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In the Heat of the Night by Ray Charles (OST 『夜の大捜査線』より)
タイトル
In the Heat of the Night
アーティスト
Ray Charles
ライター
Quincy Jones, Alan Bergman, Marilyn Bergman
収録アルバム
In the Heat of the Night (OST)
リリース年
1967年
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当地は暑くなったり寒くなったり、めまぐるしくてかないませんが、植物はおおむね、今シーズンは暖冬ととらえているのではないでしょうか。蕗のとうはもう食べられないほど育ってしまっていますし、紅梅は数日前の春一番かと思うような大強風で散り、かわって近所の房アカシアが開花して、鮮やかな黄色になってきています。暖かくなってから満開になるはずが、遠からず満開になりそうです。

◆ レイ・チャールズ初体験 ◆◆
できれば、しばらくのあいだ、60年代前半に見た映画やテレビの音楽にしがみつこうと思っていたのですが、当てごととなんとかは向こうからはずれる、前回は、仕事の都合で見た『巴里のアメリカ人』などという、自分が生まれる以前の映画にジャンプしてしまったので、あきらめて、そういうことにはこだわらず、都合のよいもの、準備のできたものから書いていくことにします。

f0147840_19482990.jpg本日の曲は、ノーマン・ジュウィスン監督、シドニー・ポワティエ主演、ロッド・スタイガー共演の1967年の映画、『夜の大捜査線』のテーマです。みなさんもそうでしょうが、映画を見るときは音楽、とくにタイトルバックに流れる曲(それがテーマないしは主題歌とはかぎらないということは、『荒野の用心棒』のときに述べた)はおおいに気になりました。

健さんの任侠ものを見て映画館から出てくると、身のこなしがドスを呑んでいるようになってしまう、といわれましたが、わたしは、タイトルバックの曲がいいと、そのグルーヴのまま家に帰るような感じでした。こういう人間は、アーサー・フリードのMGMミュージカル全盛期にリアルタイムでぶつかると、帰りに雨が降らないかな、オモチャ屋に行こうか、などと思うのでしょうが、幸か不幸か、その時代には間に合わず、傘を振りまわして踊ったり、水たまりにジャブジャブ入っていったり、オモチャの太鼓をひとつひとつ踊りながら叩くような、狂気のふるまいはせずにすみました。

かわりに、いたってノーマルな行動に出ました。レコード屋に行って盤を買ったのです。いま、どこかに紛れて出てこないのですが、Unchain My Heart、What'd I Say、それからたぶんI Can't Stop Lovin' Youの3曲と、このIn the Heat of the NightがいっしょになったEPを買いました。過去の大ヒットと、最新のシングルを抱き合わせにした、レイ・チャールズ初心者にはうってつけの盤でした。

◆ ハスケル・ウェクスラー初体験 ◆◆
それでは、問題の『夜の大捜査線』冒頭をご覧いただけたらと思います。ちょっと長いクリップなので、曲のところだけをどうぞ。



いやはや、毎度、画質、音質は重要だと痛感します。夜のシーンですからねえ、微妙な階調なんです。YouTubeはここにサンプルを示すには好都合なのですが、同時に、おおいに不都合で、できれば本物を見、本物を聴いていただきたいものだと思います。うちの液晶もいかんのでしょうが、これではただ暗いだけで、なんのことだかわかりません。列車から主人公が降りてきて、スーツケースを手に、小さな町の寂しい駅の待合室に入る、ということが絵で説明されているのですが……。

ともあれ、このタイトルだけでわたしは乗りました。音楽も気に入ったし、画面の醸し出すムードがまさに好みでした(こういうときは、編集者がみごとなリズムでフィルムをつないでいるものなのだが、観客はそのことを意識しない)。中学生だから、大人っぽいものに惹かれていたのです。

f0147840_19503512.jpgあとになって、撮影監督がハスケル・ウェクスラーだと知って、じゃあ、うまいはずだよ、と納得しました。子どもはなにもわかっていないようでいて、やはり一流に遭遇すると、なにがなんだかわからないまま、面白い、と直感的に反応するのでしょう。

