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石田勝心監督、鏑木創音楽監督『東京湾炎上』(東宝、1975年)の疑似エスニック・スコア
 
1960年代なかばまでは、東宝特撮映画は、もれなく見ていたのですが、中学に入ったころから足が遠のきはじめ、70年代以降、一時はほとんど見なくなりました。

1975年の石田勝心監督『東京湾炎上』も、田中光二の原作『爆発の臨界』は読んだものの、映画のほうは封切で見ることはなく、テレビでも見ませんでした。

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原作は、70年代にはじまった「インターナショナル・コンスピラシー・ノヴェル」、いわゆる国際陰謀小説の流れを受けたものであり、東宝特撮としてはかなり異質なプロットの映画です。いや、「東宝特撮」といわないほうがいいのかもしれません。

当時は見なかったくせに、いまになって見てみようかと思ったのは、音楽監督の鏑木創が、どういう音をあてていったのかが気になったためです。

ひとつだけクリップがあったので貼りつけます。前半の歌の部分がオープニング・クレジットで流れるテーマ曲、後半は映画ではだいぶあとのほう、石油備蓄基地の爆破場面で流れるスコアです。

鏑木創『東京湾炎上』オープニングほか


はっきりいって、コケました。絵と音がまったく水と油だったのです。動画じゃないとわかりにくいでしょうが、いちおうこの音楽が流れる場面のスクリーン・ショットを並べてみます。

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凡庸な考えで申し訳ないのですが、でも、ふつうなら、ここはオーケストラによる大きなサウンドのインストゥルメンタルでしょう。歌謡曲を流す場面ではありません。

しかし、ここが人間の感覚のおかしなところですが、あまりにも絵と音が合っていないので、途中から面白くなってしまいました。いや、監督の意図したことではなく、こちらが勝手に結果ナット・オーライを、キャンプな感覚で興がっているだけで、失礼といえば失礼なのですが。これはないでしょう、と腹が立ったのに、しだいに面白くなってしまいました。

オープニング・クレジットを見て、イヤな予感がしました。テレビで見ているなら、さっさと消してベッドに入るような始まり方(最初の15分を見てダメだと思ったら、あっさりやめることにしている)です。そして、予想通り、映画自体の出来はあまり感心しませんでした。

20万トンの原油を積んで東京湾に入ろうとしていた巨大タンカーが、テロリスト集団にシージャックされ、油槽に爆弾をしかけられる、という設定です。九州の石油備蓄基地を破壊するか、さもなくば、このタンカーを東京湾内で爆破し、沿岸部の都市に壊滅的打撃を与える、というテロリストたちに、日本政府と、タンカーの人々がどう対処するか、というのが話の眼目です。

当然、プロットばかりではなく、サスペンスを醸成する演出力が映画の出来を決定することになるわけですが、かなり鈍な演出ですし、意味不明のところもあって、あらあら、でした。

開巻直後、藤岡弘と金沢碧のラヴ・シーンが二度も挿入されるのは、なんだったのでしょうか。プロットに関係してくるのかと思ったのですが、最後までいっても、ぜんぜん無関係なので、びっくりしました。女の裸を出せ、という会社の命令でもあったのでしょうか。

ひとつだけ、爆弾が仕掛けられた場所をたしかめに、藤岡弘がタンカーの甲板を疾駆するところを横移動で捉えたショットだけは、目が覚めました。あとは、これでいいのかなあ、の連続で、ただ溜息あるのみ。

タイトル・バックの音楽が奇妙だったので、スコアも鏑木創としては失敗作か、といやな予感がしたのですが、このミスマッチは監督ないしは会社の注文があったためだったのか、全体としては、オーケストラとタブラとダルシマーらしき楽器を組み合わせた無国籍サウンドが、なかなか楽しめました。

サンプル 鏑木創「ラスト・シーン」(東宝映画『東京湾炎上』より)

テロリスト集団はアフリカのどこかの国から来たらしいのですが、インドやアラブ系の楽器と西洋音楽的オーケストレーションの組み合わせで、エスニックなムードをつくっているという、ちょっとインチキなところが映画音楽らしくて、思わず頬がゆるみました。この雑食性が日本映画のスコアの大きな魅力のひとつだと思います。


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by songsf4s | 2012-01-19 23:57 | 映画・TV音楽
そして、メル・テイラーもいなかった+鈴木清順、宍戸錠語る
 
本日は休日にしては、ツイッターのタイムラインが静かで、「日活100年」アカウントから流れてきた、先日の鈴木清順監督と宍戸錠の対談というか、舞台挨拶のようなものを読んで、ふむふむ、がっはっは、などとやっていました。

日活サイトの「『鈴木清順 再起動!』 トークショーは立ち見ファンでいっぱい!」

いくつか面白い話が出てきましたが、このくだりが、モスト・フムフムでした。

宍戸錠「今年は日活のプレ100年祭で、先日NYのリンカーン・センターへ行って挨拶したんですよ。通訳をつけるから日本語で大丈夫と言われたので、『絶対に英語でやってやる!』と思ってね。英語なんか喋れないんだけど、そういう時は喋っちゃうんだよね。
舞台に出たら『ピストル持った格好をして下さい!』と言われて、写真を撮られたんだけど、リンカーン・センターにはポラロイド写真が貼ってあってね。最初に貼ってある人がクリント・イーストウッドで、その次の俳優がちょっとわからなくて、その次の俳優が……俺なんだよ! ヤッター! と思いましたね。日活でも石原裕次郎がいて、小林旭がいて、三番目に宍戸錠がいた。だから、『ああ、俺はいつも3番手なんだなあ』と思いながら、それでも3番目に自分が写っている写真を見た時には感謝感激で涙が出るくらい嬉しかったです。その写真が 『Gate of Flesh』、つまり鈴木先生の 『肉体の門』 なんですよ。あれはニューヨークでも、ものすごくウケているんです!」

日活には「ダイアモンド・ライン」なんていうのがあって、これは石原裕次郎、小林旭、赤木圭一郎、和田浩二という顔ぶれでした。むろん、宣伝用に会社が考えたもので、つまり「会社が売りたい順」です。

しかし、赤木圭一郎の早逝で、こんな売り文句は吹き飛んでしまいます。裕次郎の骨折が重なって、主演男優不足に悩んだ会社は、エースのジョーを主役に起用します。あれこれ考え合わせると、「三番目」というエースのジョーの認識は、日活の歴史全体で捉えれば、そのとおりかもしれない、と思ったのでした。

ピストルをもつ格好をしてください、とはまた、NYのプレスも日本とノリはいっしょ! こういうとき、照れずにさっとやってくれるのがエースのジョーのすばらしさです。

談志の死にショックを受けて、いや、そのまえから、仕事も一段落だから飲むぞ、というツイートをしていた人が、だいぶ聞こし召され、エースのジョーについてあれこれツイートされていました。

おまえ、俺より抜き撃ちが早くなったら、二代目を継がせてやるといったくせに、いざ勝ったら、お前は早いだけだ、殺しの美学がない、といって継がせてくれなかった、なんておっしゃっていて、ニヤニヤしてしまいました。

いや、つまり宍戸錠という人は、照れるも照れないも、抜き撃ちの早さをおおいに誇りにしているのでして、そういうところが、やはりたまらなくエライと思うのであります。

ふつうじゃないというのは、偉大です。たしか、昔、銃刀法違反で取り調べられたりしたことがおありだったと記憶しています(呵呵)。けっこう、映画を地で行く人なのでしょう!

もうひとつ。

宍戸錠「ある撮影の時、『今日は屠殺場で牛を殺してもらうから、眉間に完璧にバカーンッと入れろ』と言われたので、『堪忍して下さい。牛肉はステーキにしないと食えなくなります。殺すのは無理です』とお願いしたことがありました。それが『肉体の門』 という作品で、英語で言うと『Gate of Flesh』 と言います。understand?」

ちょっと意味不明のところもありますが、むろん、牛を殺せといった人は鈴木清順監督です。映画監督というのは、こういう無慈悲なところがあるからなあ、と笑いました。

『肉体の門』予告編(ちょっと露骨な描写があるので、プレイする前にご一考を)


いや、いまは動物愛護団体がうるさいので、ほんとうに殺したりするとまずいことになります。なら、牛肉食うなよ、と思うのですが、まあ、みなさん、菜食主義者なのでありましょう。

いや、馬が倒れたりすると、無事であってくれよ、と思いますけれどね。骨折したらおしまいですから。

足立正生監督が、処女作で、ほんものの××を使ったという話を聞いて、うひゃあ、とのけぞったことがあります。いや、この話はやめておきます。映画の世界はとんでもない、というか、足立監督がとんでもないだけかもしれませんが。

談志の死を悲しみ、ふと、エースのジョーが死んだら、悲しいではすまないぞ、と狼狽した方のツイートを読んでいて、わたしも、ジョーが健在で、いまも、拳銃を撃つ格好をしてくれ、という注文に嬉々として応じている、というのは、なんともありがたいことだと思いました。それがリンカーン・センターでの出来事だというのだから、なおさらです!

