タグ:芦川いづみ ( 19 ) タグの人気記事
田坂具隆監督『陽のあたる坂道』(1958年、日活、美術・木村威夫、音楽・佐藤勝) その2
 
以前、なんの記事だったか、滝沢英輔監督『あじさいの歌』(1960年、日活、池田一郎脚本)は、フル・レングスの長編のプロットをほとんど省略せず、原作の手触りもそのまま、ほぼ忠実に映像化した、きわめて出来のいい文芸映画だといった趣旨のことを書きました。

f0147840_23534056.jpg
『あじさいの歌』挿絵。岩崎鐸画、新潮社刊『石坂洋次郎文庫 第13巻』より。

『陽のあたる坂道』はどうでしょうか? 『あじさいの歌』と同じ池田一郎(のちの作家・隆慶一郎)が田坂具隆監督と脚本を共同執筆した『陽のあたる坂道』は、原作の手触りを損なわない、ある意味で「忠実な映画化」ではあるのですが、千枚の長編を映画にするために、じつは、大きな「切除手術」をしています。

石坂洋次郎の原作には、倉本たか子が通う大学の「主事」で、たか子に田代くみ子の家庭教師の職を紹介した「山川」という人物が登場しますが、映画ではこの人物がまるごとオミットされているのです。この判断が、映画が成功するか否かのキー・ポイントになったと感じます。

小説では、山川主事はきわめて重要なキャラクターで、いま読み返すと、他の部分はさほど感興がわかないのに、山川と田代家の長い関わりの部分だけは、精彩を失っていないと感じます。

しかし、映画を三時間半に収めるにはなにかを省略しなければならず、そして、山川と田代夫妻のサイド・プロットを丸ごとオミットするという、田坂具隆と池田一郎の判断は正しかったと思います。山川主事を登場させたら、映画は混乱したでしょう。

映画には登場しない、山川と田代夫妻の関わりは、それ自体、おおいに興味深いもので、石坂洋次郎が書こうとしたのは、むしろ、この世代の物語のほうだと思われるので、いずれ、その点についてもふれるつもりです。

◆ 「ジャズで踊ってリキュールで更けて」の昔から ◆◆
倉本たか子(北原三枝)は、最初の田代家訪問でさまざまなことを知りますが、のちのプロットに影響するものとしては、まず、田代くみ子(芦川いづみ)が子どものころの大怪我のせいで軽くびっこをひくこと、そして、これが彼女の性格と生活に大きく影響しているらしいことです。

長男の雄吉(小高雄二)はあらゆる面で優等生、そして医学を勉強中、次男の信次(石原裕次郎)は画学生で、ちょっと斜に構え、人を食ったようなところがあり、たか子をさんざんからかったあげく、「訪問者に対する憲法」だといって、彼女の胸にさわって、悪い第一印象を与えます。

だれが、というのではなく、母親のみどり(轟夕起子)以下、一家全員がたいていのことを包みかくさず、初対面の人間に説明し、それぞれがそこに論評を加えるということを知るのも重要でしょう。以前にも書いたとおり、石坂洋次郎の物語は「ディベート小説」であり、ディスカッションによって進んでいくのです。

f0147840_22442185.jpg
『陽のあたる坂道』は轟夕起子の戦後の代表作といえる。

昼食(豪邸なのに、食卓にはカレーライスが並んだところに時代を感じた。あの時代には、これでもアンバランスな印象は与えなかったのだと推測する)のあと、たか子はくみ子の部屋に行き、二人だけで話します。

階下からピアノの音が聞こえてきて、あれは雄吉兄さんだとくみ子は教えます。たか子は「上手いわあ」とおおいに感心しますが、くみ子は、ただ滑らかなだけで、面白みがないと批評します。くみ子の言葉の端々から、長兄・雄吉を好まず、次兄・信次とは仲がよいことがわかります。

たか子はアパートに帰り、玄関のところで同じアパートの住人、料理屋の仲居をやっている高木トミ子(山根壽子)と一緒になり、荷物をあずかっているので、いま息子の民夫(川地民夫)に届けさせましょう、といわれます。これでおもな登場人物がそろいました。

f0147840_2251262.jpg
山根壽子は『乳母車』のときとは対照的な役柄

トミ子「あの子も可哀想に、ほんとうは作曲家になりたいんだそうですけど、それじゃお金にならないもんだから、ナイトクラブみたいなところで、いま流行りのアメリカの唄、うたってんですよ」
たか子「あら、そう」
トミ子「あたしにはさっぱりわかんないんですけどね」
たか子「ジャズでしょう」

アメリカのポップ・ミュージックをすべてひっくるめて「ジャズ」といったのは戦前のことでしょうが(「ジャズ小唄」なんていう目がまわるようなジャンルもあった!)、戦後になっても、案外、そういう言い方が長く生き延びたのでしょう。ここでいっている「ジャズ」がどういう音楽かは、次回にでも、実物を聴いていただくことにします。

茶飲み話で、たか子の家庭教師の仕事先が、アジア出版という書肆の社長の家だということにふれたとたん、トミ子の顔色が変わり、たか子はトミ子が田代家を知っているのではないかと考えます。

f0147840_22522965.jpg

田代家の母親(轟夕起子)、くみ子(芦川いづみ)、雄吉(小高雄二)の三人とたか子が音楽会(ピアニストのものらしい)に行った夜、父・田代玉吉(千田是也)と、次男の信次(石原裕次郎)は、居間で酒を飲みます。

f0147840_22581587.jpg
千田是也と石原裕次郎

信次は「ぼくを生んだお母さんは生きているんですか?」とたずね、父を狼狽させます。信次は、ぼくが気づいていることはパパやママだって知っているし、ぼくがママの子でないことは、兄さんやくみ子もわかっているじゃないか、と云い、父にその事実を認めさせます。しかし、母親の存否は知らないといい、信次もそれで引き下がります。

いっぽう、音楽会に行った四人は、夕食後、母とくみ子は自宅に帰り、雄吉はたか子を送る途中、バーないしは喫茶店(夜は酒も供すタイプの店)に入ります。

f0147840_2304519.jpg

二人のロマンスがはじまりそうなことを予感させるシークェンスですが、ここではその店のなかで流れている現実音という設定らしいスコアをサンプルにしました。タイトルはあたくしがテキトーにつけたものにすぎません。

サンプル 佐藤勝「お茶の水タンゴ」

メイン・タイトルも、一部、複数のアコーディオンがリードをとるところがありましたが、こちらはタンゴ調なので、アコーディオンが使われたのでしょう。

窓外の風景はスクリーン・プロセスによる合成です。木村威夫はこのショットを記憶していて、お茶の水で撮ったといっていました。(初稿では「電車は丸ノ内線」と書いたが、その後見直して、この部分を削除。さらに、橋は聖橋と書いたが、これも削除。聖橋ではないようだ)

なんだか、音楽も気になり、美術も気になり、はてさてどうしたものか、なのですが、セット・デザインとちがって、ここはあとでまとめてというわけには行かないような気がするので、木村威夫美術監督の証言をもう少々。

『乳母車』その5のときにも、田坂具隆監督のスクリーン・プロセスのことを書きましたが、木村威夫美術監督もスクリーン・プロセスの利用には不賛成だったようです。

アメリカなら最新のものが使えたが、あの当時の日本のはそこそこのものにすぎなかったといい、木村威夫はさらにこういっています。

「この場合、どだい無理だから止めましょうと食い下がったんだけれど、田坂先生、頑としてスクリーン・プロセスで行きますとおっしゃるから(笑)、しようがありませんや。ロケーションじゃ細部にまで神経の行き届いた芝居はできないというわけだよ。コンサート帰りで町の感じも出す店となると、やっぱり、じゃあ、背景流れてた方がいいと落着するわけ。(略)それは頭の中ではうまくいくと思っているけれどさ、でき上がってみるとそうはいかないよな」

わたしもスクリーン・プロセスが好きではないので、木村威夫美術監督のこのきびしい評価には首肯できます。美術監督としては、視覚的なトーンの違いが気に入らなかったのでしょう。「調子が崩れる」というやつです。

観客として、わたしは、スクリーン・プロセスのシークェンスを見ると、「そこにいる気分」を阻害され、「スタジオでスクリーンの前で芝居しているな」という「素」の気分になってしまいます。

しかし、それはそれとして、橋より低い場所にある店、という設定はけっこうだし(秋葉原寄りか)、なにかを動かそうと思ったときに、車ではなく、夜の電車を選んだのは、いいなあ、と思いました。

もうひとつ、視覚的なことにふれておきます。

ある日、たか子はくみ子と待ち合わせて、くみ子が好きだという、ジミー小池という歌手のステージを見に行くことになります。この待ち合わせがバス停なのです。

f0147840_23125291.jpg

f0147840_2313199.jpg

f0147840_23124830.jpg

f0147840_23132166.jpg

いわゆる「ジャズ喫茶」のある場所といえば、銀座と考えるのがふつうでしょう。そして、このバスは「新橋行」と表示しているので、このバス停が銀座にあると措定しても、矛盾は生じません。

しかし、これはどう見ても、銀座の表通りではなく、裏通り。銀座の裏通りをバスが走っていたなんて話は寡聞にして知りません。

木村威夫は、この疑問にあっさり答えています。このシーンの撮影場所は、日活調布撮影所のオープン・セット、いわゆる「日活銀座」だそうです。銀座裏を模したパーマネントなオープン・セットが組んであり、これを「日活銀座」と呼んだのです。たぶん、銀座での撮影許可がおりないことも、そういうセットを組んだ理由のひとつでしょう。

次回、彼女たちが向かったジャズ喫茶、「オクラホマ」のセットを見て、そこで流れる音楽を聴くことにします。どちらもじつに楽しいのです。


metalsideをフォローしましょう


DVD
陽のあたる坂道 [DVD]
陽のあたる坂道 [DVD]


