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『霧笛が俺を呼んでいる』 その3 突堤と病院

一度に1シークェンスなどというペースでは、いつまでたっても終わらないので、今日はスピードアップしようという決意で望んでいます。

しかし、テンポが遅いのにはそれなりの理由があります。木村威夫美術監督のフィルモグラフィーを眺めていて、そうか『霧笛が俺を呼んでいる』がそうだったか、あれは横浜が舞台で楽しかった、という、それくらいの気分で、この映画を見返したのですが、いざ検討にとりかかったら、日活アクションの魅惑のエッセンスが詰まった作品のような気がしてきたのです。

もうひとつ、舞台になったのが横浜、それも海岸付近が中心なので、あれこれと記憶がよみがえってしまう、という個人的な事情もあります。この舞台の選択は「無国籍性」と密接に関連しています。

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なぜ「無国籍」だったのか? それは当時の日本がひどく野暮な国に感じられたからです。だから、「無国籍」ではなく、正確には「非日本」「アンチ日本」なのです。いまの言葉でいえば「クールな」世界をつくるために、日本的要素を排除していったのが「日活無国籍アクション」です。

『霧笛が俺を呼んでいる』は、いまの若者の目には「クール」には映らないでしょうが、なにがクールか、なにが「イン」か、なにが「ヒップ」かは、すぐれて時代のコンテクストに依存します。いま現在「クール」なことは、明日の「スクェア」であることがすでに保証されています。

日本がイヤでイヤでしかたなく、非日本的音楽の極北であるロックンロールに狂った少年の目には、日活だけが「クール」な映画スタジオでした。『霧笛が俺を呼んでいる』のシーンのひとつひとつ、セット・デコレーションの細部、小道具、台詞が、わたしの大嫌いだった昭和30年代の日本国の現実を逆光で照らし出すのです。

◆ 日活突堤 ◆◆
それではシーンに戻ります。バンド・ホテルで芦川いづみを見かけた翌日、赤木圭一郎は、かつて親友が住んでいたアパートにいき、管理人に話を聞きます。

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このアパートも明らかに戦前の建築。スクラッチ・タイルや全体のデザインからわかる。いまあればもちろん写真を撮るし、なかにも入りたい。屋上にもなにか見るべきものがあると思う。

ここはロケ地の同定ができませんが、山勘でいえば、新山下のどこかではないかと思います。もっと南の、本牧の可能性もあるかもしれませんが。この風景、とくに小さな鉄の橋に見覚えがあるという方がいらしたら、ぜひコメントにお書きになってください。周囲の風景は変わっても、橋は残っている可能性があるので、チャンスがあったら、写真を撮りに行きたいと思います。

この管理人の話で、親友の死を知り、その水死体が発見されたという突堤に、赤木圭一郎は花を捧げに出向きます。

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横浜港にはこういう突堤がいくらでもあるので、どれだとはいいかねます。ただし、映画を作る側としては、どの突堤でもいい、などというはずがなく、おそらく、日活映画に登場した横浜港の突堤は、ひとつだけでしょう。これも地元では有名だったでしょうから、ご存知の方がいらしたら、ぜひご教示ください。

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突堤で話し合ったあと、芦川いづみは赤木圭一郎を墓地に案内する。ロケ地はおそらくバンド・ホテルの裏手、現在の「港の見える丘公園」付近だろう。

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どうも本物の墓地ではなく、空き地に墓石を並べたように見える。まったくの偶然だが、ブライアン・デ・パーマの『愛のメモリー』の墓を想起させる。

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二人を西村晃が尾行している。

◆ 日活御用達病院 ◆◆
芦川いづみに会い、親友の妹が足の手術のために横浜の病院に入院していることを知った赤木圭一郎は、果物かごをもって病院を訪れます。まだタイトルに「新人」と出ていた吉永小百合(デビュー作とはかぎらない。どういう決まりになっていたかは知らないが、「新人」表示は数作にわたってつづく)の美少女ぶりは印象的ですが、わたしは根が無粋なので、目はつねに背景へと向かいます。

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ここは一目でロケ地がわかります。『スター・トレック』の宇宙船エンタープライズそっくりの形をしたマーキーは、忘れようにも忘れられるものではありません。横浜中央病院というところです。グーグル・マップのリンクをおいておきます。

横浜中央病院航空写真

というように、足を運ばなくても、この写真を見れば、はっきりとあの特徴的なマーキーがわかるので、現存を確認できます。マーキーにかぎらず、全体にすぐれたデザインの病院で、現存はまことにもって慶賀に堪えません。今後も長いあいだ、道行く人の目を楽しませてもらいたいものです。

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病室の外景は、あの周囲の風景と矛盾しないように感じます。内部も現地でロケではないでしょうか。いや、病院が院内での撮影を許可するかどうかは微妙ですが。

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屋上もこの病院の屋上で撮影したのだろうと思います。チラッと近くに見える褐色のスクラッチ・タイルの建物が気になります。ひょっとしたら、同潤会山下町アパートではないでしょうか? かつての古建築行脚では、同潤会アパートをすべて撮影したかったのですが、横浜の同潤会アパートは、平沼町(小津安二郎『東京物語』に登場する。戦争未亡人の原節子が住んでいるという設定)、山下町、ともに取り壊し後で、残念な思いをしました。

横浜中央病院は、横浜港や山手や元町に近いという地の利と、派手なデザインのおかげで、日活アクションに何度か登場しています。いま、どの映画と思いだせないのですが、裕次郎がこの病院に入院しているというシーンがあったと思います。

そういっては病院に失礼かもしれませんが、「病院まで“日活ぶり”しているじゃないか」と感心してしまいます。いえ、正しくは、横浜の風土に由来する、と考えるべきでしょう。それが日活の持ち味にピッタリだったというだけです。

◆ 横浜バンド夕景 ◆◆
病院を出た赤木圭一郎は、二人の刑事に呼び止められます。西村晃はこのころ、悪役が多かったと思いますが、こういう役でもピタッとはまって、プロだなあ、と思います。

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右手に見える全面ガラス張りの階段室のデザインが秀抜。思わず見ほれてしまう。

子ども心に焼きついているのは、『越前竹人形』で西村晃が若尾文子を「襲う」シーンです。水戸黄門も若いころはひどいことをしたものですな! これで若尾文子は妊娠してしまい、記憶はおぼろながら、たしか、水子にするという話だったと思います。色気づいた小学生は、意味がわからないながらもストーリーを記憶し、あとで、なるほど、あれはああいう意味か、と納得しました。

この映画では湯浴みのシーンもあり、若尾文子の裸の背中にもドキドキしました。子どものときに見たきりで、45年ぐらいはたっているのに、そういうことはぜったいに忘れないようです!

それはさておき、二人の刑事は赤木圭一郎を埠頭に連れて行き、これまでの経緯を話します。赤木の親友は麻薬ルートの大物で、彼らはそのルートを追っていたというのです。それで赤木圭一郎も、芦川いづみに突堤に行くように電話したのは刑事たちだと覚ります。観客のほうは、霧の夜、バンド・ホテルの外で芦川いづみを見張っていたのも、この二人だということを知っています。

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グーグル・マップ・リンク
山下埠頭

上記地図の「7号物置場」のあたりがロケ現場だろうと思います。形から想像するに、これはあとから付け足された部分かもしれないので、じっさいにはもうすこしズレた位置である可能性もあると思いますが。

この「バンド」の風景からいろいろなことを思ったのですが、ひどく長い話になってしまったので、それは次回送りにします。

by songsf4s | 2009-11-10 23:59 | 映画