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『霧笛が俺を呼んでいる』 その6

現今でも使うと思うのですが、かつて「文芸映画」という言葉をよく目にしました。いまもって定義を知らないのですが、「シリアス・ノヴェルを原作としたシリアス・フィルム」なんてあたりの意味でしょうか。

いや、「シリアス」にあまり力点を置かないほうがいいかもしれません。やがて「中間小説」と呼ばれはじめ、ついには「エンターテインメント」だなんて、作家がタップダンスでも踊るのかと思ってしまう、奇怪な言葉で呼ばれるようになるタイプの小説も含まれていたように思います。

たとえば、当家ですでに取り上げたものとしては、『乳母車』は「文芸映画」と呼べるのだろうと思います。もうすこしニュアンスを弱めて、少なくとも「文芸路線」ではあるでしょう。

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困ったことに、日本人のわたしでも定義に苦しんだりするのに、いまや日本映画は国際市場に散乱しはじめているため、ウェブであれこれいっている海外日本映画ファンも、「文芸映画」とはなにかを、ほんの軽い気分であれ、考えなければならないハメになったようです。

そして、どういう訳語が適用されたか? Art Filmsです。うーん、しかたないか、ぐらいの感じですね。日本映画について書かれた英文のなかに、art filmsという言葉があったとして、「文芸映画」と訳すかといえば、「芸術映画」という訳語にするのがふつうでしょう。微妙に包含する対象がずれています。

以上の事実は、英語圏には、日本の「文芸映画」に相当するものがないことを強く示唆しています。『老人と海』『普通の人々』『ナチュラル』『ドライヴィング・ミス・デイジー』(原作は戯曲だが)なんていうのは、典型的な「文芸映画」だったと思うのですがねえ。

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ああ、そうか。彼らにとって、メインストリームの小説が原作になっているか否かは、どうでもいいことなのかもしれません。映画は映画、原作は無関係、という気持でしょう。ここいらへんに、彼我の思考形態の差異があるような気がします。

◆ 謎解きからアクションへ ◆◆
城ヶ島で芦川いづみからロープの切れ端のことをきいた赤木圭一郎は、トリックのにおいをかぎ、(たぶん翌日)二人でふたたび突堤に行き、海底でロープのもういっぽうの端を見つけます。あとで説明されるところによれば、こすれて切れたように見せかけているが、じっさいにはナイフで切ったものだ、というのです。

さらに、殺されたバーのホステスが、恋人が行方不明になったことを一味の仕業と疑っていたことを、同僚のホステスが赤木圭一郎に告げます。それを赤木に告げようとして殺されたのだ、というわけです。かくして、2マイナス1の答は明々白々、赤木圭一郎の親友にして芦川いづみの恋人にして吉永小百合の兄は、死んでいない、身代わりを殺して死んだように見せかけたのだ、という結論になり、この映画がミステリーものだとするなら、ここまでで謎はすべて解決されます。

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赤木圭一郎に同僚の疑いを告げたせいで、このホステスは仕事帰りに深江章喜らに殺されそうになる。

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ここはロケ地を特定できない。背後に派手な造りの教会があるので、すぐにわかりそうなものだが……。なんだか、ほかの映画でも同じ場所を見たような気もする。

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教会ばかりではなく、歩道の造りも、下見板に鎧戸の家も、じつに非日本的。ということは、根岸ハイツのほうで撮ったのか?