DVDボックス(『陽のあたる坂道』『憎いあンちくしょう』『太陽への脱出』『夜霧よ今夜も有難う』+ボーナスDVD)
裕次郎 DVD-BOX~ヒーローの軌跡~
裕次郎 DVD-BOX~ヒーローの軌跡~
[PR]
by songsf4s | 2012-06-08 23:28 | 映画
田坂具隆監督『陽のあたる坂道』(1958年、日活、美術・木村威夫、音楽・佐藤勝) その1
 
この春から、当家が居候しているExciteブログの「リポート」の形式が変わり、以前やっていたような、アクセス・キーワード・ランキングのご紹介はできなくなりました。

はじめて「芦川いづみ」というキーワードがランクインしたときは驚いて、そのことを記事に書きましたし、そもそも、アクセス・キーワード・ランキングを公開しようと思ったのは、芦川いづみ登場にビックリしたからだったようにも記憶しています。

リポートの形式が変わったおかげで、どうやら、日々いらっしゃるお客さんの半数以上、おそらく3分の2ほどは、検索によっていらっしゃっているらしいことがわかってきました。

検索に使われているのは、むろん、グーグルが多いのですが、他のサーチ・エンジンも使われています。当家の記事が上位に来やすいのは圧倒的にグーグルなので、グーグルが多数派であるのはありがたいかぎりです。

逆に、他のサーチ・エンジンには冷遇されていて、gooなんかで検索すると、グーグルなら1ページ目に出てくるようなものが、いつまでたっても見あたらなかったりします。

まあ、gooで検索するというのは、わたし自身はめったにやらないからかまわないのですが、先日、たまたまgooが開いたので、「芦川いづみ」を検索してみました。

ちょっと驚きました。いつもなら、当家など存在しないかのごとくふるまうgooが、2ページ目に当家の「芦川いづみ」タグのページをあげたのです。

f0147840_23503924.jpg

以前にも何度か、芦川いづみで検索して当家にいらっしゃった方にお礼を申し上げました。ブックマークではなく、サーチ・エンジンを使ってくださると、上位にあがっていくので、今後ともよろしくお願いします、と。

じっさい、芦川いづみファンの方たちが、サーチ・エンジンで芦川いづみを検索して、当家にくるということを繰り返してくださったのでしょう。その結果、当家に冷たいgooですら、芦川いづみのキーワードで当家がヒットしたのだと思います。

じつにどうも、ありがとうございます>芦川いづみファンのみなさま。しつこくて恐縮ですが、今後とも検索のほど、よろしくお願いします。いえ、芦川いづみにかぎりません。どんなものでも、お気に入りのキーワードでどうぞ。

◆ 血の陰影 ◆◆
さて、その芦川いづみが出演した田坂具隆監督の『陽のあたる坂道』を、これから数回にわたって見ていこうと思います。

f0147840_2353061.jpg

といっても、あと一時間ほどしかテキストを書く時間は残されていないのに、どういう方向でやるのか、いまだ暗中模索で、例によって、走りながら考えよう、という不埒な心構えで取りかかっています。書いているうちに目処がつけばラッキー、下手をすると、スパゲティー状の混乱記事になるおそれありです。

しかし、田坂具隆の二つ前の映画である『乳母車』と同じように、美術は木村威夫なので、セット・デザインのディテールを検討するという方法があります。

また、音楽監督は佐藤勝で、例によって興味深いスコアや挿入曲もあるから、その面から見ていくという、当家のいつものやり方もできます。

原作も中学以来、何度か再読したことがあり、まだ文庫本が手元にあるので、小説と映画の異同を検討することもできます。

結局、たんに、ストーリーラインをどの程度まで追いかけるか、その匙加減だけの問題のようにも思います(楽観的すぎるぞ、と、だれかに云われたような気がする。空耳か)。

ということで、音楽、美術、撮影、原作との異同など、八方美人の虻蜂取らずで、右往左往としてみようと思います。

f0147840_2355178.jpg

f0147840_23552786.jpg

まず外側のこと、データ的なことを少々。

当家ではすでに『乳母車』をとりあげていますが、この『陽のあたる坂道』は田坂具隆による、一連の石坂洋次郎原作、石原裕次郎、北原美枝、芦川いづみ出演映画の二作目にあたります。つぎの『若い川の流れ』と併せて三部作を形成している、その真ん中の映画です。

この三部作に共通するのは主要出演者ばかりでなく、美術の木村威夫、撮影の伊佐山三郎もレギュラーです。美術監督と撮影監督が同じだと云うことは、視覚的なトーンにも共通する味が生まれると、原則的にはいっていいでしょう。

石坂洋次郎は、はじめから「田代信次」というこの映画のキャラクターを、石原裕次郎のイメージで書いたのだそうで、なるほど、いかにも裕次郎が演じそうな人物になっています。

いや、渡辺武信が追悼記事で指摘したように、石原裕次郎という俳優には光と陰があり、屈託のない明るい青年と鬱屈する青年が同居していました。「青春映画」という言葉をそのまま当てはめてかまわない、明朗闊達な青年を演じた作品群(たとえば『青年の樹』や『あした晴れるか』)がある一方で、たとえば、『俺は待ってるぜ』のように、行き場のない場所に追いつめられた青年も多数演じています。

これはたぶん、石坂洋次郎作品に共通する暗さ(「血と過去がもたらす陰鬱」とでもいおうか)も影響しているのだと思いますが、『陽のあたる坂道』で石原裕次郎が演じた田代信次もまた、一見、闊達のように見えて、じつは「血」という日本的鬱屈に煩悶する青年です。

f0147840_23555933.jpg

北国からやってきて、東京の大学で学ぶ倉本たか子(北原三枝)は、出版社の社長・田代玉吉(千田是也)の娘・くみ子(芦川いづみ)の家庭教師の口を紹介され、(おそらくは田園調布にあると想定される、ただし、現実のロケ地は鶴見だったらしい)田代邸を訪れます。

ここでたか子は、母親のみどり(轟夕起子)、長男の雄吉(小高雄二)、次男の信次(石原裕次郎)に会い、彼女の常識からは大きく外れた、どんなことも言葉にして説明し、意見を主張する、いわば戦後的な家族のありように接します。

三脚なしの映画館盗み撮りですが、もっとも好きな映像と音の組み合わせによるクレジットなので、いちおうクリップを貼り付けます。



お断りしておきますが、イントロの数秒がカットされています。イントロそれ自体は重要ではなくても、残りの本体を引き出し、その味を決定する役割をもっているので、映像が黒味だからといって音をカットしていいと云うことにはなりません。それがわからない人が多くて、いつもムッとなります。

いきなりフォークボールではなく、高めのストレートを見せておき、つぎにフォークを投げて仕留める、なんてパターンがあるでしょう? 物事には順序というものがあり、その文脈のなかで生きるものというのがあるのです。映画はまさに順序の技、音楽もまたしかり。無意味においてあるものなどありません。

ということで、以下に、きちんとイントロのついているヴァージョンをおきます。ただし映画のOSTとは異なるテイクでしょう。全篇からいくつかの場面の音を取り出し、ひとつの組曲のようにしたヴァージョンです。

サンプル 佐藤勝「陽のあたる坂道」(ダイジェスト)

この冒頭のメロディー、メイン・タイトルといえる曲は、何度かアレンジを変えて、変奏曲として登場します。佐藤勝というのは、日本音楽史上もっともヴァーサタイルな作曲家ではないかというほど、ほとんどどんな音楽スタイルにでも適応できたと思います。それでも、やはり、このような、叙情的オーケストラ・ミュージックというのが、この人の背骨ではないかと感じますし、その系列のなかでも、この『陽のあたる坂道』のメイン・タイトルは、とりわけ好ましいものです。

先年、ヴィデオ・デッキを廃棄し、ついでにVHSテープの大部分も処分してしまい、テープでしかもっていなかった映画は見られなくなってしまいました。『陽のあたる坂道』もそのときに捨ててしまったのですが、あとになって無性に再見したくなりました。

そのときに、どのシーンが頭に浮かんだかというと、まず、オープニング・クレジットでした。なぜオープニングかというと、頭のなかで想像したときは、あの佐藤勝のテーマ曲が聴きたいのだと思いました。

今回、DVDで再見して、ちょっと考えが変わりました。佐藤勝の音楽だけでなく、視覚的にも、大きな魅力が二点あると、いまさらのように認識しました。

ひとつは、おそらくは田園調布(木村威夫の記憶はあいまい)で撮影された、坂道のアップス&ダウンズをなぞる視覚的なリズム、もうひとつは、背をピンと伸ばし、やや大股に歩く北原三枝の、これまたリズミックな身のこなしです。

この視覚的なリズムの流れに、佐藤勝の弦による音のレイヤーが呼応して、じつに音楽的な響きのある映像と音のアマルガムが生まれていると感じます。だから、あとで振り返ったときに、このオープニング・クレジットが頭に浮かんだのでしょう。

文字数を使ったわりには、今回はほとんどなにも書けませんでした。次回から、物語に入っていくことにします。


metalsideをフォローしましょう


DVD
陽のあたる坂道 [DVD]
陽のあたる坂道 [DVD]


DVDボックス(『陽のあたる坂道』『憎いあンちくしょう』『太陽への脱出』『夜霧よ今夜も有難う』+ボーナスDVD)
裕次郎 DVD-BOX~ヒーローの軌跡~
裕次郎 DVD-BOX~ヒーローの軌跡~
[PR]
by songsf4s | 2012-06-03 23:55 | 映画
日活映画『乳母車』補足 芦川いづみの部屋と鎌倉・光明寺の裏山
 
