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トッド・ラングレンのひとり2パート・ハーモニー その2
 
トッド・ラングレンのいま出回っている盤を眺めていて、アマゾンの記述は不正確だと思ったものがある。

これは間違えても不思議はないのだが、トッドのソロの1枚目と2枚目のタイトルは、

Runt 1970

Runt: Ballad of Todd Rundgren 1971

である。これが目下2ファーとして1枚になっている。だから、表記としては、

Runt/Runt: Ballad of Todd Rundgren

が正しいのだが、じっさいにはRunt/Ballad of Todd Rundgrenと、Runtがひとつ足りず、セカンド・アルバムのタイトルが半欠けになっている。

f0147840_22591187.jpg

以前、「Only a Game by Matthew Fisher」という記事で、Mathew Fisherというタイトルのアルバムと、Strange Daysというタイトルの2枚を合わせた2ファーCDなのに、たいていの人が、マシュー・フィッシャーというシンガーのStrange Daysという1枚のアルバムであるかのように誤解していると書いたが、それと似たような現象といえる。

トッドの最初の2枚がなんでこんなややこしいことになったのか、昔、友人に理由を縷々説明されたのだが、忘れてしまった。

たしか、セイルズ兄弟とトッドの3人で、「ラント」というグループを組んだつもりだった、というような話だったと思う。

それが実現せず、その名残として、トッド・ラングレンのアルバムというより、ラントというバンドのアルバムのような形式にした、とかいったことじゃなかっただろうか。まあ、どうでもいいようなことだが!

さて、今回は1972年にリリースされたサード・アルバム、Something/Anything?の2番目に収録されたこの曲のハーモニーを検討する。

このダブルLPは、最後のD面を除く、A、B、C面の全曲のソングライティング、演奏、ヴォーカルをトッド・ラングレンがひとりでやっている。この曲もそのひとり多重録音。

Todd Rundgren - It Wouldn't Have Made Any Difference


かなり変なハーモニーだということは、一聴、たちどころにおわかりかと思う。どこにどのようにハーモニーを入れるか(あるいは入れないか)という、ひとつ上のレベルのメタな部分も問題なのだが、とりあえず、どんなラインをつくっているかを見る。

まず、ファースト・コーラスの後半。When itまでは単独で、Wouldn'tから上にハーモニーが入ってくる。

以下の譜面がわりの「半採譜」では、例によって上段が歌詞、中段がメロディー、下段がハーモニー。You just didn't love meのところはハーモニーが消えるので、略した。

When it wouldn't really
Db-D-E-E-E-E
    A-A-A-A
make any difference
E-Db-B-B-A-Db
A-F#-E-D-E-E
If you really loved me
B-B-B-A-B-Db
E-E-E-D-E-F#

メロディーからしてすでに動きの小さいお経ラインなので、ハーモニーもお経になるのは当然の結果なのだが、それにしてもやはり、ピーター&ゴードンやデイヴ・クラーク5のスタイルを連想させる。

こうして眺めると、ラインそれ自体はそれほど強引とはいえず、たんに、ハーモニーが入ってくる時の高いAの音のように、その音域でハーモニーを入れるのは、ふつうは避けるのではないかというところでハーモニーを入れるので、それが無理矢理な感触を生み、耳を引っ張られるらしい。

loved meのところのハーモニーがF#にあがるのも気になるのだが、ここのコードはF#mなので、F#は主音だから、外れているわけではない。トッドの声がひっくり返るか返らないかの微妙な出方をしていて、ピッチが揺れるので耳を引っ張られるのかもしれない。

ここがこの曲のヴォーカル・アレンジの複雑なところなのだが、ファースト・ヴァースにはハーモニーはなかったのだが、セカンドの冒頭には入っている。いちおうコピーしてみたが、後半の尻尾(I could be)はよく聞こえず、まったく自信なし。

I know of hundreds
B-A-E-B-A
D-Db-A-D-Db
Of times I could be
Ab-Ab-Ab-Ab-Ab-F#
B-B-B-B-B-A

メロディーがI know ofのofでEまでジャンプするので、いきおい、ハーモニーも上へと押し上げられるわけだが、それにしてもAまでジャンプすることはないのに、と(笑いながら)思う。しかし、そこでハッとするのだから、効果的といえるのだが。

このofのところだけ上は歌わず、I know -- hundredsと歌っても、まったく問題ないはずなのに、かなり無理のあるジャンプをやってしまうのが、いかにもトッド・ラングレンだと思う。

ここは、大滝詠一の「それは僕ぢゃないよ」に出てくる、「ただの風さ」の「さ」で上のCまでジャンプするところを想起させる(「大滝詠一、フィル・エヴァリー、そして2パート・ハーモニー その14」という記事で詳細に検討した)。

いや、ここは最初の音からして、すんなり収まらない。ここのコードはIのところはE、knowのところでAに行く。E-Aという進行だ。

したがって、当たり前ながら、メロディーはコードの構成音であるB-Aと動いているのだが、ハーモニーはD-Dbという遷移になっている。DbはAメイジャーの構成音だが、DはEメイジャーの構成音ではない。

この部分のハーモニーがイレギュラーに響くのは、このDの音のせいだと思う。DはEに対してセヴンスの音なので、コードがEメイジャーのところでDを歌うと、合わせてE7コードということになってしまう。

視点を変える。Dの音はAメイジャー・コードではサスペンディッド4th(以下sus4)を形成する。sus4は長くつづけないほうがいいコードで、すぐにメイジャーに戻す必要があるが、I knowのコードがAsus4→Aの遷移だとみなすと、この変則ハーモニーはちょうどその規則にしたがって音が動いたことになる。

いや、話が逆だった。D-Dbという動きのせいで、ここのコードがAsus4→Aと動いたかのような印象を与えるのだろう。それで、「なんとなく変だ」というところに留まり、「合ってないんじゃないか」とは感じないのだと思う。

こんなことを計算してやったとは思えないのだが、まあ、とにかく、結果的にAsus4の響きになって、この変なハーモニーは、変は変なりにかろうじて落ち着いたような気がする。呵々。

だいぶ離れたので、もう一度、同じクリップを貼り付ける。

Todd Rundgren - It Wouldn't Have Made Any Difference


個々のラインではなく、ハーモニーの「出し入れ」についてもすこし見ておく。これが凝っているのだ。

この曲はVerse/Chorus/Verse/Chorus/
Bridge/Verse/Chorusという、典型的な構成をとっている。しかし、ハーモニーの使い方は、各ブロックごとにすべて異なり、同じパターンを繰り返すことはない。

最初は、ハーモニーが入るのはコーラスの後半のみ(バックグラウンドのウーアー・コーラスは勘定に入れない)。

セカンド・ヴァースは、ヴァース冒頭と、コーラスの大部分にハーモニーがある。

サード・ヴァースは、コーラス前半の後半分とコーラス後半(ややこしい書き方で申し訳ない。コーラスを4つの部分に分けると、2番目と3番目と4番目)にハーモニーがある。

さらにややこしいことに、コーラスのハーモニーがないところには、メロディーをダブル・トラックにしてユニゾンで歌っていたりするし、ハーモニーのチャンネルを移動させたり、じつに目が回るような細かい操作をしている。

すべてが計算されたわけではなく、ヴォーカルを7回も8回も重ねているうちに、あっちのチャンネル、こっちのチャンネルと動かしてしまい、そのままミックスしただけなのかもしれないが、分析する方は「神経衰弱じゃないんだからさあ、トッド」とボヤきが出る。

32トラック初体験だったのか、ヴォーカル・アレンジの実験をやっているとしか思えない。いや、変なハーモニー・ラインとは直接に関係のあることではないのだが、どちらも、オーヴァーダブの時点であれこれ考えたことの結果なのだと思う。

これはトッド・ラングレンのソロではなく、彼のバンド、ユートピアの曲だが、参考にクリップをおく。ビートルズ・ファンは、冒頭の数小節でトッドの意図がわかって笑いだすにちがいない。

Utopia - I Just Want to Touch You


これはDeface The Musicという1980年のアルバムのオープナーで、LP全体がビートルズのパスティーシュになっている。

しかも、曲調やアレンジは徐々に後年のビートルズのスタイルへと変化していき、彼らの歴史をたどるような構成になっている。遊びはまじめにやらないと面白くないわけで、やるなら凝らないといけない。

