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田坂具隆監督『陽のあたる坂道』(1958年、日活、美術・木村威夫、音楽・佐藤勝) その3
 
以前、山崎徳次郎監督『霧笛が俺を呼んでいる』をとりあげたときに、「木村威夫タッチのナイトクラブ」という記事を書きました。これに加えて、鈴木清順監督『東京流れ者』のクラブ〈アルル〉のデザインをご存知だと、木村威夫が1958年の『陽のあたる坂道』で、どういうクラブをデザインしたかを見る興趣はいや増すことになります。

◆ ジャズとウェスタン・スウィングのはざまで ◆◆
倉本たか子(北原三枝)は田代くみ子(芦川いづみ)が大好きだというジミー小池というシンガーのステージを見に行くことになります。目的地は銀座裏の〈オクラホマ〉という店です(原作も店の名は同じ。オクラホマなんて農業地帯じゃないか、ヒルビリーは盛んだったかもしれないが、音楽的な土地とはいえんだろうとあたくしは思うけれど、当時はこれで十分に「ヒップ」に感じられたのだろう)。

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先に申し上げておきますが、わたしは、この種の「ジャズ喫茶」には行ったことがありません。「この種」とはどういう種かというと、ライヴを主たるアトラクションとし、三桁の収容人員があり、50年代終わりから60年代にかけて、モダン・ジャズではなく、「ロカビリー」を売り物にした店、というタイプです。

わたしが知っている「ジャズ喫茶」は、いまでも残っているであろうタイプの、名曲喫茶が横にずれて、クラシックではなく、モダン・ジャズの盤をかけるようになった、ロックンロール・キッドには辛気くさくてかなわない店だけです。新宿に有名な店があり、いくつか行ったことがあります。

ロック系ですが、渋谷のブラックホークなんかも、静かに聴け、という教室みたいに馬鹿馬鹿しい雰囲気でした。あれを思いだすと、日本は音楽を楽しむ国ではないな、と腹が立ってきます。

ジャズ喫茶がどうしてロカビリーのライヴ・ジョイントに化けてしまったのか知りませんが、銀座のACB(あしべ)が、ノーマルなジャズ喫茶(つまり名曲喫茶のジャズ版および4ビートのライヴ)として出発しながら、途中で経営方針を変え、ロカビリー歌手を出演させて、大当たりをとったことから、名前と実態が乖離していったようです。

『陽のあたる坂道』の〈オクラホマ〉のシークェンスは、以上のような「ジャズ喫茶」の振れ幅の右と左を音楽的に表現しています。意図したものか、偶然の結果か、そこのところはわからないのですが。

まず、北原三枝と芦川いづみが店に入っていくときにプレイされている音楽を聴いてみます。

サンプル 佐藤勝「クレイジー・パーティー・ブギー」

いつもは恣意的にタイトルをつけていますが、これはGo Cinemania Reel 2という編集盤に収録されたときのタイトルです。佐藤勝と書きましたが、演奏しているのは、クレジットもされている平野快次とドン・ファイブだろうと思います。リーダーの平野快次はベース・プレイヤーだそうです。

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この曲、大人になって『陽のあたる坂道』をテレビで再見したときも、ちょっとしたもんだな、と思いましたが、年をとって聴くと、もう一段ランク・アップして、かなりのもんだね、と思います。やはり、ビーバップの影響なのでしょう。

ウォーデル・グレイとデクスター・ゴードンのMove (Jazz on Sunset)を連想しましたが、ウェスト・コースト・ジャズの震源であった、このコンボの曲も脳裏をよぎりました。ドラムはシェリー・マン、トランペットはショーティー・ロジャーズ。ちょっと音が悪くて相済みませぬ。手元のやつはもっとずっといい音で、もっとずっとホットなのですが。

Howard Rumsey's Lighthouse All Stars - Swing Shift


こういう、元々はダンス・チューンであったはずなのに、やっているうちにうっかりダンスの向こうに突き抜けてしまった、てな調子の音楽は、モダン・ジャズのうっとうしさとは対極にあって、じつに好ましい音に感じます。

平野快次とドン・ファイブの「クレイジー・パーティー・サウンド」に話を戻します。

ロカビリー歌手が出演しそうな雰囲気の「ジャズ喫茶」ですが、この音楽はロカビリーではなく、ストレートなジャズです。ドラムはミス・ショットもあるし、タイムもきわめて精確とは云いかねますが、やりたいことはよくわかりますし、ホットなところは好ましく感じます。ロックンロールとは異なり、ジャズではグルーヴの主役はベースなので、結果として、おおいに乗れるグルーヴになっています。

平野快次とドン・ファイブのプレイが終わると、MCがジミー小池、すなわち、くみ子が熱を上げているシンガーを紹介します。映像なし、音だけのクリップですが。

ジミー小池(川地民夫)「セヴン・オクロック」


歌詞の意味は映画の後半でわかるので、それまでは判断保留としてください。

川地民夫は、石原裕次郎の家の近所に住んでいたとかで(だから地元の逗子開成に通った。谷啓も逗子開成)、裕次郎がスタジオに連れてきて、日活が採用したという話が伝わっています。この映画が最初の仕事で、役名のファーストネームを芸名にしました。

歌は下手ですし、英語の発音も「うわあ」ですが、なんというか、役者の歌はこれでいいというか、肝が据わっている点はおおいに買えますし、まったく照れていないところも立派で、十分に楽しめる「音楽」になっています。素人にしては上々の出来。

そういっては失礼ですが、川地民夫、いい加減そうに見えて、さすがにこのときはロカビリー・シンガーのステージやエルヴィスの映画を研究したのじゃないでしょうか。歌手としての動きはそれらしくやっていて、その点もこのシーンを楽しくするのに貢献しています。スター・シンガーの雰囲気をしっかり醸し出しているのは、新人俳優としてはおおいに賞賛に値します。

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音楽。ロカビリーといっていいのでしょうが、そのまま平野快次とドン・ファイブがプレイしていることもあり、また8ビートではなく、速めのシャッフルでもあり(いや、ストレートな4ビートに近いか)、非常に折衷的な音に聞こえます。きわめてジャズ的なシャーシに、ポップな気分と楽曲とスタイルというボディーを載せた、といったあたり。

しかし、佐藤勝という人も、ほんとうにヴァーサタイルで、映画音楽のプロはこうでなくてはつとまらんのだろうと思いつつも、えれえオッサンだな、と呆れます。

クリップが削除された場合に備えて、映画から切り出したサンプルも念のために置いておきます。この曲も、「クレイジー・パーティー・ブギー」同様、Go Cinemania Reel 2に収録されています。この盤はもっていたように思うのですが、HDDには見あたらず、以下は映画から切り出したものです。

サンプル 川地民夫「セヴン・オクロック」

◆ 縦の視線 ◆◆
ここまで、田代家や倉本たか子のアパートのように、重要なセットが出てきても、あとでまとめて検討することにして、立ち止まりませんでしたが、〈オクラホマ〉のデザインについては、先送りせずにここで見てみます。

北原三枝と芦川いづみは、店内に入ると、直径の小さい螺旋階段を上って二階に行き、階下のステージに正面から向き合うあたりに席を取ります。これは演出しやすいようにデザインした結果、最適の場所はここと決まったのでしょう。

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ジミー小池=川地民夫がステージに上がると、この席の意味がはっきりします。倉本たか子は、くみ子が好きだというのはどんな歌手なのかという興味でこの店に来たのですが、彼が登場してみたら、同じアパートの「民夫さん」だったのでビックリ。その近所の坊主に向かってくみ子が「ジミー!!!」と叫ぶのでまたビックリ。

そのジミー小池は近所の「お姉ちゃん」が席にいるのを見つけて合図をし、たか子も小さく手を振り、それを見てこんどはくみ子のほうがビックリ、というのが、このシーンの無言劇です。

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キャメラは、二階席よりすこし高いところに置かれ、たか子とくみ子の背中とジミー小池の上半身を同じフレームに収めます。

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こういうすっきりしたショットが撮れたのは、やはり、二階席と、少し高めのステージという、セット・デザインのおかげです。一階席でステージを見上げるのでは、ほかの客が邪魔でしょうし、三人をきれいにフレームに収めるには、苦労することになったでしょう。映画美術とは、たんなる視覚的デザインではない、ということがここにはっきりあらわれています。

それはそれとして、たんなる視覚的なデザインとして見ると、このセットはどうでしょうか。まだ後年ほど木村威夫的特徴は出ていませんが、ストレートな、あるいはシンメトリカルなプランはせず、不規則にでこぼこさせるあたりは、いかにも木村威夫らしく感じます。

ステージもすこし高めにし、二階席を造って、縦に多重化することも、木村威夫的といえるでしょう。総じて、好ましいデザインなのですが、ご本人は、出来に納得がいかない様子です。

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「アイデアが多すぎるんじゃないかな。アイデアが。今ならもっと単純に考えるんじゃないかな。その当時は、あれもこれもという頭があったからね。でも白黒映画というのは、相当入り組んだことをしてもおかしくないんですよ。落ちついちゃうんだ。このままカラーで撮ったら見ちゃいられないですよ。色が氾濫しちゃって」

要素の詰め込みすぎという、よくある過ちを犯したというわけです。たしかに、ディテールの飾り付けの多くはないほうがいいかもしれませんが、あまり簡素にすると、大人のナイトクラブのようになってしまうでしょう。多すぎる要素はジャズ喫茶らしさを演出する一助になっているので、ちょっとうるさめの装飾も、悪いとばかりはいえないと思います。

とはいえ、白黒映画というのは落ち着いちゃうというのは、ほんとうにそうだなあ、です。前回ふれたスクリーン・プロセスも、白黒ならごまかしのきく場合があります。

二階席のジャズ喫茶というのは、ほかでも見たような気がします。調べがつかなかったのですが、銀座ACBからしてそうだったようですし、銀座の〈タクト〉という店も二階席があり、ステージは「中二階」と書いている人もいます。そのブログでは、渋谷プリンスという店は、ステージが二階と三階のあいだを上下に動いたと書かれています。ステージが回転して周囲の客に公平に顔を見せたところもあったとか。まるでワシントン・コロシアムのビートルズ!

