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Assault On Precinct 13 Main Theme by John Carpenter (OST 『要塞警察』より)
タイトル
Assault On Precinct 13 Main Theme
アーティスト
John Carpenter (OST)
ライター
John Carpenter
収録アルバム
Assault On Precinct 13 (OST)
リリース年
1976年
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El Deguelloに関する勘違いは、前回の『アラモ』その2で「清算」したつもりだったのですが、そうは問屋が卸さず、詰めが甘かったことが判明しました。

今回の『要塞警察』で『リオ・ブラヴォー』から連想する映画は終わりにするつもりで、前者が後者から引用したシーンのスクリーン・キャプチャーをしようとしたところ、目的のショットの直前で、ホテルの名前が見えたのです。

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ご覧の通り、ホテルの名前は「アラモ」。リッキー・ネルソンがライフルをジョン・ウェインに投げるこのシーンは、『要塞警察』に引用された。ところで、リッキーは座頭市になったつもりか、目をつぶって撃っている。ガンスモークは目にしみるからね。しかし、天性の素質は恐ろしいもので、これでもちゃんと相手を斃した!

あらら、でした。ぜんぜん気づいていなかったわけではないのです。「アラモ」とはまたホテルにしては奇妙な名前だ、と思ったのに、それは一瞬のこと、それきりで忘れてしまったのです。いやはや。ということは、ハワード・ホークスは、『リオ・ブラヴォー』を『アラモ』の籠城戦のヴァリアントとしてつくったと解釈していいのでしょう。

そうみなして検索したところ、「ウォール・ストリート・ジャーナル」の「五十歳を迎え、依然としてポピュラーでヒップな『リオ・ブラヴォー』」という記事にぶつかりました。今年、公開からちょうど半世紀たったので「五十歳」というわけです。この記事の筆者は、『リオ・ブラヴォー』は守備側のテキサス軍が勝ってしまう『アラモ』としてつくられたのだ、だからホテルの名前が「アラモ」であり、El Deguelloが使われているのだ、といっています。

ただし、この記事は、El Deguelloはティオムキンが書いた、としていますが、わたしのほうは、前回の記事で、ティオムキンはEl Deguelloを「書いた」わけではなく、トラッドをアダプトしたのだという結論に達しています。トラッドのアダプテーションには著作権があたえられるので、それを「書いた」といえなくはありませんが、それでもなお、「作者」の考察としては不正確の誹りを免れないでしょう。『リオ・ブラヴォー』のEl Deguelloがジョン・ウェインのお気に召して、『アラモ』にも使われることになった、とも書いていますが、これまた首肯できません。いや気に入ってもかまわないのですが、El Deguelloは『アラモ』には不可欠の曲なのだから、好き嫌いは使う使わないの判断とは無関係でしょう。

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こちらは『要塞警察』のライフル・トス。これが野球で、セカンド・ベース上の6-4-3のダブル・プレイだとしたら、トスが高すぎて足がベースから離れ、セーフになってしまっただろう! 予算10万ドルでは、この程度のミスでリテイクとはいかない。

◆ 3コード、リフ・ドリヴン ◆◆
昔、ジョン・カーペンターはハワード・ホークスのファンで、『リオ・ブラヴォー』の設定を借りて『要塞警察』をつくった、ということを読んだ記憶があります。調べてみたところ、カーペンターのオフィシャル・サイトに採録された古い新聞記事で、これははっきりとコンファームされていました(興味深いのは、当時、彼と同系統の作家とみなされていたブライアン・デ・パーマを批判していること。カーペンターのいうとおり、デ・パーマはコピーキャットの傾向が強かった。当家でもいずれデ・パーマ作品を取り上げる予定)。

映画そのものからのクリップはないので、かわりに、Assault on Precinct 13のテーマとモンタージュ映像を組み合わせたクリップをどうぞ。



監督自身が弾くアナログ・シンセのシンプルなフレーズとコード、それにプログラムされたリズム・ボックスの「ハイハット」「ブラシ」「キック」「タム」(どれも本物の音にはあまり似ていない!)のリズムだけという、例によってカーペンターお得意のミニマル・ミュージック風テーマです。コードはAm-C-Gのみ、シンセのリックはA-A-A-C-A、C-C-C-E-C、G-G-G-B-Gの3種のみ、ナメてんのか、というような究極のシンプリシティーです。しかし、この簡明さが随所で大きな効果を上げるのだから、映画音楽とはなんだろう、と考え込んでしまいます。

Halloween Themeの記事でも書きましたが、カーペンターの音楽スタイルの基本はリフ・ドリヴンであることです。リフをこのように扱うことで知られる音楽形式は、ロックンロールにほかなりません。カーペンターのスコアにはストレートなロックンロールはそれほどたくさんありませんが、彼が本質的にロック・エイジのミュージシャンであることは、このAssault on Precinct 13のテーマからもはっきりと感じとることができます。

◆ モデュラー・スコアリング ◆◆
一昨年のハロウィーン当日に、ジョン・カーペンターの第三作である『ハロウィン』の音楽を取り上げ、そのときに『要塞警察』についても書いているので、ぐあいが悪いのですが、重複は気にせずに進めさせていただきます。

