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(仮)暴動序曲 by 伊部晴美(日活映画『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』より その2)
タイトル
暴動序曲(仮題)
アーティスト
伊部晴美
ライター
伊部晴美
収録アルバム
N/A(日活映画『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』)
リリース年
1963年
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ほんとうに近ごろは世間のことを知らなくて、日高敏隆氏がなくなったことを、さきほどになってようやく知りました。十代二十代に接した氏の著訳書は、ただわけもわからず読んだだけでしたが、後年、「種に序列をつけない」という明快な主張を読み、おおいにうたれました。

f0147840_023015.jpgそれを読んだのは新聞のコラム、欧米の反捕鯨運動の虚妄をみごとに衝く一文のなかででした。彼らは、牛や豚は下等だから家畜にして殺して食べても問題ないといい、そのいっぽうで、鯨やイルカには知性ないしはその萌芽がある、だから殺してはいけない、というが、それぞれの種にどの程度の価値があるかなどということは、人間が決めることではない、鯨も牛も豚も価値に差はない、という論旨でした。

こういう簡単な理屈すら理解できなくなる病が「ドグマ」というものです。まあ、鯨には価値があり、日本人には価値がないと、例によって序列をつけているから、あのような無法非道な行為を「正義」と思いこめるのでしょう。

◆ プログラム・ピクチャーはジャズではない ◆◆
鈴木清順があるインタヴューで、あの映画の意図はどのようなものだったのか、などときかれて、いらだちを抑えるように、意図もなにもありはしない、会社からあたえられた企画なんだから、とこたえていました。

1967年の『殺しの烙印』を直接の理由として、鈴木清順は日活から馘首を言い渡されました。その後、支援者の協力を得て訴訟を起こしますが、たまたまそういう時代だったためか、これはいくぶんか左翼活動のような気味合いになっていきます。

たぶん、それが誤解のもとになったのでしょう。作者に向かって、「作品の意味」を問うなどというたわけたことをする(たぶん左翼の)トンチキまでが鈴木清順に興味を持ち、「あの映画の意図はなんでしょうか」などと、およそ無意味な問いかけをするようになります。

たとえお芸術の世界でも、「あなたのあの詩はどういう意図で書いたものですか?」などといったら、作者に張り倒されますよ。まあ、世の中にはパブリシティー最優先というお芸術家もいるので、バカは適当にあしらっておけとばかりに、あることないこと、適当な「意味」を口から出放題にしゃべるかもしれませんが、そんなのはすべて相手に合わせたたわごと、はじめから詐欺師の口上みたいなものです。

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まして、プログラム・ピクチャーですから、意図なんかないことは、ふつうの脳みそを持っている人間は知っています。いや、意図はありますよ。「大勢の客を引き寄せること」というのがすべてのプログラム・ピクチャーの「意図」です。いやいや、予算が予算なので、じつは「大ヒット」も狙っていなくて、「そこそこ当たってくれ」ぐらいのところでしょう。

日活最後の数本をのぞけば、一貫してそういうお客さん本意映画それ自体ですらなく、その付録として公開される同時上映作品を撮ってきた人に向かって(いや、溝口健二や小津安二郎が相手でも、それはそれでまずいが)、「あの作品の意図はなんですか?」はないでしょう!

世の中にはほんとうになにもわかっていない人というのがいるものですが、それにしても、あの時代には、左翼のこの手のお芸術バカが一人前の顔をしてそこらを闊歩していて、わたしのような普通の高校生はときおりおおいなる迷惑をこうむりました。

ちょっと年上の大学生なんかに、この手合いが掃いて捨てるほどいて、ただたんに喫茶店で隣のテーブルに坐ったというだけの理由で、議論を吹きかけてきたりしました。「こんな音楽のどこが面白いんだ、きみはマイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーンを聴かないのか」って、おまえの知ったことかよ! ジャズみたいな退廃無為惰弱猥褻なる音楽のどこが面白いんだ、おまえはデイヴ・クラーク・ファイヴやヤング・ラスカルズを聴かないのか?