木村威夫は、「遊んでいたころ」なので、多くの店を見たと回想していますが、やはり、そうした現実のジャズ喫茶をベースにして、このセットはデザインされたのでしょう。

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初見のときの感覚を思いだすのはむずかしいものです。しかし、三時間半というとんでもない長さの『陽のあたる坂道』が、それほど長く感じなかったのは、たとえば、この〈オクラホマ〉のシークェンスのように、出来のよい異質なものがうまくチェンジアップとして組み込まれているからではないでしょうか。

伊佐山三郎撮影監督も、この立体的なセットを生かそうと、そして、川地民夫の初々しさ、若々しさ、ワイルドなサウンドに絵を添わせようと、クレーンを大きく動かす撮影をしていて、この対話の多い映画に、異質な精彩を与えています。

そこまでは云わないほうがいいかな、とためらいつつ云います。この〈オクラホマ〉のシークェンスは、田坂具隆文芸大作映画に紛れ込んだ、日活アクション場面なのである、なんて……。


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by songsf4s | 2012-06-09 23:48 | 映画
田坂具隆監督『陽のあたる坂道』(1958年、日活、美術・木村威夫、音楽・佐藤勝) その1
 
この春から、当家が居候しているExciteブログの「リポート」の形式が変わり、以前やっていたような、アクセス・キーワード・ランキングのご紹介はできなくなりました。

はじめて「芦川いづみ」というキーワードがランクインしたときは驚いて、そのことを記事に書きましたし、そもそも、アクセス・キーワード・ランキングを公開しようと思ったのは、芦川いづみ登場にビックリしたからだったようにも記憶しています。

リポートの形式が変わったおかげで、どうやら、日々いらっしゃるお客さんの半数以上、おそらく3分の2ほどは、検索によっていらっしゃっているらしいことがわかってきました。

検索に使われているのは、むろん、グーグルが多いのですが、他のサーチ・エンジンも使われています。当家の記事が上位に来やすいのは圧倒的にグーグルなので、グーグルが多数派であるのはありがたいかぎりです。

逆に、他のサーチ・エンジンには冷遇されていて、gooなんかで検索すると、グーグルなら1ページ目に出てくるようなものが、いつまでたっても見あたらなかったりします。

まあ、gooで検索するというのは、わたし自身はめったにやらないからかまわないのですが、先日、たまたまgooが開いたので、「芦川いづみ」を検索してみました。

ちょっと驚きました。いつもなら、当家など存在しないかのごとくふるまうgooが、2ページ目に当家の「芦川いづみ」タグのページをあげたのです。

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以前にも何度か、芦川いづみで検索して当家にいらっしゃった方にお礼を申し上げました。ブックマークではなく、サーチ・エンジンを使ってくださると、上位にあがっていくので、今後ともよろしくお願いします、と。

じっさい、芦川いづみファンの方たちが、サーチ・エンジンで芦川いづみを検索して、当家にくるということを繰り返してくださったのでしょう。その結果、当家に冷たいgooですら、芦川いづみのキーワードで当家がヒットしたのだと思います。

じつにどうも、ありがとうございます>芦川いづみファンのみなさま。しつこくて恐縮ですが、今後とも検索のほど、よろしくお願いします。いえ、芦川いづみにかぎりません。どんなものでも、お気に入りのキーワードでどうぞ。

◆ 血の陰影 ◆◆
さて、その芦川いづみが出演した田坂具隆監督の『陽のあたる坂道』を、これから数回にわたって見ていこうと思います。

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といっても、あと一時間ほどしかテキストを書く時間は残されていないのに、どういう方向でやるのか、いまだ暗中模索で、例によって、走りながら考えよう、という不埒な心構えで取りかかっています。書いているうちに目処がつけばラッキー、下手をすると、スパゲティー状の混乱記事になるおそれありです。

しかし、田坂具隆の二つ前の映画である『乳母車』と同じように、美術は木村威夫なので、セット・デザインのディテールを検討するという方法があります。

また、音楽監督は佐藤勝で、例によって興味深いスコアや挿入曲もあるから、その面から見ていくという、当家のいつものやり方もできます。

原作も中学以来、何度か再読したことがあり、まだ文庫本が手元にあるので、小説と映画の異同を検討することもできます。

結局、たんに、ストーリーラインをどの程度まで追いかけるか、その匙加減だけの問題のようにも思います(楽観的すぎるぞ、と、だれかに云われたような気がする。空耳か)。

ということで、音楽、美術、撮影、原作との異同など、八方美人の虻蜂取らずで、右往左往としてみようと思います。

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まず外側のこと、データ的なことを少々。

当家ではすでに『乳母車』をとりあげていますが、この『陽のあたる坂道』は田坂具隆による、一連の石坂洋次郎原作、石原裕次郎、北原美枝、芦川いづみ出演映画の二作目にあたります。つぎの『若い川の流れ』と併せて三部作を形成している、その真ん中の映画です。

この三部作に共通するのは主要出演者ばかりでなく、美術の木村威夫、撮影の伊佐山三郎もレギュラーです。美術監督と撮影監督が同じだと云うことは、視覚的なトーンにも共通する味が生まれると、原則的にはいっていいでしょう。

石坂洋次郎は、はじめから「田代信次」というこの映画のキャラクターを、石原裕次郎のイメージで書いたのだそうで、なるほど、いかにも裕次郎が演じそうな人物になっています。

いや、渡辺武信が追悼記事で指摘したように、石原裕次郎という俳優には光と陰があり、屈託のない明るい青年と鬱屈する青年が同居していました。「青春映画」という言葉をそのまま当てはめてかまわない、明朗闊達な青年を演じた作品群(たとえば『青年の樹』や『あした晴れるか』)がある一方で、たとえば、『俺は待ってるぜ』のように、行き場のない場所に追いつめられた青年も多数演じています。

これはたぶん、石坂洋次郎作品に共通する暗さ(「血と過去がもたらす陰鬱」とでもいおうか)も影響しているのだと思いますが、『陽のあたる坂道』で石原裕次郎が演じた田代信次もまた、一見、闊達のように見えて、じつは「血」という日本的鬱屈に煩悶する青年です。

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北国からやってきて、東京の大学で学ぶ倉本たか子(北原三枝)は、出版社の社長・田代玉吉(千田是也)の娘・くみ子(芦川いづみ)の家庭教師の口を紹介され、(おそらくは田園調布にあると想定される、ただし、現実のロケ地は鶴見だったらしい)田代邸を訪れます。

ここでたか子は、母親のみどり(轟夕起子)、長男の雄吉(小高雄二)、次男の信次(石原裕次郎)に会い、彼女の常識からは大きく外れた、どんなことも言葉にして説明し、意見を主張する、いわば戦後的な家族のありように接します。

三脚なしの映画館盗み撮りですが、もっとも好きな映像と音の組み合わせによるクレジットなので、いちおうクリップを貼り付けます。



お断りしておきますが、イントロの数秒がカットされています。イントロそれ自体は重要ではなくても、残りの本体を引き出し、その味を決定する役割をもっているので、映像が黒味だからといって音をカットしていいと云うことにはなりません。それがわからない人が多くて、いつもムッとなります。

いきなりフォークボールではなく、高めのストレートを見せておき、つぎにフォークを投げて仕留める、なんてパターンがあるでしょう? 物事には順序というものがあり、その文脈のなかで生きるものというのがあるのです。映画はまさに順序の技、音楽もまたしかり。無意味においてあるものなどありません。

ということで、以下に、きちんとイントロのついているヴァージョンをおきます。ただし映画のOSTとは異なるテイクでしょう。全篇からいくつかの場面の音を取り出し、ひとつの組曲のようにしたヴァージョンです。

サンプル 佐藤勝「陽のあたる坂道」(ダイジェスト)

この冒頭のメロディー、メイン・タイトルといえる曲は、何度かアレンジを変えて、変奏曲として登場します。佐藤勝というのは、日本音楽史上もっともヴァーサタイルな作曲家ではないかというほど、ほとんどどんな音楽スタイルにでも適応できたと思います。それでも、やはり、このような、叙情的オーケストラ・ミュージックというのが、この人の背骨ではないかと感じますし、その系列のなかでも、この『陽のあたる坂道』のメイン・タイトルは、とりわけ好ましいものです。

先年、ヴィデオ・デッキを廃棄し、ついでにVHSテープの大部分も処分してしまい、テープでしかもっていなかった映画は見られなくなってしまいました。『陽のあたる坂道』もそのときに捨ててしまったのですが、あとになって無性に再見したくなりました。

そのときに、どのシーンが頭に浮かんだかというと、まず、オープニング・クレジットでした。なぜオープニングかというと、頭のなかで想像したときは、あの佐藤勝のテーマ曲が聴きたいのだと思いました。

今回、DVDで再見して、ちょっと考えが変わりました。佐藤勝の音楽だけでなく、視覚的にも、大きな魅力が二点あると、いまさらのように認識しました。

ひとつは、おそらくは田園調布(木村威夫の記憶はあいまい)で撮影された、坂道のアップス&ダウンズをなぞる視覚的なリズム、もうひとつは、背をピンと伸ばし、やや大股に歩く北原三枝の、これまたリズミックな身のこなしです。

この視覚的なリズムの流れに、佐藤勝の弦による音のレイヤーが呼応して、じつに音楽的な響きのある映像と音のアマルガムが生まれていると感じます。だから、あとで振り返ったときに、このオープニング・クレジットが頭に浮かんだのでしょう。

文字数を使ったわりには、今回はほとんどなにも書けませんでした。次回から、物語に入っていくことにします。


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by songsf4s | 2012-06-03 23:55 | 映画
蔵原惟繕監督、佐藤勝音楽監督『俺は待ってるぜ』(日活) その6
 