今回の鈴木清順シネマテーク「鈴木清順 再起動!」は12月16日までつづくそうです。

わたしは今回は行かないだろうと思いますが、高校のときに池袋文芸座地下のシネマテークで見たきりになっている『密航0ライン』がちょっと気になります。伊勢佐木町と元町でロケをしていた記憶があり、そのあたりをもう一度見てみたいのです。

◆ Just another instrumental project from L.A. ◆◆
静かな休日は、立川談志没の未確認情報が流れたあたりから、だんだん騒然としてきて、談志師匠とは無関係なことでも、おや、ほう、というツイートが流れはじめ、昼下がりから忙しいことになってきました。

当家にもときおりコメントをお寄せくださる、われらが「長老」(いつのまにやらお互い「アラカン」となり、洒落にならなくなってきた!)キムラセンセが、つぎのようなことをつぶやいて、談志に気を取られていたわたしは、虚をつかれてしまいました。センセ、外交電報送りましたが、開戦に間に合わず、結果的に事後承諾とさせていただきますので、どうかあしからず。

「本を読みながら、Media Monkeyにシャッフルさせて音楽を流していたら、Mel Taylor & The MagicsのThe In Crowdが流れてきた。途中から流れるギターに驚いた。グレン・キャンベル80%、ビリー親分20%の確率。もうけた気分。」

このツイートのときは、ほう、それはありそうな話、と思っただけなのですが、そのつぎで、ええ、となりました。

「気になったので、アルバムを聴き直している。Bullseyeのギターは間違いなくビリー親分。というか、そもそもこのアルバムのドラムはメルなのか?違うんじゃないか。プロデューサーがディック・グラッサーだし。違うという方にぜんざい1杯賭けとこう。」

あたしなんか、すぐに、首をかけるの、腹を切るのと、軽々しくいっちゃうのですが、さすがにセンセはぜんざい一杯、穏当というか、腹が据わっていないというか、命を大事にするというか。

いや、そんなことはどうでもよくて、メル・テイラーのアルバムなのに、メル・テイラーが叩いていないのかよ、まあ、サンディー・ネルソンの盤で叩いているのがアール・パーマーだったという例もあるからな、と思ったのです。

ともあれ、ユーチューブにあったメル・テイラー名義のトラックを貼りつけます。

Mel Taylor & the Magics - The "In" Crowd


おお、かっこいいギター、だれなのか5秒以内に札を張れ、といわれたら、目をつぶってビリー・ストレンジへと。しかし、センセがこちらだと主張するグレン・キャンベルも、トミー・テデスコもありそうで、悩ましいところです。

センセがあげられているBullseyeはクリップがないので、サンプルをアップしました。アナログ・リップ、低音質です。

サンプル Mel Taylor & the Magics "Bullseye"

こちらのリードギターはストレートなトーンなので、The "In" Crowdより明解にビリー・ストレンジじゃん、といえます。ビリー御大は、あまりワイルドなプレイをしませんが、たまにやると、The "In" Crowdみたいな感じなのです。でも、グレン・キャンベルといわれると、たしかに、グレンはよくこういうプレイをしているな、とも思います。今日は歯切れが悪いなあ>俺。

いや、もう時間切れで、この話題をまとめる余裕がなくて、焦っているのです。

さきほど引用したツイートのつぎに、キムラセンセからは追って書きが届きました。

「あとから、日本盤に付いている山下達郎のライナーを読むと、『メルテイラー・本人が演奏メンバーや選曲の経緯などに関して全く記憶が無いと再三コメントしている(何か彼にとって不快な要因があったのかもしれない)』とあります。キック踏ませてもらえなかったのが…。」

これには大笑いでした。やはり、ご当人とは関係ないところで企画が進み、名前と引き替えに金をもらっただけ、というパターンだったようです。いくつか、メル・テイラー風のドラムもあるのですが、ぜんぜんちがうじゃん、というトラック(たとえばWatermelon ManやA Taste of Honey)もあります。

もうひとつクリップを。

Mel Taylor and the Magics - Skokiaan


メル・テイラーではないとして、ではだれだ、といわれると、わたしにはなんともいいかねます。アール・パーマーとハル・ブレインの線はまずないでしょう。

すでにジム・ゴードンは活躍しはじめていますが、あまりジミーのような雰囲気もありません。ジム・ケルトナーの線もゼロ。もうちょっとクラスの落ちる人ではないでしょうか。ジョン・グェランのように突っ込んではいませんが、おみごと、というプレイもありません。

メル・テイラーのソロだなんて、あの突っ込むドラムを聴かされるのはかなわんなあ、と思っていたのですが、まじめに聴いてみれば、とくにタイムが早すぎて気分が悪くなるようなトラックはなく、タイムは訓練で改善されるのだな、と納得したのでした。ん? ちがうか。

本文の趣旨とはかけ離れた、とってつけたような結論をとってつけてしまい、どうも失礼しました。今日は談志没と、粋人、もとい、酔人の宍戸錠談義で消耗してしまったのでした。


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メル・テイラー
イン・アクション
イン・アクション
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by songsf4s | 2011-11-23 23:52 | 映画
鈴木清順監督『野獣の青春』(1963年、日活)その8

すでにご承知でしょうが、谷啓没、だそうです。病気ではなく、事故なので、少々気が残るところですが、人間の運命ははかりがたく、こればかりはやむをえません。

あちこちでいろいろなことが云われ、書かれていることでしょうし、それがしばらくはつづくはずなので、わたしがなにか云うこともないから、ほんのすこしだけ。クレイジー・キャッツの一員としてではなく、単独の活動で印象に残っているのは、つぎの曲。



YouTubeのクリップはいつ消えるかわからないので、念のために自前のサンプルもアップしておきました。

サンプル 谷啓「図々しい奴」

『図々しい奴』は、先につくられたテレビ版がヒットして、あとから大映で本編が撮られたと記憶しています。テレビ版では丸井太郎が主演、本編では谷啓が主演という変則的なことになり、なおかつ、テレビ版の主題歌を谷啓が歌っているというややこしいつながりになっています。いや、わたしの記憶が混乱しているだけかもしれませんが。

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『図々しい奴』の本編は二本見たような気がします。それほど悪くなかった、笑えるシークェンスもあった、というように記憶していますが、もう二十年以上再見していないので、あまり当てになりません。

これも記憶ですが、谷啓は逗子開成卒業で、大昔、テレビで懐かしい場所を歩いたときに、逗子のつぎは横浜にまわって、野毛坂下で立ち止まり、ここに劇場があってね、駆け出しのころ、仕事していたんだ、といっていました。

その場所は、子どものころからしょっちゅう通っていたところで、へえ、と思いましたし、映画館や劇場というものが、なかに入らなくても、建物を見るだけでも好きなものですから、妙に印象に残りました。野毛の一帯には、ほんとうにたくさんの映画館や実演小屋があったのですが、いまではもうほとんどなくなってしまい、あのへんに行くたびに、谷啓の「ここに劇場があってね」を思いだします。

◆ 血の収穫の時いたる ◆◆
今日は『野獣の青春』を完結させます。いつもはエンディングまで書いてしまいますが、この映画については、いくつか伏せることにします。『野獣の青春』の場合、エンディングを知っていては、やはりかなり興醒めでしょうから。

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郷鍈治に撃たれた江角英明を助けて、渡辺美佐子未亡人の家に転がり込んだジョーは、まず野本興業に電話をし、小林昭二ボスに、柳瀬志郎と郷鍈治が死に、江角英明が重傷を負ったことを伝え、迎えをよこしてくれるように頼みます。ついでに、三光組はこちらのことをすべてつかんでいるようだ、この分ではいまごろ殴り込みの準備でもしているだろうから、気をつけてください、と云います。

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つづいて三光組の信欽三に電話をし、郷鍈治がやられたことを伝え、野本興業ははなからお宅をつぶす気だったんだ、いまごろ殴り込みの準備をしているだろう、と話します。いよいよ話は煮詰まり、『血の収穫』ないしは『用心棒』エンディングに向かって動きはじめます。

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鈴木清順の映画ではよくあることとはいいながら、『野獣の青春』には、変な人物、思考回路がねじれたか短絡してしまった人びとがたくさん登場し、ふつうの考え方をしない監督が、奇妙な操り方をします。

なんの説明もされないのですが、金子信雄専務(ボスが「社長」だから、「専務」はナンバー2なのだろう)はアルコール中毒のようで、酒の入ったフラスクを手放さず、仕事にもあまり興味がないらしく、たいていは画面の端で飲んだくれています。仕事らしい仕事をしたのは、冒頭でのジョーとのやりとりと、麻薬取引のあとでもめたときに、社長に諌言したことぐらいです。

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だいたい、人物配置からいって、金子信雄はいつもとはちがうところに置かれていますし、その置かれた場所が「専務」などという、なくても差し支えない役どころなので、宙に浮いています。なにか内部的事情があって、無理に役をつくってはめこんだ、という感触があります。

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で、その無理矢理なことをするときに、清順らしく、なんらかの理由で疎外され、仕事に興味を失ってしまったギャング、というじつに変なキャラクターをつくってしまったのだと思います。ストーリー展開にはなにも影響を与えず、ただ酔っぱらっているのです。殴り込みの準備のときなど、最悪の状態で、泥酔して床(青木富夫が投げ落とされた場所。マットが敷いてあるので安全!)に倒れてしまい、意味不明の指示をします。

◆ 本末転倒の親分 ◆◆
対する三光組の親分、信欽三もふつうじゃありません。子分たちが、ヤッパだのドスだの銃だのといった「通常兵器」で武装している脇で、トランクになにかを入れています。

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「いざ出陣という間際に、こいつを放り込んでやる。ドカーン。それで万事おしめえだ」なんていっています。たかがヤクザの縄張り争いだというのに、「縄張りを守る」という目的がどこかに消えてしまい、手段が肥大化してしまっているのです。

これは前振りなのでしょう。「祭」に突入するには「狂気」の踏切板が必要です。「目的達成のための必要最小限の暴力の行使」などという合理を超えたところに入りこまなければいけないのです。早い話がぶち切れてしまったのです。

その野本興業のほうも、たしかに出陣準備中で、「社長」が訓辞などしています。いざ出かけようとすると、ジョーは社長に呼び止められ、おまえは行かなくてもいい、行ってもどうせ高みの見物をするつもりだろう、すっかりネタはあがっているのだ、と図星を指されます。

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だれがそんな馬鹿なことをいったのだ、と叫んでから、ジョーは手当をされて眠っている江角英明に気づき、ハッとします。しかし、これはレッド・へリング、ミスリードで、じっさいには江角英明がバラしたわけではないのですが、どうしてバレたかを書いてしまうと、エンディングの興を殺ぐので、伏せておくことにします。

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肝心要の大ラスは書きませんが、クライマクスは書きます。いや、その部分も知らないほうが面白いでしょうから、ここらで読むのをおしまいになさるのもひとつの考えだと思います。

◆ 主演俳優兼格闘技コレオグラファー ◆◆
以上、警告はしたので、クライマクスに入ります。

関ヶ原の決戦は、小林昭二社長邸のすぐ外の河川敷でおこなわれるのですが、車の集団がすれちがいながら撃ちまくるという、なんだか、騎馬軍団の戦いのような形になります。信欽三は、手柄を立てた奴には縄張りの一部をやると「督戦」しますが、つぎつぎにやられてしまいます。

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しまいには「野本をやった者には縄張りを全部やる」なんて叫びます。もう縄張りを守るという目的などどうでもよくなり、利害を超えた次元に突入しているのです。そして、だれも行くものがいなくなり、自分自身でダイナマイトをもって車に乗り込みます。

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小林昭二邸では、ジョーが逆さ吊りにされています。監督自身が明言していますが、これは宍戸錠自身のアイディアなのだそうです。「ただ縛られているんじゃ面白くない。なにか考えはないか」ときいたら、逆さ吊りにしようといったのだそうです。

もちろん、宍戸錠の自己の運動能力に対する信頼が生んだシーンでしょう。細かくカットを割らなくても、逆さ吊りのまま長時間の芝居ができるという確信があったにちがいありません。

信欽三は「クソー、野本の野郎」などといいながら、ダイナマイトごと車を小林昭二邸に突っ込ませ、爆発で家は半壊してしまいます。ムチャクチャな展開ですが、信欽三が正気を失いつつあることは何度か描写されているので、いちおうの「手続き」は踏んでいます。それで納得する観客と、納得しない観客がいるでしょうけれど!