わたしは右翼ではないし、昔の分類でいえばリベラルだと思うのですが、あのころの政治状況を思いだすと、ウルトラ右翼的気分になります。わけのわからない時代でした。高倉健の『昭和残侠伝』五本立て終夜興業に行くと(まじめな受験生だったのに、どうやって親を騙して池袋文芸座で夜明かししたのか、いまでは思いだせない)、左翼がいっぱいいるのですよ。でも、プログラム・ピクチャーをたくさん見たひとは、ものがわかっているから、高校生をつかまえて議論を吹きかけたりはせず、静かに(つねに超満員、座席は狭く、押し合いへし合いだったが)映画を愉しむことができました。

今日の枕の御題は「世の中にはお芸術ではないものもある」でした。もうひとつの「裏の御題」は、「プログラム・ピクチャーはロックンロールである」なんですが、「その意図は?」と訊かれちゃうかもしれません!

◆ お仕着せを染め直す ◆◆
「その意図は?」も困りますが、プロットというヤツも困りものです。だいたい、多くのものがそうですが、味があるのは骨組より肉づけのほうです。

たとえばですよ、ビートルズのTwist and Shoutはどういう曲か、説明しなければならないとしますね。そうすると、典型的な3コードの曲で、キーはなんだっけ、Dかな、とか、そういうくだらないことをいうハメになります。でも、あれは楽曲がどうしたということではなく、なによりもジョン・レノンのレンディションがすばらしいのだということは、どなたもご存知の通りです。

鈴木清順の映画も、そういうところがあります。企画は会社のお仕着せ、日活社員である以上、拒否はできません。仕方がないから、ディテールに工夫を凝らし、客席で「あくび指南」がはじまったりしないよう、せいぜい、数分に一回はなにかが起こるようにするぐらいのことしかできなかったのです。

鈴木清順映画の魅力はプロットにはない、ということをご承知おき願えたところで、その意味のないプロットをざっといきましょう。この矛盾!

ギャングが取引中の他のギャングを襲い、金やブツを奪うという事件が起こります。現場付近で逮捕された男(川地民夫)が収容された所轄署を、被害にあった二組のギャングどもが公然と見張っているところに、私立探偵の田島(宍戸錠)があらわれ、捜査の指揮を執る警部(金子信雄)に、自分を川地民夫の組織に潜入させろ、ともちかけます。金子信雄はいったんは拒否しますが、宍戸錠の事務所(築地と設定されているが、ロケ地はわからない)にやってきて、拳銃とニセの運転免許証をわたします。

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以上で、リアリズムなどはなから考えていないことはおわかりでしょう。「探偵許可証」などというありえないものを「取り上げるぞ」と脅かされちゃったり、どうやら警察から報酬をもらうようで、これまた「それは無理でしょう」です。

子どものとき、面白く感じたのは、暴力団が大挙して警察を取り囲んで、騒ぎ立てているという設定です。そんなことが現実に起こりうるかはさておき、鈴木清順は、論理を超えて、「見た目に派手」な演出を選択したように感じます。冒頭の襲撃シーンもそれなりに工夫を凝らしてあるし、派手な絵づらになっています。

木村威夫によると、朝、仕事がはじまる直前に、鈴木清順監督に、ここをこう変えたいといわれ、セットを手直ししたり、急いで小道具を調達したりするということがよくあったそうです。つねに、「ただ撮る」ことを避け、細部をいじって、すこしでも退屈しないようにと心がけていたというのです。

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鈴木清順自身は、あたえられたシナリオの根本的な不備はいじりようがない、場面場面の工夫で、すこしでも面白くするしかやりようがない、ということをいっています。観客のほうも、プロットの論理性にはそれほどこだわらず、ディテールの楽しみを追うので、この考え方は正しかったことになります。こういう監督が、どうして裕次郎の映画を撮らせてもらえなかったのか、不思議千万です。

◆ ヤーレン騒乱、騒乱 ◆◆
1960年代終わりに「新宿騒乱事件」というのがありました。68年のことなので、わたしはまだ中学生、なにがどうなってそういう事態に至ったのか、まったく理解していませんでしたが、あのあたりから70年安保締結までは、「騒乱の時代」だったような記憶があります。



新しい日米安全保障条約の締結で学生運動は急激に退潮し、その縮退による急激な内圧の高まりが、72年の「連合赤軍浅間山荘事件」という爆発を喚んだと理解しています。わたしはその騒乱の時代に中学生から高校生になり、浅間山荘事件のときは大学受験準備の真っ最中で、食事のときに、チラッと中継を見るだけでした(野球か!)。

