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〔雨の日に備えて〕 ジャズ・ヘイターのためのゲーリー・バートン=ラリー・コリエル入門の4
 
前回は更新して半日もたってから、ひどいチョンボをしでかしたことに気づき、記事を修正しようかとも思ったのだが、すでに相当数の方がご覧になったあとのこと、やむをえず、つぎの記事で補足することにした。

◆ ウォルターL氏再び ◆◆
なにをやらかしたかというと、話はやや錯綜するので、周章てず騒がず、ゆっくりと行く。

若いころはすでにとりあげたDusterがバートン=コリエルのもっともいいアルバムと考えていたのだが、ボビー・モージーズのドラミングが好ましく感じられるようになってからは、Gary Burton Quartet in Concert Live at Carnegie Recital Hallが、この顔合わせのもっともいい瞬間を捉えた盤だと考えるようになった。

その理由は単一ではないのだけれど、最大の理由はWalter L.で、そのことを云い、もうすこし突っ込んで書く予定だったのに、オリジナルやカヴァーのことに気をとられて、それを失念してしまったという次第。面目ない。もう一度、くだんの曲をここに置く。

The Gary Burton Quartet - Walter L. (HQ Audio)


音楽のほとんどはそうだが、とくに4ビートでもっとも重要なのはプレイヤー間の対話、インタープレイがエクサイトメントを生む。その意味で、この4人がもっとも白熱した対話を交わしたのはこの日の、この曲の時だったと思う。

ロイ・ヘインズからボビー・モージーズに交代したことで、前作からリズムのニュアンスが変わったのだが(8ビート寄りのセンスになる)、このライヴでは、モージーズに交代したことが実を結んだと感じる。

それはとりわけコリエルとの「話」がストレートになったことにあらわれているのだが、なかでもWalter L.でのソロは、モージーズがカタパルトを提供したおかげでワイルドなほうへと向かった感じで、後半にすばらしいエクサイトメントが生まれている。

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Bob Moses "Devotion" (1979) モージーズのソロはアヴァンギャルド・アルバムもけっこうあるのだが、これはオーソドクスな音。スティーヴ・スワロウのPortsmouth Figurations(Duster収録)をやっている。ゲーリー・バートン・カルテットのものはロイ・ヘインズが叩いたので、モージーズがストゥールに坐った録音は残されていないと思うが、ツアーではプレイしたことがあったのだろう。

コリエルのトーンは、ソロに入った時から、当時の4ビートとしては常識外れの歪ませ方だが、2:35あたりから歪んだコードを多用して、いよいよ4ビートのニュアンスが消えていくと、モージーズも極端に強いスネアやシンバルのアクセントでコリエルを蹴り上げる。知るかぎりのコリエルのソロで、このあたりの展開がベストではないかと思う。

ボビー・モージーズはもののわかったドラマーらしく、ラリー・コリエルのソロが終わって、ゲーリー・バートンのソロに入ると、それまでよりビートを弱くする。ヴァイブラフォーンという楽器はワイルドにはプレイできないものなので、ギターのようには強いビートと拮抗することはできない。

ボビー・モージーズの盤はほかに十枚ほどしか聴いたことがないが、結局、この曲でのドラマティックなプレイがいちばん印象に残った。若いころのプレイを代表作とは云われたくないだろうけれど。

◆ 間違っていることが正しい ◆◆
LPで云うとここからB面に入って、再びラリー・コリエル作。

The Gary Burton Quartet - Wrong Is Right (HQ Audio)


タイトルが示唆するようなパラドキシーを感じさせる曲ではなく、このカルテットとしてはむしろオーソドクスなスタイルでプレイされているが、4ビートの厭ったらしいところがなく、すっきりとさわやかな音になるところがこのコンボの身上、好ましいトラックである。

オーソドクスな曲ではあるけれど、「間違っていることが正しい」というタイトルには、やはりいくぶんかの主張ないしは腹立ちが込められているのだろう。

べつに音楽にかぎったことではなく、さまざまな分野で云えることだが、それまでは「やってはいけない」とみなされたことをやってしまう人間が出現した時に、大きな変化が起きる。