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◆ 約束をやぶりやがって ◆◆
爆発でみな死んでしまっては映画になりません。逆さ吊りになったジョーは、両手でテーブルの上を這って、拳銃をつかみ、間一髪、気を取り戻した小林昭二に応戦します。

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さすがは宍戸錠、このシーンは、スタントなし、細かいカット割りなし(3カット)で、「現実に」演技をします。これだけ動ける俳優は当時だってそうはたくさんいなかったでしょう。宍戸錠にしても、小林旭にしても、こういうところはほんとうにエラいと思います。

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逆さ吊りのまま小林昭二と格闘しつつ、子分を撃ち殺し、ジョーは銃で撃って縄を切るや、小林昭二に真相を吐かせようと、指を一本ずつ撃っていきます。いや、間接的な描写なので、これから見ようという方もご心配なく。

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撃たれたくなくて、きかれたことに素直にこたえたのに、やっぱり撃たれた小林昭二の子どもみたいな言いぐさが笑えます。

「ちきしょう、約束をやぶりやがって」

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ほんとうなら殺しているところだが、生きたまま渡すと約束したので命は助けてやる、といってジョーが立ち上がると、背後で物音がして、ジョーが振り返ると、瀕死の江角英明が階段の上に姿をあらわし、小林昭二を撃ちます。

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「執念深えのは、生かしといちゃいけねえ。ここらがあんたの甘いところだ」といって、江角英明は事切れます。まだキャリアの浅かったこの俳優は、きっとこの三波五郎役を喜んだことでしょう。鈴木清順映画では、いつも気持ちよさそうに演じています。

◆ ミシング・イン・アクション ◆◆
プロットを追うのはこのへんで終わりにしておきます。ここまでのところでも、最後の謎解きに関係のある部分は省略しています。小林昭二が指を撃たれてなにをしゃべったかなんてことを書いてしまうと、話の底が割れてしまうのです。

川地民夫についてあまり書かなかったのも、最後のお楽しみに関係があるからです。「すだれの秀」はこの俳優自身にとっても、忘れがたい役だろうと思います。

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しかし、金子信雄がどうなったのかを書かなかったのは、意図的に伏せたのではなく、どうなったのかわからないからです! 変な風に登場して、居場所がなさそうにしたあげく、最後は酔いつぶれて、あとは生死知れずです。

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プロットとは関係ないのですが、冒頭では目立っていた上野山功一も、途中で「行方不明」になってしまいます。金子信雄の片腕という雰囲気で登場したのに、麻薬取引やその後のジョーの拷問などの場面には登場せず、最後の決戦でチラッとセリフなしで再登場するだけです。たぶん、爆発で死んじゃったのでしょう! プログラム・ピクチャーの場合、こんなことは瑕瑾のうちにも入らないので、つまらない詮索はもうやめます。

『野獣の青春』は、鈴木清順の、ふつうの意味での「技術」が最良の形で生かされた映画であり、同時に、この監督のビザール嗜好が、ふつうの観客にも受け入れられる程度のほどのよさで発現された、バランスがよく、完成度の高い映画です。

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鈴木清順はノーマルな意味での「日活アクション」はほとんど撮りませんでしたが、『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』とこの『野獣の青春』だけは、鈴木清順というブランド抜きで、たんなる「日活アクション」として見ても、満足のいく作品です。

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とりわけ、清順的アブノーマリティーがより強く表現されている『野獣の青春』は、『殺しの烙印』や『ツィゴイネルワイゼン』とはまったく異なった次元での代表作といえるでしょう。アーティスティックなものではなく、こちらの世界でもっと映画をとって欲しかったのに、と残念に思うほど、『野獣の青春』は、語の正しい意味で、すぐれた「アクション映画」です。

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by songsf4s | 2010-09-11 23:56 | 映画
鈴木清順監督『野獣の青春』(1963年、日活)その7

当地では窓を開けて寝ると、明け方、寒くて目覚めるほどになりました。いつもはカーテン越しの陽射しで目が覚めるのですが、今朝はそういうこともなく、じつは、逆に寝過ごしてしまったのですがね!

でも、こうなると、一年中、これくらいの気候で安定するといいのだけれど、と思います。夏の暑さもこたえますが、冬の寒さだって楽ではないのでして、やっぱりSummertime and living is easyというのは真理だなあ、と思います。急がないと、夏の終わりの歌のつづきをしようにも、夏の終わりではなく、秋になってしまいそうですが、そちらは他日のこととして、今日もまた『野獣の青春』です。

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◆ 吹けば飛ぶようにヒラヒラと登場 ◆◆
『野獣の青春』、さっそく前回の続きから。

ジョーはまたしてもピンチを切り抜けましたが、しかし、なぜ取引の情報が漏れたのかという謎は解決されません。そこでジョーは、保身と、二つの組を争わせるという二兎を追って、取引に出発しようとしたときに、三光組の男を見かけた、といいます。

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つぎのシーンではその男、青木富夫が宍戸錠と江角英明に拉致され、ボスの邸に連れ込まれて、どこで取引の情報を得た、と「責め問い」(いつも「拷問」では気が利かないので、チェンジアップとして、おそろしく古い表現をもちだしてみた)を受けます。

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松竹での子役時代とはちがって、日活時代の青木富夫は、そのヒラヒラした体躯を生かして、根性の据わっていない男の役ばかりを、ひどく地味に演じていました。当家で過去に取り上げた映画では、『悪太郎』の小遣い役がその典型です。『野獣の青春』でも、口先だけは威勢がよく、じつは小心そのものの三下ヤクザを演じています。

マットを敷いてあるとはいえ(それが観客にわかってしまうのはまずいのだが、なにせ2000万の予算しかないので、これくらいのことでは撮り直しなどしない!)、階段の途中から投げ下ろされるのは、ほんとうに痛そうで同情してしまいました。火をつけられた榎木兵衛(たまたま撮影を見に来た原作者の柴田錬三郎が感激し、あの俳優にと、金一封を置いていったのだとか)にくらべれば、まあ、安全といえるでしょうけれど!

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青木富夫は、ジョーからの情報で取引に割り込むことになったとは知らないので、俺は知らない、武智(郷鍈治)の指示で動いた、と吐きます。では、武智を吐かせろ、というので、ジョー、江角英明、柳瀬志郎の三人が武智のアパートに送り込まれます。

◆ 異様な舞台が人を狂わせる ◆◆
『野獣の青春』には、まともではない人物がたくさん出てきますが、郷鍈治のアパートの部屋も、ちょっとふつうではありません。飛行機の模型が天井からむやみにぶら下がっているのです。

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そういっては模型好きの方に失礼かもしれませんが、ギャングの部屋にしては、これはやはり異常です。当たり前の飛行機ばかりでなく、子どものころに「丸」で見たような気がする、ものすごくマイナーな戦争中の爆撃機らしきものまであります。いや、そのあたりは監督のあずかり知らぬところで、スタッフが適当に集めただけでしょうけれどね。

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肝心なのは、鈴木清順がこういう奇妙な設定をもちだしたら、それは変なことが起こるサイン、前触れだということです(その点については、監督が明言している。入ってきた瞬間、俳優が「これは……」とギョッとするセットがほしいのだ、と)。

郷鍈治は留守で、部屋には情婦の星ナオミがいるだけだったので、三人は待つことにします。変な状況設定が暗示したとおり、ここで奇妙なことが起きます。銃器にしか興味を示さないはずだった江角英明が、星ナオミを見た瞬間、「いい女だあ」とわれを忘れてしまうのです。この女にすすめられて、飲めないのに酒を飲んだり、柳瀬志郎に、見張りを交代しろ、といわれても、星ナオミにべったりくっついて、云うことをきかなくなってしまうのです。

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郷鍈治に口を割られてはわが身が危ないので、ジョーは廊下から下の通りを見ていて、郷鍈治が通りかかったところに、マッチの燃えかすで書いたメモを落として、待ち伏せを知らせます。

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しかし、郷鍈治は逃げず、そのまま乗り込んできて、不意打ちで柳瀬志郎を斃します。江角英明は銃をかまえようとして、星ナオミに銃身を掴まれ、誤って彼女を撃ってしまい、それでタイミングが遅れたために、郷鍈治と銃を向け合って、一瞬、身動きできなくなってしまいます。

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結局、二人は同時に発砲し、相撃ちになって倒れます。郷鍈治は即死、江角英明は生き残り、ジョーは江角を助けて現場から逃げます。

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そこら中、警官があふれて、窮地に陥ったジョーは、たまたま死んだ竹下刑事の未亡人の家がそこにあったので、訳をいって、迎えが来るまでかくまってくれと頼みます。ここはちょっと「偶然度」がキツすぎて、苦しいかな、という展開ですが、エンディングの伏線にもなっているので、強引でもなんでも、こうせざるをえなかったのだと思います。

◆ 脇役にばかり目がいくわが人生の黄昏哉 ◆◆
今日は最後まで行けるかもしれないと思ったのですが、この映画はいつものようにエンディングまで書くわけにはいかず、そうかといって、そのどれくらい手前まで書くかは判断がむずかしく、まだ決めかねています。そのうえ、ふと興味が湧いて、青木富夫と江角英明のフィルモグラフィーなど眺めていたために、時間切れになってしまいました。

青木富夫は子役として小津安二郎の『突貫小僧』に主演したことで知られていますが、大人になってからはずっと大部屋役者で、とくに目立った作品はありません。そもそも、目立たないことがこの役者の特徴といいたくなるほどで、つねに出番はあまり多くありませんでした。

青木富夫インタヴュー


こういう人たちの晩年の作品というのが、近ごろはひどく気になります。鈴木清順の『ピストルオペラ』に出演しているということなので、近いうちに見てみることにしますが、三橋達也、大木実と共演した『忘れられぬ人々』(2001年)という映画も、ちょっと食指が動きました。昔なじみのヴェテランたちのアンサンブルというのは、オールドタイマーにはじつに楽しいものですからね。

江角英明は、過去に当家で取り上げた映画としては、やはり鈴木清順の『東京流れ者』での敵方ボス役が印象的でした。この人も長期にわたって活躍したので、いずれ、晩年の作品を取り上げたいと思います。

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江角英明(『東京流れ者』より)奥は川地民夫。

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江角英明(『東京流れ者』より)すぐ後ろに立つのは郷鍈治。

