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いまさらのようにPet Soundsを聴きなおしてみる その9 Here Todayセッション
 
今日はいろいろトラブルがあったりで、まったく余裕がなく、いきなり本題です。本日のPet SoundsトラックはHere Today、またしてもハル・ブレインのいない曲、いや、キャロル・ケイもいないリズム・セクションです。

さっそく完成品から。

The Beach Boys - Here Today (stereo)


またまた変なリズム・アレンジです。いや、Pet Soundsのなかで、このHere Todayがもっとも奇妙なドラム・アレンジといえるでしょう。いったいどうなっているのかと思います。

トラック・オンリーを聴くと、すこしわかってきます。

The Beach Boys- Here Today (track only, stereo)


例によってブラッド・エリオットによるパーソネルを書き写します。

ドラムズ……ニック・マーティニス
パーカッション……フランク・キャップ
タンバリン……テリー・メルチャー
アップライト・ベース……ライル・リッツ
エレクトリック・ベース……レイ・ポールマン
ギター……アル・ケイシー、マイク・デイシー
ピアノ……ドン・ランディー
オルガン……ラリー・ネクテル
バリトン・サックス……ジェイ・ミグリオーリ、ジャック・ニミッツ
トロンボーン……ゲイル・マーティン
ベース・トロンボーン……アーニー・タック

Pet Soundsはまったく同じメンバーの曲というのがない不思議なアルバムですが、なかでもHere Todayは異色です。

遊びに来た友だちのプレイというのもないアルバムですが、唯一、この曲でテリー・メルチャー(ブライアンのことを直接にも知っていただろうが、ブルース&テリー時代の相棒、ブルース・ジョンストンがちょうどビーチボーイズに加わったところだった)がタンバリンをプレイしています。

ベースはキャロル・ケイではなく、レイ・ポールマン。しかし、CKさんが何度もおっしゃっているように、はじめのころはビーチボーイズのベースはほとんどレイ・ポールマンがプレイし、彼女はギターだったのが、途中で交代したのであり、レイ・ポールマンがビーチボーイズのセッションでベースをプレイするのは異例ではありません。たんに、このころはギターのほうが多かっただけです。

ニック・マーティニスという人は、うちにあるものでは、ピアニストのピート・ジョリー(セッション・ワークとしては、クリス・モンテイズのA&Mのアルバムが有名)の盤でプレイしています。Pet Soundsに時期的に近いものとしては、1965年のToo Muchというピート・ジョリーのアルバムにクレジットされています。

ユーチューブで検索したら、オオノさんがアップしておいてくれた、トミー・テデスコとピート・ジョリー・トリオ(ベースはチャック・バーグホーファー)が共演したトラックがありました(助かりました>オオノさん)。

Tommy Tedesco with the Pete Jolly Trio (Nick Martinis on drums) - Dee Dee's Dilemma


ということで、瞠目するほどのテクニックの持ち主ではないものの、タイムはまずまず安定しています。ディスコグラフィーにはほかにドン・エリスだとかジャック・モントローズといった名前があるので、基本的にはジャズ・プレイヤーなのでしょう。ポップ系のセッションではPet Sounds以外で名前を見た記憶はありません。

Pet Soundsでは例外的なことですが、このトラックのパーソネルはほとんど疑問が残りません。セッションを聴くと、たしかにギターは、エレクトリックとアコースティックの二本です。

レイ・ポールマンはベースとありますが、フェンダー・ベースではなく、ダンエレクトロ6弦ベース(ダノ)をプレイしたのだろうと思います。ギターのように聞こえるのはダノでしょう。ギターは二本ともコード・ストロークだと思います。

ということで、ここにある以外の楽器が鳴っている、ということはありません。わからないのは、フランク・キャップのパーカッションとはなにか、だけです。初期テイクを聴きながら考えました。

サンプル The Beach Boys - "Here Today" (take 1 through 3)

ヴォーカルがないと、ドラムの変なパターンがいっそう奇妙に聞こえてきますが、だんだん、これはひとりのプレイではない、と思えてきました。ニック・マーティニスとフランク・キャップが分担して、このドラム・フレーズをプレイしているのではないでしょうか。

f0147840_0143750.jpg

冒頭のパターンは複雑ですが、フロアタム、スネア、フロアタム、タムタム、フロアタム、タムタム、フロアタム、タムタムといったパターンでやっているように思えます(この分担はあとのほうのテイクでは変更される)。

ひょっとしたら、このフロアタムに聞こえるものが、径の小さいコンサート・ベースドラム(要するに大太鼓)である可能性もあると思います。つまり、他の曲ではティンパニーとドラムのコンビネーションでやったことを、すこし変更したのではないかと感じます。フランク・キャップは、この曲ではベースドラムをスティックで叩くといった、変則的なことをやったのではないでしょうか。

この曲のドラムのパターンは、ひとりでやるより、二人で分担するほうがむずかしいので、もしもそういう変則的なことをしたのなら、あくまでも音色の問題でしょう。フロアタムのかわりにコンサート・ベースドラムを使った例としては、フィル・スペクターのDr. Kaplan's Officeがあります。

Phil Spector - Dr. Kaplan's Offic


この曲では、ハル・ブレインのスネアのバックビートに、コンサート・ベースドラム(ニーノ・テンポが、マレットではなく、スティックで叩いた)を重ねたそうです。

Here Todayに戻ります。ヴァースのパターンのいずれもがやっかいですが、この曲のハイライトは、風変わりなインストゥルメンタル・ブレイクです。そこだけを取り出したテイクが残されています。

サンプル The Beach Boys - "Here Today" (insert take 1 through 4)

よくこんなものを思いついたなあ、と感嘆しますが、はじめはブライアンも少し迷いがありますし、プレイヤーたち、とりわけダノも含む三人のギター陣が苦労しています。

とくにレイ・ポールマンは、弾きにくいダノで、高音部の16分のダブル・タイム・ピッキングをしなければならず、さらに、後半では低音弦と高音弦の速い往復もあり、うわあ、汗かいただろうなあ、です。

こういう無理を要求してかまわないのが、セッション・プレイヤーのありがたさ、ロックバンドでは、こうはいきません。テイク20までいってしまいますが、最後はきっちりまとめてくるハリウッドのスタジオ・プレイヤーのすごさ!

このシリーズでは、ヴォーカルはないものとして、トラックの検討ばかりやってきましたが、たまにはヴォーカルのほうのアウトテイクを聴いてみます。

完成品では主としてマイク・ラヴがリードを歌っています。しかし、初期テイクでは、いくつかブライアンが歌ったものがあります。最初のアテンプト、ダブルトラックにする以前の裸のヴォーカルをどうぞ。

サンプル The Beach Boys - "Here Today " (1st vocal overdubbing by Brian Wilson)

このトラックには、さらにあとでブライアン自身がヴォーカルを重ねています。よけいなことですが、そのときに、大きなゲップをしていて、ほかの曲でもそういうことがあったのを思いだしました。当てずっぽうですが、ブライアンは潰瘍を患っていたのではないかと思います。ドラッグ問題の淵源は案外そんなところにあったり、はしないかもしれませんが!

Pet Soundsのなかにあっては、Here Todayは重要な曲とは見なされていないようですが、リズム・アレンジに関するかぎり、やはり尋常一様ではありません。ドラマーはこんなアレンジは絶対にしないでしょう。

また、中間のインストゥルメンタル・ブレイクは、God Only Knowsのunusualなインストゥルメンタル・ブレイクと並べて論じられてしかるべきシークェンスだと考えます。ただごとじゃないですよ、こんなシークェンスをつくるセンスと脳髄は。

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ボツになったブライアンのヴォーカル・オーヴァーダブを聴いているうちに、なんだか、あまりの大きさと重さに呆然となってしまいました。

まず、メロディーか、すくなくともコード・チェンジのアイディアを得るのでしょう。すぐに、たとえばホーン・ラインの断片なり、ギターのオブリガートが思い浮かぶかも知れません。

頭で考えたり、ピアノに向かったりしながら、だんだんヴァース、コーラス、ブリッジが姿をあらわし、歌詞を依頼できる段階にたどりつきます。

このあと、あるいはすでにメロディーを整えている段階で並行して、アレンジの想を練らなければなりません。右から左に流す、クリシェ満載のイージーなアレンジではありません。だれも聴いたことがないような音を配した野心的なサウンド構築です。

ふつうのアレンジャーは、弦 and/or 管の譜面を書き、コピイスト(写符)にまわし、あとはセッションでコンダクトをするだけでおしまいです。

でも、ブライアンは、ギター、ベース、ピアノ、ドラム、複数のパーカッション、こうした、ふつうのアレンジャーなら手をつけないところまですべて自分でやりました。

また、通常なら、ヴォーカル・アレンジは、管や弦のアレンジャーではなく、専門のアレンジャーがおこないます。ブライアンはそれも自分でやりました。しかも、ビーチボーイズの五人が何度も繰り返しオーヴァーダブしなければならないほど複雑なヴォーカル・ハーモニーをつくったのです。

そして、こうしたパーツが意図どおりに完璧に組み上げられるように、セッションをスーパヴァイズしました。

これでもまだ終わりではありません。こんどは自分でリード・ヴォーカルを歌い、うまくいかなければ、あるいは気に入らなければ、弟なり、マイク・ラヴなりに、その役割を手渡すことを決断しなければなりませんでした。

ここまであらゆることをしたミュージシャンというのは、音楽史全体を見渡しても、ほかにいないのではないでしょうか。

Here Todayのセッションを聴きながら、ブライアン・ウィルソンは究極のサウンド・クリエイターだったのだと、改めて溜息をついたのでした。


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ビーチボーイズ
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ビーチボーイズ
The Pet Sounds Sessions
The Pet Sounds Sessions


ピート・ジョリー
Yeah!
Yeah!
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by songsf4s | 2011-11-07 23:58 | 60年代
Cool guitars for a hot summer night II
 
すぐに思念がよそに流れ出ていく傾向があるため、ギターの話だったはずのものが、メンフィスのアメリカン・サウンド・スタジオにまつわるあれこれへと横滑りしたせいで、前回は、用意したトラックを使い切らずに終わってしまいました。

わが友、と呼べるこの世でただひとりのギター・プレイヤー、ビリー・ストレンジさんのトラックから今宵はそろりと入ります。クリップをあげたのもわが友、オオノさん。

Billy Strange - Maria Elena


以前にも書きましたが、わたしは御大に質問したことがあります。あなたのアルバムには複数のリード・ギターがからむ曲がたくさんあるが、ご自分でオーヴァーダブをしたのか、それとも、トミー・テデスコやグレン・キャンベルなどを相方に一発で録ったのか、と。

愚かな質問というしかないのですが、予想したとおりの答えが返ってきました。ケース・バイ・ケースである、と。では、このMaria Elenaの場合はどうだったか?