お客さん方にはあまり意味のないことですが、これは、当家の999本目の記事です。

体調不良でしばらく休みます、といったお知らせまで含めた本数ですが、5本の10本のといったオーダーならいざ知らず、ここまでくれば、そういったものまで含めてしまっても、かまわないでしょう。

よくまあ、飽きもせずに(いや、じっさいには何度も飽きて投げ出しそうになったのだが)、999本も書いたものです。あたくしという人間は、ちょっとどこかが足りないか、あまっているかするのでしょう。

「シェヘラザードも楽ではなかっただろうなあ」なんて大束なことをいえる資格を得たような気分なのですが、1000本目になにか特別企画を用意しているわけではありません。1000本記念総額一千万円大懸賞なんていうのはないので、期待しないでください。

◆ 日活キャバレー創生期 ◆◆
かつて、日活だけを他のスタジオと区別して特別扱いしたのは、大映、東映、東宝、松竹がスクェアだったのに対し、日活だけは、今風にいえばkewlだったからです。

その特異性は、むろん、人物設定、世界、プロットに表現されるのですが、当然ながら、ロケーション、セット・デザイン、衣裳といった視覚的な面でも、音楽や効果音といった聴覚的な面でも表現されました。

人物設定やストーリーから意味を読みとって、映画を云々するのがオーソドクシーなのでしょうが、根がオーソドクスではないもので、当家の映画記事はつねに、視覚的ディテールや音楽へと傾斜していきます。映画というのは、意味である以前に、テクスチャーなのだと考えているからです。

とまあ、よけいなゴタクを書きましたが、今回はまだふれていないセットのデザインを見ます。敵役である柴田(二谷英明)が経営し、ヒロイン・早枝子がつとめるキャバレー「地中海」のデザインです。

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「地中海」という店なので、アルジェだチュニスだといった文字が見える。

というぐあいで、のちの日活アクションの酒場、たとえば、木村威夫デザインの二つのナイトクラブ(『霧笛が俺を呼んでいる』『東京流れ者』)にくらべると、だいぶスケールが小さいのですが、しかし、ディテールには日活らしさがすでに濃厚にあらわれています。

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ステージの背後にのぞき窓があり、フロアを見渡せるようになっている。

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のぞき窓の向こうは事務所で、マンサード屋根の片側であるかのように壁面が斜めになっている。このような設定とデザインもいい。

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昼間、同じ場所でのショット。

このように事務所からクラブのフロアを見えるようにする構造は、日活アクションではおなじみで、たとえば、前述の『霧笛が俺を呼んでいる』ではさらに凝った構造で登場しますし、鈴木清順の『野獣の青春』では、『霧笛』のミクロコスモス化とは反対方向へとスケールアップしています。

このような視覚の多重化については、一度まじめに考えなければいけないとは思っているのですが、そういう理論化はじつにもって不得手というか、生来ものぐさなので、いつか、いい思案が浮かんだときにやろう、と先送りにしています。清順映画の解読には不可欠の道具なのですが。

◆ 家伝の対位法 ◆◆
今回で『俺は待ってるぜ』はおしまいなので、残った音楽の棚浚えをします。

まず、柴田が経営するクラブ「地中海」で、早枝子が歌う曲と、そのあとの4ビートのインストゥルメンタル曲を切らずにつづけていきます。北原三枝のスタンドインで歌っているのはマーサ三宅であると、佐藤勝作品集のライナーにあります。

サンプル 佐藤勝「地中海」(唄・マーサ三宅)

このマーサ三宅が歌う曲だけは佐藤勝作品集にも収録されているのですが、とくにタイトルはつけられていません。むろん、その後の4ビートの曲も同じで、「地中海」というのはわたしがつけた仮題です。

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いや、それにしても、当時の流行だったとはいえ、しっかりウェスト・コースト・ジャズしているところに、改めて感心しました。同時代性というのは恐ろしいものです。いや、それらしくになっているというだけでなく、ハイ・レベルでいいプレイなのです。

あまり話の底を割りたくないので、ちょっと人物関係を曖昧にします。つぎの曲は、いかさま博打でもめて、殺人に発展する無言劇で流れるものです。

サンプル 佐藤勝「Beat to Death」

佐藤勝の師匠、早坂文雄と黒澤明は対位法のことを繰り返しいっています。この曲もまさに対位法の実践で、陰鬱な殺人の場面に、明るく軽快なラテン・スタイルのサウンドをはめ込んでいます。

『俺は待ってるぜ』を収録した『佐藤勝作品集 第8集』のライナーには、蔵原惟繕の佐藤勝回想が収録されています。そこから引用します。ちょっとまわりくどい文章ですが、短いので。文中、「27歳」といっているのは、『俺は待ってるぜ』製作時の年齢です。

「勝さんの音楽的深みは27歳と云う若さを越えたものであったことに驚いた事を今鮮明に憶い出す。多分、それは、映画音楽の師、早坂文雄氏の晩年の仕事ぶりを間近に共にしていた事が大きかったのではなかろうかと思う。喀血しながら作曲を続けた師の後ろで、血の始末や、汚れを取り替え、写符を続けながら学んだことにある様な気がする」

早坂文雄が結核だったことは知っていましたが、その現実というのは考えてみたことがありませんでした。いや、弟子としてどう働いたとか、そのような「修行」がどうだといったことを思うわけではありません。たんに、佐藤勝というのは「そういう人物」だったと理解しただけです。そのキャラクターは彼がつくった音楽の力強い雑食性にそのまま反映されていると思います。

最後の一曲は、日活映画恒例、主役が歌うエンディング・テーマです。その直前のスコアからつなげてあります。

サンプル 佐藤勝「End Title」(唄・石原裕次郎)

◆ 日活的世界 ◆◆
『俺は待ってるぜ』がつくられたのは、石原裕次郎の人気が爆発しようとしていたときであり、『嵐を呼ぶ男』と『陽のあたる坂道』で地位が確立される直前のことです。

したがって、まだ「日活無国籍アクション」はパターン化していません。しかし、港町、エキゾティズム、流れ者(ないしは根無し草)のヒーロー、その「自己回復」の物語、暗黒街の住人たちといった主要な要素は、この映画でほぼ出揃い、のちのパターン化の準備が整えられています。

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日活は製作再開から数年に及ぶ苦闘の時期を脱し、石原裕次郎によっておおいに潤う時代を迎えるのですが、それと同時に、こうすれば客が入る、というヒット・レシピを見つけたことも、裕次郎と同様に重要だったでしょう。

自我の挫折とその回復、ないしは、個の確立といった渡辺武信のいうような、物語にこめられたものにも、もちろん相応の重要性がありましたが、わたしにとっては、視覚的、聴覚的な非日本性のほうがつねにプライオリティーが高く、その意味で『俺は待ってるぜ』はおおいなる愉楽をあたえてくれる映画であり、いま見ても、日活映画の頂点にある作品のひとつと感じます。


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by songsf4s | 2011-09-22 23:54 | 映画
蔵原惟繕監督、佐藤勝音楽監督『俺は待ってるぜ』(日活) その5
 
前回のつづきで、今回も50年代横浜散歩です。

警察で当時の事情をたしかめたところ、ケンカで兄を殺したテツという男はすでに死んでいたことがわかり、島木は、そのテツを殺した「川上一家の竹田」という男(草薙幸二郎)に当たってみようと、まず竹田が根城にしているという「花咲町の白雪という寿司屋」に向かいます。

花咲町というのは、JR根岸線桜木町駅を指呼の間に見る場所で、したがって、みなとみらい地区(この時代にはまだそうは呼ばれていないが)にも近く、当然、レストラン「リーフ」のある新港からもそれほど遠くありません。

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真ん中上のピンクの部分が桜木町駅。この地図では見えないが、さらに上、すなわち北がみなとみらい地区。右側を流れるのは大岡川。南が上流、北が下流でまもなく海にそそぐ。

また、厳密には野毛町ではないのですが、「野毛の飲み屋街」といったときに、花咲町まで含めて思い浮かべる人のほうが多いでしょう。

野毛坂から都橋、吉田橋に至る野毛本通りと、それと直交する平戸桜木道路という二本の表通りから、中通りにいたるまで、飲食店が櫛比し、昼間よりも夜のほうがにぎやかな、猥雑な雰囲気のある界隈です。

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島木が寿司屋にいくと、川上一家の若い者(柳瀬志郎と黒田剛。ギャングのメンツはそろいつつある!)がいて、竹田は近ごろ寄りつかない、といわれますが、店の女の子に、ビリヤード屋へ行ってみたらと教えられます。

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最初に寿司屋に行く。左は柳瀬志郎。

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ここは現在「平戸桜木道路」といっている、桜木町駅から野毛坂下のほうにつづく道の、桜木町駅に近い場所だということが、あとのショットで確認できる。いまでもこのショットのような雰囲気が残っている。変わらない町というのもあるらしい。

いっぽうで、竹田が危険な存在だと感じた柴田も、手下たちに、竹田を見つけて連れてこい、と命じ、島木と鉢合わせしそうな動きで、彼らのほうも竹田を追いはじめます。

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竹田を追う柴田の子分たち。杉浦直樹(中)と青木富夫(右)。「銀座マーケット」といわれても、もはやわからない。中通りか。

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島木がビリヤード屋から出てきたのと入れ違いに、柴田の配下がやってくる。向こうに桜木町駅のプラットフォームが見えるので、ここはピンポイントで場所を特定できる。駅のほうに行ってはなにもないので、島木はすぐに右に曲がることになるだろう。

はじめのうちは島木が先行しているのですが、行きつけのバーの発見が遅れて、先を越されてしまいます。

まだ竹田追跡行はつづきますが、ここで、このモンタージュを生彩あるものにしている、佐藤勝のサウンド・コラージュをお聴きいただきましょう。長いシークェンスですが、丸ごと切り出しました。