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江角英明(『東京流れ者』より)右は北竜二。

それでは、次回、『野獣の青春』を完結させることにします。


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野獣の青春 [DVD]
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日活映画音楽集~監督シリーズ~鈴木清順
日活映画音楽集~監督シリーズ~鈴木清順


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by songsf4s | 2010-09-10 23:58 | 映画
鈴木清順監督『野獣の青春』(1963年、日活)その6

前回、深く考えずに「暴力描写」という言葉を使ったのですが、あとになって、「暴力描写」の定義は昔と今では天と地ほどもちがうなあ、と思いました。

スプラッターの、ゴアの、といわれるたぐいの、残虐性を売りものにした映画のことはどうでもいいのです。一般映画の暴力描写のことです。この20年ぐらいで、曲がり角と感じた映画はまずなによりも『スターシップ・トゥルーパーズ』(1997年)です。

ロバート・ハインラインの『宇宙の戦士』にもとづくこの映画は、人間が殺されるところもグロテスクですが、敵の昆虫形異星生物が殺戮されるところは、いくら虫でもそこまでズタズタにすることはないじゃないか、です。虫だということを金科玉条にして、人間ではやりにくい残虐描写をしているように感じました。

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そのつぎは『プライベート・ライアン』(1998年)です。この映画のオマハ・ビーチ上陸の描写を見たとき、ここまでやるようになったか、と思いました。水中の弾丸のおそろしいこと。同じオマハ・ビーチを描いた『史上最大の作戦』も、当時としてはリアリスティックな映画で、怖いショットもありますが、『プライベート・ライアン』にくらべれば、じつに穏やかなものです(いや、『史上最大の作戦』の撮影では死者が出たそうだが)。

Saving Private Ryanのオマハ・ビーチの戦闘(音声がないのでいくぶん怖さは減じているが、なまじのスプラッター映画などよりよほど気色悪いので、ご覧になる方はそのつもりでどうぞ)


そして、もっとも最近、ひでえなと思ったのが『ランボー4』です。そもそも殺戮シーンのありそうな映画を好んで見ることに問題がある、といわれればそのとおりかもしれませんが、それにしてもねえ、というショットの連続で、「ドンパチ」どころの段ではありません。大口径の銃で撃たれれば四肢がちぎれ、顔がなくなることがある、という知識をもっていることと、それを映像化したものを見るのは、まったく次元の異なることです。

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1960年代、イタリア製西部劇の、あの当時としてはリアルな暴力描写に感心しました。そういう気分がやがて『ランボー4』を生むことになるとは、思いもしませんでした。ひとりひとりの嗜好の変化が集積された結果として、世の中は変化していくということを、若いころのわたしは理解していなかったのです。

リアリズムへの強い意志は、映画が誕生したときから定められていた運命です。だから、暴力描写については、よく考えてからなにかを云うべきなのですが、それでもなお、『野獣の青春』の暴力描写には美があることは、書かずにはいられません。人間は矛盾の動物です。

◆ 襲撃のテーマ ◆◆
ジョーは麻薬取引に同行するように命じられ、さっそくこの情報を三光組に売り渡します。大井競馬場で郷鍈治からその金を受け取った直後、ジョーは私服刑事に呼び止められます。おまえは性根まで腐ったのか、となじられ、ジョーはその刑事が知らない経緯を語ります。

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この回想シーンの背後に流れるグルーミーなブルースがちょっと魅力的なので、映画から切り出してサンプルにしました。したがってセリフ入りですし、タイトルは例によって勝手につけたものです。

サンプル 奥村一「回想のテーマ」

ジョーは元刑事で、ギャングの罠にはめられ、汚職の罪で刑務所に入っていたことがわかります。売春婦と無理心中したことにされた竹下という刑事は、同じホシを追っていて、やはり罠にはめられたにちがいなく、そいつらをたたきのめしてやるつもりだ、と語ります。

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竹下刑事を演じる木島一郎は、オープニング・クレジットの背景で死体になって登場するのと、あとは法事のときの遺影だけ、なんていうのだと可哀想で、俳優も出演に気乗りしないことだろう。そんな俳優を宥めるために撮ったのではないかと勘ぐってしまう、回想シーンでのジョーとまだ生きている木島一郎。

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向こうに仁丹ビルがあるので、渋谷宮益坂上とわかる。しかし、このシーンでキャメラが切り替えされると見える坂の途中の映画館など記憶がない。

ここまででちょうど半分。もうジョーに関する謎はなくなり、元警官の復讐物語、それもどうやら『血の収穫』パターンになるらしいことがわかります。ヒーローは二匹の犬を噛み合わさせるつもりなのです。

さて、麻薬の取引です。これがやはりちょっと変わった状況設定なのです。まず真っ昼間であること。場所は川縁、『男はつらいよ』のおかげか、演歌のおかげか、すっかり有名になってしまった「矢切の渡し」です。

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山本嘉次郎の『馬』や木下恵介の『喜びも悲しみも幾歳月』じゃあるまいし、ベルトコンヴェア方式で大量生産されるプログラム・ピクチャーを、季節を選んで撮影するなどということはありえないので、たんなる偶然にすぎないでしょうが、この川縁での麻薬取引は、満開の桜の下でおこなわれます。鈴木清順映画だから、いかにもそれらしい絵作りで、そのまますっと見てしまいますが、一歩ひいて考えると、これはかなりめずらしいセッティングでしょう。

この場面で流れる曲をサンプルにしました。セリフが入ったほうが盛り上がりそうな気もするのですが、せっかく盤になっているので、音楽のみのほうにしてみました。郷鍈治以下の三光組の連中が、桜の木の下で野本興業の車を待っているショットから入ってくる曲です。

サンプル 奥村一「襲撃決行のテーマ」

4リズム+3管(テナー・サックスとフルートが同時に聞こえるところはないので、同じプレイヤーだろう)のなかなかクールなトラックです。ジャズ・コンボという文脈での、このような非ジャズ的なエレクトリック・リズム・ギターの使い方は、この時代には稀有のことで、ええっと思います。ひょっとしてフェンダーではないかと思わせるほど、非ギブソン・フルアコ的サウンドであり、ロック的カッティングです。

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◆ さらに拷問 ◆◆
取引相手の組の平田大二郎が、ジョーの顔を見て、あんたとはどこかで会った覚えがある、などといってジョーをヒヤリとさせますが、三光組の襲撃は成功し、平田大二郎らは三光組に麻薬の代金を横取りされてしまいます。

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ジョーが指示したとおり、三光組は代金だけ奪い、野本興業が手に入れた麻薬には手をつけなかったために、事後処理がもつれ、野本興業はもう一度支払うように要求されてしまいます。その話し合いの席で、平田大二郎は、アッと大声を出し、ジョーが警官だったことを思いだします。

クライテリオン版6/9

計画がうまくいったので、ジョーは残りの半金を受け取りに三光組の事務所に出向きますが、このときにかかっている予告篇が笑えます。

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菊村到原作、楠侑子、信欽三、草薙幸二郎、山岡久乃出演と、これだけたくさん手がかりがあれば、この映画をアイデンティファイするのはむずかしくありません。鈴木清順自身の1960年の映画『けものの眠り』です。いや、可笑しいのは、「信欽三」と予告篇にクレジットされているその俳優が、「こちら側」で「現実に」芝居していることです!

例の売春組織の調査のつづきで、ジョーが女を呼んで部屋に戻ると、小林昭二、金子信雄、平田大二郎、柳瀬志郎らが待っていて、再び拷問されることになります。どんな状況でも、鈴木清順は工夫の人ですが、とりわけ暴力描写には工夫を凝らします。

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爪のあいだにナイフを刺すというのは、ほかの映画でも見たように思いますが、ふつうなら壁に押しつけるか、またはテーブルに手をつかせる形で撮るでしょう。鈴木清順はガラスに手をつかせ、正面から撮ることで、「強い画面」をつくっています。

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正面から撮るだけでなく、背後からの切り返しショットでは、ガラスであることを利用して、向こう側での芝居もする。思わず拍手したくなる演出。こちらに正対している人物は平田大二郎、向こう側で振り向いているのは金子信雄。

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ここでもジョーは、あっさり窮地を脱します。たしかに警官だったが、汚職でムショに入っていた、ちゃんと調べろ、と怒りをぶちまけ、疑いをはらすのです。

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後半はもうちょっとスピードアップしようと思いましたが、サンプルの用意をしているうちにはやシンデレラ・タイム、以下は次回に。


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野獣の青春 [DVD]
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日活映画音楽集~監督シリーズ~鈴木清順
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by songsf4s | 2010-09-09 23:55 | 映画
鈴木清順監督『野獣の青春』(1963年、日活)その4


鈴木清順映画の音楽で、フルスコアがリリースされているのは『殺しの烙印』だけです。山本直純による『殺しの烙印』のスコアは、たしかに素晴らしい出来で、フルスコアが盤になったことも、またそれを歓迎する声が、とくに海外から多くきかれることも、当然だと感じます。

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しかし、ほかにもスコアの面白い鈴木清順映画はあります。すでに取り上げたものでいえば、伊部晴美音楽監督の『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』の音楽も楽しめますし、目下書きついでいる『野獣の青春』も『くたばれ悪党ども』に引けをとりません。

『野獣の青春』のスコアを書いた奥村一が音楽監督をつとめた作品は、当家では過去に『花と怒涛』(その1その2その3その4その5)と、『悪太郎』(その1その2その3その4)という、二本の鈴木清順作品(同時に木村威夫作品でもある)を取り上げています。

とはいいながら、どちらも大正という時代設定であり、スコアも現代的ではないため、記事では音楽にはあまりふれませんでした。しかし、『野獣の青春』は現代劇、それもアクション映画なので、『花と怒涛』や『悪太郎』とはまったく状況がちがいます。『野獣の青春』のスコアは、他の日活アクションと同じ土俵で比較しても、いい出来だと感じます。

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いずれ、出来のいいトラックはサンプルにしますが、今回は奥村一の略歴と作品についてふれているサイトを二つあげておきます。

奥村一映画音楽作品リスト

奥村一クラシック作品リスト

◆ 弟とのインターアクション ◆◆
小林昭二の情婦、香月美奈子がジョーの部屋にやってきて、野本興業の売春の元締めをしている、社長の六番目の女を見つけて殺してくれ、と頼みます。この六番目の情婦は、だれも顔を見たことがない謎の女なのだと、香月美奈子はいいます。

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日活きってのヴァンプ女優・香月美奈子。当時も今も大の贔屓。

