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タイトル・テーマ by 別宮貞雄 (OST 『マタンゴ』より)
タイトル
タイトル・テーマ
アーティスト
別宮貞雄
ライター
別宮貞雄
収録アルバム
マタンゴ(OST)
リリース年
1963年
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アメリカにはニューマン兄弟やら、ディミトリー・ティオムキンやら、エルマー・バーンスティーンやら、バーナード・ハーマンやら、ラロ・シフリンやら、ジェリー・ゴールドスミスやらと、押しも押されもせぬ「映画音楽の大家」という人たちがたくさんいますが、日本では「映画音楽作曲者」という職業がきっちり成立しえないのか、「正業」のかたわらにスコアを書く人がたくさんいます(そういう状況がもたらしたものは功罪ともにあると思うが、それはまたいずれ)。

本日の『マタンゴ』のスコアを書いた別宮貞雄も本来はクラシックの作曲者、そっちはほったらかしにして、「キノコ人間の襲撃」(Attack of the Mushroom People)なんていう英語タイトルをつけられるような映画に添えた音楽をとりあげるのは恐縮ですが、自分の名前をつけてつくったものは、良きにつけ、悪しきにつけ、生涯ついてまわるということで、観念していただくしかないと愚考します。

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いま別宮貞雄ディスコグラフィーおよびフィルモグラフィーを眺めてみたのですが、もちろん、わたしはガチガチのロックンロール小僧だったので、クラシックを聴く気遣いはなく、フィルモグラフィーのほうにしかなじみのあるものはありませんでした。別宮貞雄がスコアを書いたもののうち、『国際秘密警察』と『駅前開運』は見た記憶があります。見た記憶があるだけで、中身の記憶はないのですが……。

◆ セミ・クラシック映画? ◆◆
タイトル・テーマ by 別宮貞雄 (OST 『マタンゴ』より)_f0147840_23443639.jpgアメリカでは昔のテレビ番組を簡単に見られるおかげで、古いものが生活のなかに生きている、という表現では変かもしれませんが、子どもたちが大昔のテレビ番組のことを云々するという場面が小説や映画にたくさんあって、前々からうらやましく思っていました。『ワイルド・ウェスト』なんていう、日本ではほとんどだれも知らないドラマが、ウィル・スミス主演で本編になったのには、それなりの理由があったのです。

近ごろは日本でも、パッケージ商品が流布した結果、映画や音楽の世代間ギャップがすこしだけ縮小したようです。たとえば1979年に、『エイリアン』を見たあとで、そういえば、昔、東宝の特撮ものに『マタンゴ』というのがあって、なんていっても、「はあ?」といわれるのがオチでした。いまでは、あっちのほうの映画が好きな人はたくさんいて(ちょっと多すぎるところに現代の奇怪さを感じるが!)、『マタンゴ』もすでに古典といっていいようです。

わたしは恐がりの子どもでした。兄に連れて行かれた『恐怖のミイラ男』や『アマゾンの半魚人』なんて、トラウマになったほどです。後者はユニヴァーサルの社員だったときにヘンリー・マンシーニが音楽を書いているので、いずれ取り上げるかもしれませんが。兄はわたしが怖がるのが面白くて、しばしばそういう映画に連れだしたのでしょうが、よせばいいのに、ひとりでのこのこ出かけていって、真っ昼間、恐怖におののいてわが家に逃げ帰ったのが、本日の『マタンゴ』です。

いやはや、わたしみたいな観客ばかりなら、映画製作者も苦労しないでしょうね。大人になって、どれほど怖い映画だったかと思い、テレビでやったときに見たのですが、思いきり力が抜けてしまいました。依然として気色悪く感じるショットはありましたが、怖いというようなものではありませんでした。子どもは怖がるものですが、それにしても、これくらいであんなに怖がらなくてもいいのに、と苦笑してしまいます。

まあ、中学になっても、ミケランジェロ・アントニオーニの『欲望』(Blow Up)なんかで怖がった人間ですから(『欲望』に怖いシーンなんかあるかって? ほら、深夜、写真の引き伸ばしをやっていて、だんだん細かいところが見えてきて、公園の藪の下に……ね? あれは恐怖の一瞬)、箸が転がっても可笑しいのといっしょで、首が転がっても怖かったのでしょう。

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ミケランジェロ・アントニオーニ『欲望』より。原題はBlow Upで、写真の引き伸ばしを意味する。俳優はデイヴィッド・ヘミングス。

◆ スコアの対比 ◆◆
当時はそんなことは考えなかったのですが、これだけ時間がたつと、『ガス人間第一号』同様、昔はどうということはなかった曲でも、いまではそれなりに面白く感じられるようになったものがあります。