ウェクスラーは撮影監督としてもすばらしい仕事を残していますし、彼自身が監督した『アメリカを斬る!』(高校生はこの邦題に失笑し、Medium Coolという原題で記憶した。おかげで数年後、「中くらいにクール」と、マクルーハンの「クールなメディア」の合成だったのね、と納得した)も、マイケル・ブルームフィールドが音楽をやったという不純な動機で見に行ったのですが、期待した音楽はやや失望(子どもだからギンギラギンのギター・ソロを期待していた。パアでんねん。音楽監督が自分で弾きまくって仕事がつとまるか!)、でも映画そのものは、わけがわからないまま、感覚的な新しさだけは感じ、ハスケル・ウェクスラーという名前を記憶して映画館を出ました。つぎのも見ようと思ったのですが、それきりで、彼の監督二作目というのにはいまだにぶつかっていません。

f0147840_19515735.jpgどうなったのだろうかと、いまさらのように調べてみました。ご興味のある方は、オフィシャル・サイトのフィルモグラフィー・ページへどうぞ。国際撮影監督協会が選出した「もっとも影響力のある十人の撮影監督」のひとりだそうです。なるほどねえ。偉い人なんですね。

日本ではまったく評判にならず、わたしが見たときもガラガラだった『アメリカを斬る!』は、世界の大学の映画学科で教材にされているそうです。そういえば、大人になって知り合った映画学科出身の人に、この映画のことを「だれも見なかったらしいけれど」と話したら、とんでもない、あれはいい映画だ、と当然のようにいっていました。日本の大学でも「必修」だったのでしょう。牛に牽かれて善光寺、音楽目当てで映画を見ても、いいものに当たるときがあります。

ついでに、テレビでチラッと見て、おお、うまい滑り出しだな、と感心していたら電話がかかってきて、それきりで忘れてしまった映画のタイトルがわかって上機嫌になりました。ウェクスラーのフィルモグラフィーにあったのです。Mulholland Fallsです。主演はニック・ノルティーなんだから、これさえ記憶していれば、すぐにタイトルがわかったはずなのに、ボケッとしていたのでしょう。

◆ 音楽スタッフ ◆◆
映画自体にも感銘を受け、音楽も気に入ってすぐに盤を買い、それから30年たったある日、ビーチボーイズのフォーラムで二人の人間が教えてくれた、キャロル・ケイのウェブ・サイトに行き、彼女のディスコグラフィーを眺めて、何度も、オッと、これもそうだったのか、と同じことを百回以上頭のなかでつぶやきました。

そのなかには、子どものころに気に入っていたものもありました。そのうちの一本はすでにとりあげた『華麗なる賭け』です。これもハスケル・ウェクスラーが撮影監督。スプリット・スクリーンが印象的な、フォトジェニックな映像でした。もう一本が今日の『夜の大捜査線』なのです。

f0147840_19594020.jpgレイ・チャールズ・ボックスのパーソネルはいたって不完全なのですが、ドラムはアール・パーマーです。The Best of Earl Palmer その21のときに、アールの特集からはこの曲をはずし、別立ての記事にするとお断りを申し上げたのをご記憶の方がいらっしゃるかもしれません。ベースはレイ・ブラウンとなっています。つまり、キャロル・ケイと合わせてベースは2本、例によってフェンダーとスタンダップのユニゾンという、ハリウッドお得意のスタイルです。

映画を見てすぐに盤を買ったのは、半分ぐらいはオルガンに惹かれてのことでしたが、プレイヤーはビリー・プレストン。じゃあ当たり前だ、という鮮やかなオブリガートの連打です。ピアノはもちろんレイ・チャールズ自身、アレンジャーは、この曲の作者であり、この映画の音楽監督であるクウィンシー・ジョーンズ。しかし、残念ながら、スコアとしては感心しませんでした。この系統の音楽監督、映画音楽作曲者としては、ラロ・シフリンのほうがずっと好みです。

f0147840_2012090.jpgで、思いましたねえ、レスリー・ゴアのトラックがすばらしいのは、クウィンシー・ジョーンズの力ではなく、アレンジャーのクラウス・オーゲルマンのおかげではないか、と。オーゲルマンは、たとえば、トム・ジョビンのトラックの弦のアレンジなどを聴いても、うまいなあ、と感心するわけで、よその録音で、おいおい、大丈夫か、と黄信号が点灯したことはありません。