後半のフェンダーらしきエレクトリックは、いかにもボスらしいサウンド、ボスらしいフレージング、まちがいなくビリー・ストレンジのプレイ、といえます。

しかし、前半のリードをとるガット・ギター(彼らはSpanish guitarないしはflamenco guitarという名詞を使い、gutという言葉を使ったのは見たことがない。やはり「はらわた」という単語は避けたいのだろう)はちょっとした難問で、今回も、ボスか否かを考えながら、じっくり聴いてしまいました。

とりあえずの結論は、こちらもボス自身のプレイである、です。トミー・テデスコだったら、どこかで飛び出しそうな高速ランが、この曲では使われていませんし、トミーのトレードマークである強いヴィブラートのかかった音もありません。そう思って聴くと、なんとなく、フレーズ尻のまとめ方がビリー・ストレンジ・スタイルのように思えてきました。

しかし、そんなことは詰まるところどうでもいいような気もします。このトラックの最大の魅力は、後半のエレクトリックによるプレイ、このソリッド・ボディーのエレクトリック・ギターという楽器の根元にふれるような、柔らかい音の出にあります。

そして、この音が描出しているのは、わたしが知っている、剛胆であると同時に繊細なビリー・ストレンジというキャラクターそのものだと感じます。

同じアルバムから、もうひとつ、涼しい曲をいってみます。

Billy Strange - Deep Purple


オオノさんがクリップに書き写してくださったライナーによれば、ドラムはハル・ブレイン、アップライト・ベースはジミー・ボンド、リズム・ギターはビル・ピットマンというラインアップだそうです。

ビリー・ストレンジはニュアンスのギタリストです。音のニュアンスは、音色、強弱、タイミングによって表現されますが、とりわけ彼が得意としたのは、タイミングのコントロールによるディテールの表現でした。この曲をなぞってみて、彼の「球持ちのよさ」、なかなか音を出さないタイミングのコントロールを実感しました。

ビリー・ストレンジとくれば、やはりこの人を出さないとバランスがとれないでしょう。

Tommy Tedesco - Quiet Night of Quiet Stars


playing for living、生きるためにプレイする、と断言した人ですから、たとえ自分の名義の盤でも、トミー・テデスコは注文に応じてさまざまなタイプの音楽を、さまざまなスタイルで「演じ」ました。

自分でやりたかったのは、後年のオーセンティックなジャズ・コンボのものでしょうが、ガット・ギターによるものも、彼が嫌わなかったものだろうと思います。「マーケッツのギタリスト」とはいわれたくない、と書いていたので、嫌いだったのはポップ系のギター・インストだったことははっきりしています。まあ、さもあらん、ですが!

たまにはカントリー方向に曲がってみるのもチェンジアップになるかもしれません。

Merle Travis - The Sheik of Araby


マール・トラヴィスの「独演会」といった雰囲気の、テレビ・スタジオらしき小さな会場でのリラックスしたライヴ・ヴィデオを見たのですが、なかなか興味深いものでした。ほう、と思ったのは、チェット・アトキンズについての逸話です。

マール・トラヴィスはキャピトルと契約して大人気を博したのですが、それを見て、RCAが対抗馬として見つけてきたのがチェット・アトキンズだったのだそうです。しかし、チェットのギターに満足したRCAのだれとかが、ところで、きみは歌はどうなんだ、ときいたら、ぜんぜん歌えない、というのでがっかりした、というくだりをマール・トラヴィスが仕方話でやって、客を湧かせていました。

チェット・アトキンズのものと信じていたスタイルは、じつはマール・トラヴィスのものだった、なんていわれたら、信じちゃいそうなほど、彼らのギター・プレイには近縁性があります。

一度でもクリップを見たことがおありになればわかりますが、マール・トラヴィスもチェットと同じように、ひとりでプレイしたものがたくさんあり、上掲The Sheik of Arabyも、親指でベースないしはコードを入れながらのプレイです。

それでは、キャピトルのスターと、RCAが見つけたその対抗馬のデュエットを。

Chet Atkins and Merle Travis - Muskrat Ramble


いやあ、カントリー・ピッカーの頂点に立つ二人なので、ただただ感心するばかりです。速さより、音の美しさに技がにじみ出ています。

カントリー・ピッカーに傾きはじめると、どこまでもずぶずぶとはまりこんでいき、ジョー・メイフィスだの、ジェリー・リードだのと、永遠に終わらなくなってしまいます。いずれ、ギター・オン・ギター・シリーズの続編として、カントリー・ピッカー・ギター・デュオというので改めて特集を組むことにします。

できるだけ好きなギター・プレイヤーを網羅しようとしているのですが、そんなことをいったら、あと10回ぐらいはやらないと収まりそうもありません。忘れないうちにこのお父さんを。

Les Paul - How High The Moon (1991)


この曲は、レス・ポールがメアリー・フォードと組んでいた時代の大ヒットです。じっさい、そちらは圧倒的なヴァージョンで、なんだ、ロックンロールというのはレス・ポールがつくったのか、と口をあんぐりしますが、あえて、年をとってからのライヴ・クリップを貼りつけました。やはり指の動きが見たいのと、マルチ・トラッキング抜きでも上手いことを知っていただくためです。

レス・ポールのことを話しはじめると長くなるので、一点だけ。彼の発明や開発は驚くべきものですが、一プレイヤーとして振り返ると、印象に残るのは、華やかさ、明るさです。

だれがだれより上手いなんてことをいったところで、つまるところ、比較のしようがありませんが、レス・ポールの生来の明るさは、彼のキャリアと、われわれが彼のサウンドに抱くイメージを決定したと感じます、その意味で、バディー・リッチ、ハル・ブレイン、レス・ポールはわたしの頭のなかの同じ部屋に住んでいます。

しかし、好きなドラマーを並べたら、あっというまに終わるでしょうが、ギタリストは無限につづけられそうです。最近、ジョー・オズボーンのインタヴューを読んで、へえ、そういう関係だったのかと、新たな目で見るようになったプレイヤーの曲を。

Roy Buchanan - Misty


ロイ・ブキャナンのプレイをじっと見守り、最後にちょっとだけ加わるのはマンデル・ロウで、この人のクリップも用意したのですが、置き場所がなくなってしまいました。

ジョー・オズボーンがルイジアナでジェイムズ・バートンといっしょにプレイしていたというのは知っていましたが、ベースに転じるきっかけになったのは、ロイ・ブキャナンとバンドメイトになってしまったことなのだそうです。エディ幡にじゃんけんで負けたルイズ・ルイス加部が、ギターからベースに転じたようなものです。

しかし、60年代ハリウッドを代表する3人のフェンダー・ベース・プレイヤー、レイ・ポールマン、キャロル・ケイ、ジョー・オズボーンが、いずれも本来はギタリストだったことになり、やはりそういうものか、と思いました。ちがうのはラリー・ネクテルだけ、といいたくなりますが、彼もギターをプレイしたことがありました。

例によって、話があらぬほうに流れたので、本日はここまで。まだ材料はありますが、つづけるか否かは未定です。


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ビリー・ストレンジ
Mr. Guitar
Mr. Guitar


マール・トラヴィス
The Merle Travis Guitar
The Merle Travis Guitar
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by songsf4s | 2011-08-10 23:55 | Guitar Instro
Surf'n'Rod WITHOUT (or mistakingly WITH) Hal Blaine Vol. 1
 
その必要もなければ、そもそも無益なので、そんなことはしばらく考えていなかったのですが、先日までやっていたサーフ&ブレイン特集のせいで、どういうものがサーフ・ミュージックで、どこからはそうではないのか、という線引きを意識せざるをえなくなりました。

しかし、いざ「サーフ・ミュージック」とはなんだ? と考えると、答えは波にもまれて海の底に沈んでいきます。

サーフ・ミュージックのオリジネイターと目されるディック・デイルは、自身、サーフィン・クレイジーで、波に乗っているときの昂揚感を表現したもの、とサーフ・ミュージックをいいあらわしています。

そりゃそうだろうなあ、とは思いますが、これでは音楽形式の定義としては不十分も甚だしいといわざるをえません。

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デイルは、フェンダーの機材を使っていて、レオ・フェンダーと協力してリヴァーブ・ユニットやギター・アンプを開発します(ShowmanおよびDual Showmanとして製品化される)。彼の考え、というか、彼の感覚にしたがうなら、サーフ・ミュージックにおいては、ギターには深いリヴァーブをかけなければいけなかったからです。

それではリヴァーブ・ユニットの使用前、使用後を聴いてみます。まずはリヴァーブのないドライなものを。デイルの父親が息子のためにつくったレーベル、デルトーンからのシングル、Let's Go Trippin'



つづいて、だいぶあとの、キャピトル時代のトラック。こんどはそれなりにウェットなサウンドです。ディック・デイル&ヒズ・デルトーンズ、Taco Wagon



時期が少し前後しますが、初期はドライなギター・サウンドだったという例をもうひとつ、ポール・ジョンソン、リチャード・デルヴィーらが在籍し、のちにチャレンジャーズへと発展することになるベル・エアーズ、Mr. Moto



そういってはなんですが、ドラムの下手なこと、目を覆います。いや、耳をふさぎたくなります。悪いけど、あたくしでも、このドラマーが相手なら勝負できます。

ライノのCowabunga the Surf Boxというのは、それなりに面白く、それなりに役に立つボックスでしたが、よそさんの考えるサーフ・ミュージックというのは、やはり自分の考えとはずいぶん隔たっているのだな、とも思いました。アルバム・オープナーがこの曲ですからね。

The Fireballs Bulldog


われわれ日本の子どもは、Bulldogをヴェンチャーズの曲として記憶していますが、アメリカではTorquayと並んでファイアボールズの代表作と見られているようです。ただ、いま振り返って、ヴェンチャーズ・ヴァージョンに感銘を受けたのは間違っていなかったと思います。

Bulldogのころはともかくとして、後年のFireballsはタイムが安定し、相応の技量のあるグループになったと思います。しかし、ハリウッド音楽産業のエリート集団の一角に食い込もうとしていた、若きビリー・ストレンジをリードとする、初期スタジオ版ヴェンチャーズとは、やはり比較になりません。

どうであれ、ファイアボールズのBulldogでサーフ・アンソロジーがスタートするというのは、わたしにはちょっと意外でした。まだしも、二曲目のほうが違和感がありません。

The Gamblers - Moondawg!