前回、書きましたが、ジョーの狙いはまさしく売春組織にあるので、香月美奈子に探りを入れながら、欲得ずくであるかのようにして、この依頼を承知します。

修理に出すつもりか、故障したショットガンをもって、ジョーが出かけようとマンションの外に姿をあらわすと、郷鍈治以下の三光組の連中が取り囲みます。

「うちの社長がおまえに礼をいいたいそうでな、ちょっとつきあってくれ」といって銃を突きつける郷鍈治に、ジョーは「こんなところで撃つ気か、交番は近いし、アパートの真下だし」といいます。

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車に押し込まれたジョーは、そのまま向こうのドアから飛び出し、自分が落としたショットガンを拾って、窓から顔を突き出した郷鍈治に銃口を突きつける、という「籠抜け」をやってのけます。そして、こんどは郷鍈治が「撃つなら撃ってみろ。交番は近いし、アパートの真下だし」とやり返します。

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形勢逆転、優位に立ったジョーは、おもむろに「じゃあ行こうか。ちょうど、おまえらのボスと会いたかったんだ」と、三光組に乗り込みます。

話とは関係ないことですが、建物の正面には(スペルはまちがっているものの)「マンション」と書いてあるのに、セリフのなかでは「アパート」と云っています。つまり、1963年には「マンション」という変な外来語がまだ定着していなかったことを示しています。わたし自身の記憶でも、この言葉を頻繁に聞くようになったのは数年後のことです。

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Tではなく、Sなのだが……。

◆ 再び画面の多重化 ◆◆
野本興業と対立する三光組の事務所は、野本興業のナイトクラブとは対照的に、古めかしくデザインされていますが、それでもやはり、鈴木清順映画らしい奇妙なセットになっています。

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スクリーンショットではわかりにくいかもしれませんが、つまり、三光組の事務所は映画館のなか、スクリーンの裏側にあるという設定なのです。だから、壁のかわりにスクリーンがあり、向こう側からプロジェクトされた映画が「裏返しに」見えているのです。

クライテリオン版3/9

ここでもまた、鈴木清順は画面を縦方向に多重化し、芝居に立体感をあたえているのです。なんて批評的言辞を弄すると、監督は「客が眠らないようにちょっと驚かせようとしただけだ」と笑い飛ばすでしょうけれど!

野本興業のナイトクラブ同様、鈴木清順はこの環境をうまく芝居に利用します。社長(信欽三)とさしで話がある、といって、ジョーは手下どもを事務所から追い出します。すっかり顔をつぶされた郷鍈治は頭に血をのぼらせ、ドアのガラスの割れ目からジョーを撃とうと、狙いをつけます。

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そして銃声がするのですが、

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スクリーンに投影された銃口のクロースアップ

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最初は洋画だったのだが、いつのまにか二本柳寛が出演する邦画(たぶん日活アクション)になっていた。

それはいま上映中の映画のなかの出来事なのです。これで気勢を殺がれた郷鍈治は、結局、ジョーを撃つことができず、ジョーのほうは信欽三と合意に達し、野本興業の情報を三光組に流すことを約束します。

ここまでくると観客は、この映画がダシール・ハメットの『血の収穫』パターン、つまり黒澤明の『用心棒』パターンになっていく可能性を頭の隅に置きます(よけいなことだが、セルジオ・レオーネの『荒野の用心棒』は、この時点ではまだつくられていない)。

いや、そんなことはどうでもよくて、重要なのは、野本興業のキャバレーと、この三光組の映画館裏の事務所で、鈴木清順はきわめて純度の高い映画表現を試みたことです。ティーネイジャーでも、へえ、と思ったくらいなのだから、この映画を見た一握りの評論家たちが、この監督に注目したというのも、ごく当然のことだと思います。

さらに、このシークェンスでもまた、小さな工夫、「係り結び」のような処理もしています。ジョーは、堂々と引き上げて、万一、野本興業の人間に見られるとまずい、といって、信欽三を盾にして出て行きます。案の定、外には、ジョーが郷鍈治たちに囲まれて車に乗ったのを目撃した江角英明がいて、おまえのことだから大丈夫だろうと思ったけれど、いちおう加勢に来てみた、といいます。

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「完全暖房」というのがいい! たしかに、昔、こういうフレーズを暖房、冷房、どちらに関しても見た記憶がある。上映中の映画は『ガールハント』となっている。リチャード・ソープ監督、スティーヴ・マクウィーン主演の1961年の作品だとか。見た記憶なし。

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この映画の鈴木清順演出は、このように、「やりっぱなし」にせず、うまいプレイヤーがインプロヴィゼーションの最後の小節をきれいにまとめるように、きちんと「畳んでおく」ところが冴えています。

今夜は短く切り上げ、川地民夫の見せ場と、これぞきわめつけ鈴木清順といいたくなる、コントラヴァーシャルなシーンについては、次回に繰り越します。


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野獣の青春 [DVD]
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日活映画音楽集~監督シリーズ~鈴木清順
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by songsf4s | 2010-09-05 23:53 | 映画
鈴木清順監督『野獣の青春』(1963年、日活)その3

たとえば「ユーザー様」などという表現をよく見受けますが、こういうのを見ると、戦後日本語教育の退廃が行き着いたどん底のヘドロに顔を突っ込んだような気分になります。行きすぎた尊敬表現は、侮蔑も同然です。「ユーザーの皆様」「ユーザーの方」で十分でしょうに、なんだって「ユーザー様」などという汚い表現を使うのかと思います。

ウェブでとくに目立つのですが、公的人物を論評するときに、知人であるかのように敬称をつけるのも、「ユーザー様」に類似した敬意表現の混乱です。しかし、もはやわたしのように、公的人物には敬称をつけないという原則に固執するほうが少数派です。敬意表現は、適切な対象に、適切に使わないと、目的と役割を喪失し、無価値なものへと失墜します。やがて「さん」も「様」も、なんの意味ももたなくなることでしょう。

しかし、こういうことにも灰色領域があるなあ、と今日は考え込んでしまいました。

今朝、ウェブにフックアップしてメールチェックしたら、ツイッターからの「玉木宏樹があなたをフォローし始めました」という知らせが先頭にあって、瞬時にして目が覚めました。この「玉木宏樹」とは、「あの玉木宏樹」にちがいない、と即座に思いましたが、もちろん、すぐにプロフィールを確認しました。やはり、ヴァイオリニスト、作曲家のあの方でした。

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とりあえずフォローさせていただき、それから、いやはや、と困惑しました。ツイッターでちょっと『猛毒!クラシック入門』のことを書いたからこうなったわけで、映画音楽のことは書きにくくなり、今日は無ツイートの一日になりました。

『猛毒!クラシック入門』に関するツイートが契機になったにすぎず、このブログまではご覧になっていないでしょうが(しかし、ご存知のように、ツイッターのプロフィールからウェブサイトやブログにたどり着ける)、今後、敬称なしをつづけるのか、敬称をつけるべきなのか、とりあえず判断しかねて、立ち往生してしまいました。知り合いというには縁が薄すぎるし、フォローし、フォローされている以上、まったくの赤の他人ともいいにくく、どうすりゃいいんだ、です!

◆ 縄張荒らし ◆◆
敬称問題は判断停止のまま、今日はまた『野獣の青春』をリジュームします。前回まで三回連続でやった「夏の終わりの歌」は、まだいくつかあるので、例によって時間がとれなかったときの「雨傘」として、予告なしに復活させるつもりです。

さて、『野獣の青春』です。前回は、ジョーが自分を売り込みに行って、小林昭二ボスに会うところまで書きました。

ジョーは野本興行で働くことになり、江角英明が相棒兼お目付役を命じられますが、ガン・マニアの江角は、ジョーにライフルをもらって、あっさり懐柔されてしまいます。

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ジョーが「会社」から割り当てられたマンション。でも、スペルが……。

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最初の仕事は、不動産屋の山田禅二から300万の金を取り立てる(手形のサルベージと示唆される)というものでしたが、山田禅二が保護料を払っている、野本興業とは対立する三光組の人間に気づかれ、ジョーは入口をふさいで敵の侵入を食いとめますが、物干し台にあらわれた郷鍈治に銃を向けられ、手を挙げることになります。

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宍戸錠、郷鍈治の兄弟が同じ映画に出演したのは珍しくないと思いますが、この映画ほど二人がからむものはほかに記憶がありません。いや、そのことはまた改めて書くとして、ジョーと江角英明が「仕事」に出かけるときに流れる4ビートの音楽を切り出してみました。ものすごく短いキューですが、こういうちょっとした音楽が、この映画のグッド・グルーヴに寄与しています。

サンプル 奥村一「縄張荒らし」

ジョーが抵抗できなくなると、入口から三光組の連中がなだれ込み、ジョーに殴りかかりますが、そのとき、郷鍈治が「やめてくれ!」と叫びます。登場人物同様、観客も、なんだって郷鍈治がそんなことをいうのかと思います。

再度、郷鍈治が叫ぶと、やっと三光組の組員もジョーを殴る手を止め、郷鍈治のほうをふりかえります。物干し台においた椅子にまたがり、表情を強ばらせた郷鍈治が、ゆっくりと視線を下にやると、彼の股間を江角英明のライフルが狙っている、というコミカルな逆転劇で、ジョーと江角英明は山田禅二から300万をせしめます。

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この恐喝シークェンスも、アイディアも豊富に投入されていますし、テンポもよく、文句がありません。

クライテリオン版2/9

◆ もうひとりのサイコパス ◆◆
場面一転――。いきなり、床を這ってもだえ苦しむ女が登場し、まだ顔の見えない男に向かって、ヤクをくれ、と懇願しています。女が椅子のラシャをかきむしってしまうところが、清順らしいダメ押し演出です。

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男は薬包をひらひらさせながら、女をあやつり、もっと稼がないとダメよ、と女言葉で脅します。

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日活ファンは、まだ顔の見えないこの男が、川地民夫であることに、ここで気づきます。

宍戸錠もインタヴューで、この映画でもっとも印象に残ったのは川地民夫の演技だといっているくらいで、『野獣の青春』での野本秀夫役(小林昭二ボスの弟)は、川地民夫畢生の名演です。

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いや、つらつら考えてみると、『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』のサディスティックなギャング・真部役も、『花と怒涛』のマントの刺客・吉村健二役も、『東京流れ者』の最後はやけどで顔面ただれてしまうサイコパス的刺客・辰造役も、鈴木清順映画はみな、川地民夫の代表作といえます。

いずれがアヤメかカキツバタ、甲乙つけがたい出来なのですが、でもやはり、一本選ぶならば、最後まで大活躍する『野獣の青春』でしょう。しかし、ここでは、ゲイっぽい(昔の「シスターボーイ」という言葉のほうがふさわしいかもしれない)うえに、サディスティックな性格だということが暗示されるに留まります。