この映画でも、画面のリズムと音のリズムのズレが気になり、おい、音楽監督、ボケッとするんじゃない、と怒鳴りつけたくなるシークェンスが複数あります。車が走るシーンなんて、リズムが悪く、画面と音がケンカしています。映画だってグルーヴが命なんですがねえ。

◆ 各種エディット、ミックス比較 ◆◆
この曲には2種類のエディットがあります。ひとつは映画と同じようにいきなりヴォーカルが出てくる短いヴァージョン、もうひとつはテナー・サックスによる長いイントロ付きのロング・ヴァージョンです。

イントロの尻尾、ヴォーカルの出へのつなぎとしてストップ・タイムになり、ピアノだけがルートと5度を強調してBbコードを3連で弾くところがかっこいいので、わたしはロング・ヴァージョンのほうが好きです。このピアノのせいで、この曲を買ってから、昼休みや放課後、学校のピアノを弾きはじめたほどです。いえ、弾くといっても、ギター・コードを分解して鍵盤上に展開し、ひとつひとつコードを覚えるという、無茶苦茶なことをしただけですが、でもまあ、ロック小僧にはありがちな鍵盤へのアプローチだと思います。

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レイ・チャールズ・ボックス、Genius & Soulのディスク4。むやみに凝ったボックスで、このジュウェル・ケースも、プラスティックそのものが打ち出しになっていて、そこに金で描かれている。

うちにあるものでは、昔買ったEPと、ライノの60年代ソウル・ボックス、Beg, Scream & Shoutだけが、ロング・ヴァージョンを収録しています。OST盤はもちろん、ライノのレイ・チャールズ・ボックスGenius & Soulも、TRCから出たベスト盤も、クウィンシー・ジョーンズのボックス、The Musical Biography of Quincy Jonesも、みなショート・ヴァージョンです。

どちらが収録されているかを明示している盤などないので困りますが、見分ける方法はあります。プレイング・タイムは、ロングは3:25、ショートは2:30から40あたりです。ウェブで買うなら、プレイイング・タイムが表示されていることも多いので、これが手がかりになるでしょう。

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こういうなんでもないシーンでの音楽が画面のリズムとズレ、グッド・フィーリンがない。

ミックスもみなちがうのですが、もっとも分離がよく、各楽器を暴れさせず、上品なところに収めているのがGenius & Soulボックス。アール・パーマーやビリー・プレストンのプレイを聴くなら、このヴァージョンが最適です。スネアのヒットがきれいに聞こえます。いちばんベターッとして音の粒だちが悪く、でも音圧は強く、下品ではあるけれど、乗れるミックスはThe Musical Biography of Quincy Jones、両者の中間がTRC盤レイ・チャールズ・グレイテスト・ヒッツです。Beg, Scream & Shout収録のロング・ヴァージョンはモノーラルなので、比較できません。

◆ ロッド・スタイガー初体験 ◆◆
この映画はいろいろオスカーにからんだようで、わたしが見たのはそのせいかもしれません。でも、この直前に、音楽が理由でシドニー・ポワティエのべつの映画を見ていたので、その延長線上のことだろうと思います。なによりも印象に残ったのは、熱気がよどむ南部(ミシシピー州スパルタというすごい名前の町)の暑い夜のムード、そして、はじめて見たロッド・スタイガーという俳優です。

スタイガーはこの映画でアカデミー助演男優賞を得ていますが、十分にそれに値する、奥行きのある面白い人物像をつくっています。起伏に富み、表裏のあるむずかしい役です。南部の小さな町の警察署長で、はじめは黒人なんか人間とは思っていない、おそるべき人種差別主義者として、たまたま殺人の起きた町の駅で深夜に列車を待っていて、たまたま多額の現金をもっていたために逮捕されてしまった、フィラデルフィアの殺人課の黒人刑事、ヴァージル・ティブズ(ポワティエ)の前に姿を現します。