最後の更新が三月二十五日なので、一月半の長い中断になってしまいました。何度か、軽い記事でご機嫌伺いをしようと思ったのですが、ちょっと疲れていることもあり、また、2007年以来、丸五年近く、千件以上の記事を書いてきた反動で、気分的に倦んでしまったこともあって、なかなか更新できませんでした。

長く休むたびに、毎度驚くのですが、思いのほかお客さんの減少というのは小さいもので、しばらく新しい記事なしでも、おおぜいの方がいらしてくださいます。まあ、原稿用紙にすれば数千枚の記事を書いてきたので、検索でヒットするものもたくさんあるからでしょうが、なんだか菅公の「主なくとも」みたいな妙な気分です。

人間、明日も生きているという保証などまったくありません。今回のように、ふと休んだら、再開できなくなっただけ、というのではなく、ほんとうに重い病に伏したり、ふいにあの世に引っ越したりすることもおおいにありえます。それでも、しばらくのあいだは、このブログは生き続け、毎日数百人のお客さん方が訪れていらっしゃるでしょう。なんだか変なものだなあ、と思います。

どうであれ、意味のあるなしにかかわらず、数年のあいだ、倦まずたゆまず記事を書いてきた報酬なのだろうと、訪れていらっしゃるお客さん方に感謝しております。

◆ 芦川いづみの部屋から見えるもの ◆◆
このところ、過去の記事をチェックし、文字の間違いなどを修正していて、いくつか宿題を思い出しました。いや、たくさんありすぎるほどなのですが、ひとつだけ、仮の、といわざるをえませんが、決着をつけられそうなものがありました。

連休中の一日、逗子から鎌倉へといつものコースを歩き、材木座の光明寺で一休みしました。この古刹は、当ブログでは、「狂った果実 その3」という記事で、ロケ地のひとつとして言及したことがあります。

そしてもうひとつ、「『乳母車』(石原裕次郎主演、田坂具隆監督、1956年日活映画)の美術 その2」という記事の最後、鎌倉にあると設定されている、宇野重吉、山根壽子、芦川いづみの親子が住む邸宅の場所として想定されているのは、光明寺の裏山あたりではないかということも書きました。

その根拠としたショットを。

f0147840_19182493.jpg

f0147840_1931080.jpg

f0147840_19184165.jpg

これは鎌倉にある邸宅の二階、芦川いづみの部屋のショットです。窓外の景色は書き割りではなく、スクリーン・プロセスによる合成です。人影が動き、波が打ち寄せています。

これが鎌倉の海を撮ったものなら、このように見える場所は光明寺の裏山あたりだろう、とかつての記事には書きました。しかし、光明寺にはよく行くものの、裏山に登ったことはなく、連休中に光明寺に行ったときに、『乳母車』のことを思い出して、登ってみました。

f0147840_2325663.jpg

f0147840_23253598.jpg
正面に見える岬は稲村ヶ崎。切り通しのところで先端が切れているように見える。そのさらに左側に、もやで霞んでほとんど視認できないが、江ノ島がかすかに見える。

高い場所からは海が見にくかったので、坂を下って、ポイントを探しました。

f0147840_23252972.jpg

f0147840_2326233.jpg
上の写真を拡大して、映画に近くなるようにトリミングした。

このショットが、映画のショットにいちばん近いのではないでしょうか。

f0147840_2326108.jpg

f0147840_2327394.jpg
上掲のショットの窓の部分を拡大した。

このあたりは、光明寺団地というものになっていますが、海が見える場所には家はなく、上掲の写真を撮影したのも、材木座の道と団地をつなぐ坂道の途中です。『乳母車』の撮影された1950年代なかばに、ここがどういう状態だったのかは知りませんが、すでに道ができていたか、または山の斜面だったのだろうと想像します。

画角と解像度の問題もあり、また滑川の河口にもいくぶんの変化があったようで、どこからどう見ても間違いない、とはいきませんが、肉眼で見たときは、『乳母車』のあのショットはここで撮影されたのだろうと納得しました。

長い休みが終わったので、これからは以前のように頻繁に更新する、というようにはならず、まだしばらくは休みがちで、たまに更新するという状態がつづくだろうという気がします。ときおり思い出して、来訪してくだされば幸甚です。


Click and follow Songs for 4 Seasons/metalside on Twitter
metalsideをフォローしましょう



乳母車 [DVD]
乳母車 [DVD]
posted with amazlet at 09.10.29
日活 (2006-07-17)
売り上げランキング: 75709

[PR]
by songsf4s | 2012-05-13 23:36 | 映画
芦川いづみデイの日は暮れて
 
特段の理由はないのです。たんに、つい、うかうかと芦川いづみのクリップをたぐってしまい、本日、手元にあるのはこの話題だけとなってしまったのでした。

いやはや、ひとたび見はじめると止まらないもので、至福の時となってしまいます。まず、美男美女ばかりぞろぞろ出てきて、いい加減にしろよ、といいそうになるクリップから。長いのでクリックするならそのおつもりで。

西川克巳監督『東京の人』 - 芦川いづみ、月丘夢路、新珠三千代


男優のほうは滝沢修、葉山良二、青山恭二を確認できます。月丘夢路と葉山良二が会う場面の背景はいったいどこなんでしょうか。イタリア・ロケ、なんていわれたら信じてしまいそうな建築。

月丘夢路というのはちょっと妖艶というイメージだったのですが、大人になってから小津安二郎の『晩春』を見過ぎて、印象が変わってしまいました。しかし、こういう映画を見ると、やはり年増女の魅力を発散していて、ほほう、です。『鷲と鷹』のときより、こちらのほうがずっといいのではないでしょうか。

いちおう、テーマ曲(らしい)のほうも貼りつけておきます。やはり映画からのショットが使われています。

三浦洸一 - 東京の人


『東京の人』は未見ですが、こちらは再見したくて、かつてVHSを買いました。

中平康監督『あした晴れるか』


冒頭にやっちゃ場が出てきて、石原裕次郎がカメラマン、担当編集者が芦川いづみという映画はどれだっけ、なんてことをチラッと思ったことがあったので買ったのですが、明朗闊達単純明快、楽しい映画でした。

ご存知ない方のために注釈しておくと、やっちゃ場というのは東京青果市場のことで、かつて秋葉原駅のすぐまえにありました。いまや高層ビルが建ち並ぶ馬鹿馬鹿しさ。東京でもっともイヤな場所のひとつに変じました。

裕次郎扮するカメラマンが「東京探検」というテーマで写真を撮るという展開なので、あの時代の東京風景をたっぷり見られます。時がたつにつれて、その面でも価値が高まった映画です。

酔っぱらった芦川いづみが、「こんどは血まみれメリーちょうだい」といい、裕次郎に「血まみれ?」といわれ、「ブランデー飲むと回虫わかないの」というのに笑いました。いまや、「回虫ってなによ」という人も多いのでしょうが。

西河克己監督『青年の椅子』


藤村有弘が芦川いづみの婚約者という設定は無理無理で、観客は即座に、これは破談になるな、と卦を立ててしまいますなあ。

浅丘ルリ子は沈鬱な表情の多い役がずいぶんありましたが、芦川いづみは「明るく朗らかに」を絵に描いたような役柄が多かったような記憶があります。

石坂洋次郎原作ものからくる印象なのでしょうが、「わたし、これからの女というものは、これこれこういうことが大事なのではないかと思います。男女のことも、いままでのようなじめついた日陰のものとしてではなく、明るい太陽の下で考えるべきなのではないでしょうか」などといった意見を正面から述べたり、ポンポンと男をやりこめるような役も似合いました。石坂洋次郎的な戦後民主主義を具現した存在と、すくなくともわたしは見ていました。

そういう民主主義という抽象観念の肉体化の極北は、この映画での役かもしれません。やはり石坂洋次郎原作。

中平康監督『あいつと私』


60年安保を(あまり目立たない)背景にした、裕福な家庭の子女が通う私立大学の学生たちの話ですから、自然と女の自立といったテーマが忍び込んで、芦川いづみはしきりに政治観、人生観、社会観を一人称で(!)陳述します。まあ、彼女がやると、角が立たず、そういう女性像も魅力的に見えます。

脈絡もなく、いま目についてしまったので、貼りつけます。アクションの日活としては、やけくそみたいに異質な映画でした。

森永健次郎監督『若草物語』


大昔、テレビで見たときは、芦川いづみが長女で、その下が浅丘ルリ子、という設定がちょっと意外でした。まあ、微妙なところですが、どちらかというと、浅丘ルリ子は長女的と感じます。

結局、石原裕次郎や小林旭でまわしていくことが苦しくなり、松竹かよ、という日活にはありえないような女性映画が生まれることになったのでしょう。

美女たちが妍を競うのは麗しいのですが、しかし、なんだか物足りない映画でした。キャスティングがまわらなくて、苦肉の策としてこういう映画をつくるのはやはり賢明ではないのでしょう。男優の粒が小さくて、女優の豪華さが生かされていませんでした。

それにしても、いつもの文脈から脱出したはずだった吉永小百合は、またここにも浜田光夫が待っていて、なーんだ、だったのでしょうねえ!

もう一本。これまた、ポンポンまくしたてる戦後的女性を演じています。

牛原陽一監督『堂堂たる人生』


日活はタイプ・キャスティングというか、そんなことをする余裕すらなく、主演ははじめから決まっていて、それに合わせて話を選んだり、つくったりしていたわけで、『若草物語』のように不安定なキャスティングは例外中の例外、この『堂堂たる人生』も、いつもの安定したキャスティングです。

とはいいながら、桂小金冶がまた寿司屋のオヤジというのは笑ってしまいます。この人はほかの役ができる気がしません!

