人気ブログランキング | 話題のタグを見る
『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ

先は長く、遊んでいる余裕はないので、本日も無愛想に、枕なしで話に入ります。あしからず。いや、たいていのお客さんにとっては、そのほうが好都合でしょうが。

◆ 木村威夫ここにあり ◆◆
刑事との対話のシーンの直後に、説明なしで、芦川いづみがステージに登場して、彼女がクラブ・シンガーだということがわかります。その歌の最中に、赤木圭一郎が客としてクラブに入ってきて、バーカウンターのストゥールに腰を下ろします。埠頭で刑事たちと話したその足でここにやってきた、という想定でしょう。

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_19545035.jpg

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_195699.jpg

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_19561768.jpg

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_19562627.jpg
ステージのデザインが不思議なので、拡大してみた。上部は書き割りで、「『サンダカン八番娼館 望郷編』のような絵」と美術監督はいっている!

かくしてファンならご存知、日活アクションを特徴づける「毎度毎度のナイトクラブ・シーン」の幕開けです。ただし、小林旭の映画ではないので、白木マリのダンスはありません! おあいにくさま。

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_1958635.jpg

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_1958351.jpg

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_19584623.jpg

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_19585775.jpg
こうなると、撮影監督としては、この複雑なセットを駆使して、さまざまな撮り方がしたくなるにちがいない。映画美術とはたんなる視覚デザインではないのだ。

「ナイトクラブの魔術師・木村威夫」なんていったりはしないのでしょうが、わたしとしては、そう呼びたくなります。『東京流れ者』のクラブ〈アルル〉は、いまや「木村ナイトクラブ」の代表作とみなされていますが、今回、20年ぶりに『霧笛が俺を呼んでいる』を見て、ちょっとばかり愕きました。

鈴木清順関係の書籍ではすでに繰り返し指摘されていることなのかもしれない、と先にお断りしておきます。わたしがこの『霧笛が俺を呼んでいる』のナイトクラブを見てビックリしたのは、その構造が鈴木清順的なのに、この映画は清順とは無関係だということです。どこが清順的か?

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_2031775.jpg
一瞬、スプリット・スクリーンかと思うが……。

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_2004473.jpg
キャメラが引くと、現物自体がスプリットされていただけとわかり……。

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_2005275.jpg
じつは、ブロックガラスの壁をはさんで、ステージの反対側に事務室があり、そこから見たショットなのだとわかる。

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_201127.jpg

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_2011043.jpg
事務室では、二本柳寛のボスと内田良平の子分がよからぬ相談をしている。

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_2012097.jpg
さらにキャメラが引くと(クレーン撮影なので、手前に広い場所が必要だ)、待ってました、深江章喜登場。今回も殺し屋に違いない、という風情なり。

というように、ステージの向こうにはオフィスがあり、ガラスを通して客席をのぞける構造になっているのです。これを見れば、清順ファンならだれでも『野獣の青春』を思いだします。しかし、『野獣の青春』の美術監督は木村威夫ではなく、横尾嘉良(ヨシナガ)なのです。

この算術の答えはなんでしょうかね? いちばん単純な解は、木村威夫と鈴木清順は、視覚的な構造の概念を共有するソウル・ブラザーズであった、というあたりでしょうか。もっと単純な答えもあります。鈴木清順ないしは横尾嘉良美術監督が、『霧笛が俺を呼んでいる』のセット・デザインを見て、このアイディアを拡大解釈した、ということです。

『野獣の青春』は近々取り上げる予定なので、ここではこれくらいにしておきます。このガラス・ブロックの使い方は、モンドリアン・パターンの現代版といったおもむきで視覚的にも面白いし、セットの構造という面でも興味深く、きわめて木村威夫的なデザイン、といえます。

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_2012787.jpg

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_201355.jpg
キャメラは再びガラスブロックに迫り、その向こう側で、赤木圭一郎と芦川いづみが話すすがたを捉え、事務室のワルたちが、二人の接近を警戒しはじめたことが観客にも伝わる。