テレビで『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』をはじめて見たのは71年なので、騒乱の記憶なまなましく、しかし永田洋子の顔はまだ知らないという時期です。あの「政治の季節」を「当事者予備軍」「リクルート対象」として過ごした結果、わたしは「過激な反政治主義者」に育ったようです。小説や音楽や映画を政治の道具にする輩はすべて敵でした。いまでもそうです。稲垣足穂がいうように「政治と文学を結びつけるのは、反対向きに二台の機関車を連結するようなもの」なのです。

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そんな「意図」は爪の先ほどもなかっただろうが、オリンピックに向かってそこらじゅうがほじくり返されてしまった東京を、キャメラは偶然に捉えている。有楽町の日劇前も、アスファルトではなく、鉄板の道路になってしまった。

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宍戸錠が「武蔵野署」から築地の事務所にもどったところ。この周辺も工事現場だらけ。

それでも、おかしなことに、所轄署の前に暴力団が陣取って気勢をあげている『くたばれ悪党ども』のシークェンスは、60年安保の記憶なのか、あるいは70年安保の「未来の記憶」なのか、どことなくポジティヴに表現されていて、かつてわたしより年上の世代が経験した「祭り」のように見えました。

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劇中、宍戸錠は、暴力団が警察の前に陣取って気焔をあげているのは気に入らない、といっていますが、なあに、ちょっとした弁解として、暴力団否定を入れておいただけでしょう。あのにぎやかな「お祭り」を演出した監督が、そんなことを本気で思っているはずがあるものですか。

わたしより年上の「運動」をしていた学生たちがヤクザ映画を愛したのも、「でいり」の昂揚感ゆえでしょう。わたしは、雪の夜にドスを片手に雪駄を鳴らして歩く高倉健と池部良の姿には、昂揚感より「滅びの美学」を感じてしまいますが、『くたばれ悪党ども』のギャングの「騒乱」には、盛り上がってしまいました。そういう記憶があるせいか、何度見ても、このヤクザどもの「おい、テレビが来たぞ、今夜は俺たちはヒーローだ」というバカさ加減に、いつも楽しい気分になってしまいます。

この「騒乱」のなかに宍戸錠がMGを駆って割って入り、釈放された川地民夫をさらい、土方弘にミキサー車で追跡の車をさえぎらせて、まんまと逃走するシークェンスは、71年に見てもまずまず手際のよい演出に感じられたのだから(いや、だから、『ブリット』のようなわけにはいかないのだ、日本映画は!)、63年にはもっときびきびと見えたでしょう。

前進で突っ込んだミキサー車が、ちょっとバックして、脇を抜けようとした数台の車を邪魔し、見えないところで、ゴンゴンと音がして、停止が間に合わなかったことを暗示する処理も、なんだか妙に笑いがこみ上げてきます。

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裕次郎抜きでも客が眠らない映画をつくろうと、必死に工夫する鈴木清順監督の姿勢には頭が下がります。こういうことが「ものをつくる」ことなのであって、「意図」なんか、どうだっていいのです。

◆ 微妙なマッチング ◆◆
この「騒乱」シーン(昔は「モブ・シーン」という術語があったことを思いだした)の音楽は、真部(川地民夫)が釈放されるまでは、騒然たる状況の正反対ともいうべき、スロウで静かな4ビートのブルースです。

サンプル 暴動序曲

よく考えると、不思議なタイプのサウンドをもってきているのですが、そうかといって、ここににぎやかな音楽を入れられても困るな、と思います。伊部晴美としても、試行錯誤によって、このシーンの音楽を決めたのかもしれません。

このスロウ・ブルースは、使いまわしのきくキューとしてつくられていて(べつにめずらしいことではない)、何度か登場しますが、それはまたあとで機会があればふれます、

もう一曲、スコアを聴く予定だったのですが。新宿騒乱事件などという変なものを思いだしてしまったために、たどりつけませんでした。ここまででまだ映画は15分しかたっていません。いつ終わることやら。


DVD
探偵事務所23 くたばれ悪党ども [DVD]
探偵事務所23 くたばれ悪党ども [DVD]

OST
日活映画音楽集~監督シリーズ~鈴木清順
日活映画音楽集~監督シリーズ~鈴木清順

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by songsf4s | 2010-01-23 23:12 | 映画・TV音楽