サンプル 佐藤勝「Searchin'」

絵の出来がいいと自然に音のほうも出来がよくなるもので、テンポの速いモンタージュに合わせて、どのようにサウンド・コラージュをつくればよいかという、教科書といえるようなものになっています。

2分すぎに登場するハワイアンは、かつて佐藤勝が石原裕次郎のために書いた「狂った果実」のインストゥルメンタル・ヴァージョンでしょう。時間の節約のために再利用したのかもしれませんが、楽しい楽屋落ちになっています。

それでは竹田探索行をつづけます。

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雀荘

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竹田追跡隊。左から榎木兵衛、杉浦直樹、深江章喜、杉浦の背後に隠れているのは青木富夫。

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島木より先に、柴田の配下は竹田の女がつとめるバーにたどりつく。四人がカウンターにさっと腰を下ろすと、間髪を入れずにグラスが並ぶ。ギャングたちも、すぐに移動しなければならないと承知しているので、寸暇を惜しんで素早くタダ酒を飲みはじめるのがじつに可笑しい。日活ギャングたちもこういうときはおおいに乗って演じたのだろう。いやまったく、日活映画はこういうところが楽しい。

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竹田探しがはじまったときはまだ明るかったが、すっかり日が落ちて、ついにギャングたちは武田のすぐ背後に迫った。

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ホテル内部。なかなか雰囲気があるが、ほんの3、4ショットのためにセットをつくるとは思えず、ロケか、他の映画のセットの借用ではないだろうか。

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飛んで火に入る夏の虫、追っ手がきょろきょろしているところに、ことを終わった竹田(草薙幸二郎)が階段を降りてきた。

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ちょっと顔を貸してもらおうじゃないか、というルーティン。ホテル玄関付近も雰囲気があるが、これはロケ地に看板を持ち込んで飾りつけるパターンではないだろうか。

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遅かりし由良之助、そのころ島木は、やっと竹田の女がつとめるバー「キール」にたどり着いた。この酒場も海の縁語で命名されている。

柴田一味につかまった竹田の運命やいかに、と紙芝居じみてしまいますが、そこは書かずにおかないと、差しさわりがありそうです。

このモンタージュは非常に狭い範囲で動いているのですが、編集も手際がよく、場所に合わせて歌謡曲、ハワイアン、ラテン、ジャズと切り替わる音楽も楽しく、この映画のひとつの見せ場になっています。

ひょっとしたら、蔵原惟繕も、高村倉太郎も、そして佐藤勝も、黒澤明の『野良犬』を意識していたのかもしれません。とりわけ佐藤勝は、師匠・早坂文雄が『野良犬』のモンタージュをどう処理したかを意識して、このサウンド・コラージュをつくりあげたのだろうと推測します。

ディゾルヴやオーヴァーラップなどは使わず、「ドライに」カットをつないでいますが(一箇所だけ、島木が駅方向にむかうところでワイプが使われている)、それがこの映画のトーンに合った、きびきびとしたリズムをつくっていて、その面でも非常に好ましいシークェンスです。

次回、いくつかセットを見、あと二曲ほどサンプルを並べて、『俺は待ってるぜ』を完了する予定です。


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by songsf4s | 2011-09-21 23:57 | 映画
蔵原惟繕監督、佐藤勝音楽監督『俺は待ってるぜ』(日活) その2
 
スコアとロケーションを中心に『俺は待ってるぜ』を見る、と書きながら、前回はスコアのほうに必死になってしまい、肝心のロケーションにはふれられませんでした。

もっとも重要な舞台である、島木譲次(石原裕次郎)のレストランは、横浜港の新港埠頭、赤煉瓦倉庫と税関の中間くらいの場所に設定されています。レストランと線路と海と税関の位置関係から、そう判断できます。

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北原三枝の背後に横浜税関の塔が見える。この角度と、引き込み線の鉄橋(写真右端にわずかに見える)の位置で、オープンセットがつくられた場所がわかる。

税関のファサード(陸に背を向け、海に向かって建っている)をこのように真横から見るかっこうになり、線路と海に接する場所、というと、新港のはずれしかないという結論になります。

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ここはみなとみらい地区に接する場所で、みなとみらい同様、港湾施設としては無用になり、同時期に再開発されて(そのお披露目が横浜博覧会だった)、ご本尊の赤煉瓦倉庫(設計者の妻木頼黄=つまきよりなかは日本橋や横浜正金銀行、すなわち現在の神奈川県立博物館も設計した。国会議事堂を巡る辰野金吾との確執をはじめ、その事績は非常に興味深い)はショッピング・モール化し、付近も公園などになって、週末ともなるとおおいににぎわい、まさに隔世の感に打たれます。

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若かりし日、ガールフレンドと話し込んでいて、うっかり曲がるべき場所を通り過ぎてしまい、新港へと渡る万国橋にさしかかったとき、数人の港湾労働者に、そっちにいったって、なにもないぞ、いや、ひと気がなくていいけどな、と笑われました。

70年代はじめ、新港地区はふつうの人間が立ち入る場所ではなく、まだ正真正銘の港湾施設であり、それ以外のなにものでもありませんでした。『俺は待ってるぜ』が撮影された1957年と本質的な違いはなかったのです。現在の本牧のB、C、D埠頭あたりと同じようなものです。それがいまや横浜でも指折りのデート・コースとなり、日々若いカップルがうじゃうじゃ往来しているのだから、呆気にとられます。

もうひとつ、前回ふれたシーンで、ロケ地がわかるのは、早枝子(北原三枝)がたたずんでいた場所です。あれは山下公園に二カ所ある、テラスのように海に突き出した半円形のところでしょう。ただし、現在は、海に降りる階段はないので、ひょっとしたら、べつの場所かもしれませんが。

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したがって、そのシーンの直前、石原裕次郎が歩む道は、山下公園外の銀杏並木の下と想像されますが、こちらについては、そう断定できる視覚的手がかりは画面には登場しません。

舞台の説明はこのへんにして、以下、前回は冒頭だけになってしまったプロットを追います。

◆ ボクサーくずれにオペラ歌手くずれ ◆◆
人を殺したかもしれないという早枝子を、明日の新聞を見てから判断したほうがいい、と島木は諭し、彼女をレストランに泊まらせます。

翌日の朝刊にも夕刊にも殺人の記事はなく、早枝子は安心し、島木のレストランに仮寓することになる様子が、彼女が料理をテーブルに運び、調理の手伝いをするショットなどのモンタージュのなかで描かれます。

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翌日、あるいは翌々日ぐらいの設定でしょうか、二人は横浜の町に出かけ、ボクシングを見たり、(明白には描かれないが、たぶん)映画を見たりします。

早枝子に襲いかかろうとして花瓶でなぐられた男(波多野憲)が、二人を見かけてあとをつけ、早枝子が化粧室でひとりになったところを脅しますが、島木に見つかって、あっさり追い払われます。

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「横浜日」と読める。「横浜日劇」という映画館もあったが、これは日活映画だから「横浜日活」にちがいない。横浜日活は伊勢佐木町5丁目にあった。あのあたりには数軒の映画館があったが、ピカデリーでさえマンションになってしまい、昔日の面影はまったくなくなった。

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島木、早枝子それぞれの言葉の端々や、レストランの常連客である内山医師(小杉勇)の話から、徐々に二人の状況がわかってきます。

島木は元プロボクサーで、酒場でのケンカで相手を殴り殺した過去をもっています。兄が農園を経営するために二年前にブラジルに渡っていて、兄からの連絡がありしだい、彼も日本を離れようとしています。

いっぽう、早枝子は、オペラ歌手だったのですが、病気で喉を傷めてから声が出なくなり、そのとたんに、師であり、恋人であった男に弊履のごとく捨て去られ、いまはクラブ・シンガーをしています。彼女が花瓶で殴り倒した男は、そのクラブの経営者の弟でした。

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以上が前半のプロットというか、状況設定というべきでしょうか。こういう背景のなかから、後半にいたって一気に話は動きはじめます。

後半のプロットは次回ということにして、ここまでのところで、気になることを少々書きます。

◆ 横浜番外地 ◆◆
はじめに戻ってしまいますが、主人公の棲処、レストラン「リーフ」の位置は、じつにいいところを選びました。

現実には、『赤いハンカチ』の屋台のおでん屋同様、こんなところに店はつくれないでしょうし、たとえやっても、採算がとれないだろうと思いますが、しかし、物語世界としてはすばらしい選択でした。

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手紙の上書きは「横浜市中区新港町埠頭構内 レストラン・リーフ内 島木譲次」と読める。港湾施設などは、このように無番地であることがめずらしくない。

この世の外にヒーローを置き、同時にわれわれ観客を、日本ではない架空の場所、現実と地続きではない「ここではないどこか」へと連れて行くのは、ある種の映画の常套手段です。

小林旭の「渡り鳥」シリーズのように、あるいはそのインスピレーションとなった『シェーン』のように、たまたまある場所に仮寓した流れ者、というのは典型的なパターンですが(典型だからよくない、という意味ではない)、この『俺は待ってるぜ』は、その「仮寓」の仕掛けをじつに巧みに作り上げています。

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背中は港、タグボートやランチが近くを行き交い、貨物船が遠くに見えます。目の前は港への引き込み線で、しじゅう店の前を汽車(ディーゼルではないのに驚く。映画のための演出だったのか、それとも現実にもまだ汽車があのあたりを走っていたのか?)が貨車を引いて行き来しています。これほど浪漫的設定はちょっとほかに考えられないほどです。

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もうひとつ、主人公は日本には用はない、兄から連絡がありしだい、ブラジルに渡ると宣言しています。これによって、ヒーローは二重に日本の外に置かれることになります。

こういう仕掛けがなぜ必要だったのか、ということは、こうした歌舞伎でいうところの「世界」が好ましく感じられる人には説明不要でしょう。あの時代の日本の息苦しさに対する批評として、このような非日本的道具立てを、フランス映画のような映像で表現したにちがいありません。

