前回にひきつづき、本日も、Oさんに提供していただいた資料にもとづく過去の記事の訂正と補足です。今日は『狂った果実』です。
武満徹全集の解説を読んで、おっと、こりゃまた大間違い、と頭を掻いたのは、劇中で石原裕次郎がウクレレを弾きながら歌った曲は、〈狂った果実〉ではなく、〈想い出〉というタイトルであり、作曲者はクレジット・タイトルに記されている佐藤勝でもなければ、武満徹でもなく、寺部頼幸だということです。
寺部頼幸はスティール・ギターおよびギター・プレイヤーで、戦後、弟の寺部震が率いるココナッツ・アイランダースというハワイアン・グループなどでプレイしたそうです。このへんのことはまったく不案内で、たいしたことが書けず、どうも相済みませぬ。調べてもコンプリヘンシヴな記述は見あたらず、
http://www9.plala.or.jp/matchnet/bond.html
http://www.alani-aloha.com/alani_cd60405.html
http://blog.livedoor.jp/abegeorge/archives/50841352.html
などを参照したにすぎません。こういう人のキャリアには面白い逸話がいっぱいあるのではないかと、鼻がうごめきます。
ということで、Oさんのご厚意により、かつては映画から切り出したものやら、YouTubeのものやらをご紹介したものを、ここにはじめて、遠回りせず、高音質、フル・ヴァースのヴァージョンへとグレードアップしてお届けできることになりました。
2010年4月追記
以下のサンプルは正しくは「狂った果実」(佐藤勝作曲)です。「想い出」と取り違えてアップしてしまったのですが、記事の前後関係を壊さないために、削除せずにおきます。「想い出」の低音質サンプルは「狂った果実」その1においてあります。
サンプル 石原裕次郎〈想い出〉
これをもって懸案解決、と宣言したいのですが、じつは、まだかすかに疑問が残っています。こういうミニ・アルバムが存在することをはじめて知ったのですが(10インチ盤か?)、ここに〈リコール ツー マイ メモリー〉というトラックが収録されていて、作曲は寺部頼幸、作詞は石原慎太郎となっています。なんだか気になります。〈想い出〉の歌詞ちがいヴァリアントの可能性なきにしもあらずです。ご存知のかたがいらしたら、ぜひコメントをどうぞ。
もうひとつ引っかかるのは、佐藤勝作曲、石原慎太郎作詞の〈狂った果実〉という、シングルになった曲はなんだったのか、ということです。これが映画のなかで使われていれば、まったく問題がないのですが、映画の挿入曲は〈想い出〉だけ、〈狂った果実〉という映画と同題の曲は、映画と同じスタッフの手になるものでありながら、映画に登場せず、というのでは、傾げた首が折れちゃいますよ。
◆ やや趣の異なる共作形態 ◆◆
『太平洋ひとりぼっち』とおなじく、『狂った果実』のスコアも、単独クレジットではなく、佐藤勝と武満徹の共作となっています。このとき、佐藤勝は黒澤明の『蜘蛛巣城』で忙しく、とうてい他の映画を抱え込む余裕がなかったということですが、親しくしていた中平康の監督第一作で断りきれず、師匠の早坂文雄のところに出入りしていた武満徹の助力を仰いだのだといいます。武満徹にとっても、これが本格的な映画音楽第一作となりました。
解説によると、作業の分担は、まず佐藤勝が主題歌を書き(結果的にこれは使用されず、そのメロディーはインストへと再利用された)、武満徹が佐藤の構成案にしたがって、メイン・タイトル以下の大部分の曲を書いたのだそうです。オーケストレーションはふたりが分担し、コンダクトは佐藤勝がおこなったとのことです。
プログラム・ピクチャーなので、スケデュールにまったく余裕がなく、撮影に先行して録音された曲も多かったそうで、ノーマルな共作とはいいかねますが、これまた、『太平洋ひとりぼっち』と同様、結果的にうまくいったのだから、ものをつくるというのは、つくづく一筋縄ではいかないと痛感します。
またまたどこかの星団か恒星のような名前がついていますが、以前、映画から切り出してサンプルにした曲を中心に、高音質ヴァージョンをアップしておきました。
以下はサンプル
〈メイン・テーマ〉
〈DB4-M4〉
〈DB8-M8〉
〈メイン・テーマ〉(unused)
◆ 「オンリーさん」というもの ◆◆
武満徹全集の解説を読んでいて、えっ、そういう解釈があるのか、と驚いた箇所がありました。『狂った果実』で北原三枝が演じた女性のことを「人妻」と書いていたのです。あれは人妻ではなく、「オンリーさん」または、それに類する女性でしょう。