ただし、最後は68年ごろの音で、つまり、最後の2枚には模作するほどの面白味はないということを示唆している(と偏見)。

f0147840_22595023.jpg

いや、話はそこではなかった。ハーモニーの問題である。

サンプル Utopia - Where Does the World Go to Hide

最初のI Just Want to Touch Youにしても、この曲にしても、ハーモニーはやっているのだが、ノーマルで、とくに耳を引っ張られる箇所はない。

ここがよくわからない。ビートルズのパスティーシュなのだから、トッドらしい変則ハーモニーが飛び出しそうなものだが、アルバム全体を通して、とくにそういう曲はない。

いちおう、拡大版のフル・アルバムをおいておく。ビートルズのどの曲がベースになっているか考えながらお聴きあれ。簡単な曲もあれば、悩む曲もある。

Utopia - Deface the Music extended edition full album


結局、バンドとしてやるには、あの変則ハーモニーはあまりにも面倒なのかもしれない。ライヴでやると外しやすい難所になってしまうということもあるだろう。

トッドがダリル・ホールとやったライヴでも、スタジオ録音のコピーのような2パートはわずかな箇所のみで、おおむねウーアー・コーラスで逃げた。

では、最後にそのライヴ、It Wouldn't Have Made Any Differenceの近年の姿を。




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Todd Rundgren
Runt/Ballad of Todd Rundgren
Runt/Ballad of Todd Rundgren

Something/Anything
Something/Anything

RuntおよびFaithfulを収録
Todd Rundgren (Original Album Classics)
Todd Rundgren (Original Album Classics)

Utopia
Adventures in Utopia & Deface the Music/Swing to T
Adventures in Utopia & Deface the Music/Swing to T
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by songsf4s | 2014-02-02 23:03 | ハーモニー
大滝詠一、フィル・エヴァリー、そして2パート・ハーモニー その18
 
昨年九月のラジオ出演で、大瀧詠一は、本格的に音楽を聴きはじめたのは1962年だと語っていた。むろん、きっかけはエルヴィス・プレスリーに接したことだろう。

それは映画を通じてのことかもしれないし、誰かがもっていたちょっと古い盤かもしれないが、とりあえず、1962年なら、ふつうに日本のラジオでも流れていたかもしれないエルヴィスを。前年のビルボード・チャートトッパー。

Elvis Presley - Surrender


マイナーのヴァースから、コーラスでメイジャーに転調し、ちょっと歌い上げるようにするところが印象的で、こういうミディアムからミディアム・アップの、コーラスにメロディックなところのある、非ロック系の曲が、兵役を終えて復帰してからのエルヴィスのメイン・ラインだった。

いつか読んだ大瀧詠一の回想によると、エルヴィスに夢中になっているうちに、1964年にビートルズが出現し、ビックリして、それまで買い集めた盤を売って、ビートルズを買ったということだった。

ビートルズの盤はアメリカではなかなかうまくいかず、はじめてヒットしたのはI Want to Hold Your Handで、これは64年1月、ちょうど半世紀前のいまごろ、ビルボード・チャートのトップに立った。

いまさらで恐縮だが、二人ともギブソンJ-160Eを弾いているという、パチもん風のクリップはいかが?

The Beatles - I Want to Hold Your Hand


問題は日本だ。わたしは小学生で、明瞭な記憶がないのだが、日本でも、イギリスから直接ではなく、アメリカでの爆発的ヒットを受けて、64年からビートルズが売れるようになったのだと思う。わたしのビートルズの記憶は、近所のバーから毎夜流れてくる、She Loves Youからはじまっている。むろん1964年のことだ。

64年の5月だったか、権利をもつ米キャピトル・レコードの前年までの無関心(「イギリスのものは売れない」)が祟って、あるいは、考えようによってはそれが「幸いして」、ビートルズの初期楽曲の限定的リリース権を得ていた複数の会社(ヴィージェイ、スワンなど)が、いましかないと、よってたかってシングルをリリースした結果、ビルボード・チャートの1位から5位まで、すべてビートルズのシングルという、奇々怪々空前絶後の現象まで起きる。

なんて説明しても、あの熱狂を知らない人にはあまり意味がないだろうと、ここでしらふになった。ロバート・ゼメキス監督の処女作、ビートルズのエド・サリヴァン・ショウ初出演の日の騒動を描いた『抱きしめたい』でもご覧になった方がいいだろう。

大滝詠一がその熱狂に巻き込まれたのはよくわかる。しかし、のちにミュージシャンになる人間なのだから、単純な一直線の熱狂ではなかったに違いない。

The Beatles - From Me to You


大瀧詠一は、このころに2パート・ハーモニーの面白さを知ったのだろうか。だとすると、エヴァリー・ブラザーズはどうなるのか。62年から64年までのどこかですでに聴いていたのか、それとも、もう少し時間がたってから、さかのぼっていったのか。

考えてもわかることではないのだが、あのころにエヴァリーズを聴いていたとしたら、なんだろう。50年代の大ヒットか、それとも新しいシングルか。

ツイッターで知った、わたしにはありがたい年上の友人(と呼ばさせていただく)であるカズさんは、わたしが幼くてなにも知らなかったころのことをよくご存知で、エヴァリーズはこの曲が懐かしいとおっしゃっていた。

The Everly Brothers - Walk Right Back


WB移籍後のもので、これがちょうど61年のヒット、大瀧詠一もこれを耳にしていた可能性がある。しかし、山勘だが、本格的にエヴァリーズを聴いたのは、もう少し後年のことではないだろうか。

60年代中盤の大瀧詠一の頭にあったハーモニーは、ビートルズであり、ピーター&ゴードンであり、デイヴ・クラーク5であり、サーチャーズだったのだろうと、やはり思う。

このシリーズではそういう想定に添って曲を並べてきたのだが、一歩引いて、アメリカのグループの2パート・ハーモニーを見落としている可能性はないかと考え、思い浮かんだものもないわけではない。

The Cyrkle - Red Rubber Ball


サークルはブリティッシュ・ビートの影響が濃厚だったグループで(ほかならぬブライアン・エプスタインのネムズがマネージしていた)、イギリス勢を強く意識すると、ハーモニーも当然、このようなスタイルになるわけだ。

アメリカのフォーク・ロックは、基本的には「ビートルズの息子」だった。バーズのロジャー(当時はジムだが)・マギンは、アコースティック12弦をもって歌うフォーキーだったが、ビートルズのA Hard Day's Nightを見て、こんなことをやっている場合ではないと、エレクトリック12弦を買った。

ついでに云えば、バーズはサーチャーズにおおいなる借りがあると、クリス・ヒルマンは証言している。

曲はアメリカ産、ジャッキー・デシャノンが書き、自分で歌ってヒットさせたものだが、サーチャーズのカヴァーもヒットした。

The Searchers - When You Walk in the Room


もちろんボブ・ディランも同じで、彼がアコースティックからエレクトリックにシフトしたのも、ビートルズを見て、かつてのエルヴィス・ファンの血がよみがえったからだ。

バンジョーをもってジャグ・バンド・ミュージックをやっていたグレイトフル・デッドのジェリー・ガルシアやボブ・ウィアも、A Hard Day's Nightのせいで、エレクトリックなバンドへとシフトした。

いっぽうで、バーズの出現とフォーク・ロックの誕生を見たビートルズは、その動きに同調して、アコースティックな音へとシフトしたRubber Soulをつくる。

アメリカ音楽の直接の子供として生まれたブリティッシュ・ビートが、こんどはアメリカのミュージシャンに強い影響を与え、アメリカ音楽が変化していき、それがまたイギリスに跳ね返るという、大きな振幅のトランス・アトランティックな波動を、この時、われわれ日本人も目撃した。

この経験が、新しい受取手を生むのは即時のことだったけれど、新しい作り手を生むには、いや、少なくとも、目撃したことを深いところにまで落とし込み、そのうえで、浮かんできたものを掬い取ってみせられる作り手を生むには、時間がかかった。

終われるというのは、とんでもなく甘い見通しだったようで、さらに「続はっぴいえんど」という事態になってしまった。

はっぴいえんどは、昔懐かしい音楽をやろうとしたのではなく、時代の最先端をいく音をつくろうとしたのだ、という大事なことを強調するのも忘れてしまったし。

「来るよ、また来るよ」(大瀧詠一「台風」)


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by songsf4s | 2014-01-23 23:12 | 60年代
大滝詠一、フィル・エヴァリー、そして2パート・ハーモニー その15
 
(承前)
「それは僕ぢゃないよ」はやや変わった構成で、ヴァースAーコーラスーヴァースBという固まりを、インストゥルメンタル・ブレイクをはさんで2回繰り返すようになっている。

ヴァースAとBというのは便宜的に名付けただけで、いま、ジム・ウェブの本ではこういう構成をなんと呼んでいたかと記憶をたぐってみたが、思いだせない。

仮にAとBとした2種類のヴァースのように聞こえる部分は、お互いによく似ているのだが、メロディーもコードも部分的に変えてある。

大滝詠一「それは僕ぢゃないよ」

LPヴァージョンのクリップは削除されたので、かわりにシングル・ヴァージョンを貼り付けた。こちらは歌詞が異なるし、メロディーやハーモニーも異なっている箇所があると思う。しかし、記事本文を書き換えるのは手間がかかるので、「半採譜」はLPヴァージョンのままにしておく。どうかあしからず。