こうなると、あとはアクションあるのみ。赤木圭一郎は一味のアジトであるバー〈35ノット〉(おわかりだろうが、セットを組む関係上、そんなにあれこれと場所を設定できない)に乗り込み、一暴れして、俺の言葉をあいつに伝えろ、といいます。

この揺さぶりによって、ついに親友、葉山良二が会見を承知します。観客はみな、この話は『第三の男』パターンだと読んでいるので、ここで意外の感にうたれるお人好しはまずいないでしょう。やっと結末に向かって動きだしたな、ぐらいの印象です。

◆ さらに『第三の男』へと ◆◆
赤木圭一郎は、警察の尾行に対する「ぼくよけ」のつもりなのか、吉永小百合を東京見物に連れて行くといって、ことのついでに葉山良二の隠れ家に立ち寄ります。

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ここからの一連のショットは、ドライヴに行くときのものではなく、これよりも前の、ただ見舞いに来たときのショットだが、都合でここに置いた。「編集によってどんなことでも思いこませることができる」という理論の実践である。いや、そうじゃなくて、背後に写っている町に愕いたのだ。

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市電の線路があるのはいい。なければ愕く。だるま船がたくさんあるのもいい。このころ、あそこはまだ運河として機能していたのだから。

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だが、運河の向こうはなんだ。町になっていないではないか。あんな場所に、あんな空き地があるなんて、いまになると信じがたい!

外観はロケハンのときに、たしか横浜で見つけた家を借りてロケをした、と木村威夫美術監督はいっています。外からミドルで見た葉山良二のショットは別として、あとは室内はすべて、外もアップはセットです。

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ドアにご注目。このドアは「たしか名前を書いて、よその組には使わせなかった」という木村威夫専用部材で、いろいろな映画に登場している。すでに取り上げた田坂具隆監督、石原裕次郎、芦川いづみ主演の『乳母車』に出てくる鎌倉の邸宅や、同じようなスタッフとキャストでつくられた『陽のあたる坂道』の裕次郎や芦川いづみが住んでいる田園調布の邸宅にも使われている。この波形が木村威夫美術監督のお気に召していたそうな。

いまなら、たった二度の階段のショットのために、セットをつくったりはしないでしょうが、そこがやっぱり昔の撮影所、最低限、やるべきことはやっています。そもそも木村威夫は、下手なところを借りるとかえって高くつく、セットのほうが安上がりなこともあると、現今の映画作りを批判しています。

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セット。左端に暖炉があるが、サイズは見て取れない。

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ロケ。カーテンにご注目。

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もちろんロケ。

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ロケ。ただし、緑色の鎧戸はつくってもっていったものらしい。また、はっきりとはわからないが、屋根はどうも天然スレートに思える。最近は見かけないが、天然スレートで葺くと、たっぷりとした量感のある屋根になる。

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セット。ここがわからない。ここもロケで大丈夫だったのではないだろうか。あとからの追加ショットか。カーテンもきちんとそろえてある。ということは、ロケ先にカーテンをもっていったのだろう。

赤木圭一郎は葉山良二の買収に乗らず、葉山良二は自首しろという赤木圭一郎の説得に耳を貸さず、観客の予想通り、会見は物別れに終わります、

赤木圭一郎と妹を遠く見送った直後、葉山良二は拳銃を手に家を出ます。説明はないのですが、友を買収しそこなったうえは、もはや日本に長居は無用、芦川いづみを連れて海外逃亡をするために、密かに横浜に行く、といったあたりでしょう。

二本柳寛のアジトである例のクラブ〈カサブランカ〉に行くと、網を張っていた西村晃らに追われることになります。

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地下の秘密の出入口というのがなんとも「ロマネスク」で、これはどんなものかなあ、と思いますが、作り手としては『第三の男』にもっていきたかったのでしょう。

なんだか、今日は頭が空っぽになって、あらすじを書くだけの能なしになったような気がしますが、肝心なのは文字ではなく、スクリーン・ショットなので、そちらをご覧あれ。

葉山良二が姿をあらわしたことで、もうもってまわった描き方をするわけにはいかず、話はどんどん動くので、つぎからはこちらもスピードアップするのではないかと予測しています。

吉永小百合のインタヴューがあったので貼っておきます。ドライヴのシーンにふれています。

吉永小百合 『霧笛が俺を呼んでいる』の思い出


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by songsf4s | 2009-11-14 23:58 | 映画