この曲はヴェンチャーズやビーチボーイズをはじめ、カヴァーがたくさんあるために、そういう印象が形成されているからかもしれませんが、サーフ・ミュージックらしい響きがあると感じます。

しかし、なんだかハリウッド音楽産業経営者視点の感なきにしもあらずですが、素人じみた音というのは、どうしても居心地悪く感じます。やはり、ジョー・サラシーノがプロフェッショナルによるサーフ・ミュージックで、このジャンルとしてははじめてナショナル・チャート・ヒットを生まないことには、サーフ・ミュージックのほんとうの歴史ははじまらないと感じます。

The Marketts - Surfer's Stomp


マイケル・ゴードンは、マーケッツに自分の名前を冠することで、歴史を盗み取ろうとしているらしく、はなはだ不愉快ですが、ほかにこの曲のまともなクリップはないので、これを貼りつけます。

マイケル・ゴードンがなにかスタジオのマーケッツにかかわったことがあるとしたら、もっとあとのこと、いくつか楽曲を書いたことと、一握りの曲のアレンジしたことぐらいでしょう。あとはせいぜい、リズム・ギターかパーカッションでもやらせてもらったか、その程度のことと思われます。この曲とマーケッツというスタジオ・プロジェクトは、ジョー・サラシーノが生み出したものです。

あるときサラシーノは、LAの南のバルボア半島に行き、ボールルームでのダンスを目撃しました。

(サラシーノはなにもいっていないが、このボールルームはランデヴー・ボールルームである可能性が高く、そこでプレイしていたのはディック・デイル&ザ・デルトーンズだったかもしれない。さらにいうと、ランデヴー・ボールルームにはかつてスタン・ケントン・オーケストラがレギュラーで出演し、ここで「ウェスト・コースト・ジャズが誕生した」といういい方をする人さえいる。LAの二大エスニック・ミュージックの誕生に関わったボールルームだったのだ、というと大げさかもしれないが。)

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ランデヴー・ボールルームのファサード

これはいったいどういうダンスだ、ときいたら、サーファーズ・ストンプというものだといわれ、すぐにそのステップを元に、サラシーノはSurfer's Stompという曲を書き、スタジオ・プレイヤーを集めて録音しました。

ライノのCowabunga the Surf boxのライナーでは、このときのメンバーは、ドラムズ=シャーキー・ホール、ベース=バド・ギルバート、ギター=ルネ・ホール、ビル・ピットマン、トミー・テデスコ、ピアノ=レイ・ジョンソン(プラズの兄弟)、サックス=プラズ・ジョンソン、フレンチ・ホルン=ジョージ・プライスとされています。

わたしはギター・インストが好きなのですが、もしもサーフ・ミュージックというのが、ド素人の高校ダンス・パーティー芸であったとしたら、そんなものに興味はもたなかったでしょうし、いまになってはなおのこと、忌避したにちがいあありません。

しかし、マーケッツを聴くと、これなら俺が親しんできた、典型的なハリウッドの音だ、と感じます。ドラマーはエドワード・シャーキー・ホール(アール・パーマーがハリウッドにやってきたころ、ロックンロール、R&B系セッションのエースだった)ですが、ギターやサックスはおなじみの面々です。

とりわけ、プラズ・ジョンソンのテナーは、この人らしい美しい音の出で、非常に印象的ですし、だれも出しゃばらずに、グッド・フィーリンをつくることに専念していて、じつに気持のいいサウンドです。

サラシーノがこのようにプロフェッショナルだけで録音することで、サーフ・ミュージックに背骨とフォームを与え、そしてなによりも、その結果、ナショナル・ヒットを得たことは、その後のこの分野の発展に決定的な影響を与えたと思います。

むろん、ほかにも重要な要素はあるのですが、それは次回、見ていくことにし、本日は、Surfer's Stompのヒットを受けて、そのフォロウ・アップとしてリリースされたシングルをクローザーにします。

The Marketts - Balboa Blue


似たような曲、似たようなサウンドですが、わたしはBalboa Blueのほうが好きです。しかし、マイナー・ヒットに終わりました。

いま、このシリーズの通しタイトルを決めてから、キャピトル時代のディック・デイルのドラムはハル・ブレインが多かったことを思い出しました。Taco Wagonもハルの可能性が高いでしょう。

次回は、少しだけ時計の針を進めて1963年を中心にサーフ・ミュージックを並べる予定ですが、時間がとれなくて、安直なNow Listeningに切り替えるかもしれません。


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ディック・デイル
Dick Dale & His Deltones - Greatest Hits 1961-1976
Dick Dale & His Deltones - Greatest Hits 1961-1976


ディック・デイル(Taco Wagon収録)
Mr Eliminator
Mr Eliminator


ベル・エアーズ
Volcanic Action!
Volcanic Action!


ファイアボールズ
Fireballs/Vaquero
Fireballs/Vaquero


ライノ・ロック・インストゥルメンタル・アンソロジー
Rock Instrumental Classics 5: Surf
Rock Instrumental Classics 5: Surf


ライノ・レコード カウアバンガ・ザ・サーフ・ボックス(中古)
Cowabunga: Surf Box
Cowabunga: Surf Box
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by songsf4s | 2011-08-01 21:37 | サーフ・ミュージック
Hal Blaine Takes You to Surfin' Vol. 4
  
PCを相手にしていると、いろいろなことで時間を空費するもので、今日はほとんど時間がないところにもってきて、オープナーの選択で迷いに迷い、さらに時間を空費してしまいました。下手な考え休むに似たり、目に付いたのからスタート。

チャレンジャーズ Pipeline


ハル・ブレインという人は、いつだって、派手の国から派手をひろめにきたようなところのあるドラマーですが、インストになると、歌の邪魔をしてはいけない、という配慮が消え、思う存分、派手にやるときがあり、そこがじつに楽しいと、毎度思います。

これ、サーフ・ミュージックではないのですが、「スパイ・サーフ」という造語をしたくなるような豪快なプレイなので、気にせずにいっちゃいましょう。リードはビリー・ストレンジ御大と想定しています。

チャレンジャーズ The Man from UNCLE


別に強引に我が田に水を引くつもりはないのですが、子どものころの気分としては、サーフ・ミュージックのすぐとなりに、こういうスパイ・ファイ・ミュージックはありました。もうひとつはマカロニ・ウェスタンです。もちろん、ハル・ブレインはこの三分野すべてで活躍しました。証明したっていいのですが、これ以上脱線がひどくなるのもなんなので、ここから浜辺に引き返します。

だんだんハル・ブレイン特集なのだか、ブルース・ジョンストン特集なのだかわからなくなってきましたが、まあ、どっちをやっても結果は同じでしょう。

ブルース&テリー Look Who's Laughing Now


タムタムが派手に録れていて、ワッハッハです。こういう風に、ふつうならバックビートだけの空の小節にするところに、タムタムのフィルインのようなものをパターンとして組み込むのはハル・ブレインの発明だったとわたしは考えています。

親子がいっしょに仕事をするのはむずかしいもので、たとえば、父親がプロデューサーだったリッキー・ネルソンはいろいろ大変だったようです。でも、なんとか切り抜けたようで、父親のほうも、だんだんリッキーを大人として認めるようになったのかもしれません。

しかし、ブライアン・ウィルソンの父親、マレイ・ウィルソンはかなり困った人だったようです。どのレコーディングのときだったか、ブライアンが爆発して、父親をスタジオから叩き出したという話が伝わっています。

それで黙って引退し、息子の稼ぎで安楽に暮らせば、よくある話で終わったのですが、この人はその後、腹いせにいろいろな悪さをしました。最悪はブライアンの楽曲を売り飛ばしたことですが、もっとずっとささやかな悪事もしました。自分のほうが息子より才能があるのだと証明しようとしたのです。

その親子抗争の結果、マレイ・ウィルソンのプロデュースでデビューしたグループもまた、ビーチボーイズ同様、ハル・ブレインの顧客名簿に記録されました。なにかが分裂するたびに、顧客が増殖していった幸せなドラマーだったのです。

サンレイズ Andrea


選曲が派手なほうに偏重しているのは認めます。でも、なにか派手なプレイを行ってみよう、なんていうと、無尽蔵にそういうのが出てきちゃうのが、ハル・ブレインなのです。

またしても、女性シンガーが少ないのが気になってきたので、一所懸命さがしてしまいました。ミックスは抑えめながら、そんなことはエンジニアにきいてくれと、ハル・ブレインはやっぱり叩くだけは叩きました。プロデュースはジャック・ニーチー、歌うはウェストウッズ、I Miss My Surfer Boy Too



トレイドウィンズのNew York's a Lonley Townの語り手は、家族がNYに引っ越したために、カリフォルニアとサーフィンに別れを告げたのですが、この曲は、カリフォルニアに取り残されたガールフレンドの視点から歌っています。

ウェストウッズなんてグループはご存知ないでしょうが、じつはジャック・ニーチー夫人とブライアン・ウィルソン夫人のデュオ、まるで後年のウィルソン・フィリップスのシニア版、といっちゃ失礼、まだ二人ともこのときは若かったのでした。

さすがはジャック・ニーチー、なかなかすばらしいサウンド・メイキングですし、あたくしはマリリン・ウィルソンの声が好きなので、つづけてもう一曲いっちゃいます。これがまた渋い。

ウェスト・ウッズ Will You Love Me


ジム・ケルトナーが、ハルのボー・ディドリー・ビートはじつにきれいだったといっていましたが、この変形ボー・ディドリー・ビートのイントロ・リックを聴くと、そうそう、俺もそう思う、といいたくなります。

いま、ジャック・ニーチー合切袋フォルダーを見てみましたが、ウェストウッズはこの2曲ですべてのようです。シングル盤を一枚リリースしただけということですね。

いやはや、だれも知らないようなプロジェクトなのに、こんなハイ・レベルのサウンドとパフォーマンスなんだから、やっぱり60年代はアメリカン・ポップ・ミュージックの黄金時代だったとつくづく思います。

いつも、ポップ・ミュージックはヒットしてナンボ、俺はトップ40ヒットという明るい大通りを闊歩する、裏町でゴミ缶をあけてはゴミを拾ってきて、いいだろ、などと見せびらかす、しみったれた真似はしないんだ、と啖呵を切ることにしています。

でも、こういうヒドゥン・ジェムを聴くと、ゴミ漁りに血道を上げる諸兄がいるのも、まあ不思議はないと、いくぶんか譲歩する気になります。60年代というのは、どんな辺鄙な町の暗い裏通りにも、それなりの美人がいる時代でした。

このシリーズをずっとご覧になっている方は納得されるでしょうが、ハル・ブレインは異常なほど大量にサーフ・ミュージックでプレイしています。

どの入口からスタジオの世界に浸透していくかは、人それぞれでしょうが、ハル・ブレインは、サーフ・ミュージックは彼ら若いプレイヤーにとってはチャンスだったのだといっています。

楽器を弾く方ならおわかりのように、サーフ・ミュージックは単純きわまりない構造で、ブルースのように3コードしか必要としないものも数多くありました。ハルは、ヴェテランたちは、こういう仕事をしたがらなかったので、自然、彼らにお呼びがかかるようになり、これを足がかりにスタジオの世界で地歩を築いたというのです。

じっさい、ハル・ブレイン、トミー・テデスコ、グレン・キャンベル、キャロル・ケイ、レイ・ポールマン、ビリー・ストレンジといったレッキング・クルーの面々は一団となって、ヴェンチャーズからラウターズへ、マーケッツからTボーンズへ、ジャン&ディーンからビーチボーイズへ、ブルース&テリーからファンタスティック・バギーズへと、つぎつぎに衣を着替え、サーフし、ドラッグしていきます。

映画Bikini Beachより、主演アネット・ファニチェロ歌うBikini Beach、that's it, that's right!!!