わたしのもっとも好きな芦川いづみ出演作品は『あじさいの歌』ですが、これは残念ながらクリップがありませんでした。以前はあったのですけれどねえ。もっとユーチューブを活用してくれるといいのですが。

それにしても、なぜ、昭和30年代の日活映画を見ていると、こうも幸せな気分になるのでしょうか。わがことながら、じつに不可解千万です。


Click and follow Songs for 4 Seasons/metalside on Twitter
metalsideをフォローしましょう


DVD
あした晴れるか [DVD]
あした晴れるか [DVD]
[PR]
by songsf4s | 2011-11-29 23:44 | 映画
『乳母車』なのか、芦川いづみなのか?
 
このところ、検索キーワード紹介というのをやっていなかったので、今日は久々にやってみようと思います。外出していたので、なにも材料がないのです。

二、三日前から、なんだか妙なぐあいだなあと思っていたのですが、今朝、昨日までの集計を見て、うへえ、といってしまいました。

f0147840_23561092.jpg

ご覧のように、十のうち、わずかに「魔女の季節」と「お座敷小唄」のふたつだけはちがいますが、あとはすべて田坂具隆監督の映画『乳母車』に関係したものです。

つらつら振り返ってみると、『乳母車』については、傑作でもなんでもない、たんにすごく好きなショットがいくつかあるだけだ、などといいつつ、じつに何度も記事にしています。

最初に、『乳母車』を再見したい、と書いたのは『狂った果実』その2という記事のことで、鎌倉駅の階段の手すりのデザインを確認したいという、映画の中身とは関係ないことを書きました。その後、『乳母車』にふれたおもな記事を一覧しておきます。

Nikkatsuの復活 その2

鎌倉駅と『乳母車』(石原裕次郎、芦川いづみ主演、田坂具隆監督、1956年日活映画)

『乳母車』(石原裕次郎主演、田坂具隆監督、1956年日活映画)の美術 その1

『乳母車』(石原裕次郎主演、田坂具隆監督、1956年日活映画)の美術 その2

『乳母車』(石原裕次郎主演、田坂具隆監督、1956年日活映画)の美術 その3

『乳母車』(石原裕次郎主演、田坂具隆監督、1956年日活映画)の美術 その4

『乳母車』(石原裕次郎主演、田坂具隆監督、1956年日活映画)の美術 その5

三たび『乳母車』と鎌倉駅、そして久生十蘭

ほかに軽く言及したものもありましたが、きちんとふれたのは、だいたい以上だろうと思います。

ただ、RTなどが増えたのは「鎌倉駅と『乳母車』」という記事だけなので、これがお目当てなのかもしれず、だとしたら、映画の内容よりも、昔の鎌倉への関心でいらしているのか、という気もしてきますが、それを暗示するキーワードはありません。

『乳母車』というのは、悪い映画ではありませんが、歴史に残る名画というわけでもありません。ディテールにおおいなる魅力のある失敗作、といったあたりでしょう。この「ディテール」のなかには、初々しい芦川いづみの魅力というのも、含まれていて、ひょっとしたら、映画そのものより芦川いづみへの関心のほうが大きいのかもしれません。

どなたかが没したケースを除けば、アクセス急増の理由がわかったことは、ただの一度もないので、考えるだけ無駄のようです。結局、『乳母車』をまた再見しようかな、と思っただけでした。


Click and follow Songs for 4 Seasons/metalside on Twitter
metalsideをフォローしましょう



乳母車
乳母車 [DVD]
乳母車 [DVD]
[PR]
by songsf4s | 2011-07-13 23:50 | 映画
三たび『乳母車』と鎌倉駅、そして久生十蘭
 
いよいよクリスマス本番ですね、なんていう挨拶は日本では依然として通用しないのでしょう。25日の夜、スーパーマーケットに行ったら、ちょうど鳥だのチーズだのピザだのを片づけ、蒲鉾や伊達巻きや数の子を並べているところでした。この切り替えの速さには、商売の必然とはいえ、ちょっとばかり鼻白みます。

「クリスマスの十二日間」ははじまったばかりで、年明け六日まではホリデイ・シーズンなのですが、われわれにはわれわれ固有の文化があり、それと衝突する部分は、輸入の際に刈り込まれてしまうということなのでしょう。十二月二十五日には固有の年中行事がないからオーケイ、でも、年末から年明け七日までは予定が詰まっていて、外国文化の入りこむ余地はないのです。

一昨年も、そんな理屈を書いて、ちょっとだけクリスマスのカーテン・コールをやりましたが、今年も一本だけ、クリスマスの十二日間、すなわち、年明け六日の「顕現祭」までを背景にした映画を取り上げるつもりです。

◆ tonieさんの2009年 ◆◆
昨日、当家のレギュラー・コメンテイターのひとり、tonieさんに、今年おおいに楽しんだ曲というのをちょうだいしました。

f0147840_23493325.jpg

わたしにそういうことをいわれたくはないでしょうが、でも、やっぱり「とっ散らかった」選曲ですねえ。このなかでちょっとだけ意外だった(いや、これだけばらけていると、ほんとうに意外なものなどないのだが!)のは、ジェシー・ベルヴィンです。エスター・フィリップスを男にしたようなキャリアをたどったこのシンガーは、ちょっと興味深い存在です。

星野みよ子の「Oka no Hotel」は、tonieさんの冗談です。この『ゴジラの逆襲』の挿入曲を当家で取り上げたとき、タイトルがわからなくて、わたしが歌詞からでっちあげた仮タイトルが「丘のホテル」なのです。ほんとうは「湖畔のふたり」というタイトルなのだという訂正は、この記事に書きました。

tonieさんはわたしよりずっとお若いので、近年のものもお聴きになっています。それがダイアン・バーチなのでしょう。ジョニ・ミッチェルとマリア・マルダーの中間というムードで、なかなかけっこうだと思います。ドラムも、実現の仕方については疑問なきにしもあらずですが、意図は明快に伝わってくるプレイです。昔のようにピッチの高いスネアのチューニングも好みです。スネアはやっぱり、ピーンといえばカーンというくらい高くないと気分が昂揚しません。

ザ・ピーナッツの3曲のうち、2曲は民謡を現代的にアレンジしたもので、なかなか楽しい出来です。この盤を取り上げていた海外ブログもありました。モスラのおかげですねえ。

f0147840_235458.jpg

リック・ネルソンの2曲は、どちらもギターを聴いてしまいます。Don't Breathe a Wordのほうは、ドラムが不思議です。リッチー・フロストってこういうドラミングをするのでしょうか。だとしたら、誤解していたことを謝っちゃいます。だれか別人だとしても、候補が出てきません。アール・パーマーやハル・ブレインのようには聞こえないのですがねえ。だれなんだかさっぱり見当がつきません。これをサンプルにしましょうかね。

サンプル Rick Nelson "Don't Breathe a Word"

よく思うのですが、ラジオで聴くのと同じように、自分で選んだものより、ひとが選んでくれたものを聴くほうが楽しいようです。

◆ さてわが家では ◆◆
さて、当家の2009年を回顧すると、鬱と体調不良による一カ月の休みではじまる散々な年で、よく年末まで生きていた、などと大げさなことをいいそうになります。明日はないかもしれないというのが、どういう感覚かよくわかりました。いっぽうで、父親の死を見て、すこしだけ死が怖くなくなりました。

こうなってくると、思ったことをそのまま書こう、明日は死んでいるかもしれないのなら、遠慮などしても無意味と、悪く腹が据わってきます。まあ、もともと、世間様のいうことなど馬耳東風でしたが!

目をつぶると、芦川いづみが鎌倉駅の通路を歩く姿が見えてきます。何度も見た映画なのに、今年見た映画でもっとも印象に残ったのは『乳母車』です。急いで付け加えますが、傑作のなんのといっているわけではありません。同じ田坂具隆監督の、姉妹編といいたくなる『陽のあたる坂道』のほうが、破綻がなく、ずっと出来がいいと思います。

f0147840_21101910.jpg

f0147840_2259919.jpg

でも、毎度申し上げるように、好きとか嫌いとかのレベルに降りてくると、子どもか猫のようなもので、器量不器量、出来の善し悪しなどはどうでもよくなってしまうのです。『乳母車』がもっとも「印象に残った」というのは、評論的なレベルでの「作品の出来」をあれこれいっているわけではないのです。たんに、いくつか、たまらなく愛おしいショットがあるだけです。

まずなによりも、夜の鎌倉駅のシークェンスです。「鎌倉駅と『乳母車』」という記事を書いたときに、もちろん、何度も繰り返しこのシークェンスを見ましたし、スクリーン・ショットも何十枚もつくりました。

やはり、そういうことをすると、映画館で見たり、ヴィデオを流して見ているのとは、ちょっとちがう見方になっていくのでしょう。だんだん、昔の鎌倉駅のディテールというか雰囲気がよみがえってきて、まるでジャック・フィニーの『ふりだしに戻る』の主人公のように、失われた過去がさわれそうなほどリアルに感じられてきました。

プラットフォームに立つと、向こうにテアトル鎌倉が見えるのも大きな魅力です。あの映画館はいつごろなくなったのか忘れてしまいましたが、わたしが頻繁に鎌倉駅を使った1970年代にはまだありました。

f0147840_21142421.jpg

また、母親を見送った芦川いづみが悄然と歩いていると、父親がやってきて、肩を並べて通る改札の向こうには、駅前のネオンサインが見えます。このショットにもやはりノスタルジーを感じます。

今回、『乳母車』を見直して、かつては気づいていなかった「映像に封じ込められた時代」の封印を解いたような気分でした。それだけ年をとったのだと思います。

◆ Duran's Wake ◆◆
ノスタルジーなどというものは、極度にプライヴェートなもので、こういうことをお読みになっても無意味だろうとは思うのですが、わたしに書く自由があるように、みなさんにも読まない自由があるので、つづけさせていただきます。

