映画『暁の追跡』より その1)
タイトル
夜来香
アーティスト
李香蘭
ライター
黎錦光、佐伯孝夫(追加日本語詞)
収録アルバム
N/A(『暁の追跡』OST)
リリース年
1950年(日本語ヴァージョン)
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前回の『浮雲』その2でふれた中古智美術監督は、シベリア抑留から解放されて帰国してみたら、東宝はかの大争議のさなかだったそうです。どうやらそのおかげのようですが、新東宝で数本の仕事をして、そのなかに市川崑監督、池部良主演の『暁の追跡』がありました。

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たったそれだけの縁で、『暁の追跡』を見てみました。市川崑の大ファンというわけでもないので、それほど期待していなかったせいもあるのですが、この映画にはちょっと驚きました。『暁の追跡』を特筆大書で紹介した文章というのは見たことがなく、市川崑修行時代のエチュードてなあたりか、ぐらいの軽い気持で見てしまったのです。

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◆ ストーリーテリングを阻害する議論 ◆◆
池部良は新橋駅前交番に勤務する警邏巡査、その班長が水島道太郎、同僚に田崎潤と伊藤雄之助がいます。

夏の払暁、水島道太郎が、路上で不審な取引をしていた男を交番に連行し、自分の傷の手当てのために、池部良にその男をあずけます。たまたま長時間勤務で注意散漫になっていた池部良は、一瞬の隙に、その男に逃げられ、必死で追跡します。男はガード脇の工事足場を伝って線路に出て逃走するものの、足をとられて転倒し、列車にはねられて死んでしまいます。

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この男は麻薬密売組織の末端だったことがわかり、菅井一郎を主任としたチームがこの組織を追い詰め、壊滅させるというのが骨組で、警邏警官にすぎない池部良は、ちょっとした偶然から、この事件に深くかかわることになります。

プロットとしてはそんなところで、とくに目を見張るようなものではありません。水島道太郎が組織論を振りかざし、池部良がヒューマニズムの側に立ち、むやみに生硬な議論をくりかえす新藤兼人脚本にはおおいにめげます。新藤兼人の映画が面白いと思ったことが生涯にただ一度もない人間の偏見かもしれませんが、でも、そりが合わないというのはどうにもなりません。

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鈴木清順が『けんかえれじい』のとき、新藤兼人の脚本をずたずたにしてしまったという逸話を読み(新藤は完成試写を見て怒り狂ったとか)、さもありなん、鈴木清順と新藤兼人では水と油だ、清順があんな青臭い人間の書くことを好むはずがない、と思いました。

しかし、脚本はどこまでいっても脚本、それですむならだれもキャメラを廻したりはしません。いや、脚本に足をとられて沈没するのが大部分の映画の運命なのですが、ときには、脚本とは無関係に、勝手にどこかに飛んでいく映画もあります。『暁の追跡』は、脚本が意図したろくでもない「意味」のレベルを超えたところで面白い映画でした。

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◆ ロケーション撮影 ◆◆
中古智美術監督は、『成瀬巳喜男の設計』のなかで自身のキャリアにふれ、『暁の追跡』については、「市川さんの将来がよく出ている」と短くコメントするにとどめていますが、じっさいに見ると、なるほど、そういう感じだ、と納得がいきます。画角の取り方に精彩があり、それがこの映画の最大の魅力になっているのです。

タイトルが終わって話に入った瞬間からの1分ほどに、この若い監督の野心が刻み込まれています。以下、タイトル直後のショットからはじめて、カットごとに最低でも一葉のキャプチャーをとってみました。

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ファースト・ショット。新橋-有楽町間の風景。手前に見えるビルにご注目。その手前に高架の線路がある。

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上述のビルを反対側から捉えている。

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キャメラはこのビルの3階の一室とそのなかの人物を捉える。

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さらにもうひとりの人物を捉える。ふつうなら、こういうシーンはセットで撮影し、背景はミニチュアと書割の組み合わせだろう。しかし、この映画は徹底したロケーション主義を貫いている。

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人物が頭を下げた瞬間、窓の向こうを電車が通過して、ロケであることを証明する。

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そのビルの前を警邏中の池部良巡査が通る。

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このビルを折り返し点にして、角を回って逆方向に歩み始める。

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この家並みの捉え方に軽いショックを覚えた。手前のバラック建築のたたずまいもすばらしいし、キャメラ位置が卓抜で、なんともいえない質感と量感をたたえた絵になっている。

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池部良は警邏を終わり、新橋駅前に戻る。この旧駅舎にもちょっと驚いた。いつまであったものか知らないが、まったく記憶にない。

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駅前交番に戻った。


ショットの選択や電車の通過を利用したスムーズな編集にも感心しましたが、なんといっても、バラック建築の捉え方がすばらしいシークェンスです。家並みをこのように捉えた映画というのは記憶がありません(しいていうと、規模は異なるし、ロケではなくオープン・セットだが、『天井桟敷の人々』をいくぶん想起させる)。いや、いいなあ、と思うだけで、そのよさのよってきたるところをうまく言語化できないのですが。

◆ 挿入曲 ◆◆
新橋駅前派出所のようすはしばしば描写されるのですが、近所の商店ないしは飲食店から流れてくるのか、たいていはなにか流行歌が聞こえてきます。そのほとんどの曲がわからないのですが、夜更けになって流れるこの曲だけはわかりました。

李香蘭 夜来香 日本録音


李香蘭の「夜来香」のオリジナルは戦中の上海録音で、サウンドの出来については、そのオリジナルのほうがずっと上です。『暁の追跡』に使われているのは、サウンドがドライで奥行きのない日本録音ですが、映画のなかでは台詞や効果音に邪魔されて音が曖昧になり、結果的に盤よりも違和感のない音になっています。上海録音の中国語ヴァージョンに近いサウンドに聞こえるのです。

上海録音の「夜来香」は盤で聴いてのけぞりました。楽曲の構成も、アレンジ、サウンドも、1950年代終わりのアメリカにもっていき、たとえばコニー・フランシスが歌ってもまったく違和感がないであろうものなのです。ときおり、時代を間違えたような曲というのがありますが、「夜来香」もタイム・トラヴェラーがつくったのかと思うほど、未来のポップ・ミュージックを予言する音になっています。

夜来香 上海録音


これが太平洋戦争中のアレンジ、サウンドに聞こえますか? わたしだったら時代測定を20年ほど間違えると思います。

「夜来香」(イエライシャンと発音する)がどういう植物かについては、「花300」の夜来香ページを参照ありたし。

もう一回、『暁の追跡』のロケーション撮影を観察する予定です。
by songsf4s | 2010-02-26 23:48 | 映画・TV音楽