いいリズム・ギターですなあ。どなたでしょうか。うまい人というのはコードもきれいに弾くものなので、クルーのギター陣はみなリズム・ギターがうまいのですが、わたしはキャロル・ケイさんとトミー・テデスコのストロークがとくに好きです。CKさんは美しく、トミーは豪快かつワイルドにドライヴします。

サーフ・ミュージックが「レッキング・クルーの音楽」になったのには、べつの側面もあります。この音楽形式は、アマチュアの若者がプレイすることで広まっていきました。それは黎明期のトラックを聴けば明白です。

ところが、この音楽が生まれたのがLAだったのが運の尽き。ハリウッド音楽産業は、これは商売になると考えたのですが、アマチュアのプレイは問題外とみなし、盤にするには洗練が必要と、プロで録音することにしました。

むろん、ハリウッドには音楽産業ばかりでなく、映画産業もあるので、これは若者向け、というか、ドライヴイン・シアター向けの映画の題材にもされ、ここでも、盤の制作にたずさわった同じプレイヤーが呼ばれることになりました。

かつて、映画音楽というのは、クラシック出身のプレイヤーがやるもので、60年代になってもまだ、ジャズ系プレイヤーですら少数派でした。まして、ロックンロールができるプレイヤーなど、従来の映画産業にはいなかったのです。

もうひとつハル・ブレインにとって幸運だったのは、50年代後半にほとんどのメイジャーが経営危機に陥り、音楽部門を解体してしまったことです。これは見ようによっては、映画音楽の解放でした。映画スタジオに伝手のない外部の若いプレイヤーが、映画音楽でプレイできるようになったのです。

かくして、ハル・ブレインをはじめとする若いプレイヤーたちは、サーフ・ミュージックを梃子にして、音楽産業と映画産業の狭き扉をこじ開けたのでした。

最後の曲もアネット・ファニチェロ、ハルはちょっとミスッたCalifornia Sun



次回は未定ですが、もう一回、サーフィン・ウィズ・ハル・ブレインをやるかもしれません。


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ブルース・ジョンストン
Surfin' 'round the World!
Surfin' 'round the World!


ブルース&テリー
The Best Of Bruce & Terry
The Best Of Bruce & Terry


チャレンジャーズ
Best Of: Killer Surf
Best Of: Killer Surf


サンレイズ(MP3ダウンロード)
Andrea
Andrea


アネット(中古)
アネットのビーチ・パーティ
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by songsf4s | 2011-07-27 23:39 | ドラマー特集
Hal Blaine Takes You to Surfin' Vol. 3
 
このハル・ブレイン・サーフ・ミュージック特集は、ハル・ブレイン・ディスコグラフィー読解のスピン・オフとしてやっているのでして、考えてみると、いままでハル・ブレイン自身の名義による盤が登場しなかったのは手落ちでした。

ハル・ブレイン&ザ・ヤング・クーガーズ(ってそんなバンドが存在したわけではないが) (Dance With The) Surfin'Band


このヤング・クーガーズなるバンドの内訳は、

Glen Campbell, Billy Strange, Tommy Tedesco, Carol Kaye, Howard Roberts (guitar)
Steve Kreisman (saxophone)
Russell Bridges (Leon) (piano, organ)
James "Jimmy" Bond (bass)
Frank Capp (drums, percussion).

豪華ギター陣なのですが、あまり活躍しません。スティーヴ・クライスマンとはたしかスティーヴ・ダグラスの本名。ラッセル・ブリッジズはもちろんリオン・ラッセルです。AFMのコントラクト・シートは本名記載なので、あとからパーソネルを調べると、こうなったりします。

フランク・キャップがドラムとパーカッションとなっているということは、ハル・ブレインのかわりに叩いたのか、なんておかしなことになりますが、たぶん、ダブル・ドラムのトラックがあるからでしょう。グレン・キャンベルのギター・インストで、ビリー・ストレンジ御大が6弦リード、グレンは12弦を弾いたなんて例がありましたが、そのたぐいと思われます。

わからないのはジミー・ボンドしかベースがいないことです。ボンドはアップライトのみで、フェンダーは弾かないと思うのですが。そのへんはCKさんがハンドルしたということでしょうか。

この特集のために、曲をリストアップしていて、妙にブルース・ジョンストンが聴きたくなりました。それで、ブルース・ジョンストン偏重の選曲になっているのです。

ブルース&テリー Here Comes Summer


といってもこの曲のリードはテリー・メルチャーのほうでした! 指が痛くなりそうですが、ピアノの三連とスレイ・ベルが重合したサウンドがすばらしく効果的です。

作者ジェリー・ケラーによるオリジナル・ヴァージョンはシンプルで軽いサウンドですが、フィル・スペクター革命を通り抜けたあとのハリウッドでは、ブルース&テリーのアレンジ、サウンドでないと通用しなかったでしょう。

ハル・ブレインは関係ないのですが、いちおう念のために、これだってなかなか楽しい、ジェリー・ケラーのオリジナルHere Comes Summer



これはこれでなかなか長閑でけっこうなのですが、やっぱりわたしが聴きはじめる以前のサウンドなので、古いものを楽しもう、という構えが必要になります。

こんどはブルース・ジョンストンのSurfin' 'Round the Worldから、インストを。

ブルース・ジョンストン Maksha Midnihgt


ギターになにをしたのか、妙な音になっていて、気になります。気になるといえば、左チャンネルの金属的なパーカッションはなんなのでしょうか。ブライアン・ウィルソンが使った自転車のベルに似ています。

さらにブルース&テリーがらみの曲をいきます。

リップ・コーズ Three Window Coupe


リップ・コーズというグループはいちおう実在し、ブルース・ジョンストンとテリー・メルチャーのコンビがプロデュースしていたようです。

ハリウッドではめずらしいことではないのですが、なにかの曲ができあがると、後先考えず、スタジオを押さえ、プレイヤーを集めて、さっさと録音してしまいます。しかるのちに、このテープをどうしようか、と考えるわけですな。

このThree Window Coupeの場合は、ブルース&テリーのつもりで録音したのだけれど、なにかの都合で、たとえば、彼らがプロデュースしているリップ・コーズにヒット曲がほしい、こいつは仕上がりがいいから、リップ・コーズにしちゃえ、てなことで、ブルース&テリーがリップ・コーズになってしまったようです。いや、そのへんも微妙で、リップ・コーズははじめからツアー専用であり、スタジオに入れるつもりなんかなかったのかもしれませんが。

同じく、録音が終わってから、あと知恵で誕生したグループのトラックを。

ホンデルズ Hot Rod High


ハル・ブレインが叩いたサーフ&ドラッグ・チューン、というと、ゲーリー・アシャーを思い浮かべる人もいるでしょうが、わたしはアシャーのような粗製濫造業界ゴロにはあまり興味がないので、やっと彼のプロジェクトの初登場と相成りました。

ものを知らない評論家が、アシャーをむやみにもちあげた文章を書いたからって、そんなチョボイチにころっと騙されるようでは情けないでしょう>お子さま諸君。自分の耳でお聴きなさいな。

アシャーのような半チク野郎とちがって、仕事のフォームができていたプロフェッショナル、正しくコマーシャリズムに徹し、きっちり商売になる盤をつくったのがジョー・サラシーノ。サーフ・ミュージックの大貢献者のひとりです。

そもそも、サラシーノがSurfer's Stompという曲を書き、これで一儲けしようと考えたところから、本格的なサーフ・ミュージック・ブームへの道が開けたといっていいほどです。

その、史上初めてビルボードにチャートインしたサーフ・チューン、Surfer's Stompのドラマーはエドワード・“シャーキー”・ホールでした。

サーフのつぎは当然ながら車もの、という安易なセカンド・アルバム、The Marketts Take to Wheelsではハル・ブレインがストゥールに坐ります。そのセカンドのオープナー、と思ったのですが、当たり前の曲しかクリップがないため、これはサンプルで。

サンプル The Marketts "Woody Wagon"

Woody Wagonとはもちろん、ボディーに木を使ったステーション・ワゴンで、サーフボードを乗せるためのものです。湘南の路地裏じゃないんだから、自転車にボードを乗せるなんて話は聞いたことがありません。

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なお、この曲はAdd More Musicの「レア・インスト」ページで頂戴してきたものです。ギター・インストのお好きな方は、あちらに行かれてアルバム丸ごとお聴きになるとよろしいでしょう。

最近、マイケル・ゴードンが、マーケッツとラウターズは俺のバンドだ、みたいなことをいっていて、困ったものです。ラウターズはゴードンが関与して誕生したものかもしれませんが、スタジオにおける音楽的貢献はごく微少でしょう。スタジオでラウターズの音楽を作ったのは、ジョー・サラシーノであり、ハル・ブレインやトミー・テデスコといった面々でした。

ひょっとしたら、マイケル・ゴードンはいまでもマーケッツないしはラウターズの名前でツアーをしているのかもしれません。名前の権利がクリアされているなら、その点についてはご自由に、ですが、いくつかの曲をアレンジした程度のことで、音楽そのものをつくったような顔をされてはかないません。

ざっと見渡して、女性シンガーがほとんど登場していないのが気になります。フランキー・アヴァロンの相方としてアネット・ファニチェロを登場させただけです。しからば、つぎはドナ・ローレンかなと思ったのですが、適当なクリップがないので、毎度おなじみながら、ハニーズにしました。

ハニーズ Shoot the Curl
c

ギターの入りが遅れているところがあって、おいおい、です。しかも、ビリー・ストレンジ御大に聞こえます。まあ、こういうことというのはプロデューサーの責任なのですが。責任者はブライアン・ウィルソンでした!

Shoot the Curlというのはサーフ用語で、curlというのは波の先端が丸くパイプ状になったところ、それをshootするとは、すなわち、あのトンネルをくぐり抜けることです。

theではなくthatになっていますが、ほとんど同じようなタイトルの曲があったので、聴いてみたら、これまたハル・ブレインでした。こっちもいってみましょう。

キャシー・ヤング&クリス・モンテイズ Shoot that Curl


どうも聴いたような覚えがあるので検索したら、Cowabunga the Surf Boxに収録されていたようです。もうこの箱はもっていないのですが、ライナーにはパーソネルが書いてあったはずです。ハルだなんて書いてあったかどうか記憶なし。

のちにA&Mと契約して、オカマ声でふにゃふにゃバラッドを(やっぱりハル・ブレインのドラミングで)歌うハメになるクリス・モンテイズも、初期はけっこうロックンロールしていて(チカーノ・ロックのオリジネイターのひとりだった)、これはそのころのものでしょう。

まだまだストックがあるので、さらに次回もサーフィン・ウィズ・ハル・ブレインを続ける予定です。いやまったく、よくもこれほどたくさんサーフ・ミュージックを録音したものです。なぜそうなったか、といったハル・ブレインの説明などは次回に。


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ハル・ブレイン
デュース,“ティーズ”,ロードスターズ&ドラムス(紙ジャケット仕様)
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ジェリー・ケラー(MP3)
Here Comes Summer - The Best Of Jerry Keller
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ブルース・ジョンストン
Surfin' 'round the World!
Surfin' 'round the World!


