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武夫と浪子 by 笠智衆およびキャスト その4(OST 『長屋紳士録』より)
タイトル
武夫と浪子
アーティスト
笠智衆およびキャスト(OST)
ライター
Traditonal
収録アルバム
『小津安二郎の世界』(映画『長屋紳士録』挿入曲 from an Ozu Yasujirou film "Record of a Tenement Gentleman" a.k.a. "Nagaya Shinshiroku")
リリース年
1947年
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当家では小津安二郎の『長屋紳士録』の話の始末がつけられず、散歩ブログでは「隣の猫町」が宙ぶらりん、黄金光音堂ではレス・ポール追悼が中途半端、これだけ遊んでいる糸があると、あっちこっちで「お祭り」になって、収拾がつかなくなります。

そもそも、いまはレス・ポールの追悼で忙しいからと、本来ならきちんと書かなければいけないラリー・ネクテルのことは、過去の記事をご参照願うだけでそそくさと焼香をすませてしまったため、香典を出し忘れたような恥ずかしさがあります。

まだあるんです。これは手をつけていないのだから、なかったことにしてもいいのですが、ほんとうは、黄金光音堂は60年代ビキニ・ムーヴィー大特集に突入の予定で、準備万端整え、すでにMustle Beach Partyは途中まで見ていたのです。『パーム・スプリングの週末』だってちゃんとあるし、サントラ盤もそれなりに準備できていたのです。

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ところが、そこにレス・ポール死すの知らせがあり、ああ、やんぬるかな、てえんで、用意したパーティーのごちそうと飲み物はみな捨てるハメになったのです。そういうことがあると、明智光秀だって謀反を決意しちゃうわけで、このところ、抑鬱状態なのでありますな(武田滅亡後、信長は家康を安土に招いて大饗宴を開くことになり、その接待役を仰せつかったのが光秀。ところが光秀は信長の勘気にふれて接待役解任、不要になったパーティーのごちそうを腹立ちまぎれに壕に捨て、それが腐ってまた信長が激怒、で、その数日後に本能寺の変という順序)。

かがり結びをしておかないと、糸がほつれるので、First-in First-outでいくことにしました。中途半端になっているものを先に片づけ、しかるのちに、to-dosリストに手をつけます。したがって、本日は『長屋紳士録』の最終回です。日暮れて道なお遠しですが、万歩計をポケットに一歩一歩あるきます。

◆ 「いつものでよろしく」 ◆◆
伊藤宜二だったか、斉藤高順〔たかのぶ〕だったか、小津映画のレギュラー作曲家がいっていましたが、こんどはどうしますか、ときくと、小津は「いつものでよろしく」といったそうです。事前の注文はとくになかったというのです。

こういうのはいろいろ解釈ができます。お前はプロなのだから、ちゃんと仕事をすると信じている、というのがひとつ。「溝口タイプ」と呼びましょうかね。

依田義賢がいっていたのだと思いますが、「どう書き直しましょうか?」とお伺いをたてると、溝口健二は、「脚本家はあなたでしょう。あなたが考えなさい」としかいわなかったそうです。すべてこの調子で、各人が全力を尽くせばそれでよろしい、細かいことは担当の人間の領分である、自分は監督なのだから、取捨選択をするだけだ、というわけです。思うに、宮川一夫があれだけの仕事をできた背景には、こうした溝口の考え方があったにちがいありません。

ただ、小津の場合、溝口とは大きく異なるニュアンスを感じます。戦後の小津映画のほとんどを撮った厚田雄春は、自分は「キャメラマン」ではなく、「キャメラ番」だと繰り返しいっています。小津の望むとおりの絵を、小津の望むとおりのやり方でフィルムに定着しただけであって、自分が絵をつくったことはない、というのです。もちろん謙遜ですが、でも、川又昂の回想などを読むと、たしかに、小津がファインダーをのぞいている時間は長かったようです。

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画角を調整し、小道具の位置を直し、ライトを変えては、そのたびに小津がファインダーをのぞき、よし、とお許しが出て、やっとフィルムがまわったといいます。これは溝口とは正反対の行き方です。小津は撮影部で修行を積んでから監督部に移ったそうですが、そういうこととは無関係に、自分のつくるもののすべてをコントロールしたがるタイプだったと思われます。

そういう人が、音楽だけは「いつものでよろしく」というのは、どういうことなのでしょうか。ふつうに考えれば、もっとも蓋然性が高いのは、「音楽のことはわからなかった」です。そうなのかもしれませんが、いまは結論をあずけて、先に進みます。

◆ 黒澤明と作曲家 ◆◆
小津と同じように、すべてを自分でやりたがる黒澤明は、音楽についてもものすごくうるさく、はじめから絵と音をセットで考えていたことは、さまざまな本に記録されています。スタンリー・キューブリックによく似ていて(『2001年宇宙の旅』その1およびその2をご参照あれ)、黒澤も既存のクラシック・ミュージックを填めこんでフィルムをつないでいったそうです。

武夫と浪子 by 笠智衆およびキャスト その4(OST 『長屋紳士録』より)_f0147840_23563933.jpg黒澤映画の音楽というと、まずなんといっても早坂文雄、その弟子である佐藤勝、佐藤の相弟子のような位置にあった武満徹、という三人が思い浮かびます。このあいだ、図書館で借りてきた野上照代『天気待ち 監督・黒澤明とともに』には、この三人がそれぞれに黒澤とぶつかったときの様子が描かれています。