◆ 今日は法事があってね ◆◆
ボスの家にもどったジョーは、川地民夫を見て、なぜか追いかけますが、逃げられてしまいます。

江角英明とともに、サルベージしてきた金を小林昭二ボスにわたし、ボスはそのなかから、契約金として100万をジョーにあたえます。ジョーは遊びに行こうという江角英明の誘いを、「法事があってね」と断ります。

これが渡り鳥シリーズなら、「どうも野暮用が多くていけねえ」といういつものシャレのヴァリエーションかと思ってしまうところですが、つぎのショットでは、警察関係者が一室に集まっていて、未亡人(渡辺美佐子)が給仕をしています。

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これで、タイトルバックで死体になっていた刑事の四十九日の法要なのだとわかり、そこにジョーがあらわれて焼香します。「法事があってね」がシャレでもなんでもないところがかえって可笑しくて、わたしは毎度、殊勝に焼香するジョーを見るたびにニヤニヤしてしまいます。

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しかし、あとでわかるのですが、このさりげない法要のシーンは大事な伏線の役割を負っています。まあ、未亡人は渡辺美佐子が演じているので、ちょい役ではないだろうと当たりをつけられるのが、良くも悪くもプログラム・ピクチャーというものですが。

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青い玄関(!)と赤い椿。まさに鈴木清順。

ジョーは香典を置くだけで、時間がないからと精進落としは断って、そそくさと帰りますが、未亡人の家を出たとたん、向こうから会いたくない人物がきたらしく、道を引き返してきます。

クライテリオン版3/9

このあたりで、ジョーがただのギャングではないことはわかるものの、では死んだ警官とどういう関係なのかはまだ明確にされません。起承転結の「転」、ヒーローは見た目の通りの人物ではないのだよ、という暗示です。

◆ 娯楽の本道を行く ◆◆
ジョーはどこかの駐車場で、えー、こういうものを指す一般名詞はなんなのか、よくわからないのですが、出張なんとかなどといわれる売春形態がありますね、ああいうものの広告ビラを集め、女を呼びます。

しかし、ジョーは、女に警官の心中事件の新聞記事を見せ、この女はおまえの同僚ではないかときき、否定の返事をもらうと、金を渡してそのまま帰します。

ここまでくれば、どういう立場にあり、どういう背景をもっているのかはいまだ明確ではないものの、主人公がいま追っているのは、この警官と娼婦の無理心中事件の真相であり、野本興業に自分を買わせたのも、その調査の一環なのだということがはっきりします。

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改めてこの秀作を見直して、ここまでの展開のうまさに溜息が出ました。『ツィゴイネルワイゼン』や『陽炎座』のせいで、鈴木清順はお芸術方面から高く評価されるようになってしまいましたが、日活首脳陣にもうすこし目があり、鈴木清順がほんのすこし早く監督になっていれば、すぐれたプログラム・ピクチャーの作り手として、舛田利雄と同じリーグの人とみなされるようになっただろうと思います。

いや、舛田利雄よりずっとうまいですからねえ、『赤いハンカチ』を撮らせたかったと思うほどです。海外の監督でいえば、ドン・シーゲルあたりが比較の対象にはもってこいで、『ダーティー・ハリー』だって、鈴木清順はみごとに撮ったにちがいありません。

いや、冗談ではなく、だれが撮ったか名前は忘れて、無心に『野獣の青春』を見れば、「この人、石原裕次郎はなにを撮ったの? なにも? じゃ、つぎは裕次郎主演の正月映画を撮ってもらおうよ」といいますね。

あの時代の日活に、これほどうまく娯楽映画を撮れる監督はほかに見あたりません。どのシーンも手抜きナシ、客が眠らないように、考えに考えて工夫を凝らしています。まったく、人の運というのは摩訶不思議です。


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野獣の青春 [DVD]
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日活映画音楽集~監督シリーズ~鈴木清順
日活映画音楽集~監督シリーズ~鈴木清順


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by songsf4s | 2010-09-04 23:53 | 映画
鈴木清順監督『野獣の青春』(1963年、日活)その2

鈴木清順がインタヴューでいちばん多く発する語は「つまらない」「退屈」ではないでしょうか。「なぜ襖が倒れた向こうが赤いのですか?」「ただの黒い夜じゃあ当たり前すぎてつまらないからね」という調子で、映画の根本原理とは、すなわち、客を退屈させないこと、といわんばかりです。

というか、鈴木清順がつねに目指したのは、まさにそれ以外のなにものでもありません。日活時代に、意識的にアーティスティックな表現をしようと思ったことなど、一度もないでしょう。アーティスティックに見えるとしたら、「客をおどかそう」とあれこれ工夫したことが、結果的に、偶然、娯楽の向こう側に突き抜けてしまっただけです。

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ふつうの表現をしていては、客は退屈してしまう、つねに意表をつかなくてはいけない、という強迫神経症の症状が明白にあらわれた最初の鈴木清順映画は『野獣の青春』でしょう。

◆ 赤と緑 ◆◆
小津映画をからかったようなタイトル文字ではじまる『野獣の青春』は、オープニング・クレジットからすでに常道、すくなくとも日活アクションの習慣を踏み外しています。

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モノクロの絵に緑の文字を載せていますが、このモノクロとカラーの組み合わせ自体も例外的なうえに、緑色の文字をオープニング・クレジットに使った例というのも、ほかに記憶がありません。

日活以外でもあまり記憶がなく、ヒチコックにそういうのがあったと思ったのですが、こんなぐあいでした。

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文字を緑色にしたわけではなく、MGMを緑色に塗り替えてしまい(盤でいえば、超大物用のスペシャル・レーベルというところか)、つぎのタイトルとマッチさせているのです。緑色のクレジットというにはちょっとズレるかもしれませんが、思いついたのはこの『北北西に進路を取れ』だけでした。

鈴木清順がヒチコックを意識していたかどうかはともかく、『野獣の青春』では、開巻早々、後年、ファンを圧倒することになる清順独特の、観客を驚かせる色遣いが見られます。

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クレジットの背景で、すでにドラマははじまっています。連れ込み宿の男女の死体を検死する警察官の会話があり、遺書が見つかって、女のほうから仕掛けた無理心中か、という刑事の判断が示されます。この男は何者だろうと上級捜査官がいうと、部下が被害者の所持品から警察手帳を見つけ、死んだ男は警察官だとわかります。

このシークェンスでも、また清順の色へのこだわりが見られます。

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椿でしょうか、モノクロの画面のなかの赤い花にわれわれはギョッとします。同様の例としては、黒澤明のモノクロ映画『天国と地獄』に登場する赤い煙があります。ともに1963年封切りですが、『天国と地獄』が3月1日、『野獣の青春』が4月21日だそうです。

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◆ はじめはヘンリー・マンシーニ風に ◆◆
『野獣の青春』は、鈴木清順作品のなかでもっともテンポの速い映画でしょう。タイトル直後、一転してカラーになってからのシークェンスなど、じつに軽快で、すっと話に入れます。

野獣の青春 オープニング・シークェンス


はじめからちゃんと見たい方は、以下のエンベッド不可クリップをYouTubeでどうぞ。

クライテリオン版1/9

とりあえず意味はまだわからないのですが、宍戸錠扮する男が、街角にたむろっているチンピラをあっというまに「掃除」し、パチンコ屋でまたチンピラを片づけ、ナイトクラブでボーイを脅す、というところまでです。

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ここで流れる曲が、いちおうテーマと考えられるので、サンプルをアップしておきました。

サンプル 奥村一「暴れ者のテーマ」(『野獣の青春』より)

編成、サウンドはビッグバンド・ジャズ、ドラムがライドを4分で刻んでいるせいで不明瞭になっていますが、管とベースのリックは4ビートではなく、8ビートです。なんだかどこかで聴いたようなリックだなあ、と思いました。ヘンリー・マンシーニのPeter Gunn Themeの律儀なストレート・エイスのリックから、いくつか音符を間引いて、ちょっとスピードアップした、といったところでしょう。あちらもビッグバンド・サウンドなので、その意味でもよく似ています。

どうであれ、これはなかなか盛り上がるサウンドで、速い映像の語り口とあいまって、観客をドラマに引きずり込むのにおおいに貢献しています。

◆ ドラマの多重化、視覚の多重化 ◆◆
鈴木清順の本領が発揮されるのは、この直後からです。宍戸錠がおおぜいの女をはべらせて飲みはじめます。最初は音がしているのですが、同じ状況をべつのアングルから捉えたショットでは、音声が消えます。

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観客は一瞬戸惑いますが、やがて、マジック・ミラーをはさんだ事務室の内部にキャメラが移動したこと、そして、事務室では音が遮断されていることを理解します。

マジック・ミラーの向こうでは宍戸錠を中心にした無言劇がつづき、こちら側では、金子信雄、香月美奈子、上野山功一といった悪党と悪女が、この客の派手な金の使いっぷりを噂しています。「ただ撮ったのではつまらない」という鈴木清順の映画作りの根本理念(というとアーティスティックになってしまうから、「根本衝動」あたりのほうが適切かもしれない)が、じつに端的にあらわれたシークェンスです。

そこへ、宍戸錠にのされたチンピラが報告にあらわれ、金子信雄は、やったのはあいつか、とマジック・ミラーの向こうにいるジョーを示し、チンピラは、「あ、あ、あの野郎です」と肯定します。

最前から、チップを突き返したり、なにか悪態をついたりしていた女が、ふん、と向こうを向いたのが気に入らなくて、ジョーが女のドレスの背中にアイスバケットのなかの氷をあけてしまう、という無言劇が見え、そこへ上野山功一たちが店内にあらわれ、声は聞こえないものの、ジョーに「お客様、こちらにおいでください」といったのがわかります。

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ジョーが、わかった、と立ち上がって歩きはじめたとたん、照明がすっと落ち、おや、ここで暗転か、と思うと左にあらず、フロア・ショウがはじまります。

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いやもう、街角の乱闘からここまで約5分、みごとな展開で、アクション映画はこうでなくちゃ、とただただ感嘆します。

この「画面の多重化」は、たとえば、またしても黒澤明『悪い奴ほどよく眠る』の、車のなかから葬儀の容子を見るショットの「奥行きを使ったドラマの多重化」を連想しますが、あちらは困難な状況でパンフォーカスを実現したという、ひどく玄人っぽいレベルの力業であるのに対して、『野獣の青春』はケレン味たっぷりで、思わず手を叩きたくなります。

「縦方向への画面の多重化」については、また改めて検討することになるでしょう。

◆ オフビートなボス ◆◆
事務室に引っ立てられたジョーは、いきなり三下をのして、その銃を奪い、一瞬にして優位に立つや、俺を雇わないか、と金子信雄に持ちかけます。これで、やっとここまでのシークェンスの意味がわかります。

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金子信雄は、ボスに会わせてやると、ジョーを川のほとりの邸宅に連れて行きます。食堂に集まった悪党どもの描写も工夫の必要なところで、「野本興行」のボス(小林昭二)は、ドクター・ノオのようにペルシャ猫を抱いています。しかも、ジョーが部屋に入ってきた瞬間、いきなりナイフを投げつけたりしますし、話しぶりもやや女性的で、ギャングのボスというより、サイコパスという雰囲気です。

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ボスを演じる役者に、小林昭二という小柄な俳優を選んだのは監督自身かもしれないと感じます。タイプ・キャスティングなら、金子信雄でもいいし、日活には二本柳寛のように押し出しのいい悪役俳優もいたわけで、それをあえて小林昭二にしたのは、いかにも鈴木清順映画にふさわしいと感じます。

悪党のなかでほかに目立つのは三波(江角英明)で、「ちゃんとネクタイを締めろといっているだろうが」と小林昭二に怒られるところが愉快です。このボス、対立する旧弊なやくざとはちがう、われわれはビジネスマンである、という考えの持ち主なのです!