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『ハロウィン』の予算は30万ドル、その2年前につくられた『要塞警察』は、当然ながらさらにロウ・バジェットで、わずか10万ドルだったそうです。日本では1970年前後に、ATG(アート・シアター・ギルド)という組織が「1000万円映画」というのを製作していたのですが、そのときも、この制約がいかに大変かということがいわれていました。カーペンターの処女作『ダーク・スター』は、結果的に本編に拡大されたとはいえ、基本的にはUSC映画学科在籍時に撮影した学生たちの短編映画。プロとしての実質的処女作はこの『要塞警察』です。物価の高いLAでつくるのだから、カーペンターはその「処女作」を、ATGの1000万円と懸隔のない、きびしい制約のなかでつくったことになります。

しかし、家貧しくして孝子顕わる(ちょとちがうか)、人間、金がないと工夫を凝らすもので、いま振り返ると、ジョン・カーペンターが冴えていたのは、この貧しい時代だったと思います。

貧しさが生んだ最高の果実は、彼のスコアです。自分で書き、自分でプレイすれば節約できると考えた、と監督自身が回想していますが、それはなかば謙遜だろうと思います。いくら節約できるからといって、なにも目算なしに自分の映画のスコアを自分で書こうなどとは考えないはずです。結果から逆算すると、カーペンターは、新しいスタイルの映画スコアをつくろうという野心ももっていたのではないかと思います。

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金がないため、編集も変名で監督自身がやった。この「ジョン・T・チャンス」という名前は、『リオ・ブラヴォー』でのジョン・ウェインの役名をそのままもらったものだった。

録音スタジオではフィルムを参照できず、記憶でプレイしたというのだから、コンダクターがフィルムを見ながら録音する、ハリウッドのノーマルなスコアとは基本的なところですでに大きく異なっています。カーペンターがやったことは、この「参照できない」という制約と無関係ではないのですが、「モデュラー化」したスコアの確立と要約することができます。想像するにカーペンターは、各シーンをたとえば「不安」「気配」「緊迫」「弛緩」といったタイプに分類し、そういうキーワードに当てはまるモデュールをつくったのではないでしょうか。基本的にはストック音源(「キュー」)のようなものをつくり、「その映画のなかだけで使いまわす」という考え方なのです。

モデュールのひとつは、テーマの上ものを削除した「曲」です。リズム・ボックスによる、16分のハイハットと、そこに重ねられるクレシェンドのブラシ、そして、この単純な繰り返しのどこかにタムタムのような音が加えられる、という「緊迫」パターンです。打楽器のシミュレート音だけ、音階はなしなんだから、恐れ入ってしまいます。

これと同じパターンで、すこしテンポを速くすると(機械なのだから、テンポのつまみをちょっとまわすだけ!)、緊迫感の高まりが表現されます。安直といえば安直、でも、これ以上は考えられないほど簡明で、E=MC2のように美しいともいえます。究極の単純さにたどり着けるのは、非凡な人間の特質です。

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ヒロインの役名は「リー」。これまた、『リオ・ブラヴォー』のシナリオ・ライター、リー・ブラケットのファースト・ネームを頂戴した。ブラケットはSF作家としても有名で、夫はエドモンド・ハミルトン。彼女がシナリオを書いた『ロング・グッドバイ』ではじつに異色のフィリップ・マーロウが登場したが、最初の違和感を乗り越えると、これはこれで悪くないと感じられる人物像だった。

◆ 安直な、あまりにも安直な ◆◆
脇道に入りますが、タイトル失念の「Xファイル」の長尺もので、車が爆走するのをヘリで空撮した場面があって、ここで流れた「音楽」にはズルッとなりました。ボンゴの音(本物ではなく、MIDI)を16分で鳴らし、ときおり「オーケストラ・ヒット」というサウンドを、ジャン…………ジャンジャン! などというようにスタカートで入れるのです。

一見、これはカーペンターのミニマリズムに似ています。でも、これなら、わたしでも思いつく、というか、思いついとたん、いくらなんでも安直だ、ダサい、と即刻流産させてしまうにちがいない「キュー」です。アイディアとしては下の下、MIDI音源とシークェンサー・ソフトがあれば3分でつくれてしまうし、どこにも工夫なし、これで金を取るのかよ、ウソだろ、というスコアです。カーペンターのスコアと、このXファイルのスコアの落差はなんでしょうかねえ。

カーペンターが窮余の一策として『ダーク・スター』のときからやりはじめたミニマル・スコアは、その段階では一般的ではなかったのですが、80年代に入ると、ディジタル・シンセサイザーの登場によって、この種のスコアはクリシェと堕し、われわれ観客をウンザリさせることになります。これは手法や形式に着目してなにかいったところで、たいした意味はない、ということを示唆しているのかもしれません。問題は、いかに発想するか、いかにrenderするかにあるのであって、手法は付随的なことにすぎないように思えます。

◆ ミニマルのミニマル ◆◆
ミニマリズムの行き着くところは、Assault on Precinct 13のサントラ盤ではBlood OathやLawson's Revengeというタイトルになっている、アナログ・シンセによる1音だけの「キュー」です。ただ「ラ」を途切れなくずっと鳴らしているだけなので、指を使う必要もなく、テープでも貼りつけてキーを押し下げたままにしておくのでも大丈夫という、いやはやなんとも、という効果音です。

文字で読むとひどく馬鹿馬鹿しく見えるでしょうが、映画のなかではこれがちゃんと効果を上げているのです。これをちょっと複雑にしたものとしては、2種類のシンセのトーンを重ね、同じようにずっと「ラ」を鳴らしつづけるSanctuary、The Seige、Calm、Marked for Somethingという「曲」もあります!

