小林旭の『渡り鳥シリーズ』を何本かご覧になった方は、かならずといっていいほどキャバレーのフロア・ショウがあり、そのダンサーもいつも同じ女性だということに気づかれたはずです。演ずるは白木マリです。
渡り鳥シリーズのどれだったか、白木マリが牧場で働く(ウェスタンなのだ!)堅気の女になるのがありました。変だな、フロア・ショウはないのかよ、と思ってみていると、回想シーンで、元はダンサーだったことがわかり、ちゃんと踊ってみせます。これには大笑いしました。マンネリ化を自覚し、それを逆手にとったセルフ・パロディーだったのでしょう。
柴田錬三郎がおなじようなことをしています。『江戸群盗伝』で万事めでたく解決し、惚れた女(というか、お姫様)と結ばれた主人公が、『続・江戸群盗伝』の冒頭では、幸せな生活に退屈しきっているというのは笑いました。
子どもはいざ知らず、大人としては、「その後、二人は幸せに暮らしました」なんていう結末には、ほう、その後って、どれくらいの年月だよ、明確に数字をあげてもらおうじゃないか、と物言いをつけたくなります。
「その後」の耐用年数というのは、平均すると数年じゃないかと思いますよ。たとえ、現実に「その後、二人は幸せに暮らしました」になったカップルがあっても、この「その後」はすぐに終わり、またさらに異なった「その後」があるのが人生というものです。
またしても脇道の脇道に入りこんでしまいました。渡辺武信によると、のちに日活アクションのおきまりの景物となる白木マリのフロア・ショウは、じつは『嵐を呼ぶ男』がお初なのだそうです。知りませんでした!
『嵐を呼ぶ男』では、白木マリは石原裕次郎のライヴァルである笈田敏夫扮するドラマーの恋人になったり、マネージメント会社のボス・安部徹(Movie Walkerのデータベースは、この役を市村俊幸が演じたとしている。まさかね! どう見ても「ブーちゃん」のタイプではない。Movie Walkerはキネ旬の古い資料をベースにしているところがいいのだが、古い資料のミスをそのまま引き写した結果が市村俊幸なのだろう)の情婦になったり、それと並行して石原裕次郎にも色目を使ったりで、なかなか忙しい女です。
なぜこれほどさまざまなことをひとつの役に押しつけたのかは不可解で、これもまたシナリオの欠陥に思えるのですが、どうであれ、白木マリは狂言まわしとなって、さまざまな転換点にからんでいきます。
◆ 安直和解 ◆◆
青山恭二のコンサートの会場で、白木マリは北原美枝に話しかけます。わたしのせいで「正ちゃん」(石原裕次郎)は安部徹の配下に痛めつけられることになった、彼はあなたのことを愛しているのに、金子信雄に脅されて身を退いたのだ、と明かします。ついでに、母親につらく当たられるのをすごく悲しんでいるなどとも話します。
こういう処理は子どものころにたくさん見たので、懐かしくはあります。第三者の証言によって、主人公が甘んじて受け入れた汚名がはれるというのはよくあるエンディングのパターンですし、じっさい、効果を上げるからパターン化したのでしょう。
でもねえ、これを柱の陰で母親がきいて、思わず涙を流し、わたしはひどい母親だったと手のひら返してしまうのはどんなものでしょうか。これしきのことでみずからの非に気づく母親なら、そもそもはじめから、この親子のあいだにはなにも問題は起きなかったにちがいありません。弟のコンサートという派手な場面にからませて、親子の和解をするという、作り手の都合に合わせただけの、なんともはや、おそろしく安にして直な和解案です。
ただし、公平にいって、『愛染かつら』が大ヒットしたのも、『君の名は』が大ヒットしたのも、そして、見たことがないので友人の言の受け売りですが、『冬のソナタ』が大ヒットしたのも、こういう臆面のない、恥知らずな安直さにあったわけで、客はこの解決を好んだのでしょう。わたしは願い下げですがね。
◆ シンフォニック・ジャズ・スコア! ◆◆
青山恭二がオーケストラをコンダクトするシーンは、アルフレッド・ヒチコックの『知りすぎていた男』のように、オーケストラそのものになにか仕掛けがあるわけではないので、それほど有効なショットにはならず、背景でしかありませんが、周囲の人びとの動きと、ステージをカットバックで見せることで、それなりの緊迫感はつくっています。
ここで使われる音楽ですが、会場の入口のポスターに「シンホニック・ジャズ」(「ホ」は恐れ入るが!)とあるとおり、ガーシュウィンのRhapsody in Blueを意識したものになっています。ここはやはり、そうあってほしい、というか、この映画の気分からいって、それ以外にはないと感じます。
ただし、大森盛太郎か井上梅次か、はたまたそれ以外のだれかのアイディアかわかりませんが、そうしたディテールが(とりわけ当時の観客に)どの程度理解され、評価されたかは心許ないところです。だから、映画製作者はだれにでもわかる『愛染かつら』式安直さを選択してしまうのであって、そこは理解していますが、でも、やはり賛成はできないのです。
