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That Thing You Do! by the Wonders (OST 『すべてをあなたに』より その1)
タイトル
That Thing You Do!
アーティスト
The Wonders (OST)
ライター
Adam Schlesinger
収録アルバム
That Thing You Do! (OST)
リリース年
1996年
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日曜に老父がみまかりました。満の八十八、米寿をすぎて、さしたる苦しみもなく、静かに息を引き取ったので、そのことについて、どういう方向にせよ、感情が強く動くわけではありません。順番がまわってきたのだ、という気分です。

とはいえ、あとに残された人間には、親の死そのものの本質とは離れ、生者のやるべきことの次元ではいろいろなことがあり、やはり感情は揺れ動きます。余計なことをすべて端折って直截にいえば、いまはダウナーなものは避けたいのです。

『真夜中のカウボーイ』はいい映画ですし、いま見ても諸処に清新さを失わない表現があります。しかし、後半はひどいダウナーで、ジョン・バリーが書いたテーマ曲のほうはそのダウナーな気分とよく見合っているのです。とくに気分が落ち込んでいるわけではありませんが、やはり疲れてはいるので、いまはこの曲が使われた印象的なシーンも遠ざけたいため、前回の予告は勝手ながら放擲し、しばらく延期させていただきます。

しかし、映画が見たくないわけではなく、アッパーな映画のアッパーな曲を、足りない栄養を求めるように求めてはいます。サウンドトラック・アルバムのファイルを収録したフォルダーをざっと見ていって、ああ、これなら大丈夫だ、と思ったのが、本日の曲、That Thing You Do!です(映画の邦題は例によって『すべてをあなたに』という意味不明でダサダサな代物なので、この稿では以後、原題で通す)。

◆ いったい今はいつ? ◆◆
製作年度から考えて1997年のことなのでしょう、盤漁りをしているときに、妙な曲が流れてきて、「なんだこれは?」と首をかしげました。曲調というか、もっと特定するなら、コード進行、ヴォーカル・ハーモニー、ギターのスタイルなどは完璧に60年代風なのに、ぜんぜん知らない曲で(あのころのわたしは、自分が知らない60年代のヒット曲など皆無だという盤石の自信をもっていた!)、こりゃいったいなんなんだ、と頭のうえでクウェスチョン・マークが七つ八つ飛び交ってしまいました。

最初に思ったのは、大昔のノンヒットを最近のグループがカヴァーしたのだろう、ということです。ほかのものはともかくとして、ドラムのサウンド(とくにスネアのチューニングとヘッドの鳴り)と録音スタイルは現代のものだったので、古い録音でないことはすぐにわかりました。ちょうど、ヴァネッサ・パラディーのSunday Mondaysをはじめて聴いたときの、よく知っているような、ぜんぜん知らないような、奇妙な感覚でした。



キャッシャーのところにいって、うろうろしつつ、見渡してみると、レジスターの横にCDケースがあり、振り返ったら、平台に同じ盤が大量に飾りつけてありました。トム・ハンクスの顔があったので、そういう映画(いやまあ、もちろん、どういう映画かちゃんとわかったわけではないが、なんとなくムードは想像できた)の挿入曲なのだな、とわかり、やっとのことで、60年代のような90年代のような、どっちつかずの気分から解放されました。

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音楽にはかなり惹かれるものがあり、どういう物語のなかでこういうサウンドが使われているのだろうかと興味をいだきはしましたが、90年代後半からこちら、映画館からすっかり足が遠のいてしまい、結局、この映画を見たのは数年前、ヴィデオでのことでした。

簡単にいえば、1964年に時代設定をした、アメリカの若者のビート・グループがデビュー曲をヒットさせ、スターになり、失望があり、新しい出発があり、というプロットで、この主人公であるビート・グループ(ザ・ワンダーズという名前で、OST盤のアーティスト名もそのように書かれている)がプレイする曲やら、ツアーの最中にレーベル・メイトたちがプレイする曲が全編にちりばめられています。

◆ ありそうな、なさそうな、やっぱりありそうなコード進行 ◆◆
どうしましょうかねえ。まずは予告篇でしょうか。



以上で映画のムードはおわかりでしょうから、つぎは主題歌のフル・ヴァージョンをどうぞ。



ブリティッシュ・インヴェイジョン時代の音楽をご存知のかたは、わっはっは、よくやるぜ、と一発で了解でしょう。しいて難をいえば、あの時代らしいディテールを一曲のなかに詰め込みすぎ、特徴を極端に誇張した、ある種のカリカチュアのようになってしまっていますが、ここまでそれらしいパスティーシュをつくってくれれば、リアルタイム派としても文句はありません。

◆ 60年代とはマイナーと6thなり? ◆◆
では、このThat Thing You Doという曲に盛り込まれた60年代ビート・ミュージックの特徴とはなんでしょうか。