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「弛緩」をあらわす曲はひとつだけ。Julie、Walking Outなど、さまざまなタイトルがつけられていますが、どれも同じもので、エレクトリック・ピアノでAmからはじまるアルペジオのようなものを弾いているだけです。

あとは、リズム・ボックスのハイハット、ブラシ、キック、タムタムによって緊迫したシーンを演出するだけなのだから、たいしたものだと思います。フィルムのリズムと音楽のリズムの両方に通暁していたからこそ、こういう一見「手抜き」のサウンドでも、「うまい!」と納得させられるのでしょう。

詰まるところ、センスのあるなしが重要であり、こういう手法でだれもが成功できるわけではないのですが、後続の若い映画音楽作曲家のなかには、カーペンターを手本として、まちがったスコアを書き、映画音楽を混乱に陥れた人たちがいたのは、皆様ご記憶のとおり。

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ストリート・ギャングの武器はみなサイレンサー付きなので、発射音はなく、着弾音だけなのだが、それがじつに怖い。ものをつくるというのは、結局、細部をどう表現するかに帰着するのだが、このデスクの上の書類を弾丸が貫くショットはすばらしいディテールだった。

物事というのはえてしてそうなるもので、オリジナルが登場したときは新鮮だったものが、追随者のせいで諸悪の根源にまで堕落することがあります。たとえば、ル・コルビュジエの初期の建築は面白いと思いますが、その影響下に生まれたインターナショナル様式の建築は醜悪なだけです。残念ながら、ジョン・カーペンターは映画音楽の世界でコルビュジエになってしまったとわたしは思っています。

◆ 鍵をかけ、窓を閉じ、魔物にそなえよ ◆◆
日本俗名『要塞警察』こと本名『13分署襲撃』は、原題のとおり、警察署がストリート・ギャングの襲撃を受けるという話です。この分署はすでに移転のために閉鎖され、残務整理の人間が一握りいるだけ、したがって武器もほとんどなく、「要塞」どころか、オフィス・ビルと大差ありません。

いえ、それはどうでもよくて、『リオ・ブラヴォー』とどこが決定的にちがうかというと、襲いかかるストリート・ギャングが、死の恐怖をまったくもたないかのごとく(変な言い方ながら)「黙々と」襲いかかり、黙々と死んでいくことです。思い出すのはジョージ・A・ロメロのゾンビ映画『Night of the Living Dead』です。カーペンターがロメロを意識していたかどうかは知りませんが、すでに、恐怖映画への嗜好が『13分署襲撃』の段階ではっきりと感じられます。第三作がストレートな恐怖映画『ハロウィン』(『ハロウィーン』と書けよ>輸入会社)になったのは筋の通ったステップだったのです。

恐怖映画というのは「籠城もの」のヴァリエーションになりがちで、『ハロウィーン』につぐ第四作『ザ・フォッグ』も、籠城ものだったような気がして、再見してみました。しかし、これは微妙な灰色領域で、最後の教会のシーンは籠城パターンですが、それがプロットの肝心要とは断じがたいものでした。『ザ・フォッグ』も単独で取り上げようかと思ったのですが、結局、思いとどまりました。



このテーマもけっして悪くはありません。いいコード進行だな、とは思うのですが、これはやはりどう見てもHalloween Themeの二番煎じ、同系統のコード・チェンジを利用していますし、そのコードの上に載るリックの出来はあちらのほうが数段上です。ただし、この映画では音楽の使い方がいたって控えめになり、音楽監督としてのカーペンターが成長したことが感じられます。映画自体の出来は、公開当時も不発と感じましたが、今回再見しても、やはり、ここでいったんギアを落とした、という印象は変わりませんでした。

『ザ・フォッグ』の霧を見ているうちに、そういえば、スティーヴン・キングの300枚ほどのノヴェラに、霧がどうしたというのがあったな、と思って検索してみました。The Mistというタイトルだとわかり、ついでに、昨年、映画化されたこともわかりました。これまた、『13分署襲撃』や『ナイト・オヴ・ザ・リヴィング・デッド』と同工異曲で、霧のなかに潜む正体不明のモンスターに襲われて、どこかに籠城するはめになった人々の話でした。チャンスがあったら、この映画版が『リオ・ブラヴォー』の影響を受けているかどうかを確かめたいと思います。
by songsf4s | 2009-05-11 23:59 | 映画・TV音楽