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最後の最後に見せるこの笑顔で、この署長がじつは好人物なのだという印象が刻まれる。

このポワティエ扮する黒人刑事に対する距離の計り方で、スタイガーはオスカーを得たといっていいほどで、高圧的に出たり、下げたくない頭を下げたり、酔って思わず本音をいって、そんな自分に腹を立て、ティブズに当たったり、ある理解に達しているのに、そんなことは知られたくないので、人種差別主義者の仮面をかぶりなおしたり、礼などをいうのは照れくさい、でも、いわずにすませられるほどタフでもないので、なんとか威厳を損なわないようにして非礼を詫びる気持ちを込めて感謝の意を表したり、こんなにむずかしい役はほかにないのじゃないかと思うほどです。スタイガーはみごとに、善人でもなければ悪人でもなく、あなたやわたしに似た、実在の手触りのある人物を作っていました。

もっとも好きなシークェンスは、腹を立て、フィラデルフィアに帰ることにし、駅に行ったティブズのあとを追って署長がやってきて、ひと気のないプラットフォームで、捜査に協力してくれと説得するシーンです。YouTubeでは、このシークェンスは分断され、ふたつの長いクリップの最後と冒頭に泣き別れになっているのが不都合ですが、ご興味があれば以下をどうぞ。





◆ ジョン・ボールの原作 ◆◆
高校時代、読もうと思ったら手に入らなくて愕然とし、数年のあいだ古書店を経巡って集めまくった作家がいます。ジョン・ディクスン・カーと横溝正史です。

カーはともかくとして、正史の本が店頭になかったなんて、いまでは信じられないでしょう。角川が文庫に入れるまで、横溝正史は忘れられた作家、時代遅れの書き手だったのです。子どものころからなにごとも時代遅れが大好きなので、こうなると血がたぎり、燃えるのです。古本屋というのはこういうときのためにあるわけで、カーと正史はわたしの「書痴」人生の原点となりました。

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なかなかお互いに正面から見ようとしないところが味わいのあるプラットフォームでの説得の場面。緊張感があると同時に、どことなくユーモラスでもある。

「足で稼ぐデカ」ならぬ「足で稼ぐビブリオマニア」になったのは、あのときは高校生で小遣いは貧弱、東京の古書店で2000円払ってカーを買うことはできず、マメに歩いて、80円なんて値段で見つける道を選んだためです。二十歳ごろ、京都に行ったとき、宇治まで足を伸ばしたら、小さな小さな古書店があり、平等院を見た帰りに立ち寄ったら、カーが15冊ほどあって、どれも100円だったものだから驚喜して、ダブったものも売却益目当てで(って、わずか数百円)すべて買い、京都までもどって予定変更、以後のスケデュールは打ち切り、そのまま新幹線に乗ってしまいました。

カーを集めはじめると、その周辺のものも気になりはじめ、どうせ手をつけたのだからと、当時、ほとんど「休眠レーベル」と化し、新刊屋にはなにもなかった早川ポケット・ミステリも、番号順に並べてみようか、と考えました。そういう行脚の過程で、早稲田の古書店のご主人にきいたところでは、じっさいにわたしと同じことをやって、あの時点で千冊ほどあったもののコンプリート・コレクションを達成した人がいたそうですが、わたしは徹底性に欠け、すぐに注意がよそに流れる(映画を見ていて音楽が気になり、音楽を聴いていて本が気になり、本を読んでいて映画が見たくなる)ので、そこまではいかず、わずか500冊を超えたあたりで脱落しました。

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"Thanks, Virgil. You take care, uh?" ステップまでヴァージルのスーツケースを運んだことが、最大限の感謝の表現というところか。