ロックンロールでは当たり前のことなのに、たかがベンドをかけたぐらいでゴチャゴチャいうような小姑の多いジャンルでしばらくのあいだ暴れてみて、コリエルは、お前らが間違っていると云っていることが、じつは音楽にとっては正しいんだ、と思ったことだろう。エルヴィスやリトル・リチャードも同じようなことを思ったのにちがいないさ、気にするなラリー。

◆ ポップ・ミュージックへのアプローチ ◆◆
つづいてスティーヴ・スワロウのアップライト・ベースをリードにした、ディランのあの曲のカヴァー。

The Gary Burton Quartet - I Want You feat. Steve Swallow (HQ Audio)


1971年に日比谷公会堂で見た時、スワロウはエレクトリックへの移行過程にあり、アップライトとエレクトリックが半々ぐらい、何度も持ち替えていたが、この曲はベース・ソロだから、カーネギー・リサイタル・ホールのライヴと同じく、アップライトでやった。

プレイの質がどうこうという以前に、4ビートのシリアスなコンボが、ボブ・ディランの曲をカヴァーするということそれ自体に意味が生じる時代だったことに留意されたい。70年代の「フュージョン」ブーム(軽蔑を込めてカギ括弧に入れてやった)は未来の話なのだ。

前回の記事でご紹介した、ゲーリー・バートンの1966年の盤、Tennessee Firebirdはナッシュヴィル録音で、チャーリー・マコーイやケニー・バトリーもプレイした。

60年代のディランを聴く方ならよくご存知のように、I Want Youを含むダブル・アルバム、Blonde on Blondeのほとんどの曲が録音されたのはナッシュヴィルのコロンビア・スタジオ(クォンセット・ハットではない)、そのメンバーを集めたのはほかならぬチャーリー・マコーイで、Blonde on Blondeセッションを取り仕切ったのも、すでにNYでディランに会っていたマコーイだった。

そして、ゲーリー・バートンがTennessee Firebirdを録音した(66年9月19日からの三日間)のはディランのBlonde on Blonde(66年2月と3月に録音、遅くとも7月にリリース)のすぐあとのことで、この時はI Want Youだけでなく、Just Like a Womanも録音している。

Gary Burton - 07 I Want You (HQ)


前半のサックスはスティーヴ・マーカスだろう。後半、スティーヴ・スワロウのソロが出てきて、In Concertヴァージョンへとつながる。べつに悪くもないのだが、手つきに迷いがあるというか、まだ試行錯誤段階の音と感じる。

こういうところで、ゲーリー・バートンはラリー・コリエルを必要としたのではないか、と想像する。

バートンはこれ以前にもNorwegian Woodを録音していて、ビートルズと同世代のミュージシャンとして、ロックンロールの世界で起きていることはおおいに気にしていたにちがいない。

しかし、天才少年じみたプレイヤーが、若くして音楽学校で理論を学んだわけで、おそらく、ラリー・コリエルのように自分でロックンロール・バンドを組んだことなどなかったのだろう。そこが手つきにあらわれる。

ラリー・コリエルははじめから4ビートも8ビートも聴いていたのだろう。ビートルズもジミ・ヘンドリクスも「自分の音楽」と感じるから、そちらの曲をプレイするときに、まったく構えない。そのまますっと弾くことができた。

以上、全部憶測だが、66年のTennessee Firebird収録のI Want Youと、68年のIn Concert収録のI Want Youのあいだに横たわる差は、そういうことなのだと考える。ふつうの曲としてプレイできるようになった触媒はラリー・コリエルにちがいない。

次回、この項は完結できると期待している。



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Gary Burton Quartet in Concert: Live at Carnegie Recital Hall
カーネギー・ホール・コンサート


Gary Burton - Tennessee Firebird
テネシー・ファイアーバード
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by songsf4s | 2016-10-11 17:54 | 60年代
〔雨の日に備えて〕 ジャズ・ヘイターのためのゲーリー・バートン=ラリー・コリエル入門の2
 
枕など書いていると、またまたロング・ランになりかねないので、今日はさっそく前回の続きへと。

◆ 承前 二作目「Lofty Fake Anagram」 ◆◆
改めてLofty Fake Anagramのクレジットを見たら、こう書いてあった。

Recorded at RCA Victor's Music Center Of The World, Hollywood, CA on August 15, 1967 - August 17, 1967

DusterはNYのRCAでの録音だったが(さらに古いアルバムのなかには、ナッシュヴィルのRCAで録ったものもあった)、こちらはハリウッドのRCAだとは意識していなかった。