「夜の鎌倉駅」というと、わたしのなかには確固たるイメージがあります。それは、昭和三三年発行の「別冊宝石第78号 久生十蘭、夢野久作読本」に収録された座談会で語られている、久生十蘭の通夜の鎌倉駅です。

f0147840_035019.jpg

久生十蘭という人は、エッセイというものを書かず、みずからを語らなかったことで知られています。いまになれば、そういう考えはもっともだと思いますが、若いころは「作り手は作物だけ残せばいい」とは達観できず、やはり人物にも興味があったので、この宝石の座談会と、同じ追悼号に収録された今日出海や幸子夫人の回想をおおいなる関心をもって読みました。

f0147840_045746.jpg

f0147840_054739.jpg

この座談会を手に入れたのは二十歳前後、鎌倉に住んでいるころだったので、ひと気のない夜更けの鎌倉駅を明確に頭のなかに思い描きながら読みました。もちろん、あのころは改築以前、ここで語られているのと同じ旧駅舎です。貨物エレベーターというのは、プラットフォームの外れ、逗子寄りにありました(いまもあるかもしれない)。

f0147840_0112226.jpg『肌色の月』の封切日だとありますが、これは久生十蘭の遺作(といっても、途中から幸子夫人が書き継いだものらしいが、継ぎ目はわからない。長年、十蘭の口述筆記をやったせいか、スタイルが似てしまったらしい。この追悼号に収録された夫人のエッセイも、締めくくりが十蘭のような突き放した文章になっている)を映画化したものです。

土岐雄三はそうはいっていないのですが、『肌色の月』の封切りだった(MovieWalkerによれば1957年10月8日、十蘭が没したのは10月6日)ということと、鎌倉駅が水浸しだったということから、わたしの頭のなかでは、テアトル鎌倉に『肌色の月』がかかっているイメージができあがってしまいました。

もちろん、そのころ、わたしは幼児、鎌倉の駅や町のことも知りはしませんが、それでもよすがとなるものは、後年、毎日のように見ていたので、想像に困るということはありません。

久生十蘭が没したのが1957年、乳母車が封切られたのが1956年、わたしの頭のなかで「昔の鎌倉駅」として、両者が二重露光され、ほとんど手に取れそうなほどソリッドなイメージに成長したのだと感じます。身体半分ぐらいは、『乳母車』の夜の鎌倉駅に入りこんでしまったような気分です。全身入れたら楽しいだろうなあ、と本気で思います。

f0147840_143517.jpg

今年見た映画でもっとも強く印象に残ったのは『乳母車』だったというのは、そういうことです。身勝手な人間だから、映画としての出来などほったらかしで、自分の快感原則のみでものをいっているのにすぎないのでした。


乳母車
乳母車 [DVD]
乳母車 [DVD]

リック・ネルソン
Very Thought of You/Spotlight on Rick
Very Thought of You/Spotlight on Rick

久生十蘭『肌色の月』
肌色の月 (中公文庫 ひ 2-1)
肌色の月 (中公文庫 ひ 2-1)

久生十蘭短篇選 (岩波文庫)
久生十蘭短篇選 (岩波文庫)
もっとも新しい久生十蘭精華集。好ましい選択である。
[PR]
by songsf4s | 2009-12-26 23:27 | その他
『霧笛が俺を呼んでいる』 その7

先週後半からいつもよりお客さんが増えました。なんだろうと思ったら、クリスマス需要がはじまったようです。検索キーワードを見ると、クリスマス・ソングが増えています。

これだから、みなクリスマス・ソングをレコーディングするわけですよね。当ブログでも、一昨年の十一月から十二月にかけてクリスマス・スペシャルをやっただけで、毎年時期になると、それを目当てのお客さんがいらっしゃるぐらいなので、盤をつくって売っている人たちとしては、これをやらない手はない、というものです。

もう、一昨年のような怒濤のクリスマス・ソング特集はできませんが、昨年はサボったので、今年はクリスマス・スペシャルをやろうと考えています。まあ、スタートまでに少なくともまだ一週間はかかるでしょうけれど。

f0147840_23543410.jpg
一味に殺されそうになったホステスを赤木圭一郎が自分の船室にかくまう。昔の映画はどんどんセットをつくってしまう。

f0147840_23544487.jpg

◆ シティー・ホテルの先駆 ◆◆
うまくすると、今日中に『霧笛が俺を呼んでいる』を完了できるような気がするので、張り切ってスタートします。

西村晃たちに発見された葉山良二は、地下道から抜け出せなかったハリー・ライムとは異なり、地下出入口のおかげで、危うく窮地を脱します。そして、バンド・ホテルの赤木圭一郎の部屋にあらわれ、明日、「日比谷ホテル」(実在しない)に芦川いづみを連れてくるように頼みます。親友を逃げ延びさせてやろうと決めていた赤木は、この申し入れを承知します。

f0147840_23565988.jpg
逃亡を企てる葉山良二を尾行していた深江章喜が、葉山の動向をボスに連絡する。どうやら丸の内ロケらしい。背後の煉瓦のビルはいわゆる「一丁倫敦」ではないだろうか。

まあ、だれが考えてももう話は煮詰まっています。翌日、赤木圭一郎と芦川いづみ(彼女のほうは赤木の考えには不賛成で、葉山良二に自首させようと思っている)は、東京のホテルに出向きます。

このホテルがアッハッハです。日比谷の日活ホテルでロケされているのです。いえ、このときはまだできたばかりで、いわば「シティー・ホテル」のはしり、お膝元で撮影しやすいというだけの理由で使ったわけではなく、この非日本的風景に充ち満ちた映画の、クライマクスの舞台として最適だったのでしょう。

f0147840_23572315.jpg
キャメラは日活国際会館の外壁を面白いアングルで捉えた。

f0147840_23573471.jpg

f0147840_23585484.jpg
アメリカン・ファーマシーの看板

f0147840_2359672.jpg

出典を思いだせず、いまは確認できないのですが、昔は地下駐車場というものがほとんどなくて、そういうロケが必要になると、かならず日活国際会館、すなわち、日活ホテルの入っているこのビルが使われたという話を読んだ記憶があります。

f0147840_23592552.jpg
地下駐車場に降りていく急カーヴ。「時速5メートル」とはすごい。たしかに「デッド・スロウ」だ。いや、このMはメートルではなく、マイルなのだろう。はじめから日本人は相手にしていない?

f0147840_23593592.jpg
こういう日本映画には思えない絵が欲しくて、地下駐車場を使いたかったに違いない。

f0147840_23594793.jpg
葉山良二を深江章喜が尾行している。

そういえば、戦前のオフィス・ビルには駐車場がなく、使い勝手が悪いために取り壊されたものがいくつもあるということを、建築関係の本で読んだことがあります。「老朽化」のための取り壊し、という言葉の意味は、そういうことだったりするようです。

f0147840_052633.jpg
以下三葉はセット。ホテル内部はほとんどセットと思われる。勘定してみると、やはり昔の映画、セットの杯数はいまどきの映画などくらべものにならないほど多い。

f0147840_054259.jpg

f0147840_054924.jpg
西村晃らに追われて、葉山良二は外に逃げる。上掲二葉のセットは、逃亡シーンのために、外壁もつくってあったのである。このショットは、外からレースのカーテン越しに室内の芦川いづみを捉えている。

f0147840_055743.jpg

f0147840_06827.jpg
ビルとビルのあいだから遠く議事堂が見える。その左側に葉山良二(というか、スタントマン)がいる。

f0147840_061854.jpg

f0147840_063028.jpg

f0147840_064372.jpg

f0147840_065195.jpg
細かくカットを割って、ていねいに撮っている。時代のパラダイムといってしまえばそれまでだが、昔は良かったという禁句が、喉元まで迫り上がってくる。

日活国際会館は、その後、日活の屋台骨が傾いて売却され、日比谷パーク・ビルとなって、ついこのあいだまで(年寄りの時間感覚はあてにならない)あったのですが、気がつけばすでに建てかわっていました。日比谷パーク・ビルといっておわかりにならない方でも、アメリカン・ファーマシーがあったビルといえば、あのたたずまいを思いだされるのではないでしょうか。灰緑色の化粧タイルが特徴的でした。

以下の地図で、「ザ・ペニンシュラ東京」となっているのが、日活国際会館の跡地です。
日活国際会館跡地

以下は、見つけておいたものの、適当な置き場所がなく、ここまで引っ張ってしまった宍戸錠の赤木圭一郎の思い出。

宍戸錠コメント 調布撮影所事故現場 霧笛が俺を呼んでいる(テレビ) 黒い霧の町(テレビ、デュエット)


◆ 別れの握手??? ◆◆
葉山良二がどうなったかまでは書かずにおきます。まあ、おおかた推測はつくでしょう。プログラム・ピクチャーというのは、落ち着くべきところに落ち着くものと決まっています。

事件の片がついたら、コーダを奏でることになります。残された登場人物たちが、今後どうしていくかを明言したり、示唆したりして、それぞれの道を行くことになる、というように、ここも「型」が決まっています。男と女が結ばれることはまずありません。たいていの場合、淡い慕情で終わります。

f0147840_0175987.jpg

f0147840_01891.jpg

f0147840_0182155.jpg

『霧笛が俺を呼んでいる』も、やはりその型に則って、パセティックであると同時にストイックな、日活独特の風味のあるエンディングになっています。当然、音楽も、冒頭と同じように、赤木圭一郎歌うテーマ・ソングが流れます。

エンディング


わが胸に手を当ててよく考えてみました。こういう日活アクション独特のセンティメンタリズム、なかんづく、テーマ・ソングと画面がつくりだす独特のムードが好きなのか、嫌いなのか? 留保なしというわけではありませんが、やはり嫌いではないようです。それはそうでしょう。このムードが嫌いだったら、そもそもはなから日活アクションは見られません。

f0147840_0183442.jpg

f0147840_0184230.jpg

f0147840_0185146.jpg

f0147840_019038.jpg

留保をつけるとしたら、曲の善し悪しにある程度左右される、ということと、映画のでき次第で、この「日活アクション・コーダ」に浸れるか否かが決まるようです。もちろん、『霧笛が俺を呼んでいる』は、曲の出来も上々、映画の出来も(脚本にはいろいろ文句をつけたが)よく、これで「コーダ」がなかったら腹を立てたでしょう。