以下は、そのヴァースB、コーラスのあと、インストゥルメンタル・ブレイクの前におかれたパート。前回同様、上段がメロディー、下段がハーモニー。

ぼくはきみのむねのなかに
A-C-C-C-C-C-C-D-C-A-G-F
C-F-F-F-F-F-E-F-F-F-D-C
かおをうずめて
Bb-Bb-Bb-F-D-D-C
D-D-D-Bb-Bb-Bb-A
あさのものおとに
C-C-E-D-D-C-C-Bb
E-D-G-G-G-F-F-E
みみをすませている
Bb-A-G-Bb-Bb-A-G-A
E- D-C-D- D- C-C-C

いやはや、メロディーがみごとにお経なので、いきおい、ハーモニーも必然的にお経状態、ただし、「むね」の「む」のところだけ、Eに下がっているように思えたので、そう書いてみたが、空耳のたぐいかもしれない。

このパートでも、やはりBbにジャンプするところ(「うずめ」)が印象的で、自分で歌う時も、ここを失敗すると元も子もない、キメるぞ、と思う。呵々。

以上、「それは僕ぢゃないよ」のハーモニーの特長は、

1 メロディーのせいでもあるが、シングル・ノートに近い「お経ライン」が多い
2 ハーモニーをつけるのがむずかしいところでも、強引につけた部分がある
3 ときおり豪快にハイ・ノートに跳び上がる。

お経のように音程の動きの小さい、そして、しばしば8分などの連続で音長の変化もないハーモニー・ラインというのは、このシリーズの第一回で取り上げた、ピーター&ゴードン、デイヴ・クラーク5、サーチャーズといった、初期ブリティッシュ・ビート・グループのスタイルに近似している。

いや、以前からそのような道筋で捉えていたからこそ、このシリーズを書きはじめたわけで、こうならなかったら、方針を立て直さなければならず、すごく困るのだが!

もう一曲、大滝詠一のソロ・デビューからのものを。

大滝詠一「水彩画の町」


たまたま、「おもい」「それは僕ぢゃないよ」、そしてこの「水彩画の町」と、かつてフォーキーであった時代を回顧したような曲が並んだが、作者にそういう意図があったのかどうかは知らない。

この曲では、2パート・ハーモニーは一カ所だけなので、話は長引かない。

といって、泥縄でテキトーにコードをとって歌ってみた。以下のコードは忘れないように書くにすぎず、合っているという保証はないので、よろしく。

そんなにすますなよ
Am      Dm7
打って欲しいんだから
Em      A
相槌ぐらいは
Bm  Em F

ハーモニーがあるのは、この「相槌ぐらいは」のところだけである。

          あいづちぐらいは
メロディー(下) B-B-B-C-B-B-B-C
ハーモニー(上) E-E-E-G-E-E-E-F

人それぞれ異なる印象を持つと思うが、メロディーとハーモニーと書きはしたものの、実体は逆ではないかと感じる。

たんに、それまでメロディーを歌っていたチャンネルの声がそのラインを歌っているので、メロディーと書いただけで、じつは、ここで下のハーモニーに下がったのだと思う。

なぜ、ここだけハーモニーが加えられているかというと、メロディー・ラインを別のトラックに引き継がせるための処理だと思う。

それまでメロディーを歌っていた声をフォールセットにして、そのままメロディーを歌わせればいいのに、なぜ変則的な処理をしたか。

ひとつは、地声とフォールセットの切り替えが、この曲の場合は、うまくいかなかったから、という理由が考えられる。地声との行き来は、面白い効果を生むこともあるが、たんにミスのようにしか聞こえないこともある。

もうひとつの理由は、こちらのほうが重要だが、ジョン・レノンとポール・マッカートニーのパートの入れ替えの記憶だろう。この箇所がうまく歌えなくて迷った時に、ビートルズがしじゅうやっていた、ジョンがいきなり「下に潜る」処理を思いだしたのではないかと想像する。

典型的な「ジョンの潜り込み」を示す。

The Beatles - No Reply


コーラス部、「ノー・リプライ!」とシャウトするところは、それまでメロディーを歌っていたジョン・レノンが下のハーモニーになり、ポール・マッカートニーがハイ・ノートのメロディーを引き継ぐ。これが典型的なビートルズ前期のスタイルである。

大滝詠一というのは、このように、ハーモニーによって、「おや」とか「あれ?」と思わせる聴かせどころをたくさんつくって、楽しませてくれる人だった。

当時、聴きながら、このハーモニーはDC5スタイル、こっちはビートルズ・スタイル、などと意識したわけではない。ただ、かつてよく知っていた、楽しい音楽のぼんやりした記憶を刺激されただけだ。

このシリーズは、そのぼんやりしたものの正体を突き止め、それを採譜によって実証しようと考えて書きはじめたものである。

いちおうある曲のクリップのurlをコピーしておいたので、以下におまけとして置く。大滝詠一ソロ・デビューとちょうど同じごろにリリースされた、トッド・ラングレンのアルバム、Something/Anythingから。

Todd Rundgren - It Wouldn't Have Made Any Difference


これも、変なハーモニー・ラインだなあと、思いきり耳を引っ張られた。コーラス部のBut it wouldn'n have made any differenceの上のハーモニーだ。こんなラインでやろうと思うシンガーは、世界にあとひとり、大滝詠一ぐらいしかいなかっただろう。

トッド・ラングレンは、彼の最初のバンド、ナズを聴けばわかるが、「遅れて来た国籍違いのブリティッシュ・ビート野郎」だった。

大滝詠一と同じく、彼も初期ブリティッシュ・ビートをいやと云うほど聴いた結果、こういうイレギュラーなハーモニーをやってしまったのだろう。

本日はここまで。そろそろ終わりは近い。あと一回か、二回で「えんど」となるだろう。


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by songsf4s | 2014-01-20 22:00 | 60年代
大滝詠一、フィル・エヴァリー、そして2パート・ハーモニー その6
 
(承前)
ビートルズのハーモニーを検討するのはこの稿の主眼ではないのだが、直感的に、はっぴいえんどの「12月の雨の日」につながりそうな気がするので、If I Fellのコードとメロディーとハーモニー・ラインの関係を少しだけ見てみる。

しかし、よりによって面倒な曲を選んでしまったものだ。ギターやらハーモニーやらにあまり興味のない方は、今回は読まないほうがいいだろうと思う。われながら、かったるい話題だと認めざるをえない。

The Beatles - If I Fell


以上は、このシリーズで三回目の登場となるクリップ。近ごろは、ギターをコピーしたインストラクション・クリップがずいぶんあがっていて、この曲のものもいくつかあったので、つぎはそれを貼り付ける。前置きが長いので、そのあたりは飛ばした方がいいと思うが。

If I Fell- The Beatles Guitar Lesson


ほかにもっと簡潔なクリップがあるのに、これを貼り付けた理由は、この人がやっているように、F#mとEmの中間に、もうひとつコードをはさんだほうがいい、すくなくとも、そのほうがジョン・レノンのパートには合う、という理由からだ。

ジョンが単独で歌う前付けヴァース(これをイントロと呼ぶ人がいるが、それはちょっと違う)は、コードは変な進行だが、ハーモニーはないので略す。

ヴァースのコード進行は、

D→Em→F#m→(Fdim)→Em7→A

パーレンに入れたFdimは、略す人のほうが多い部分で、たった二音のメロディーとハーモニーに追従させているだけなので、なくてもとりあえず曲の流れに大きな影響は与えない。ただし、ここは、この曲のもっとも変な箇所で、特徴的ではある。

また、Em7のセヴンスの音は、なくてもかまわないタイプではなく、ポールのラインがセヴンスの音(レ)なので、ないと音をはずしたような気分になり、歌いにくいだろう。ギターと歌の分散和音になってしまう。

ここの歌詞は

If I give my heart to you

となっている。前付けヴァースを歌ったのはジョンだが、ヴァースに入ったとたん、ポールがメロディーを乗っ取り、ジョンは下のハーモニーに移動する。

ポールは、If I give my heart to youを、

シ、レ♭、レ、ミ、レ♭、シ、レ

と歌っている。それに対して、下のハーモニーにまわったジョンは、

レ、ミ、ファ#、ソ、ラ、ラ♭、ソ

と歌っている。

これはやっぱり変だ。

いや、前付けヴァースの摩訶不思議なコード進行とは異なり、D→Em→F#mという移動はノーマルである。

メロディーとハーモニーの関係は多少イレギュラーだが、ジョンのハーモニー・ラインは、メロディーに追随せず、素直にコードの動きにしたがって3度をたどっているだけなので、奇妙ではない。