もっとも穏やかで、ほとんど衝突しなかった(つまり、つねに一歩譲ったということだろう)早坂文雄ですら、悄然としてしまったことがあるほどで、武満徹は黒澤の批判に怒り心頭に発し、無言でスタジオを去ったことがあるそうですし、佐藤勝にいたっては、『影武者』のときに静かに身を引き、以後、黒澤映画にかかわることはなかったといいます。

それもこれも、すべては「音楽のわかる映画監督」という、それだけですでにしてこの世で最悪の人格結合に、さらに「天皇」などといわれるほどの巨大なエゴが融合し(いや、黒澤の理解者は、あれはエゴなんかではない、映画作りの本旨に忠実なだけだというし、黒澤自身も、我を通しているのではない、という趣旨の発言をしているが)、キングギドラ並みの破壊力をもったことに由来するのです。

まあ、しかたないですねえ。我慢するか、ケンカするか、それはその場の成り行きでしょう。いろいろあっても、佐藤勝だって印象深い音楽をたくさん残していますし、武満徹も、あのときは謝罪して仕事に戻ってよかったと、あとで振り返ったのではないでしょうか。複数の人間がものをつくるというのは、程度の差こそあれ、エゴの衝突の集積以外のなにものでもありません。

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◆ 実景つなぎ用キュー ◆◆
いや、小津安二郎と音楽の話だったのに、黒澤明に飛んでしまいました。

黒澤明は音楽が好きで、いろいろなものを聴いていたそうですが、小津安二郎にはそういう形跡はありません。黒澤映画にくらべて、小津映画は音楽が退屈だという評者もいます。わたしも、そうかもしれないなあと、なかばそういう意見に傾いていました。いや、『晩春』のテーマのように、すごく好きな曲もあるのですが、音楽の比重は比較的小さいと考えるようになったのです。

しかし、とくに『彼岸花』以降の晩年のカラー作品にはっきりとあらわれることですが、例の「実景による場面転換」の音楽にある傾向が見られるようになります。

いや、そのまえに、これまでの記事で書いてきた、「実景による場面転換」のことを繰り返しておきます。『長屋紳士録』その2で書いたように、小津安二郎は、ディゾルブやワイプのようなつなぎの技法は使わず、場面転換の際には、実景(人のいない風景などのショット)を三つ四つ積み重ねました。前記記事に『秋日和』冒頭のショットのつなぎを書いておいたので、そちらをご覧あれ。

で、このような実景による場面転換を、『晩春』以降、小津の編集助手をつとめた浦岡敬一は「場面転換にはオーバー・ラップなどの編集技法を使わずに、実景を三つ四つほど重ねて、音楽をブリッジする」と表現しています。「音楽をブリッジする」という表現を正確に解釈できませんが、この数ショットにわたって同じ音楽が流れていること、ショットを音楽で串刺しにすることをいっているのだろうと想像します。

その実景のつなぎの音楽を聴いていて、ああ、そうか、と思いました。しばしば、速めのテンポの2ビート系の軽快な音楽が使われているのです。斉藤高順は試行錯誤の結果、小津の好みはここにある、と突き止めたのではないでしょうか。

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『東京暮色』記念写真。後列左から3人目が斉藤高順。

この2ビートというのは、いわば黒澤の対極なのです。2も4も8も、黒澤のスコアはあまりビートには縁がなく(縁があるところはきわめて印象的で、『天国と地獄』や『野良犬』をいずれとりあげたいと思う所以である)、どちらかというと、複雑かつ高踏的音楽が主になっています。

それに対して、小津映画の音楽、とくに実景によるつなぎのショットには、きわめてシンプルな、まるで唱歌のようなものが使われているのです。そして、それはしばしば2ビート系だということは、注目していいことではないでしょうか。

◆ メロディー対ビート ◆◆
「注目」で逃げるのもなんなので、当てずっぽうを書いておきます。小津はメロディーよりもリズムに強く反応した、2ビートの実景用キューを提示したとき、斉藤高順は小津の反応を観察し、これだ、と確信を得た……以上がわたしの当たるも八卦当たらぬも八卦の世紀の大臆測であります。小津は唱歌のようなメロディーを愛したわけではない、はじめからメロディーに関心はなかった、そうではなく、オン、オフ、オン、オフ、という明快なビートを愛したのだ……というあたりではないでしょうかねえ。

たいした根拠はないのですが、多くの映画監督、いや、そればかりでなく、観客の大多数も、映画をシンフォニックなものととらえているような気がします。黒澤明は、そういう映画人の代表ではないでしょうか。黒澤映画はメロディックであり、山あり谷ありのカラフルなドラマです。

それに対して小津安二郎は、映画をロックンロールないしはファンク・ミュージックのようにとらえていたのだと思います。もっとも重要なのは、メロディーではなくビートであり、オン、オフ、オン、オフ、という心臓の鼓動のような、ステディー・ビートの確かな手応えを妨げる、カラフルでメロディックな要素は、すべて排除していった結果、ああいうスタイルが確立されたのだとわたしは考えています。


by songsf4s | 2009-08-29 23:58 | 映画・TV音楽