ふと思いました。日活には、「ムード・アクション」と呼ばれた作品群がありました。勝手に定義を試みると、「ラヴ・ロマンス色が強く出たアクション映画」といったところでしょうか。『赤いハンカチ』『夜霧よ今夜も有難う』『帰らざる波止場』といったあたりの、石原裕次郎と浅丘ルリ子が共演した映画が、代表的な「日活ムード・アクション」といえるかと思います。

f0147840_0191674.jpg

f0147840_0192451.jpg

そういう作品群が登場するのは1963、4年と考えていいのでしょうが、『霧笛が俺を呼んでいる』は、すでにのちの「ムード・アクション」の手ざわりをもっています。たんに、石原裕次郎と浅丘ルリ子ほどには男女の距離が縮まらず、お互いに「好意をもつ」段階でとどまることがちがうだけです。

だから、赤木圭一郎と芦川いづみがはじめて「肉体的接触」をするのは、霧の埠頭での別れの場面、ただ握手をするだけなのです。握手ですよ。日活映画は不良の見るものなんて、だれがいったのでしょうかね!

f0147840_0193957.jpg

DVD
霧笛が俺を呼んでいる [DVD]
日活 (2002-09-27)
売り上げランキング: 44615


[PR]
by songsf4s | 2009-11-15 23:57 | 映画
『霧笛が俺を呼んでいる』 その6

現今でも使うと思うのですが、かつて「文芸映画」という言葉をよく目にしました。いまもって定義を知らないのですが、「シリアス・ノヴェルを原作としたシリアス・フィルム」なんてあたりの意味でしょうか。

いや、「シリアス」にあまり力点を置かないほうがいいかもしれません。やがて「中間小説」と呼ばれはじめ、ついには「エンターテインメント」だなんて、作家がタップダンスでも踊るのかと思ってしまう、奇怪な言葉で呼ばれるようになるタイプの小説も含まれていたように思います。

たとえば、当家ですでに取り上げたものとしては、『乳母車』は「文芸映画」と呼べるのだろうと思います。もうすこしニュアンスを弱めて、少なくとも「文芸路線」ではあるでしょう。

f0147840_23211850.jpg

困ったことに、日本人のわたしでも定義に苦しんだりするのに、いまや日本映画は国際市場に散乱しはじめているため、ウェブであれこれいっている海外日本映画ファンも、「文芸映画」とはなにかを、ほんの軽い気分であれ、考えなければならないハメになったようです。

そして、どういう訳語が適用されたか? Art Filmsです。うーん、しかたないか、ぐらいの感じですね。日本映画について書かれた英文のなかに、art filmsという言葉があったとして、「文芸映画」と訳すかといえば、「芸術映画」という訳語にするのがふつうでしょう。微妙に包含する対象がずれています。

以上の事実は、英語圏には、日本の「文芸映画」に相当するものがないことを強く示唆しています。『老人と海』『普通の人々』『ナチュラル』『ドライヴィング・ミス・デイジー』(原作は戯曲だが)なんていうのは、典型的な「文芸映画」だったと思うのですがねえ。

f0147840_23214394.jpg

ああ、そうか。彼らにとって、メインストリームの小説が原作になっているか否かは、どうでもいいことなのかもしれません。映画は映画、原作は無関係、という気持でしょう。ここいらへんに、彼我の思考形態の差異があるような気がします。

◆ 謎解きからアクションへ ◆◆
城ヶ島で芦川いづみからロープの切れ端のことをきいた赤木圭一郎は、トリックのにおいをかぎ、(たぶん翌日)二人でふたたび突堤に行き、海底でロープのもういっぽうの端を見つけます。あとで説明されるところによれば、こすれて切れたように見せかけているが、じっさいにはナイフで切ったものだ、というのです。

さらに、殺されたバーのホステスが、恋人が行方不明になったことを一味の仕業と疑っていたことを、同僚のホステスが赤木圭一郎に告げます。それを赤木に告げようとして殺されたのだ、というわけです。かくして、2マイナス1の答は明々白々、赤木圭一郎の親友にして芦川いづみの恋人にして吉永小百合の兄は、死んでいない、身代わりを殺して死んだように見せかけたのだ、という結論になり、この映画がミステリーものだとするなら、ここまでで謎はすべて解決されます。

f0147840_23345795.jpg

f0147840_2335614.jpg
赤木圭一郎に同僚の疑いを告げたせいで、このホステスは仕事帰りに深江章喜らに殺されそうになる。

f0147840_23351316.jpg
ここはロケ地を特定できない。背後に派手な造りの教会があるので、すぐにわかりそうなものだが……。なんだか、ほかの映画でも同じ場所を見たような気もする。

f0147840_23352129.jpg
教会ばかりではなく、歩道の造りも、下見板に鎧戸の家も、じつに非日本的。ということは、根岸ハイツのほうで撮ったのか?

こうなると、あとはアクションあるのみ。赤木圭一郎は一味のアジトであるバー〈35ノット〉(おわかりだろうが、セットを組む関係上、そんなにあれこれと場所を設定できない)に乗り込み、一暴れして、俺の言葉をあいつに伝えろ、といいます。

この揺さぶりによって、ついに親友、葉山良二が会見を承知します。観客はみな、この話は『第三の男』パターンだと読んでいるので、ここで意外の感にうたれるお人好しはまずいないでしょう。やっと結末に向かって動きだしたな、ぐらいの印象です。

◆ さらに『第三の男』へと ◆◆
赤木圭一郎は、警察の尾行に対する「ぼくよけ」のつもりなのか、吉永小百合を東京見物に連れて行くといって、ことのついでに葉山良二の隠れ家に立ち寄ります。

f0147840_23544766.jpg

f0147840_23543591.jpg
ここからの一連のショットは、ドライヴに行くときのものではなく、これよりも前の、ただ見舞いに来たときのショットだが、都合でここに置いた。「編集によってどんなことでも思いこませることができる」という理論の実践である。いや、そうじゃなくて、背後に写っている町に愕いたのだ。

f0147840_23545754.jpg

f0147840_23552730.jpg
市電の線路があるのはいい。なければ愕く。だるま船がたくさんあるのもいい。このころ、あそこはまだ運河として機能していたのだから。

f0147840_23553412.jpg
だが、運河の向こうはなんだ。町になっていないではないか。あんな場所に、あんな空き地があるなんて、いまになると信じがたい!

外観はロケハンのときに、たしか横浜で見つけた家を借りてロケをした、と木村威夫美術監督はいっています。外からミドルで見た葉山良二のショットは別として、あとは室内はすべて、外もアップはセットです。

f0147840_002684.jpg

f0147840_00231.jpg

f0147840_003971.jpg

f0147840_004853.jpg

f0147840_005638.jpg
ドアにご注目。このドアは「たしか名前を書いて、よその組には使わせなかった」という木村威夫専用部材で、いろいろな映画に登場している。すでに取り上げた田坂具隆監督、石原裕次郎、芦川いづみ主演の『乳母車』に出てくる鎌倉の邸宅や、同じようなスタッフとキャストでつくられた『陽のあたる坂道』の裕次郎や芦川いづみが住んでいる田園調布の邸宅にも使われている。この波形が木村威夫美術監督のお気に召していたそうな。

いまなら、たった二度の階段のショットのために、セットをつくったりはしないでしょうが、そこがやっぱり昔の撮影所、最低限、やるべきことはやっています。そもそも木村威夫は、下手なところを借りるとかえって高くつく、セットのほうが安上がりなこともあると、現今の映画作りを批判しています。

f0147840_051317.jpg
セット。左端に暖炉があるが、サイズは見て取れない。

f0147840_052114.jpg
ロケ。カーテンにご注目。

f0147840_052819.jpg
もちろんロケ。

f0147840_053562.jpg
ロケ。ただし、緑色の鎧戸はつくってもっていったものらしい。また、はっきりとはわからないが、屋根はどうも天然スレートに思える。最近は見かけないが、天然スレートで葺くと、たっぷりとした量感のある屋根になる。

f0147840_054270.jpg
セット。ここがわからない。ここもロケで大丈夫だったのではないだろうか。あとからの追加ショットか。カーテンもきちんとそろえてある。ということは、ロケ先にカーテンをもっていったのだろう。

赤木圭一郎は葉山良二の買収に乗らず、葉山良二は自首しろという赤木圭一郎の説得に耳を貸さず、観客の予想通り、会見は物別れに終わります、

赤木圭一郎と妹を遠く見送った直後、葉山良二は拳銃を手に家を出ます。説明はないのですが、友を買収しそこなったうえは、もはや日本に長居は無用、芦川いづみを連れて海外逃亡をするために、密かに横浜に行く、といったあたりでしょう。

二本柳寛のアジトである例のクラブ〈カサブランカ〉に行くと、網を張っていた西村晃らに追われることになります。

f0147840_0123781.jpg

f0147840_0124646.jpg

f0147840_0125516.jpg

f0147840_013141.jpg

f0147840_013823.jpg

地下の秘密の出入口というのがなんとも「ロマネスク」で、これはどんなものかなあ、と思いますが、作り手としては『第三の男』にもっていきたかったのでしょう。

なんだか、今日は頭が空っぽになって、あらすじを書くだけの能なしになったような気がしますが、肝心なのは文字ではなく、スクリーン・ショットなので、そちらをご覧あれ。

葉山良二が姿をあらわしたことで、もうもってまわった描き方をするわけにはいかず、話はどんどん動くので、つぎからはこちらもスピードアップするのではないかと予測しています。

吉永小百合のインタヴューがあったので貼っておきます。ドライヴのシーンにふれています。

吉永小百合 『霧笛が俺を呼んでいる』の思い出


DVD
霧笛が俺を呼んでいる [DVD]
日活 (2002-09-27)
売り上げランキング: 44615


[PR]
by songsf4s | 2009-11-14 23:58 | 映画
『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ

先は長く、遊んでいる余裕はないので、本日も無愛想に、枕なしで話に入ります。あしからず。いや、たいていのお客さんにとっては、そのほうが好都合でしょうが。

◆ 木村威夫ここにあり ◆◆
刑事との対話のシーンの直後に、説明なしで、芦川いづみがステージに登場して、彼女がクラブ・シンガーだということがわかります。その歌の最中に、赤木圭一郎が客としてクラブに入ってきて、バーカウンターのストゥールに腰を下ろします。埠頭で刑事たちと話したその足でここにやってきた、という想定でしょう。

f0147840_19545035.jpg

f0147840_195699.jpg

f0147840_19561768.jpg

f0147840_19562627.jpg
ステージのデザインが不思議なので、拡大してみた。上部は書き割りで、「『サンダカン八番娼館 望郷編』のような絵」と美術監督はいっている!