木村威夫美術監督は、このナイトクラブのセットについて以下のように回想しています。

「芦川が上り下りする階段を配して、随分凹凸をつくったような印象があるね」
「建築的なものじゃなしに、敢えていえば、反建築的世界だよ。ドラマの組み立てから、逆にキャバレーの形式を打ち出していったんだ」


おかしなことに、というか、当然というか、木村威夫がデザインした映画のなかのナイトクラブを見て、そういうクラブをつくってくれという注文があり、いくつか現実のナイトクラブを設計したことがあるそうです!

赤木圭一郎と芦川いづみがラジオに出演したときの録音というのがあったので貼り付けておきます。

キャバレーセット ラジオ放送


台本を読んでいるような放送で、いまとはずいぶん感覚が違います。赤木圭一郎が芦川いづみの歌を褒めていますが、これはたぶんプロの歌手のスタンドインでしょう。赤木圭一郎だってそのことを知っていたでしょうが、台本どおりに「演じた」と思われます。

◆ 駄菓子もまた捨て難し ◆◆
親友の死に関する事実を知る女が、冒頭に出てきたバー〈35ノット〉に勤めていて、芦川いづみと会ったあとでホテルに戻った赤木圭一郎は、その女からの「やっと話す気になった」という伝言を聞きます。

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_23344567.jpg

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_23345578.jpg

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_2335943.jpg

女がバーのカウンターから、そういう重要な電話をかける(しかも、このバーが一味の内田良平が差配していて、その部下が女をいつも見張っている!)のは、この脚本のもっとも安易なところで、日活にかぎらず、昔の映画、とくに邦画にはよくある欠陥でした。こういう馬鹿馬鹿しさを回避するのはむずかしくないと思うのですが、映画関係者は視覚的に処理したいと考える傾向があり、絵のほうが先走ってしまうのでしょう。

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_23351838.jpg

そもそも、この女を危険視し、見張っていて、口を開きそうだとなるや、まずい、すぐに消せ、なんていうくらいなら、もっと早い段階でそうしておくはずです。赤木に死体を発見させるという、これまた映画的効果と、書く側の話の運びの都合を重視したもので、論理的にはたがをはめるようにビシッとプロットに収まっているわけではありません。

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_23353335.jpg

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_23354191.jpg

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_23355082.jpg

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_2335593.jpg

活動屋さんは「映画は理屈ではない」というでしょうが、要所要所でプロットのパーツとパーツをカチッとはめてくれないと、ドラマは弱くなっていきます。子どものころ、わたしが邦画を見なくなっていったのは、「そんな馬鹿な」と思うことが度重なったからです。いまさらわたしごときがなにをいってもはじまりませんが、双葉十三郎はリアルタイムでくりかえし日本映画界に苦言を呈しているわけで、批評家の言葉では客は来ない、などといわずに、すこしは耳を傾けるべきでした。

ただし、おかしなことに、これだけ時間がたち、「あ、またテキトーな処理をしやがって。まじめにやれよ」と思うことが習慣となった結果、これが日活映画(および昔の邦画全体)の味であるような気もしてきました。小津安二郎や溝口健二や成瀬巳喜男の映画には、こういう駄菓子のような味はないので、シナリオの欠陥、ご都合主義をプログラム・ピクチャーの持ち味として積極的に評価したくなってしまいます。時の経過による意識の変化というのは、じつにもって摩訶不思議ですな。

◆ 城ヶ島の磯に ◆◆
遺体の発見者として赤木圭一郎が、警察でまた西村晃の取り調べ(麻薬ルートを追っていたというので風紀課だと思っていたが、殺人課だったのね!)を受けるシーンが溶暗して、つぎのショットは郊外の風景になります。

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_23405952.jpg
ここになにか高いものがあったのだろうか? それとも櫓を組んで撮影した?