ブルース&テリー
The Best Of Bruce & Terry
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リップ・コーズ
Hey Little Cobra & Other Hot Rod Hits / Three
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ホンデルズ
Go Little Honda
Go Little Honda


マーケッツ
Outer Space Hot Rods & Superheroes
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ハニーズ(MP3)
Shoot The Curl
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クリス・モンテイズ
Let's Dance - Monogram Sides
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by songsf4s | 2011-07-26 23:03 | ドラマー特集
Hal Blaine Takes You to Surfin' Vol. 2
 
本日も引きつづき、ハル・ブレインがプレイしたサーフ&ドラッグ・チューンないしはビーチ&ビキニ・チューンです。

まずは、わたしが知るかぎり、唯一ソングライター・クレジットにハル・ブレインの名前がある曲を。ハル・ブレイン、ブルース・ジョンストン共作、アルバム、Surfin' Around the Worldより、ブルース・ジョンストン、Down Under



「下のほう」とは、地図の南のほうのことで、つまりオーストラリアでサーフィンしようという歌です。

キンクスのAustraliaという曲に、We'll surf like they do in the USA, we'll fly down to Sydney for a holiday, on a sunny Christmas day in Australiaというラインがありましたが(いやっていうほどシングアロングしたので、たぶん死ぬまで忘れない)、ブルース・ジョンストンはそれよりもずっと以前に、南半球でのサーフィンを歌っていたことになります。

ハル・ブレインはHal Blaine & the Wrecking Crewのなかでブルース・ジョンストンにふれ、ビーチボーイズの仕事をする以前、すでにブルースとはいっしょにやったことがあった、才能あるキーボード・プレイヤーだった、といっています。

ハル・ブレインがビーチボーイズの仕事をしたのはいつか、という問題があるのですが、これが微妙なんです。多数派は1963年1月録音のSurfin' USAから、という立場だろうと思います。



しかし、これはディテールを忘れてしまったのですが、もう少し以前の曲からすでにプレイしているとしているソースもありました。そういうことをきっちり検討しはじめると、また話が面倒になるので、今日のところは切り上げます。

Surfin' USAについてはいくつかのパーソネルを見ましたが、たとえばライノのCowabunga the Surf Boxの記載は納得がいきません。そうしたデータにもとづくわたしの推定は、ドラムズ=ハル・ブレイン、ベース=レイ・ポールマン、ギター=ビリー・ストレンジおよびキャロル・ケイです。これが初期ビーチボーイズの基本パーソネルでしょう。つまり、実体はヴェンチャーズ!

つぎはちょいとナックルボール、というほどひねくれていませんが、アヴァランシェーズ、Ski Surfin'



この曲については、以前、Ski Surfin' by Avalanchesなる記事に詳細に書いたので、ここではごく簡単に。

ギターはビリー・ストレンジとトミー・テデスコという両エース、この曲ではヴァースを弾いているのがビリー・ザ・ボス、あとから登場し、豪快なピッキングを見せるのがトミー・テデスコと推定しています。

キーボードはグレン・キャンベルをスターにしたキャピトル・レコードのインハウス・プロデューサー、アル・ディローリー、ベースがのちにブレッドで有名になるデイヴィッド・ゲイツ、ペダル・スティールがウェイン・バーディックです。

あたくしは子どものころからのギター・インスト・ファンですが、この曲をタイトルとしたアヴァランシェーズの唯一のアルバムは、星の数ほどあるギター・インストのベスト3には間違いなく入れます。トップといっちゃったってかまわないのですが。

ハル・ブレインが録音した四万曲のうち、いくつあるでしょうか。ほんの一握りであることは間違いないでしょう。ハル・ブレインのドラム・ソロのあるギター・インスト、Tボーンズ、White Water Wipe Out



Tボーンズは、よそのレーベルが、マーケッツとかラウターズといった、テキトーにでっちあげた架空のインスト・バンドで儲けているのを黙って見ている手はないと、リバティーがつくった自前の架空バンドです。実質的によそのバンドと同じバンドなのに、なぜかヒットが出ませんでした。

結局、マーケッツやラウターズの生みの親であり、それまではロサンジェルス特有の音楽だったサーフ・ミュージックを、最初にナショナル・チャートに送り込んだ(Surfer's Stomp)ジョー・サラシーノを招いて、やっとのことでNo Matter What Shape (Your Stomack's in)という大ヒットが生まれます。

ヒットかミスかの岐れめはどこにあるかわかったものではありませんが、このBoss Drag at the Beachというアルバムに収録された曲と、のちのヒット作をくらべると、ギター・インストはギターが活躍しすぎると失敗する、というパラドキシカルな原則を思いつきます。

結局、ギター・インストというのは、派手なギター・プレイを聴かせるものではなく、トータルなサウンドを聴かせるものなのだろうと思います。

といっても、わたしは派手なギターが好きなので、ヒットしようとしまいと、ギターが豪快にすっ飛ばすギター・インストは、おおいにけっこうだと思います。ということで、成功しなかったTボーンズの曲をもうひとつ。

Tボーンズ Haulin' Henry


途中から左チャンネルに入ってくるギターはだれでしょうか。こういうタイプの強引なプレイは、よくグレン・キャンベルがやっていましたが、この曲のギターはグレンよりピッキングが荒っぽいと感じます。ひょっとしてジェリー・コール?

前回も今回も、全力疾走の曲が多いので、ここらですこし遅めの曲を。ブルース&テリー、Don't Run Away



ヴァースはブルース・ジョンストン、ブリッジはテリー・メルチャーのヴォーカル。こういう曲でも手加減なしで、がんがんフィルインを投入してくるのがハル・ブレインらしいところです。

ブルース・ジョンストンも多くの場合、ハル・ブレインですが、テリー・メルチャーは、ハルの信奉者といっていいほどだったようです。CBSのプロデューサーとしてバーズをデビューさせたときは、もちろんハル・ブレインがストゥールに坐っていました。

そこまでは当然として、ずっと後年、Easy Riderのころだったか、またロジャー・マギンに、つぎのアルバムではハルを呼ぼう、といったそうです。まあ、半分は、例によって「ヒットのお守り」みたいな験かつぎだったのでしょうが。

つづいて、ハル・ブレインをキングに押し上げたフィル・スペクターのシングルで、アレンジャーをつとめたジャック・ニーチーが、レコーディング・アーティストとしてヒットさせた、めずらしいオーケストラ・サーフ・インスト、The Lonely Surfer



最初にリードをとるのはダノですが、プレイヤーはたしかビル・ピットマン、6thを入れつつのリズム・ギターはトミー・テデスコだったと思います。さすがはジャック・ニーチー、サーフ・ミュージックの歴史のなかでも、とりわけ異色あるヒット・シングルを残しました。フレンチ・ホルンが効果的。

つぎはふたたびブルース&テリーがらみで、彼らがすべてお膳立てをし、パット・ブーンのヴォーカルだけをのせたバラッド。

パット・ブーン Beach Girl


どういう企画だったのかと思いますが、まあ、時代からズレにズレてしまったパット・ブーンをなんとかすることはできないか、という話だったのでしょう。

さすがに、ブルース&テリーのつくったトラックおよび彼らのバックグラウンド・ヴォーカルと衝突するような愚かなことはしていませんが、やはりアーティスト・イメージというのはいかんともしがたいと感じます。あの姿でサーフ・バラッドはないでしょう。

ビーチボーイズ・ファンはお気づきでしょうが、この曲がベースにしたのはおそらくブライアン・ウィルソンのあの曲。もちろん、ハル・ブレインがストゥールに坐りました。

ビーチボーイズ Don't Worry Baby


どちらも間奏がギター・カッティングだけというのがすごいものです。まあ、これでも用は足りてしまうのですが。

リストアップした曲はまだ相当数残っているので、あと一、二回はこのシリーズをつづけようと思っています。


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ブルース・ジョンストン
Surfin' 'round the World!
Surfin' 'round the World!


ブルース&テリー
The Best Of Bruce & Terry
The Best Of Bruce & Terry


アヴァランシェーズ
Ski Surfin
Ski Surfin


ビーチボーイズ
Surfin Safari / Surfin Usa
Surfin' Safari / Surfin' USA


ビーチボーイズ
Surfer Girl / Shut Down 2
Surfer Girl / Shut Down 2


ジャック・ニーチー
Jack Nitzsche Story: Hearing Is Believing
Jack Nitzsche Story: Hearing Is Believing


パット・ブーン
Singles
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by songsf4s | 2011-07-25 23:55 | ドラマー特集
増補ハル・ブレイン・ディスコグラフィー読解 その9 続(きっと)Bobbie Gentryと(たぶん)Julie London
 
前回、ボビー・ジェントリーの三枚目まで書いて、そのあとは、グレン・キャンベルとのデュエット盤にふれただけ、あとのアルバムには言及せずに終えてしまいました。

主観的にはこれで問題ないのですが、やはり説明が必要のような気もします。四枚目のTouch'em with Loveはナッシュヴィル録音なので、ハル・ブレインは無関係です。

ボビー・ジェントリーの魅力のひとつは、極端なオンマイクで録音することだったのですが、このアルバムはごくノーマルなマイキングで、リリース当時、ひどく落胆し、以後のアルバムは手を出しませんでした。いまになって、べつに悪くはないと気を取り直してはいますが、でも、ボビー・ジェントリーである必要もないサウンドです。

ボビー・ジェントリー Seasons Come, Seasons Go


こんな感じで、べつに悪くはないのですが、ボビー・ジェントリーというより、だれか別人の歌を聴いているような気分です。

五枚目のFancyは、当時は買わず、あとから聴いたのですが、なんだかなあ、と思っただけで、ほとんど記憶に残っていません。メンフィスのフェイム・スタジオまでいってリック・ホールのプロデュースでやっていますが、ぜんぜん合わなかったのでしょう。

ただし、一部ハリウッド録音があって、これはかなり考え込みます。ベースはジョー・オズボーンに聞こえるので、ハルがいてもおかしくないのです。でも、確信はもてませんでした。ジム・ゴードンの可能性も否定できないのです。