ヘンリー・マンシーニやパーシー・フェイスが録った(いや、クラシックの巨匠たちの録音のほうで有名だが)、ハル・ブレイン云うところの「飛行機格納庫のように巨大な」スタジオAではなく、もっと小さいスタジオBなどを使ったのだろう。

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サンセット・ブールヴァード6363番地のハリウッドのRCAビル。正式名称RCA Victor's Music Center Of The World, Hollywood

さらに目を惹くのは録音日だ。6月下旬にモンタレー・インターナショナル・ポップ・フェスティヴァルがあり、ジャニスの歌にママ・キャスが唖然とし、オーティス・レディングがキャリア第2弾ロケットに点火し、キース・ムーンがドラムを蹴倒し、ジミがストラトを燃やした。

ビートルズはSgt. Pepperをリリースし、史上初の世界同時中継番組Our Worldに出演して、ライヴでAll You Need Is Loveを録音し、そうしたもろもろが前年からの底流に火をつけ、サイケデリックの嵐が吹き荒れた、まさにその真っ最中の1967年8月に、このLofty Fake Anagramは録音された。

前作でもちらりと垣間見えた、アヴァンギャルド指向というか、時代も時代なので、サイケデリック傾向のようなものは、ラリー・コリエルが在籍したあいだずっとつづくのだが、このアルバムではゲーリー・バートン作のつぎの曲がそのカテゴリーに入る。

The Gary Burton Quartet - The Beach (HQ Audio)


輪郭があいまいなだけで、まだメロディーはあるし、ゲーリー・バートンとラリー・コリエルがいっしょに弾くテーマ(のようなもの)もあるのだから、アヴァンギャルドの一歩手前だが、サイケデリック味は十分に濃い。

データ類をのぞけば、音楽のことをどうこう云うのはもちろんすべて主観だが、さらに深く主観の領域に入って云うと、子供の時分にこのあたりのアルバムを徹底的に聴いたのは、いや、「聴けた」のは、こういう匙加減、ニュアンス、アプローチ、持って行き方が、ジャズ・コンボ的ではなく、ロック・グループ的だったからだといまになってわかった。直感的に、自分がよく知っている音楽の親類だと理解したにちがいない。

アヴァンギャルド的要素は入り込んでくるのだが、フリー・ジャズのほうには向かわず、いわばビートルズ的な前傾姿勢を保つ、という意味なのだが、よけいにわからない云い方で申し訳ない(←自分で笑っている)。

なんというか、このあたりの曲は、アート・アンサンブル・オヴ・シカゴ的な意味でアヴァンギャルドではなく、ビートルズのRainやTomorrow Never KnowsやA Day in the Life、ジミ・ヘンドリクスのIf Six Was Nine的にサイケデリックしているのだ。

当時、そんな風に意識して聴いていたわけではないが、そういうニオイは嗅ぎ分けるもので、アート・アンサンブル・オヴ・シカゴには反応せず、ゲーリー・バートン・カルテットにはおおいに反応して、コリエルが抜けたあとの盤まで買い、71年の来日の時は、学校を早めに抜けて、制服のまま日比谷公会堂に行った(早すぎて先頭に並んでしまった)。

フリー・ジャズのコンボではないので、ふつうにテーマとコードのある曲のほうが多いのだが、やはりプレイ・スタイルの面で、時代を反映してサイケデリックな味つけがされている。ラリー・コリエルはそのためにゲーリー・バートンに招かれたのだと思う。つぎの曲がその典型。

The Gary Burton Quartet - Good Citizen Swallow (HQ Audio)


1:39あたりからコリエルのギターが入ってくるが、いきなりハウっているところが、やはりあの時代の4ビートから云えばまったくの異端。スティーヴ・スワロウのベースのための曲なので、コリエルのソロは短く切り上げられ、あとはエンディング直前の、たぶんヴォリューム・コントロールでアタックを消した、テープ逆回転風の音をチラッと入れてくることで、サイケデリック味を加えている。

Revolver、Sgt. Pepperと、ビートルズも2枚つづけて最後にサイケデリックな曲を持ってきてアルバムを終えていたが、Dusterにつづき、このLofty Fake Anagramでも、ゲーリー・バートンはビートルズと同じくテープ・ループを使ったアヴァンギャルドなコラージュでアルバムを終えている。