問題はFdimを中心として、その前後だ。ここは、ううむ×3ぐらいで、コードをコピーできず、譜面を見た。Fディミニッシュなんてものが出現したのには、それなりの理由がある。

先に比較的単純なことを片づけておく。「to you」のところで、ジョンはyouに向かって下降し、ポールは逆に上昇する。ここがまず耳を引く。が、問題はさらに複雑だ。

上記のポールとジョンのラインのうち、このto youのtoの音は、ポールは「シ」、ジョンは「ラ♭」である。「シ」と「ラ♭」でどうやってハモったんだと思うが(Eメイジャーに行けば解決、と思うが、そのつぎがEm7なので、それはそれでイレギュラーな動きになる。いや、それでいいのか。目下夜中で音を出せず、後刻確認する)、Fディミニッシュをはめこむと、この2音は同居可能なのである。

If I Fellという曲のヴァース冒頭を聴き、おや、変わった曲だな、と感じるのは、この「シ」と「ラ♭」の同居のせいなのだ。ハモっていると感じるか、はずれていると感じるかは、聴く人の好みで決まる、なんていいたくなるような和音だ。

Fディミニッシュというコードにおいて、ジョンの歌う「ラ♭」は3度のフラット、つまり、マイナーである。印象に反して、ノーマルな音だ。

それに対して、ポールが歌う「シ」は、5度のフラットである。ぜんぜんノーマルではない。

5度のフラット(flatted 5th)というのは、どういうものかご存知だろうか? ビーバップを特長付けた音なのである。

ビーバップというスタイルは、かつて不協和音とみなされていた音の組み合わせも、和音として取り込んで、モダン・ジャズのテンション満載和声の基礎となったことで知られている。

5度のフラットというのは、つまり、かつては和音を構成する音とは考えられていなかったのである。

ビーバップのこの5度のフラットにインスピレーションを得て、ひとつの音楽ジャンルを発明した人もいる。アントニオ・カルロス・ジョビンである。

トム・ジョビンが創始したボサ・ノヴァという音楽は、ギターを弾く人ならご存知のように、ディミニッシュやシックススやメイジャー・セヴンスといった、ルートの感覚を混乱させるコードを多用し、聴き手の気分をつねに宙ぶらりんの状態におく、風変わりな進行を特長としている。

ビートルズに戻る。

ここでFdimを使うかどうかは微妙で、ビートルズがどう弾いているのか、何度聴いても確信がもてない。たぶん、使っていないのではないかと思う。

たんに、ポールのメロディー・ラインとジョンのハーモニー・ラインを矛盾なく同居させようとすると、和声理論からはここにFdimをおくべきだ、というにすぎない。さらに云えば、Fdim→Em7という流れは、なかなか好ましい遷移でもある。「きれいな響き」と云うと、云いすぎかもしれないが。

いやはや溜息が出る。

バディー・ホリーやエルヴィス・プレスリーやエヴァリー・ブラザーズから出発して、なぜ、あっという間にビーバップまで跳躍してしまったのだ? ポピュラー音楽という、印象に反して、じつはきびしいルールに縛られた、真四角な箱の外に、ほとんどこぼれかけているではないか。

64年だったか、渡英したヘンリー・マンシーニはテレビ番組に呼ばれた。たまたまその番組にはビートルズも出ていた。四人のリハーサルを聴いていたマンシーニは、なんだってこの連中はこんなコードを使うのだ、と驚き(その曲はほかならぬIf I Fellだったかもしれない)、ジョン・レノンをつかまえて、コードや編曲をやっているのはきみなのか、それともポールなのか、と尋ねた。

ジョンの答えは、「そういうことはジョージ[・マーティン]に任せている」だった。

いや、ほんとうのところはわからない。だが、ジョンとポールが「ここ、どうするよ?」と迷えば、ジョージ・マーティンがなにか提案、助言をしたのは、さまざまな証言から明らかだ。

このとてつもないシンガーにして、傑出したソングライターでもあったチームが、ジョージ・マーティンという、深い理解と豊かな教養の人に出会ったのは、天の配剤だった。

If I Fellという曲の変則性は、以上で検討したヴァースよりも、むしろブリッジ(ミドル8)のほうに明瞭にあらわれているのだが、たった一音の追求でもたっぷり時間を食われたほどで、これ以上踏み込むのは、書くわたしのみならず、お読みになるみなさんにも負担になるので、略す。

どちらにしろ、「ここは変わった響きで面白いな」と感じるのに、和声やポピュラー音楽史の知識など無用である。ビートルズの突出ぶりは、理屈からも裏づけられる、ということが云いたかったにすぎない。

かつてジャズがその道をたどったように、ポップやロックも、時間の流れとともに、さまざまな考え、さまざまな音が積み重なり、記憶をエコー・チェンバーとして、複雑なエコーを生みだしていく。

大滝詠一という人は、そのような、音楽史を刻む時計を体内にもって、われわれの前に姿をあらわした。次回は、やっとそこに戻れる。


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by songsf4s | 2014-01-10 21:44 | 60年代
大滝詠一、フィル・エヴァリー、そして2パート・ハーモニー その5
 
はじめにお断りしておくが、今回と次回はとっちらかること確実である。これまでと違って、アメリカ、イギリス、日本と土地も移動するし、時代も十数年の振幅で、何度もジャンプしなければならないからだ。

論理は不明瞭になるだろうから、人やグループの名前、そして楽曲名などの名詞だけ読んでくださればそれで十分、と割りきって取りかかる。

さて――。

初期ブリティッシュ・ビート、という言葉を説明なしに使ってきたので、どのような集合体なのか、定義を試みる。

「クラウド」的に(あはは)表現すると、ビートルズ、サーチャーズ、マージービーツ、ハーマンズ・ハーミッツ、デイヴ・クラーク5、ゾンビーズ、スウィンギング・ブルージーンズ、フォーモスト、ビリー・J・クレイマー、ホリーズ、(時期的には合致するものの、スタイルとしてはやや異なり、境界線上にあるが)キンクス、といったあたりである。

彼らの特長は、初期ロックンロール(チャック・ベリー、リトル・リチャード、エルヴィス・プレスリー、バディー・ホリーその他)の強い影響下にあると同時に、エヴァリー・ブラザーズや同時期のアメリカのガール・グループのような、メロディーとハーモニーを重視するスタイルにも、同等の影響を受けていたことだ。

この後者の性質、「メロディーとハーモニーの重視」が消えると、ローリング・ストーンズ、ヤードバーズ、アニマルズ(いや、時期的にもスタイル的にも境界線上にあるが)、スペンサー・デイヴィス・グループ、フーといった、後年の、「ロール」が略された「ロック・ミュージック」の出現に強い影響を与えた、べつの集合体になり、わたしの考える「初期ブリティッシュ・ビート」からははずれる。

キンクスやアニマルズのように、どちらに重心があるとも云いかねるグループがあるのはご寛恕を。「自然現象」にあとから定義を与えようとすると、はみ出すものがあるのは当然なのだ。

文字ばかりつづくとうっとうしいので、わたしのイメージする「初期ブリティッシュ・ビート」の特長を濃厚にもつサンプルを。

The Swinging Blue Jeans - Promise You'll Tell Her


32小節のギター・ソロ、などというバカバカしいものは、襟苦倉布団さん(検索でやってきて怒り散らすお馬鹿さん対策なので、許されよ)がゴミを違法積載して疾走するトラックのように、そこらじゅうにばら撒きはじめるまでは存在しなかったので、ギターはあくまでも伴奏楽器であり、メロディー、ハーモニー、叙情性という三位一体が、すくなくともB面には必要だったし、A面に進出することもあった。

このシリーズの最初の記事へのtonieさんのコメントに引用された、大滝詠一のラジオ番組での発言に「この当時ピーター&ゴードンの曲が非常に好きで」とあったので、もう一曲このデュオのものを。

Peter & Gordon - I Don't Want to See You Again


ブリティッシュ・ビートの背景は、スキッフルがどうこうなどという意見もあることを承知で、そんな些末なことはあっさり無視して云うと、50年代のアメリカ音楽、なかんずく、エルヴィス・プレスリー、チャック・ベリー、リトル・リチャード、バディー・ホリー、ジーン・ヴィンセント、エディー・コクランといった人々である。

しかし、こういった人々だけでは、初期ブリティッシュ・ビートのハーモニーへのこだわりは説明できない。では、あとは誰なのだ、と云うと、むろん、エヴァリー・ブラザーズなのだ。そして、もうひとつ、同時代のアメリカのガール・グループ・ブームも彼らに強い影響を与えた。

64年以降のいわゆる「英国の侵略」に、アメリカのガール・グループが壊滅的打撃を受けたのは皮肉なことだったが、同時に、当然とも云えた。

ブリティッシュ・ビート・グループは、じつは「ボーイ・グループ」であり、ビートとハーモニーと叙情性の結合、という意味で、ガール・グループと同質のものだったから、併存がむずかしかったのだ。

以下にずらずらと、初期ブリティッシュ・ビート・グループにカヴァーされたガール・グループ/シンガーのヒット曲を並べる。順に、ビートルズ、同じくビートルズ、ハーマンズ・ハーミッツ、サーチャーズにカヴァーされた。

The Cookies - Chains


The Shirelles - Baby It's You


Earl-Jean - I'm Into Something Good


Betty Everett - The Shoop Shoop Song (It's in His Kiss)


以上は昔からわかっていたことにすぎない。今回、エヴァリー・ブラザーズ、ブリティッシュ・ビート、大滝詠一と、音楽史三題噺をやってみて、以前は深く考えたことのなかった点が意識にのぼった。

デイヴ・クラーク5やピーター&ゴードンやビートルズやサーチャーズが、当然のように使った、あのイレギュラーなハーモニー・ラインはどこから湧いてきたのか?