かくしてファンならご存知、日活アクションを特徴づける「毎度毎度のナイトクラブ・シーン」の幕開けです。ただし、小林旭の映画ではないので、白木マリのダンスはありません! おあいにくさま。

f0147840_1958635.jpg

f0147840_1958351.jpg

f0147840_19584623.jpg

f0147840_19585775.jpg
こうなると、撮影監督としては、この複雑なセットを駆使して、さまざまな撮り方がしたくなるにちがいない。映画美術とはたんなる視覚デザインではないのだ。

「ナイトクラブの魔術師・木村威夫」なんていったりはしないのでしょうが、わたしとしては、そう呼びたくなります。『東京流れ者』のクラブ〈アルル〉は、いまや「木村ナイトクラブ」の代表作とみなされていますが、今回、20年ぶりに『霧笛が俺を呼んでいる』を見て、ちょっとばかり愕きました。

鈴木清順関係の書籍ではすでに繰り返し指摘されていることなのかもしれない、と先にお断りしておきます。わたしがこの『霧笛が俺を呼んでいる』のナイトクラブを見てビックリしたのは、その構造が鈴木清順的なのに、この映画は清順とは無関係だということです。どこが清順的か?

f0147840_2031775.jpg
一瞬、スプリット・スクリーンかと思うが……。

f0147840_2004473.jpg
キャメラが引くと、現物自体がスプリットされていただけとわかり……。

f0147840_2005275.jpg
じつは、ブロックガラスの壁をはさんで、ステージの反対側に事務室があり、そこから見たショットなのだとわかる。

f0147840_201127.jpg

f0147840_2011043.jpg
事務室では、二本柳寛のボスと内田良平の子分がよからぬ相談をしている。

f0147840_2012097.jpg
さらにキャメラが引くと(クレーン撮影なので、手前に広い場所が必要だ)、待ってました、深江章喜登場。今回も殺し屋に違いない、という風情なり。

というように、ステージの向こうにはオフィスがあり、ガラスを通して客席をのぞける構造になっているのです。これを見れば、清順ファンならだれでも『野獣の青春』を思いだします。しかし、『野獣の青春』の美術監督は木村威夫ではなく、横尾嘉良(ヨシナガ)なのです。

この算術の答えはなんでしょうかね? いちばん単純な解は、木村威夫と鈴木清順は、視覚的な構造の概念を共有するソウル・ブラザーズであった、というあたりでしょうか。もっと単純な答えもあります。鈴木清順ないしは横尾嘉良美術監督が、『霧笛が俺を呼んでいる』のセット・デザインを見て、このアイディアを拡大解釈した、ということです。

『野獣の青春』は近々取り上げる予定なので、ここではこれくらいにしておきます。このガラス・ブロックの使い方は、モンドリアン・パターンの現代版といったおもむきで視覚的にも面白いし、セットの構造という面でも興味深く、きわめて木村威夫的なデザイン、といえます。

f0147840_2012787.jpg

f0147840_201355.jpg
キャメラは再びガラスブロックに迫り、その向こう側で、赤木圭一郎と芦川いづみが話すすがたを捉え、事務室のワルたちが、二人の接近を警戒しはじめたことが観客にも伝わる。

木村威夫美術監督は、このナイトクラブのセットについて以下のように回想しています。

「芦川が上り下りする階段を配して、随分凹凸をつくったような印象があるね」
「建築的なものじゃなしに、敢えていえば、反建築的世界だよ。ドラマの組み立てから、逆にキャバレーの形式を打ち出していったんだ」


おかしなことに、というか、当然というか、木村威夫がデザインした映画のなかのナイトクラブを見て、そういうクラブをつくってくれという注文があり、いくつか現実のナイトクラブを設計したことがあるそうです!

赤木圭一郎と芦川いづみがラジオに出演したときの録音というのがあったので貼り付けておきます。

キャバレーセット ラジオ放送


台本を読んでいるような放送で、いまとはずいぶん感覚が違います。赤木圭一郎が芦川いづみの歌を褒めていますが、これはたぶんプロの歌手のスタンドインでしょう。赤木圭一郎だってそのことを知っていたでしょうが、台本どおりに「演じた」と思われます。

◆ 駄菓子もまた捨て難し ◆◆
親友の死に関する事実を知る女が、冒頭に出てきたバー〈35ノット〉に勤めていて、芦川いづみと会ったあとでホテルに戻った赤木圭一郎は、その女からの「やっと話す気になった」という伝言を聞きます。

f0147840_23344567.jpg

f0147840_23345578.jpg

f0147840_2335943.jpg

女がバーのカウンターから、そういう重要な電話をかける(しかも、このバーが一味の内田良平が差配していて、その部下が女をいつも見張っている!)のは、この脚本のもっとも安易なところで、日活にかぎらず、昔の映画、とくに邦画にはよくある欠陥でした。こういう馬鹿馬鹿しさを回避するのはむずかしくないと思うのですが、映画関係者は視覚的に処理したいと考える傾向があり、絵のほうが先走ってしまうのでしょう。

f0147840_23351838.jpg

そもそも、この女を危険視し、見張っていて、口を開きそうだとなるや、まずい、すぐに消せ、なんていうくらいなら、もっと早い段階でそうしておくはずです。赤木に死体を発見させるという、これまた映画的効果と、書く側の話の運びの都合を重視したもので、論理的にはたがをはめるようにビシッとプロットに収まっているわけではありません。

f0147840_23353335.jpg

f0147840_23354191.jpg

f0147840_23355082.jpg

f0147840_2335593.jpg

活動屋さんは「映画は理屈ではない」というでしょうが、要所要所でプロットのパーツとパーツをカチッとはめてくれないと、ドラマは弱くなっていきます。子どものころ、わたしが邦画を見なくなっていったのは、「そんな馬鹿な」と思うことが度重なったからです。いまさらわたしごときがなにをいってもはじまりませんが、双葉十三郎はリアルタイムでくりかえし日本映画界に苦言を呈しているわけで、批評家の言葉では客は来ない、などといわずに、すこしは耳を傾けるべきでした。

ただし、おかしなことに、これだけ時間がたち、「あ、またテキトーな処理をしやがって。まじめにやれよ」と思うことが習慣となった結果、これが日活映画(および昔の邦画全体)の味であるような気もしてきました。小津安二郎や溝口健二や成瀬巳喜男の映画には、こういう駄菓子のような味はないので、シナリオの欠陥、ご都合主義をプログラム・ピクチャーの持ち味として積極的に評価したくなってしまいます。時の経過による意識の変化というのは、じつにもって摩訶不思議ですな。

◆ 城ヶ島の磯に ◆◆
遺体の発見者として赤木圭一郎が、警察でまた西村晃の取り調べ(麻薬ルートを追っていたというので風紀課だと思っていたが、殺人課だったのね!)を受けるシーンが溶暗して、つぎのショットは郊外の風景になります。

f0147840_23405952.jpg
ここになにか高いものがあったのだろうか? それとも櫓を組んで撮影した?

f0147840_23411274.jpg
現在では、田園風景のなかにずいぶん住宅が混じり、週末は道路が渋滞するようになったが、三浦に行けば、いまでも道路ぎわに畑が広がっているのを見ることができる。もっとも、三浦大根の作付けは激減したらしいが!