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_23411274.jpg
現在では、田園風景のなかにずいぶん住宅が混じり、週末は道路が渋滞するようになったが、三浦に行けば、いまでも道路ぎわに畑が広がっているのを見ることができる。もっとも、三浦大根の作付けは激減したらしいが!

前日、芦川いづみと話ができていたという設定なのでしょう。特段の必然性も説明もなく、二人は城ヶ島にドライヴします。「画面を動かしたい」という衝動はよく理解できるので、「映画的チェンジ・オヴ・ペース」なのだと解釈しておきます。

城ヶ島で赤木圭一郎は芦川いづみの言葉から、謎を解くヒントを得ますが、これだって、横浜でもかまわないことです。詰まるところ、美男美女をどこか景色のいいところに遊ばせよう、ロマンスの芽を感じさせようという意図の、視覚的な刺激だけを狙ったシーンです。

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_23442488.jpg

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_2345237.jpg

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_23451111.jpg

郊外へ、と思ったとき、城ヶ島が選ばれたのは、横浜から遠くないということはもちろんですが、このとき、城ヶ島大橋ができたばかりで、観光資源としての価値があったためでしょう。と山勘で書いておき、泥縄で調べました。

神奈川県サイトの城ヶ島大橋ページ

1960年竣工なので、新しいもなにも、出来たてのホヤホヤ、まだ橋が柔らかいうちに(!)ロケしたことになります。わたしら神奈川県民の小学生も、このころ、みなこぞって遠足で城ヶ島に行き、北原白秋の名前をたたき込まれ、歌碑の前で記念写真を撮られました。しかし、国や市のものではなく、県主導でつくり、現在も県が管理しているものとは、いまのいままで知りませんでした。

というだけで、とくに書くべきことはないので、あとはスクリーン・ショットをご覧にいれます。

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_23454952.jpg
ここはすぐに撮影場所がわかった。遠くに見えている岩のアーチのようなものは、〈馬の背洞門〉という名前までつけられている名所。

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_2346095.jpg

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_2346739.jpg

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_23461615.jpg

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_23462862.jpg


『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_23493597.jpg
昨年、城ヶ島に行ったときに撮った馬の背洞門の写真。映画は丘の上で撮っているが、こちらは磯から撮った。

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_2350195.jpg
こういうこともあろうかと思った――はずもないが、「切り返した」写真も撮っておいた。馬の背洞門の前から、向こうの丘を望んでいる。左端、丘が海に向かって下っていくあたりにベンチがあり、映画はそこで撮影をしたのだと推測する。

城ヶ島は、この映画が撮影された半世紀前とあまり変わっていないようです。昨年撮った写真でわかるように、馬の背洞門は相変わらず崩れていませんし、ひどく混み合うこともありません。平日の早朝なら、無人の海岸のロケがいまでもできると思います。

グーグル・マップ・リンク
城ヶ島 馬の背洞門付近

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_23591972.jpg
映画をつくる人たちとしては、やっぱりこういうショットが撮りたいのでしょうね。

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_23592812.jpg
このロープの切れ端がヒントになる、といってもそれほどミステリー的興趣があるわけではないが。

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_23593811.jpg

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_23594575.jpg

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_23595433.jpg
橋の位置から考えて、島の東端、現在、小さな灯台(城ヶ島灯台ではない)があるあたりでの撮影だと思う。昨年、城ヶ島で遊んだときは、このあたりにユリが咲いていて、その写真は撮ったのだが、こういうアングルで橋を捉えた写真は撮らなかった。

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ_f0147840_0074.jpg

これでようやく上映時間にして30分ほどです。まだ検討したいセット、ロケ地は相当数あるので、長丁場と覚悟を決めて、のんびり行きます。

DVD
霧笛が俺を呼んでいる [DVD]
日活 (2002-09-27)
売り上げランキング: 44615


by songsf4s | 2009-11-13 17:14 | 映画