彼らに強い影響を与えたと考えられるエヴァリー・ブラザーズは、きわめてスムーズなハーモニーをやっていて、その点がブリティッシュ・ビート・グループと決定的に異なっている。

それが書きはじめる前の認識だった。書きながらあれこれ考えて得た中間的な解釈はこうだ。

エヴァリーズが、イレギュラーなところのほとんどない、スムーズなハーモニーを実現したのは、彼らの資質やスタイル以上に、ブードロー・ブライアントの書く曲が、必然的に、そのようなハーモニーを要求する構造をとっていたからなのではないか?

前回、ブライアント夫妻のソングライティング・スタイルと循環コードの問題にふれたのは、これがあったからだ。

少しその話を繰り返す。循環コード、たとえばC→Am→F→G7にはドレミファソラシドのCメイジャー・スケールの音階がすべて含まれている。これは前回述べた。

そして、この4コードの循環のなかでメロディーを動かしているかぎりは、たとえば機械的にメロディーの3度上にハーモニーをつけても、メロディーがどう動こうが、まずまちがいなく音は合う。スケールからはずれた音は入ってこないのだから当然だ。逆に云うと、循環からはずれたコードがあると、この原則は崩壊する。

ハーモニーはメロディーの副産物として生まれる。ブードロー・ブライアントのメロディーが、ドンとフィルのエヴァリー兄弟に、とりわけ、主として3度のハーモニーをつけたフィル・エヴァリーに、あのようなスタイルを「強制した」と見ていいのではないだろうか。

(作曲のほうを担当したのは夫のブードロー・ブライアントだったと思われるが、彼はシンフォニック・オーケストラのヴァイオリニストも経験したものの、いっぽうで、南部出身者らしく、カントリー・フィドリングも好んだという。循環コードへのこだわりは、そのあたりに源泉があるのかもしれない。)

ブリティッシュ・ビートのハーモニーの基礎はエヴァリー・ブラザーズである。だが、エヴァリーズそのままでは、ブリティッシュ・ビートの特長である変則的なハーモニーは生まれない。

なぜ、あの量子的跳躍が起きたのかと云えば、シンプルな循環コードからの逸脱がそれを要求したからだ、というのが目下の結論である。

くどいようだが、話の筋道がはっきりしたところで、すでに提示したサンプルの一部を再度貼り付ける。

The Beatles - If I Fell


The Dave Clark 5 - Beacause


Peter & Gordon - I Go to Pieces


The Searchers - Someday We're Gonna Love Again


最初の二曲、ビートルズのIf I Fellと、DC5のBecauseは、コード進行が要求した結果、ハーモニーが変則的な響きになった例である。

たとえば、Becauseのヴァースの冒頭は、G→Gaug→G6→G7→Cという進行になっている。それほどめずらしい進行ではないが、メイジャー・スケールからはずれない循環コードでもない。

では、ハーモニー・ラインはどうなっているかというと、じつは、素直にメロディーの5度を歌っている。ただ、コードが変化しても、主音(ルート)であるソが動かないのに対して、5度の音がコード進行の関係で、レ→ミ♭→ミ→ファというように、半音ずつあがってしまうため、結果的に、変則的な響きになってしまったのである。

ビートルズのIf I Fellはもう少しコードが面倒なので、ピーター&ゴードンやサーチャーズともども、次回に、ということにさせていただく。

気がつけば、またしても、大滝詠一とエヴァリー・ブラザーズと初期ブリティッシュ・ビートの関係に踏み込めなかった。次回はそこへたどり着けるだろう。


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by songsf4s | 2014-01-09 22:56 | 60年代
大滝詠一、フィル・エヴァリー、そして2パート・ハーモニー その2
 
(承前)
前回は意図的に迂回したが、本来なら、初期ブリティッシュ・ビートの2パート・ハーモニーといえば、なにをおいても、あの二人の話にならなくてはいけなかった。

The Beatles - There's a Place


ビートルズのヴォーカル・アレンジのパターンはいくつもあるのだが、ジョージやリンゴがリードを歌ったケースを除いて、Revolverあたりまではよく使われた主要なものを取り出すと、

1 ジョン(リード)+ポール&ジョージ
2 ジョン(下)+ポール(上)
3 ポール(リード)+ジョン&ジョージ
4 ポールのみ(ただし、しばしばダブル・トラックでユニゾンまたはハーモニー)
5 ジョンのみ(ただし、しばしばダブル・トラックでユニゾンまたはハーモニー)
6 ジョン+ポール+ジョージの3パート

そして、多くの場合、同じ曲のなかで、このパターンがいくつか組み合わされているし、たとえばジョン&ポールのデュエットでも、二人ともダブル・トラックになっていて、声の分離が困難なケースもめずらしくない。

しかし、細かいことは、この記事の主眼である、大滝詠一やフィル・エヴァリーとは関係ない。ジョンとポールのデュエットだけが問題だ。

The Beatles - She Loves You


あたりまえすぎてどうも失礼てなものだが、やはりジョンとポールのハーモニーといえば、まずこの曲をあげるしかないわけで、かつては、レコード屋に飛び込んで、ビートルズだの、シー・ラヴズ・ユーだのとくどくどいわず、「イエー、イエー、イエー」と歌えば、シングル盤が出てきたといわれるほどだ。

一瞬で聴き手の心を捉える「イエー、イエー、イエー」の響きは、ジョン、ポール、ジョージの三人のすばらしい声のミックスによるのだが、落ち着いて聴いてみると、ヴァースになんだか変な手触りがあることに気づく。

それはたぶん、こういうことだ。

リード・シンガーのように思わせる、もっともオンにミックスされた声はジョン・レノンなのだが、彼はメロディーを歌わず、下のハーモニーを歌っている。メロディーはジョンより薄くミックスされた(いや、声の質がそういう印象を生むだけかもしれないが)ポールなのである。

The Beatles - If I Fell


この曲はビートルズにはめずらしい前付けヴァースがあり、そこはジョン・レノンが単独で歌っている。しかし、ヴァースに入ったとたん、ジョンは下のハーモニーへと移動し、ポールがメロディーを乗っ取る。

ジョンはたぶんファが限界、ポールはほかならぬIf I Fellでラまで出している。この二人の音域の違いと、あくまでもジョン・レノンのヴォーカルを親柱とする初期ビートルズのあり方というふたつの条件を満たすために、このような、ジョンが主体でありながら、彼はしばしば下のハーモニーにまわる、という変則的なスタイルが生まれたのだろう。ただし、これはビートルズだけがやった特殊なアレンジではなく、たとえば、サーチャーズもやったことがあるのは、前回の記事に例示した。

The Beatles - I'll Be Back


いつ聴いても涙が出そうになる曲だが、それはさておき、この曲もまた、ジョンが主体でありながら、ヴァースのメロディーを歌うのはポールというアレンジになっている。「ジョンが主体」「ジョンの曲」という印象が生まれるのは、ヴァースが二人のデュオであるのに対して、ブリッジ(イギリスではミドル8=中間部の8小節と呼ぶ)では、ジョンのユニゾン・ダブル・トラック・ヴォーカルだけになるからである。

ジョン・レノンとポール・マッカートニーという、二人の傑出したシンガーの声の組み合わせだけが問題なのではない。

The Beatles - I Don't Want To Spoil The Party


いやはや、まさに「秘された宝」だなあ、と溜息が出るが、それはさておき、この曲の場合、ブリッジ(Though tonight以下のパート)ではメロディー=ポール、ジョンは下のハーモニーに移動といういつものパターンをとっているものの、ヴァースでは、メロディー、ハーモニーともにジョン・レノンが歌っている。

そして、このヴァースのハーモニー・ラインは、かなり変だ。

キリがないので、ジョン&ポールのハーモニーはこれくらいにする。ジョンの狭い音域を補うための措置だった、リード・ヴォーカルの途中交代と関係があるのかどうかは微妙なところだが(相応の関係があると考えているが)、彼らもしばしば、おや、そこへ行っちゃうのか、というイレギュラーなハーモニー・ラインをつくった。