本を集めるのは読むためです。盤を集めるのだって聴くためなのだから、同じことです(と断言できるかどうか、胸に手を当ててよく考える必要のある方もいらっしゃるでしょうな。人間、えてして、手段が目的と化したことに気づかぬまま生き続けるものです)。たまたま、ディクスン・カーの側杖で買ったもののなかに、ジョン・ボールの『夜の熱気の中で』があり、これが昔見た『夜の大捜査線』の原作だというので、読んでみました。

f0147840_22371554.jpgもう30年以上昔の記憶なので、あまり当てになりませんが、けっして悪いものではありませんでした。端正な仕上がりです。でも、映画にあった奥行きはなく、あっけらかんとした犯罪捜査物語で、ほとんど本格派に分類してもいいくらいの、手順をきちんと踏んだ謎解きでした。もちろん、設定は映画と同じなので、北部の黒人と南部の白人との葛藤の描写はありました。でも、若造が見ても、かなり図式的で、奥行きのある描写ではありませんでした。シリアス・ノヴェル・ライターではなく、ミステリー・プロパーのライターであり、人種問題の扱いもその範囲内のことです。

ほかに、同じヴァージル・ティブズ・シリーズの『白尾ウサギは死んだ』と、シリーズものではない『航空救難隊』というのを読みましたが、ともに記憶が飛んでいます。つまり、感銘を受けるほどではなかったということです。怒った記憶はないので、平均点以上だったのだと思いますが。

考えてみると、原作は奥行きのある話なのに、映画になると陰影が飛んでしまい、のっぺりした娯楽ものに化ける、というのがノーマルなパターンで、原作より映画のほうが奥行きがあるというのはめずらしいケースです。いま、パッと思い出すのは、ほかに『ある晴れた朝突然に』ぐらいしかありません。

このシーンで流れるFoul Owl on the Prowlという曲も妙な人気があるらしい。たしかに奇妙な魅力がある。

これも映画はなかなか詩情豊かでしたが、ジェイムズ・ハドリー・チェイスの原作はひどく雑なつくりで、中学生のわたしは(いや、原作を読んだのは高校生になってからかもしれない)、なーんだ、と失望しました。「通俗」ハードボイルドだからといって、つまらないとはかぎらないのですが(ブレット・ハリデイのマイク・シェーン・シリーズなどはずいぶん読んだ)、チェイスはこれ一冊で、二度と手を出さなかったところを見ると、よほど懲りたのでしょう。

チェイスはフランスでは人気があったのだそうですが、フランス人のミステリー趣味って、理解不能ですからね。ボアロー=ナルスジャックなんて、どこが面白いのかさっぱりわかりませんでした。ジョルジュ・シムノンは好みですが、あれはミステリーとしてどうこうという以前に、ただの小説としてすぐれたものがたくさんあるからです。あのボソッとした描写、小説的描写なんか下品じゃないか、たださっと書けばいいんだ、といわんばかりの素っ気なさがじつに魅力的。シムノンは精神においてハードボイルドです。

最初の一文字から最後の句点にいたるまで、ついに一度も日本語に違和感を覚えることなく読了し、「完璧!」と驚嘆した唯一の翻訳書、『幻の女』を訳した稲葉明雄先生が指摘していますが、「その夜は雨が降っていた」なんですよ、シムノンは。そぼ降ったり、土砂降りだったり、こぬか雨だったりしないのです。ただ「雨が降っていた」のです。こういう風に書けるのは大物だけです。小人物は、どんな雨だろうか、だなんてつまらぬ妄想をし、どんな言葉を選べばいいだろうか、なんて、財布のなかの小銭をひとつひとつ勘定して、明細書をつくるような真似しかできないのです。

わたしはもちろん、小銭ばかり勘定している、まごうかたなき小人物、つい、こせこせとよけいなことを書き、不要な形容詞、副詞を盛大にばらまくせいで、いつも長ったらしい記事になってしまうのでした。

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エンド・タイトル。列車と併走するトラックからのショットか、よくピンを合わせられるものだ、と思っていると、キャメラはどんどん引いていき、ついには空にあがってしまうのでビックリ仰天する。

by songsf4s | 2009-02-18 22:51 | 映画・TV音楽