前日、芦川いづみと話ができていたという設定なのでしょう。特段の必然性も説明もなく、二人は城ヶ島にドライヴします。「画面を動かしたい」という衝動はよく理解できるので、「映画的チェンジ・オヴ・ペース」なのだと解釈しておきます。

城ヶ島で赤木圭一郎は芦川いづみの言葉から、謎を解くヒントを得ますが、これだって、横浜でもかまわないことです。詰まるところ、美男美女をどこか景色のいいところに遊ばせよう、ロマンスの芽を感じさせようという意図の、視覚的な刺激だけを狙ったシーンです。

f0147840_23442488.jpg

f0147840_2345237.jpg

f0147840_23451111.jpg

郊外へ、と思ったとき、城ヶ島が選ばれたのは、横浜から遠くないということはもちろんですが、このとき、城ヶ島大橋ができたばかりで、観光資源としての価値があったためでしょう。と山勘で書いておき、泥縄で調べました。

神奈川県サイトの城ヶ島大橋ページ

1960年竣工なので、新しいもなにも、出来たてのホヤホヤ、まだ橋が柔らかいうちに(!)ロケしたことになります。わたしら神奈川県民の小学生も、このころ、みなこぞって遠足で城ヶ島に行き、北原白秋の名前をたたき込まれ、歌碑の前で記念写真を撮られました。しかし、国や市のものではなく、県主導でつくり、現在も県が管理しているものとは、いまのいままで知りませんでした。

というだけで、とくに書くべきことはないので、あとはスクリーン・ショットをご覧にいれます。

f0147840_23454952.jpg
ここはすぐに撮影場所がわかった。遠くに見えている岩のアーチのようなものは、〈馬の背洞門〉という名前までつけられている名所。

f0147840_2346095.jpg

f0147840_2346739.jpg

f0147840_23461615.jpg

f0147840_23462862.jpg


f0147840_23493597.jpg
昨年、城ヶ島に行ったときに撮った馬の背洞門の写真。映画は丘の上で撮っているが、こちらは磯から撮った。

f0147840_2350195.jpg
こういうこともあろうかと思った――はずもないが、「切り返した」写真も撮っておいた。馬の背洞門の前から、向こうの丘を望んでいる。左端、丘が海に向かって下っていくあたりにベンチがあり、映画はそこで撮影をしたのだと推測する。

城ヶ島は、この映画が撮影された半世紀前とあまり変わっていないようです。昨年撮った写真でわかるように、馬の背洞門は相変わらず崩れていませんし、ひどく混み合うこともありません。平日の早朝なら、無人の海岸のロケがいまでもできると思います。

グーグル・マップ・リンク
城ヶ島 馬の背洞門付近

f0147840_23591972.jpg
映画をつくる人たちとしては、やっぱりこういうショットが撮りたいのでしょうね。

f0147840_23592812.jpg
このロープの切れ端がヒントになる、といってもそれほどミステリー的興趣があるわけではないが。

f0147840_23593811.jpg

f0147840_23594575.jpg

f0147840_23595433.jpg
橋の位置から考えて、島の東端、現在、小さな灯台(城ヶ島灯台ではない)があるあたりでの撮影だと思う。昨年、城ヶ島で遊んだときは、このあたりにユリが咲いていて、その写真は撮ったのだが、こういうアングルで橋を捉えた写真は撮らなかった。

f0147840_0074.jpg

これでようやく上映時間にして30分ほどです。まだ検討したいセット、ロケ地は相当数あるので、長丁場と覚悟を決めて、のんびり行きます。

DVD
霧笛が俺を呼んでいる [DVD]
日活 (2002-09-27)
売り上げランキング: 44615


[PR]
by songsf4s | 2009-11-13 17:14 | 映画
『霧笛が俺を呼んでいる』 その4 「バンド」と日本

前置き抜き、説明なしで前回、途中で終わってしまった「横浜バンド」の話にダイレクトにつなげます。説明の必要性から、前回掲載した「バンド」の写真をもう一度掲載しておきます。

f0147840_23403571.jpg

◆ 氷川丸以前! ◆◆
刑事たちと赤木圭一郎の対話の中身はさておき、問題はこのロケ地、そしてここから見える風景です。じつにもって、へへえ、でした。なんといっても、氷川丸がないのに愕いて、思わず調べました。

日本郵船歴史博物館 氷川丸のページ

同 歴史の生き証人「氷川丸」

日本郵船歴史博物館はこの「横浜バンド」にあります。わたしは一度入館したことがありますが、昭和戦前の歴史が趣味なので、それなりに楽しく過ごしました。図書資料も豊富です。

日本郵船のウェブサイトで調べたかぎりでは、氷川丸がホテル・ニューグランドの正面に係留されたのは1961年のようで、『霧笛が俺を呼んでいる』はその直前に撮影されたことになります。

f0147840_23511379.jpg

幼いころ、うち中で動かない氷川丸に「乗船」し、帰りに中華街で食事をした記憶がありますが、それはきっと61年のことなのでしょう。子どものいる家というのは、話題になったアトラクションには、古びる前にすぐに行くものですから。東京タワーもマリンタワーも、できたとたんにのぼった記憶があります。昭和30年代的心性なのか、いや、いまでも同じでしょうね。

◆ キングかクウィーンかジャックか? ◆◆
正面手前は山下公園ですが、夕暮れなので不分明。その向こう、左寄りのビルはニューグランド、その右手は、すでにシルク・センターができていたのだろうと思います(1959年竣工だそうな)。

久生十蘭によれば、船の送迎のあとは、ニューグランドかバンド・ホテルで一餐だったそうです。わたしの若いころは、船で外国に行くのはめずらしくなっていたのですが、それでも、不思議なことに、大桟橋で三度も出迎え、二度も見送りをしています。そういう場合、もちろんニューグランドも使いましたが、シルク・センターも使いました。そこが十蘭の時代とは違うところです。

右端に見える塔はちょっと悩みました。しかし、よく見ると二つのようなので、あとは高さ(見た目の高さなので、遠近も関係する)の問題だけです。低いほうが横浜開港記念会館、高いほうが横浜税関(このページには他のふたつの塔の写真も掲載されている)だろうと思います。ただし、低いほうは神奈川県庁かもしれません。小さなシルエットだけなのでなんとも判断しかねます。

税関は海に面して建っているので、これだけはまちがありません。横浜税関の地下には展示室があります。ここもなかなか興味深い展示がありますし、クラシックな建築の地下を見学できるという余録もあります。

f0147840_23534850.jpg
横浜税関ファサード。税関のオフィシャル・サイトから拝借した。じつに興味深いことに、この建物は陸に背を向け、ファサードを海に向けている。玄関は海に向かって開いているのだ。

木村威夫じゃありませんが、昔の建物はやはり「寸法がちがう」のです。わたしは好んで戦前の建築の地下に入っていますが、一般論としていえることがあります。「現今の建築より階上は天井が高いが、逆に、地下は現今の建築より天井が低い」という原則です。これ、かなりの確率で当たっているはずなので、機会があれば、古い建物の地下に入ってご確認あれ。天井に違和感を覚えるでしょう。

f0147840_2354456.jpg
横浜開港記念会館。こちらもオフィシャル・サイトから拝借した。半地下式になっているので、歩道を歩いているだけでちょっと昔にタイムスリップしたような気分になる。

◆ 海岸都市または彼岸の風景 ◆◆
みなさんはどうお感じかわかりませんが、わたしはこの「バンド」をつくづく眺めていて、なんだか寂しいなあ、と思いました。主として上海バンドを思い浮かべているせいですが……。

わたしは旅というものをしない人間で、各地の風物についてはなにも知らないのですが、日本には「バンド」といえる海岸の町並みがあるのでしょうか。小さな漁業の町に行くと(たとえばわたしが知っている場所では三浦市の三崎港)、海に正対する形で町並みができています。海岸、海岸道路、家並み、という並びで、家々の正面が海に向かっているのです。

しかし、「都市」といえる場所で、大廈高楼がファサードを海に向けている、という土地が日本にあるのでしょうか。函館、室蘭、神戸、博多、新潟など、可能性を感じる場所はありますが、どうなのだろうかと思います。

f0147840_23573539.jpg
函館港。この坂道を小林旭と二本柳寛がのぼったのは、『ギターを持った渡り鳥』でのことだった。

日本中を歩いたわけでもないのにこういうことをいってはなんですが、日本の都市は、おおむね「海に背を向けている」といっていいのではないでしょうか。わたしの生活圏でいうと、たとえば湘南の海沿いには道路があり、それに沿って海に正面を向けて建物が建っていますが、大廈高楼といえるようなものはほとんどありません。ポツポツとホテルがある程度です。

東京にもそういうところはないでしょう。隅田川沿いですら、建物のほとんどは川に背を向けています。日本の大都市の海岸、河岸というのは、港湾施設、荷揚施設が集まるところであり、一般市民が遊興したり、買い物したりする場ではないのです。

そうなったについては、万やむをえぬ事情があったのだろうとは思いますが、都市の発達という側面から考えると、これは大間違いだったと思います。

たんなる間違い都市作りの一例としてあげるだけですが、いまどき、大都市のコンビナートなど、まったく無用の長物と化しつつあり(いまは加工済みの製品が来るので、都市部の石油精製施設は不用)、半世紀前とは事情が一変しています。横浜の根岸、磯子の海をつぶしたのは、ほんの一瞬の用に供する無駄遣いだったことになり、いまでは愚なる為政者の果てしない無思慮無分別の証拠として、コンビナートが無価値有害に残されています。

f0147840_23584334.jpg

バブルのときに「ウォーター・フロント」という「流行」があったのは、方向性としては間違いではなかったと思います。金がだぶついているときにしか大都市の改造はできません。でも、明確なヴィジョンと方向性を感じない開発ばかりだったような気がします。

横浜は相対的に(ということは東京にくらべてという意味にすぎないが)いい方向を目指したと思うのですが、経済情勢の激変に足をすくわれたのか、ちょっと、いや、ひどく寸足らずでした。それでも、「市民が憩う港」が部分的には実現されたと思います。

横浜に小規模な「バンド」ができたのは、ここが外国人居留地だったからであり、日本人の意思によるものではありません。結局、日本人のもっとも苦手とするところは、「都市を構想する」ことなのでしょう。

日活は、われわれが不得手とする「美的都市空間の構築」を、ロケーション・ハンティングとキャメラのフレーミングとフィルム編集によって、映画のなかだけで仮想的に実現しました。日活描く都市横浜は、現実の横浜ではなく、視覚的にパラフレーズされた「彼岸の横浜」「あらまほしき横浜」「そうであってほしい日本」だったのです。意図されたものではなく、なかば無意識に生じたサイド・キックなのかもしれませんが、これが「わたしが日活映画を見る理由」のひとつです。

またしても、一回に1シークェンスというのろまなことになってしまいました。つぎはいよいよ、木村威夫美術監督の腕が発揮されるナイトクラブへと向かいます。

[PR]
by songsf4s | 2009-11-12 23:59 | 映画