それはジョンとポールのあいだの閉鎖されたやりとりだけで生まれたものではなく、ギター・プレイヤーがリックを交換するように、同時代のビート・グループが、お互いに相手のやっていることを観察して、「暗黙の合意」として発展していったヴォーカル・スタイルだと考える。

これには、やはりなにか種があり、さかのぼることができるはずだし、時間線の逆方向、下流へも流れていったと思う。

ここまでくればあと一歩で、本題であるフィル・エヴァリーや、大滝詠一に話を戻すことができるのだが、そのまえに、ブリティッシュ・ビートとはっぴいえんどの中間に出現した、耳を引くハーモニー・スタイルをもつグループを聴く。

The Flying Burrito Brothers - Sin City


フライング・ブリトー・ブラザーズは、手品のようにバーズを一夜にしてカントリー・ロック・バンドに変身させたグラム・パーソンズが、バーズをやめたあと、バーズのクリス・ヒルマンを引きずり込んでつくったグループで、ジャンルに押し込むなら、やはりカントリー・ロックというしかない。グラムは「カントリー・ロック」という言葉に対して、何度も嫌悪を表明しているのだが。クリス・エスリッジやスニーキー・ピートなど、興味深い他のメンバーについては、この文脈では無関係なので、省かせていただく。

さて、Sin Cityだ。左にはグラム・パーソンズ、右にはクリス・ヒルマンのヴォーカルが定位されている。はじめての方は声の区別がつけにくいかもしれないが、それはかまわない。右と左でよい。

3ヴァース、3コーラス構成で、ヴァースーコーラスーヴァースーコーラスーヴァースーコーラスと律儀に並び、ブリッジはない。短いものと相場が決まっているコーラスが、この曲は長く、ヴァースと同じ4行1連になっているところが、ややイレギュラーといえる。

そして、ここが問題なのだが、グラムとクリスは、メロディーとハーモニーのパートを交換する。ヴァースでは右のクリスがメロディーを歌い、左のグラムは上のハーモニーを歌う。コーラス・パート(This old earthquake's以下の4行)では、持ち場を交換し、グラムがメロディー、クリスがコーラスを歌っている。

もう一曲、グラム・パーソンズとクリス・ヒルマンのハーモニーを。

The Flying Burrito Brothers - Christine's Tune


TV出演時のクリップのおかげで、グラム・パーソンズ(白のヌーディー・スーツに帽子)とクリス・ヒルマン(青いスーツ)のパートの交換は一目瞭然だろう。

ブリトーズをはじめて聴いたとき、わたしはまだ十六歳、たいした知識はないので、ジョンとポールのスタイルを真似たのか、ぐらいのことしか思わなかった。

それも間違いとはいえないが、おそらくグラム・パーソンズとクリス・ヒルマンは、彼らがミドル・ティーンの時、つまりビートルズ登場以前に、夢中になったデュオをワーキング・モデルとしたのだろう。

これでやっと、次回はドンとフィルのエヴァリー兄弟にたどり着ける。


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by songsf4s | 2014-01-06 22:06 | 60年代
殺菌消毒済み、ソフトにして安全なり――ブラザーズ4のRevolutionほか
 
このところ、過去の記事の点検をやっているのですが、消されてしまったクリップも多くて、新しいクリップを貼りつけるのに時間がかかっています。

また、貼りつけることはできても、著作権者の意向などで、ブログに貼りつけたものは再生できず、ユーチューブに行かなくては再生できないという、これまでになかったタイプもたくさんあります。

ユーチューブならよくて、ブログはダメというのは明らかな差別、区別で、検閲に準じる行為です。でも、情状酌量の余地もあります。

なにしろ、風前の灯火の業界、レコード会社がなんらかの物体に音楽を封じ込め、それを販売するというビジネス・モデル自体が前世紀のもので、すでに有効性を失っています(配信というビジネス・モデルも、すでに古いと思うが)。

しかし、そうはいっても、その仕組みのなかで生きている人たちはたくさんいるし、なにごとも、一挙に覆すのは、多くの弊害を生みます。

だから、断末魔のあえぎぐらいのことは我慢しなければならないでしょう。ゆっくりと縮んで、知らないあいだに消滅していた、というのが、望ましいあり方、いや「ない方」でしょう。

いちいちクリップの右下のユーチューブ・ボタンをクリックするという面倒な作業は、そうした消えゆくものの残照なのだから、同情と憐憫の気持をもって我慢していただけたらと思います。

今日、音楽について思ったのはそれだけなのですが、これでおしまいというのもなんなので、冗談のようなクリップをいくつか貼りつけます。

今日、べつのものを検索していて、昔、買いそうになって、思いとどまった盤を見かけ、そういえば、こういう笑えるものがあったなあ、と思ったのです。

その「Soft, Safe & Sanitized」、すなわち「ソフトにして安全、殺菌消毒済み」という、ライノによるオムニバスに収録された曲をまずひとつ。

The Brothers Four - Revolution


あはは。たしかにソフトにして安全なカヴァーです。

だれでもご存知の曲だから、こういうカヴァーに思わず笑うのですが、最近はそういう思いこみは通用しないようです。ツイッターで、ポール・マッカートニーってだれよ、というのが話題になっている、というツイートを見て、なるほど、そういう世代だっているさ、と思いました。わたしだって、アンドルーズ・シスターズをはじめて聴いたのは高校のときですからね。あいこです。

で、原曲は「云うまでもなくビートルズの」といいそうになりますが、これはかならずしも自明ではないのでしょうね、お若い方たちにとっては。では、殺菌消毒前のハードで危険なオリジナルを。

The Beatles - Revolution


東芝EMIは特別熱心に検閲しているので、このクリップもユーチューブへいけ、と表示されるかもしれませんが、どうかあしからず。貼りつける段階では、そこまではわからないのです。

coverという言葉は、現在ではちがう意味で使われていますが、もともとは、ブラック・ミュージック、いや、その時代の呼び方で云うなら「レイス・ミュージック」を白人市場に移転する場合に使った、という説を読んだことがあります。

ラジオの白人局ではブラック・ミュージックはかけてはいけなかったのですが、しかし、そのままほうっておくのももったいないから、白人局でもかけられるように、ブラック・ミュージックを白人が歌うことを「カヴァーする」と言い習わした、という説です。

ロックンロール黎明期でも、まだ白人局と黒人局の区別はあり、それでパット・ブーンがリトル・リチャードの曲を白人局用にカヴァーしたりしたのです。そういう習慣がなくなってからも、言葉だけは生き残ったわけですが。

黒人曲の白人局向け移転ではありませんが、これなんかも、なかなか素敵な安全性を確保していると思います。

Mel Torme - Sunshine Superman


ドラムのタイムがちょっと早めで、そこで安全性がややそこなわれていますが、それにしても、メル・トーメはなんだってこんな曲をやろうと思ったのでしょうかね。

これまたわれわれの世代には自明の曲なのですが、ある世代にとっては、ドノヴァンてだれよ、でありましょうな。クリップには69年とありますが、まちがえるに事欠いて、なんてえ間違いをするんだ、トンチキが、です。1967年ですよ。サイケデリックのど真ん中だったんですから。

Donovan - Sunshine Superman


ドノヴァンはMellow Yellowがいちばん危険な匂いがあり、そのつぎがSunshine Supermanでしょう。最初に聴いたのがMellow Yellowだったので、なんなのこいつ、変なヤツと思いました。そのせいで、あとでColorsなんかを聴いたときは、なんと凡庸な、なんと退屈な、とあくびが出たほどです。

時間切れは迫っていますが、もう一曲消毒してみましょう。これがいちばん馬鹿っぽくて楽しめるかもしれません。

Mitch Miller & The Gang - Give Peace A Chance


あはは。なにごとも、一方の極端は、もう一方の極端に接続してしまうという、この世のメビウス構造を体現した曲、などとホラをいいたくなります。ここまで愚劣だと、ほとんどラディカルといっていいのではないでしょうか!

