本日も引きつづき、しつこく『狂った果実』の音楽とロケ地の話をつづけさせていただきます。ローカルな話題で気が引けていたら、前回の記事に対して、大阪の「センセ」からコメントをいただき、いくぶん安堵しました。いちおう鎌倉は全国に知られた観光地ということで、ご容赦をいただきたいと思います(もう二、三度、鎌倉映画散歩をやる予定があるので、低姿勢なのだ!)。
◆ サントラ ◆◆
なんだか、このところ間の抜けたことばかりしているのですが、サントラ、サントラと騒いで、サンプルに番号までつけたのに、前回はテーマしかご紹介しませんでした。すっかり失念した残り3トラックを一挙公開です。
サンプル2(スティール&口笛)
サンプル3(ラヴ・テーマ)
サンプル4(ラヴ・テーマ、オルタネート)
OSTはリリースされていないので、タイトルはわたしが適当につけました。たいていのサントラ盤では、ラヴ・シーンに使われる曲は「ラヴ・テーマ」というタイトルがつけられているので、わたしもその習慣にならったしだいです。このラヴ・テーマが、武満徹的に、ではなく、世間的にいう「いい曲」だと思います。
邦画の音楽については、おおいなる疑問やら、大不満やら、いろいろ思うことがあるのですが、そういうことはまたいつか、ヤカンが沸騰したときにでも書くことにします。しかし、振り返って、子どものころにみた邦画のなかでは、日活がもっとも楽しめる音楽を提供していたと思います。
◆ 低コストの撮影法 ◆◆
ゴダールとトリュフォーの二人が、『狂った果実』を見て、そうか、こうやれば、自分たちにも映画が撮れるのだ、とわかって、キャメラを担いで町に出、その結果、ヌーヴェル・バーグが誕生した、ということを前々回に書きました。
ではなぜ、ゴダールとトリュフォーは「撮れる」と考えたのか。映画の製作費の大きな部分を占めるのはセットとスターのギャラです。もちろん、大人数で遠隔地に行けばロケーションにも大きな費用がかかりますが、それは「つねに」そうなるわけではありません。
『狂った果実』にだって北原三枝というスターが出演していますが、あとはみなアップスタートか、ちょい役で、キャストとしてはかなり「軽い」部類でしょう。フランス人にそんなことがわかったとは思えませんが、ほとんど俳優たちが「演技」をせず、いかにも素人じみた動きをしていることは、彼らにもわかったのでしょう。
もうひとつは、ロケです。日活は弱小独立プロというわけではないので、室内シーンのほとんどはセットだと思いますが、この映画に使われたセットは六杯ほどだろうと思います。ひょっとしたら、その一部はロケですませたかもしれません。このうちの一杯は屋外を模したセット(光明寺境内の貸家の庭)ですが、そういうタイプはこれだけで、他の屋外のシーンはすべてロケです。これだけでもかなりの節約になるはずです。
そういうわけで、彼らにとっては、『狂った果実』は逆転の発想であり、ハリウッド流映画撮影法というパラダイムからの解放だったのです。セットなし、スターなしで撮っても、これだけのことができるということがわかって、彼らは評論から実作へと舵を切ったのでした。
◆ 由比ヶ浜銀座ロケ ◆◆
中平康にその自覚があったかどうかはわかりません。画面からも感じられるし、ロケ地を歩いて改めて認識したことは、すくなくとも、ロケ、ロケで安く上げようとしたようには思えない程度には、丁寧な演出と撮影をしているということです。安上がりではあっただろうけれど、手は抜いていないのです。
ロケ地の写真を撮ろうと思いたったのは、じつは裏駅の商店街(御成通り)と由比ヶ浜通りの交叉点での、津川雅彦と岡田真澄のシーンがあったからです。
まず、キャメラをどこにおき、どの方向にむかって撮影したかを記した地図を掲げておきます。いきなりこれを見ても、ご近所の人にしか面白くないので、ふつうの方はスクリーン・キャプチャーをご覧になってから、気になるなら、この地図を確認なさってください。
では、以上の図で「1」とした撮影位置からのショットを二つ。津川雅彦が駅に行こうと裏駅の通りに入りかけたとき、車で通りかかった岡田真澄が背後から呼び止める、というシテュエーションです。
キャメラは由比ヶ浜の通りを横断して、「花春生花店」のまえから長谷方向にレンズを向け、由比ヶ浜銀座を背景に二人を撮ります。
さすがは本編はちがう、ドラマだったらそこまではしない、と思ったのは、ここでもう一回、キャメラ位置を変えたことです。こんどは「2」とは反対側、江ノ電の踏切と下馬交叉点方向に切り返しています(よけいなことだが、「下馬」は「げば」と読む。江戸城の大手にも「下馬札」があったが、鎌倉の場合も「ここで馬から下りよ」という意味。ただし、城内だからということではなく、鶴岡八幡宮が近いからだろう)。
これが、明細地図で「3」としておいた撮影位置で撮られたもので、このシークェンスの最後のショットです。ロケなのに、細かく切り返していることがおわかりでしょう。
◆ 光明寺 ◆◆
つぎは光明寺のシーンですが、こんどはべつの地図を貼りつけてみました。広告が出るのが、ちょっとなあ、ですが、これは拡大縮小できるので、「引く」と、鎌倉駅からずいぶん遠く(歩くと30分近くかかる)、もうほとんど逗子だということがわかります。
赤い星印が山門で、ここには写真を載せませんでしたが、緑色のマークが、おそらく映画のなかで貸家があると想定された位置です。
久生十蘭はこの近くに住んでいて、戦後の長編『あなたも私も』の冒頭には、夏の終わりの光明寺一帯が描写されています。この長編は長さの制約でもあったのか、後半が急ぎ足になっているところが惜しいものの、前半の光明寺、飯島、材木座の描写は素晴らしく興趣に富んでいて、しばしばそこだけ読み返しています。
映画のなかでは、裕次郎の仲間が光明寺境内の家を借り、海で遊ぶのに使っているという設定で、そこに兄を呼びに津川雅彦がやってくるというシーンです。いまでもこのあたりはサーフィン、ウィンド・サーフィンをやっている人が多く、そのための小規模な宿泊施設があります。光明寺の山門から出て、道路を渡り、さらに海岸道路のアンダーパスを通るともう砂浜なのです。ウン十年前、由比ヶ浜に住んでいたころ、このへんは散歩圏内だったこともあり、いまでもわが家では、鎌倉に行くと、人の少ないこのあたりをよく歩きます。
さすがに、お寺の変化はゆっくりとしているので、光明寺山門はむかしのままです。ただし、向かって左側の映画の撮影に使われた部分は新しい房が建って、だいぶ様子が異なります。
うーむ、ひどく手間取ってしまい、肝心の葉山ロケに到達できませんでした。もう一回やるかもしれませんし、もういいや、というので、べつの話題に移るかもしれません。
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(『狂った果実』は、サウンドトラックではなく、ボーナス・ディスクに武満徹のこの映画の音楽に関するコメントが収録されているのみ)
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