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The Green Leaves of Summer (OST 『アラモ』より その1)
タイトル
The Green Leaves of Summer
アーティスト
OST
ライター
Dimitri Tiomkin, Paul Webster
収録アルバム
The Alamo (OST)
リリース年
1960年
他のヴァージョン
The Brothers Four, the Ventures, the 50 Guitars, Nelson Riddle, Herb Alpert & The Tijuana Brass, Johnny Smith, Patti Page, Frankie Laine, Frankie Avalon, Mantovani
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前々回申し上げたように、今回は『リオ・ブラヴォー』から連想される映画の一本、ジョン・ウェイン監督・主演の『アラモ』(1960年)です。

記憶がややあいまいなのですが、わたしがこの映画を見たのは、公開時ではなく、1960年代後半のリヴァイヴァル上映の際でした。硫黄島かアッツ島か、という玉砕の物語で、心弾むものではないため、子どもとしてはあまり気に入らず、その印象が尾を引いて、再見することもありませんでした。

よけいなことですが、アッツ島につづいて玉砕の運命にあったキスカ島守備隊の脱出を描いた東宝映画『キスカ』は、中学生のときに一度見たきりですが、強く印象に残りました。『キスカ』は「戦闘場面のない戦争映画」で、こういう方法もあったのか、と感銘を受けました。ぜったいに戦いは避け、一目散随徳寺、ただただ逃げるだけ、無事に逃げ切れるかどうか、というサスペンスをドライヴ・メカニズムにした映画でした。映画はアイディアとシナリオで勝負の半分は決まることを証明したといえます。ああいうアイディアがどんどん出てくれば、日本映画もこうまで衰退はしなかったでしょうに。

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キスカ島に翻る日章旗、だとか。

検索すると、YouTubeに予告編があるというので開いてみましたが、もうありませんでした。無料の宣伝を拒否するとはまた太っ腹な。儲かりすぎで、これ以上ブログやYouTubeで宣伝なんかされ、DVDが売れたりするのは迷惑なのでしょう。ともあれ、子どものころに見た東宝の戦争映画のなかで、『独立愚連隊』『青島要塞爆撃命令』『日本のいちばん長い日』などと並んで『キスカ』は気に入っていました。どれもあれきりで、見直していないのですが。

◆ Can't Remember the Alamo ◆◆
アイディアの善し悪しという面では『アラモ』は凡庸で、たんに歴史上の有名な出来事を正面から描いただけの映画です。しかも、われわれにはなじみのない「テキサス革命」(ないしは「テキサス独立戦争」)の転回点となった、アラモ砦(というか、元は「ミッション」=布教拠点の僧院だが)の戦いを題材にしています。いちおう、以下に辞書の記述をペーストしておきます。

「アラモ砦 テキサス独立戦争に際し,テキサス人の小部隊がたてこもったサン・アントニオ(現、アメリカ合衆国テキサス州南部)の僧院。これを包囲したサンタ・アナの率いる約3000のメキシコ軍を相手に、1836年2月23日から3月6日まで戦い、指揮官トラビスWilliam B. Travis、デービー・クロケット、ブーイJames Bowieを含む187名が戦死した。なお非戦闘員約30名はメキシコ軍によって放免された。〈アラモを忘れるな Remember the Alamo!〉は、以後テキサス軍の合言葉となった」(『世界大百科』)

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なんだ、太平洋戦争のときは、「アラモ」を×印で消し、その下に「真珠湾」と殴り書きしただけか、スローガンというのはみんなくだらないな、という感想はさておき、まあ、そのような状況を描いたお話で、内容的には、中学生のわたしは退屈しましたし、今回の再見でも、うーん、まじめにつくっているんだけど、でもなあ……でした。現代の編集者の手にかかったら、正味45分に短縮されてしまうのではないでしょうか。昔の映画はテンポが遅いものなので、それ自体はかまわないのですが、遅さが気にならない映画(典型は小津作品。独特の方法論によるきわめてリズミカルなフィルムのつなぎを土台に、「表面にあらわれない内的グルーヴ」とでもいうべきものによって語っていく)と、遅いなあ、と意識してしまう映画があります。『アラモ』は後者です。

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ただ、『アラモ』の題材が、インディアンないしはアメリカ先住民との戦いではないことは、おおいなる救いです。古い西部劇の最大の欠点は、インディアンを殺すことは正義であるとして疑わない無神経さです。いや、その反省に立った映画というのも、それはそれでうっとうしく、デッド・シリアスになってしまう欠点があり、あまり好きではありません。イタロ・ウェスタンの美点は先住民が出てこないことですし、『リオ・ブラヴォー』も白人どうしの戦いであることが後口をよくしています。