いえることはただひとつ、作品が腐らないようにするためには、ディテールで手を抜かないことが重要であり、安直さに流れることをつねに戒めていれば、後世の評価を受けるチャンスがめぐってくる、ということだけです。
「後世」を構成するひとりとしていえば、ここになんのひねりもないストレートな伝統音楽ではなく、シンフォニック・ジャズをもってきたことは、この映画の数少ない美点のひとつと感じます。大森盛太郎音楽監督の発案であれ、最終的な判断は監督にあるので、ほかのことはともかく、この点に関しては井上梅次監督にも頭を下げておきます。シナリオは目も当てられない出来ですが、スコアに関するかぎり、『嵐を呼ぶ男』は日本映画史上屈指の秀作なのです。
サンプル1 シンフォニック・フラグメント1(トラック17)
サンプル2 シンフォニック・フラグメント2(トラック18)
サンプル3 シンフォニック・フラグメント3(トラック19)
サンプル4 シンフォニック・フラグメント4(トラック20)
いや、もちろん、当時の日本のオーケストラだから、レベルの高いパフォーマンスとはいいかねます。同じ地面で後年の、あるいは海外のオーケストラと比較できるプレイではありません。でも、音楽監督の意図を頭のなかでイメージし、現実の音を補正して聴くぐらいのことは、音楽ファンならだれだってできることです。
◆ 『嵐を呼ぶ男』と『陽のあたる坂道』 ◆◆
わたしは日活が大好きだし、石原裕次郎を信奉したりはしないものの、彼があの時代のもっとも魅力的な俳優のひとりであったことには、まったく異論はありません。でも、こういうシナリオには、やはり気分が暗くなります。いや、『嵐を呼ぶ男』が大コケにコケたならいいのですが、爆発的にヒットしたのだから、撮影所の歩みという観点から見ると、やはり禍根を残したと感じます。
「いい映画」「よくできた映画」ではなくても、どこかに突出した魅力があればそれでいい、とは思います。この映画でいえば、石原裕次郎の身のこなしと、スネア・ドラムを中心とした派手で躍動的なスコアの結びつきは、いま見てもきわめて魅力的ですし、当時にあっては、かつて日本映画に存在しなかった「斬新なエクサイトメント」と受け取られたであろうことは容易に想像がつきます。
だから、大ヒットしたのも、まあ、当然といえます。でも、こういう穴だらけの不出来な映画がヒットするというのは、じつに不幸なアクシデントであり、未来の致命的な蹉跌の序章でもありました。
必要なのはヒットであって、秀作ではない、ヒットさえすればそれでいい、というのは、長いスパンで見れば、みずからの首を絞める観念です。結局、日活はこの罠にはまったのだと考えます。日活にかぎらず、日本映画全体が、というべきでしょうが。
ヒットの理由を明確に分析できるなら、ヒットさえすればそれでいい、という考え方でもやっていけるでしょう。問題は、ヒットの理由というのはつねに分析困難であり、たとえ分析できたとしても、応用はほとんど不能という点にあります。そして、映画にかぎらず、成功はつねに失敗の母です。
『嵐を呼ぶ男』は、細かく検討すると、ほとんどいいところがなく、肯定できるのは、1)題材の選択、2)大森盛太郎のスコア、3)石原裕次郎の圧倒的な魅力ぐらいしかありません。映画作りの根本において、気に入らないことだらけです。それだけに、映画は論理や言葉ではなく、視覚と聴覚なのだということを改めて痛感させられる作品だということもいえますが、でも、要するに、たんなる「まぐれ当たり」にすぎません。
『日活アクションの華麗なる世界』によると、『嵐を呼ぶ男』はこの年の興行収入ベストテンに入る大ヒットだったものの、トップは同じ石原裕次郎主演でも、田坂具隆監督の『陽のあたる坂道』のほうだったそうです。
『嵐を呼ぶ男』は石原裕次郎が決定的にブレイクした大ヒット作、ということはだれでもいうので、もういいでしょう。たいした意味はありません。『陽のあたる坂道』にはかなわなかったという事実のほうが、重要な意味をもっています。
日活首脳陣は、この年に経営方針を考えるための好材料を二つも手に入れたのに、分析を間違ってしまったのでしょう。井上梅次はさておき、たとえば、舛田利雄のような商業的に安定した成績を上げる職人は貴重な存在ですが、いっぽうで、田坂具隆的な方向性をもつ監督、メイン・ストリートのそのまたど真ん中を行く「作家性」のある監督を生む努力をしていれば、ロマンポルノはなかったにちがいありません。いや、そのまえに、鈴木清順を、よりによって『殺しの烙印』を理由に馘首するような撮影所にはならなかったでしょう。
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