いまでもそうかもしれませんが、とりわけあの時代には、観客に大いなる開放感、解放感を与えたに違いありません。70年代にテレビで再見したときでも、やはり「ここではないどこか」に遊ぶ感覚が、この映画の最大の魅力でした。

そうなるだろうとは予想していましたが、なかなか進まないまま、本日もそろそろ制限時間いっぱいです。

今回も、映画から切り出したスコアのサンプルをおきます。レストランで早枝子が働く姿をとらえたモンタージュの背景で流れる音楽です。この曲を聴いて、そうか、ウェスト・コースト・ジャズの時代だったか、と思いました。

サンプル 佐藤勝「Cookin'」

次回は、レストランのセットの構造と、今回ふれた横浜の町を歩くシークェンスの個々のショットを見る予定です。


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by songsf4s | 2011-09-17 23:37 | 映画
蔵原惟繕監督、佐藤勝音楽監督『俺は待ってるぜ』(日活)
 
しばらくご無沙汰していた日活アクションですが、今日から数回に分けて、蔵原惟繕の監督デビュー作『俺は待ってるぜ』を、音楽とロケーションを中心に見ていくことにします。

主演は石原裕次郎と北原三枝、jmdbによると、裕次郎にとっては14作目の映画出演、主演としては10作目ぐらいでしょうか。この前が『鷲と鷹』、このつぎが『嵐を呼ぶ男』(該当記事へのリンク一覧はこのページの一番下にもあり)となっています。裕次郎はもっともいい時代のとば口に立っていました。

日活アクションを取り上げるたびに、絵と音の両面でどれほどこのスタジオの産物が非日本的であったかということを書いていますが、その日活アクションのなかでも、この映画ほど日本を全面的に排除したものは、ほかに知りません。

蔵原惟繕はこのとき何歳だったのでしょうか、若い監督の衒い、気取りがファースト・ショットからみなぎって、見るものを圧倒します。

ひとつ間違うと悲惨なことになりかねないほど気負った絵作りですが、石原裕次郎、北原三枝という主役の柄と、横浜港周辺というロケ地のおかげで、みごとに「世界」を作り上げています。

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はじめのうち、水たまりが揺れていて、雨が降っているのだな、と思うのですが、「監督 蔵原惟繕」の文字とともに、揺れが収まります。雨がやんだのです。

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そして、さっきまで不定形の光の揺らめきであったものが、はじめて意味のある像を結ぶと、そこに「Restraurant Reef」というネオンサインの鏡像が浮かびます。高村倉太郎撮影監督による、蔵原監督のデビューへのお祝いではないでしょうか。

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つぎのショットは、大人になって一回目のとき(子どものときに見ているが、なにも記憶がない)、ギョッとしました。

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レストランと汽車とカメラの位置関係のせいでしょうか、すばらしい量塊感(massiveness)にため息が出ます。

このタイトルで流れる石原裕次郎唄う主題歌「俺は待ってるぜ」は、盤のものとは異なるので、サンプルにしました。

サンプル 石原裕次郎「俺は待ってるぜ」(映画ヴァージョン)

横浜港でレストランをやっている元ボクサーの島木(石原裕次郎)は、手紙を投函しにいった帰りに、夜ふけの海に向かってたたずむ女、早枝子(北原三枝)を見かけ、自殺ではないかと疑い、自分の店に連れ帰ります。

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早枝子は、問われるままに、わたしは人を殺したかもしれないと語りはじめます(殺しそうなった相手は、あとで、彼女のつとめるクラブの支配人で、ギャングのボスの弟とわかる)。

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この殺人無言劇の背景に流れる音楽もサンプルにしました。例によってフル・スコア盤は存在せず(佐藤勝作品集に一曲だけ挿入歌が収録されている)、したがってタイトルはわたしが恣意的につけたものですし、モノ・エンコーディングです。

サンプル 佐藤勝「Must Have Killed」

裕次郎のこのつぎの映画、『嵐を呼ぶ男』は、映画としての出来はさておき、スコアは驚くべきものだということを以前書きました。しかし、その直前に、もう、これだけの4ビート・スコアをやっていたわけで、日活畏るべし、というか、佐藤勝畏るべしというか、たいしたものです。

本日は、スコアの切り出しに時間を食われてしまったため、まだ物語は動いていませんが、残りは次回に。


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by songsf4s | 2011-09-16 23:59 | 映画
黒澤明監督『椿三十郎』(1962年、東宝=黒澤プロ) その4

いま、この記事をアップロードしようとして、ニュース・フィードを見ました。

タバコ盗難の被害が急増 「値上がりする前に…」

落語「千両みかん」的に計算すると、値上がりする前に盗むより、値上がりしたあとで盗むほうが価値が高くなります。「値上がりする前に」盗むのはまったく論理的ではありません。

そもそも、どうせ盗むのなら、金を盗んだほうがいいでしょう。単位重量およびサイズあたりの価値は煙草より紙幣のほうがずっと高く、煙草泥棒諸君は知らなかったのかもしれませんが、紙幣貨幣は煙草と交換できます。その意味ではパチンコ玉も同じですが、こちらは単位重量あたりの価値が低いのは三歳児にもわかります。

まったく、泥棒ですら盗むべきものがわからなくなるようでは世も末の末、情けないったらありません。白痴が増殖しているのでしょう。

最近、「しんせい」だの「わかば」だのが自動販売機に復活しているようですが、値上げ後は「ゴールデンバット」を自動販売機におくようにしたらどうですか。そうじゃなければ、20本入りをやめて、10本入りにする、ですね。

昔、そういう商売があったと聞きますが、どなたか、煙草のばら売りというのをおやりになってみては如何? 20本入り400円をばらして、1本20円ではもうからないから、25円ぐらいで売るわけです。煙草会社は認めないでしょうが、蛇の道は蛇、裏でこっそりなんて、たかが煙草でスリルが楽しめるようになっていいんじゃないでしょうか。

煙草は吸わないから、なんていっていると、いろんなものが増税されますぜ。こんどは「値上がりする前に」ビールを盗むとかいう、別種の低脳泥棒があらわれるかもしれません。

◆ 「まあ、きれい!」 ◆◆
行きがかりなので、『椿三十郎』のストーリーをもうすこし追います。

大目付一派に拉致された城代家老を奪回したい、それにはどこに囚われているのかを知る必要がある、という大前提があって、三船用心棒と九人の若侍はそのために動きまわり、トラブルに巻き込まれています。

どうやら、彼らがアジトにしている平田昭彦の家の隣、通称「椿屋敷」に城代家老は監禁されているようだということがわかって、彼らはさっそくたすきがけなどして、乗り込んでいくつもりになります。

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城代家老の奥方と娘が庭で隣から流れてきた椿の花を見て、「まあ、きれい!」などと喜んだとたん、その流れに紙切れが沈んでいるのを見つける。これが若侍たちの血判状で、前日、城代が加山雄三から受け取って引きちぎり、袂に入れたものだった。城代は隣に監禁されていて、この血判状を見られないように、隙を見て流れに捨てたのだと彼らは結論づける。

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もちろん、三船用心棒は、おまえらの馬鹿にはほとほと愛想が尽きる、向こうは待ちかまえているんだぞ、と嗤います。平田昭彦が隣家との境までいって、塀の上からのぞくと、ちょっとした軍勢が警備していることがわかります。

「こうなると、敵がこちらを買いかぶっているだけに始末が悪い」と加山雄三がつぶやくと、三船浪人は「それだ!」と叫びます。うじゃうじゃ人数が集まっているのを見たと注進してやろう、そうすれば奴らは軍勢をくりだし、邸の警備は手薄になる、というのです。

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三船用心棒が乗り込んで、警護の兵が出払って大丈夫と判断したら合図をする、ということになり、合図は、そうだな、邸に火をつける、というと、また城代の奥方に「いけませんよ、そんな乱暴な」と叱られます。

娘が、隣からこちらの庭に通じている流れに、お隣の椿の花を投げ込めばいいじゃないですか、といい、三船用心棒は、わかったわかった、そうすると、辟易しながらいいます。

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合図には椿の花を使うのがいい、という話から、奥方と娘は、椿の花はどちらが好きか、わたしは赤がいいと思う、いえ、やっぱり白いほうがきれいですよ、などと、いかにも女らしく、当面の問題から遊離した話になっていき、三船用心棒はうんざりしてしまう。

三船用心棒は、どこか離れた場所の寺はないか、と若侍たちにきき、光明寺がいい、というので、そこの山門の二階で寝ていて見たということにしよう、といって出かけます。

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◆ お呼びでない? お呼びである? ◆◆
三船用心棒が出かけた直後に、こんどは断りなしに、いきなり押し入れが開き、小林桂樹が飛び出してきます。

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「光明寺の山門はただの藁屋根の門です! 二階なんかありません。山門の上で寝ていたなんて話はすぐ底が割れますよ」

なんてんで、すっかり若侍の一味徒党の気分になっているのですが、本人も、周囲も、そんなことは意識していないところが愉快なシーンです。

ともあれ、とりあえずどうにもできないので、敵もそこに気づかないほうに賭け、見張りを送り出します。しばらくすると、その物見が戻って、目論見通り、大人数が隣の邸から出て行ったと報告します。

ここで全員が手を取り合って飛び跳ね、大喜びするのですが、この仲間に小林桂樹も加わって、万歳、万歳とやってしまうのです。

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ふっと騒ぎが収まったとき、「シャボン玉ホリデー」の植木等の「お呼びでない」ギャグとまったく同じように、こりゃまたどうも、という感じで、小林桂樹は自分で押し入れに帰っていきます。