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ジョーと江角英明は、ガンマンどうし、素早く銃で相手を狙い、やめておこう、同時に銃を置こう、といいつつ、隠していたべつの銃を取り出し、結局、ジョーのほうが優位に立つ、というシークェンスを演じます。つぎの瞬間、ジョーが、こいつ、銃を隠しているな、という思い入れで、柳瀬志郎に跳びかかると、隠していると思ったはひが目、たんに片腕だというだけだった、などという仕掛けもつくってあります。

いや、ホントに忙しい映画で、まさしくnever a dull momentです。書いていて、鈴木清順の全作品のなかで、『野獣の青春』はもっとも高密度につくられていると改めて認識しました。焦ってもしかたないので、気長に、ゆっくり、ディテールを見ていくことにします。


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日活映画音楽集~監督シリーズ~鈴木清順
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by songsf4s | 2010-08-31 23:55 | 映画
鈴木清順監督『野獣の青春』(1963年、日活)その1

前回の「細野晴臣、松本隆、鈴木茂の『夏なんです』」では、久しぶりにtonieさん、キムラセンセという友人たちの揃い踏みになり、やっぱり、このへんになると、みなさん一言も二言もあるのだなあ、とニヤニヤしました。

ご両所、やはり世代がちがうので、距離の取り方が明確に異なっています。tonieさんにとっては、大滝詠一と細野晴臣は、どっちがどうだというような存在ではない、というのは、なるほど、そうなんだろうなあ、です。切り離して、どっちが好ましいのと、そういう見方はしないのだと納得しました。

キムラセンセとわたしは同年代なので、センセのおっしゃりたいことは、わたしがいいたいことに近似しています。この数日、人の悪口を言うのはやめよう、気に入らないものには口をつぐむにかぎる、いつまでも喧嘩腰でものを書いていると、後生が悪い、と考えるようになったので(「後生鰻」という噺を思いだしたりして! あのサゲはすごい!)、当時、細野晴臣のヴォーカルについてどう感じていたかは、できるだけ婉曲に書いたにすぎず、じつのところ、おおむねセンセと同じように感じていました。ライヴで歌わなかったのは、ご本人も、われわれと同じように感じていたからだろうと想像します!

センセも同じように変化されたようですが、ここからが時間経過の玄妙さ、シンガーとしての資質に恵まれた大滝詠一に対する関心はやがて薄れ、当時は「素人の余技」のように思っていた細野晴臣の歌のほうが、ずっと近しいものに感じられるようになるのだから、長く生きてみるもの、というか、長生きなどするとろくなことはないというべきか、言葉に詰まるわが感覚の妙なる変化であります。

さっき、散歩していて、細野晴臣の歌のことを考えていたら、だれかべつの人の顔がボンヤリと脳裡に浮かんできました。なんだなんだ、なにがいいたいんだ、と自分をせっついたら、バンと映画タイトルが出ました。『戸田家の兄妹』。小津安二郎の太平洋戦争直前の映画です。

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その映画のなにが問題かというと、佐分利信の台詞まわしです。これがとんでもない棒読みなのです。そういえば高倉健も、若いころは赤面するような台詞まわしでした。たぶん、それがかえってよかったのです。スターには、脇役のような技術はいりません。佐分利信や高倉健が大成したのは、技術ごとき瑣事に煩わされない大きさがあったおかげでしょう。小津安二郎が、大根といわれていた原節子のことを、けっしてそんなことはない、と擁護したのも、つまりはそういうことでしょう。技術は杉村春子にまかせておけばいいのです。

細野晴臣のぶっきらぼうな「棒読みスタイル歌唱」は、些末な技術とはもっとも遠いところにある、なんらかの価値を秘めていたのだと思います。秘められちゃっているのだからして、われわれが(そしてご当人も!)その魅力の「発見」に手間取ったのも、まあ、無理もないことだったのではないでしょうか。

◆ 「青春」とはなんだ! ◆◆
さて、本日からまたしばらくのあいだ、恒例の鈴木清順映画です。

『野獣の青春』の英訳題はYouth of the Beastというのだそうです。なんだか落ち着きの悪いタイトルだなあ、と思ってから、それをいうなら、そもそも日本語の原題からして、イメージ喚起力のない、不出来なタイトルなのだということに思いいたりました。

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では、内容がそういうものだから、やむをえずそういうタイトルが選ばれたのかというと、これがそうでもないというか、ぜんぜん無関係じゃないのかなあ、という話なのです。まあ、主人公を「野獣」と呼ぶのは、べつにけっこうだと思います。でも、青春のせの字もないでしょう、この映画には。

やっぱり、宣伝部が「タイトルに愛、青春、哀しみ、このどれかが欲しい」とかなんとかくだらないことをいったのじゃないでしょうか。で、たぶん、企画段階では、この映画の原作者・大藪晴彦の大ベストセラー・ハードボイルド小説(というより、ヴァイオレンス小説と呼ぶべきだろうが)『野獣死すべし』にならって、たとえば『野獣の復讐』などといっていたものに、突然、どこからともなく「青春」があらわれ、取り憑いてしまったのではないでしょうか。かくして、意味不明タイトル一丁あがり。

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日活時代、鈴木清順監督がタイトルを決めた映画というのはあるのでしょうか。まあ、撮影所のメカニズムからいって、その可能性はほとんどないだろうと思います。だって、企画は上から下りてくるものであって、せいぜい、複数の企画のなかからどれを選ぶかの自由しかなかったのだから、タイトルを選ぶどころではないでしょう。

ここからは、あとで書き加えているのですが、タイトルについて、鈴木清順監督と主演の宍戸錠のご両人が、インタヴューでふれていました。やっぱり、だれもが「どうして『青春』なんだろう」と思うのでしょう。

まずエースのジョーはいきなり、つぎのようなスクリプトを示しました。

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これがオリジナル・タイトルだったそうです。たしかに、このほうがまだしも内容に即しています。清順監督はどうかというと、なぜこのようなタイトルになったのだ、ときかれて、わたしが想像したとおり、「さあ……」とおっしゃっていました。会社が決めることだから、監督は興味がないのです! プログラム・ピクチャーですからね。最後に「まあ、日活は若者のための映画をつくっていたから」と笑っておしまい!

◆ 「清順ぶり」の発現 ◆◆
学齢前から小学校にかけて、そうとは知らずに見た映画はべつとして、鈴木清順という監督の名前を覚えてから最初に見たのは、『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』です。この映画がおおいに気に入ったので、1972年2月終わりから3月にかけての、池袋文芸座地下での、鈴木清順シネマテークに行くことにしました。

『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』に興奮したティーネイジャーにとって、あのシネマテークで見た20本のうち、期待したものにもっとも近かったのは『野獣の青春』でした。『くたばれ悪党ども』と同じ年につくられ、同じく宍戸錠が主演するアクション映画でした。

野獣の青春 trailer(英語字幕)


日活時代、鈴木清順が注目されることはほとんどなかったようですが、あとから読んだものによると、一部の評論家が、この監督はなにかをやろうとしている、とはじめて感じたのは、この『野獣の青春』のときだったそうです。同じ年に製作された、同系統の『くたばれ悪党ども』ではないのです。

たしかに、自分の好みを棚上げにして、演出という側面で見ると、『野獣の青春』のほうが、ハッとさせられる瞬間が多くあります。『くたばれ悪党ども』にも魅了されるショット、シークェンスはあるのですが、一歩ひいて、作品史として見るならば、太字で書くべきはやはり『野獣の青春』でしょう。

今日はまったく時間が足りず、まだなにも書いていないに等しいのですが、例によって「予告篇」というこことで、次回から本格的に『野獣の青春』で噴出しはじめた「清順ぶり」のディテールを見ていこうと思います。


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by songsf4s | 2010-08-30 23:58 | 映画
一対一のブルース by 西田佐知子(日活映画『拳銃無頼帖 抜き射ちの竜』より その2)
タイトル
一対一のブルース
アーティスト
西田佐知子
ライター
梅本たかし、望月弘
収録アルバム
西田佐知子歌謡大全集
リリース年
1960年
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前回もちょっとふれましたが、『拳銃無頼帖 抜き射ちの竜』のスコアを書いたのは山本直純です。コンダクトも作曲者自身である可能性が高いと思います。

テレビのレギュラー番組をもっていたり、CMに出演したりしていて、なんだかよくわからない印象のある人ですが、山本直純の日活アクションへの貢献は大きく、まだ評価があがっていくだろうと思います。

こういうことというのは半分は運不運なのですが、山本直純がたまたま鈴木清順監督の『殺しの烙印』のスコアを書いたというのは、いまになってみればきわめて重要です。『殺しの烙印』は、映画のみならず、スコアとしても海外にファンがたくさんいるからです。

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われわれの目から見れば、いくぶんバランスを失しているのですが、どうであれ、Naozumi Yamamotoの名前を忘れても、Seijun SuzukiのBranded to Killのスコアを書いた作曲家、といえば通じてしまうというのは、やはりおおいなる強みです。伊福部昭が海外でも有名なのは『ゴジラ』のおかげであるように、多くの人が見た映画のスコアを書いたというのは、名刺がわりになるのです。