The Gary Burton Quartet - General Mojo Cuts Up (HQ Audio)


コンポーザー・クレジットはスティーヴ・スワロウとなっている。おそらく、スワロウ作のGeneral Mojo's Well-Laid Plan(Duster収録。前回とりあげた)のテープをもとにコラージュをつくったので、こちらもスワロウ作とされたのだろう。

じっさいには、モジョ将軍のテープ・コラージュだけでなく、さらに無調のインプロヴを録音し、もろもろをつなぎ合わせたのだろうと思う。日常、楽しんで聴くような曲ではないが、たとえば、フィルム・ノワールやアクション映画に使われたら、効果を上げそうな出来である。

まだ2枚しか聴いていないが、さらにこの項を次回へと延長する。なんだか、最低でもあと2回はかかりそうな……。



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The Gary Burton Quartet - Duster
ダスター


The Gary Burton Quartet - Lofty Fake Anagram/A Genuine Tong Funeral
Lofty Fake Anagram/A Genuine Tong Funeral
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by songsf4s | 2016-10-07 07:07 | 60年代
〔雨の日に備えて〕 ジャズ・ヘイターのためのゲーリー・バートン=ラリー・コリエル入門
 
つぎのラスカルズ記事もまた大量のカヴァー・ヴァージョンのために、あらたにクリップをアップする必要があるのに、それも終わらないうちに、HDDの構成を変える必要に迫られ、こっちの30GBをあっちに移し、あっちの20GBを削除し、などという騒ぎをはじめてしまい、もう二日三日は更新できそうもないという事態に立ち至った。

では、というので、毎度毎度の雨傘番組、すでにアップしてあるクリップからいくつか拾ってご紹介しみようという算段、今回は雨傘プログラム・フォルダーも独立させ、いつでもできる体勢もつくって本気で穴埋めに取り組もうという次第哉。

せっかくアップしたのに、なにかの挟間にはまり込んで、ほとんど誰も聴いてくれないクリップを貼りつけようかという心づもりだったのだが、なんだかんだで、最近はどれもそれなりに聴かれているようで、迷い箸をしてしまい、手っ取り早くやるはずが、まったく当てはずれ。

もっと簡単にできるものはないかと思案した結果が、タイトルの如し。ラリー・コリエルがいた時代のゲーリー・バートン・カルテットの曲はいかがで御座ろう、という結論になった。

◆ デビュー「Duster」 ◆◆
はじめにお断りしておくが、ゲーリー・バートンはいちおう4ビート・プレイヤーに分類できるものの、ジャズ嫌いのポップ/ロック系のリスナーが頭の中で描いている「ジャズ」のイメージとはだいぶズレる。とくに、ラリー・コリエルとの4枚と、そのつぎのジェリー・ハーンがギターを弾いたころのゲーリー・バートン・カルテットは、非ジャズ要素の豊富なコンボだった。

The Gary Burton Quartet - Ballet


これはラリー・コリエルを迎えての最初のアルバムの、そのまたオープナー、わたしの4ビート・チャンネルではもっともよく聴かれている曲のひとつである。作者はマイケル・ギブス、いちおう、データを書き写しておく。

from "Duster" 1967
Vibraphone - Gary Burton
Guitar - Larry Coryell
Bass - Steve Swallow
Drums - Roy Haynes

Producer - Brad McCuen
Engineer - Ray Hall
Recorded in RCA Victor's studio B, NYC

このころのラリー・コリエルは非常にいいプレイヤーだったと、いまにして思う。リリースの翌年に聴いたので、ほぼリアルタイム、後年にいたって「ああなってしまう」ということは知らないから、とりたてて「この瞬間なんだ」という意識はなく、ちょうどそのころおおいに名声を得つつあったジミ・ヘンドリクス同様、「いま出てきたばかり」の「これからどんどんすごくなるだろう」若いギタリストとして聴いていた。

理屈をこねているとまた終わらなくなるので、つぎのクリップへ進む。同じLPから、こんどはベースのスティーヴ・スワロウ作の曲。この曲を聴けば、この時期のゲーリー・バートン・カルテットがふつうのジャズ・コンボとはかなり異なっていたことがより明白になるだろう。むろん、スティーヴ・スワロウという人自身もオッド・ボールだったのだが。