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黒澤明は「シャボン玉ホリデー」を見ていたか? わたしは見ていたのではないかと思います。黒澤映画にはコメディアンがたくさん出演しているわけで(古くはエノケン、横尾泥海男、並木一路、内海突破、渡辺篤、伴淳三郎、三波伸介、後年になると植木等その人、いかりや長介、所ジョージなどなど)、監督自身、あの世界に関するある程度の知識がなければ、長年のキャスティングの傾向がああなったとは思えません。他人の推薦だけを頼りにして、こういうキャスティングのリストができるとは思えないのです。

したがって、この小林桂樹の最後のシーンも、「お呼び」ギャグを意識していた可能性ゼロとはしません。もっとも、「シャボン玉ホリデー」の放送開始は1961年で、『椿三十郎』製作の時点で、もうあのギャグが誕生していたかどうか定かではありませんが。

◆ 小さいけれど重要な役 ◆◆
小林桂樹が登場するのは、城代家老の邸の廊下(襲撃、救出シーン、台詞なし、殺陣あり)、同じく邸のまぐさ小屋(拷問のあとの奥方との対面シーン)、そして、押し入れから出てくるのが3回、最後はひとつながりのものを、シーンを割って撮っているので、計6シーン。たったこれだけにすぎません。しかし、これがあるとないでは大違いです。

三船敏郎も、さすがにギャグの受けはうまいものですが、その面であまり能動的、積極的にに動くわけにはいかず、動くのは入江たか子と小林桂樹です。『椿三十郎』が『用心棒』より決定的にすぐれているのは、ユーモアです。順序を逆にして見ると、『用心棒』はひどく暗く、陰惨な映画に感じられます。

わたしは明朗な映画のほうが好きなので、このシリーズの二篇で比較するなら、『椿三十郎』のほうが数段いい映画だと思っています。そして、そう感じる理由の大きな部分は、小林桂樹、入江たか子の演技と、さらにいえば三船敏郎の受けの演技(よけいなことだが、クリント・イーストウッドもギャグの受けはすごくうまい)です。

オリジナルの『日日平安』の段階とは、大きく構想が変わったのに、当初、主役に予定していた小林桂樹を小さな役に縮小しながらも残した黒澤明も、そのオファーを受け入れた小林桂樹も、最終的にはその判断が正しかったことを証明したと思います。

◆ 黒澤明唯一の成功したコメディー ◆◆
以上で小林桂樹追悼として『椿三十郎』を取り上げた目的は果たしたので、これ以上、プロットを深追いはしません。もちろん、万事めでたしになるタイプの映画です。

ラストの有名な殺陣は、有名だから書くまでもないでしょう。当時は評判になったシーンですし、わたしも初見のときはビックリしましたが、あれは一度見ればいいショットで、この映画の価値を左右するほど重要なものではありません。また、人を斬ったときの効果音も、大々的に使われたのは『椿三十郎』が嚆矢のようですが、そういう歴史的価値というのは、後年楽しむ場合には大きな意味はもちません。

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初見のとき、「椿屋敷」の椿の咲き方がタダゴトではなく、つくったな、と思いましたが、実体は想像を絶する作り方で、日本でああいうことをするのは黒澤明だけでしょう。15000の花を作ったそうです。葉も、椿の葉は曲がっていて萎れたように見えるので、榊で代用したのだとか。榊は椿より色が薄いので、全部塗ったという話です。いやはや。

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シナリオのつくりがていねいで、小さなつなぎ目をきちんとつくってあるのがなによりも気持がいいですし、黒澤明のタイムは抜群で、小津安二郎と双璧を成す「ドラマーにもみまごう映画作家」であると納得のいく仕上がりです。

ただし、黒澤明は、これほど楽しく、気分の明るくなる映画はほかにつくっていないと思いますし、いいドラマーのプレイを聴いているようなグッド・フィーリンがある映画も、ほかにはないようです。

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黒澤明は、『椿三十郎』できわめてすぐれたコメディーのタイミングをもっていることを証明したのに、なぜほかにこういう映画がないのか、不思議きわまりありません。やはり野村芳太郎のいうように、橋本忍と出会わなければ、もっとべつの映画人生があったのかもしれない、と思ってしまうのでした。

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映画音楽 佐藤勝作品集 第13集 : 黒澤明監督作品篇
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by songsf4s | 2010-09-27 23:57 | 映画
黒澤明監督『椿三十郎』(1962年、東宝=黒澤プロ) その3

リンクをまちがえてしまったBuddy Emmons "Bluemmons"も、Paul Smith "Blue Moon"も、ともにアクセスが多く、ホッとしました。

有名なアーティストはほうっておいても大丈夫なのです。でも、このバディー・エモンズやポール・スミスのように、どなたでもご存知というわけではないプレイヤーの場合、紹介のときに噛んじゃったりすると具合の悪いことになるので、しまった、と後悔していましたが、事なきを得たようです。

◆ トリッキーな展開 ◆◆
今日は『椿三十郎』を完了したいと思うのですが、どうなりますやら。

ピンチはチャンス、チャンスはピンチなのかもしれませんが、三船用心棒が仲代達矢に仕事を世話してもらいに行ったあとのくだりが、この映画のシナリオ面での剣が峰です。

「『椿三十郎』その2」で書いたように、三船用心棒が出かけたあとで、残された若侍が、三船支持派と懐疑派に分かれて対立し、結局、双方から二人ずつ出して、容子を探ることになります。

三船敏郎のほうは仲代達矢と連れだって、悪党の首魁・清水将夫大目付のところに向かって出発します。どうせ仲代達矢が気づくにちがいないという判断なのでしょう、三船敏郎のほうから「つけてくるのがいるな」といい、角を曲がったところで、加山雄三、土屋嘉男、田中邦衛、太刀川寛の若侍四人組を気絶させて捕らえます。

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この種のアクション映画で重要なことは、主人公以下、観客が感情移入する対象を危地に放り込み、そこからどうやって脱出させるかで工夫を凝らすことです。

三船浪人は、四人の若侍をとりあえず斬らずに生け捕りにすることに成功しましたが、問題は、彼らをどうやって逃がすかです。こいつらを大目付への手みやげにしようということになりますが、その邸まで連れて行く方法が問題になり、敵に奪い返されないように護衛の手勢を呼んでこようと、使いの人間を三人やることになります。

その三人が出発した直後に、三船敏郎が、いや、三人でも危ない、俺もついて行く、と仲代達矢に断って駈けだします。シナリオ・ライター陣が脳髄を振り絞ったトリッキーなシークェンスのはじまりです。

ほんの一丁も行かないうちに、三十郎は三人の使者に追いつき、「俺もいっしょに行く」といって安心させて歩きはじめ、抜刀するや、瞬く間に三人を斃してしまいます。二太刀浴びせたのはひとりだけ、あとは一刀でおしまい。

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いまなら細かくカットを割るでしょうが、昔の映画ではありますし、三船敏郎だから、1カットで見せます。1カットなのに、あるいは1カットだからなのか、ダイナミズム、スピード感のあるすばらしいシーンです。

邸に駈け戻ると、「いけねえ、もう三人ともやられていた」と、敵の一派の待ち伏せにあったように仲代達矢に報告します。結局、仲代達矢がひとりで手勢を呼びに出かけ、わずかな侍、足軽とともに、三船浪人はその場に残ります。

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◆ 大殺陣 ◆◆
仲代達矢が出かけるや、三船敏郎は若侍たちを縛った縄を切りはじめ、見張りの侍に「なにをするのか」といわれると、「わからねえのか、こいつらを助けるのよ」といって、斬り合いがはじまります。

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正確かどうか自信がありませんが、時間にして約40秒間、4カットのあいだに、用心棒は二十三人を切り捨てるという、大殺戮をやってのけます。もちろん、こんなに斬れる日本刀は存在しませんが(数人斬れば、刃こぼれでささらのようになるか、曲がるか、折れるかするそうな)、三船敏郎の動きがすばらしく、ただただ見入ってしまうシークェンスです。

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アドレナリンが体を駆けめぐっているのがよくわかる息づかいと表情で、三船敏郎は、呆然と惨状を見つめる四人の若侍のところに行くと(こういう三船敏郎の動きを追うときのキャメラ・ワークはどれもお見事)、「おまえらのおかげで、とんだ殺生をしたぜ」と吐き捨てると、ものすごいビンタを食らわせます。

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インタヴューで田中邦衛が、三船さんの腕力を思い知りました、といっているくらいで、ここはよくある「見切り」ではなく、ほんとうに全員を殴り飛ばしています。

田中邦衛がものすごい一打を喰らうところは、キャメラがきっちり捉えていますし、加山雄三もちゃんと殴られているのがわかります。可哀想なのは、キャメラが振られて追いつかなかった土屋嘉男と太刀川寛です。

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たぶん、キツい一打を喰らったはずですが、キャメラはその瞬間を捉えていません。まあ、いまのはNG、なんてんで、もう一度殴られるよりは、一発の殴られ損ですんでよかったというべきでしょうが!

三船敏郎とはどういう俳優だったかというなら、この三人斬殺から、二十三人殺戮、そして四人殴打を、すばらしいダイナミズム、力感、スピード感をもって、みごとにやってのけた俳優である、といえばいいでしょう。すごいの一言。

◆ 文字と映像 ◆◆
シナリオとしては、ここはトリッキーなアイディアの連続で、薄氷を踏むクリティカル・パスです。三船浪人が瞬時に思いついたトリックは、ライター陣が何時間も、何日も知恵を絞った結果でしょう。いいアイディアではありますが、演出がタコだと、ガタガタになってしまう、危険なギャンブルです。

もっともきびしいのは、三人を殺されたあと、仲代達矢がひとりで出かけるところで、これは落ち着いて考えると合理的ではありません。

さらに、三船用心棒は四人を救出したあと、逃げずに、四人に縛らせ、自分も被害者のように装いますが、これも、ボンクラならともかく、仲代達矢なら、三船敏郎一人が生き残ったことをもっと疑ったところでしょう(自分は中立の部外者だといって抵抗しなかったと説明する)。

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このへんで、あれ、と鼻白まずにすむのは、ひとえに三船敏郎の力強さのおかげです。あのすさまじい瞬間的な殺戮の余韻から、観客はまだ立ち直っていないのです!