一曲だけクリップがあったのですが、リップ・シンクながら、場内に流した音を拾い直したようなボケ方で、ドラムのニュアンスなどはわからないでしょう。

ボビー・ジェントリー Raindrops Keep Fallin' on My Head


この状態でも、慣れた方ならジョー・オズボーンはわかるでしょう。丸出しのプレイです。

最後のPatchworkはハリウッドに戻っての録音で、気になるプレイがいくつかありますが、これまた確信をもつにはいたりませんでした。複数のドラマーがプレイしていて、いいプレイもありますが、タイムが寸詰まりになったジョン・グェランみたいなトラックや、垢抜けなくて鈍くさいラス・カンケルのようなプレイもあります。

そんな事情で、三枚目までで終わりにしてしまったのでした。

◆ 時代は変わる ◆◆
さて、今日こそはジュリー・ロンドンのトラックからハル・ブレインを発見します。

わたしはジュリー・ロンドンが好きなのですが、よく聴いていたのはおおむね50年代のものでした。

盤によってパーソネルは異なりますが、デビューのあたりは、バーニー・ケッセルのギターとレイ・レザーウッドのベースだけ、あるいは、ギターがアル・ヴィオラ(いつのだったか、シナトラがライヴで、めったにツアーに出ないミスター・ヴィオラが一緒にきてくれたことに感謝している、と紹介していた)といった名前が見えます。

すこしあとのJulie Is Her Nameでは、ハワード・ロバーツとレッド・ミッチェルでやっていたりして、これまたけっこうでした。その続編はまたギターがバーニー・ケッセル。

60年代に入ると、リバティー・レコードの隆盛にもっとも貢献した、スナッフ・ギャレットがジュリー・ロンドンもプロデュースするようになり、当然、その手駒である、アーニー・フリーマンやアール・パーマーを率いて卓につきます。

ジュリー・ロンドン The End of the World (produced by Snuff Garrett, arranged by Ernie Freeman)


ここから微妙になるのですが、たぶん、ギャレットのときもドラマーはアールで、ハルはないと思います。64年ごろから、ギャレットのアレンジャーはリオン・ラッセルに交代し、それと同時に、ドラマーもハル・ブレインになるのですが、その時期、ギャレットはジュリー・ロンドンのアルバムはやっていないようです。

なんだかゴタクばかりで音がないので、ちょっと話を端折って1969年、ジュリー・ロンドンのリバティーにおける最後のアルバム、Yummy Yummy Yummyに飛びます。まずは、順序がめちゃくちゃですが、最後のアルバムの最後の曲から。

ジュリー・ロンドン Louie Louie


60年代のジュリー・ロンドンはあまり聴いたことがなく、とくに60年代後半は知りませんでした。ハル・ブレインはこのアルバムの曲をリストアップしたわけではありませんし、それほど明確なわけではありませんが、このアルバムのほとんど、あるいはすべてのトラックでハル・ブレインがプレイしていると感じます。

ジュリー・ロンドン Like to Get to Know You


この曲はつい先日、このハル・ブレイン・シリーズで取り上げたばかりで、そのときはスパンキー&アワー・ギャングの(たぶん)オリジナル・ヴァージョンでした。ハル・ブレインの場合、ある曲のオリジナルとカヴァーの両方をやるなんていうのは、日常茶飯のことでした。さがせば十種類以上のカヴァーをやった曲が見つかるだろうと思います。

ジュリー・ロンドン Stoned Soul Picnic


Stoned Soul Picnicのオリジナルはローラ・ニーロ、ヒット・ヴァージョンであるフィフス・ディメンション盤ではハル・ブレインがドラムをプレイしました。ベースはキャロル・ケイ、ガット・ギターはトミー・テデスコに聞こえます。

ジュリー・ロンドンの他の盤とは、このYummy Yummy Yummyというアルバムは、選曲、サウンド、歌い方が大きく異なりますが、この風邪声みたいなのも、これはこれで悪くないと感じます。

ジュリー・ロンドン Light My Fire


選曲はだれなのでしょうか。候補としてはプロデューサー、アレンジャーとしてクレジットされているトミー・オリヴァーですが、おおむね成功していると思うものの、つぎの曲は微妙でしょう。ボブ・ディラン作、ヒット・ヴァージョンは、ポール・ジョーンズが抜け、リード・ヴォーカルがマイク・ダボになってからのマンフレッド・マン。

ジュリー・ロンドン Mighty Quinn


こういう曲をジュリー・ロンドン自身が歌いたがるとは思えないのですがねえ。

ジュリー・ロンドンという人は、ヴァーサティリティーというものがなく、いかにもジュリー・ロンドン好みの曲を、ジュリー・ロンドンのスタイルで歌う以外のことはできませんでした。そこが最大の美点だったと思います。

この最後のアルバムは、これで契約が切れるということがわかっていたからか、ジュリー・ロンドン向きではない曲を、ジュリー・ロンドン風に改変して、なんとか時代との折り合いをつけようとした、というように感じます。

残念ながら、当時は退勢挽回とはいかなかったのでしょう。これをもって彼女のレコーディング・アーティスト時代は終わり、女優およびステージ・アクトとして生きることになります。

冷たいいい方をするなら、レッキング・クルーで録音するなら、もっと早い段階、最悪でも1967年にやるべきだったと思います。ディーン・マーティンは1964年に、フランク・シナトラも同じ年にハル・ブレインをドラム・ストゥールに迎えて、久しぶりのシングル・ヒットを得ています。

レッキング・クルーにはそれくらいの神通力がかつてはありました。どうにも時代からずれてしまった人たちと、時代のあいだをとりもって、両者の中間に落ち着き場所を見つけることができたのです。しかし、1969年では、レッキング・クルー自体が、時代から乖離しはじめていました。そういわなければならないのは、残念なんですがね。

しかし、長い時間がたって、コンテクストから切り離され、あの時代にはちょっと古めかしく感じられたであろう音が、それなりに落ち着いた音に聞こえるようになりました。

ジュリー・ロンドン Yummy Yummy Yummy


ハル・ブレインの場合、ストップ・タイムからの戻りは、強い音を使うのがつねですが、さすがに、「ほんのちょっとの声しかない」と自認するシンガーの録音なので、少し遠慮気味で、ファンとしては、微笑んでしまいます。

このトラックは、そこはかとなくボビー・ジェントリー的で、ひょっとしたら、ボビーの成功を参考にして、ジュリー・ロンドンを再生しようという意図があったのかもしれません。

今日、あまり聴いていなかった60年代の盤、The End of the World、Feeling Good、With Body & Soulの三枚を聴いてみましたが、ハル・ブレインらしきプレイはありませんでした。

また折を見て、まとめて聴いてみようと思っていますが、いまのところ、ハル・ブレインがプレイしたと断じられるのは、Yummy Yummy Yummyだけのようです。



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ジュリー・ロンドン
ヤミー・ヤミー・ヤミー(紙ジャケット仕様)
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ボビー・ジェントリー
Ode to Billie Joe / Touch Em With Love (2-For-1)
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ボビー・ジェントリー
Patchwork / Fancy (Reis)
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by songsf4s | 2011-07-23 23:57 | ドラマー特集
ラロ・シフリン・フィルモグラフィー2 ヘンリー・レヴィン監督『サイレンサー殺人部隊』前篇

当家のお客さん方には事新しく申し上げるほどのことではありませんが、1960年代中期、ハリウッドでつぎからつぎへとヒットを生んだ一群のスタジオ・プレイヤーたちを、後年、ハル・ブレインは「レッキング・クルー」と名づけました。

これは彼の回想記Hal Blaine & the Wrecking Crewによって広まり、まるでそのようなバンドが存在したかのように語られることになりますが、キャロル・ケイはこれを真っ向から否定しています。ハルが勝手にでっちあげた名前に過ぎず、当時からそう呼ばれていたわけではない、というのです(したがって、なんという表題だったか、時間旅行をして、ブライアン・ウィルソンに『スマイル』を完成させようという物語のなかで、ブライアンがプレイヤーたちを「レッキング・クルー」と呼ぶのは大間違いのコンコンチキ。いや、主人公はわれわれのとは異なる時間線に迷い込んだのかもしれないが)。

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キャロル・ケイのいうことが正しいのであって、ハルは「吹いた」のだろうと思いますが、なんだって名前がないと不便ですから、ビリー・ストレンジやトミー・テデスコなど、クルーの中核的プレイヤーにもこの名称は追認され、やがて、この名称をタイトルとしたドキュメンタリー映画までつくられるにおよびました。わたしは、CKさんのおっしゃることも尊重しつつ、名前はあったほうがいいという立場から、留保つきでこの名称を使っています。

(いわゆる)「レッキング・クルー」という名前を、ハル・ブレインはどこから思いついたのでしょうか。回想記のなかでは、われわれより前の世代のプレイヤーはスーツにネクタイという姿でスタジオにやってきた、だが、われわれはジーンズとTシャツだった、彼らはわれわれのことを、スタジオ文化を「破壊する」(wreck)輩だといった、と説明しています。

つまり、旧弊なサウンド・パラダイムを破壊し、新しい音をつくる集団、というのがハル・ブレインの命名意図だったようです。

しかし、いっぽうで、映画から思いついたのだろう、という外野の声もあります。

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日本では「サイレンサー」シリーズなどと呼ばれていましたが、アメリカでは主人公の名前をとって「マット・ヘルム」と呼ばれた、ドナルド・ハミルトン原作のスパイ・アクション・シリーズ第四作『サイレンサー破壊部隊』というものです。

たまたま、というか、ハルはこの映画から「レッキング・クルー」という名前を頂戴したと見る立場からは必然でしょうが、テーマをはじめ、この映画のスコアのあちこちでハルのドラミングを聴くことができます。

やれやれ、長いイントロでしたが、ということで、ラロ・シフリン・フィルモグラフィー・シリーズの2回目は、1966年のマット・ヘルム・シリーズ第二作『サイレンサー殺人部隊』です。

◆ ロッキン・スコア ◆◆
まずは、主演俳優がみずから紹介するめずらしい予告編を貼りつけます。

『サイレンサー殺人部隊』オリジナル・トレイラー


いまどきのタームでいえば「スパイ・ファイ」(Spy-Fi。スパイとSci-Fi=サイ・ファイ=サイエンス・フィクションを合成した語で、SF的要素のあるスパイものを指す)、昔はたんにスパイ映画などといっていた、諜報組織に属すエイジェントをヒーローにした、ジェイムズ・ボンド類似のアクション映画です。

ボンドは実在の組織に属していましたが、たとえば「ナポレオン・ソロ」のU.N.C.L.E.のように、この種のお話では架空の組織もしばしば登場することになっていて、ディーン・マーティン扮するマット・ヘルムは、I.C.E.すなわちIntelligence Counter Espionage(しいて訳すなら「防諜部」といったぐあいの凡庸な名称)に属しています。なんて、わざわざ書くほどのことでもないのですが。

さらにどうでもいいことですが、マット・ヘルムは今回も、前作『サイレンサー沈黙部隊』同様、世界征服を目指す秘密組織BIG O(なにを略したかは略す)が秘密兵器「ヘリオビーム」(ヘリウムを利用したレーザー光線のようなものを想起させたいのだろう)なるものでワシントンを破壊しようという陰謀に立ち向かいます。文字で読むと馬鹿馬鹿しく見えるでしょうが、映画で見るともっと馬鹿馬鹿しいのです。