The Gary Burton Quartet - General Mojo's Well Laid Plan (HQ Audio)


ラリー・コリエルの全キャリアを追いかけたわけではないので確言はできないが、おそらく後年はやらなくなってしまった、ベース・ソロなどのクワイアット・パートでヴォリュームをゼロに絞って、ギブソン・スーパー400の、フル・アコースティックとしても最大級のボディーの鳴りを生かして、アコースティック・コードを入れるセンスに、中学生は惚れた。

当時の国内盤のライナーをお書きになったヴェテランの方は、言葉にお困りになったか、この曲をフォーク・ロック的と表現していらしたが、それは、ラリー・コリエルのスーパー400アコースティック化プレイに引きずられて、思わず「フォーク」と短絡してしまったのでは?

うーん、言葉に困るのはご同様だが、フォーク・ロックをよく知る人間として云わせていただくなら、あれは必ずしもアコースティック・ギターのコードは必要としない。フォーク・ロックと呼ばれた一群のポップ・ソングと、このスティーヴ・スワロウ作のモジョ将軍の綿密な作戦はあまり関係がないと感じる。

ただし、形式を棚上げするなら、気分としてはそのような、ポップ・ミュージックの新しい傾向への共感が生んだ曲なのかもしれない、とは思う。

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スティーヴ・スワロウとロイ・ヘインズ

この録音から4年後、ゲーリー・バートン・カルテットで来日したスワロウは、雑誌のインタヴューで、好きなロック・グループとしてヤングブラッズ、トラフィック、グレイトフル・デッドをあげた。

この三者のいずれも聴きこんでいた高校生のわたしは、こりゃ本物だ、ちゃんと聴いたうえでの発言だ、近ごろのおジャズの世界によくいるスットコドッコイのお調子者じゃない、と感心した。さらにその後、スワロウはこの発言を行動で裏付けるのだが、その証拠のクリップはあとで貼りつける。

このあたりの、ポップ・チューンのような、一聴たちまち乗れる曲はアンチ・ジャズ、すくなくとも、フュージョンとかいう、ジャズがぐずぐずに崩れていく先走りになったと思うのだが、当時はそちらではなく、つぎの曲に評論家たちは反応したらしい。ま、ピント外れのトンチキ君が多いものなのだよ、評論家というのは。

The Gary Burton Quartet - One, Two, 1-2-3-4 (1967 studio version) HD


たしかにアヴァン・ギャルド寄りではあるけれど、それ云うなら、アヴァン・ギャルド寄りのジャズなんて、当時だってほかにもいろいろあった(たとえば、同級の友だちの家に行ったら、アート・アンサンブル・オヴ・シカゴを聴かされた!)。

しいて云うと、ラリー・コリエルがソロでハウリングを起こさせたこと(ライナーには「フィード・バック奏法」と大袈裟に書かれていた)が、ジャズでは新しかったのだろう。しかし、ロックンロール小僧はハウリングなどすでに経験済み、どうすればギターが「ハウる」かも知っていたので、めずらしくもない、と歯牙にもかけなかった。そんな小手先のことはまったく重要ではない。

Duserからもう一曲。ドラム・ソロが好きなわけではない。テーマとその後の短いインプロヴの凝縮された感じが好きなだけ。

The Gary Burton Quartet - Portsmouth Figurations (HQ Audio)


ジャズ・アルバムを聴いていてうんざりするのは、楽曲の貧弱さ、つまり、スタンダードばかりが詰め込まれていて、またかよ、またかよ、またかよ、またかよ、になることだ。

ビートルズとともに音楽を聴きはじめた人間の習性として、曲が書けるか否かはそのアーティストの評価を大きく左右するものと考えているし、ある盤の善し悪しを云う時、「楽曲を揃えてきた」か否かが重要なポイントになる。

一曲いいのがある、というのでは、まあ、あれで救われたけど、おおむねつまらない盤、ということであり、「いつもかならず楽曲を揃えてくる」ことがビートルズが世界一のバンドである最大の理由だった。

The Gary Burton Quartet - Liturgy (HQ Audio)


4ビートの世界にも作曲家はいたし、新作はあったが、横目で見ているかぎりでは、ロックンロールの世界で云う「リフ」だけのようなもので、曲としてどうこうと思うものはなく、とうていスタンダードと肩を並べられるようなものには思えなかった。