まず「タイトル・テーマ」という曲名になっているトラックですが、陰々滅々たる映画だったという印象を裏切り、きわめて東宝色の強いホーン・アレンジの上に薄くストリングスをかぶせた軽快な曲で、これじゃあまるで若大将映画じゃないか、です。しかし、冒頭のシークェンスでは、ヨットの上には若大将も青大将も「澄子さん」もいません。変だなあ、と思ったら、『マタンゴ』と同時上映の表看板の映画、『ハワイの若大将』のほうに出ていたことがわかりました。じゃあ、しようがネエな、です。

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水野久美が歌うシーン。背後は左から土屋嘉男、佐原健二、小泉博。いかにも東宝特撮映画らしい俳優陣である。

くだらないことはともかくとして、メイン・タイトルの直後、水野久美(お年を召してから『快盗ルビイ』にお母さん役で出ていて、なかなかけっこうな味だった)扮するクラブ・シンガーが歌う曲も、ウクレレのコードが入る、明るく軽快な曲で、ここまでくると、なるほど、転調の効果を狙っているわけね、と納得がいきます。

ひどい状態のフィルムまたはテープから起こしたものですが、ほかになかったので、いちおうタイトルのクリップを貼りつけておきました。

マタンゴ タイトル


これだけではあんまりのような気がするので、音楽のサンプルをべつにアップしておきました。ご興味のある方はどうぞ。

メイン・タイトル
ヨット

このあと、人物関係の説明のようなシーンがあり、夜になると天候が悪化し、おきまりの展開によってこのヨットは遭難することになります。恐怖映画なので、以後は暗鬱な話になり、音楽のほうも、当然ながら、弦を中心とし、そこに管がからんでいく不気味なものへと変化します。唯一の例外は、トランジスター・ラジオから流れてくる曲です。OSTではそのまんまのタイトルが付けられています。

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トランジスター・ラジオ

というわけで、このミディアム・テンポの4ビートの曲は、ちょっとしたチェンジアップの役割を果たしていて、映画のなかでもなかなか印象的です。とはいえ、細かいところのリアリティーを気にするわたしは、短波放送がこんなにきれいに入るかなあ、どうしてフェイドしないんだろう、と首をかしげてしまいますが!

気になる曲というのが、純粋なスコアではなく、「挿入曲」というべきものばかりというのは、わたしが本物の映画音楽ファンではない証拠のような気がします。スコアが気に入るというのはそうしょっちゅうあることではなく、なぜそうなのか、と考えると、60年代に起きた映画音楽の大きな変化へとつながっていくような気がしますが、そういう大ごとはまたべつの機会にゆずることにさせていただきます。

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◆ 眠りと死は兄弟 ◆◆
『マタンゴ』は昔ののんびりした恐怖映画なので、いまになって大人が見ると、ボコボコにふくれあがったキノコ人間に生理的嫌悪を感じるにすぎず、怖いとかなんとか、そういう映画ではありません。

子どものときは、無人島のシークェンスも怖かったのですが、なんたって、最初と最後の病院のシーンに震え上がりました。子どもがラスト・シーンを怖がったのは当然ですが(「それはこんな顔だったかい?」という使い古されたルーティンだが、子どものわたしはそんなことも知らなかった)、冒頭の暗い病室と、背後の町灯りの対照がなにやら不穏で、あれだけでもう十分に震え上がっていました。

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おかしなことに、この患者の役は土屋嘉男が演じたのだとばかり思いこんでいて、大人になって再見したら、久保明だったのには驚きました。土屋嘉男の映画ばかり見ていたせいでしょう!

子どものときに見た映画の、どういうシーンが印象に残っているかを考えると、どうやら生死の分かれ目と関係のある場面に惹かれ、強い印象を刻みつけられていたのではないかと思われます。子どものころに見たいろいろな映画を再見してみて、やっとそれがわかってきました。不可解なる「死」というものの輪郭をつかもうと、子どもは必死で目と耳を働かせていたのでしょう。

『マタンゴ』にはほとんど死はなく、ただ化け物になるだけですが、子どものわたしは、顔がお岩さんみたいになるのは、やはり死の一種と捉えていたにちがいありません。いまだって、ああはなりたくないと気色悪く感じるぐらいですから、子どもが怖がったのも無理はありません。それでも映画館に行くのをやめなかったのだから、人間というのは、子どものときからすでに、不可解な存在なのだな、とため息が出てしまいます。

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by songsf4s | 2009-06-27 23:54 | 映画・TV音楽