理想をいえば、どこから見ても隙のない処理で窮地を脱するほうがいいのかもしれませんが、このように、やや強引なのだけれど、映画的な処理のうまさと、大スターの迫力と、すばらしいアクションをたっぷり詰め込んで、クリティカル・パスを正面突破するのも、いかにも映画らしくて好ましいと思います。

柴田錬三郎が、たしか『七人の侍』について、あの程度のストーリーではダメだ、ということを書いていました。その通りです。小説だったら、あれは凡作です。チャンバラ小説の大家としては、あれですめば楽なものだと腹が立ったことでしょう。

しかし、『七人の侍』は小説ではありません。早坂文雄の音楽がつき、三船敏郎、志村喬、宮口精二といった俳優たちが、そして馬が、じっさいに体の動きで表現したものを、黒澤明と中井朝一がフィルムに定着したものです。

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アジトに戻った三船用心棒が、山賊の親方よろしく碁盤に坐って酒をやりながら、説教をするのが可笑しい。前列には現場にいた四人が並ぶ。左から土屋嘉男、加山雄三、田中邦衛、太刀川寛。後列左から平田昭彦、江原達治、松井鍵三、久保明、波里達彦。

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映画というのは、たんなるストーリーでもないし、文章表現とはまったく異なる性質も持っています。『椿三十郎』の若侍救出シークェンスは、小説としては成立しないかもしれませんが(小説を読むとき、われわれは映画を見るときよりずっと冷めている)、三船敏郎が縦横に走りまわるので、観客はこの俳優のパワーに気圧されてしまうのです。

完了どころか、小林桂樹の最後のショットにもたどり着けませんでしたが、『椿三十郎』でもっとも濃密なシークェンスを細かく見たので、すっかり疲れてしまいました。次回は断じて完結することにして、今日はここまでで切り上げさせていただきます。


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映画音楽 佐藤勝作品集 第13集 : 黒澤明監督作品篇
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by songsf4s | 2010-09-26 23:57 | 映画
またまたまたしても佐藤勝・武満徹『狂った果実』 補足の3 これで打ち止め総集篇
タイトル
狂った果実
アーティスト
佐藤勝(バッキー白片 on steel guitar)
ライター
佐藤勝(映画『狂った果実』より)
収録アルバム
佐藤勝作品集第16集
リリース年
1956年(録音)
他のヴァージョン
石原裕次郎
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昔から読書の秋とか、食欲の秋とか、小早川家の秋とか、麦秋(これはじつは初夏のことだそうだが!)とか、Autumn of My Madnessとか、いろいろな秋がありますが、わたしの場合は「聴欲の秋」のようです。

暑いあいだはどうも聴が進まなくて、2、3曲聴くと、もうごちそうさまと、茶碗をお膳に置いてしまっていたのですが、この数日、アルバムを通して聴けるぐらいに快復してきたのです。まあ、耳も腹と同じ、八分目ぐらいにしておくべきですが。

◆ まだあった狂った果実 ◆◆
今日は『椿三十郎』を一休みして、佐藤勝のこと、というか、当家ではいったい何度言及したのかわからないほどしばしばふれている『狂った果実』のことを少々書きます。

いやはや、『狂った果実』のテーマとスコアについては、何度補足したのかわからないくらいで、もう書くことなんかなにもなさそうなものですが、あにはからんや、それがあったのだから、わたしも驚いています。

『椿三十郎』の件で、毎度お世話になりますの「三河のOさん」とメールのやり取りをしていたら、エラいものが飛んで来ちゃったのです。『狂った果実』(映画には出てこないが、石原裕次郎がシングルにした曲)のインスト・ヴァージョンです。

サンプル 佐藤勝「狂った果実」(スティール・ギター・インスト・ヴァージョン)

バッキー白片のスティール・ギターもけっこうな、じつになんとも魅力的なヴァージョンで、映画に使わなかったのは惜しいなあと思います。と書いてから、いま、武満徹全集のライナーを読み直しました。

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ということは、このヴァージョンは未発表ではなく、映画のなかに出てきたのでしょうか。どうも記憶がなくて相済みません。チャンスがあったら、『狂った果実』を見直して、どこかに出てくるかどうか確認します。

ただし、映画から音を切り出したときに、一度音だけをちゃんと聴いたので、こんなにいい曲を聞き逃したとは、わたしとしては信じたくないところです。好ましい曲はあのときに拾い出して、サンプルにしたわけですからね。

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武満徹全集には、佐藤勝作曲のメロディーは入れるわけにはいかず、『狂った果実』のフルスコアという盤はないので、このトラックだけ宙に浮き、佐藤勝作品集の補巻である、雑纂篇とでも名づけたくなるような第16集に収録されることになったのかも知れません。

参考として、同じ曲を石原裕次郎が歌ったヴァージョンもあげておきます。作詞は石原慎太郎。

サンプル 石原裕次郎〈狂った果実〉

◆ サンプル総集篇 ◆◆
三河のOさんからは、もうひとつ、これまたすばらしく楽しいものをいただいたのですが、今夜は時間がなくなってしまったので、それは次回か、または『椿三十郎』を完結させてからご紹介することにします。

今日は、これまでのさまざまな記事のなかにバラバラに埋め込んだ、『狂った果実』関係のサンプルの総まとめをしておきます。その前に、オリジナル記事一覧をどうぞ。

中平康監督、北原三枝、石原裕次郎主演『狂った果実』
その1
その2
その3
その4

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それではサンプル一覧にいきます。まずは、のちの補足記事でアップした高音質ヴァージョン。特記のないかぎり、作曲は武満徹(オーケストレーションは武満徹と佐藤勝の分担)です。

サンプル 〈メイン・テーマ〉
サンプル 〈DB4-M4〉
サンプル 〈DB8-M8〉
サンプル 〈メイン・テーマ〉(unused)

この未使用の〈メイン・テーマ〉というのは、武満徹全集収録のトラックですから、今夜の記事の主役である、佐藤勝作曲の未使用(だと思うのだが)の主題歌とは異なります。

つづいて、映画から切り出した低音質サンプル。低音質といっても、それほどひどくもないし、SEや台詞がはいっているほうが面白い場合もあります。

サンプル サンプル1(テーマ)
サンプル サンプル2(スティール&口笛)
サンプル サンプル3(ラヴ・テーマ)
サンプル サンプル4(ラヴ・テーマ、オルタネート)

最後は、劇中のパーティー・シーンで石原裕次郎が歌う(彼のシンガー・デビュー曲)〈想い出〉の低音質サンプルです。映画から切り出したもので、パーティー・シーンの直前のスコアも入れてありますし、台詞も多数です。作曲は寺部頼幸、作詞は石原慎太郎。

サンプル 石原裕次郎〈想い出〉とその前後

あとは〈想い出〉のオルタネート・ヴァージョンがあるくらいですが、それもお聴きになりますか。

サンプル 石原裕次郎〈想い出〉(スタジオ録音)

これでもう『狂った果実』という映画とそのスコアについて補足することはないだろうと願っていますが、ほとんど魔に取り憑かれたように、あとからあとからいろいろなものが飛び出してくるので、また続篇が登場するかもしれません!


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(『狂った果実』は、サウンドトラックではなく、ボーナス・ディスクに武満徹のこの映画の音楽に関するコメントが収録されているのみ)


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by songsf4s | 2010-09-25 23:56 | 映画・TV音楽
黒澤明監督『椿三十郎』(1962年、東宝=黒澤プロ) その2

前回の枕で、バディー・エモンズというペダル・スティール・プレイヤーのBluemmonsという曲をサンプルにしたのですが、さきほどbox.netを見たら、アクセス0でした。

やっぱりペダル・スティールはダメか、どカントリーじゃなくて、4ビートですごく面白い曲なのだが、と思ってから、いままで、一日たってもアクセス0だったものは、すべてリンクの間違いだったことを思いだし、確認しました。空リンクではないのですが、OSTフォルダー全体に対するリンクになっていて、目的の曲にはたどり着けませんでした。平伏陳謝。

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すぐに修正したので、昨日、お試しになって聴けなかったという方は、以下のリンクをご利用になってみてください。なんとも表現しようのない、ジャンルに収まらない不思議なサウンドで、久しぶりに発見の興奮を味わいました。

サンプル Buddy Emmons "Bluemmons"

おっと。いま、もっとひどい間違いに気づきました。Blue Moonの5回目では、ポール・スミスのBlue Moonをアップしたはずなのに、box.netのファイルはBlue Roomとなっていて、おいおい、またファイル名をまちがえたか、と思ったら、そんな段ではなく、あらぬ曲をアップしていました。すでに多くの方がまちがった曲をお聴きになったようで、どうも失礼いたしました。平伏。いまアップし直しましたので、まだご興味がおありなら、こちらをどうぞ。これもすばらしい出来なのに、ファイルをまちがえては話がわやです。

サンプル Paul Smith "Blue Moon"

いやはや、いろいろな間違いをするものです。冷汗三斗でした。

◆ 耳から指突っ込んで奥歯ガタガタいわしたるで ◆◆
半分は偶然、半分はわたしの嗜好の偏りのしからしむる必然ですが、『椿三十郎』のスコアもまた佐藤勝によるものです。そもそも佐藤勝が多作だから当たりやすいのですが、それにしても、このところ、しじゅう佐藤勝作品です。

しかし、『椿三十郎』のフルスコアはもっていなくて、あわててわが友「三河の師匠」に救援を仰ぎ、無事、アウトテイクまで聴くことができました。三河の侍大将の支えがないと立ちゆかないブログなのです。

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だれでもすぐにわかることですが、『椿三十郎』のスコアの特徴は、パーカッションの多用と、同じことの裏返しですが、メロディーとハーモニーの不在、といってはいいすぎ、「微少さ」といっておきましょう。

いや、「パーカッションの多用」だけでは、やはり佐藤勝が書いた『用心棒』のスコアと同じになってしまいます。『用心棒』と『椿三十郎』のスコアのあいだには、厳としたちがいがあります。キハーダ(quijada)の有無です。

サウンドと奏法のわかりやすいものというと、これしか見つけられなかったのですが、よろしかったら、メキシコのキハーダという打楽器をご覧ください。全部見ることはありません。冒頭の2、3小節で十分です。



この楽器は、牛や馬などの頭部をよく干し、骨と歯だけを残してつくるのだそうです。ま、早い話が、楽器というより、馬のシャレコウベ。考えてみると、あまりプレイしたくなるような代物でもありません!