いま振り返って、プレイの質とは異なる「メタ」なレベルでのDusterの魅力は、ほとんどが新作であるにも拘わらず、「楽曲を揃えてきた」ことだ。手触りはポップ・フィールドのアルバムと同じレベルにあり、中学生が毎日のようにこのLPを聴いた理由もそれだったのだと、いまになってわかった。

◆ 二作目「Lofty Fake Anagram」 ◆◆
前作Dusterと同じ1967年、「サマー・オヴ・ラヴ」と呼ばれることになった夏の大騒ぎがあったいわば「サイケデリック・イヤー」に、2枚のアルバムを出したことも、このコンボの姿をあらわしているのかもしれない。われわれ中学生にも聞こえてくるほど、ラリー・コリエルは評判になっていた。

そして、前作はプリ・サマー・オヴ・ラヴ、こちらはポスト・サマー・オヴ・ラヴだったことは、音にもおおいに影響した。その1967年の2枚目、邦題「サイケデリック・ワールド」とされた(ワッハッハ)アルバムのオープナーから。

The Gary Burton Quartet - June the 5, 1967


この盤からドラムはボビー・モージーズに交代する。前作のロイ・ヘインズのようなオーセンティックなジャズ・ドラマーとは云いにくいが(いや、ヘインズだって後年になるとファンク・ドラマーと化す!)、モージーズで3枚残したのはよかった。

ボビー・モージーズは、ラリー・コリエルがゲーリー・バートンに迎えられる以前にやっていた、フリー・スピリッツというロック・グループで叩いていた。そのせいで、長い間、モージーズはロック・ドラマーだと思っていたのだが、数年前に読んだインタヴューでは、ジャズ・コンボ(フリー・ジャズだったか)のつもりではじめたのに、コリエルが強引にロック・バンドにしてしまったのだそうで、モージーズはロックンロールなどやる気はなかったらしい。

そういえば、ヤングブラッズのジョー・バウアも、ジャズ・ドラマーだったのだが、仕事がなくて食えず、やむをえずロック・バンドのオーディションを受け、ああなったのだそうな。

しかし、ラリー・コリエルが4ビートから大きくはみ出したプレイをしていたように、ボビー・モージーズもおそらくはロックンロールをやったせいで、オーセンティックなプレイをする当時の4ビート・ドラマーとは一線を画す、強いビートも見せるドラマーになった。そして、それがこの時期のゲーリー・バートン・カルテット独特の味を生みだしたと思う。

つぎはメンバーなどの新作ではなく、デューク・エリントンの旧作。いかにもCaravanの作者が書きそうな曲である。

The Gary Burton Quartet - Fleurette Africaine (HQ Audio)


ボビー・モージーズは右手スティック、左手マレットという変則プレイをしているのだろう。General Mojo's Well-Laid Planのライヴでそういうことをしていた。

雨傘プログラムとして短くまとめるつもりだったが、やはり当てごととなんとかは向こうから外れる、この記事も一回では終わらず、次回に持ち越すことにする。どちらにしろ、HDD問題は簡単には片づかず、まだラスカルズには戻れそうもないので、ちょうどいいくらいなものさ、と負け惜しみ。



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The Gary Burton Quartet - Duster
ダスター


The Gary Burton Quartet - Lofty Fake Anagram/A Genuine Tong Funeral
Lofty Fake Anagram/A Genuine Tong Funeral
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by songsf4s | 2016-10-05 21:57 | 60年代
Cool guitars for a hot summer night
 
「えー、四万六千日、お暑い盛りでございます」

と、八世桂文楽が「船徳」のなかでいっています。



近ごろは新暦とやらで、季節感がめちゃくちゃですが、ほんとうなら今日八月九日が旧暦の七月十日、すなわち四万六千日だそうです。当の浅草の観音様自体が、新暦で四万六千日をやるものだから、わけがわからなくなってしまいました。間違った日にお参りしても、四万六千日分の御利益なんか、あるはずがないと思いますが。

七月のはじめなんかでは、お江戸は「お暑い盛り」ではありません。どうしたって四万六千日は八月でないといけないのに、そのころには「立秋」だなどと奇怪なことをいっているのだから、助かりません。仙台や平塚の七夕だけは据わりがよくて助かります。