「オンリーさん」という言葉がすんなりわかる人はもう少ないかもしれません。進駐軍(米軍)関係者と短期契約を結んだ愛人のことです。進駐軍関係者というのは、軍人および軍属です。軍属とはなんぞやなどといいはじめると、どんどん話が長くなるので略しますが、あの映画で北原三枝を囲っていた外国人は、軍人には見えず、軍属ないしは、それに近いビジネスマンだろうと思います。横浜のベース・キャンプにかかわるビジネスをしている金回りのいいアメリカ人という、当時にあってはごく自然な設定と見て大丈夫です。
鎌倉駅のプラットフォームでばったり会ったときに、彼女が津川雅彦に対して自分の素性を隠そうとしたのは、結婚していることを知られたくなかったからではないでしょう。売春類似の行為をしていることを知られたくなかったのです。あの当時の観客なら、大多数はひと目でそう解釈したはずなのですが、時代が下って、進駐軍関係者を対象とした短期専属契約売春というものが身のまわりからなくなると、それがわからなくなってしまうのでしょう。
なぜ、裕次郎扮する兄が、弟の恋人を強引に奪ったのか、という点に関しても、北原三枝を外国人と結婚したただの人妻だとみなしてしまうと、あの一連の流れを自然に解釈できなくなるでしょう。セリフのなかでも暗示されているように、堅気の女ではない、という明確な認識があったからこそ、裕次郎は直裁に彼女に肉体関係を迫るのでしょう。
そしてそのときに、世間知らずの弟にこういう性悪女は御しきれない、この女狐から弟を守ってやるのだ、というエクスキューズを自分に対してしているのです。観客も、相手はオンリーさんだから、裕次郎の行為に眉をひそめたりはしません。盗人にも三分の理、裕次郎の考えも、それなりに筋が通っていなくもない、と感じるのです。
北原三枝をふつうの人妻とみなすと、裕次郎の行為の意味は異なったものになってしまい、ひいては、映画全体の構造が変わってしまうのではないかと危惧し、またしても、音楽ブログとしては出過ぎたことを書いてしまいました。ご容赦を。
◆ 過去の映画の未来 ◆◆
Oさんと対話していて、いやホントにねえ、困ったことですねえ、と嘆息しました。以下、勝手にOさんの私信の一部を引用します。
「最近では海外でも古い日本映画を容易に見れる環境になっており(中略)、みんな驚くのが、日本では有名な作品がLPやCDなどでフルスコアが音源化されていないこと。欧米の物と遜色のないほどの優れたスコアの数々が埋もれたままになっているのは、マスターテープの不在とかの物理的な問題があるにせよ、音楽文化の成熟度の違いでしょうか? もっと多くの海外の人々に日本映画のサントラに関心を持ってもらって、より多くのスコアが日の目を見ることを切望しております」
まったく同感です。すぐれたスコアがまたまだ大量に眠っているはずで、われわれも気づいていない佳作秀作もあるにちがいありません。
海外のブログやフォーラムをのぞいている方はご存知でしょうが、日本映画に対する海外の需要は無視できない大きさになってきています。それなのに、Oさんも嘆かれているように、世界映画史に記録されるような作品ですら、OSTがリリースされていないことがあるのです。たとえば、『東京物語』や『晩春』、『雨月物語』や『流れる』などといった、日本映画の代名詞ともいうべき作品のフル・スコアが存在しないのです。外国人に、どうしてOSTがないのだ、といわれても、われわれだって答えようがありませんよ。
日本映画界に人がいれば、機は熟した、もはや海外の配給会社にまかせてはおけない、日本の会社が主体となって、積極的にプロモーションをおこなわなければ、ビジネス機会は失われる、と読んでいるはずですが、はて、どうでしょうかねえ。第一歩は、YouTubeの積極的な活用、具体的には、トレイラーの英語版を大量につくり、YouTubeに流すことです。これをやれば、日活アクションなんか、まだまだどんどん売れるでしょう。
いや、こういうことを書いていると虚しくなってくるので、もうやめます。日本映画界が鋭敏であったことなど、かつて一度もなかったのだから、今回もきっと世界の需要を読みそこない、対応をまちがえるだろうという予感がします。わたしにやらせてくれれば、いろいろなことができるのに!
Click and follow Songs for 4 Seasons/metalside on Twitter
『狂った果実』(DVD)
狂った果実 [DVD]
武満徹(7CD box)
オリジナル・サウンドトラックによる 武満徹 映画音楽
(『狂った果実』は、サウンドトラックではなく、ボーナス・ディスクに武満徹のこの映画の音楽に関するコメントが収録されているのみ)
武満徹全集 第3巻 映画音楽(1)
武満徹全集 第3巻 映画音楽(1)