さらにいうと、アラモ砦を攻めるメキシコの将軍サンタ・アナが、たとえば『ワイルド・バンチ』に登場したような、軍人とは名ばかりのならず者、昔の中国の軍閥に似た、育ちすぎの盗賊の親玉タイプではなく(いやまあ、そういう「バナナ共和国」の大統領みたいな「軍人」もじっさいに少なからずいたのだろうが)、名誉を重んじる人間として描かれていることは好感が持てます。

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◆ OSTヴァージョン ◆◆
映画の出来はさておき、肝心なのは音楽です。この映画からはThe Green Leaves of Summerが生まれています。むしろ、音楽のほうが有名になり、映画は忘れられたといってもいいくらいでしょう。

子どものころ、ブラザーズ・フォアのヴァージョンでこの曲をイヤというほどきかされたので、その印象が強く残っていますが、OSTはもっとずっとゆったりしたテンポで、ほとんど葬送曲のような味わいです。こういう「昔のハリウッド映画に特有の」といいたくなる、大人数の混声合唱は好みなので、OSTヴァージョンにはおおいに惹かれます。



いま勘定してみたところ、映画のなかでこの曲が流れるのは四回、うち三回はこのヴォーカル・ヴァージョンではなく、インストゥルメンタルです。ヴォーカル・ヴァージョンが流れるのは、決戦前夜(というより玉砕前夜)、司令官のトラヴィスが最後まで砦に残った妻と子どもを、比較的安全な一室に移すシークェンスを中心に、明日はもう命はないだろうと覚悟した男たちの思いを描く場面に使われています。

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脇道ですが、「玉砕」というのは和製漢熟語で、「玉」が天皇のことだとすると、外国のことには使えないだろうと不安になって辞書を引きました。セーフでした。「[北斉書元景安伝「大丈夫寧可玉砕不能瓦全」] 玉が美しく砕けるように、名誉や忠義を重んじて、いさぎよく死ぬこと」とあって、出典は中国でした。

対語があるというので、ついでにそちらも見てみました。「瓦全ガゼン つまらないかわらとなって安全に残る。何も役にたたないでむだに生きのびること。〈類義語〉甎全センゼン」いやあ、きびしいお言葉ですが、われわれ凡人はみなこの「瓦全」ですからねえ。英雄となって玉砕するよりは、むしろ瓦全となって生き延びん、であります。

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最初にThe Green Leaves of Summerが流れるのは、ジョン・ウェイン扮するデイヴィー・クロケットとメキシコ女性フラーカの散策と対話の場面でのこと。心惹かれる女性に向かって演説してしまうのだからかなり不思議な人物だが、二人で大木を見上げるショットは、郷土への愛というテーマの愚直な表現なのだろう。

◆ 50ギターズ ◆◆
この曲は、コード進行だけを取り出しても、複雑ではないものの、シンプルななかにも独特の美があり、そうなるとギターの出番ということになります。コード進行の遷移にビルトインされた美をもっともよく引き出すのが、ギターという楽器の最大の長所だからです。

The Green Leaves of Summer (OST 『アラモ』より その1)_f0147840_0123365.jpgまずは「またかよ」の50ギターズです。なんたって、Six Flags Over Texasというタイトルのテキサスもの(?)企画盤があるのだから、この曲が入っていないはずがないってくらいなのです。もちろん、Add More MusicでLPリップを入手することができるので、ご興味のある方はそちらをどうぞ。

そのAMMの50ギターズ・ページでキムラさんがこの盤についておっしゃっているように、いつもとはだいぶ楽器編成が異なっていて(The Green Leaves of Summerについていえばハープシコードなんぞではじまったりする)、ちょっとチェンジアップがほしくてジタバタしはじめたというあたりかもしれません。もちろんリード楽器はギターで、そこは楽しめます(オリジナルよりキーを半音下げているのは、オープン・コードを使えるようにするため?)。

アルバム・フロントに描かれた旗がそれぞれなにをあらわすかはセンセが説明なさっていますが、The Lone Star Stateの意味が視覚的に説明されてもいます。一つ星は『アラモ』に描かれたようなテキサスの歴史に由来するわけで、それはいいのですが、州都オースティン、州最大の都市ヒューストン、ともにテキサス共和国の国務長官と大統領の名前に由来するとは知りませんでした。ダラスはもちろん、『我が輩はカモである』でチコが説明していたように、dollars, taxesに由来します(嘘だってば!)。