当地では昨日今日と、たいへんな暑さで、変則的ながら、やっとほんとうの夏が来たと感じます。こういう日に船に乗るのは、涼しいか涼しくないかはさておき、気分はいいでしょう。

子どものころ、「船徳」の主人公、徳さんというのは、ろくに舟も操れないマヌケな三枚目、というイメージをもっていました。

しかし、この噺の源である「お初徳三郎」までたどると、たいへんな色男で、柳橋の芸者衆の予約引きも切らず、まるで60年代中期のハル・ブレイン、来月まで予定がびっしり(だったのはハル・ブレインだが)というぐらいの売れっ子として描かれています。

桂文楽の描く徳さんは、竿も櫓も半人前、でもカッコだけは一人前の色男が匂い立つようです。あの「へい、ちょいと顔をあたってまいりました」の演出のすごいこと。

近々、できるだけユーチューブにあるクリップを使って、番組を組んでみようと思い、まずは「船徳」を検索してみたので、予告編として貼りつけてみた次第です。予告編だけでおわっちゃう恐れもたぶんにありますが。

◆ クール、クール・ギターズ ◆◆
暑いときは鍋にかぎる、という論法で、今日はホットなホットなR&Bだ、まずはオーティス・レディングのI Can't Turn You Looseから、なんて嫌がらせをやってみようかと思ったのですが、わたしのほうが先に辟易して、やめにしました。

暑いときには、わたしの場合、歌というのがそもそもあまり聴きたくありません。インスト、それもギターなんかは、非常にけっこうな消夏サウンドを提供してくれると思います。

いや、ギターといってもいろいろあるのでありまして、やはりイフェクターなどは使わない、ストレートな澄んだ音のほうが夏向きでしょう。となると、4ビート方面に偏ることになりそうです。

加えて、ギター以外の楽器の選択というのも、涼しさを左右しそうです。まずはヴァイブラフォーンを相方にしたものから。

Red Norvo Trio - Strike Up the Band


ヴァイブはもちろんレッド・ノーヴォ、ギターはジミー・レイニー、ベースはレッド・ミッチェルだそうです。

中学3年から高校1年にかけてのごく短いあいだ、ジャズに関心を持ち、十数枚のLPを買いましたが、そのなかの一枚がジミー・レイニーのものでした。しかし、みごとに記憶が消去されて、アルバム・タイトルがでてきません。あのときに買ったものは全部、あげたか、トレードに出してしまいました。ジム・ホールとズート・シムズっていうのもあったと思うのですが。

もう一曲、ギターとヴァイブラフォーンの組み合わせをいってみます。ちょっと音が小さいのですが。

The Gary Burton Quartet - General Mojo's Well Laid Plan


この時期のゲーリー・バートンは中学の終わりから高校にかけて、徹底的に聴きました。スーパーインポーズのタイトルは間違いで、正しくはGeneral Mojo's Well Laid Planです。ゲーリー・バートン・カルテットにはじめてラリー・コリエルが加わったアルバム、Dusterからの曲です。

メンバーも書いてありませんが、ヴァイブ=バートン、ギター=コリエル、ベース=スティーヴ・スワロウ、ドラムズ=ボビー・モージーズです。この曲のスタジオ録音のドラマーはロイ・ヘインズでしたが、その後のツアーや録音では、かつてコリエルとロック・バンドをやっていたモージーズに交代しています。ヘインズは録音のときだけだったのではないでしょうか。

この曲では、モージーズは、右手はブラシ、左手はマレットという、ヘンチクリンな組み合わせで叩いています。右足は下駄、左足はカウボーイ・ブーツなんて組み合わせで歩くようなもので、気色悪いだろうと想像するのですが!