この曲も自明に類するでしょうが、ジョン・レノンてだれよ、という人もいるでしょうから、いちおう貼りつけます。またあの会社の管理するものなので、プレイできなかったらハイごめんよ。

John Lennon - Give Peace a Chance


ジョン・レノンというのは、ビートルズというイギリスのバンドのメンバーだった人で、ビートルズ解散後は、ソロ・シンガーとなり、って、時間がないときに、こんなくだらない冗談はやめておきます。ジョン・レノンを知らない人は、適当に検索してバイオをお読みあれ。


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Spy Magazine 3: Soft Safe & Sanitized
Spy Magazine 3: Soft Safe & Sanitized


ビートルズ
White Album (Dig)
White Album (Dig)


ドノヴァン
Sunshine Superman
Sunshine Superman


ジョン・レノン
Lennon Legend: The Very Best Of John Lennon
Lennon Legend: The Very Best Of John Lennon


ジョン・レノン
John Lennon Signature Box
John Lennon Signature Box
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by songsf4s | 2012-02-13 23:54 | 60年代
ロバート・ゼメキス監督『抱きしめたい』に描かれた1964年のビートル・クレイズ その3
 
ロバート・ゼメキスの『抱きしめたい』、前回途中になってしまったパート6から。

『抱きしめたい』パート6


警備の警官に捕まったロージーとリチャードは、幸い放免になって、リチャードのビートルズ・コレクションの話をしていると、グレイスとラリーが通りかかり、リチャードがビートルズが寝たシーツを売っているというネタを仕込みます。

楽屋から忍び込むために50ドルを必要とするグレイスは、リチャードのアイディアを拝借して、ニセモノのビートルズ・シーツを売って一儲けします。

ジャニスとピーターは警官に追われ、エド・サリヴァン劇場の外で追いつめられますが、群衆の女の子たちが騒いで、警官にジェリービーンズをぶつけ、おかげでこれまた放免されます。

なぜジェリービーンズが投げつけられるかというと、昔のファンなら誰でも知っているように、ジョージはジェリービーンズが好物だという話が広まった結果、ビートルズのライヴではジェリービーンズが飛び交うことになっていたので、みな持参していたからです。いやはや!

ジャニスは、この光景を見て、ビートルズとビートルマニアへの見方を変えます。ビートルズのレコードばかり売っている父親に「どうしてもっとボブ・ディランやジョーン・バエズを売らないの」と迫ったリベラリストなので、「民衆」(というか、たんに劇場の前に並んでいるビートルズ・ファン)が、「権力」(というか、たんなる劇場警備の警官隊)に抵抗するのを見て、感動してしまったのです!

『抱きしめたい』パート7


足を踏んづけられた女の子がキャーと叫ぶと、ほかの女の子もわけもわからず叫び出すという、小さなギャグも笑えます。

シーツがニセモノだということを見抜かれたグレイスは、金儲けの道を失い、たまたまレストランの臨席の男がコールガールの手配を頼んでいるのを耳にし、なにやら決心し、ラリーを置いてきぼりにします。

パムはついに発見され、ハーポ・マルクスのように、コートのなかにため込んだ記念品のあれこれをすべて吐き出すハメになります。

セクシーなかっこうになったグレイスがエレヴェーターから出てくるところの音楽がMoney (That's What I Want)というのが、そのまんまで笑えます。

あきらめてどこかでエド・サリヴァン・ショウをテレビで見ようと思ったロージーは、まだホテルの鍵をもっていたことに気づき、ホテルの部屋に忍び込もうとします。

そこでまたラジオのクイズ。「ビートルズのメンバーで、youngestであり、同時にoldestなのは誰?」

リチャードが前のクイズでリンゴと答えたのは、リンゴが最後にビートルズに加わったので、youngestなのだという見方のせいだということを知っていたロージーは、今度のoldestであると同時にyoungestなビートル、というクイズの答えを知っているので、手近な部屋に突進して、ついにエド・サリヴァン・ショウのチケット獲得します。

じつに有機的にきれいにつなげてある脚本のなかで、ここは瑕瑾だと思いますが、やったー、と喜んで劇場に向かおうとしたロージーは、リチャードが運転するエレヴェーターに乗ってしまい、閉じこめられるはめになります。

リチャードがここにいること、そしてエレヴェーターが故障することに関して、ひとつ伏線を入れておいてほしかったと思いますが、それはほとんど完璧な脚本だから、惜しい、と思うにすぎません。

いずれにしても、ウェンディー・ジョー・スパーバーの熱演のおかげで、この脚本の瑕瑾はそれほど気になりません。いかにも、ロージーにとっては「もーあたしの人生メチャメチャ!」と絶叫したくなる状況でしょう。

パムはパブリシティーに協力することを条件に、マネージメント・スタッフ(ニール・アスピナルがモデルか?)に、エド・サリヴァン・ショウのチケットを呈上しようといわれます。

劇場の外の女の子たちがしばしばうたっている曲を貼りつけておきます。

The Carefrees - We Love You Beatles


このド下手なところが、このシテュエイションでは、かえってはまっているような気がします。

そろそろ話は大詰め、ちゃんと見たいと思う方はもう切り上げたほうがいいでしょう。どうせ日本語版DVDはないし、まあいいか、という方、このままどうぞ。

『抱きしめたい』パート8


売春に失敗したグレイスは男の部屋から出られなくなり、ロージーもエレヴェーターに閉じこめられたまま、記者会見を終わってチケットをもらったパムは、迎えに来た婚約者に叱られます。まあ、指輪をパンプスにしまって踏んづけていたのでは、婚約者が怒るのも無理はありませんが!

ジャニスは、トニーをそそのかして、ピーターの父親からチケットをスリとらせようとしますが、財布にはチケットはなく、これまた失敗してしまいます。

ピーターが父親に連れて行かれただだっ広い床屋が無人なのに、思わず笑ってしまいました。まるで落語の「無精床」、世界でいちばん床屋が流行らない場所でしょう。

ストーリーラインを追うのはこれくらいにしておきます。以下、結末にふれるので、これから見てみようという方は読まないでいただきたいと思います。

とにかく、頭から尻尾まで、手抜きなしのみごとな脚本で、何度見直しても、感心します。全体の流れも、ささやかなディテールの描き方も、いちいちうなずいてしまいます。まったく滞留することなく、伏線が伏線を導き出し、話はきれいに進んでいきます。

今回見直して思ったのは、これはじつは、女性の通過儀礼、少女が女になることを描いた話ではないか、ということです。

せっかくチケットをプレゼントされたのに、彼女を連れ帰ろうと車に押し込み、車中で退屈な未来の話をする婚約者に失望したパムが、わたしはあなたとは結婚できない、ビートルズを見たい、といって車から飛び出すシーンを見ていて、そう思いました。

パムが象徴するのは、女性という総体なのですが、同時に、1964年という時代のアメリカの女性という、よりスペシフィックな集合体を描いていると感じます。

日本の女性がそうであったように、アメリカの女性もまた、あの時代には、おおむね男の従属物だったのではないでしょうか。ビートルズに狂った少女たちは、そういう男の独り決めを真っ向から否定し、自分たちには自分たちの考えがあることを、はっきりと社会に宣言した、とロバート・ゼメキスはいいたいのかもしれません。

フランク・シナトラに熱狂した少女たちもいたし、エルヴィスに狂った少女たちもいました。ビートルズに突進した少女たちは、たまたま公民権運動の時代であったために、はからずも、アメリカ社会を大きく変革していった、というのが、このコメディーの隠れたテーマだったように思います。

それにしても、きれいなつくりの映画です。

一方通行逆走で警官に捕まりそうになったラリーのために、裏口から劇場に入るために必死につかみとったなけなしの50ドルを、賄賂として差しだしてしまったグレイスは、結局、ラリーとともに劇場の裏にリムジンを停め、悄然とすることになります。

でも、グレイスもまた、この24時間の経験でいろいろなことを学んだことがわかります。ラリーがいかにいい奴かということに、やっと気づくからです。

しかし、ゼメキスは、劇場には入れなかったグレイスとラリーのために、涙が出るようなやさしい結末を用意しています。

最初のショットから、最後のショットまで、これほどぎちぎちにあんこが詰まった映画は滅多にないでしょう。


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『抱きしめたい』(中古VHS)
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by songsf4s | 2011-12-10 23:59 | 映画
ロバート・ゼメキス監督『抱きしめたい』に描かれた1964年のビートル・クレイズ その2
 
なにはともあれ、さっそく前回のつづきのクリップを。

『抱きしめたい』パート5


ホテルの人間に見つけられそうになってサービスワゴンに隠れたら、それがビートルズの部屋に行くものだったため、パムは偶然、彼らの部屋に入り込んでしまいます。

ワゴンから出てみたら、そこはビートルズの部屋だったと気づいて、陶然となったパムのショットから、このクリップははじまっています。

パムはもう完璧に性的興奮状態で、腰が抜けてしまい、というか、ベッドで男ににじり寄る要領で、ポールのカール・ヘフナーに迫るところが爆笑です。

わたしは男なので、こういう経験はありませんが、考えてみると、ギターだのベースだのというのは、ファリック・シンボルそのもので、女性ファンにとっては、男のファンとは別な意味での象徴性をもったものだったのでしょう。

いっぽう、ホテルの前では、トニーがビートルズ・カットの少年ピーター(クリスチャン・ジャトナー)を捕まえて、髪の毛を剪ってやると脅すと、ピーターはエド・サリヴァン・ショウのチケットをあげるから許してくれといいます。