◆ その他のギターもの ◆◆
つぎはStranger in Paradise以来のジョニー・スミス。しかし、これは1962年、コロラド・スプリングスでの「ギター・ワークショップ」での録音とあり、バンドなし、スミスがひとりで弾いています。うーん、ギターは好きなのですが、なによりも複数の音が重なった音が好きな人間なので、せめてアップライト・ベースでもいてくれたら、と思います。もちろん、うまいのですが、プロのギタリストはみなうまいものなので、それだけでは不足なのです。

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ヴェンチャーズも、うーん、です。この時期のスタジオにおける基本メンバーは、ドラムス=ハル・ブレイン、ベース=レイ・ポールマン、セカンド・ギター=キャロル・ケイ、リード・ギター=ビリー・ストレンジといったところで、メンツとしては申し分ないのですが、この曲のV盤は昔からあまり好きではなく、ほかのものと並べて比較しても、それまで気づかなかった美点が浮かび上がった、などということはやはりありませんでした。

ビリー・ストレンジという人は、ピッチャーでいえば非常に球持ちのいいタイプで、遅いテンポに適応できる、というか、ハリウッドの強力ギター陣のなかでも、遅いテンポをもっとも得意としたプレイヤーといっていいほどです。だから、このThe Green Leaves of Summerも、悪いところはどこにもないのですが、どういうわけか、メロディーの美しさより、怠さが先に立ってしまいます。アレンジ、テンポの問題かもしれません。

◆ その他のインスト ◆◆
インストのなかでもっともいいのではないかと思われるのが、ネルソン・リドルのヴァージョンです。まあ、なんにでも反面はあるので、よくまとまっていて流れが自然、といえるいっぽうで、どこにも意外性がないクリシェの塊のようにも聞こえてしまうのですが。ともあれ、ハーモニカをリード楽器に選んだのは正解だと思います。



また、リドル盤はキーがOSTと同じFmだし、終始一貫、アコースティック・ギターのストロークが入っているので、コードをとるのにも最適のヴァージョンでしょう。いや、猫に引っかかれた親指がまだ完治していないので、わたしはコピーをネグりましたが、冒頭は、Fm-C7-Fm-Eb7-Ab-Bbm-G-C7なんてあたりだと思います。セヴンスが非ブルーズ的かつ大量に使われているのが、この曲のコード進行の面白いところです。

The Green Leaves of Summer (OST 『アラモ』より その1)_f0147840_0192156.jpgハーブ・アルパート&ザ・ティファナ・ブラス(これまた、いかにもこの曲をカヴァーしそうなプロジェクト)ヴァージョンは、もちろん、トランペットが主役ですが、アコースティック・ギターもフィーチャーされています。妥当な楽器編成によるアレンジといっていいでしょう。このときのトランペットはやはりオリー・ミッチェルなのでしょうか。いま聴き直していて、うまいなあ、と感心してしまいました。しかし、この時期のTJBはセールスが低迷したといいますが、なるほどな、とも思います。The Lonely Bullは当たったものの、アレンジ、サウンドを定式化できずにいたことがうかがわれます。A Taste of Honeyまでは模索がつづいたのでしょう。

◆ 歌ものカヴァー ◆◆
The Green Leaves of Summer (OST 『アラモ』より その1)_f0147840_024633.jpgトップ40には届かなかったとはいえ、いちおうナショナル・ヒットになったブラザーズ・フォアのカヴァーは、OSTのあとだと、テンポが速すぎてひどいライト級に聞こえますが、あの時代のモダン・フォーク・ミュージック(いまになると「商業フォーク」と呼ぶべきだと思うが)の典型的なアレンジで、そういう意味では懐かしくはあります。しかし、懐かしさ以上のなにかを感じるかというと、とくになにもありません。コード進行の面白さもこのヴァージョンでは稀薄にしか感じられず、わたしの好みとはいえません。

The Green Leaves of Summer (OST 『アラモ』より その1)_f0147840_0242768.jpgThe Green Leaves of Summerはヴォーカルには向かない曲のようで、まあ、そこそこかな、と思うのはパティー・ペイジ盤ぐらいです。しかし、このヴァージョンにも、コードの面白さがなくて、どうしてなのだろうと首をひねってしまいます。ヴォーカルになると、なんだかクリシェばかりのひどく凡庸な曲に聞こえてしまいます。

フランキー・レイン、フランキー・アヴァロン(フェイビアンなら、映画のほうに出ていたからわかるのだが、アヴァロンは「なんで?」と思う)のヴァージョンもありますが、それぞれのシンガーのファンには面白いかもしれない、といったあたりではないかと思います。

The Green Leaves of Summerについては、これ以上とくに書くべきことはないのですが、『アラモ』の他の挿入曲にもふれたいので、次回、もう一回だけこの映画をつづけます。
by songsf4s | 2009-05-08 23:58 | 映画・TV音楽