いまになるとわからないかもしれませんが、当時はジャズの臭みのないサウンドに感じました。わたしが日常聴いている盤のあいだにはさまっても違和感がなく、あの時代、そんな4ビート音楽はわたしが知るかぎりゲーリー・バートン・カルテットだけでした。

昔のジャズ・ギタリストは、ベンドをかけたりなんかしませんでした。いまならふつうに聞こえるコリエルのプレイも、当時はひどく不作法に思えたのではないでしょうか。

もうひとつ、ラリー・コリエルのプレイを。こんどはちがう組み合わせで。

Herbie Mann - Memphis Underground


ギター・ソロは歪んだサウンドで、あまり涼しくありませんが、フルートというのも、やはりヴァイブと並んで涼しい音がでるなあ、と再認識しました。

しかし、この曲で印象的なのは、やはりジーン・クリスマンのドラミングです。子どものときはわけもわからず、なんだか妙にカッコいい音だと思っただけですが、改めて聴くと、ハードヒットしているわけでもないのに、バックビートに独特の重さがある(ロジャー・ホーキンズに似ている)ところが、最大の魅力だと感じます。

当家で過去に取り上げた曲としては、ボビー・ウォマックのFly Me to the Moonが、アメリカン・サウンド・スタジオで、ジーン・クリスマンがストゥールに坐って録音されたものです。メンバーは記憶していませんが、エルヴィス・プレスリーのIn the GhettoやSuspicious Mindもここで録音されました。

Bobby Womack - Fly Me to the Moon


こういう文脈においてみると、これはこれでなかなか涼しげな音に感じます。

さらに寄り道ですが、先日、エレクトリック・シタールの曲としてCry Like a Babyをとりあげたボックス・トップスもやはりここで録音していました。それで、はたと膝を叩きました。

あのとき、ドラムはセッション・プレイヤーに聞こえる、ロジャー・ホーキンズが候補だと書きましたが、クリスマンのバックビートはホーキンズに似ていると自分で書いて、そうか、ボックス・トップスのドラマーはジーン・クリスマンだったのか、と納得がいきました。

これ、確度98パーセントぐらいの自信があります。もう一回貼りつけちゃいましょう。このドラマーは、Memphis Undergroundのプレイヤーと同一人物にちがいありません。

The Box Tops - Cry Like a Baby


クラッシュ・シンバルを軽めにヒットするところなんざあ、この人のスタイルなのね、です。キックのタイムもけっこうなものです。Memphis UndergroundもCry Like a Babyも同じころによく聴いていたのですが、さすがに、これは似ているぞ、なんて思いませんでしたねえ。やっぱり年はとっているみるものです。

閑話休題。つい、8ビートに傾斜した時代へとのめっていきますが、そんなことはまだ夢にも思っていなかった時代の、オーソドクスなジャズ・ギターを。

Wes Montgomery - Round Midnight


ウェス・モンゴメリーのRound Midnightはいくつかクリップがあがっていましたが、わたしはこの1959年録音のDynamic New Sound収録のヴァージョンがいちばんいいと思います。相方はピアノより、オルガンのほうがずっと合っていると感じます。

ウェス・モンゴメリーを聴こうとすると、ジミー・スミスと同じで、しばしばグレイディー・テイトのドラムを聴かされるのが悩みの種なのですが、初期ならその心配はありません。それに、まだオクターヴ奏法一辺倒になっていないのも助かります。いくら上手くても、それだけで盤を聴くのは苦痛です。

もはや時間切れですが、ポップ・プロパーを一曲だけ押し込んでおきます。涼しいギター・インストといえばやっぱりこの人たちがナンバー1のような気がします。

The Shadows - Atlantis


シャドウズといっしょに弾くのなら、この曲やWonderful Landなどの系統が気持いいと思います。

シャドウズを出してヴェンチャーズなしというのもなんなので、一曲だけ。

The Ventures - Gemini


わたしは、64年あたりからのヴェンチャーズのメンバーの聞き分けを不得手としています。ギターはビリー・ストレンジ御大とは思えないプレイヤーばかりになり、ドラムはメル・テイラーのように思えるトラックが多くなります。でも、この曲は大丈夫でしょう。テンポは速いにもかかわらず懐が深く、タイムが寸詰まっている人はいません。ツアー用ではなく、ほんもののプロフェッショナルの仕事でしょう。

寄り道がひどくて、用意していた曲がいくつか残ってしまったので、次回か、そのつぎあたりか、続編をやるつもりです。


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八代目桂文楽
昭和の名人~古典落語名演集 八代目桂文楽 二
昭和の名人~古典落語名演集 八代目桂文楽 二


ハービー・マン
Memphis Underground
Memphis Underground


ボビー・ウォマック
Fly Me to the Moon / My Prescription
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by songsf4s | 2011-08-09 23:58 | Guitar Instro