もちろん、いくら有名な映画のスコアを書いても、それがつまらなければ一顧だにされません。まだ現在のようなフルスコアのCDがリリースされる前に、映画から音楽を切り出してブートの殺しの烙印OSTを配布していたサイトがありましたが、そういうファンがいても不思議はないほど、『殺しの烙印』のスコアは印象的です。フルスコアのCDのリリースは遅きに失したというべきでしょう。

◆ 山本直純とは何者ぞや? ◆◆
山本直純が不思議なのは、メディアを通じたパブリック・イメージだけではありません。スコアを聴いても、どういうバックグラウンドの人なのか、想像がつかないのです。『殺しの烙印』は、『死刑台のエレベーター』ほどではないにしても、ほぼ純粋な4ビートのスコアで、その点が海外でも人気が高い理由のひとつになっています。

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『殺しの烙印』のスコアを聴くと、もともとはジャズの人か、なんていいそうになるほど、4ビートの楽曲に違和感がありません。では、『拳銃無頼帖 抜き射ちの竜』はどうか? 基本的なトーンはラテンです。

この二本の映画スコアを聴いても、芸大で伝統音楽の作曲と指揮を学んだというバックグラウンドは浮かんできません。そのへんが、確固たる「自分の音楽」があり、それが映画スコアにも反映された武満徹とはまったくちがうし、伊福部昭ともタイプの違う映画音楽作曲家です。しいていうと、佐藤勝の系統というべきヴァーサティリティーの持ち主といえるでしょう。

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クラウンにルノーに果てはオート三輪とくるのだから、ロケ・ショットは車を見ているだけでも楽しい。

でも、佐藤勝にはまだ「本籍は伝統音楽」という感触があるのに対して、山本直純は「本籍なし」という印象を受けます。『殺しの烙印』と『拳銃無頼帖 抜き射ちの竜』の二本なら、なんとなくある「集合」に収まる感じがするのですが、ここに『男はつらいよ』なども加わるわけで、そこから芸大出の伝統音楽作曲家の像を結べといわれても困ります。

要するに、山本直純というのは「そういう人」なのでしょう。たまたま音楽を職業にするには芸大出身は便利だったのであり、たまたま上野の音楽学校には「ユニヴァーサル音楽科」という学科がなかったので、伝統音楽を選択しただけなのだろうと思います。そして、映画音楽ほど強い雑食性のあるユニヴァーサルな音楽ジャンルはなく、ちょうどうまくこの作曲家のキャラクターがはまりこんだのでしょう。

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『東京流れ者』同様、基地の町が使われているが、この映画では福生で撮影されたショットが出てくる。

◆ ラテン対位法 ◆◆
順番なので、スコアの一番手はメイン・タイトルです。

サンプル 「Main Title」

アヴァン・タイトルの撃ち合いに決着がついたところで、タイトルがはじまり、その文字の「下敷き」になって、赤木圭一郎が病院に搬送され、苦しみ、治療を受けている映像につけられた音楽です。この曲はラテン・タッチはなく、いわば「日活調」とでもいうべきムードになっています。

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タイアップというのはいまでも広くおこなわれているが、昔は露骨だった。香月美奈子が赤木圭一郎の前でストッキングを穿くと……。

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赤木圭一郎は香月美奈子が放り出したストッキングの袋を取り上げて引っ繰り返し……。

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「へえ、三枚入りかい」などとよけいなことをいう!

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「そうよ。一枚がダメになってもスペアがあるから便利なの」と香月美奈子。いまになると、こういう映画内コマーシャルも楽しく見られる!

二曲目は典型的なラテン、といっても、マンボなんだかチャチャなんだか、わたしにはよくわかりません。「疑似ラテン・ア・ラ・ニッカツ」といっておきましょうか。

サンプル スコア「Two Killers」(仮題)

映画から切り出したので台詞が多くて失礼。でも、台詞入りは台詞入りで楽しいのではないでしょうか。西村晃の中国人ギャングの命令で、宍戸錠と赤木圭一郎が、二本柳寛扮する日本人ギャングを殺すシーンの音楽です。

この映画のスコアのなかで、わたしはこの曲がいちばん好きです。曲の善し悪しよりも、こういう殺しのシーンなら、たいていの人は、遅めで、音数の少ない、サスペンスフルなサウンドをつけるでしょう。それなのに、山本直純は軽快なラテン・ミュージックを選んだわけで、こういう対位法こそが映画音楽のもっとも重要で基本的なテクニックです。

以前にも書きましたが、ヒチコックのたしか『逃走迷路』で、夫が死んだことをその妻に知らせに行くと、その家ではラジオから軽快なダンス・ミュージックが流れていて、訪問者はその音楽をバックに、ご主人が亡くなりました、と告げるシーンがありました。テレビ放映の日本語版では、ここに静かな音楽を入れていて、なにやってんだ馬鹿野郎、音楽監督の意図がぶち壊しじゃないか、と怒り狂いました。カウンターは芸事万般に通じる基本理念なのですが、それがわからない野暮天もたくさんいるのです。

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ピントが浅丘ルリ子ではなく、ジューサーにいっているこのショットもタイアップくさい。そもそもひとり暮らしの浅丘ルリ子がこんなにジュースを飲んではいかんと思う!

◆ 「ゼロの女」 ◆◆
こんどはスコアから離れ、もうひとつの挿入曲、西田佐知子の「一対一のブルース」をどうぞ。

西田佐知子「一対一のブルース」(映画ヴァージョン)


西田佐知子「一対一のブルース」(盤)


映画のクレジットでは「佐智子」となっています。まちがいではなく、初期はこの文字を使っていたようです。じっさい、この曲はごく初期の録音のようですが、どうも、三種類のヴァージョンがあるようで、わけがわかりません。ノーマルなスタジオ録音が50年代のものと62年のシングル用のものがあり、そのあいだに、1960年の映画ヴァージョンがある、ということのようです。いや、まちがっていたら、訂正をお願いします。わたしにはよくわからないのです。

おわかりでしょうが、この時点ではまだ「コーヒールンバ」も「アカシヤの雨」も生まれていなくて、要するにただの「西田佐智子」だったのであり、「西田佐知子」というスターになる以前の歌なのです。

わたしは、子どものころは歌謡曲が好きだったのです。その「歌謡曲」とは、たとえば、こういうムードの曲のことです。あの演歌なる代物はどこから湧いてきたのでしょうか。あれとビートルズが表裏をなして、わたしは音楽としての日本を「退去」するハメになりました。日活映画には、演歌がのさばる以前の正しいニッポン大衆音楽に出合えるという付録があります。

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あんまりジュースをつくりすぎたので……

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赤木圭一郎が飲みに来た、わけではなく……

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先日は失礼とわびに来たのだが……

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デート、のようなものに誘われてしまった。

それはさておき、いきなり話を小さくしますが、この「一対一のブルース」って曲は、なんともわからない歌詞になっていて、目がまわりました。

「一対一の恋をして」という以上、ほかに、「一対二の恋」とか「一対三の恋」とか「五対五の恋」とか「八対七の恋」とか、さまざまなパターンがあると、暗黙のうちに措定されているわけでしょう? それって「あり」なんでしょうか。わたしはいきなり混迷に陥りました。

やっぱり、ふつうは「八対七の恋」なんてものは存在しないと考えると思います。一対一ではないといっても、せいぜい「二対一」が関の山、「三対二」になると蓋然性のレベルはガタンと落ちます。なんだってわざわざ、一対一の恋などと、わかりきったことをいっているのでしょうか。

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西村晃扮する香港ギャングは銀座の洋装店の二階を根城にしているという設定が笑える。洋装店の名前が「ルガー」というのがすごい。そのとなりが中華料理屋というのはなんだか妙だが、ここに西村晃の子分である藤村有弘が巣くっていて、内部で二軒がつながっている。

ここで想像力と同情心をフルスロットルにしてみました。一対一とは「男女イーヴン」という意味かもしれません。でも、こっちの橋にも悪魔が待ちかまえています。「男女イーヴンではない恋」というのを措定しないと、この概念は成立不能です。恋において、男女がイーヴンではないとはどういう状況か、そこにたどりつくまえに、わたしの想像力は短絡しました。

それはともかく、わたしの耳は「ゼロの女」というフレーズにひっぱられて、ビヨーンと伸びましたね。わたしだったら、この曲には「ゼロの女」というタイトルを付けますよ。「一対一のブルース」なんていわれても、イマジネーションを刺激されません。

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潜入捜査官(草薙幸二郎)はトランペットを吹く! でも、背後を見ると、ドラムの配置が変。スネアが見えるところにあってはいけないし、ハイハットは20センチほど下げてもらいたい。

◆ ラヴ・テーマ、のようなもの ◆◆
さて、またまたrunning out of timeとなってきたので、以下、積み残したスコアをまとめてどうぞ。すべて映画から切り出したもので、台詞やらSEやらが入っていたりします。もちろん、タイトルもわたしが恣意的につけたものです。

サンプル スコア「Waterfront」(仮題)

サンプル スコア「Kinda Love Theme」(仮題)

サンプル スコア「Baby Let's Pretend」(仮題)

WaterfrontとKinda Love Themeは同じ曲です。一回で録ったもののべつの部分をそれぞれの場面に嵌めこんだのではないでしょうか。汎用性のあるムーディーな曲としてつくられたのでしょう。こういうクラリネットやハーモニカの使い方にも、日活らしいタッチが感じられます。なぜか、というところまでは考究しませんが。

ラズベリーズのヒット曲からタイトルを拝借したBaby Let's Pretendは、前出Two Killersと並ぶこの映画の代表的なラテン・タッチの曲です。チャチャ風のリズムとパセティックなトランペットの組み合わせが、いかにも日活らしいムードを生んでいます。

この曲の最後にバシバシ、バシッとSEが入っていますが、これは、恋人のフリをするために無理矢理キスをした赤木圭一郎を、浅丘ルリ子が張り倒した音です。ふつうなら一撃ですむはずが、二往復プラスだめ押しの一打という念の入れようで、しかも、一、二発ほんとうにあたったのではないかという、キツいビンタです。

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監督に指示されて、浅丘ルリ子は「そんなにぶつんですか?」と抵抗したのじゃないでしょうか。浅丘ルリ子ファンのわたしとしては、一発だけにしておいて欲しかったと思います!

日活アクションではめずらしいことではありませんが、『拳銃無頼帖 抜き射ちの竜』も、音楽が楽しい映画でした。いえ、日活アクションのスコアも、山本直純のスコアも、これが最後ではなく、またほかのものを取り上げることになるでしょう。

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by songsf4s | 2010-01-10 23:14 | 映画・TV音楽