でもまあ、小学校の終わりから中学にかけて、こういうスパイ・ファイにどっぷり漬かっていたので、わたしの場合は(ほかの人のことは断じて知ったことではない!)、あちこちに埋め込まれた手抜きにニヤニヤしながら、なんとなく最後まで見てしまいます。あの時代にしかないタイプの映画であり、70年代には絶滅してしまったからです。

いくつか気の利いた台詞がありますし、知っていればちょっと笑う楽屋落ちもあるので、百人のうち三人ぐらいは、これはこれで面白い、という方もいらっしゃるかもしれません。映画はその程度の出来ですが(しつこいが、わたしはこういうBムーヴィーをそこそこ好む)、あの時代の音楽がお好きな方なら、ちょっと身を乗り出すようなスコアです。

サイレンサー殺人部隊』タイトル・シークェンス


わっはっは、です。スネア、タムタム、フロアタムと流すストレート・シクスティーンスを聴いただけで、ハル・ブレインとわかる派手さです。Jazz on the Screenデータベースにはドラムはアール・パーマーだけ、先日、三河のOさんが教えてくださった強力なラロ・シフリン・ディスコグラフィーにはベースのキャロル・ケイの名前しかありませんが、この場合はまったく問題ありません。百パーセントの自信をもって、テーマをプレイしたドラマーはハル・ブレインと断言します。

いちおう、Jazz on the Screenのパーソネルをペーストしておきます。

Inc: Bud Shank, Plas Johnson, reeds; Howard Roberts, Tommy Tedesco, guitar; Carol Kaye, acoustic double bass; Earl Palmer, drums; Emil Richards, percussion.

キャロル・ケイはアコースティック・ダブル・ベースと書かれていますが、彼女はフェンダーしかプレイしないので、これは記載ミスです。ただし、スタンダップ・ベースの音がするトラックはあるので、だれかがプレイしたはずですが。

『ブリット』同様、バド・シャンクがフルートのようですが、プラズ・ジョンソンも、サックスではなく、木管(reed)と書かれています。

プラズはアルトとテナーのクレジットしか見たことがありませんが、フルートもプレイしたのかもしれません。仕事でやるかどうかはべつとして、木管プレイヤーはたいていフルートの経験もあるはずですから。でも、あまり見ないということは、たとえフルートをプレイするとしても、テナー・サックスの場合のような圧倒的技量ではなかったのでしょう。

◆ ハル・ブレイン・ストライクス ◆◆
フランス語吹き替えがちょっと珍なのですが(まあ、それをいうなら、日本語吹き替えのほうがもっとずっと珍だが)、つぎはディノがクラブでアン=マーグレットと知り合う場面。



はじめのほうで歌っているのはディノ・デジ&ビリー、すなわちディーン・マーティンの息子のバンドです。もちろん、ディノ・デジ&ビリーの盤の多くはハル・ブレインがプレイしていますし、この曲もまたどこからどう見てもハル以外にはありえないというプレイです。

ハルがStraight sixteenth against shuffle=「シャッフル・ビートに逆らう16分のパラディドル」と呼んでいるイディオムが多用されていますが、Straight sixteenth against shuffleをこういうアクセント、ニュアンスでプレイするドラマーはハル・ブレインしかいません。

この映画でもっとも好きなトラックは、残念ながらクリップが見当たらないので、サンプルをアップします。メロディーはメイン・タイトルと同じ、リード楽器をギターにしただけの変奏曲なのですが、やっぱりギターだと盛り上がり方が数段違うなあ、と思います。

サンプル Lalo Schifrin "Iron Head"

かつてのジェイムズ・ボンド・シリーズには、かならず敵側の強力な殺し屋というのが出てきましたが(ジョーズだのグレート・トーゴーだの、印象深い敵役がたくさんいた)、この曲のタイトルになっている「鉄の頭」というのも、頭に鉄板を貼りつけた(『宇宙大作戦』のミスター・スポックの髪型に似ている!)ゴリラ野郎のことです。

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この鉄板の由来がどこかで説明されるのかと思ったのですが(たとえば、ロボトミーをしたあとで鉄板をかぶせたといった、いかにもSpy-Fi的な趣向だとか)、ついに説明されませんでした。マット・ヘルムが鉄板を殴って痛がるシーンがありますが、それぐらいの用途しかないようです!

で、ディノと鉄頭が格闘する場面で、この典型的なスパイ・アクション・ギター・インストが流れます。典型的過ぎて、半歩パロディーに踏み込んでいるところがこのトラックの魅力ですが、そのあたりを意識していたのか、無意識だったのか、微妙なところです。

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この鉄頭、殴られても痛くない、などというくだらない用途しかないだけでなく、最後は電磁石に頭が貼りついてしまうという情けない事態になる。

いうまでもなく、この曲もドラムはハル・ブレインと一小節でわかります。ギターは、12弦だけでなく、6弦も重ねられているのかもしれませんが、だれでしょうねえ。クレジットがあるのはトミー・テデスコとハワード・ロバーツのみ。この二人のデュオでしょうか。

映画としては、とくにすぐれているわけではないのですが、音楽を聴くと、やはりどれも捨てがたく、まだ佳曲があるので、次回はラウンジ的なものを中心に、さらに『サイレンサー殺人部隊』をつづけます。


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by songsf4s | 2011-07-08 23:23 | 映画・TV音楽
Remembering Tommy Tedesco 2: Out of Limits (The Marketts)
 
本題の前に、例によって、お知らせです。散歩ブログを更新しました。外題は、

「ツバメの電線音頭」

です。前回は、こちらとツイッターの両方に更新情報を書いたら、本来は閑散たるはずのわが散歩ブログとしては前代未聞の多数のお客さんがいらしたので、今回はツイッターはなし、こちらだけにしました。プレッシャーがかかるのは当家だけで十分、あちらはまだしばらく、気ままにやりたいと思っています。

◆ 二の枕: 長門裕之 ◆◆
すでにご存知のように、長門裕之没だそうです。かつて日活で活躍した俳優ではありますが、当家で取り上げた映画で、長門裕之が出演したのはたった一本、『狂った果実』だけです。

いちおう、リンクを張っておきましたが、ご覧になるほどのことは書いていません。なにしろ、この映画の長門裕之はあくまでもカメオ・アピアランス、『太陽の季節』と出演者やスタッフが重なるからという理由と、映画初出演の弟・津川雅彦への激励という意味で登場しただけでしょう。

もうひとりの出演者の兄・石原慎太郎といっしょに、不良学生として登場し、石原裕次郎たちと浜辺でもめて、あっさりのされてしまいます。あちらの記事を開くのも面倒だという方のために、その部分をコピーしておきます。写真とそのキャプションでしか言及していないのです。

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カメオ・アピアランスと特別出演は、『太陽の季節』に主演した(というより津川雅彦の兄としてか)長門裕之と、裕次郎の兄で、この映画の原作、脚本を書いた東京都知事。海岸の遊園地で岡田真澄にからんだばかりに、裕次郎たちとゴロをまくハメになり、二人ともあっさり片づけられてしまう。痛そうかつ悔しそうな顔の都知事は、素人にしては演技派!

以上、ペースト終わり。

◆ プレイヤー、トム・テデスコ ◆◆
今日もトミー・テデスコについて少々。

まず、ウェブ上でもっともたくさんトミー・テデスコのトラックが聴ける、オオノさんのブログへのリンクを。右のサイド・バーにあるリンクと同じものですが。

オオノさんのブログ

オオノさんのブログのトミー・テデスコ・タグ

このタグで引っかかるページにおかれたサンプルを聴けば、トミーのプレイの概要は簡単にわかります。わたしの記事ではまだるっこしいという方は、直接、オオノさんのサンプルをお聴きになってください。

先日、ご紹介したAdd More Musicの「レア・インスト」および「50ギターズ」、さらに上記のオオノさんのブログを合わせると、相当なトラック数になるので、トミーの紹介はそれで十分かもしれません。でもまあ、わたしなりに、好きなトラックもあれば、ちょっと書きたいこともあるので、いろいろダブりはありますが、しばらくは、Remembering Tommy Tedescoシリーズをつづけようと思います。

とりあえず一曲、オオノさんがユーチューブにアップされたものを。

トミー・テデスコ Dee Dee's Dilemma


オオノさんがクリップに注記されていますが、これはトミー・テデスコとピート・ジョリー・トリオの共演です。わたしはピアノを聴かない人間ですが、ピート・ジョリーとリオン・ラッセルは例外で、ピアノ単体でも面白いと感じます。

ピート・ジョリー・トリオのベースはチャック・バーグホーファーで、この人もまたジョリー同様、ハリウッドのスタジオでセッション・プレイヤーとして活躍しました。二人ともクリス・モンテイズ・セッションの常連でした。

また、バーグホーファーはハーブ・アルパート&ザ・ティファナ・ブラスのメイン・ベース・プレイヤーでもあったそうで、二人ともA&Mレコードとのつながりが強かったことになります。ピート・ジョリー、チャック・バーグホーファー、ともにタイムがいいのでスタジオ・ワークの適性がありました。

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写真上 右からピート・ジョリー、ひとりおいてハル・ブレイン、ジェリー・マリガン。写真下 チャック・バーグホーファー(中央)

ドラムのニコラス・マーティニスというプレイヤーは、ピート・ジョリーの盤でしか見た記憶がありませんが、マックス・ローチやグレイディー・テイトのような、ひどいタイムではなく、安定しています。タイムのいい人は、概してタイムの悪いプレイヤーを嫌うものなので、ピート・ジョリーとチャック・バーグホーファーのいるところには、やはりそれにふさわしいドラマーがやってきたのでしょう。

トミー・テデスコは、このトラックでは当然、L5あたりのギブソン・ジャズ・ギターを使っていると思われます。テレキャスターのときとはちがって、ギブソンをもったときのトミー・テデスコはまじめに弾きます。

このGuitars of Tom Tedescoというアルバムは、企画者側の考え(すなわちセールス重視)と、トミーの考えが入り混じったような選曲に見えますが、この曲はトミーの考えで選ばれたのではないでしょうか。

◆ 雇われガンマン、トミー・テデスコ ◆◆
トミー・テデスコは、自伝のなかで、「マーケッツのギタリスト」などとは呼ばれたくないと明言しています。嫌がらせをするわけではないのですが、実物を聴くと、トミーのコメントの意味がより明確になるので、おひとつどうぞ。

マーケッツ Out of Limits


こちらはテレキャスターでしょう。バーニー・ケッセルやハワード・ロバーツなど、ジャズ・プレイヤーがセッション・ワークにしばしばテレキャスターを使っているのを不思議に思ったことがあります。ケッセルがいっていたのだと思いますが、その理由は、軽くて持ち運びが楽だからだそうです!