キーポイントは歯肉を落とすことで、その結果、骨と歯のあいだに隙間ができ、叩くと両者がふれあうカラカラという音が生じます。このクリップでわかることは、ヘラのようなものでこすってギロのような音を出すのと、拳で叩いてrattling、つまりカラカラという音を出す、二種類の奏法があるということです。

つぎは『椿三十郎』の冒頭、東宝ロゴからタイトルにかけて流れるトラックです。

サンプル 佐藤勝「タイトル・バック」(『椿三十郎』より)

以上、キハーダがフィーチャーされていることがおわかりでしょう。

◆ デファクト・スタンダードの創造 ◆◆
歌舞伎の鳴物に、拍子木で板を強く叩く派手な効果音がありますが、あれに似た、この椿三十郎の「タイトル・バック」のような、キハーダの時代劇スコアへの応用というのはクリシェだと思っていました(さらにいえば、イタロ・ウェスタンにまで利用された)。

Titoli (『荒野の用心棒』挿入曲。多くの人が勘違いしているが、この曲はテーマではない。テーマは別にある。鞭の効果音はキハーダではないのかもしれないが、受ける印象は同じなので、佐藤勝に影響を受けた可能性はあると考える)


しかし、佐藤勝ですからね。しかも、黒澤映画のスコアです。クリシェを提出する状況でもなければ、クリシェにOKを出す監督でもありません。

わたしには日本映画音楽史の知識などありませんが、状況から想定できることは、佐藤勝はキハーダを歌舞伎の鳴物的に時代劇に利用する手法を『椿三十郎』で創始し、後続の作曲家たちがこのアイディアを遠慮なく頂戴した結果、「時代劇にはキハーダ」というのがクリシェに「なってしまった」、ということです。

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「三河の師匠」はほんとうに親切な方で、いつもわたしの救援要請に即座に答えてくださるばかりでなく、ブログに書くときの参考にと、ライナーや録音データの完全なスキャンをつけてくださいます。それによると、やはり、後年、こうしたキハーダの使い方はテレビ時代劇で大々的に利用されることになったそうです。そうか、そうだよな、佐藤勝と黒澤明だもの、工夫をしたに決まっているじゃないか、でした。

続篇としての連続性を維持するために、『椿三十郎』では『用心棒』のモティーフも使っているので、念のために、そちらのほうのサントラもざっと聴きました。太鼓や拍子木(ないしは西洋のウッドブロック)などのパーカッションを柱にしたサウンドであることは同じですが、まだキハーダは登場していません。『用心棒』で拍子木を多用した結果として、その延長線上にキハーダの利用を思いついたのではないでしょうか。

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佐藤勝が『椿三十郎』でオリジネートした「太鼓とキハーダを特徴とする、いかにも時代劇らしい勇壮なサウンド」は、その後、この分野の事実上の標準となり、無数にコピーされた、ということを確認させていただきました。耳慣れた音楽に聞こえるとしたら、そういう事情によるのであって、佐藤勝がクリシェにもたれかかって仕事をしたわけではありません。

◆ ニアミス ◆◆
いま、とんでもないミスをしたときに感じる、腹のなかで出合ってはいけないものが出合って、不快な化学反応を起こしたような感覚がありました。時代劇におけるキハーダの利用を佐藤勝の創始と断じるだけの十分な材料を、おまえはもっていないだろうが、という声が聞こえたのです。

ほら、あの曲があっただろ、あれはいつのものだ、いますぐ調べろ、とわが内なる声が叫んだので、あわててプレイヤーにファイルをドラッグしました。



このクリップ、冒頭のティンパニーが聞こえません。印象的な入り方なので、音だけのサンプルもあげておきます。

サンプル 芥川也寸志「赤穂浪士」

この大河ドラマのテーマは子どものころ大好きで、いま聴いてもいい曲だと思います。いや、問題はこれがいつのものかということです。1964年正月から放送がはじまったとありました。『椿三十郎』は1962年1月1日に封切りだそうですから、2年早かったことになります。

そもそも、こちらの曲に使われているパーカッションは、キハーダではなく、拍子木かスラップスティックか、なにかそういうものかもしれません。ただ、『椿三十郎』に印象の似たパーカッションの使い方ではあります。

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それにしても、『赤穂浪士』の配役を見ると、すごいものです。当時、本編ではこれだけの配役ができる大作はなかったでしょう。もうひとつ、『花の生涯』も見てみましたが、これも仰天のハイパー豪華キャスト。オールスター映画5本分ぐらいの豪華さです。ヒットするはずですよ。やがてわたしは大河ドラマというのが大嫌いになりますが、『花の生涯』と『赤穂浪士』だけは、じつに熱心に見ました。キャストを見れば、それも当然です。尾上松緑(『花の生涯』)と宇野重吉(『赤穂浪士』)は深く印象に残りました。

◆ 転向者 ◆◆
『椿三十郎』のストーリーを追うつもりはなかったのですが、小林桂樹の登場場面を説明しようとすると、やはりそうなってしまうようです。

冒頭の神社のシークェンスで三船浪人の腕に感銘を受けた室戸半兵衛(仲代達矢)は、仕官したいのなら、俺のところに来いと言い残します。三船用心棒は、あとでそのことを思いだし、ちょっと菊井のところに行ってくる、といってアジトを出て行きます。

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椿三十郎が室戸半兵衛に会おうと大目付の邸の門前に立つきわめて印象的なシークェンス。通用口を叩いて門番を呼び出し、室戸に会いたいというと、いまはそれどころではないといわれてしまう。

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なんだというのかと思うと、門が開いて、「出陣」の騒ぎがはじまる。

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あおり気味に撮りはじめて、しだいにティルト・ダウンして、ものものしさを強調している。ただし、現実にこのように馬前を横切ったりしたら、即座に首を飛ばされる。

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観客には、これは相手の懐に入りこんで容子を探るためとわかりますが、残された若侍たちは、三船浪人を信じる一派と、あいつは金欲しさに裏切ったのだという一派に分かれて議論になります。

議論が白熱したところで、ちょっと失礼します、という声が聞こえ、全員が押し入れのほうを見ます。

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すると、小林桂樹見張り侍が押し入れから出てきて、わたしもあの浪人を信用します、城代の邸から逃げるときに、奥方の踏み台になったじゃないですか、あれは奥方の人柄にうたれたからです、それだけとっても、あの人がいい人間だということがわかります、と、いうだけいうと、また自分で押し入れに戻っていきます。

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ここで小林桂樹登場はこの映画のなかのルーティンになるわけで、ギャグというもののあらまほしき姿を体現しています。

◆ ハル・ブレイン的役割 ◆◆
小林桂樹はインタヴューでこういっています。

「監督さんはわりあいに、ほっといてくれたというか、わたしが調子を出して一所懸命やると、黙って、よく笑って見ていてくれていましたからね」

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黒澤明は俳優のアドリブなどめったに許す監督ではありません。『日日平安』の段階では主役だった小林桂樹の役は、『椿三十郎』では、なくても話の運びには影響しない軽い役に縮小されたのですが、それでも削除しなかった、あるいは、それでも小林桂樹に振ったのは、いい判断だったと思います(もちろん、黒澤映画だから、小林桂樹も承知したのだろうが)。

小津安二郎の映画で、自主的に演技することを望まれていたのは杉村春子だったそうです。この女優も、小林桂樹と同じようなことを、たとえば『晩春』について回想しています。

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フィル・スペクターは、小津安二郎のようにガチガチに固めていくタイプのプロデューサーでしたが、好き勝手にやっていいとカルト・ブランシュを渡していたプレイヤーが一人だけいました。ドラムのハル・ブレインです。

自分の世界ができあがっている巨匠というのは、だれか、自分にはない要素をもった、すぐれたパフォーマーを必要としたのではないでしょうか。隅々までみずからの意思を浸透させ、作品を堅牢につくりたいという衝動があるいっぽうで、そこに意想外のもの、異質な要素が入ってきて、硬直を防いで欲しいとも願っていたのだろうと思います。

黒澤明は、成瀬巳喜男の演出についてこういっています。演技が気に入らないと、成瀬さんは、ただ「そうじゃない」というだけで、それ以上の説明をしたり、指導をしたりすることはなかった、俳優は自分で考えなければいけなかったのだ、ひるがって、自分は黙っていることができず、こうやるんだと指示を与えてしまう、溝さん、小津さん、成瀬さんに鍛えられた俳優たちは力があって、自分で演技を考えることができた、と。

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右から山村聡、成瀬巳喜男、原節子

小林桂樹に自由に演技をさせたとき、黒澤明は先達のことを思っていたのかもしれません。

『椿三十郎』は二回で十分だろうと思ったのですが、黒澤明と佐藤勝が相手ではそうは問屋が卸さないようで、もう一回延長することにさせていただきます。


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椿三十郎<普及版> [DVD]
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映画音楽 佐藤勝作品集 第13集 : 黒澤明監督作品篇
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Amazing Steel Guitar: The Buddy Emmons Collection
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芥川也寸志の芸術/蜘蛛の糸~芥川也寸志管弦楽作品集
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by songsf4s | 2010-09-24 23:55 | 映画