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『東京流れ者』訂正

先日もちょっとふれた木村威夫の『映画美術』を読んでいて、あちゃあ、と叫びました。

『東京流れ者 by 渡哲也 (OST 『東京流れ者』より その1)』という記事の写真キャプションで、「『東京流れ者』では、渡哲也が赤坂の事務所から外を見る(上)たびに、葉を落とした立木とその向こうの東京タワー(下)が見える」と書きました。

ところが、『映画美術』の『東京流れ者』に関する章で、木村威夫と聞き手の荒川邦彦はこういう対話をしているのです。

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TBSタワーだそうです! いやはや。赤坂には土地鑑がない、というか、子どものころ、あのへんをうろうろしたことはなく、仕事でしばしば行くようになったのは1980年代のことなので、そんなものがあるとはまったく知りませんでした。そもそも、映画のショットを見直してくださいな。

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こんなショットでは東京タワーと誤解しても無理はないでしょうに。木村威夫の『映画美術』に収録されたスティルを見れば、疑いが生じるのですけれどね。

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たしかに、これを見ると東京タワーではありません。でも、映画ではこういう縦長のショットにはなりませんからね。鈴木清順=木村威夫に「だます」意図があったのだとしたら、わたしはコロッとやられてしまったクチです。木村威夫は、「東京タワーの偽物」という意図はない、たんなるTBSタワーのショットにすぎない、勘違いするほうがおかしいのだ、といっていますが。

荒川邦彦がこの対話でこだわっているのは、あの映画にはほんものの東京タワーのショットがあったはずだ、それが鈴木=木村コンビの詐欺の餌撒きであり、のちの「偽物の東京タワー」を本物と思いこませるための伏線だったのではないか、ということです。

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たしかに、荒川邦彦のいうとおり、わたしも冒頭でこのショットを見たせいで、「TBSタワー」を見たときも、なんの疑いもなく東京タワーだと思いました。

しかし、木村威夫は、そんなことはない、たまたまあの枯れ木のことを知っていて、その向こうにTBSタワーがあり、その組み合わせで撮っただけだ、といっています。つまり、だいじなのは枯れ木のほうであって(あの木に決まるまでに手間取ったといっている)、タワーではないというのです。

たぶん、じっさいに起きたことは、木村威夫の記憶の通りなのでしょう。でも、『東京流れ者』は『望郷』と縁戚関係にある映画であり(『赤い波止場』を経由した間接の関係かもしれないが)、やはり『望郷』の親戚である『紅の流れ星』に出てくる首都高の回数券のような、故郷を思うよすがが必要です。だから、渡哲也扮する「不死鳥のテツ」がふと見上げる視線の先に、つねにあのタワーがあると、だれだって東京タワーだと思います。鈴木清順がそのことを意識していなかったとは思えないのですがねえ。

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いやはや、人間の視覚というか、認知機能というのはじつに当てにならんものですなあ。観念が先行して、『東京流れ者』というタイトルに、赤白に塗り分けたタワーが出てくれば、裸の目で観察し、判断することは放棄して、即座に「東京タワーである」と決めつけてしまうのです。

いつも肝に銘じているのですよ。他人の意見はまったく無用無益、自分の耳で聴き、自分の考えにしたがって、自分の言葉で書く、それ以外に音楽を聴き、語る方法は存在しない、とね。

もちろん、映画だってそうでなくてはいけないのです。自分の目で見、自分の耳で聴き、自分の頭で考えなければ、たとえ吹けば飛ぶようなウェブの記事であっても、一語たりとも書くべきではありません。であるにもかかわらず、その自分の頭が完全な機能停止状態になるケースがあることを、この「偽の東京タワー」は証明しているのです。

こういう陥穽がそこらじゅうにあるのだ、音を聴くときも、絵を見るときも、それを忘れてはいかんぞよ、という鈴木清順=木村威夫コンビの親切な忠告なのだと思っておきます。


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映画美術―擬景・借景・嘘百景
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by songsf4s | 2009-10-14 23:48 | 映画