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フェンダー・テレキャスターとバーニー・ケッセル

トミーがなぜマーケッツでのプレイを嫌ったかは、たちどころにおわかりでしょう。ギター・プレイヤー、などと胸を張れるような仕事はしていません。アレンジャー(このアルバムはギタリストでもあるレイ・ポールマンが譜面を書いたのだろう)に指定されたとおりに弾いているだけです。彼は読譜と運指とピッキングの技術を提供したのであって、音楽的な意味では貢献していません。

このあたりはひとそれぞれですが、トミーは傍観者的タイプだったのだと思います。要求されたことはなんでもする(あるいは「できる」)かわりに、要求されないことはまったくしないタイプだと考えています。

しかし、できあがったアルバムをトータルで見れば、プロデューサーのジョー・サラシーノの意図したとおりになったのだと感じます。ハル・ブレインが叩きまくっていることや、管のアレンジやレズリー・ギターの効果的な使用などのおかげで、なかなか楽しめるものになっています。

もう一曲いこうと思い、ユーチューブを検索したら、インチキな再録音ヴァージョン(そんなものがつくられるほど売れているのか?)が転がり出てしまったので、正しいヴァージョンを自分でアップしました。同じく、アルバムOut of Limits収録のトラックです。

サンプル The Marketts "Twilight City"

イントロでハル・ブレインがBe My Babyビートを使っているのが笑えます。セッションによってメンバーはちがいますが、アップライト・ベース=ジミー・ボンド、ピアノ=リオン・ラッセル、パーカッション=アール・パーマー、ギター=トミー・テデスコおよびレイ・ポールマン(および不明のギタリスト)、ダンエレクトロ6弦ベース=ビル・ピットマンといった編成の写真がCDには収録されています。

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このTwilight Cityは、上記パーソネルに近いと感じます。ギターは4本、テレキャスター、レズリー・ギター、アコースティック(ないしはアンプラグドしたフルアコースティック・ジャズ・ギター)、ダンエレクトロ(AFMのコントラクト・シートでは、ベースではなく、ギターと記載される習慣だった。つまり、ベースではなく、1オクターヴ低くチューニングするギターとみなされたので、パーソネルを読むときには注意が必要)=ビル・ピットマンでしょう。

トミーはこの曲でも、譜面に書かれたラインを弾いただけに聴こえます。ポップの世界はジャズやクラシックと違うので、自己主張をするのはプロデューサーひとりだけで十分なケースがしばしばあります。この盤はジョー・サラシーノのものであり、プレイヤーはみな雇われガンマンにすぎません。ハル・ブレインがやりたい放題に叩いているのは、たんに結果というか、サラシーノがそう望んだからにすぎないのだと想像します。

あと二曲用意してあったのですが、長門裕之関連記事のことを書き足したので、今日はここまでで切り上げます。


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マーケッツ
Out of Limits
Out of Limits
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by songsf4s | 2011-05-22 18:04 | Guitar Instro
Remembering Tommy Tedesco 1: WhisperingおよびFrenesi
 
前回の「カール・スティーヴンズ(チャック・セイグル)のロッキン・オーケストラ」で、トミー・テデスコのアルバム、Twangin' 12 Great Hitsを聴いたら、止まらなくなり、今日はトミーのプレイばかり聴いていました。

このアルバムは全曲、Add More Musicで聴くことができるので、右のサイド・バーからAMMを訪れ、「レア・インスト」ページをご覧になっていただきたい、ということを繰り返しておいてから、AMMで頂戴したファイルをネタにします。

トミー・テデスコのリーダー・アルバムでもっともよく聴いたのはこのTwangin' 12 Great Hitsでした。その理由は、主として、ハリウッド的に洗練したニューオーリンズR&Bとでもいうべきサウンドのほうでした。

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このアルバムは好きなトラックが目白押しで悩むのですが、どれでも大丈夫だから、原曲との乖離が面白いこの曲を。音源はAMMのものを拝借しています。

サンプル Tommy Tedesco "Whispering"

どこがWhisperingなのだというにぎやかなサウンドですが、このアルバムは、前回とりあげたHigh Society Twist同様、有名な曲を高速化したトラックが多数収録されていて、基本的にはそういう方針でつくられたものです(箸休めとして、遅い曲も一握りだがある)。

テデスコという人は、セッション・ワークについては、その内容に関心のない人で、依頼されたことをやるだけというタイプだったようです。リーダー・アルバムといっても、これはポップ系の企画盤、彼のメイン・ラインであるジャズではないので、内容には関心がなく、注文どおりに弾いただけでしょう。

f0147840_2348583.jpgこのようなドゥエイン・エディー風トワンギング・サウンドでやっているのはこれ一枚だけです。エディーとちがうのは、あちらが低音弦一辺倒なのに対し、トミーはすべての弦をブリッジ近くで強くピッキングしています。高音になると、あまりトワングしないものだなあ、と笑いそうになります。巻き線じゃない弦では、ああいう効果は出ないのだと、実証してくれました!

ということで、トミー・テデスコは、どんなことでも、やれといわれればやってみせる、というアナザー例証で、その点では面白くはありますが、彼のギターの代表作などといったら、泉下のトミーが気を悪くするでしょう。

しかし、ドラマーはインストでは暴れていいことになっています。1962年、絶頂期にあったアール・パーマーは、ワイルドなニューオーリンズ・スタイルに先祖返りしたように、楽しげにプレイしています。

サンプル Tommy Tedesco "Frenesi"

わたしのタイム感は、ハル・ブレインの時代に培われたもので、彼のタイムがもっとも自然に感じられます。アール・パーマーは、とくにニューオーリンズ時代にそうでしたが、しばしばフィルインですこし拍を食います。トータルとしてのタイムは正確なのですが、小節の中では、ジャストではなく、すこし前にくる拍があります。彼自身は、ニューオーリンズ(最近、土地の人はノーリンズと略すことがあると知った)はキックの使い方がよその土地とはちがうのだといっていますが、それはそれとして、すこし拍が詰まるのは、50年代的なパラダイムといっていいのではないかと思います。

そういうアールのスタイルは、気になるときもあるのですが、こういう文脈では、拍が詰まったところも、南部的な味わいの一要素に感じられます。

このアルバムのトミーのギターは面白くない、といったかのような印象を与えたかもしれませんが、ギター単独のプレイという面ではなく、このアルバムを通じて繰り返される、管といっしょにテーマをプレイするスタイルはおおいに楽しめます。これが、ヴェンチャーズのHawaii 5-0につながった、なんてことはいいませんけれどね!

ヴェンチャーズ Hawaii 5-0


ヴェンチャーズのメンバーはゼロで、ギターはトミー・テデスコ、ベースはキャロル・ケイ、ドラムはCKさんの記憶ではジョン・グェランだそうで、わたしもそうだと思います。耐えられないほどタイムが悪いので、ハル、アール、二人のジムといったエース級ではないのは明らかです。ハリウッド音楽界の大崩壊はジョン・グェランの活躍とともにはじまった、なんていいたくなります。

◆ セッション・ワーク ◆◆
すこし他のアルバムも聴いてみます。こんどはトミーが気を悪くしないであろうトラックを。

トミー・テデスコ Cavatina


映画『ディア・ハンター』のテーマです。映画ではジョン・ウィリアムズがリードを弾き、トミー・テデスコがセカンドをプレイしたそうです。そのときから、トミーは、これは「俺の曲」だと思っていたそうで、あとでカヴァーしたというしだい。

テレキャスターをもったときのトミーはかなりいい加減で、ミスなんか気にしないようなところがありますが、ガット・ギターを持つと人格が変わります。

すこしガットによるセッション・ワークを並べます。

ゲーリー・ルイス&ザ・プレイボーイズ Sure Gonna Miss Her


この曲はアレンジャーのリオン・ラッセルがギター・パートを書いたのですが、何人かが試してうまくいかず、トミーが呼ばれて、ワン・テイクでキメたという伝説が残っています。プレイヤーとしての資質の核心ではないのですが、トミー・テデスコは読譜もすぐれていて、まわりのプレイヤーに教えていたということを、たしかハル・ブレインがいっていました。

アソシエイション Rose Petals, Incense and a Kitten


こちらのほうがトミー・テデスコのガット・プレイの特徴がより明確に出ています。ヴィブラートとピッキングの強さが彼のスタイルでした。ベースはいわれなくてもジョー・オズボーンとわかるサウンド、プレイです。

フィフス・ディメンション Up Up and Away


ドラムはいうまでもなくハル・ブレイン、ベースはジョー・オズボーン、そしてトミー・テデスコはガットのオブリガートをプレイしています。エンジニアはボーンズ・ハウ。まぎれもなく、レッキング・クルーの到達点、代表作のひとつです。この躍動感こそがレッキング・クルーの音でした。

ハル・ブレインのスネア、タムタム、フロアタムにかけるリヴァーブを動的に変化させているボーンズ・ハウの技にもご注目。ディジタル・ミキシングなんてことのできなかった時代なので、ミックス・ダウンのときに、リアルタイムでフェイダーを操作したにちがいありません。まるで楽器を弾くようなものです。

録音からずいぶん時間がたってから、カーラジオで流れてくるのを聴いて、涙が出そうになり、思わずハル・ブレインに電話して昔話をしたという、セッション・ギタリストとしての、トミー・テデスコの代表作、エルヴィス・プレスリー、Memories。作者のひとりは、トミーの同僚、ビリー・ザ・ボス・ストレンジです。



ドラムはハル・ブレイン、ベースは、たしかチャック・バーグホーファーだったと思います。

こういういかにもエンディングにふさわしい曲で終わるのは本意ではないので、あえてにぎやかな曲でしめたいと思います。

リード・ギターはビリー・ストレンジとトミー・テデスコがシェアし、ドラムはハル・ブレイン、ベースはデイヴィッド・ゲイツ、ペダル・スティールがウェイン・バーディック、キーボードがアル・ディローリーというメンバーのワン・ショットのスタジオ・プロジェクト、アヴァランシェーズのアルバム、Ski Surfin'から、タイトル・カットです。

アヴァランシェーズ Ski Surfin'


どちらがどのパートを弾いているか、わたしはビリー・ストレンジさんに質問したことがあるのですが、答えは「もはや俺にもわからない。あのころはトミーとよくリックを交換していた」でした。

ということで、もはやだれにも否定されないことを承知のうえで、楽な当てずっぽうをいうと、最初にメロディーを弾くほうがボス、あとからワイルドなインプロヴをするのがトミーと考えています。

オオノさんのブログにはトミー・テデスコの音源が大量にアップされているので、次回はできれば、そのご紹介をしたいと思います。


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ゲーリー・ルイス&ザ・プレイボーイズ
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アソシエイション
バースデイ+3
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フィフス・ディメンション
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by songsf4s | 2011-05-18 23:45 | Guitar Instro