冒頭、E-A-Bの3コードも、それらしいといえばそれらしいのですが、これは60年代とかぎらず、さまざまな時代のポップ・ミュージックが利用しているものです。問題はその先、2度目のE-A-Bのあとの、C#m-F#-F#m-Am-Bというコード・チェンジです。当家のお客さんはご記憶かと思いますが、わたしはこの同じところでのメイジャーからマイナーへの移行というのが大好きで、これを使っている曲をこれまでに一度もけなしことがないと思います。

ただし、このThat Thing You Doという曲は、その点でちょっとやりすぎているようにも思います。それが本物ではなく、パスティーシュである証明なのでしょう。F#-F#mというこの「その場でメイジャーからマイナー」はよくわかりますが、そのあと、さらにAmにいくという展開がかならずしも60年代的ではないのです。いえ、これはこれで面白いコード・チェンジでおおいに耳だつところです。たんに、あの時代にはここまでダメ押し的なマイナー・コードの使い方は一般的ではなかった、これはこのサントラの誇張である、というだけのことです。

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2枚の写真のあいだの左手の指のちがいにご注目。リード・ギター役の俳優は、オープンAから、オープンAmというコード・チェンジを忠実に演じている。わたしは小さなことに拘泥しすぎるのかもしれないが、子どものころから音と絵がシンクしていないシーンが死ぬほど嫌いで、ちゃんとつくれよな、といつも腹を立てている。この映画はほぼ完璧にディテールを描写していて、このうえなく気持よい仕上がりである。音楽映画はこのように作らなければいけない、という教科書。

もう一カ所、Well I tryからはじまるコーラスに、E-E7-A-Amという進行があり、ここもなかなかよろしい響きなのですが、やはり、やりすぎかな、と感じます。このA-Amや、ヴァースのF#-F#mのような「その場でマイナー」は、60年代には一曲のなかで一回しか使わなかったと思います。いま、いろいろ考えたのですが、このように、ヴァースでもコーラスでもやっている曲は思いつきませんでした。

いや、たぶん、これでいいのです。頭から尻尾まで完璧に、いかにも60年代にありそうな曲をつくられては、かえって気色悪かっただろうと思います。「その場でマイナー」という、後年、すっかり廃れてしまったコード・チェンジを、ちょっと揶揄するように誇張して使ってくれたことで、この曲は好ましいものになったのでしょう。

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ワンダーズの最初の演奏シーン。いったいどこのメーカーだよ、という情けない楽器ばかり。

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メイジャー・デビューした結果、楽器はフェンダーやリッケンバッカーになった。リズム・ギター/ヴォーカル/ソングライターはリッケンバッカーを選んだということは、ビートルズ・ファンという設定だろう。リード・ギターはまだサーフ・バンドの気分が抜けきっていないという設定、などといっては穿ちすぎか!

もうひとつ、ビートルズが使ったことで有名になった(ジョージ・マーティンにいわせれば、古めかしいスタイルを復活させただけなのだが)6thのエンディングを、That Thing You Doも採用しています。これまたすぐに廃れてしまうので、60年代小僧のなれの果てとしては、わっはっは、そういうのをやったことがあったっけな、です。

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ドラムはもちろんラディックになった。12歳のときにラディックに恋した人間としては、ほかのセットなど考えられないが、リアリズムの観点から公平にいって、あとはグレッチ、プレミアまでなら許容範囲。ほかのメーカーだったら、映画製作者の神経を疑う。

◆ プラハの春またはビート・ミュージックの短命 ◆◆
ただですね、あの時代をご存知ない方に申し上げるだけですが、こういうイディオムが常識だったのは、ごくごく短いあいだだけでした。やはり「1967年の断層」というのは大きいのです。サイケデリックのおかげで、このようなスタイルは、たちどころに、古めかしいものとして打ち捨てられてしまいます。

こういうノーテンキな音楽を無心に楽しめた時期は、せいぜい64年後半から65年いっぱいぐらい、といってしまっていいだろうと思います。66年にはまだサイケデリック時代は来ていませんが、65年のイノセントな気分ともやや異なる、嵐の前の曇り空のようなムードがすでにありました。ビートルズのRubber Soulが65年暮れ、Revolverが66年夏(どちらも日本では発売が大きく遅れたが)だということを指摘しておけば十分でしょう。もはやファブ・フォーも、From Me to Youのバンドではなくなっていたのです。

どうでもいいようなディテールなのですが、この映画の内容と、そういう音楽的な過渡期のサウンドというのは深く関係しているように思います。

いやはや、ノーテンキでシンプルな音楽だから、簡単にいこうと思ったのですが、書くべきことはまだ山ほどあり、あと2回ぐらいはこの映画をつづけさせていただきます。

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トム・ハンクスは若ければもちろんドラマー役をやったのだろうが、やむをえずブライアン・エプスティーンごっこで我慢した。

by songsf4s | 2009-05-27 23:57 | 映画・TV音楽