それを見たグレイスが、なにを思ったか、あいだに入って、ピーターを救い出します。ビートルズは嫌いだけれど、友だちのためにチケットを手に入れようと思ったのでしょうか。

ロージーは、ビートルズの部屋の前の廊下で知り合ったビートルズ・オタクのリチャード(エディー・ディーゼン)の部屋に行き、ビートルズ話で盛り上がっています。

リチャードがベッドの下から引っ張り出した芝生の切れっ端は、ポールが踏んだものだ、というのまではいいとして、「どの葉っぱかまではわからない、でも、たしかにこのあたりをポールが踏んだんだ」には笑いました。

またクイズの時間になり、「ビートルズでいちばん若いのは誰だ」という問題。こんどはうまいこと電話がつながって、もうこっちのものだとロージーが思った瞬間、わきからリチャードが「リンゴ!」と叫んだために、チケットを逃してしまいます。しかし、これはあとで、伏線だったことがわかります。

グレイスはエド・サリヴァン劇場に忍び込み、ステージの写真を撮ろうとしますが、警備員に見つかってしまい、あとで50ドルもってきたら、そっと裏口から入れてやるといわれます。

トニーはカフェテリアで軽くコマシをやってみます。女の子にポールにちょっと似ているといわれて、ポール・ニューマンだと思っちゃうトンチキなので、このコマシは大失敗に終わります。

『抱きしめたい』と同じく、パートナーのボブ・ゲイルと共作した『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の脚本も、教科書のような出来でしたが、このクリップに出てくるシーンは、偶然、後半および結末への伏線ばかりで、見直してみて、演出のみならず、脚本も見事だと感嘆しました。

『抱きしめたい』パート6


パムは依然としてビートルズの部屋を陶然とさまよっています。ヘアーブラシから髪の毛をとって顔にこすりつけるフェティシズムが爆笑です。ほとんど変態下着泥棒!

ベッドにもぐりこんで深呼吸したところで、ファブ4がもどってきた気配がします。いきなりビーチボーイズのSurfin' USAをうたっているのが、また爆笑!

「エドが曲をささげてくれっていってるジョニー・カーソンて、何者なんだ?」
「野球選手かなんかじゃないの」
「いや、市長だろう」

というところでまた笑いました。

だれかビートルズに顔の似た俳優をキャストするなどということはせず、後ろ姿や足下だけを映し、あとは会話で表現するという方針もうまいものだと思います。

ジョージなのか(声だけで明解に判断できないのが残念)、ズボン(パンツなどとはいわない。トラウザーズといっている)を洗濯に出したい、といって、パムの隠れているベッドに坐り、ジッパーの音がした瞬間、パムが失神するというのは、この爆笑のシーンのとどめの一撃でした。

まだパート6の途中ですが、今日は力尽きてしまったので、ここまでとして、次回もこの映画の話をつづけます。


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by songsf4s | 2011-12-09 23:54 | 映画
ロバート・ゼメキス監督『抱きしめたい』に描かれた1964年のビートル・クレイズ その1
 
ビートルズが来日したとき、チケットは郵便で申し込み、抽選という仕組みだったと記憶しています。

わたしは中学一年で、たとえ抽選にあたったとしても、夜間の外出はできない環境にいました。だから悔しくないかというと、そんなことはなく、やはり行きたかったと思います。

ロバート・ゼメキスの処女作『抱きしめたい』(I Want to Hold Your Hand, 1978)は、時期と場所はちがうものの、やはり、なにがなんでもビートルズを見たい女の子たちの奮闘を描いた物語で、ビートルズ・ファンにはたまらなく可笑しく、たまらなく胸を締めつけられる映画でした。

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で嘖嘖たる名声を得る以前から、ロバート・ゼメキスは冴えた演出を見せていました(例のUCLA映画学科の出身ではなかったか?)。もうオープニングから、1ショット、1ショットがツボをついてくるのです。

前回の「胸の熱くなるビートルズ――Live in Washington D.C., Feb 1964」という記事でご紹介したように、1964年2月のビートルズの初訪米は、主としてエド・サリヴァン・ショウに出演するためでした。

映画は、アヴァン・タイトルで、明日はその当日、ショウの準備が進むエド・サリヴァン劇場からはじまります。

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スタッフ・ミーティングにあらわれたエド・サリヴァンが、じつによくて、いきなり笑えます。

「きみたちが、リヴァプールからやってきたこのビートルズを名乗る若者たちは、いったい何者なんだといぶかっているのは承知している」

とエド・サリヴァンは云います。

「数年前、われわれはエルヴィス・プレスリーと名乗る若い歌い手をこのステージに迎えた。彼は、君たちの何人かは覚えているはずだが、彼を見た、このスタジオの若者たちは、ちょっとした大騒ぎを巻き起こした」

「さて、明日の夜、同じこのステージに、われわれは四人分のエルヴィスを迎えることになる!」

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「よって、諸君には、途方もない絶叫、ヒステリー、過呼吸、失神、卒倒、感情激発、ひきつけ、さらには自殺企図といったものを覚悟してほしい。そんなのは当たり前のことなのだ」

「明晩、アメリカとカナダ合わせて9000万人の視聴者にライヴで番組を届ける。だから、断じて何者にもわれわれの『リアリー・ビッグ・シュー』を邪魔させてはならない」

といった瞬間、I Want to Hold Your Handのイントロが流れ、ビートルズのアメリカ到着のニュース・リールへと画面は切り替わります。この間のよさ! これで一気に乗らないビートルズ・ファンはいないでしょう。

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そして、そのI Want to Hold Your Handのダイナミック・レンジが狭くなると、レコード・ショップの店内に流れているのだとわかります。このあたりの処理もじつにきれいで、うまいなあ、と思います。

ここで登場人物たちが紹介されます。

ポール命、という熱烈なビートルズ・ファンのロージー(ウェンディー・ジョー・スパーバー)、明日には結婚するのだからビートルズどころじゃないというパム(ナンシー・アレン)、レコード・ショップ経営者の娘なのに、「ビートルズをボイコットしよう」などというジャニス(スーザン・ケンダル・ニューマン)、写真家志望でなにがなんでもビートルズを撮ると決意しているグレイス(テレサ・サルダーナ)。

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ニュージャージーに住むこの四人が、それぞれに思いを抱えて、ニューヨークへと、エド・サリヴァン・ショウへと突進する冒険物語がロバート・ゼメキスの『抱きしめたい』です。

ここからはクリップがあります。

『抱きしめたい』パート2


ホテルにもぐりこむのにリムジンが必要だ、あそこにいるラリー(マーク・マクルーア)は葬儀屋の息子だ、リムジンをいっぱいもっている、というわけで、哀れ、気弱なラリーはたぶらかされて、父親のリムジンを持ち出して、馬鹿騒ぎの片棒をかつぐハメになります。

ロージーはずっとラジオをきいていて、ときおり、クイズ(エド・サリヴァン・ショウのチケットがあたる)があるたびに、手近な電話に突進するというのは、繰り返しギャグになります。このへんの処理もルーキーとは思えない堂々たるものです。

上掲のクリップの最後、朝になって車がNYに着き、Twist and Shoutが流れる、ヒロインたちが、ホテルを見つける、群衆と警官隊のショット、Twist and Shoutが大きくなる、この流れのうまいこと!

ゼメキス自身、相当なビートルズ・ファンなのでしょう。そうじゃなければ、いくら演出の才能があっても、ここまでみごとにツボを押さえられるとは思えません。

記憶を喚起しておきますが、このとき、アメリカでヒットしていたのはI Want to Hold Your Hand、イギリスのカタログで考えると、With the Beatles、つまりセカンド・アルバムまでしかありません。

その制約のなかで、ロバート・ゼメキスは、うまく曲を並べたと思います(音楽監督のクレジットはないので、ゼメキス自身が選曲したと想像される)。

『抱きしめたい』パート3


リムジン乗りつけ作戦は失敗しますが、少女たちのうち三人は、混乱に乗じてホテル潜入に成功します。しかし、単純な作戦はみな失敗し、彼女らは追い払われます。

今日、結婚するというパムだけは、指輪を落として探しているうちに置いていかれ、これが幸いすることになります。

『抱きしめたい』パート4


ファブ4の後ろ姿を見ただけで、「タッパーウェアとか現実的なものを買わなければいけない身」のはずのパムが、失神しそうになるところが秀抜です。

ビートルズ訪米で重要な役割を果たしたDJ、マリー・ザ・Kのインタヴューで、トニーが「フォー・シーズンズはどうなったんだよ」と抗議するのも笑えます。大丈夫、フォー・シーズンズはビートルズ旋風に耐えました。

ちょっとした成り行きで、ビートルズの部屋に潜入することになったパムは……そのあたりはまた次回ということに。


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by songsf4s | 2011-12-08 23:07 | 映画